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2018年11月12日 (月)

オッパイ入門

 図書館から、東海林さだおの「オッパイ入門」という本を借りてきた。

 「おっぱい」が目的で借りてきたのではなく、「東海林さだお」さんの文章が目的だった。

 東海林さだおさんは、人気漫画家であるが、エッセイストとしても人気がある。

 私は、東海林さんの漫画、エッセイともにファンなのだ。

 dマガジンを利用して、漫画は、週刊文春に連載の「タンマ君」。週刊現代に連載の「サラリーマン専科」を、エッセーは週刊朝日の「あれも食いたい これも食いたい」を毎週読んでいる。

 「あれも食いたい これも食いたい」は、定期的に「〇〇のまるかじり」という題で単行本化して出版されている。

 「おっぱい入門」も東海林さんのエッセー集だから、なにかに連載していたエッセーを単行本化したものかもしれない。

 ともあれ、私は東海林さんのファンだから今年1月に刊行された東海林さんの最新のエッセー集として、借りてきたのだ。

 あーそれなのに、本の装丁がちょっと恥ずかしくなるような装丁なのだ。

 出版社は販売数を増やさんがためのことなのだろうが、15篇ものエッセー集なのに、その中の一つの「オッパイ入門」という題名を本のタイトルにしている。

 しかも表紙の絵は、東海林さだおさんの挿絵ではあるが、女性のおっぱいを強調した裸体図なのだ。

 東海林さだおさんを知っている私には、当然それは卑猥な本には見えない。

 しかし、若い男性職員はそうではなかったように感じた。

 この若い男性職員さんは、ささっとバーコードを読み取らせると、他の本の下に「おっぱい入門」を持って行った(ように感じた)。

 私は、図書館をよく利用しているのだが、貸出係の人の本の取り扱い方が、いつもと違う。た。

 それは、私の自意識過剰のせいかもしれないが、私は貸出係の人に、「この本はエッチな本ではないよ」と言い訳したい気持ちにかられた。

 私が高校生のころ、「平凡パンチ」や「プレイボーイ」といった本を買いたくて、さりとてそれをレジに持っていく勇気がなくて、本屋さんをウロウロしていた。

 「平凡パンチ」や「プレイボーイ」にはセミヌードの写真が掲載されていたのだが、今の週刊誌からみれば、しごく真面目な本であった。
 
 しかし、当時はおっぱいのふくらみが「少年マガジン」や「少年サンデー」といった週刊漫画本に紛れ込ませて買ったものだった。

 当時の感覚からすると、今の週刊誌はポルノグラフィで、それに比べれば「平凡パンチ」や「プレイボーイ」は、しごく健全な本であった。

 私は、今は充分に年をとって、こんな写真や記事には身体は反応しないようになったが、それでも、人前で堂々と今の週刊誌の写真記事を眺めることができない、変に気の弱いシャイなおじさんだもので、なんでもない貸出係のしぐさを勝手にそう思い込んだのかもしれない。

 ところで、「オッパイ入門」をブログに取り上げようと思ったのは、内容について書きたいことがあったからなのだが、そこに行き着く前の前置きが長くなってしまった。

 そのことについては、明日のブログに書くことにする。

2018年11月 8日 (木)

「とくダネ」どうなってるの?

 今日の「とくダネ」、どうしたのだろう。

 トップニュースは、自衛隊の車両が民家に突っ込んだという事故の件。

 その次は、中国でのバスの運転手への暴力事件の件。

  番組が始まって1時間以上になるが、アメリカの中間選挙の結果に一切触れない。

 他局との差別化をはかった番組構成なのかもしれないが、それにしても一切触れないというのは、どうなってるのか。

 なにかある。

 

2018年11月 6日 (火)

霧の摩周湖はシャレにもならない

 11月1日のブログにコメントをいただいた。

 後藤庵さんという方で、この方のブログの言葉遊びが面白い。

 今年になってブログに力が入らず、更新もとぎれとぎれになっているもので、アクセスが激減している中、コメントをいただくのはうれしい。

 後藤庵さんは、道東出身の北海道在住の方。

 摩周湖には、「とにかくよく行った」らしいが、「霧の摩周湖は何も見えないのでシャレにもならない」のだそうだ。

 現実はそうなんだなーと実感。

 摩周湖の湖面は展望台から、はるか下方にあって、湖面に近づくことはできない。

 霧の摩周湖は、その存在を体験することはできない。

 始めて訪れた人は、「霧にだかれて しずかに眠る」姿を想像することだにできない。

 霧の摩周湖がロマンチックなのは歌詞の世界の中だけなのだなあと、変に納得してしまった。

 45年前のあの日、晴れていてよかったー。

2018年11月 2日 (金)

