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3_3(有)不動産情報館

 

    電話 0982-35-4566

 

宮崎県延岡市恵比須町5番地4

 

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3.お客様のご要望に沿って、お勧めする価値のある物件のみをご紹介いたします。
  ご要望に総物件がないときは、顔を出すことが少なくなることをご容赦ください。

 

4.お客様の利益にならない取引はおすすめいたしません。
  ときどき、「買わない方がいいですよ」とか「売らない方がいいですよ」などと余計なアドバイスをしてしまう、変な不動産屋ですので気分をこわさないようにしてください。

 

5.延岡市エリアを専門として、地域に密着した情報提供をいたします。

 

6.知らないことは知らないとお答えし、お調べして後日正確にお答えいたします。

 

7.人と不動産の幸せな関係を築くために、不動産取引の知識やチェックポイントをアドバイスします。

 

8.人と不動産の幸せな関係を、将来に向かって残すために、相続・遺言についてアドバイスいたします。

 








有限会社 不動産情報館 
〒882-0046 宮崎県延岡市恵比須5-4
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【建設大臣認定】不動産コンサルティング技能登録(6)第4616号
【取扱不動産】新築一戸建、中古一戸建、売土地、中古マンション、賃貸アパート、賃貸マンション、貸家、下宿
【掲載地域】延岡市

2022年9月19日 (月)

台風14号が去った

台風14号が去った。

数日前からテレビで「経験したことのない最大級の強力な台風」だと、繰り返し注意喚起報道されていた。

進路予想図は九州直撃は免れないことを表示している。

我が宮崎県は台風の中心の右側。

台風の右側が被害が大きいという知識はある。

当地(宮崎県の北端の町・延岡市)は、一昨日17日から台風の影響が出てきた。

テレビで、経験したことのない暴風と大雨だと予報官が深刻な顔をして対策を呼びかけているのを見て、私は1階の事務所のガラス窓にスタイロフォームをはりつけ、飛散物でのガラスの破損対策だけはした。

私の住居兼事務所は鉄筋コンクリート。

3,4階を住居にしているから、万が一内水氾濫があったとしても命の危機は感じていない。

窓ガラスが破れて、事務所内の書類関係をダメにするといけないので事務所の窓ガラス対策だけはしておいたというわけだ。

10年前くらいに、延岡市の中心を流れている五ヶ瀬川の水が堤防を越えたことがあって、私の事務所も膝くらいまで浸水したことがある。

そのとき、堤防の浸水個所をかさ上げしているのだが、その時以上の豪雨になるとの予測だから不安はあった。

念のためにパソコンだけは自宅に持って上がった。

 

今回の台風でもう一つ心配だったのが、私の家の隣にディスカウントストアー「ダイレックス」さんのこと。

この2日前の15日に、新規開店してセールの大きなチラシが入ったばかり。

よりによって新規開店セール期間中に経験したことのない強烈な台風が来るとは。

15日、16日は、一日中駐車場は満杯。

17日は土曜日で、まだ台風の影響はそれほどではなかった。

台風前の駆け込み購入で初日、2日目より来店数が多く、車もお客さんも入場制限がかかるほどだった。

しかし昨日18日は、朝から当地は暴風圏に入った。

3連休の日曜日で一番の売り上げを予定していただろうに、これではお客さんは来ないだろう。

私の会社は連休は休みにしていたのだが、気になってときどき自宅の窓から様子を見ていた。

こんな天気なのに、朝は昨日の7割くらいは入っていた。

午後からは風雨が強くなり、徐々に来客は減り、夕方には3割位の入りになっていた。

それでも客足が途切れてしまうことはなかったが、7時ころには駐車場の車もまばらになってきた。

8時くらいからは暴風雨。

風は吹き荒れ、窓に雨がたたきつけられて、猫たちもおびえてベッドのしたに潜り込んだまま。

どういうことか、こんな状況になっても車で乗り付けて来るお客さんがいる。

さすがに9時くらいには客足も途絶えた。

従業員さんたちの帰りは大丈夫かと心配になった。

10時過ぎには外は大嵐。

我が家では、今まで経験したことのない雨漏りを経験した。

職業柄経験していることだが、雨漏りはサッシの取り付け部分から。

サッシ周りのコーキングが劣化しているのだと思われる。

すきま風を防ぐテープやタオルで応急処置をするしかない。

 

私の心配は過去に経験してる内水氾濫。

私の住む場所は街中で、堤防が決壊する不安はない。

心配は過去にあった、河川の水が堤防を越えること。

防災情報サイト「キキクル」と、10分おきに水量の発表をしている国土交通省の川の防災情報のサイトで確認をしていた。

11時くらいに、消防車が「川の水が危険水域に近づいています。堤防の近くの方は避難してください。」とアナウンスしながら廻ってきた。

私はパソコンは住宅に持って上がっていたが、万が一河が氾濫した時のために、1階に降り書棚の一番下に保管している書類を机に上げ、事務所の出入り口に、水で膨らむ土のう(水嚢)を設置した。

 

予報通りの暴風雨で、宮崎県には線状降水帯が発生。

宮崎県全体が防災地図での危険度は警戒レベル5の黒色表示となっていた。

 

一夜明け、幸いにも私は大した被害はなかった。

そして私の周りでは大きな被害は見かけなかった。

水の土のうで浸水を予防したのは私だけのようだった。

デスクトップのパソコンを自宅に持ち上げたり、書類を机の上に上げたり、土のうを設置したりという作業が無駄になって良かったと感じている。

地元ローカルラジオを聴いていたら、男性アナウンサーが、「予報より被害が小さくて、災害対策や避難行動が無駄になったということはないですよ。野球では本番で成果を出すために素振りや練習を続ける。防災対策や避難行動をとることは本当に災害に面した時の練習や訓練と思います。」と言っていた。

その通りだと私は思う。

 

