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2010年7月

2010年7月31日 (土)

猛暑日、熱中症に思う。

 朝から暑い。

 出勤して事務所の温度計をみたら、31.6度。

 なんじゃこら、温度計の間違いじゃないか?

 と思っていたけれど、座っているだけなのに汗が吹き出る。

 んーー、やっぱり31度なのだと、エアコンを入れた。



 私が子供の頃は、こんなには暑くなかったような気がする。

 夏はやっぱり暑かったが、30度を超すと「暑いね。今日は30度を超しているものね」なんて会話をしていたような気がする。(写実的な会話分にすると「あちーねー。今日は30度超しちょるもんね」なのだが)

 30度を超すと真夏日、35度以上になると猛暑日というらしいが、毎日35度を超すなんてことはあまりなかったように記憶する。

 やっぱり地球は温暖化しているのかもしれない。

 今朝のニュースによると、梅雨明けした今月17日から29日までの約半月の間に、熱中症による死者が全国で200人を超えているという。

 約9割が65歳以上の高齢者で、自宅など屋内での死亡例も目立っている。

 8月上旬にかけ再び猛暑が強まる恐れがあるので、気象庁などは、こまめな水分補給などの対策を呼びかけている。

 熱中症による死亡した人の数は、東京都観察医務院や各地のの消防、警察などの情報をまとめたもので、全国で少なくとも217人に上る。

 草むしりなどの農作業や散歩の途中に亡くなっている人が多かった。

 
 79歳と87歳の夫婦が、窓を閉め切った自宅マンションで死亡していた。この夫婦の部屋は扇風機のみで蒸し風呂状態だったそうだ。

 一方、若い人が亡くなる例もあり、30代男性が道路工事現場の警備中に倒れたり、40代男性が自転車レース中に倒れるなどしている。

 熱中症は、日差しがなければ大丈夫と感じるかもしれないが、実際は屋内も危険で、クーラーを使わずに亡くなる高齢者が多いそうだ。(以上、時事通信)

 
 この熱中症という言葉は、もうすっかり夏の季語のように定着してしまっているが、私たちの子供のころは「熱射病」という名前で呼ばれていた。

 「熱射病」というと、日差しの強い戸外に限っての病気に思えるので、「熱中症」という呼称に切り替わったのだろう。

 実際、室内で亡くなる方が多いようだ。

 「エアコンは身体に悪い」「暑いときは汗をかいているほうが健康にいい」と言われていたが、最近の医学では暑いときはエアコンを有効に使って熱中症の予防をした方がいいということになっている。

 冷し過ぎは良くなくて、室外との気温差5度程度が適温なんて言う人もいて、その人の理論だと室外が35度の時は室内は30度に設定しろってことになるけど、30度って気温はやっぱり暑い。

 気温35度の時には28度位にだと少し心地よいかなと感じる。

 気温に対する好みも人それぞれで、室温を25度以下にしている人もいるようだが、私はそれだとちょっと寒い。

 寒く感じるくらいでないとエアコンの意味がないという人もいる。

 だけど、そこまで冷やしてしまうと身体の体温調整機能が狂ってしまう。

 今朝のワイドショーで黒部ダムからの中継をしていた。

 なんと、気温21度。

 スーツを着込んでいる男性アナウンサーは寒いと言っていた。

 真夏の21度は寒く、真冬の21度は暑い。



 気がつかない間に季節は変わり、季節にあわせて身体も変わる。

 35度の猛暑の中にいると、28度は心地よく感じられる気温だ。

 人間にも残っている身体の適合能力を実感させられる。

 私は、お遊びで、炎天下での運転中に車の窓を閉め切り、エアコンを切って見ることがある。

 10分もすると、車内の温度は40度を超してしまう。

 それでもぐっとがまんして、しばらくして車の窓を開ける。

 すると、一瞬外の気温が涼しく感じられる。

 バカバカしい遊びだが、皆さんも一度やってみられては。(笑)

 こんなことを書いていたら、仕事でも同じことが言えるのではないかと思えてきた。

 私よりもずっとハードに仕事をしいてる人もいる。

 私にとって、40度の猛暑状態の環境の中で、猛烈に仕事をしている人もいる。

 いつも25、6度のぬるま湯のような中で仕事をしている私は、30度の状況に遭遇すると暑くてやってられないと思ってまいってしまう。

 しかし、40度状態の中にいる人は、30度の状況はなんでもないこと。すいすいと涼し気にものごとを片付ける。

 私は、何十年もぬるま湯状態にいるのだが、猛暑の車の中でエアコンを切って遊ぶように、仕事でもエアコンを切って猛暑を我慢してみようか、などと思っている。

 

2010年7月30日 (金)

なめらかボーペン

 私は文房具が趣味だ。

 文房具が趣味だと言うと怪訝な顔をされるとこが多い。

 でも、文房具が趣味の人は結構多いようだ。

 新製品紹介の雑誌なんかがときどき文房具特集を組むが、このときはいつもの3倍くらいの冊数の本が平積みになっている。

 それだけ文房具ファンが多いということだろう。

 一方で、ボールペンは字が書ければいいし、消しゴムは字が消せればいい、ステープラ(俗称ホッチキスと読んでいるもの。マックス社がシェアーのほとんどを占めている。化学調味料を味の素と言うのと同じ)は紙を綴じれればいい、のりは紙を接着できればいい、という人も多い。

 こんな人には新しい文房具を初ける楽しみはわからないだろう。

 ボールペンの書き味はボールペンで全然違う。

 消しゴムで消せるボールペン。

 消しカスのでない消しゴム。

 軽く押すだけで30枚以上のコピー用紙を綴じることができるステープラー(ホッチキス)。

 新聞を切り抜くのに1枚だけを切り取れるカッターナイフ。

 接着が強力なのり。貼ってはがせるのり。紙がしわにならないのり。

 こんな文房具があると便利だなと思っていると、必ずそんな製品が見つかる。

 そんな中から、今日は「なめらかボールペン」。

 各社ともに、自分のところのボールペンが一番なめからだと宣伝してる。

 興味がない人は気がつかないだろうが、テレビCMもがんがん流している。

 代表的なものは次の3つだ。

Photo 三菱鉛筆の「ジェットストリーム」

 私は、「ジェットストリーム」の書き味が一番好きだ。

 インクの粘度とか科学的な分析ではぺんてるの「ビクーニャ」が一番なめらかという宣伝をしているようだが、私の筆圧のせいかビクーニャは少々チップが硬く感じる。

 一番先行して発売したこともあり、売れ行きも一番のようだ。

Photo_2

パイロットの「アクロボール」

私の好きな女優の相武紗季さんがCMに出ている。

Photo_4ぺんてるの「ビクーニャ」

一番後発だと思う。

世界で一番粘度が低くてなめらかという。

 どれもなめらかなのは宣伝通り。

 あとは使う人の好みだろう。

 私は、しばらくはジェットストリームを使用していた。

    

Photo_8

愛用しているのは、三菱の「パワータンク」

このボールペンのインクレフィルの中には3000ヘクトパスカル圧縮窒素ガスが封入されていて、その圧力でインクを押し出す。

通常のボールペンは重力によってインクを押し出しているので、ボールペンを上向きにすると書けなくなるが、パワータンクは書けなくなることがない。

それに、濡れた紙や氷点下の環境でも筆記することができる。

さらにくっきりと濃く、とぎれることなくなめらかに筆記できるというすぐれもの。

 加圧インクのボールペンは、アメリカのスペースペンというのが元祖で、ナサの依頼で宇宙でも筆記できるボールペンとして開発されたものだ。

 スペースペンは加圧式ボールペンの特許をもっていて、以前は加圧式はこのスペースペンしかなかった。

 スペースペンは私も購入したことがあるのだが、インクの粘度が悪くて書き味が私の好みには耐えられなくて、買ったままお蔵入りしていた。

 この特許が切れたのを期に、三菱がパワータンクを発売したものと思う。

 スペースペンは一番安いものでも3000円以上したから、三菱から たったの200円でパワータンクが発売されたときは、涙が出るほど? 嬉しかった。

 ところで、ボールペンだが私は、私はボール径1㎜にこだわっている。

ボールペンでは0.7㎜が標準だが、太字の方が書き味はなめらかになる。

 さらに私のこだわりはインクの色はブルー。

 老眼になってから、黒は目に映りにくく、ブルーの方が見えやすいためだ。

 このパワータンクがインクの粘度、書き味ともに一番好きなのだが不満があった。

 それは軸の太さだった。

 私は手帳とボールペンをワイシャツのポケットに入れて常用しているのだが、携帯用には軸がちょっと太すぎるのだ。

 それで、軸にまいてある滑り止めのゴムをカッターナイフで削ったこともある。

 それにデザイン的には無骨で、好みではなかった。


 ただ、この書き味は他に変えがたく「パワータンク」の発売以来ずっと愛用していたのだが、なんと今年このスリムタイプが発売された。

Photo_10 

それが、これだ。

  もう究極の理想形。

  

  私にとってこれ以上のボールペンはないと思う。

 思いつつも、新製品情報を見ると必ず買ってしまうのだが。

 100円、200円の文房具を日夜研究開発してくれているメーカーの方に感謝。

日本はどうなるのだろう

 今日のワイドショーのトップは、民主党の両院議員総会。

 久し振りに政治ネタがトップ報道だと思ってみていたが、またまた民主党の内紛劇ばかりが大きく取り上げられている。

 他人の喧嘩と火事は大きい方が面白いというから、反菅派=親小沢の議員が露骨な言葉で菅さんを批判する場面が何度も取り上げられていた。

 責任をとって辞めるべきだという意見も多かった。

 だけどそれは、選挙に負けたことに対しての責任論でしかなく、菅さんの政策に対して非難する発言ではない。

 国家、国民のことはそっちのけでの論議を見せつけられる国民はたまったものではない。

 選挙の度に、「国の将来のことをよーく考えて一票を投じましょう」などと言われるが、まかせられる党がないと感じている国民はどうすればいいのだろう。

 選挙報道のインタビューに答えて、「私は白票を投じました」と言っていた人がいた。

 選挙に行かずに政治を批判するのではなくて、わざわざ行って白票を投じるということの意味は少ないと感じさせられた。

 選挙箱を開けたら大半が白票だったということを想像すると、ちょっと面白い。

 

 それにしても、先の総選挙で変化を期待して民主党に政権を託したのだが、政治は混迷するばかり。

 そして今回の参議院選。

 消費税増税はしかたがないという国民の合意が整いつつあったのに、不用意な菅さんの消費税増税発言で消費税問題は白紙に戻った感がある。

 菅さん自身両院議員総会で、「私の不用意な発言で、大変思い厳しい選挙をしたことを心からお詫びします」と謝っている。

 「そんな発言を聞かせてくれるな」と思う。

 「選挙前の大事な時期に消費税のことを言い出したことはタイミング的には間違っていたかもしれない、しかし消費税アップは日本にとって絶対にやらなければならない大命題であり、消費税問題の道筋を作るのが私の政治家としての使命だと思っていることに変わりはない」

 消費税を上げても景気は悪くならないし、むしろ景気を良くする施策があると言っていたわけだから、それが本当に実現可能な案だったのなら、その政策の詳細の説明をするべきだろう。

 支持率が急落したのは、消費税を上げると言ったことより、消費税増への批判に対しておたおたして持論をすぐに撤回したことによるものだと思う。

 充分研究し成果にかっこたる自信があっての政策だったのなら、それを押し通す覇気を見せて欲しい。

 迷路の中を右往左往している様子を見せつけられると、国民は暗い気持になるしかない。

2010年7月29日 (木)

桑田さんの早期復帰を祈ります

 今朝のワイドショーは、なんといっても桑田さんの食道がんのニュース。

 私は同世代を生きてきたファンで、自分たちのちょっとしたの世代までのスターなんじゃないかなと漠然思っていたんだけど、桑田さんのファンの幅広さを改めて知らされた。

 テレビ報道で、同世代のアーティストのコンサート風景を見ることがあるが、コンサート会場をいっぱいにうずめているファンのほとんどが、私と同じおじさんだったり、おばさんだったりで、若い人の顔は見られない。

 でも、サザンオールスターズのコンサートはちょっと違っているようだ。

 今朝のワイドシーョーでの街頭インタビューでも、桑田さんを心配する若いファンがたくさんいた。

 


 幸い、極初期で見つかったがんのようだから、そんなに遅くない次期に元気な姿をみせてくれることだろう。



 ちなみに、桑田さんは毎年ツアー前に定期検診を受けいたそうで、去年の検診で経過観察を要するという診断だったところを再検査して、今回の早期発見になったそうだ。

 10年前に独立して以来検査に行っていない私としては、ちょっと不安な年頃だ。

2010年7月28日 (水)

太陽のメロディー

 今井美樹さんが、涙しながら宮崎に声援を送ってくれていた。

 心からの温かい涙だった。

 今井さんは先日口蹄疫被害の義援金として500万円の寄付もしている。

 そして、もっと何か役に立ちたいと、宮崎への応援歌を作ってくれた。

 それがこの歌。

太陽のメロディー

 宮崎県出身の今井美樹さんとコブクロの小渕健太郎 さん、それに 布袋寅泰さん(今井美樹さんのご主人)とコブクロ黒田俊介さんが加わっての共同製作。

 売り上げの益金はすべて口蹄疫の義援金として寄付するとのこと。

 チャリティーと言っても益金の一部しか寄付しないことが多いのだけど、全部を寄付というのはすごい。

 私も、とりあえず一枚購入した。

 そして、

 そして明日、もう一度、義援金の寄付をしてきます。

 