青島太平洋マラソン2018 欠場することに決めた

 今年も青島太平洋マラソンの出場エントリーをしていた。

 迷いながらのエントリーだった。

 無理しないように走っていたが、一向に距離は伸びないし、スピードもあがらない。

 ちょっと距離を伸ばしたり、スピードを上げたりすると、呼吸は苦しくなるし筋肉はきしむ。

 次の日は膝が痛んで、数日痛みがとれない

 週刊誌に、年をとっての運動を警告する記事があった。

 健康のために走り始めた人が、足を傷めて病院通いをする人が少なくないというのだ。

 もともと、無理して走る気はなかったし、青島太平洋マラソンに未練はない。

 それで先月、一旦、今年の青島太平洋マラソンは棄権しようと決めて、マラソ仲間には話をして、ジョギングをやめてウォーキングに切り換えることした。

 そう決めた日、10月27日に、「ビリを貫く100歳のマラソンランナー」という新聞記事を見て、ゆっくり楽しんで走ってみるかと気をとりなおした。

 それで、ゆっくりペースでのジョギングを再開したのだか、走るのが苦痛に感じる。

 なんとも気力がわいてこない。

 ということで、再度、青島太平洋マラソンは欠場することに決めた。

 私のフルマラソン挑戦はこれにて終了。

 健康のため(血圧安定のため)のウォーキングと軽いジョギングは続けることにする。

 

 

2018年11月 1日 (木)

摩周湖は単なる水たまり?という話から

 「日本でいちばん透明度か高い湖」として知られる摩周湖は、単なる「水たまり」なのだそうだ。

 摩周湖は、ふだんは深い霧に包まれているが、その霧が晴れると、湖面は「摩周ブルー」と呼ばれる幻想的な光景が広がる。

 不純物が少なく透明度が高くて、急激に深くなっているため、青以外の光線の反射が少ないため、油絵のような青い色に染められているらしい。

 この「摩周湖」が、日本の河川法では「湖」ではないという。

 というのは、河川法上、湖とは河川の流人かあることか要件とされているが、摩周湖は川につなかっていないのだそうだ。
 
 国上交通省の管理下にはなく、湖内に樹木がないため農林水産省の管理下にもない。

 摩周湖は無登記のまま国に管理されている。いわば「水たまり」なのだそうだ。

 ただ、単なる「水たまり」だからこそ、今日も神秘的な景色を保っていると言える。

 あたりに降った雨が土壌に浸透したあと、濾過されて流入するため、湖内には有機物が非常に少ない。

 また生活排水の影響もないため水質か悪化することもないというわけだ。

 ということで、摩周湖は湖ではなくて単なる水たまりということになるのだそうだが、あれはやっぱり湖だよなあ。

 ちなみに、摩周湖は、今は知らない人がいない有名な湖だが、摩周湖を有名にしたのは、布施明さんのヒット曲「霧の摩周湖」だ。

 作曲は、昨年亡くなった平尾昌明さん。

 大ヒット曲となり、弟9回日本レコード大賞作曲賞曲となり、平尾さんの作曲家としての地位を確立した代表曲になった。

 「霧の摩周湖」の誕生のいきさつを聞くと、摩周湖が「霧の摩周湖」と切り離せない歌だということがわかる。

 当時売り出し中の新人歌手だった布施明さんをステップアップさせるため、作曲家平尾昌晃、作詞家水島哲、歌手布施明の3人が揃って、平尾さんが住んでいた茅ヶ崎で杯を酌み交わしながら曲作りが行われた。

 布施のマネージャーの「湘南海岸の歌はどうか」という発想から始まったが、水島が「摩周湖はどうか」と提案。

 摩周湖は当時無名だったが、その魅力を水島が語ると「それはいい」と意見が一致。

 酒で興の乗った水島が一行ずつ詞を書き、平尾がギターでメロディをつけ、布施が歌うという作業を繰り返し、夜中に完成したという。

 発表するに際して、布施が当時所属していた渡辺プロダクションのスタッフが「誰も知らないような場所の歌なんて売れるはずがない」と反対もあったというほど、名もない湖だったというのだから面白い。

 蛇足ながら、私は学生時代に北海道の周遊旅をしたが、その際に当然のごとく摩周湖にも行った。

 摩周湖に向うバスの中でガイドさんが、「摩周湖は『霧の摩周湖』と呼ばれるように、霧に覆われて湖面が見えないことが多い。さて、今日はきれいな湖面が見えるでしょうか」とアナウンスし、ちょっと不安にさせられた。

 そして到着前に、「今日は、すばらしい天気で、きれいな湖面が見らるようです。皆さまは運がいいですね」と言われ、「よかった。ついてた。」と車内に安堵の声が漏れる。
 再びの「ちなみに」であるが、私の北海道2週間周遊の旅はユースホステルを巡る旅であったのだが、ユースホステルで同宿した人にこの話をすると、ほとんどの人が同じ経験をしていて、見られなかったという人には出会わなかった。

 どうやらバスガイドさんは、いつも乗客に幸運を運んでくれていたようだった。

2018年10月31日 (水)