今日は台風が去った直後で祭日ということもあり、明日から被害のニュースが出てくるのだろう。

大きな災害が無かったことを祈りたい。

 

 もう台風は通りすぎたよ

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2022年9月 3日 (土)

ちょびが逝った

昨日が最後の別れになると思っていたが、私と家内の見つめる中で、ちょびは静かに眠り続けていた。

朝起きてすぐに様子を見に行ったが、死んだように横たわっている。

体をさすっても動かないが、かすかに呼吸していた。

 

私は仕事で事務所に出ていたが、午前10時過ぎ、突然、「ウォーッ」という少し大きな鳴き声がして、それがちょびの最期だった。

捨てられて、餌を求めて私に近寄ってきたのが縁で飼うことになった猫だった。

餌をもらいたくて自分から私にすり寄ってきたのに、家に連れて帰って飼い始めたその日から、家内以外の者が近づくと逃げ回る猫だった。

懐かせようと私が餌やりの係をしたのだが、14年間一緒に暮らしてきて、餌やりの時以外は私が近づくだけで逃げ回る。

家内にだけは気を許しているみたいで、自分から膝に乗っていったりするが、家内から近づくとさっと逃げてしまうこともあった。

捨てられて、腹を減らして町を彷徨っている間に、人間にひどくいじめられたトラウマがあるのだろうということだ。

それにしても、いくらかわいがっても懐かないのだから、私とっては最後までかわいい存在ではなかった。

「おまえなー。同じ屋根の下に10年以上いるのだから、そんなにびくびくして暮らしていたら楽しくないだろう」

そう言う私に、家内は家内は「それが猫なのよ」と、それでもかわいいらしい。

 

 

そんな14年間。

死んでも涙が出ないだろうなと思っていたのだが、不覚にも涙がでた。

これも年のせい。

年を取ると涙腺がゆるむ。

 

我が家には、あと2匹の猫がいる。

私たち夫婦の年齢を考えると、この2匹が最後。

私は、命をいたずらに死期を伸ばすだけの延命治療はしないと決めている。

死期をのばすだけの延命治療は苦痛でしかないことを理解している。

だから、猫や犬たちにも延命治療は受けさせない。

幸い、今までに看取った猫や犬たちは大きな病気をすることなく天寿を全うした。

私もそうありたいと、今は思っている。

 

 

近づくと逃げていたから、おまえ単独の写真が少ない。

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2022年9月 2日 (金)

飼い猫の一番の古株のちょびが眠っている

私は大の「よだきんぼ(宮崎弁で怠け者)だ。

そんな私にとって1日(ついたち)は、怠惰につぶした日々のリセットの日だった。

リセットの一つがブログの更新だった。

昨日は、そのブログの更新もしなかった。

 

今日は、我が家に3匹いる猫の中で一番の古株の「ちょび」が去っていこうとしている。

ここ2カ月余り、その予兆はあった。

 

食が細くなり、ここ数日は「ちゅーる」しか口にしなくなって、今日は「ちゅーる」を一口なめただけ。

老衰。

苦しむこともなく、泣くこともなく、静かに一生を終えようとしている。

長尾和宏医師の著書「平穏死」について書いた本にあった、終末期の手本として猫や犬の姿。

10年後の自分への手本にしたいような姿である。

私と家内は、ただ黙ってその姿を目に焼き付けている。

 

 

 

元気なころの、ちょび

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2022年8月22日 (月)

トップガン マーベリック

行ってきました、「トップガン マーベリック」。

久々の映画館。

映画館に足を運ぶのは9カ月ぶりのこと。

「トップガン マーベリック「」は1986年のトムクルーズのヒット作「トップガン」の36年振りの続編。

いい意味で期待を裏切られた大傑作だった。

ほとんどの場合、ヒット作の続編は面白くない。

ましてや、前作から36年。

世の中はすっかり変わってしまっている。

どんな映画になっているのだろう。

前作を懐かしむだけの映画かと思っていたのだが、前作を上回るよく練られた展開。

36歳年をとったはずのトム・クルーズが、自分の子供くらいの世代のパイロットを寄せ付けない活躍するさまがいい。

なんてったって、こんな映画は映画館の大スクリーンと音響設備の中で観なければ良さはわからないし、感動はない。

放映打ち切りもやむなしと思っていたが、間に合って観ることができて良かったと大、大満足。

 

 

 

封切後すぐ観に行きたかったが、前作をもう一度観てから行こうと思いつつ、つい前作を観るのをぐずぐずしていて昨日になってしまった。

実は、先々週観に行こう思って上映スケジュールを確認したら、上映時間が朝の9時半からのみの1回のみ。

朝から観る映画ではない。

早く言っておけばよかったと悔やんだが、まだ上映打ち切りの予告は出ていない。

それで次の週の上映時間の変更に期待したが、次の週は朝8時55分からの1回放映のみ。

封切から2カ月半。

観客が少ないからこんな早朝からのスケジュールになっているのだろう、そろそろ上映打ち切りかと思って上映スケジュールを見ると、まだ放映打ち切りの案内は出ていない。

次の週に期待して待っていた甲斐あって、上映時間が15時半になっていた。

ここが最後の潮時とばかりに、ようやくのことで昨日観てきた。

封切から2カ月半。

いつもの感じだと、観客は4~5人かなと思って場内に入って驚いた。

定員150人くらいの席の半分弱くらいの席が埋まっていた。

なるほどそれで2カ月半余りも上映を続けていたわけだ。

延岡市周辺の皆様。

映画館に足運ぶだけの価値がありますぞ。

絶対に観て良かったと思うこと間違いなし。

あと2週間はやっているようです。

ぜひご覧あれ。

映画人口の減少の中、延岡市唯一の映画館に感謝しつつお勧めする次第です。

 

 

 

2022年8月18日 (木)