桑田佳祐が初期の食道がん

 今パソコンを立ち上げたら、「桑田佳祐に初期の食道がん」というニューが入っていた。

 大、大、大ショックだ。

 桑田佳祐は私が一番好きなミュージシャン。

 といっても、そんなに音楽に造詣があるわけではないのだが、彼のアルバムは退屈する曲が入っていない。

 次に好きなのはと言われたらビートルズなんだけど、ビートルズでのアルバムには私にとって退屈な曲も混じっている。

 ジャズも好きで、なかでもジョン・コルトレーンが好きなんだけど、これにしても好みでない曲が入っている。

 桑田佳祐=サザン・オールスターズのアルバムにはそれがない。

 私と年齢の近い彼のデビューは鮮烈だった。

 「勝ってにシンドバッド」なる、いままでに聞いたこともないような曲をひっさげて大ヒットさせた。

 曲だけでなく、彼の格好も衝撃的だった。

 短パンに半袖のTシャツだったり、股間モッコリのスーパーマンのコスチュームだったり、私もコミックバンド的にとらえていた。

 しかし、次の年に出した「愛しのエリー」を聴いて、こいつは天才だと思った。

 そして、それからずっとトップアーチストであり続けた。

 そんな桑田佳祐が今日、「ガン」を公表した。

 ごく初期のガンで心配はしないでいいということを聞くてほっとした。

 このところ、深夜放送でなじみだった同年代のアーチストの病気や訃報が目につく。

 吉田拓郎、小椋佳もがんを告白した。

 忌野清志郎が亡くなったのは記憶に新しい。

 華々しく活躍している同世代の星たちのこんなニュースを見ると、他人事ではなく自分の問題として感じてしまう。

 

 

 

 

 

 

頑張ってるよ宮崎

 またまた宮崎の口蹄疫のこと。

 昨日の夕方のFNNスーパーニュースでは、宮崎の復興に向かう前向きな番組作りをしてくれていて嬉しかった。

 夜のニュースでもどの局も、口蹄疫による制限解除を取り上げていた。

 そして、一日も早い復興をお祈りします、という感じのものが多かった。

 今朝の朝のテレビでも各局が話題にしていた。

 私が見たなかではTBSが時間をかけた報道をしていたが、「被害は甚大」「復興に目処がたたない」「まだ、口蹄疫のウィルスが死滅したわけではない」「再発しないといいが」等々、惨劇・悲劇的な取り上げ方が目立った。

 その方が番組構成的には視聴者の興味を満足させるのだろう。

 「風評被害を払拭するのが大変だ」というのに、風評被害の元凶がテレビ自信であることの矛盾。

 畜産農家の方へのインタビューで、元の状態に戻るには最低10年はかかるだろうという悲観的な言葉が多い中で、30歳の畜産農家の方が「早く元の状態になるように頑張る」「口蹄疫の完全な終息宣言がでれば、宮崎は一番クリーンな地域になったということになるわけだ。」と前向きな発言をされていた。

 若くてイケメンの男性で、態度も生き生きとしていて、「頑張ってください。応援してます。」と声をかけたくなる。

 こんな人も沢山いるのだろう。

 悲劇の方が大衆には受けるのだろうが、大衆は楽しい話題にも飢えている。

 昨日も言ったが、サッカーのワールドカップがそうだったじゃないか。

 テレビ業界も、みんなが一斉に同じ番組を作るのではなくて、他局と一味違うものを作ると受けると思うのだが。

2010年7月27日 (火)

宮崎応援ありがとう

 朝のニュースとワイドショーを見て、宮崎の口蹄疫からの復興についての応援の報道が少ないと文句を言っていたが、夕方のニュースでは大きく取り上げてくれていた。

 良くも悪くも、テレビの影響力は強大。

 不安をを煽って人心を陥れるのもテレビの力。

 回復を宣伝してくれて、気持を明るくさせてくれるのもテレビ。

 テレビが人心を騒がせることや人の不幸をネタに騒ぎを大きくするほうが面白いのかもしれないが、人の幸せや喜びをお祭騒ぎにしていくことの方が楽しいではないか。

 大相撲のさまざまな問題を取り上げて、日ごろは相撲を見たことがない人に大相撲の非難をあびせさせるより、ワールドカップで、一度もサッカーの試合を見たこともない人を大勢巻き込んで国民全員で日本代表を応援することのほうがなんと楽しいことか。

 ワールドカップの視聴率は、深夜の放送だったというのに50%を超したではないか。

 国民は明るい話題を渇望しているのかもしれない。

 「頑張れ宮崎」をもっと支援していただきたい。

 ともあれ、応援ありがとうございます。

今日もついてる

 今日もついてるなと思ったこと。

 近くの銀行に行こうと思って事務所をでたら、ちょうど信号が青になってすぐに渡れたこと。

 銀行のCDで入金をして銀行から出たら、信号また青になっていてすぐに渡れたこと。

 Amazonマーケットプレイスに出品していた本に注文が入ったこと。

 ちっちゃいことだけど、「ついてるな」と思ってうれしくなる。

口蹄疫、制限解除。

 「宮崎県の口蹄疫による制限が全面解除」の記事が今日の朝日新聞1面で大きく取り上げられていた。
 さらに2面でも紙面の半分以上を費やし、社会面でも大きな記事での報道がされていた。

 例によって、私は6時からのワイドショーのはしごしをしていたのだが、私が見た限りでは、朝のニュース・ワイドショーでは大きく取り上げられていなかった。

 これかテレビ報道の実態だろう。
 
 世の中のためとか、何かのためにという立場での番組造はしていないのだ。

 事件や災害の報道では、いかに他人が悲惨な目にあっているかを騒ぎ立てるだけ。

 「人の不幸は蜜の味」的な人間の心理を満足させることだけを意図している。

 事件や災害の被害者が嘆き悲しんでいる中にずけずけと入り込んで、「今のお気持は?」とマイクを突きつける。

 子供を亡くしたり、家を無くしたりした人がどういう気持なのかがわからないほど彼らの気持が荒廃しているのだとしか思えない。

 葬儀の会場に押しかけたり、お通夜の式場の外で待ち構えていて関係者にマイクを突きつけたりしてる場面をみるとき、私はチャンネルを変えている。

 被害者、関係者の心中を察すると、見るに耐えないのだ。

 アナウンサーやコメンテーターが神妙な顔をつくって「ご冥福をお祈りします」だとか、「一日も早い復興をお祈りします」なんて言っているが、気持が伝わって来ない。

 宮崎の口蹄疫についても、関係者の嘆き悲しみの場面や家畜を処分する悲惨な場面、そして消毒薬で真っ白になった道路や畜舎等々、そして感染が拡散するのではないかというような報道など、人心の不安を煽ることにはどれだけの時間を割いてきたことか。

 また、いつものことではあるが復興のための義援金募集もしてみせる。

 しかし、本当に心から地元の復興を支援しようと思っているのならば、制限が全面解除になったことについての報道に、もう少し時間を割いてもいいのではないか。

 宮崎は、口蹄疫の拡散をなんとかくいとめた。

 宮崎県以外の地域への拡散防止のために、宮崎県の畜産農家は多大な打撃を受けている。

 家畜のいなくなった農家。

 風評被害を受けてあえいでいる観光業。

 疲弊している宮崎の地域経済の復興に、テレビが一役かうということを考えないのだろうか。

 テレビは騒ぎを大きくするだけのメディアに成り下がってしまって欲しくはないのだ。

 ともあれ、口蹄疫問題の終息を歓びたい。

2010年7月26日 (月)

阿久根副市長に元警官仙波氏

 阿久根市竹原市長のことが朝日新聞一面の記事になっていた。

 空席となっている副市長に、元愛知県警巡査部長だった仙波俊郎氏を選任したという。

 仙波氏は数年前に警察の裏金問題を内部告発したことで有名な人だ。

 これまた、この人事については竹原市長の専決処分で、議会に諮らず市役所内の敷地に竹原市長名でこの人事が張り出されたそうだ。

 前にも言ったが、私は竹原市長の主張には気持を同じくする部分が多い。
 
 しかし、最近の行動は理解できない。

 このところ、すべてのことが専決事項で全くに議会無視になっている。

 改革するときは、ある程度の独断が必要な時もあるとは思うが、議会を一切無視するというやり方には賛成できない。

 市長は市議会による市長不信任の議決を受け、その後のやり直し選挙で当選し、再度の不信任を受けた後にも市長として当選している。

 だから、市民の信任を受けているという持論からの行動なのだろうか、市議会議員もまた市民の信任を受けているわけだ。
 
 市議会議員全員の獲得総数の方が、市長が市長選で獲得した票より多いのではないだろうか。

 こんなこざかしい理論を言うまでもなく、議会制民主主義の根幹は守るべきだろう。

 さらに、県の指導にも従わない、裁判の判決も無視しておられる。

 立法、行政、司法の全てを無視しているわけだ。

 それでも阿久根市民は支持しているのだろうか。
 

 私も、マスコミ報道がすべて正しい報道をしていないと思っている。

 報道のみで判断してはいけないのだが、阿久根市で市民投票でもしていただいて、それでも市民は竹原市長の市政改革を支持するという結果がでれば、胸のつかえが下りるのだが。

 今日の報道での救いは、副市長に専任された仙波氏の発言だ。

 竹原市長から副市長就任を打診された際には、「市長に対して是々非々で臨みたい」と伝え、それに対して竹原市長は「かまいません」と応じたこと。

 さらに、朝日新聞の取材に対し、「行政改革に取り組む市長の熱意には心を打たれたが、専決処分を繰り返すやりかたには無理がある」

 「私の役割は市民と職員の声を聞き、行政運営を健全化すること」

 「議会を招集するよう市長に働きかけたい」と話したそうだ。

 竹原市長が「これだけ信頼できる人はいない。好きなようにしていい」と言って仙波氏を副市長に要請したという。

 その仙波氏は、(副市長になったら)「市長に対し是々非々で臨む」と言い、「かまいません」と竹原市長が答えているわけだ。

 よもや、仙波氏が自分の意に沿わないということで解任するという暴挙はしまい。

 竹原市長もぬいだ刀の収めどころを探しての人事と期待する。

 国政では自民党前政権依頼、民主党政権に交替してからも、首相以下国政を担うお歴々の言葉の軽さが目に余るものがあるが、同じことにならないように、自分の言葉に責任をもっていただきたい。

2010年7月25日 (日)

葬儀にて

 葬儀に参列して来た。

 61歳という早すぎる別離だった。

 身体の変調を感じて、病院にかかって半年のことだったという。

 笑っている遺影が悲しすぎた。


 私にとっては、本当に突然の訃報だった。

 自分と歳が近い方の葬儀は、格別の思いがある。




 葬儀に参列して、感じたことが2つ。

 ひとつは、昨日お通夜にお伺いしたら、私の師匠が受付をされていたこと。

 私が絶対にかなわないと思っている人。

 その人がお通夜の席の受付におられた。

 「やっぱり、かなわないなあ」と思った。

 そして、「手伝います」と言えなかった自分。




 もうひとつが、今日の葬儀での、参列者に対する子供さんからのお礼の言葉。

 まだ大学生で、大勢の人の前で格式張った挨拶をしたことがないのだろう、言葉につまりながらの挨拶だった。

 話す言葉を忘れて数分間の沈黙が続いて、参列者の方がはらはらするような、本当にたどたどしい挨拶だった。

 故人は、若いときに世間を賑わすこともあった、やんちゃな人だった。

 それで、子供たちもいやな思いもしたという話もしていた。

 でも、子供さんがひとつだけはっきりと言った。

 「僕はお父さんの子供として生まれてきてよかった」と。

 故人は、子供さんがいい加減なことをしていていても、「今はいいけど、本当に自分のやりたいものを見つけなさい。本当にやりたいものを見つけたら、せいいっぱいの努力をしなさい」というような話をしてくれたと言っていたそうだ。

 だから「お父さんの子供でよかった」のだろうし、「自分のやりたいものを見つけてがんばっているのだろう」


 私の子供は、そんなことを思ってくれるだろうか。

 絶対にそうは思わないだろう。

 私は、ここまで何かに没頭したことがない。

 子供の頃から、勉強はしないのに成績はまあまあだった。

 何種類かの仕事についたが、大した努力もしないでそこそこの成績をあげた。

 師匠からは口を酸っぱくして「人付き合いを大事にしろ」と言われたが、ほどほどのつきあいをしていてもなんとかやれてきた。

 そんな私を見ている子供たちも、私同様に大した努力をしないまま、そこそこの生活ができている。

 だから、私の子供たちは「お父さんの子供でよかった」なんて思うことはないだろう。



 この故人にしても、受付をされていた私の師匠にしても、良きにつけ悪しきにつけ自分がやりたいことを全力でやり抜いている。

 自分がやりたいと思ったら、それが側から見ると無謀だと思うことでも必ず挑戦してきた。

 それが、すばらしいのだ。



 自分をふり返ると、なんとなく生きてなんとなくやれてきただけ。


 ただ、それも人生。

 いまさら反省はしたくない年代になってしまった。

 

 

2010年7月24日 (土)

Amazonマーケットプレイス

 私はAmazonで本を買うことが多い。

 というのも、当地延岡市では新聞広告で気になる本があっても手に入らないことが多いからだ。

 Amazonを利用するのは、注文して2日か3日で本が手に入るためだ。

 本の題名だけで買うことになるので、買ってみてがっかりする本のときもある。

 しかし、Amazonでは、商品説明で簡単に本の内容を説明してあるし、目次も見れる。

 本屋で本を買うときも、前書きと目次を見て買うことが多いから、これは結構役に立つ。

 さらに、カスタマーレビューというものがあって、その本を読んだ人が感想を書いている。

 役に立ったという感想もあれば、買わなければよかったという意見もある。

 このカスタマーレビューが充実していて、内容を見ずに買う身にとって非常に役に立っている。

 

 さらに私が利用しているのが、Amazonマーケットプレイスというシステムだ。

 Amazonマーケットプレイスというのは、新本と同時にその本を中古本としても買えるというシステムだ。

 中古本として買えるだけでなく、読んだ本をそのまま中古本として売りに出すこともできる。

 最初に登録が必要だが、登録は簡単にできる。

 

 探している本を検索すると、100パーセント本は見つかる。

 探している本の説明と購入ができるページが現れるわけだが、新本と同時に中古本も同じページで売られている。

 中古本の価格は、出品者が自分の好きな価格で設定している。

 私は、安くなった中古本を買うことも多い。

 100円くらいの差なら新本の方が良いが、300円以上安ければ中古でもいい。

 ベストセラーになった本なんかが1円で売りに出てたりする。

 ただし、中古本については一律に送料が360円加算される。

 なんと、新本は送料無料なのだ!