マイボトルに水。

マイボトルに給水できる場所を増やそうという動きがある。

出かけるときに、自宅から飲み物をマイボトルに入れて出ると、ペットボトルの削減になる。

出先で水をボトルに補給できれば、さらにペットボトルの削減になるというわけだ。

高松市の手打ちうどん ひさ枝」の入り口には、「マイボトルOK!」のステッカーがはってある。

 店内の、水と湯を湯飲みに入れる給水器から、うどんを注文しなくても、ボトルを持っている人は、水や湯を無料で給水できる。

 ランニング中の人も立ち寄るそうである。

 同様のサービスをしている店や事業所が、市内に約40カ所ある。

始まったきっかけは、地元のNPO法人アーキペラゴの呼びかけから。

 同様のサービスをしている店や事業所は現在、同市内に約40カ所。始まったきっかけは、地元のNPO法人アーキペラゴの呼びかけから。

 アーキペラゴは、瀬戸内海の沿岸での海ごみ調査や地域交流をしている。

 「年々、プラスチックのごみ、特にペットボトルが増えている」と感じ、マイボトルの持参を呼びかけてきた。

 だが、マイボトルの飲み物が途中でなくなり、結局ペットボトルを外出先で買ってマイボトルに入れる人もいる。

 そこで、給水できる場所を「オアシススポット」と名付けて、広めるアイデアを思いついた。

 店内のセルフ給水器を利用させてもらえるのでは、と考え、「ひさ枝」さんに協力を求めたところ、快諾をもらっ。

 さらに、知り合いに呼びかけて、オアシススポットは現在、市内のカフェやオフィス、整体院など約40カ所に増加。

 今年度末までに200カ所を目指している。

 こうした取り組みは他の地域でも出ているそうだ。

 奈良県生駒市は2014年から「給水スポット」の協力店募集を始め、現在は23の飲食店が加わる。

 東京都内では、都水道局が有楽町の東京国際フォーラムの地上広場にボトル用給水器と水飲み場を設置している。

 武蔵野市開発公社も商業施設「コピス吉祥寺」にボトル用給水器を置いている。

 使い捨て飲料容器の削減と水道水の利用を進める複数のNPOによる「水Do!キャンペーン」事務局の瀬口亮子さんは「鉄道機関や商業施設、自治体などが水分補給できるインフラ整備を急いでほしい」と話している。

 英国ではボトルへの給水と直接飲める水飲み場が一体となったタイプが普及しているそうで、「東京五輪・パラリンピックまでに、日本各地に給水スポットを増やしたい」と協力を呼びかけている。

 私のマイボトルは、、使用済みのペットボトル。

 それに水を入れて持ち歩いている。
 
 ただし、私は社会貢献を意識した高邁なものではなく、水ごときに金を払いたくないというケチな了見からであるが。

 日本の水道水は、美味しい。

 飲み物に無駄なお金を使って、自分の環境を悪くするようなことはしないほうがいい

2018年10月30日 (火)

ギャラクシーノート9 機種切り換えに大苦戦

 昨日、スマートフォンの機種交換の設定にとりかかったのだが、ドコモオンラインショップで予約購入したのもので、切り替えの設定を全部自分でやらなくてはいけない。

 甘く見ていたが、これが想像をはるかに越えた大苦戦。

 SIMカードのサイズが同じだったら、SIMカードの差し替えだけで良い。

 しかし今回は、SIMカードのサイズが違っていたから大変。

 旧機種ギャラクシーノートエッジは「microSIM」。新機種のギャラクシーノート9は「nanoSIM」。

 届いた荷物を開いて呆然とした。

 送られてきたのはスマートフォン本体のみ。

 取り扱い説明書や切り替えの説明書は入っていない。

 取扱説明書はインターネットでダウンロードしなくてはいけなかった。

 これには機種交換の方法は書いていない。

 インターネットで、調べまくるのだが、これがなかなか簡単ではない。

 一時あきらめて、ショップに持って行って設定をしてもらおうかと思ったが、ネット購入したからにはショップを頼るわけにはいかない。

 インターネットで調べたて、わけのわからないままに、あれこれやっていたら、なんとか開通できたようだ。 

 お店で待たされても、ショップで購入するべきだったと、大いに後悔したドコモオンラインショップ購入だった。


2018年10月29日 (月)

ギャラクシーノート9 機種交換

 スマートフォンの機種交換をした。

 旧機種はギャラクシーノートエッジ。

 新機種はギャラクシーノート9。

 私のスマートフォン歴は、国産初のスマートフォン、エクスペリアから始まった。

 まだスマートフォンが一般には使われてなくて、国産のスマートフォンは出遅れていた。

 サムスンのギャラクシーの評判がいいので、ギャラクシーに乗り換えて以来、使い慣れたアプリを継続して使いたいので、ずっとギャラクシーシリーズを使い続けている。

 直前に使っていたものはギャラクシーノートエッジ。

 ギャラクシーを使い続けたのは、操作方法が変わらないですむことと、多くのメーカーが内蔵式バッテリーになって行く中、サムスンだけがバッテリー交換方式のスマホを作り続けていたこと。

 しかし、ギャラクーノートエッジから後は、サムスンもバッテリー交換式のスマホの販売をやめてしまった。

 でほとんどのスマートフォンが内蔵電池式になってしまって、ギャラクシーノートエッジが最後の電池交換式だった。

 防水機能が求められることで、電池交換方式は淘汰されたようだ。

 最近のスマートフォンはスペック的には数年前の機種でも不自由は感じない。

 私は、スマートフォンはハードユーザーの部類だと思うが、ギャラクシーノートエッジに大きな不満はなかった。

 それより、ハードユーザー故にバッテリーが不足することが多いもので、スペアーバッテリーがあればバッテリー切れを心配することのないノートエッジをずっと使い続けようと思っていた。