高齢閑話 金持ちのおじいさんはかわいそう

本をながめていたら、面白い見出しが目に留まった。
「お金があるおじいさんはかわいそう」との見出し。
最近の雑誌は高齢者を相手にした記事が主流。
若者の本離れは、雑誌にも及んでいる。
400円もの金をだして週刊誌を買うのは中高年だけなのだろう。
したがって週刊誌は高齢者に向けての記事ばかりだ。
週刊誌記事の最近のトレンドは、子供に対しての相続対策の話から高齢者自身の生活対策に移行してきている。
曰く、老後の資金がないと悲惨。
老後世話になるからと思って、子供に住宅資金や孫の教育費をどれだけ援助していても、いざ面倒を見てもらおうと思ったときには子供たちにそんな余裕はない。
自分たちの生活でいっぱいで、迷惑がられるだけ。
お金を持っていてこそ、子供や周りは面倒見てくれる。
お金は自分のためにしっかり握っておきなさいという風潮だ。
「お金=老後の安心」のはずなのに、「お金持ちのおじいさんはかわいそう」ってどういうことだと記事に目を通してみた。
曰く、お金がある人が再婚しようとすると子供たちが絶対にダメと猛烈な反対を受ける。
これが金のない親が結婚するというと反対はされないというのだ。
だから、「金持ちのおじいさんはかわいそう」というわけだ。
なるほど。
財産を持っている親に再婚されると、その瞬間に親の財産の半分は再婚相手のものになり、子供たちの取り分は半分になってしまう。
しかし、金のない親だと、再婚相手に親の老後の面倒を見てもらえて、自分たちが老後の面倒を見ないで済むというわけだ。
だから、年を取ってきた親の結婚は、むしろ歓迎されるのだろう。
60歳を過ぎたくらいで連れ合いを亡くしたら、残された者の人生は20余年。
ドラマで、親に「まだ若いんだから再婚相手でもみつけなさいよ」というのは大きな財産をもたない家庭の場合の話。
20年も親の面倒見れないし、60歳と言えばまだ若い。
「まだまだ、これからの人生を楽しんだら」ということになる。
しかし、親に多大な財産がある場合は、すんなりこうはならない。
「お父さん、いい年をしてなによ。身の回りのことはお手伝いさんでも雇って自由に気ままに暮らせばいいじゃない。今さら、新しい人をお母さんなんて呼びたくないよ」などと猛反対されることになるだろう。
それもそのはず。
仮にこの親に2億円の財産があったとして、子供さんが2人だったら、親が再婚しないままだとそれぞれが1人億円ずつ相続できる。
親が再婚すると、2億円の半分の1億円は奥さんが相続。
残りの1億円を2人のこどもで半分ずつの5000万円となる。
親が若い嫁さんでももらって子供でも出来たら、その子供も入れて1億円を分けることになるので、さらに取り分が減ってしまう。
命がけでも再婚を阻止しようとするのもむべなるかなである。。
、「金持ちのおじいさんはかわいそう」となるのである。

2022年8月14日 (日)

マゴロス

長崎から里帰りしていた孫が今日帰って行った。

初孫。

去年2月誕生。

まだ1歳半。

コロナのすき間を縫って何度か会っているのだが、いっしょにいれるのは2~3日のこと。

1歳半の赤ちゃんとっては、会うたびに初日は知らないおじいさんでしかない。

毎回、対面初日はだっこすると大泣きされる。

離乳食前はミルク係、離乳食後は離乳食係を担当させてもらって、なんとか懐いてもらう。

今年の正月に帰ってきたときは、娘の目を盗んで離乳食外の食べ物をやったり遊んでやったら、ずいぶん懐いてくれた。

それから8カ月。

覚えているかなと思ったが、まだ1歳ちょっとの赤ん坊の脳の記憶は完全にリセットされていた。

前回より知能が発達したせいか、今回の方が警戒が強くて、抱っこされるようになったのは3日目。

それもおっかなびっくりであった。

孫は食欲旺盛。

娘の目をかいくぐって、食べ物でつる作戦が成功して、やっと懐いてきたところでお別れ。

娘の旦那の仕事の都合で来月から名古屋に引っ越すことがきまっている。

今回帰ってきた来たのは、その前に一目会わせてあげるようという娘の気持ち。

次に会うのはいつになるのやら。

どちらにしても、また孫の記憶から私はリセットされていることだろう。

「〇〇ロス」という言葉がある。

ペットを亡くして、ペットロス。

大好きだった芸能人が結婚してしまって「〇〇ロス」。

私にはそんな感情が今までは理解できなかった。

 

 

今まで、意識的に自分の家族のことはブログの題材にはしないようにしてきたのだが、なるほどこれが「〇〇ロス」。

初体験である。

 

 

 

2022年8月13日 (土)

墓掃除

今日は盆の入り。

昨日、家内と2人でお墓の掃除をしてきた。

私が子供の頃、月に1度くらい父親に墓参りに連れていかれた。

父親の命令は絶対。

「おーい。墓の参りに行くぞ」と言われたら従うしかなかった。

その習いで私は、なんだかんだで年に10回以上は墓参りに行く。

しかし私は、子供たちを墓参りに従わせることはできなかった。

それは私が子どもに対して私の父親ほどの強い力を持たなかったことと、墓参りに対する思いが父親ほど強くなかったためだろう。

子どもたちには、お彼岸もお盆の墓参りという習慣を身につけさせることはできていない。

私が墓に入った後、子供たちが守りをする術を教えていない。

寺の住職は小中高校の同級生。

そんな思いを、ちらりと相談したことがある。

住職は、「大丈夫だよ。親の姿は見えてるよ。」と優しい言葉をかけてくれたが、私は住職が考えているほど立派な子育てはしていない。

 

 

 

2022年8月11日 (木)