 そして私は、読んだ本のうち保存の必要がないとものは、Amazonマーケットプレイスですぐに売ってしまうことにしている。

 ベストセラーの類の本であれば、売れているうちに売るのがコツだ。

 4割くらい安く売りに出せば、確実に売れる。


 中古本屋さんも多数出品していて、現在ヒット中の本はなかなか半値にはなっていない。

 私は、このAmazonマーケットプレイスを利用して、買うときは400円くらい安く買って、売るときは400円くらい損をして売っている。

 結果的に、Amazonマーケットプレイスを利用して定価の半額くらいで新しい本を読んでいる。

 先日(22日)私がブログで話をした、「プレジデント50pulas『デブは一億円損をする』」

は、定価880円で買ったものを400円で22日に売りにだしたところ次の日には売れた。

 メモやコピーで必要なところは記録にとったので、400円で本が読めたことになる。

 簡単ですから、やったことのない方はやってみてはいかがですか?

日本航空更正計画

 1月に破綻した日本航空の更正計画がまとまるたことになったという。

 取引銀行に対して債権の87.5%、5200億円を放棄してもらい、さらに3200億円の追加融資を求めている。

 そして3500億円の公的資金注入も行なう。

 追加融資についてはまだ銀行が難色をしめしているそうだ。

 追加融資を拒みたいのはあたりまえだろう。

 貸している金の9割弱を踏み倒しておいて、新たに金をかしてくれなんて一般常識ではあり得ない話だ。

 暴力団なんかがやったら、詐偽、脅迫、窃盗etc

 罪名はいくらあっても足りないくらいの罪になるんじゃないだろうか。

 国策企業という立場もあって、最初から赤字とわかっている路線にも飛行機を飛ばさせられたことも原因だろうが、それを口実に労使一体となって続けてきた長年の放漫経営の結果だろう。

 破綻後の労働組合の傲慢とも言える権利主張をしていたが、そんな声を聞くと、いったん会社を破産処理した方がすっきり解決できるのではないかと思ってしまう。

 

鳩山さん

 今月17日だったか、鳩山さんが「国益に資する形で、自分自身の身の振り方を考えていきたい」と発言しているニュースを見た。

 首相を辞任する際に次回選挙不出馬を明言したのだが、それに含みを残すような発言だった。

 地元の講演会の役員会でのことで、後援者から「辞めないでもらいたい」と慰留を受けたことに対しての発言だったのだろう。

 この発言がどういう意図だったか興味があるので、その後のニュースやワイドショーを気にかけて見ているのだが、大きな話題には進展していない。

 それにしても、、ここまで言葉に責任を持たないのだったら、今後彼が発する言葉は何の意味も持たない。

 地元にとっては、鳩山さんが政界に残ることが大きな利益を生むのだろうから、選挙に出れば当選するのだろう。

 そして、再度国会議員として「国民の皆様のために・・・」という言葉を口にするのだろう。

 しかし、このところよく言われる言葉だが、総理大臣を始めとする政治家の方々の言葉のなんと軽いことか。

 言葉が軽いという問題ではない。

 いまや言葉は何の意味を持たない。

 万一鳩山さんが出馬して国会議員になることを許してしまったら、今後国民は政治家の言葉をどのようにとらえて、自らの生命を託せばいいのだろうか。

 

2010年7月23日 (金)

親指シフト

 私のパソコン歴は結構長い。

 だからといってパソコンの達人ではない。

 いまだに私にとってパソコンは底の見えないブラックボックスでしかない。

 なんとなく自分が使える部分だけを使っている。

 私のパソコン歴を披露すると、Windowsの前のMS DOS、さらにその以前のBASICの頃にポケットコンピュータというのがあってそれをいじってみたのが最初の出会い。

 取り扱い説明書にあった簡単なローン計算のプログラムを、そのとおりに打ち込んでみたら、ローン計算ができた。

 仕事がらそのポケットコンピュータ(電子手帳をちょっと大きくしたようなサイズ)を鞄にしのばせて、お客様の住宅ローンの概算を出すことがうれしかったものだ。

 しかし、それ以上BASIC(コンピュータ言語のひとつ)を勉強することもなく、その頃にでたワープロの専用機に興味は移った。

 最初に東芝が出したワープロ専用機は、大きな事務机そのもので、机の引出し部分が本体で机上にディスプレイとキーボードを設置していた。

 価格も600万円以上だったと記憶している。

 そのご、改良機が300万円くらいになって、その後卓上型の100万円を切るものが開発されたころから一般企業に普及して言った。

 それでもまだまだ一般に普及するような価格ではなかった。

 1980年代の半ば過ぎに30万円を切るものが出始めて、私が最初に買ったワープロはフロッピードライブが別売りで、フロッピードライブをいれると30万円弱だったように思う。

 ディスプレイは液晶で、現在の電卓の液晶くらいの大きさしかなかった。

 文字は15文字くらいしか表示されず、16字目以降の文字を打つと、ディスプレイ上の文字はずるずるとずれていくといった具合だった。

 漢字も第一水準JISにしか対応しておらず、生まれたばかりの私の息子の「翔太朗」の「翔」は入っていなかった。

 第二水準JISについてはオプションのフロッピーで供給されていて、それが20000円位した。

 今思えば、当時の20万円台のワープロは実用に必要な機能が欠けていた。

 次々に機能が増えた機種が発売されて、買換えざるを得ない状況だった。

 私が最初に買ったのはリコーのマイリポートという機種だったが、10カ月足らずで同じくリコーの新型のブラウン管型のディスプレイのついた機種に買い換えた。

 このとき同じメーカーでの買換えであったにもかかわらず、データーの互換がとれず、今までに打った文書を全部打ち直さなければならなっかった。

 しかし、この機種も矩形の切り取りや移動(パソコンで言うカットアンドペースト)ができなくて不便を感じていたところ、半年もしないうちにそれが可能な機種が同じ値段で発売されたので再度買換えを計画した。

 このとき、またリコーでの買換えを検討したのだが、またしても新機種と古い機種間のデータの互換性がないという。

 このときには、作成していた文書の量が相当増えていて、それを全部打ち直ししていては大変だと思い他のメーカーの状況をいろいろ調べてみた。

 どのメーカーも初期の段階においては同一メーカー内においても先行機種と後発機種間でのデーターの互換がとれていないものが多かった。

 ただ、唯一富士通の「オアシス」だけが、一番最初の機種からデータを新機種でも使えるように設計していた。

 そのメーカーの姿勢に感激して、次の買換え機種を「オアシス」に決めた。

 そこで、本日の表題になっている「親指シフト」の登場になる。

 もし読んでくれている方がいらっしゃったら、「お待たせしました」




 「親指シフト」の評判は定評があって、それは私も知っていた。

 石原慎太郎さんを始め、小説家の多くがオアシスを使用していた。

 とりわけ「親指シフト」なるものが、日本語の入力については抜群の力を発揮していて、「オアシス」の「親指シフト」利用者のほとんどがブラインドタッチ(タッチタイピング)ができていた。

 私としては、ローマ字入力がやっと慣れてきたころだったのでちょっと迷ったがこの「親指シフト」タイプの「オアシス」を購入した。

 親指シフトとは、キーボードの一つのキーがひらがな2つを受け持っていて、通常のタイプでは使うことのない親指の位置にシフトキーがあって、親指のシフトキーを押すことによってキーボードが担当する2つのひらがなを使い分けるというものだ。
(こんな説明じゃわからないだろうなあ)

 とにかくローマ字26文字分のキーボードの範囲にひらがな全部が配置できている。

 

 ということで、「親指シフトのオアシス」を買ったのだが、買ってしばらくの間は今までにリコーで作成した文書を全部「オアシス」に入力することになった。

 独特のキーボードに慣れていないので、打ち替えの文書を入力する前の10分間くらいを付属している練習ソフトでワープロに付属している練習ソフトの練習時間にあてた。

 すると、なんということでしょう、1週間で50パーセント以上は手元を見ないでタイプが打てて、2、3週間目にはほとんどタッチタイピングができるようになっていたのです。

 この親指シフトのタッチタイピングに慣れてしまった人は、ローマ字入力に違和感を感じるようです。

 親指シフトはあくまでもひらがな入力なので、頭で考えたままにタイピングするという感覚です。

 自分以外のパソコンを扱う場合は、ローマ字入力で入力することになるのですが、頭で考えたことを一瞬ローマ字に翻訳して書くというイメージになります。

 それに違和感を感じるのです。

 パソコンの普及で、富士通も親指シフト配列のキーボードの一般販売は終了しています。(オプションで親指シフトは買えますが)

 それで、一時期は私も練習ソフトを買ってローマ字入力の練習をしようかなと思っていましたが、文章を書くにはやはり「親指シフト」は必需品です。

 だらだらと、思いつくままにブログが欠けるのも「親指シフト」のおかげです。

 この親指シフト。

 富士通さんの特許ですが、特許は開放しているものです。

 これから先に普及していくことはないと思えますが、いまだに富士通さんはサポートしてくれていますし、キーボードの製作を続けてくれています。

 最後になりましたが、富士通さんの「親指シフト」に対する責任感には感謝しています。

 

毎日が猛暑

 今日も朝から暑い。

 例によってテレビが大騒ぎして暑さを増幅させている。

 朝のワイドショーの天気予報では、しばらくは晴天が続き猛暑は納まりそうもないという。

 そして、「一雨くれば暑さも少しは和らいで過ごしやすくなるのだけど、次に雨が期待できるのは1週間以上先になる」と言っていた。

 つい数日前までは長雨と豪雨による被害の報道をしていて、梅雨明けを待ち焦がれていたはずなのに、もう雨を恋しく思うというのか。

 本当に人間は勝手なものだと再認識した次第。

 

2010年7月22日 (木)