 それで、ここ数年スマートフォンの新機種には全然興味がなかった。

 そんな中、ギャラクシーノート9のCMに、ちょっと気を引かれ、インターネットで商品説明を見て、即座に、買い換えをしてしまった。

 一つは、現在最高のスペックであるということ。

 もう一つは、バッテリーが4000mAhという大容量で、ハードユーザーでも1日もつということ。

  さらには、急速充電で2時間で満充電できるということ。

  大きな不満は無いが、ノートエッジは動きが悪くなっていた。

  予約受け付け中だったので、衝動的にドコモオンラインショップで予約した。

  ドコモショップで購入した方が、ショップで切り替えをやってもらえるから楽なのだが、行きつけのショップはいつも混雑していて、下手すると2時間3時間待ちになる。

それもあってオンライン予約したのだが、予約したのは発売予定日の2日前。

  別に急いで交換しないといけないわけでもないし、いつ着くのかと思って舞っていたら、なんと、発売日の25日に本体が届いた。

  ネット購入だもので、新しい機種への切り替えは自分でしなくてはいけない。

  しかも届いたのは本体のみで、解説書がない。

  インターネットであれこれ新しい機種に切り換える方法を探してみたが、切り替えの設定はなかなか難しい。

  面倒なことは後回しにするのが私の信条。

  今日、ちょっとやってみたが、SIMカードのサイズが違っているから、簡単にはできない。

  あれこれインターネットで調べてみたが、わからない。

こんなことなら、近くのショップで買えば良かったと涙ぐみつつ悪戦苦闘している。

 

 

2018年10月27日 (土)

青島太平洋マラソン2018 ビリを貫く100歳ランナー

 今年の青島太平洋マラソンまで1カ月余りとなった。

 私はといえば、今になって、やっと10㎞走を始めた。

 この10㎞を、なかなか歩かずに完走することができない。

 今期は出場する気はなかったのだが、甲斐博さんの誘いに乗ってしまって申し込みをした。

 甲斐さんは、大のマラソン好き。

 フルマラソンだけでなく、100㎞のウルトラマラソンやら、山中を駆けめぐるトレイルランやらと、やたら駆け回っている。

 甲斐さんは、実に楽しそうにマラソンの話をする。

 嬉々として語る甲斐さんの話を聞いていて、もう一度だけ走ってみるかと思って申し込みをしてしまった。

 甲斐さんの、「楽しんで走れば良いじゃないですか。年齢とか、記録とか気にしないで楽しめばいいですよ」という言葉に甘えてしまって、今年は、5㎞をちんたらちんたら走ってきただけだった。

 大会の3カ月前から本格的に練習を始めようと思っていたのだが、気がつけば、2カ月を切っていた。

 急遽10㎞走に切り換えてみたのだが、10㎞完走ができない。

 呼吸が苦しくらないようなペースで走っているのだが、6㎞くらいから足が痛くなって歩いてしまう。

 5年前の初出場のときには、計画的に練習した。

 そのときの練習記録は残ってないが、当時のブログをチェックしてみたら、10月16日には15㎞走、21日に21㎞走、11月4日に30㎞走をやっている。

 とてもじゃないが、今からでは初出場当時の以上の走りはできない。

 ということで、今年の青島太平洋マラソンは棄権しようと思った。

 昨日、木村宅地建物の木村さんにあったので、今年は棄権しますと伝えて、棄権の意志は固まった。

 今年は出ない、そう決めていたのだが、やっぱり出ることにした。

 今日は朝から、机の周りにたまってしまった書類の整理をしていた。

 書類の山の中から古い新聞が出てきた。

 別府冷麺の特集記事があって、それを後でしっかり読もうと思ってそのページだけ切り取っていたものだった。

 別府は当地(宮崎県の北端の街・延岡市)の隣町といった距離の街。

 今度行ったときには冷麺の名店を訪ねてみようと思って、記事に目を通した。

 同じページにあった「100歳ランナー ビリ貫く」と言う見出しの記事が目に留まった。

 気になって記事に目をやる。

 記事の書き出しはこうである。「ビリで走って、人を追い越さないように・・・。この言葉を胸に走る100歳のランナーがいる」

 その人は、今年3月に100歳になった中園末夫さん。

 「運動神経は鈍かった」そうだ。

 還暦の記念に、誘われて天草パールマラソンに出場したのがきっかけ。

 初挑戦はパールラインマラソンの10㎞部門。

 翌年は記録を更新し、うれしくて毎年走るようになった。

 70歳で大腸ガンの手術をし、身体を動かす自身も失った。

 そんなとき目に留まったのが、健康マラソン愛好者が集る「熊本走ろう会」の新聞記事。

 自分も走れるだろうかと、会長会の会長の加地正隆さんに相談した。

 耳鼻科の医者の加藤さんは、こんな助言をした。

 「病み上がりだからタイムを競うのではなく、ビリで走って人を追い越さないようにしなさい」

 依頼、30年走り続けているそうだ。

 中園さんは語る。「最後の方だと、応援も多いんですよ」。

 今年の青島太平洋マラソンを棄権しようと決心した次の日に、4カ月くらい前のこんな記事が出てきた。

 これも、何かの縁。 

 甲斐博さんの言うように、楽しんで走ればいいかと思っている。

 (30㎞過ぎを走っているときは楽しめないが)

 

2018年10月26日 (金)