山の日

今日は山の日で休日。

お盆休み前の中途半端な日にちである。

なぜ今日8月11日が山の日・祝日になったのか。

山の日を祝日と決めることになったのは、1995年に海の日が祝日になったことに対して、日本山岳協会など山岳5団体が「山の日」制定協議会を設立し、「山の日」を国民の祝日にする運動を全国的に展開したことによるものなのだそうだ。

ではなぜ山の日を8月11日にしたのか。

当初は祝日のない6月にする案や「海の日」(7月第3月曜日)の翌日にする案などがあった。

しかし、お盆のころで休暇がとりやすい8月11日になった。

一時はお盆前の8月12日が有力だったが、日航機墜落事故が起きた日と重なることから見直され、8月11日に落ち着いたのだそうだ。

それで、お盆前の中途半端な日になったというわけだ。

日航機墜落事故から37年。

遺族の方々も高齢化し、航機が墜落した御巣鷹山への慰霊登山者の数も少なくなってきている。

それにともなって人々の事故の記憶もだんだん薄らいできている。

お盆前の8月12日を山の日として、「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」と同時に、 御巣鷹山に墜落して眠っている犠牲者の方々思い起こす日として、お盆休みを1日拡げるのもよかったのではないか。

2022年8月10日 (水)

酷暑を吹っ飛ばしてくれる大谷翔平

大谷翔平が104年ぶりの2桁勝利2桁ホームランという大偉業を達成。

しかも自らホームランを放つという、あり得ない快挙。

報道ステーションのトップニュース。

猛暑の不快感を吹き飛ばしてくれる。

しばらくこのままこのニュースを続けていてほしい。

 

ニュース23で、大谷選手快挙のニュースをもう1度楽しむ。

チャンネルをまわしたら、NEWS ZEROでもやっていた。

 

2022年8月 9日 (火)

今日が終る

8月に入って 毎日ブログを更新規定してきたが 今日の更新がまだ。

 この二日、 仕事に追われていて 気がつけば 今日が終わりかけている。

それにしても毎日暑い!

あと3分後の明日も頑張ろうか。

 

2022年8月 8日 (月)

自民党茂木幹事長 旧統一教会との決別宣言

茂木幹事長は8日、記者会見を行い、旧統一教会と自民党所属の国会議員との関係について「我が党の国会議員、政治家として自覚を持って、点検を行い、見直すということなので、これからは関係を持たないことが基本だ」と述べた。

さらに「具体的に状況が分かるのは、政治家本人や事務所なので、しっかりと点検し、事実確認をして欲しい」と強調した上で、党所属の国会議員に対して、旧統一教会との関係について、適正な見直しを求めるよう通達を出すことを明らかにした。

また、会見に先立って行われた自民党の役員会で、岸田首相から「社会的に問題が指摘されている団体との関係については、十分注意しなければならない。

我が党所属の国会議員については、国民に疑念を持たれることのないよう、政治家としての責任において当該団体との関係をそれぞれ点検し、適正に見直してもらいたい」との指示があったことも明らかにした。


安倍総理暗殺事件の山上徹也容疑者は自身のTwitterで、「オレが憎むのは統一教会だけだ。結果として安倍政権に何があってもオレの知った事ではない」という決意表明のような投稿をしている。

Twitterには、彼の家族を崩壊に至らしめたとされる統一教会への恨みつらみが綴られていたが、安倍元首相の政策については好意的ともとれる投稿が残されていた。

ツイートの内容を見る限り、「政治信条に対する恨みではない」という逮捕直後の山上容疑者の供述とも矛盾はない。

マスコミ。コメンター。解説者。評論家。専門家。

種々雑多よくわからない面々が、こぞって事件の真相を解明しなければならないと持論を展開している。

彼らにとって、話を単純に処理してしまっては飯の食い上げ。

真相を追及とばかりに、好き勝手に論争をくりひろげている。

私は、山上容疑者が自ら語った言葉がすなわち彼の行動の真実なのだと思う。

彼が憎んだのは統一教会。

統一教会のトップの殺害を計画したが、それが難しいと判断し安倍総理を殺害した。

それによって安倍政権に何があっても関係ない。

山上容疑者の犯行はこの言葉通りであろう。

しかし彼の思いは、はからずも彼の一番の目的であった統一教会へ大きな鉄槌を下すことになった。

それが冒頭の自民党幹事長の言葉だ。

果たして、自民党がその言葉の通りになれるか、じっと見つめ続けなければならない。

2022年8月 7日 (日)

東北・北陸で豪雨 命を守るための行動

先週の北陸東北地方の凄ざまじい豪雨の映像には恐怖を感じた。

災害の特別警報最大レベル5の特別警報が発令され、テレビで「命の危険が迫っているため直ちに身の安全を確保してください」「直ちに命を守る行動をとってください」と呼びかけるアナウンスが流れるが、いきなり命の危険が迫ってきたときにどう対応すればいいのか。

未曽有の大天災で、行政機関としては何も手助けできませんよと言われているような気もする。

日ごろからできることは、いきなり身の危険が迫る事態になったときに、命を守るためにどうしたらいいか、個人的にそれぞれ考えておかなければならないということなのだろう。

幸い、私の自宅は鉄筋コンクリート4階建。

いきなり河川が氾濫して大水害になったときは、3、4階に避難すれることに決めている。

余裕があれば、1階事務所の需要書類とパソコンデータだけは持ち出したい。

 

 

記憶に新しいのが2年前の熊本豪雨。

これについて先月の新聞テレビで取り上げられていた。゛

7月4日で熊本豪から2年を迎える。

災害関連死を含む67人が犠牲となり、今も2人が行方不明のまま。

さらに、2年も経つというのに、6月末時点で1195世帯、2618人が仮設住宅などでの仮住まいを続けているという。

被災した自宅に住んだり、知人や親戚の家に住んだりしながら行政の支援を受ける世帯も665世帯あるそうだ。

鉄橋2本が流され、一部区間で運休が続くJR肥薩線は、国と県、JR九州による検討会議が始まっているが、復旧のめどはたっていない。

 