「プレジデント50pulas」のダイエット

 前にも言ったことだが、私はメタボなおじさんなのだ。

 それで、人に負けずにダイエットには興味を持っている。

 新聞のテレビ欄をに「ダイエット」とあると必ず見ている。

 だけど、意志が弱いから太っているのであって、ダイエット番組をみても実行はしない。


 ダイエット関連の本もよく買う。

 先日買ったのが「プレジデント 50プラス」というシニア向けの情報誌。

 「デブは1億円損する!」「全図解 肥満人生VSフツー人生」という特集の記事の題名が目について買ってしまった。

 内容は、基本的には余り新しい内容はなかったのだが、切り口が一味違ったものがあったので購入したもの。

 シニア向けの雑誌だけに、一般的な本のダイエット特集号と違った話があって面白かった。

 「単に長生きしても最後の10年間がベッドの上で寝たきりでは意味がない」

 これは実にそのとおりだと思っていたことだった。

 「PPC健康法」というのがあって、「ピンピンコロリ」の略だそうだ。

 ピンピン、元気に生きて、長患いせずにコロリと死ぬための健康法のことだ。

 そんな話が人ごとでない年代になってしまった私が、常日頃考えていることの対策が書いてあった。



 もう一つ、「なるほどそういうことだったのか」と教えられた記事があった。

 それはテレビで話題になる超肥満者のことだった。

 欧米人、とりわけ話題になるのがアメリカ人で400㎏を超えるような超肥満の人の話。

 日本では200㎏を超すような極端な肥満の人を見かることは少ないが、アメリカでは200㎏を超すような超肥満者を結構見かける。

 ダイエット番組で「200㎏の減量に成功した」なんて話題は、ほとんどアメリカでの話だ。

 そのわけは、「日本人は欧米人のように太る前に膵臓が疲弊しきって糖尿病を発症する」からだそうだ。

 「欧米人は膵臓が丈夫で、インスリンをせっせと出して血糖値を下げてくれるから、糖尿病にならずに太り続けることができる」らしい。

 私の雑学の知識をひとつ増やしてくれた、楽しい記事だった。

的中した予言、文藝春秋

 文芸春秋8月号を買った。

 文藝春秋はめったに買うことがないのだが、先日の新聞広告で「的中した予言50」という特集にひかれて買ってしまった。

 今、本を開いてみて目次をながめている。

 まだ内容を見ていないが、興味をそそる見出しが多い。

 冒頭から、三島由紀夫「日本はなくなり、無機的なからっぽな国が残る」

 松本清張「日本人の休日の増加は欧米の謀略である」

 大宅壮一「一億総白痴化」

 若泉敬「「『強い日本・弱い支那』から『強い中国・弱い日本に』」

 福田恆存「アメリカが助けに来てくれる保證はどこにもない」

 ペリー提督「日本は東洋で最も重要な邦となる」

 ざっと見て、以上は私と考えを一致するような内容なのじゃないかと思える。

 目次をながめてみると、予言には当たらないような見出しのものも多いが、後で中を読むのを楽しみにしておこう。




 ちょっと気になるから、大宅壮一さんの「一億総白痴化」を読んでみた。

 私が常々感じているテレビの罪業について、実に明快な表現でいい当てている。

 いわく、「ラジオ、テレビという最も進歩したマスコミ機関によって、『一億総白痴化』運動が展開されていると言って好い」

 この「一億総白痴化」は当時の流行語になった言葉で、私の耳にも残っている言葉だけど、「一億総白痴化運動」という表現はすごいと感じた次第。



 読んでみて紹介したい記事があったら、また紹介さてもらいたい。

夏とダイエット

 さきほど書いたが、暑い。

 なかなか梅雨明けないなんて思っていたら、あっと言う間に夏の真っ只中に入ってしまっていた。

 今年もダイエットができなかった。

 わたしは、腹囲1m5㎝(今日現在)のメタボおじさんなのだ。

 普段はスーツを着ていて、スーツを着ている限りは腹囲1mはばれていないのだが、夏になってスーツを脱ぐと、ふくよかなお腹は隠しようがない。

 それで、毎年5月ころからダイエットの必要性を感じる。

 毎年必要性を感じつつ、何もしないまま夏を迎え、そして食欲の秋が訪れてしまう。

 それをくり返した結果が腹囲1m4㎝だ。

 スーツを脱いで薄着になった自分のお腹をながめては、自分のこれまでの人生を反省する毎日だ。

猛暑か

 朝から暑い。

 「言うまいと思えど今日の暑さかな」の川柳のとおり。

 それにしても、テレビは暑いということでさえ、必要以上に大いにあおる。

 やれ、群馬では38度だったの、岩手でも酷暑日だったのと、見るだけでも暑くなってしまうような場面を競い合って見つけてきて報道する。

 「ほら、今日はこんなに暑いんだぞ」

 「暑くないやつは、どうかしているぜ」

 「気がつかないかもしれないけど、お前らが感じている以上に暑いのだ」

 「この暑さで、みんな夏ばてになるのだ」

 等々

 熱い風呂に入っていて、熱いのをぐっとこらえているところにずけずけと入ってきて、お湯をかき混ぜるようなことをするのがテレビ報道だ。

 暑いのは、テレビで報道してくれなくたってわかっているのだ

 日常の生活の中で「今日は暑いですね」「ほんと、暑いですね」という会話をするが、それはお互いをねぎらう気持での会話だろう。

 しかし、テレビ報道は違う。

 暑いときは、その暑さをなおさらのように騒ぎ立て、不快さをあおるのがテレビのやり方だ。

 そこに視聴者に対するやさしさは感じられない。

 暑いときはさらに暑く、寒いときはもっと寒く、悲しい気持はもっと悲惨に、ちょっと賑わうとお祭騒ぎに。

 とにかく何につけても騒ぎを大きくするのがテレビのやり方だ。

 暑い寒いなんてのは言わなくてもわかる。

 何十分も時間を使って報道してくれなくていい。

 もっと、じっくり報道すべきものがあるだろう。

 

2010年7月21日 (水)

カタカナ語と英語の公用語化

 私は、とにかく英語が苦手だ。

 だから、テレビなんかに露出している方々が日常的に使っているカタカナ語もちんぷんかんぷんだ。

 最近気になるカタカナ語は「ガバナンス」という言葉で、このことは先日相撲協会が「ガバナンスの整備に関する独立委員会」を設けたという話で、国技である相撲の世界でどうて「ガバナンス」という言葉を使わなくてはいけないのかということを言った。

 私は、選挙前に初めて聞いた単語だったのだが、その後頻繁に耳にするようになった。


 「リベンジ」という言葉が、これと同じ流れで頻繁に使われるようになったような印象がある。

 「リベンジ」という言葉を最初に聞いたのは、大リーグに行った松坂投手のインタビュー会見のときだった。

 このときまで、「リベンジ」は無名の単語だった。

 このときはテレビでも「リベンジ」をとりあげ、ちょっとした解説をしたところもあるから、私だけが知らなかったわけではなくて、無名の言葉だったはずだ。

 その後、特にスポーツ界では「リベンジ」が日常用語として定着したように思う。


 最近のもう一つの流行りのカタカナ語が、「リスペクト」だ。

 「尊敬する」という意味なのだが、これも意味がわからないのでカタカナ語辞典のやっかいなった単語だ。

 「尊敬」「尊敬する」という意味だ。

 なんで「尊敬する人」ではなくて「リスペクトする人」なのだろう。


 

 今、「やばい」という言葉が流行っていて、これが本来の「危険だとか、都合が悪い」という意味ではなく、「すばらしい」という意味であったり「美味い」という意味であったり、「すごい」という意味を含む広い意味合いをもつ言葉として使われている。

 ものごとを曖昧にして使われていて、日本語が乱れているなどと苦言を呈する知識人の方がおられたが、その方なんかは知識が豊富すぎて日本語を飛び越して英語の単語を多用されたる。

 

 そんなことで、英語が苦手の私としては意味のわからないカタカナ語に意味が通じなくて悲しい思いをすることが少なくない。

 
 そんなとき、最近の救いは、携帯電話のインターネットサイトでカタカナ語辞典が使えることだ。

 テレビを見ながら、わからない言葉が出てくると携帯電話でインターネット検索をするというのが普通になってしまっている。

LED照明

 ちょっと昨日書きもらしました、宅建協会研修会報告その2。

 LED照明について。

 これは地元企業の「米良電気」さんに講師になってもらっての講義でした。

 みなさんご存じのことと思いますが、地球温暖化防止の観点から消費電力が多短寿命である白熱電球の生産を終了し、消費電力が少なく長寿命である電球形蛍光灯やLED電球への切替を消費者やメーカーに促す動きが世界的に広がっています。

 特にオーストラリア、フランスやアメリカの一部の州などでは白熱電球の生産・販売が今後法律で禁止されことになっています。

日本でも2007年11月、電力消費の多い白熱電球の生産・販売を今後行わないよう電機メーカー各社に要請する事を決めました。

 また2008年4月には、2012年末までに生産と販売を自主的にやめるよう電機メーカなどに要請する方針を甘利明経済産業大臣(当時)が表明しました。

 それに答えて、すでに東芝2010年3月17日に生産終了しました。

 また、パナソニック白熱電球の生産体制を大幅に縮小し、今後は電球形蛍光灯及びLED電球の生産・販売に力点を置く事を決めています。

 さらに、三菱電機は一般的な白熱電球の2011年3月末で終了することを決めています。


 こんなニュースを見るにつけ、なんで急に電球を抹殺しなければならないだろうと疑問に思っていました。

 テレビのアナログ放送を打ち切るのと同様に、なんだかこの裏には別の意図がかくされているのではないかという疑念がありました。

 本当にたまにしか電気を点けないところなんかは、なんといっても価格の安い従来の白熱電球の方がコストも安上がりというところもあるんじゃないかと思っていました。

 しかし、白熱電球生産中止の流れのなかで、電球型蛍光灯へ移行する人が多いみたいで、このところ電球型蛍光灯の値段が大幅に下がってきて、量販店では300~400円程度のものもみかけます。

 白色電球と比較しても抵抗のない価格になってきています。

 それで、私のところでも電球がきれると、そこ後は電球型蛍光灯に交換しています。

 実際に、球替えが少なくなっていい。

 おまけに電気代も安くなるんですからね。

 LED電球については随分安くなったとはいえまだ3000円も4000円もしますので、もう少し安くなってから検討しようと思っていました。

 だけど、今日の米良電気さんの講習で、白熱電球、電球型蛍光灯、LED電球の価格と消費電力による電気料、電球の寿命から総合的なランニングコストをデータにして見せられると、現在の3000円台の価格でもLED電球の方が安上がりな場合があることを知リマした。

 とくに、常用灯などのように長時間点けておくところではLED電球が一番ランニングコストが安いようです。

 とりわけ、一番気持を動かされたのは、その寿命の長さです。

 1日に10時間使用した場合でも10年以上、1日5時間の使用だと21年という長寿妙だそうです。

 アパートの階段や廊下の共用灯はしょっちゅう球切れがあって、管理者としては結構交換の手間がかかるのですが、10年間も交換不要になるというのはいいですね。

 10年間の総合的なランニングコストでみるとLED電球が一番でした。

 現在のところ電球型蛍光灯の方が価格的に魅力がありますし、使用箇所によってはこの電球型蛍光灯に分のあるところもあるようです。

 今一歩価格が下がればLED電球が最高の照明器具になりそうです。


 いずれにても、早晩白熱電球は姿を消してしまう運命のようです。

 レコードがCDに変わり始めたとき、最初その音を聞いて音のクリアーさに驚きました。

 そして音のクリアーさと同時に使い勝手の良さが重なって、世の中からレコードというものがなくなってしまうと、レコード盤のアナログな音に郷愁を感じるように、白熱電球の温かみが懐かしく思えるときが来るのでしょうね。

 そしてそのとき、白熱電球を使い電気をじゃぶじゃぶと浪費できるのは、お金持ちの方だけなのかもしれないですね。


 ということですが、みなさんもLED電球の検討をされてはいかがですか。

 米良電気さんでは、照明設備の改善提案もされていて、照明器具の変更で一事業所の電気料金を年間100万円以上節約できたところもあるそうです。

 計画、設計、施行、さらに自社工場で現場に併せた器具の製造までてがけていらっしゃるそうです。

 最後は、米良電気さんのコマーシャルでした。(コマーシャル料はいただいておりません( ^ω^ )  )

2010年7月20日 (火)

住宅用火災警報器とLED照明

 今日は朝から宅建協会の研修会がありました。

 宅建協会とは正式名称は社団法人全国宅地建物取引業協会連合会と社団法人全国宅地建物取引業保証協会の総称です。

 なにをやっているか、ちょっと紹介させていただきますと、
 全宅連は、47都道府県の(社)宅建協会によって構成されており、会員数は約11万を擁する国内最大の業界団体です。主な業務は会員業者の指導、育成に努めている他、住宅・宅地の供給促進策の提言、不動産流通の円滑化などに積極的に取組んでいます。
 全宅保証は、一般消費者の取引の安全の確保と会員業者の資質の向上により、業界の健全な発達を図ることを目的に昭和48年5月に建設大臣(現、国土交通大臣)の指定を受けて設立されました。以来、安心、安全の輪を広げ会員数は10万を超えるに至っております。(全宅連ホームページより)

 ということで、今日は延岡支部主催の今年度第一回目の研修会を開催しました。

 私は研修委員長という名前の、雑用係で、参加者のパンフレットやお茶を運んだり、机を並べたり、マイクのセットをしたりと下働きの肉体労働提供者です。

 で、今日の研修会では「住宅火災警報器の設置について」「LED照明の活用」「会社運営法」の3つの題材の講習をうけました。

 この中で、「住宅火災警報器」と「LED照明」については、皆さんの生活に直結する内容だったので、ちょっとだけご報告いたします。 



 消防法及び火災予防条例の改正により、皆様の住宅にも「住宅用火災警報器」の設置が義務づけられているのです。

 この法律は平成16年6月に交付され、新築住宅については平成18年から全ての住宅に設置が義務付けられています。

 新築住宅につきましては、建築にあたって許可がいりますので平成18年以降の新築住宅につきましては、全部の住宅に設置されています。

 既存の住宅につきましては、平成23年5月31日までに設置が必要です。

 これは、自己所有の住宅、賃貸住宅ともに設置義務があります。

 ただし、違反についての罰則既定はありません。

 それと、賃貸住宅の場合の設置義務者は関係者となっています。

 つまり、所有者か管理者か占有者(賃借人)のいずれかということになります。

 お金を出したくない家主さんが賃借人の方でつけてくれと言うのも間違いとは言えないし、賃借人としては家主につけて欲しいと言うだろう。

 両者共にゆずらないと、管理者の不動産業者に設置しろと言われかねない。

 さらに、この法律には罰則既定はないんです。

 それで、よだきんぼ(なまけもの)不動産屋の私としては、23年はまだ随分先のことだと思って、いまのところ積極的な行動はとっていませんでした。

 仕事熱心な不動産会社は、管理しているアパートの家主さんに言ったり、入居者に話をしたりして、すでに何十台もの住宅用火災警報器を設置している会社もあります。

 当然有料で、不動産会社としても仕事でやるわけで、結構な売り上げにもつながっているのです。

 で、今日の講習を受けて私も火災報知機をつけようかなと思っているところです。

 この住宅用火災警報器は、現在ではたくさん出回っており、価格も3000円から4000円くらいで買えるようです。

 しかも、なにも専門家に設置を頼まなくても、簡単に自分で取り付け可能です。

(おっと、こんなことは言わずに、黙って自分の会社の仕事として販売すると低迷している売り上げアップに若干は役に立つのですよ)

 そしてここがポイントですけど、絶対にNSマーク(エヌエスマーク)がついている商品を購入してください。

 「NS」マークは、日本消防検定協会の鑑定マークで、品質を保証されている商品です。

 たった3000円くらいですが、約10年間は取り替え不要だそうです。

 さらに、点検スイッチがあって、点検スイッチを押すことによって「正常に作動しています」とか「そろそろ電池交換してください」と言って教えてくれるそうです。

 面白いのが、「故障です」とも教えてくれるそうです。

 故障している器械が「故障です」と言うというのが面白いでしょう?