砂防ダムのイノシシ報道

 北九州の砂防ダムに落ちたイノシシの報道。

 私は、もう見たくも無いのだけど、報道は過熱する一方。

 見たくもないからチャンネルをすぐに変えるのだけど、そんなに見たい人が多いのかなあ。

 見たい視聴者が多いからテレビ局が取り上げているのだろうが、テレビ局が一斉に取り上げてブームを作り上げているのではないのかなあ。

 昨日も書いたが、そもそもは害獣。

 無責任な感情で、助けてやってという声に押されて、公務員が駆り出されているが、助けて野に放ったとたんに害獣となるわけだ。

 公務員さんが5人も10人も寄ってたかって、何日もイノシシにかかりっきり。

 お役所の仕事となると、民間の仕事に比べて予算がかかる。

 こんなことに、多大な時間と金をかけてはもったいない。

 テレビ局も、こんなことに多額の経費をかけて報道する問題なのか。

 日本中のテレビ局がとりあげているのは、意味わからん。

 テレビが無視すれば、日常になんの影響もないこと。

 メディアが、一斉に同じ方向に進むことが恐い。

 

 

2018年10月25日 (木)

砂防ダムに閉じ込められたイノシシ報道 雑感

 北九州の住宅街にある砂防ダムに、野生のイノシシ2頭が転落して出られなくなっている。

 どこか出口はないかとダムの中を走り回っているが、高さ6メートルのコンクリートの壁に阻まれて抜け出せない。

 このままでは死を待つしかない。

 途方に暮れた市の獅子の姿はかわいそうで、住民からは助けてやってくれとの声があがっている。

 他方、イノシシは農作物を荒らす害獣。

 最近では街中に現れて、住民に危害を及ぼす危険害獣である。

 毎年、何人もの人がイノシシに襲われて無くなっている猛獣でもある。

 このイノシシが被害を与えていて被害届けがでていれば駆除される立場である。

 猟銃で射殺したり、罠をしかけて捉えて処分するのが通常だ。

 
 狩猟をする人が少なくなったこともあって、イノシシや鹿が増えすぎて問題になっている。

 自分に被害のおよばない住民は、単純に「かわいそうだから助けてやってくれ」と言うが、助けて、そのまま自然に戻したら、住民に被害がおよぶかもしれない。

 住民からの救出要請を受けた行政は、鳥獣保護法では野生動物に手出しをしてはいけないのだと、法律を盾にして掛かり合いを拒んでいた。

 それに目をつけたのが、騒動が大好物のテレビ。

 テレビは騒動を大きくするのが仕事。

 助けないのは人道?にもとると言わんばかりかの報道。

 その策に負けて、行政がイノシシの捕獲にかかった。

 油断すれば役人さんの命にかかわる作業。

 それにしても、人はみがってなもの。

 冷静に考えたら、害獣であるイノシシは処分すべきだろう。

 殺すのがかわいそうというが、そもそも人間が他の生き物の生命を奪って生きていることから目を背けてはいけない。

 以前、人間は多くの命の犠牲の上に支えられているということを教えるために、ヒヨコを育てて解体して食べる授業が計画されたが、直前に保護者からの講義で中止になったことを思い出す。

 私も、自分が生徒だったら育てたヒヨコを殺すところを見たくは無いだろう。

 ましてや、牛や豚を殺せと言われたら、絶対にできない。

 結局、そんな嫌な役回りを誰かにおしつけ、善良な顔をして美味しく牛肉や豚肉を食べているのだ。

 だから、自分が他の命を奪っているという実感は無い。

 他の命を犠牲にして生きている。命をいただいて生きているということを思い知るべきだと思ったイノシシ報道であった。

2018年10月23日 (火)

余命宣告なし。遺族が提訴。

 乳がんで今年1月に死亡した大分市の女性の遺族が、余命1カ月との宣告受けなかったことに対して、通院先の病院を運営する市医師会と担当医を相手に、慰謝料3190万円を求める訴訟を起こした。

 本人も家族も余命宣告を受けなかったために、「余命が充実したものになるよう手厚い配慮ができなかった」というのが訴因。

 訴状などによると、女性は2005年ごろに乳がんを患った。09年ごろに再発して肺などに転移。

 主治医は「余命1カ月」と判断していたことが、病院側は「余命告知の義務はない」と述べたという。

 遺族側は「医師や病院には診断結果の説明義務がある」とし、医師らが余命宣告の告知を検討するために家族との接触も図っていなかったため「診療契約に付随する家族への告知義務に違反した」という主張である。

 余命宣告を巡って、最高裁は2002年、余命1年のがんと診断したのに患者や家族に余命宣告しなかった医師について、「告知が適当だと判断した場合、診断結果を説明しなければならない」と告知義務違反があったと認定している。

 しかし、病気の告知を受けた患者が自殺した例もあり、がんの告知を受けて自殺した男性患者の遺族が「医師の配慮が欠けていた」として主治医らを相手取り、損害賠償を求めて提訴したケースもある。

 また、余命宣告を受けて仕事や財産を整理したのに、余命を超えて長く生きて生活設計が狂ってしまって困惑している人もいる。

 終末期医療に詳しい「にのさかクリニック」(福岡市)の二ノ坂保喜院長は、余命宣告は同様の病状で亡くなった人たちの統計データなどに基づくもので、患者個々の余命を断定することはできないと言っている。

 今回の訴訟は、なんとも医療機関には厳しい時代になったものだ。

2018年10月22日 (月)