ここ数年、

今までに経験したことのない

100年に1度の大災害が

毎年日本のどこかで発生している。

 

幸いにも当地(宮崎県の北端の町・延岡市)では豪雨災害には見まわれていない。

ただし、当市には大きな3つの河川が流れている。

この河川の一つでも氾濫したら、テレビで見ている災害は他人事ではない。

 

「命あってのものだね」という言葉がある。

私は、最悪の場合は、命を守るためだけの行動をとるという覚悟はしているが、命が助かった後に「生きていくために必要なモノ」も救えるように日ごろから準備をしているる。

2022年8月 6日 (土)

間違っていたセコロジー

私は毎朝、コーヒーミルで豆を挽いてペーパードリップでコーヒーを淹れている。

私は変なところでケチで、というか自己弁護的にはもったいない精神の強い正確なもので、紙のコーフィーフィルターを一度使っただけで捨ててしまうのに抵抗がある。

コーヒーフィルターは使い捨てが原則で、安いものなら1枚1円、高くても1枚2,3円だ。

しかし私は、限りある紙資源を、一杯のコーヒーをいれただけで捨ててしまっていいのだろうかと悩みながら使っていた。

コーヒーフィルターの紙はしっかりしているから、洗って使えば何度でも使えそうなのである。

それで、コーヒーの出がらしを捨てた後のコーヒーフィルターを、ドリッパーに張り付いていたまま流水できれいに洗いながして、そのまま次にコーヒーを淹れてみた。

すると、別に特別コーヒーの風味が悪くはならない。

といっても、4,5回これを繰り返すと、細かい粉でペーパーが目づまりするようで、コーヒーの抽出液の落ちるスピードが遅くなり、コーヒーの風味も悪くなる。

ただ、コーヒーフィルターを取り換えるのが面倒なのと、ケチな精神で、コーヒーフィルターの交換は1週間1回程度にしていた。

そんなことをやりながら、こんな疑問も持っていた。

フィルターを使い捨てにしたあとは燃えるゴミに出す。

濡れたままのフィルターの紙としての資源の無駄遣いプラス償却処分に係る燃料代との合計、フィルターを水洗いすることによる水資源の無駄遣いと水道料、汚した排水を下水に流すわけだが、汚れた水を浄化するための費用の合計、のどちらが地球環境を保持する観点からはエコなのか、そんな疑問がいつもあった。

そこで今日、インターネットで当地(宮崎県の北端の町・延岡市)の水道料を調べてみた。

すると、水道料の基本料は水道管の大きさで多少価格差があるが、私の払っている料金は1㎥あたり788円であった。

しかし、1㎥の水を使用すると1㎥あたり672円の下水道料を払わなくてはならない。

つまり1㎥の水は1,460円ということである。

1㎥というのは1000ℓ。

すなわち、私が使っている水道水は1ℓ1.46円ということになる。

そこで、コーヒーフィルターを洗うのにどのくらいの水の量を使っているか量ってみた。

すると、1枚のフィルターを洗うのに1.5ℓ以上の水を使っている。

ということは一枚のフィルターを洗う水の代金は2円以上となる。

使いまわし4回目5回目の場合は、目詰まりをとるため、おそらく2ℓ以上の水を使っていることだろう。

私の使っているコーヒーフィルターは1枚約1円。

これは、コスト的にはコーヒーフィルターを毎回取り換えたほうが安い。

ということで、今日からコーヒーフィルターは毎回使い捨てにしようと決めた今日の出来事。

2022年8月 5日 (金)

知り合いだったかな?

今、私は整形外科に通っている。

評判のいい病院で、待合室はいつもいっぱい。

この年になると、知りあいにもよく出会う。

そんな人には、「おっ。ご同輩。あなたもですか。」と、なせかちょっとうれしくなって声をかける。

しかし、みんなマスクをかけているので、知りあいではないのかなと思いつつ声をかけないままの人もいる。

そんな待合室でのこと。

「まつもときよしさん」という受付からの呼び出しの声。

どこかで聞き覚えのある名前。

どなたか知り合いではないかと周りを見回した。

すると、私と同年代の小柄な男性がたちあがり、「大きな声でフルネームでよびださないでよ」と受付の女性に近づいて行った。

「あっ。マツモトキヨシ」

知りあいではなかった。

あの「マツモトキヨシ」だった。

 

 

 

 

2022年8月 4日 (木)

デジャブな話

いつだったか、こんな笑い話を読んだ。(記憶に脚色付き)

よく立ち寄るコンビニに、気になるかわいい店員さんがいた。

一度声をかけてみたいなと、できっこない願望を抱いていた。

ある日、ガムを買ってレジに立つと、女性が私の顔をじっとみつめ、「このままの私でいいですか?」と聞いてきた。

一瞬、私は動揺した。

なんて答えたらいいのだろう。

「そのままのあなたでいい」

そう答えようとしかかって、女性の目を見て理解した。

「(レジ袋に入れずに)そのままの渡しでいいですか?」ということだってこと。

「はい。そのままでいいです。」

か細い声で返事して、ガムとレシートを手に店を出た。

 

こんなことあるんだよなあ。

この年になっても。

2022年8月 3日 (水)

悪徳不動産屋日記 100パーセント儲かる計画なら銀行へ

んお笑いコンビTKOの木本氏の投資トラブルが話題になっている。

FX取引と不動産投資の名目で集められた被害総額は6億円を超すともいわれる。

詐欺事件に広りそうだが、そもそも年利10パーセントを超すような投資話はない。

私は悪徳不動産屋。

年利10パーセントも20パーセントも確実にもうかる話があるわけない。

 