 ひどく故障しても「故障です」と言えるのかなあと思ったりしました。

 こんなに便利な器械がたった3000円程度で買えるわけで、10年間の安心代がたった3000円だったら安いですよね。

 それに、消防法改正はアメリカでの警報器設置の義務化の影響もあって法制化されたのですが、アメリカでは現在98パーセントの住宅に火災警報器が設置されていて、火災での死亡者数は設置が義務づけられる前の2分の1位かになっているとのことでした。

 それを聞いて私も、わが家にも近々取り付けようかなと思った次第です。

 それと、法制化後、悪質な訪問販売で、不適正な高額価格や無理強い販売を行なう業者もあるそうで、その点は注意してください。

 LED照明についても、非常に有益な話がありましたが、今日は時間がなくなりましたのでまた明日でもご紹介します。

 

2010年7月19日 (月)

ねじれ国会

 参議院選での民主党の敗退で「ねじれ国会」になる。

 最悪、重要法案がまったく成立しないという心配もある。

 この重大危機の時に、国会がなにも決められず、なにも進まないことは憂慮すべきことかもしれない。

 しかし、自民党が衆議院で3分の2の議席をもっていたときの国会運営も、その後の衆参両院の過半数を握った民主党政権下での国会運営でも、国家の行く末をどうするかという真剣な審議は無かったように思う。

 審議なしで強行採決をして、知らない間に重要法案が成立していったことを思えば、ねじれ国会で法案についてグチャグチャとでも時間をかけて審議したほうがいいような気もする。

 
 

いいかげんな貴乃花疑惑報道

 昨日今日と、各局とも大見出しで「貴乃花の黒い交際疑惑」という報道をした。

 大見出しを掲げて視聴者の注目を引いたが、各局ともに結局は、たまたま同席しただけで「交際」というものではないという結論のようだった。

 私は、例によってワイドショーのハシゴをしている中で、貴乃花親方が直接事情を説明しているところが1回だけ見れたが、まったくやましいところを感じさせない説明だった。

 新弟子の勧誘に行ったさきで、その子供の保護者を含む15~6名の人と食事会をしてその後飲みに出たというとこだった。

 有名人が自分の仕事に関連する相手から食事に招待されることはよくあることだろうか。

 その席に暴力団がいないかどうか確認することはできないだろう。

 知らない間に会席の中に暴力団の人がいたことが、どうして即「黒い交際」という表現での報道になるのだろう。

 これもテレビの卑劣な報道のやりかたで、見出しには「貴乃花親方に黒い交際疑惑」と大きく打ち出して、視聴者にそのような疑惑があったのかと思わせぶりな解説をする。

 今回は、あきらかに貴乃花親方と暴力団の交際はないとわかっていたから、最終的には「黒い交際疑惑」にはあたらないという結論になっている。

 毎度のことだが、「黒い交際疑惑」と言ったのはスポーツ新聞であってテレビ局ではないのだ。

 その衝撃的な見出しを使い、視聴者の興味をひいて番組を作り、最後にこれは交際にはあたらないとなるのだが、途中には同席した暴力団関係者の自宅を訪問したり、大きな問題になりそうな印象を与える番組構成をとっている。

 テレビ局は騒ぎが大きくなることを望んで取材しているのは見え見えだ。
 
 騒ぎを大きくしようと思って、さんざん取材を続けたが結果はシロだった。

 取材に使った費用を少しでも回収しようと、途中までは大きな事件になるかのような番組作りをしていたものをながしたのだろう。

 最後に「交際があったのではないようです」ということをムニャムニャとつぶやいて終わった。

 各局とも似たりよったりの構成だったのもいつものテレビ報道だ。

2010年7月18日 (日)

賃貸のリフォーム その2

 昨日の記事の元になった日経新聞の生活欄の記事は、築年数35年の賃貸マンションに引っ越しを決めた記者の体験からの記事でした。

 築35年と古いマンションのため、今まですんでいたマンションより家賃は1万円安くのに、日当たりもよく広さは約2倍になった。

 床や壁は補修済だが、古めかしいトイレなどを手直ししたいというのがこの記事のきっかけというわけです。

 自分の気に入ったリフォームがしたいけど、「退去の際の原状回復」条項があってなかなか手をつけられません。

 それで、退去の際には簡単に元に戻せる範囲でのリフォーム術が紹介されていました。



 このことで、もう一つ言っておきたいことがあります。

 この記事にもあるとおり、最近のお客様は新築や築年数の浅いあたらしい物件を好まれます。

 新築物件は家賃が高過ぎるなあと思っていても、すぐにふさがってしまいます。

 一方、築年数の古い物件は借り手が少なくなっていて、家賃を下げて貸すということになります。
 (新築物件嗜好については、改めてお話ししたいことがあります)

 新聞の例のように2倍の広さとまではいかなくても、同じ広さなら家賃が2割3割安い物件が結構あります。

 裏話をすると、古くて長く空家になっているアパートなんかは交渉しだいで家賃が下がることもあります。

 そんな安い物件で気に入った物件があったら、ある程度自分でリフォームされてはいかがでしょう。

 この新聞記事のように、まったく了解がとれないということはないと思います。

 家を改良・改善することだったら、なんの反対もないと思いますよ。

 古くて安い家を自分の好きなように手を加えられるのなら借りたいということでしたら、不動産会社に相談してみるといいですよ。

 改良・改善することにクレームをつける家主はいません。

 ただし、リフォームに50万円かかったから退去の際にその費用を出してくれということを言わないという契約はとられると思います。

 昨日の新聞を見て、感じていたことを一言。でした。

 確かに、契約書には部屋の模様替え(リフォーム等)は家主に文書による了解をもらうこと、となっています。

 

 

2010年7月17日 (土)

水漏れ事故

 2時間くらい前に電話が入り、いきなり「ちょっと来てくれ」とのこと。

 当社が管理しているアパートの住人の方からの電話。

 どうしたんですか?というと、家のなかが水浸しという。

 長雨の最中にも水漏れ事故はなかったのにどういうことだろうと思いつつ、とりあえず訪問。

 たいした問題じゃないと思って、ドアを開けてビックリ。

 天井から大量の水が落ちてきている。

 部屋の中は水浸し。

 どうしたんですかと尋ねたら、「そんなのわかるか。今、部屋に帰って来たらこの状態なのだ」とおっしゃる。

 すぐに上の階の部屋をたずねていくと、上の部屋の住人の方が床を拭いている。

 誰かが部屋に入り込んで、水道を流しっぱなしにしていて自分の部屋も水浸しだという。

 この部屋の方は水を拭き取って大過なかった。

 水は全てこの下の階の部屋に流れ落ちているわけだ。

 このアパートは鉄筋コンクリート造だもので、数時間流しっぱなしになっていた大量の水は下の階の天井にたまっているものと思われる。

 バケツに10杯位は捨てただろうか。

 当の水を流しっはなしにしていた方は、自分の不在中に何者かが進入して水を出しっぱなしにしたせいだといって、責任はまったく感じていらっしゃらない。

 管理者の当社の責任はまったくないと思うのだが、私と社員でひたすら水を拭き取る作業をしていました。

 被害者の方は、自分は被害者だからということだろが、何もされない。

 自分の被害を最小限にくいとめられてはいかがかと思うのだが、「どうしてくれるんだ」というばかりでなにもされない。

 法律的には、当事者同士の話し合いになるわけだ。

 被害者はお気の毒だが、加害者も当社にとってはお客様なわけで、そんなにやかましいことも言えない。

 被害者は被害の当事者だからご自分で加害者に「どうしてくれるんだ」と言える立場なのだが、苦情は当社におっしゃる。



 それで、2時間余り、雑巾とバケツで、なんとか今日の寝床を確保して差し上げて、今帰って来たところです。

 天井にたまっている水は、まだボタボタと落ちてきています。

 電気製品や、家具に被害がでなくて幸いでした。

 

賃貸住宅のリフォーム

 賃貸住宅は、好きにリフォームするのは難しいものです。

 通常、賃貸借契約には「退去時に原状回復をする」という条項があります。

 最近では、通常使用による壁紙や床等の劣化は借主の負担ではないということになっていますが、壁に釘を打ったりしたときの穴などは修繕義務があると言えるでしょう。

 それで、壁にちょっとした棚をつけるのも注意が必要です。

 そんなときに便利な道具が、今日の日経新聞土曜版「プラス1」の家庭欄に載っていましたので紹介します。

 それは、「マイ柱」という小道具で、これを2×4(ツーバイフォー)材という木材の上下にはめこみ、内蔵のバネで天井と床に突っ張って柱を作るというものです。

 これで室内に傷をつけずに柱をつくれば、ここにねじや釘を打つのは自由です。

 これを2本立てれば、棚を作ることもできます。


 このほかにも、床や壁に傷をつけずにリフォームする方法がいつくか書いてありました。

 トイレや洗面所の床の張替えのやり方も紹介されていました。

 床については、ビニール素材のクッションフロアーでの簡単なリフォームの方法を説明していましたが、糊付けや両面テープでとめると退去の際にきれいにはがせないので吸着テープを使うといいと説明していました。


 賃貸住宅の「原状回復」の問題は非常に微妙な問題で、権利主張の激しい家主さんや借主さんの間では、こみいった争いになってしまうことがあります。

 だから、私たち不動産業者は退去の際にもめることのないように、「釘はうたないでください」とか、「壁にセロハンテープで物をとめたりしないでください」と言うことになるのです。


 ただ、私は個人的には、人が生活するんだから壁に多少の釘を打ったり、ハンガーかけをねじでとめたりするのはしょうがないと思うんです。

 家主さんだって、自分の家では壁に釘をうって棚を作ったり、ハンガーかけを付けたりしていると思うんですね。

 だから、私がアパートや貸家の管理を頼まれる場合は、家主さんにある程度の傷はしょうがないと納得していただくようにしています。



 月に5万円の家賃だったら1年で60万円。5年だと300万円。

 借主さんは、貸家業という商売をしてきに家主さんにとって、300万円のお買物をしていただいたお客様なのです。

 300万円もの大きなお買物をしていただいたお客様なのに、家主さんの多くは退去のときはカタキみたいに借りていただいていた客様のあら探しをしています。

 壁に釘のあとがあるとか、フローリングに引っかき傷ができているとか、台所の壁がすすけているだとか、それはそれは細かく点検されます。

 不動産業者も、入居のときに手数料をいただいているお客様なのに、退去に際しては家主さんの手先になって、家主さん側にたって原状回復の点検をすることが多いように思います。

 「原状回復」を新品同様にして返すことと誤解している家主さんや不動産会社が少なくありません。

 部屋を借りるということは、そこで生活をするということで、畳はすれるだろうし、壁紙に手垢もつくだろうし、フローリングに椅子の足でこすり傷がついたりするのはあたり前です。

 部屋を貸すというビジネスはレンタカー会社が車を貸すのと似ていると思います。

 このレンタカーのことを考えてみるとわかりやすいと思います。

 車は200万円、300万円します。

 そんな車の償却費、維持費、補修費、点検費等々もろもろの経費を考えて料金を設定して貸すわけです。

 車を走らせればタイヤもすり減るし、泥もつきます。

 泥がつくからといって、雨の日には水たまりを避けて徐行して走ってくださいなんて言いますか。

 未舗装の道路を雨の日に走って泥だらけになったら、きちんと洗車して返せて言いますか。

 そんなことは見越して料金を決めているわけです。

 車は10年もしたら、値打ちはまったくゼロになります。

 でも、不動産はゼロにはなりません。

 今でこそ余り期待は出来ないのですが、値上がりすることだってあるのです。

 レンタカー業より率の良いレンタル業かもしれないですよ。

 家を貸すということも、レンタカーを貸すのとまったく同じビジネスです。

 戦後の一時期までの家が不足している時代には家主は強者でした。

 その時代の慣習を未だに引きずっているのです。

 今は、住宅は余っている時代です。

 だからといって、借主さんがわがままを言っていいといっているのではありません。

 貸し借りはお互いさまの関係です。

 借り手は住宅を貸していただいく代償として家賃を支払う、家主は家賃をいただいて借りていただく、というお互いさまの関係だと思います。

 そうして退去の際にはお互いが相手に感謝してお別れするというのが本来あるべき形だと思います。

中国が住宅ローン規制

 中国が住宅ローンの融資条件を厳しくする規制について厳格な実施をするという。

 投機的な購入を規制して住宅価格の下落を促すためだ。

 2軒目以降の不動産購入について、融資を受ける際に頭金比率を高めることや、金利を通常より高くするという。

 2軒目以降の不動産購入についての規制が必要になるくらい2軒以上の購入が行なわれているのだろう。

 つまり、不動産の投機的な売買が活発だということだろう。



 日本でも不動産バブルを経験している。

 不動産も株も上がり続けた。

 狂乱状態の好景気。

 そして、バブル崩壊後の地獄のような不景気。

 私の住む町、延岡市ではバブル崩壊後の景気の悪化はいまだに回復の糸口も見つからないように感じる。


 バブル当時、テレビは毎日のように「上がった上がった」と大騒ぎしている。

 日本中の人がなんとなくそんな雰囲気に踊らされて、今まで縁のなかった一般庶民までが不動産や株に手を出していた。

 当時、私は不動産業界にいたのだが、こんなことが続くはずがないと思っていた。

 実際、県外から不動産業者が押し寄せ、こんな田舎町の不動産を高値で買いあさっていた。

 しかも、それはあきらかに投機目的での売買だった。

 当時、景気対策で金利を下げ、お金をじゃぶじゃぶとばらまき、銀行は一般サラリーマンにまで不動産投機に金を貸した。

 不動産は売買差益を目的とした投機的な取引が横行し、当然不動産価格は高騰した。

 それで、庶民が住むための家が買えなくなるという状態になった。

 
 そこで、国は不動産に関する貸し付けに対して規制をしたのだ。

 金利を上げ、流通するお金の量的な規制もした。

 それでも、はずみのついた不動産高騰に歯止めがかからないもので、不動産担保による貸し出しに総量規制という厳しい規制をしいた。

 その結果、急激に不動産価格は値下がりを始めた。

 そうすると今度は、テレビは「また、土地の値段が下がりました」と毎日のように「下がった、下がった」と大騒ぎして、下落に拍車をかけた。


 私は宮崎県の片田舎で不動産業を営んでいるのだが、バブルの恩恵にはあずからなかったが、バブル崩壊後の不景気はバブル崩壊後ずっと感じ続けている。



 中国の住宅ローン規制も、一般の庶民が不動産に手が届かなくなったという不満に対する処置なのだ。

 この先、日本の二の舞にならないように心から願っている。


 だれも解決策を見つけられない現在の先進諸国の閉塞状況のなか、なんとか世界経済が息をできているのは、中国の活況によるところが大だと思っている。

 その中国が、日本のバブル崩壊のようにこけてしまったときの影響は、リーマンショックの比ではないと思う。

 ただ、ただ、そうならないことを祈るしかない。

2010年7月16日 (金)