沢田研二さんドタキャン 僕にも意地があるからね。意地があるなら、やせてください。

 中尾ミエさんが、沢田研二さんのコンサートドタキャンについて、「ぜいたく言っんじゃない」「維持があるならもっとやせろ。やせたら、まだ見られる。いい男だもの」と一喝していたが、そのとーーーり。
 
  沢田さんは、「昔のキーで歌えなくなったら引退する」と言っていたが、沢田さんの売りは、そのルックスと甘い歌声だったはず。
 
  キーは苦しい努力無でキープできているから「昔のキーができなくなったら引退する」と強調していながら、苦しい努力の必用な体型維持については「なすがままの今を見てもらいたい」なんて都合のいい言い訳をしている。
 
  3、4年前、沢田さんの宮崎公演があって、うちのかみさんがそれを見に行った。
 
  うちのかみさんは、沢田さんのファンだったというわけではないが、私らの世代の誰もが知っている大スター。

 それで、あの「ジュリー」を見てみたいということで、ワザワザ宮崎まで行ったのだが、帰って来ての第一声は、「行かなきゃよかった」だった。

 舞台を走り回って、飛び跳ねたりしているつもりなのだろうが、太りすぎで、走り回るというよりドタドタと動き回って、飛び跳ねたつもりのジャンプは、床から10㎝くらいしか飛び上がらず、太って腕が短く見えるもので着ぐるみの豚を想像してしまって、笑ってしまったというのだ。

 あの「ジュリー」の面影は微塵もなかったというのだ。

 若いころから追っかけをやっているようなファンは、ずっと見続けているからこそわからないのだろうけど、昔のジュリーをイメージして見に行った昔のファンは、その変貌ぶりに失望させられるのだ。

 「僕にも意地がありますから」と何度も言っていたが、「意地があるなら、やせろ」。
 中尾さんの喝は、実にそのとーーーーり!どうかーーーーーん!なのであーーーる。

2018年10月20日 (土)

イアホンコードが絡まない巻き方

 イヤホンを使おうと思って取り出すと、なぜかコードが絡まっている。

 イヤホンをはずした後、バッグやポケットに入れたまま、一切いじってないのだけど、なぜかコードが絡まっている。

 それも、どうしてこんなに複雑に絡まるのかというくらいに絡まっている。

 見えない小人がいたずらをしているとしか思えないように、ぐちゃぐゃにこんがらがっている。

 毎回、知恵の輪を解くように、絡まったコードをほどかなくてはならない。

 それを解決する、絡まないイアホンコードの巻き方を見付けた。

 まず、イアホンピースを中指と薬指に挟む。

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 次に、挟んだ中指と薬指を折り曲げて、伸びた人指し指と小指に8の字に巻き付ける。

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 コードを10㎝くらい残したところで、コードを指から抜き取って、余ったコードで8の字の中心部分を巻きつける。

P1010728
 最後に、巻き付けたケーブルにプラグを差し込む。

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P1010725


 イヤホンを使うときは、差し込んだプラグを抜いてコードを伸ばすと、からまることなくスムーズに使えます。

 巻き取りには5秒くらいしかかからない。

 不精者の私だが、この巻き方を知ってからは、コードは必ず8の字巻でしまっている。

 きっと、いたずら者の小人さんが悔しがっていることだろう。

 

2018年10月19日 (金)

古い記念切手の利用法

 部屋を片づけていたら、古い記念切手のストックブックが出てきた。

 私が小学校のころ切手ブームがあって、お小遣いで買い集めたものだ。

 あのころの憧れの切手は、「月に雁」とか「見返り美人」。

 葉書が5円で、封書が10円の時代に、2000円か3000円もした。

 小学生の平均的な小遣いは、1日10円といったところだったから、手の届かない雲の上の切手だった。

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 東京オリンピックシリーズ。国宝シリーズ。国立公園。国定公園。鳥。魚。まつり。浮世絵。

 切手ブームを煽るかのように、郵便局(郵政省)もシリーズ物の記念切手を連発していた。

 通常の小遣いでは手が回らず、母親に頼み込んで切手代を別建で出してもらっていた。

 子供ながらに、「切手が値上がりしたら売って返すから」などと言って、母親を口説いていた。

 私の生家は商店街で靴屋をやってて、 今思えば、商売人がみんな儲かっていた時代で、ちょっとしつこくねだるとなんでも買ってもらえた。

 ブームが去り、期待していた値上がりも無く、そのままになっていたストックブックだ。

 額面は5円、10円のものが多い。

 今、葉書は62円。

 当時、葉書は5円。

 物価上昇のままだと、10倍以上になっているのだろうか。

 多少でも値上がりしていたら処分してしまおうかなと思って、ネットで調べてみた。

 なんと、ネットオークションでも額面で売りに出されているものが多い。

 さらに、落札されている実績がほとんどない。

 業者に買取をしてもらうとなると、程度のいい切手の場合には額面での買取。

 私の物のようにバラバラの単品で保存状態の良くない物は額面以下での買取になる様だ。

 額面以下はいやだ。

 それなら使ってしまった方が良い。

 しかし、額面が少額なので、貼るjとこういう状態になる。

P1010720

 遠慮のある相手には使えない。

 ゆうパック(小包便)の料金の支払にも使えるそうだから、どんどん使ってしまおうと思っている。

 こんな年になって、自分は親にはずいぶんわがままを言ってきたものだと、思いをはせている。

2018年10月15日 (月)