私がお付き合いさせてもらっているお客さんに、不動産を多数所有しているお客さんがいる。

私は何度か売買をさせてもらっただけだが、お金持ちの商売のやり方は実にシビアーだ。

売るときはより高く、買うときはより安くである。

私は悪徳不動産屋を自称しているから、相手がお金持ちであっても特別扱いはしない。

お客さんがあまりにもひどい交渉をしてきたら、「〇〇さんそれは言い過ぎでしょう」と、とっとと撤退してしまう、情けない不動産屋でもある。

私が嫌いなのは、「売ってやる」「買ってやる」という態度のお客さん。

そんなお客さんは願い下げとしている。

そんな横柄な態度をとったとき、私は悪徳不動産屋とそしられる。

 

しかし、お金持ちの気持ちもわかる。

当地(宮崎県の北端の町・延岡市)のような小さな地方都市では、5千万円、1億円を超えるような高額の物件を買える人は限られている。

だから、不動産好きな大金持ちのところには、5千万円1億円といった高額物件が格安になったりして、いい物件です。格安の掘り出し物ですよ、と不動産屋が物件を持ち込んでくる。

腐るほど不動産は持っているのだから、別にあわてて買う必要はない。

持ち込まれる不動産について、あれこれ買わない理由を並べていると、速く売りたい事情を抱えてる不動産屋はどんどん値下げしてくる。

経済的に困って売らなくてはいけない事情のお客さんを値切り倒すのだ。

強気を助け、弱気をくじく。

これが儲かる立派な不動産屋さんのやりかた。

お金持ちのお客さんが値切り倒しているわけではない。

自分が儲けたい不動産屋が、お金に困って売る売主を値切り倒しているだけのこと。

 

10数年前、私がおつきあいのあるお金持ちのお客様のところに出入りしているとき、そのお客さんからこう聞かれた。

「〇〇不動産屋っていうのを知っちょるけ?」

もちろん名前は知っている不動産屋だった。

大型物件をときどき動かしているが、しょっちゅう問題を起こしている不動産屋だった。

「知ってますけど、何か話をもってきたんですか?」と聞いてみた。

すると、「先日、2億円の土地を買ってくれと来ていた」と言う。

場所を聞くと、えらいな辺鄙なところ。

そこに大きな墓地の造成計画があって、売主が土地を売り急いでいる。

造成計画の許認可も取れて間違いない話なのだが、工事にかかるのに時間がかかっている。

造成計画は必ず進む。買っておけば3億円以上儲かるから、買っておいてくれないかというような話だった。

「赤池君、〇〇不動産屋というのは面白いやつだな。2億円出してくれれば3億円必ずもうかるというのだよ」と笑いながら話をする。

詐欺師の特徴は、話し上手ですぐに相手のふところにとびこむ。そんな話に騙されてはいけない。

止めなければと思っていたが、お客さんは話を続けた。

「本とに面白いやつだよ。2億円で3億円も儲かる話を私に持ってくるんだからな」と笑いながら話を続ける。

「だから、俺はその不動産屋に言ってやったよ。あんた来るところを間違っているよ。すぐ近くに銀行があるからそこに行きなさいと言ってやったんだよ。」

すると、かくの不動産屋は意味がわからずに目をぱちくりとしていたそうだ。

「あんたね。今時、2億円の投資で3億円必ずもうかる事業計画があるんだったら、その事業計画書は私のところでなくて、すぐ近くの銀行に持ち込んだほうがいいよ。銀行が喜んで貸してくれるはずだよ」と切り捨てた。

その不動産屋が事業計画書や計画図面等の資料をひろげて説明をする間、そのお客さんは、信じられないとか、そんないい話そそとか、詐欺じゃないのか、ペテン師野郎とかは一切言わず、いい話だなと聞いてやったそうだ。

そしてひとしきりしゃべらせた後のセリフが「あんた来るとこ間違ってるよ。こんな立派な計画なら、そこの銀行が貸してくれるよ。すぐに行ってきなさい」と言い放って相手にしなかった。

毅然いい放ったお客さんに対して、かくの不動産屋は何も言えずに退散したそうだ。

役者が一枚上。金持ちになる人の対応は素晴らなと思った昔の思い出である。

 

何倍も儲かるような、そんなに上手い話はない。

あなたは、ほんとうに自分が儲かる話があったら、そんないい話を人におしえてあげますか?



わしゃ、知らん

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2022年8月 2日 (火)

高齢を楽しく過ごす本の著者は女性ばかり

私が読んでみたいなという本を知る媒体は新聞の広告だ。

気になった書名が目にとまったら、まずAmazonで検索して簡単な内容を読んでみて、買うか買わないかを決めている。

当地(宮崎県の北端の町・延岡市)のような地方では、新聞で広告している本がすぐには書店の店頭に並ばないことも多いので、以前は、気になった本はとりあえずAmazonで購入していた。

しかし最近は、著作者の方には申し訳ないのだが、今は当地の図書館でも所蔵本をインターネットで検索できるようになっているので、買おうか買うまいか迷った本については図書館で借りて読むことが多い。

昨日のブログで取り上げさせていただいた本も、全部図書館で借りたもの。

図書館で借りるに至ったいきさつも、前述のとおり、新聞広告を見てAmazonで検索、そして図書館で検索。

そして図書館に所蔵されていた本が昨日のブログで取り上げた本。

ただ、昨日ブログを書いていて、ふと気が付いたのが著者が全員女性だったこと。

気になって、今日、Amazonで「8〇歳(八十〇歳)」「9〇歳(九十〇歳)」で検索をかけてみると、出るわ出るわ「高齢生活謳歌本」

80歳代、90歳代で元気に楽しく暮らしている人の本がざっくざっく。

これがなぜか、著者が女性ばかり。

どうしてなのだろうと、ちょっとググってみた。

すぐに答えは見つかった。

日本の高齢化問題の記事の中にこんなデータがあった。

日本の高齢化率は世界1位。65歳以上の高齢化率は28パーセント以上。

この数字は何度も聞いている。

これに続くデータが私の疑問に対する答え。

65歳以上の高齢者の男女比は、女性6に対して男性4。

85歳以上の男女比は、女性2に対して男性1となる。

100歳以上の男女比は、女性9に対して男性1。

なるほど、85歳以上90代以上で元気に楽しく暮らす本の著者が女性ばかりなのは数字が示していると納得。

私、女性先達に習いたいと思っております。

 