竹原市長と渡辺喜美さん

 阿久根市の竹原市長が15日発行の「広報あくね」7月号に「市議会を開かないことについて」と題するコラムを載せているそうだ。

 「政策の妨害を続ける議会に対して、市長が使える対抗手段は『専決』しかない」

 「地方自治法は技官に最大の権力を与えているおかしな法律」

 などと市議会や現行の法制度を批判し、自らの専決処分を正当化しているのだという。

 自分の選挙公約である「人件費の削減、市役所改革」を実現するためにすべてを『専決』ですすめているのだろう。

 そのコラムの中で、「議会と市長は二元代表制ということになっているが、議会は議論ではなく、議員の独裁で決める仕組み」とし、「(議会を)招集すれば彼らは必ず専決した条例を元に戻す」と主張しているという。


 私は当初、竹原市長のやり方を支持していた。
 
 ちょっと荒っぽいが、他人の批判をものともせず自分が正しいと思った政策を実行していく。

 市の財政を健全化するためには、職員さんの給与カットはいたしかたがない。

 それを実行することによって職員からは激しい反発を受けることは承知で市政の改革を実施していった。

 大阪の橋元知事に似たものを感じたのだが、その後の行動を見ていると、いささか強引すぎるようだ。


 自らのコラムで、「議会は議論ではなく、議員の独裁で決まる」と主張されているが、市長は自らが行なっている『専決』が議論も拒否した独裁で決めていることの矛盾を感じないのだろうか。

 正しいことをしているという強い信念をもたれて『専決』されているのだろうが、自分に間違いはないと言って、裁判の判決にまで従わないというやり方は、どう贔屓目にみても賛同しがたい。

 市長に当選し、やり直し選挙でも民意の後押しを得ているということが市長の大きな自信のよりどころなのだろうが、もう少し冷静に民主主義のあり方に従うべきではないか。



 こんな竹原市長の行動を見てると、みんなの党の渡辺喜美さんを思い起こしてしう。

 このところ、選挙で予想を超える大きな支持を受けたことで、強気の発言が目立っている。

 正しいことをしているという強い信念と、民意の後押しを後ろ楯にして、民主党が正常な国会運営をしたければ自分たちの掲げる政策を丸飲みしろ。

 丸飲みができないなら、法案はすべて通さない。というような発言をされていて、竹原市長の唯我独尊的な手法と同じものを感じてしまう。

 渡辺さんに大きな期待をしているからこそ、冷静で現実的な政策実現を考えてほしい。

2010年7月15日 (木)

こんにゃくゼリー

 私はこんにゃくゼリーが好きです。

 というか、スナック菓子、豆菓子、チョコレート、せんべい類等々お菓子全般なんでも大好きです。

 甘党ってことでもなく、かきピーなんかも大好きで、甘いの辛いの含めてお菓子大好き人間です。

 ということで、健康診断のときにはいつも肥満の傾向を指摘されてます。

 で、表題のこんにゃくゼリーが好きということになるわけです。

 こんにゃくというとローカロリーという感じで、食べても太らないという気がするわけです。

 でも、こんにゃくゼリーも一度に一袋全部食べてしまうからダイエットには余り効果がありません(。>0<。)


 昨日の朝刊にこんにゃくゼリーの記事がありました。

 こんにゃくゼリー規制についての記事です。

 消費者委員会が、こんにゃくゼリーをのどにつまらせての死亡事故防止のため、食べ物の形や硬さ弾力に一定の規制をかけて安全性を確保するよう法整備を政府に促したという記事だった。

 よく言われることだけど、食べ物をのどに詰まらせる事故でダントツに多いのは餅ですよね。

 それで、インターネットでちょっと調べてみたけど、どうやらデーターの大勢では、餅を詰まらせる事故はやっぱり圧倒的に餅が多い。

 2006年~2008年の東京消防庁や政令指定都市を中心に集めたデーターだと、ゼリーによる事故が7件、餅が406件だったそうです。

 ただし、ゼリーの場合は命の危険があるような重篤になる率が高かったために問題になっているようです。

 なんでも重篤率が80パーセント以上だったそうで、餅は死亡を含む重篤率は54パーセントだったから余り問題になっていないようです。

 なんか変ですね。

 重篤率だけだと、おどろおどろしいけど、人数にしたら5、6人。

 餅での事故で死亡を含む重篤な事故は250人以上。

 餅は日本の農政に影響するからなんにも言われないのかなあ。

 餅を問題にしないことに反論はないのだが、餅の窒息事故の100分の1位の事故しか興さないこんにゃくゼリーに大騒ぎするのは、なんでなんだろう。

 

大雨被害と野菜価格高騰

 今年の梅雨は、文字どおり雨ばかりだ。

 全国、いろいろなところで雨による被害がでている。

 まずは、被害に遇われた方々にはおくやみ申し上げます。

 
 ゲリラ豪雨と称する集中豪雨が、昨今の雨の特徴のように言われている。

 私も、今年の梅雨は例年より雨が多いような気がする。

 去年はカラ梅雨と言われて、雨が少なくて田植えができないと言っていたような記憶がある。

 記憶がはっきりしないから、インターネットの気象庁のサイトのデータを見てみると、確かに去年は降水量が少なかったようだ。

 私の記憶では、一昨年も雨が少ないという印象だったのだが、一昨年は結構雨が降っていた。


 ついでに、ここ数年のデーターを眺めてみたら、雨の多いシーズンは雨が多いし、雨の少ないシーズンは雨は少ない。

 夏はちゃっんと暑くなっているし、冬は寒くなっている。

 冷静に統計を見てみると、季節はちゃんとめぐっていることがわかってほっとした。


 テレビは、なんでも異常気象であり、未曽有の天変地異が起こったような報道のやり方をする。

 テレビを見ていると、今年だけが特に集中豪雨での被害が多いように思ってしまうし、今年の梅雨は格別に雨が多いように感じていた。

 どのチャンネルを回しても同じ地方の、同じような被害を報道している。

 テレビ報道に答える被害者の方も、同じ方がいろいろなテレビ局に登場される。

 被害にあって自分の生活が大変な被害者のお宅に押しかけて言って、マイクを突きつけ「どういうご気分ですか?」というインタビューをしているのだが、「怖かくて、悲しくて、不安」に決まっているじゃないか。

 取り込み中にカメラを向けられ、照明をあびせ、マイクを突きつける。

 それは報道の知る権利なのだろうか。


 とにかく、話題性のある事件にして報道するのがテレビの宿命なのだから、見るほうの私たちは冷静にそれを見極めなくてはならない。

 テレビを見るときには絶対に「仕分け」が必要なのだ。



 そしてもうひとつ今朝のワイドショーを見ていて思ったのが、長雨の影響で野菜の価格が上がっているという報道だ。

 例によって朝はチャンネルをくるくる変えて、いろいろなワイドショーを見ているのだが、各ワイドショーともに「野菜価格高騰」の問題を取り上げていた。

 同じ話題が重なるのはいい。

 しかし、なんで同じタイミングで、同じ配分で取り上げられるのだろう。

 どこかに世論形成センターみないな機関があって、今日はこれを取り上げなさいと采配しているのだろうか。



 野菜が上がった上がったというと、極力値上げを押さえようと思っていた卸、小売り商が、まわりがそんなに上がっているなら仕方がないさと、少しでも値上げ幅を少なくしようと踏みとどまろうする気持が切れてしまうんではないかと心配になる。

 さらに面白くないのは、一束80円だったネギが150円になったと大騒ぎのテレビコメンテーターがいるが、年収数千万円の勝ち組の彼らが「庶民の財布を直撃する、こまった事態だ」なんていう言葉を吐くことだ。

 別な番組では一食2万円3万円もの食事の紹介をするような、勝ち組の人たちでテレビは作られいるのだということを忘れてはいない。  

 

2010年7月14日 (水)