もう食傷 豊洲至上報道

 すったもんだしていた豊洲市場が、やっと開業した。

 すったもんだは、18年以上。

 それぞれが自分に都合による理由で反対したり、賛成したり、妨害したり、推進したり。

 加えて、それにかかわる人々の利権も絡んでいるから、スムーズにいかないのは当たり前。

 そんな紛争をなんとか乗り切って、2年前にやっとオープンに漕ぎついたとおもったら、都知事に就任した小池さんが自分の政治稼業の戦略で、オープンにいちゃもんをつけた。

 テレビがわっと寄りつき、一時は次期総理大臣になるのかという勢いだったが、スタンドプレーは続かず、存在感を失った。

 結局、開業が2年遅れただけで、改善改良はないまま、混乱だけを残してのオープンだった。

 オープンに際しては、騒動をもっと大きくしようとテレビが騒ぎ立てた。

 ヒマをもてあましている庶民たちの注目をあつめる結果となり、人が殺到した。

 テレビが騒ぎ立てるもので、4万人以上の来場があった。

 スカイツリーの来場客が1万人数千人で、4万人というのはユニバーサルスタジオの来場者数と同じだった。

 その数字を聞いて、豊洲市場はそんなに魅力があるのかな、なんてとぼけたことを言っているコメンテーターがいた。

 あんたらが、そうやって騒ぎ立てるから、時間をもてあましていて、なんか面白いことないかなと思っている輩が集まってくるんじゃないか!

 私のように九州の片田舎(宮崎県の北端の街・延岡市)に住んでいる者は、豊洲市場を見に行くことは、ずっとない。

 国民の9割くらいの人は、豊洲市場に行きたいなんて思わないんじゃないか。

 豊洲市場報道は、もうたくさん。

 株が急落したり、消費税10%の実施が確定したり、大きな話題が盛り沢山の今日このごろ。

 

2018年10月13日 (土)

年をとると筋肉痛が遅れてやってくる?

今朝起きると、身体全体に強い筋肉痛。
 
  昨日、軽い筋肉痛を感じていたが、昨日の5倍くらい痛い。
 
  特に、足と腰が痛くて身体を真っ直ぐにするのに時間がかかる。
 
  年をとると、筋肉痛が遅れてやってくるというが、そのせいだろうか。
 
  ずいぶん前のことだが、テレビの番組でこのことについて解説していたのは覚えているが、どういう理論だったかを思い出さない。
 
  それで、ネットで調べてみた。
 
  結論は、年をとると筋肉痛が遅れてやってくるというのは、正しくもあり誤りでもある。
 
  筋肉痛には、筋肉痛には、運動中から運動直後に発生する「急性筋肉痛」と、運動後数時間~1日経過してから痛み始める「遅発性筋肉痛」の2つがある。
 
  今回問題にしているのは、遅発性筋肉痛のことである。
 
  筋肉痛の原因は、運動による筋損傷とする説や、筋損傷を治そうと発生する炎症によって痛みを引き起こす説があるが、明確な原因は、いまだにわかっていないというのが正確な情報のようだ。
 
 一番有力なのは、運動によって傷ついた筋繊維を修復するときに起こる炎症が筋肉痛の原因という説だ。

 普段、行わない運動をした場合に筋繊維に傷がついたり、一部が壊れる。

 そのとき、筋繊維が壊れるが、痛みを感じる筋膜には異常が起こっていないので、そのときは痛みは感じない。

 そして次の日や二日後に、身体は傷ついた筋繊維を修復させるように働く。

 この修復作業で、血液中の白血球が集まってきて炎症が起こり、炎症が筋膜にまで波及するため痛みが起こる。

 では、歳をとると筋肉痛は遅れてくるのか?

 これは、年をとったからではない。

 運動の種類や普段から運動しているかどうかで変わってくるのだ。

 普段から運動をしていると、筋肉の修復が早くなるので、すぐに筋肉痛になる。

 運動不足の場合は、なかなか筋繊維の損傷を回復しようとしない。

 だから、筋肉痛が遅くなるというわけだ。

 また、運動の種類によっても筋肉痛が早くなったり遅くなったりする。

 ハードな筋トレなどを行った場合には、早く筋肉痛になる。

 急激に筋肉がダメージを受けると、それを治すための炎症が強いので、痛みに気づきやすくなるせいでもある。

 若くても、筋肉に緩めの負荷をかけた場合には二日後に筋肉痛がやって来たりする。

 年をとってやる運動は、比較的緩めに筋肉に負荷をかけるような運動になることが多い。

 また、強い負荷をかけようとしても、筋力が低下していて、中途半端な負荷しかかけることができない。

 つまり、年をとったから筋肉痛が遅くなるというわけでは無く、運動不足から来る君肉の回復の遅さ、運動負荷の弱さが、筋肉痛が来るのを遅くしているというわけだ。

 冒頭で結論づけた、「年をとると筋肉痛が遅れてやってくるというのは、正しくもあり誤りでもある」というのは、こういう理由からである。

 年をとっても、普段から運動をしていて、強い負荷をかけると筋肉は早くやってくる。
 徒然なるまま、何の役にもたたないことを、結構な時間を浪費して調べていていいのかなあ。