お前も女の子

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2022年8月 1日 (月)

8月1日 いつになく楽しい月の始まり

8月1日。

何度も書いているが1日(ついたち)は、私にとって特別の日。

怠惰に過ごしてきた時間をリセットして、今日からやるぞとなる日。

この日だけは、義務的にでもブログを更新してきた。

しかし、今日の1日(ついたち)は、ここ数年にないちょっと気分のいい月の始まりだった。

1か月前から入っていた、工事の一つの山場の予定日。

工事現場の工程の都合で、近所の月極駐車場の契約車両約20台をこの一日いっせいに移動してもらわなければならなかった。

協力のお願いはしてきていたが、全員の方が忘れることなく約束を守ってもらえるか。

実は、先週の木曜日からまったく動いていないままの車が一台あった。

予定日前日の昨日、他の車は全部移動してくれているのだが、夕方になっても1台の車だけ停まったままになっている。

気になって夕方から1時間おきに見に行っていたのだが、夜9時になっても停まったまま。

明日の朝までに移動してもらえなかったら、レッカー車で移動させてもらってもいいのだろうか。

そんな不安に押しつぶられそうになっていたら、夜9時半、見に行くと車がいなくなっていた。

そこで、さっそく駐車場の入り口を閉鎖した。

 

そして今日、無事予定工事は終了した。

 

ここ数年にない良い気分を味わっているのは、このことだけが原因ではない。

この1,2週間ほど、去年の10月から悩まされていた脊柱管狭窄症の強い痛みが治まってきたのだ。

立っていると下肢がしびれ痛みが走る。

5分も歩くと太ももからふくらはぎやすねにかけてしびれや痛みが出て歩けなくなる。

少し休むと治まってまた歩けるようになるため(これを間欠跛行という)、歩いたり休んだりすることを繰り返さなければならない。

ここ数年、そんな痛みと共存しながら暮らしてきていた。

幸、私の仕事は不動産業。

重いものを持ったり、立ちっぱなしをしなくても仕事はできる。

長時間は歩けないが、ちょこちょこ腰かけながらでも仕事はできる。

不動産屋でよかったな、なんて、そんな深刻に考えこむことなく、やり過ごしてきた。

ところが去年の10月。(だったかな)

どうにもこうにも、どんな姿勢をとっても、腰から足先まで痛みが走った。

歩くことも、立っていることもできない。

こんな時に限って、暦は連休。

連休明けに、なんとか痛みをこらえて病院に駆け込んだ。

すぐには治らなかったが、痛み止めの薬と適切な治療でなんとか1週間くらいで、少しは動けるようになった。

そこからは、また痛みと共存しながらの生活。

病院の先生の治療と生活指導。それに加えて、何冊かかった腰痛本の中で自分の症状にあった腰痛体操を続けてきた。

他の人たちの深刻な病気と比べたら自分はまだ幸せだと思いながら仕事を続けてきた。

気が付くと、この1週間くらい、間欠跛行が無くなっている。

ためしに軽くウォーキングをしてみたら、1時間くらい歩ける。

生来私は、健康には自信があったのだが、ここ1,2年は脊柱管狭窄症の痛みに悩まされ、健康の自信が揺らいできていた。

そこで、「70歳からの〇〇」とか「80歳を乗り切るための〇〇」的な健康本や、雑誌の生地を読み漁ってきた。

世は高齢者向けの健康本ブーム。

そんな中に、私より一回り以上年上の方が元気で暮らしている生活本を何冊か読んだ。

ベストセラーになった佐藤愛子さんの「90歳何がめでたい」「98歳戦いやまず」

樋口恵子さんの「老~いどん」「老いの福袋」も面白かったが、私が一番力をもらったのが「87歳 古い団地で愉しむひとりの暮らし」と「89歳 お金がなくても幸せな日々の作り方」の2冊。

普通の87歳の女性と普通の89歳の女性。

ご自分の生活をYouTubeやTwitterで綴りながら、新しい人生を歩いておられる。

一番私が影響を受けたのは、「89歳1人暮らし」の大崎博子さんが、なんでもいいから毎日1つはつぶやいてきたという言葉。

私は、どこかに、何かいいこと書こうというスケベ心があった。

だから、更新のためだけの意味のない文章を書くことが多くなってきて、それでは意味がないなと思って、書くことから遠ざかっていた。

今日はいい天気で気持ちがいい。今日はなんにもしなかった。

なんでもいいから一言書く。

それもいいなと思って、今、キーボードをたたいている。

 

なぜか脊柱管狭窄症の間欠跛行がなくなって、1時間でも歩けるようになった。

代わりに肩が痛くなったのだけど、ここ数年悩んできた脊柱管狭窄症に痛みがなくなったことのほうがうれしい。

仕事も順調。

頭も動き出して、アイデアも湧くようになって体も動く。

 

私は酒も飲めないし、趣味もない。

遊ばないから友達も少ない。

女性にも奥手だった。

仕事をやめたらすることがない。

だから死ぬまで現役で動けたら幸せ。

そうできたらいいなと願っている。

 

 

 

 

 

 

 

2022年7月31日 (日)

今月4回目 久々の更新

先週、インターネットで来年の手帳の広告配信されてきた。

それで改めて思い知らされたが、7月も今日が最終日。

自分のブログを振り返ってみると、今月の更新は3回のみ。

以前は、ブログのトップページに「ほぼ毎日更新しています」と書いていたのだが、数年前に、言葉に偽りありと感じるような状態になったので「ほぼ毎日更新」を削除した。

それでも、内心「ほぼ毎日」を目指していた。

1週間くらい更新をさぼると、私の定期購読者I先生から「更新がない。どうなってるんだ」と督促のメールが入るので、督促のメールをもらう前に更新しなくてはという動機づけになっていた。