渡辺喜美さん早死にしないで

 今回の参議院選挙での「みんなの党」の躍進はすざましいものだった。

 私は、行政改革担当大臣の頃の渡辺喜美さんの考え方はわかりやすく、とくに税金の無駄遣いを徹底的に排除するという姿勢には大賛成だった。

 なにをおいても、まず税金の無駄遣いを無くすことから始めてほしいと思っている。

 今回の選挙での民主党の大敗により、みんなの党はこれからの国会運営のキャスティングボードを握った。

 私は、自民党時代から渡辺喜美さんは好きだった。

 正しいと思ったらがむしゃらに自分の意見を通すところも、自分と同類で嫌いではなかった。

 鼻血もでないほどという言葉まで使って行政改革を唱えていた管さんも、首相になってしまってからはなんとなくトーンダウンしてしまった。

 実際に行政を運営する立場になると、野外いたときと違って、現実に急激な改革は難しいのかもしれない。


 だから、渡辺さんに期待する。

 連立に参加しないというのも賛成だ。

 野党にあってこそ、間違いを間違いと指摘できる。

 ただ、この2~3日の渡辺さんをみていると、言葉は悪いが、ちょっと図に乗りすぎているように思う。

 みんなの党の強力無しには国会運営ができないのだから、みんなの党のアジェンダ?(なんで政策ではいけないのかなあ)を丸飲みしろ。

 丸飲みできなければ法案は通さない。

 あらゆるマスコミの取材において、そんな発言をしている。

 過ぎたるは及ばざるがごとしです。

 ブラフ(かけひき、はったり)ならいいのだが、100パーセント本気で言っているのだったら、それは無理がある話だろう。



 渡辺さんの意見への賛同者は多いと思う。

 渡辺さんに期待するものは大きいと思う。

 だから、健全な野党の代表者になって、政治の舵を少しいい方向にまわす役割をしてもらいたい。



 無茶な舵取りで船が転覆したり漂流するのでは困ります。

 一番困るのは、強引に船長になろうとして、渡辺さんが他のみんなから船外に放り出されることです。

 冷静に舵取りをして、長生きをしてもらわないと困りますよ。

野球賭博の罪、テレビの罪

元千代大海(佐ノ山親方)が野球賭博疑に関与していたと週刊新潮が報じた。
 
朝のワイドショーはいっせいにこれを取り上げていた。

本人は、全くの捏造記事でウソばっかりだと言っているようだ。

しかし、テレビの報道のやり方は半ば犯人扱いをしている。

犯人扱いのような話をしているのだが、「週刊誌報道によると」と一言添えるのを忘れない。

朝ズバのみのもんた氏の取り上げ方は完全に犯人扱いだった。

アシスタントの局アナが、みの氏の会話をさえぎって「週刊誌の報道ではそう言われています」とフォローしていた。

ここがテレビ報道の許しがたい悪行だ。

報道しているのは週刊誌であって、当のテレビ局ではない。

もし、佐ノ山親方の言っていることが事実で、週刊新潮の記事が捏造だったとしても、報道したのは新潮社であってテレビ局にはなんの落ち度もないということになる。

報道の自由は保証それなくてはいけないと思うが、報道される人の人権も尊重されなければならない。

週刊誌や新聞は、独自の取材で自らの責任で記事を書いている。

一方テレビは、ことに最近のテレビは独自の取材を忘れているように思える。

ワイドショーのみならずニュース番組においても、「週刊誌によると」とか、「○○新聞によると」と言う前置きをつけて報道する。

 週刊誌が、いくら売れたところで100万部は売れないだろう。

 テレビの報道たるやその数倍、数十倍の人が目にするであろう。

 その影響力をもって、週刊誌の記事を垂れ流し報道する。

 しかも報道の内容については責任をとらなくていいように、「週刊誌によると」であったり「新聞によると」という報道のやり方をする。

 さらに話の面白い部分だけを誇張してくり返し報道する。

 万一報道内容が間違っていたとしても、悪いのは週刊誌であり、新聞社になるわけだ。




 マスコミは、松本サリン事件を忘れてしまったのだろうか。
 
 松本サリン事件は、私の心に深い傷を残している事件だ。

 あのときマスコミは、被害者の河野さんを犯人扱いにして報道していた。

 犯人と断定することはしなかったが、視聴者や読者に、河野さんが犯人だと思い込ませるような情報ばかりを報道していた。

 私も、河野さんが犯人に間違いないと思っていた。

 あのとき、私の身の回りのすべての人が河野さんを犯人扱いしている中で、私の妻が「あの人犯人じゃないと思うけどなあ」と言っていた。

 河野さんの話し方は、温厚で誠実で、嘘をいっているようには思えないと言っていた。

 そんな妻に対して私は、河野さん以外に犯人は考えられない。

 犯人だからこそ善人を気取っているんだ。

 何人もの人を殺していて、おまけにその影響で自分の奥さんまで重体にさせておいて、被害者面しているのは許せない。

 河野さん以外に犯人はいないという理論を、これでもかこれでもかと挙げて家内を罵倒したものだった。

 しかし、河野さんは犯人ではなかった。

 被害者だった。

 サリンにより奥さんは意識不明のまま14年を過ごし、その間松本さんはずっと奥さんを介護し続けた。

 サリンに最愛の奥さんを奪われた悲惨な被害者だった。

 そして、さらに大きな被害は、被害者として同情もされずに、犯人扱いにされて日本中に過激な報道をされたことだろう。

 このとき、私が河野さんを犯人だとした情報は、すべてマスコミから与えられたものだということだった。

 情報はマスコミが、マスコミの思惑にそってたれ流したものだった。

 私が自分の意見と思って喋っていたことは、ワイドショーでどなたかが喋っていたことの受け売りだった。

 結局、河野さんはサリンの被害者と同時に冤罪の被害者になった。


 私は、この時のことを忘れない。


 さすがにこのときは、各マスコミともに反省の弁を述べた。

 マスコミは、このことを忘れてしまったのだろうか。

 容疑者は推定無罪であることを心して報道にあたるべきだ。




 足利幼女殺害事件で無期懲役が確定していた菅家利和さんが無実になったことは記憶に新しい。

 つい最近では、同じく無期懲役の判決を受けていた布川事件の桜井昌司さんと杉山卓男さんの再審が始まった。

 いずれも、冤罪事件としてとりあげられ、冤罪事件を起こした警察、検察、裁判所の責任を追及するような報道をしていたが、当の自分たちも冤罪に加担したことへの反省の言葉を聞くことは少ない。

 野球賭博も罪だが、罪のない人間を罪人に仕立て上げる罪に比べたら、はるかに小さな罪だろう。

2010年7月13日 (火)

住宅ローン フラット35

 今朝の日経新聞経済欄にフラット35の利用が伸びているという記事があった。

 4~6月の申込み件数が前年同期比で2.7倍の申込みという。

 当社にては、新築住宅はほとんど取り扱ってなくて、ほとんど中古住宅の取り扱いなので、フラット35の取り扱いをまったくしていなかった。
 
 というのも、中古住宅の場合返済期間を20年未満で設定してお勧めすることが多く、この場合フラット35を利用するメリットが少ないからだ。
 
 私は、返済期間20年未満、10年固定の金利設定での借入が一番有利ではないかと思ってお勧めしている。

 フラット35の最大の売りは、35年間ずっと固定金利だから金利変動による支払の増額の心配がないということだ。
 
 返済期間が35年もの長期にわたる場合、現行の低金利のままであることは想像しがたい。
 

 前にも申し上げたのだが、35年ローンでの変動金利での不動産購入は博打みたいなところがある。

 ただし、15年程度返済期間であったら、現行の低金で、さらに10年間の固定金利を利用しても1.8%という低金利なのは魅力だ。

  フラット35の場合、返済期間20年以下でも2.4%~2.5%になる。

 中古住宅購入時のフラット35利用の大きな障害が住宅の適合証明が必要になることだ。

 中古住宅が一定の基準に適合しているという証明を受けなければならない。

 比較的築年数の浅い住宅であれば、ほとんどの場合基準は満たしてるのだが指定機関での検査が必要になる。

 この費用をどちらが負担するのか、つまり売主が負担するのか買主が負担するのかが問題になる。

 適合しない場合にも費用はかかるわけだし、適合しても年収や借入金額に問題があって融資が受けられない場合もある。

 売買が成立しなければ無駄になる費用負担がでるというわけだ。

 前にも言ったことだけど、生活費の大部分を住宅ローンに費やすることになるような住宅の購入は見合わせた方がいい。
 
 だから、当社でご成約いただくお客様のほとんどが返済期間15年から長くて20年でのお支払いになっている。

 30年、35年のローンでご計画されている方は、是非フラット35を検討することをお勧めします。

 過去にも、目先の住宅政策で、住宅金融公庫の「ステップ償還」とか「ゆとりローン」という名前のローンを作って、当初の支払い金額を低くして住宅を「買わせ」ておいて、数年後に支払いが増えて家を手放さなくてはならなくなった方がたくさんいた。

 その轍をふまないように、冷静に将来を見据えてローン計画をたてて下さい。

 

2010年7月12日 (月)

国技になんでガバナンス?

 相撲界の諸問題解決と改革を担う「ガバナンスの整備に関する独立委員会」のメンバー11人が10日、日本相撲協会の理事会で承認された、という記事があった。

 不詳事件続出の相撲界の変革に挑戦するそうだ。

 しかし、どうして「ガバナンス」なのだろう。

 大相撲は国技だと言う。

 国技であり、日本独特の文化である相撲界にあって、なんで「ガバナンス」なんだろう。



 私は日ごろから、氾濫するカタカナ語の使用に疑問をもっている。

 それは私が英語が苦手で、かつワイドショーが好きだからだ。

 ワイドショーが好きで一日に何時間もワイドショーを見ているのだが、そこに出演しているコメンテーターさんたちがやたらカタカナ語を使用される。

 そのカタカナ語の意味がわからないことが多くて迷惑している。

 このことについては、6月8日に「カタカナ語について」という題で書いている。

 今後も、わからなかったカタカナ語が登場したら、その都度書いてみようと思ってカテゴリー登録もしてある。

 「ガバナンス」はこのときの題材になっている。



 今回の、相撲協会の「ガバナンスに関する独立委員会」についての報道は、各誌で複数に報道されているのだが、そのほとんどの紙面で「ガバナンス(統治)に関する独立委員会」という表記をしている。

 ガバナンスという意味がわからないのは私だけではないようだ。

 まだ、一般用語として認識されていないからこそカッコつきで(統治)と表記しているのだ。


 つまりは、「ガバナンス」は、まだ日本語として日常化していない言葉だと言うことだろう。

 それならばである、なぜ国技と称し、日本の文化でもあるはずの大相撲の世界の規律をただすための委員会が「ガバナンス」に関する委員会となるのだろう。

 戦争中に敵国語を使用禁止にして、日本語化しているカタカナ語を敵国語無理やりに日本語で言い換えたというが、そんな愚かなことを言っているのではない。

 「ガバナンス」なんて言うより「統治」と言って欲しいと思うだけだ。

 「テレビ」を「映像受像機」と言うべきだと言っているわけではない。

 普通に日本語を使えばいい局面で、庶民に意味の通じにくいカタカナ語を使わないで欲しいとお願いしているのだ。
 お願いしているのに、「のだ」じゃ失礼だから、「お願いします」


 ましてや、国技たる相撲に関する委員会に「ガバナンス」はふさわしくないですよ。

参議院選、民主大敗。

 今日は、やっぱり選挙だろう。

 私の印象は、民主大敗、みんなの党躍進。

 渡辺喜美さんの満身の笑顔が印象深い。

 今回みんなの党に期待されているのは、前回政権交替に期待して民主党に票をいれた人がすがる藁みたいなものではないのだろうか。



 今日の朝日新聞天声人語は、うまいことを言っていた。

 「政治家は次の時代を考え、
 政治屋は次の選挙を考える」という言葉があるそうだ。

 <こんなことを言われると、小沢さんの立場がないよなあ>


 天声人語の筆者のこれに続く文が、うまいなあと思った。

 「首相になって、『最小不幸社会』を語った時の菅さんは政治家だったが、支持率のV字回復に目がくらみ、やみくもに選挙を急ぎだした頃から政治屋に変身したようだ。」と言っている。

 そして、それを国民が感じていたというわけだろう。



 菅さんはV字回復の真の意味が分かっていなかったのだろう。




 みんなの党の勝利は、国民が最後にすがった藁への勝利。

 自民党の勝利は、民主党の敵失によるもの。

 同じように、前回の総選挙での民主党の勝利も自民党の敵失だったことを、自民党も民主党も自覚してもらいたい。

 渡辺喜美さんが、「ぶれ」ずに、筋を通してくれることを期待している。

2010年7月10日 (土)

勝手口

 朝日新聞の土曜版 beに「さざえさんをさがして」というコラムがある。

 1960年代に朝日新聞朝刊に連載されていたサザエさんの4コマ漫画を題材に昭和を考古するという趣向だ。

 政治、経済、社会事件と、その時代の世相を、いつもユーモアを含んで実に軽妙にうつしだしている。

 昭和に生まれ昭和に生きてきた私に、毎回、「あったよなー」とその頃の自分を思い出させてくれる。

 今日のサザエさんは1967年5月19日の朝刊掲載のものだった。

 1コマ目では、そば屋の出前が、「天ぷらそば三つね!」と玄関から入って来る。それを受けて、厳格そうなおじいさんが「商人はウラにまわって」とたしなめる。

 2コマ目 出前は裏の勝手口から入ってきて、「テンプラそば三つね!」と言う。それに対しておじいさんが、「おまたせしました、ご注文はテンプラそば三つですね」と言いなさいと小言を言う。

 3コマ目 出前はおじいさんに言われた通り「おまたせしました。ご注文はテンプラそば三つですね」と言いなおす。そうしたらこのおじいさん、「いやウチはたのまない」と答える。

 4コマ目 家の中から「あきれたもんじゃ」というおじいさんの声が聞こえてくる。その声を聞いて、外では出前持ちが「どちらがあきれるかヨ!」とぼやく。それをサザエさんが見ている。

 という4コマ漫画だ。

 話はそれるが、漫画の表現力というものはすごい。

 たった4コマでこれだけのことが描写できるのだから。

 これが小説だとこうはいかないだろう。

 豆絞りの鉢巻きを頭に締め、白い半袖の下着に白い短パン姿にサンダルを突っかけ、みこしでもかつぎにくのかというような格好をした威勢のいい出前持ちが、「テンプラそば三つね!」と見かけ通りに景気のよい掛け声とともにがらっと玄関を開けて入ってきた。

 主人のものと思われる下駄がきちんと揃えて脱がれていたし脱いであるし、ゴミ一つない掃除の行き届いた玄関だった。

 玄関に鼻のしたに立派なヒゲをたくわえた厳格そうな主人が出てきて、「商人は裏から入るものだ」と言って勝手グチを指さした。

 と、なるのだろう。

 マンガ誌かよまないという総理大臣がいたが、一概に漫画を馬鹿にしたものではない。

 小説家が原稿用紙数枚で描写するものを一コマで表現できるのも漫画なのだ。

 と、横道から戻って、きょうの「サザエさんをさがして」のテーマは「勝手口」についての話だった。

 ミサワホームの商品開発部の話によると、今でも勝手口は半数の家にあるが、昔ながらの使い方はほとんどされていないと言う。

 2年前に勝手口をつけるかがチームで話題になったという。

 「必要派」は風通しやゴミ出しの用途に便利という利用だった。

 「不要派」は床面積が減ることや防犯などを理由に挙げたという。

 結局オプションとして勝手口はのこったが、付けた家でもゴミ出しは朝の出勤時に玄関から出したり、食料品の搬入なども裏口に廻るのが面倒になったりして、物置のようになってしまったお宅も少なくないという。

 そもそも、勝手口は日本古来にある「ハレ」と「ケ」の発想が住宅建築にあったからだそうだ。

 1番日当たりのいい部屋は客間として使う「ハレ」の場で、家族が日常を過ごす「ケ」は北川に集中していたそうだ。

 台所も玄関から離れた北側に位置し、家長以外の家族は勝手口を利用することになっていたそうだ。

 さらに自家用車のない時代には、びん類や米などの重いものは日常的に宅配してもらった。

 そこで、台所に近い勝手口こそ合理的で身近な出入り口だった。

 ということで、はずかしながら私も不動産業に30年以上も携わってきていて、勝手口の意味合いを今日知らされた次第。

 ただ、中古住宅の仲介をしている経験上昭和50年代前半までの家は、どんな小さな家でも、南側の一番日当たりのいい部屋が客間になっていて、そこに大きな応接セットが窮屈に置かれていたり、一度も開かれたこともないような文学全集や百科事典が並んでいる立派な作り付けの書棚があったりするけど、ほとんどのお宅ではこの応接間が物置と化していた。