2018年10月12日 (金)

青島太平洋マラソン2108 走らないかもしれない

 エントリーはしたものの、走ろうか、走るまいか、曖昧なまま時間が過ぎて、気がつけば大会まであと2カ月。

 6月くらいからジョギングはしていたが、フルマラソン完走に向けての練習はしてなかった。

 果たして完走できるものやら。

 このところ歩かずに5㎞は走っているが、5㎞走さえ苦痛に感じることがある。

 高齢者の域に入り、週刊誌のお得意様の年齢層である高齢者向けの記事によると、過激な練習は命にかかわるという説が定説になりつつある。

 さもありなんと思って苦しい練習はしないようにしていた。

 このままでは、惨めな結果になるかもしれない。

 昨日、10㎞を走ってみることにした。

 設定目標は、歩かずに10㎞走りきること。

 結果は、走ることはできた。

 時間は、1時間13分弱。

 今から1カ月、走り込みを続ければ完走はできるという自信はついた。

 だけど、今日、足は軽い筋肉痛。

 ことさらに年齢を強調したくはないのだが、4年前とは確実に違ってきている。

 今年の青島太平洋マラソン出場は、まだ不安定である。

 

 

2018年10月10日 (水)

青島太平洋マラソン 間が悪い天気

 夕方から雨模様である。

 青島太平洋マラソンに向けて、走り込みをしておかなくてはいけない時期なのだが、間が悪くて、練習できない日々が続いている。

 走るのは晩御飯の後ということにしているのだが、タイミング悪くちょっとした用事が入ったり、雨が降ったり、降りそうだったり。

 雨の日は練習は休みにしているのだが、雨が降りそうだけど大丈夫だろうと思って練習に出ると、雨が激しくなることがおおい。

 私は相対的にはついているのだが、ちょっとしたことで間が悪い。

 今日は一日曇り空だったが、バイクで出ると雨がぱらぱらと降り出す。

 夜も、練習に出ると雨が降りだすんではないかと思って、今日も練習は休み。

 ということで、練習ができない今年の青島太平洋マラソンである。

 ハー

2018年10月 8日 (月)

青島太平洋マラソン2018 暗雲

 今年の青島太平洋マラソンまで、あと2カ月余りとなった。

 去年、3度目の青島太平洋マラソンを走って、もう2度とフルマラソンは走らないと決めていた。

 マラソンは身体に悪いというのは、走った経験で感じている。

 去年の青島太平洋マラソン後、ピッタリ運動をやめていた。

 今年、血圧を測ってみたら上が160~170という、みごとな高血圧の数値だった。

 すぐに病院の門をくぐるべき数値だが、もう一度食事と運動をやって様子をみて、だめなら病院に行こうと思ってウォーキングを始めた。

 そもそも、青島太平洋マラソンを走ることになったのも血圧を下げるためにジョギングを始めたことからだった。

 しかし近年、激しい運動も身体に悪いというのが定説になっていて、健康のために運動するならウォーキングがいいというのも定説。

 それでウォーキングを始めたのだが、3カ月弱で血圧は改善がみられた。

 そして、ウォーキングでは物足りなくなって、ジョギングを始めた。

 そこに送られてきたのが、青島太平洋マラソンからの招待状。

 過去の参加者には前もってエントリーのお知らせが届く。

 今年のエントリー開始は6月20日だった。

 今年は出ないと決めていたから、私にとっては無用な案内だった.....はずなのだが出場申し込みをしてしまった。

 ここ数年、申し込み開始時間から数十分で募集定員がいっぱいになる。

 知り合いやマラソン仲間の何人からか、「今年も出ましょう」と誘いがかかっていなかったら迷いはなかったのだろうが、もう一度走って有終の美を飾りたい気持ちもわいてきていた。

 後で、出たいなと思っても、出場できない。

 それで、とりあえず申し込みをしてしまった。

 あれから3カ月余り。週に3回くらい、5㎞の軽いジョギングは続けてきた。

 そのうちに、マラソンの練習に切り換えようと思っていたのだが、身体が苦しい練習には向っていかない。

 大会まで、あと2カ月足らずになってしまって、これからどんな練習をしたらいいのか。

 昨日、4年前の初出場の時の練習はどうだったか、4年前のブログで確認してみた。

 4年前は、何十年も運動をしていない状態で、5月から始めて、最初は100メートルも走れなかった。

 それに比べると、今年の方がまだましだろうと思ってブログを見たのだが、4年前は初出場とあって、真摯に練習に取り組んでいたようだ。

 9月からは10㎞走っていた。

 10月には10㎞を58分で走っていた。

 1㎞あたり6分弱のペースだ。

 今、私にとって10㎞を走るのは苦難の技。

 1㎞6分を切ることはできないだろう。

 昨日、試しに1㎞6分を目指して走ってみた。

 ゼーゼーと息をきらして頑張ってみたが、6分30秒を切るのが精一杯だった。

 5㎞でダウン。

  私の最悪の癖。そのうち、そのうちと、先延ばししてしまう癖。

 去年の今頃は、体重が、走り始めたころからすると5kg近く落ちていた。

 今年は、体重はまったく落ちていない。

 後2カ月。

 このままだと、今年の青島太平洋マラソンは、参加費用を払っただけに終るかもしれない。

 

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