しかし、そのうちに督促を受けても更新する気力わかず、今月の履歴を見返すと今月の更新はたった3回。

さすがにI先生からの督促メールも無くなっていた。

生涯現役で仕事をやるぞとおもっていたのだが、このところなんにつけても意欲が落ちてきて、自分で設定した締切日は意識しているのだが、あっという間に時間が経過してしまっている。

医師や医療関係者が認知症の判定をするときに、「今日は何月何日ですか?」とか「今日は何曜日ですか?」という質問をする。

不動産業をやっていて、高齢の売主が高齢の場合、司法書士が売主様の認知確認をするのに立ち会ったこともある。

その時にも、日にちとか曜日の質問に加えて、「生年月日を教えてください」「生まれ年の干支は何ですか?」とかいう質問をしていた。

私はそのお客さんと話をしていてまったく認知に不安を感じることはなかった。

その方は体が不自由になって施設に入っておられて、経済上のことで、子供さんから相談があって私が家の売却の依頼を受けた。

90歳くらいの方だったので、依頼を受けた際に私が子供さんと施設に行って売却の意思を確認させてもらった。

足と半身が不自由で車いすでの生活になっていた。

「〇〇さん。家をお売りになりたいということですけど、よろしいのですか?」と尋ねてみた。

すると、「ほんとは子供にこの家を残してやりたかったのだけど、私に甲斐性ないから売らなくてはいけなくなった。子供に申し訳ない」と言っておられた。

子供さんも、「お母さんそんなこと気にしなくていい。家を売るのはさみしいだろうけど、僕が近くにいてやれないから、ここでゆっくり療養したほうがいい。僕こそすまない。」と言っておられた。

売却の依頼を受けたら媒介委任状をいただかなくてはならない。

手も不自由だと思って、息子さんに代筆を頼もうと思った。

すると、「まだ字くらいは自分で書けますよ」と言って、時間はかかったが、一文字一文字丁寧に住所も氏名も記入された。

私よりはるかなきれいな字だった。

依頼を受けた家の売却が決まり、所有権移転登記に際して司法書士の委任状に署名印鑑をいただくために、司法書士に施設に出張してもらった。

司法書士には、高齢で体は不自由だが頭はしっかりしているという説明はしていた。

しかし、司法書士は司法書士の職務として認知機能の確認の質問をした。

その時の質問は、前記のごとくのような質問だった。

私はいっしょにいて、いたたまれない気持ちになった。

医者や医療関係者、司法書士や弁護士といった士業の方。どうして決まりきった定型の質問をするのだろう。

私は手前味噌で言うのではない。

私は、ほんとうに所有者が不動産を売ることを納得されているかを確認する質問をすることしかしない。

「はじめまして。〇〇様でまちがいないですか。」

そして、保険証等で本人確認をして売却の意思を確認する。

そんな話をしながら、認知機能に異常はないかは確認できる。

 

101歳まで生きられた詩人柴田トヨさんの「くじけないで」という詩集に「先生に」という題のこんな詩がある。

先生に
         柴田 トヨ

私を おばあちゃんと呼ばないで

「今日は何曜日?」
「9+9は幾つ?」
そんな バカな質問もしないでほしい

「柴田さん
西条八十の詩は好きですか?

小泉内閣をどう思います?」

こんな質問なら
うれしいわ

 

私もそう思う。

 

久しぶりのブログ。

最近、高齢の方が書いた本を何冊か読んだ。

皆さん、ツイッターやブログをやっておられた。

そんな先達に触発されたせいか、久々のブログはちょっと長くなってしまった。

 

 

2022年7月18日 (月)

生まれて初めて年齢を感じたこの数日

私は、地球上で一番いい時代の一番いい国に生まれ、これまで生きてきたと思っている。

戦争に敗れ、日本中が着るものも食べるものも住むところもなくした。

そんな中からやっと、なんとか平穏な生活が送れるようになったときに私は誕生した。

父親は、無から商売を立ち上げ、私は何不自由ない生活をさせてもらった。

そして、高度成長。

バブル。

戦争もなく、飢餓もない。

世界で一番いい国の、いちばんいい時代を生きてきた。

おまけに、この年まで大きなケガも病気もしたことはない。

しかし、自分の子供には私が親にしてもらったことの10分の1ほどのこともしてやっていない。

ましてや、人のために役に立つようなこともしてきていない。

地球温暖化で50年後、100年後の地球はどうなるのかと不安な声もあがるが、私はそこまでは生きていない。

一番いい時代の一番いい国で生きてきた幸運の中で逃げ切れると思っていた。

そこにきてのパンデミックと戦争。

コロナとウクライナ侵攻は、これまで感じたことのないいやーな気分である。

それに輪をかけて、いままで体に不安を感じたことがなかったのだが、ここ10日余り得体のしれない痛みに襲われて、人生で初めての不安を感じている。

体はいたって丈夫だといっても、何度かは寝込むような病気はした。

しかし、いつも深刻な事態にはならなかった。

人は私を鉄人と言い、自分でもどこかに健康な体に戻れるという確信じみた自信があった。

ただ、今度の痛みにはちょっと参っている。

寝違いのちょっとひどいものだと思って、時間が治してくれると思っていたのだが痛みは激しくなるばかり。

耐えられずに、病院に行って薬をもらっても全く痛みが治まらない。

それでもなお、今は、あと数日したら自然治癒するさと欄干的にも思っているのだが、なにか悪い病気であったらという不安も覚えている。

人生で初めて年齢を気にしたこの数日である。

 

 

 

«失って感じた安部元首相への思い

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