 昭和60年代に私がつとめていた不動産会社では注文住宅もやっていて、私もたまにであるが新築住宅の注文を受けたことがある。

 その頃も、客間を中心にして家つくりを考えるお客様が結構いらっしゃった。

 そんな際私は、客間は要らないんじゃないですか。

 仕事がらたくさんの中古住宅を見てきたけど、どの家も日当たりの良い一番いい部屋を客間として作っていながら、結局その部屋が物置になってしまっている。

 自分の家を作るのだから、その家で生活する自分たち家族が一番いい部屋を造るべきですよ、という話をよくしたものでした。

 最近ではあたり前のことになっていますが、ほんの20年前でも「客間」という発想があったのですね。

 反面、私の住むこんな田舎町でも親戚や知人とのつきあいが疎遠になってきていることの裏返しなのかもしれないと思ったりもする。

 今日の「サザエさんをさがして」からの思いでした。

選挙、サッカー、大相撲

 昨日の報道ステーションだったか、ニュース23だったか、で該当アンケートをとっていた。

 明日11日(日)は参議院議員選挙と、ワールドカップの決勝、大相撲開幕が重なっているが、テレビで一番に見たいのはどれか、という質問だった。  

 5割以上が参議院選挙、4割がワールドカップ、1割が大相撲という感じの結果だった。

 思いのほかワールドカップが善戦していたが、順当というべきか。

 実際にはワールドカップの放送は深夜の2時過ぎからだから、11日のテレビは選挙報道一色になる。

 どの局も毎回同じような司会者で、同じような政治評論家やコメンテーターが、同じような評論や感想を喋るのだろう。

 

2010年7月 9日 (金)

参議院議員選挙

 参議院議員選挙の投票日まであと2日。

 ワールドカップと野球賭博に注目がいってしまい、なんか盛り上がらない。

 当地、宮崎では口蹄疫の問題で選挙活動に制限があったせいもあって、なおさら盛り上がりに欠ける。

 標準語になった感のある「どげんかせんといかん」だか、「ほんのこつ(本当に)どげんかせんといかん」

 それにても、だれに、どの政党に託せばいいのか。

2010年7月 8日 (木)

楽天が英語を公用語に

 楽天の三木谷浩史社長が、社内の公用語を12年中に英語に完全に切り替えると発表した。

 「世界企業に脱皮するには英語が必要と判断した」そうだ。

 すでに日産自動車は社内の経営会議を英語で行なっているし、2012年3月にはユニクロを展開するファーストリテイリングも社内公用語を英語にする予定だという。

 英語が苦手で、テレビのワイドショーなんかで頻発するカタカナ語にさえ辟易している私としては、英語の公用語化などもってのほかの大事件に感じる。

 三木谷社長によると、国境や国という概念が大きく変わっているのに、唯一大きく取り残されているのが日本。社会のトップ層が英語を喋れないのは世界中で日本だけだというのだ。

 サミットなどで各首脳の懇談のシーンでは、、欧米の首脳たちが親密にわきあいあいという感じで話をしているなかで、日本の首脳は話の輪に加われず浮いているように見える。

 経済的にも、一定規模を超えた会社が成長していくのには、海外需要を取り込む必要があるし、英語が世界的な公用語となっていることは認めざるを得ない。

 多国籍化する企業のなかでのコミュニケーションを考えた場合、共通言語として英語が便利が良い。

 この流れは止まるとこはないだろう。

 スポーツの政界でも、日本選手の海外での活躍にはめざましいものがあるが、小さいときから海外に目を向けていた選手が競技と同時に英語の勉強にも力を入れている姿を良く見かける。

 今日も、ワールドカップの日本代表のゴールキーパーの川島選手が、ベルギーリーグ移籍会見で、英語での質問には英語で答えていた。

 ゴルフの宮里選手も英語で話をするし、石川遼君もゴルフの練習といっしょに英語の勉強にも時間を割いているという。

 英語の必要性は認めざるを得ないところだ。


 しかし、だからといって物心がつくまえから英語を教えるというのは間違いだ。

 英語は、あくまでも母国語としての日本語が完全に身につけた後に学ぶべきだと思う。


 私の高校生時代の印象深い思い出で、岩田先生の英語の授業がある。

 「こんな授業は受験の役に立たない」といって転校していった同級生もいたから、受験のための英語としては問題があったのかもしれないが、私はこの先生の受験に役にたたない部分が大好きだった。

 そして、先生は温厚な反戦論者でもあった。


 受験には役に立たなかったけど、心に染み込んでしまってずっと忘れられない教えがいくつかある。
 
 その一つに、欧米と日本との郵便物の宛て名の書き方の違いというのがあった。

 英語では、住所は、狭い区域から順に大きい区域を並べて書く。

 Taro Tanaka
  Nihonbashi1-2-3-4-- , Tiyodaku
  Tokyo JAPAN
  となる。

  日本とは書き方が逆だ。

日本は大きい区域を書いて、徐々に小さい区域にしぼっていく書き方になる。

会話においても、文法的にも、曖昧なところから、始まって結論は最後になる。

方や欧米は、結論を先に言う。

結論を言って、その理由は後になる。

さらに、ものごとは日本は(東洋は)否定的に表現する。

たとえば、人が部屋に入って来ようとして、入って欲しくないときに、日本では「入らないで」と言う。

英語だったら、「Get 0ut」(外に居ろ)となる。

東洋は婉曲的な表現。

西洋は直接的な表現。

言葉はその国の人の心のあり方そのものなのだ。

英語を勉強するのは、英語を使う人間の考え方を知るために勉強するのだ。

相手の考え方がわからなくて戦争になることもある。

だから、そうならないためにも英語を勉強するのだ。

と教えてくれた

他にも、キリストは「相手の欲することをほどこせ」と言い、お釈迦様は「人の嫌がることをするな」と言った。

 これも、東洋は否定的に表現するし、西洋は肯定的、直接的に物を言うという例で話されたことだ。

 この類の話をいろいろとしてくれた。



今回の「楽天の英語公用語」という話を聞いて、すぐに岩田先生の話を思い出した。

日本人としての自我が育った後に英語の教育をするのならいいのだが、日本が世界で活躍するために英語が必要だから、日本語と同時に英語を身につけるというのはいかがなものか。

日本人としての誇りをもって世界に乗り出したいのなら、まずは日本語での自我を確立した後に英語を学ばせるべきだろう。

日本語でものを考えることを覚えたあとに英語を学ぶべきで、英語でものを考えられるようにする英語教育は間違いだろう。

 これは英語が苦手な私の発想だろうか。

2010年7月 7日 (水)

家庭菜園

 今日の日経新聞からです。

「家庭菜園ブーム、虫・におい 畑迷惑(はためいわく)」という見出し。
 
   (それにしても、うまいコピー考えるなあ。)

 自宅の庭やベランダで家庭菜園を楽しむ人は多い。

 ただ、不慣れなな人も多く、たくさんの虫が集まったり肥料の臭いが広がりして近所の人が苦情を訴えるケースがでてきているそうだ。

 その例① 虫の大量発生を経験したAさん。

 「虫がすごい」という妻からの電話を受けた。

 それまでも玄関先に虫がいると市販の殺虫剤で対処していたが、急に大量発生した。

 本格的な殺虫剤と噴霧器を購入して帰宅したAさんは、隣家の様子をみて合点がいった。
 
 隣家が庭のカボチャの葉を刈り取ったことで、虫が退去してAさん宅に移動したようだった。

 隣家に「すみません。殺虫剤をまいていいですか」と許可を得て隣家と自宅の両方で作業をした。
 
 「普段から関係は良好。悪気はないと思うけど」と苦笑。



 庭やベランダで野菜を育てる家庭菜園を楽しむ人は多い。
 
 3月、全国20歳以上の男女1510人を対象に実施したアサヒビールの調査では、
 
 家庭菜園をしているは33%。

「今はしていない」を含めると、経験者は6割近くにのぼったそうだ。


「家庭菜園は04年ごろから徐々に団塊世代に定着したうえ、食の安心・安全志向のたかまりもあり、主婦層に広がった」そうだ。

 野菜作りは楽ではないが、「努力のせいかが実感できる点が受けている」という。

 しかし、密集したし住宅地では不快に感じる人もいる。



 09年8月、東京都杉並区の環境課に届いたのは「とにかくくさいから早く来てほしい」という悲鳴。

 調べると、近所の庭で有機肥料を使用している人がいた。

 不慣れなためか、発酵が不十分なまま土に埋めてしまい悪習を放っていることがわかった。

 近所から苦情が出た旨を説明すると本人は「もう使わないことにします」。となったそうだ。


 部屋同士が密着し、共有部分が多いマンションなどの集合住宅も畑迷惑の現場になっている。

 マンション管理会社には「ベランダ菜園」に苦悩する声が届く。

 住民は近所トラブルになるのを避け、直接言わずに管理人や管理会社に連絡するからだ。

 全国で7500棟のマンションを管理する日本ハウズイングの話によると、「騒音やペットに比べ、退去に至るような大問題にはならないが、相当数の報告がある」という。

 内容は「干していた布団に土や水が飛んできた」「泥水が流れてきて排水管が水浸しになった」など。

 もちろん、近所に配慮しながら家庭菜園を楽しんでいる人が多勢だろう。

 ただ、気付かぬうち迷惑をかけていることもありうる。


「家庭菜園を巡る近所トラブルがおきるのは残念なこと。集合住宅のルールや近所同士のマナーを守るのはもちろん、おすそ分けでコミュニケーションを取るなど工夫してほしい」(恵泉女学園大、藤田さん談)    以上、日経新聞 生活欄



 家庭菜園で大きな近所トラブルになっているとケースは少ないけど、近所に迷惑をかけることもあるので注意をする必要がありますよ、という記事ですね。

 ここで取り上げられたAさんの例でも、普段から隣家との関係がいいからAさんもそんなに腹はたたないし、お隣にも声をかけやすいのです。

 この記事でもちょっと触れられていますけど、、騒音は結構深刻な問題になることが多いのです。

 近隣の騒音が原因で殺人にまで発展したという事件を少なからず耳にしますからね。



 私を知る人は、私のことを「一言多い」というのですが、「一言多い不動産屋」の私は、賃貸マンションやアパートの契約の時に、「引っ越したら最低でも両隣と上下階の人には挨拶した方がいいですよ。」

「日ごろつきあいがある人の騒音は許せても、会っても物も言わない人の騒音は許せないものがありますからね」と余計な助言をしています。

 とくに、赤ちゃんや小さい子供さんがいる方には必ず余計な助言をしてしまいます。

 お隣さんや、下の階の方に、自分の方から「子供の声や、音がご迷惑じゃないですか」

「いつも迷惑かけてすみません」と先に切り出しておくと、言われた方は「そうでもないですよ」と答えてしまうことが多いものです。

 廊下や階段ですれ違っても、何にも挨拶がないと「こんなに迷惑をかけているのに挨拶もない!」という気持になりますよね。

 それが人間の心情ですよね。

 隣近所に変な人がいるかもしれないから挨拶をしないという考えの方もいらっしゃるようですが、挨拶してトラブルになることよりも、挨拶をしなくてトラブルになることの方がはるかに多いのではないかと思います。

2010年7月 6日 (火)

 瑕疵担保責任

 昨日の住宅ローンのことは土曜日に書きかけていたものでした。

 土曜日の新聞記事を見て、書き始めたときにお客様から急を要する電話が入り、急遽そちらにかけつけてそのまま中断してました。

 そのお客様の用件が今日の話題です。

 そのお客様は中古住宅を購入されたお客様で、昨日引っ越ししたばかりの方でした。

 昨日引っ越ししたけど、居間の電気が点かないのでなんとかして欲しいということでした。

 さあ、ここで問題です。

 中古住宅を購入する場合、売主が誰であるかということで購入後の問題処理が大きく違ってくるのです。

 どういうことかと言いますと、不動産業者が売主になる場合と、不動産業者以外の方が売主になる場合で、購入後に物件に欠点があったときの処理責任がまったく違ってくるのです。

 新聞広告でも、広告物件が不動産業者の仲介(媒介)であるのか売主であるのかを明示することが法律で義務付けられています。

 ただ、多くの場合は中古住宅は不動産業者を媒介業者として売りに出されています。

 つまり、不動産業者に(自宅の)売却を依頼しているということがほとんどです。

 法律では、中古住宅の売買をして、買主が売主から目的物の引渡しを受けたものの、目的物に隠れた瑕疵(きず、欠点)があって、買主がこれを知らず、かつ、そのために契約の目的を達することができない場合は、買主は、契約の解除をすることができる。この条件を満たさないときは、損害賠償請求のみをすることができる(570条、566条)となっています。

 (「瑕疵」という難しい漢字が出てきましたか、これは「かし」と読みます。きずとか欠点という意味です)

 法律(民法)では、上記のように買った後に瑕疵が見つかった場合売主に損害賠償ができるということになっているのです。

 これを売主の瑕疵担保責任(かしたんぽせきにん)といいます。

 ここでいう隠れた瑕疵というのは、買主が通常の注意をはらっても知り得ない瑕疵をさしますが、売主自身も知らなかったものも含みます。

 住宅の場合、ちょっとみただけではわからない白蟻被害や雨漏りなどがこれに該当します。

 隠れた瑕疵に当たるためには、通常の注意を払っても知り得ない瑕疵であることと、買主が善意・無過失であることが必要である。

 ただし、民法では当事者同士が合意すれば売主の瑕疵担保責任を免除することができるとなっています。

 中古住宅の売買にあたっては、建築後の15年20年以上のものもあり、隠れた瑕疵があるかもしれないという前提で住宅価格が非常に安くなっている場合が多く、売主の瑕疵担保責任は問わないという契約にすることが少なくありません。

 売主は自分が住み慣れた家で欠点として感じないことでも、高額の代金を支払った買主にとっては、非常に気になるものであることもあり、売主と買主で見解が大きくわかれることが多く、瑕疵担保責任についての解決はなかなか難しいことが多くなるために、中古住宅の場合、売主の瑕疵担保責任を問わないとする契約が多いものです。

 だから、中古住宅を購入する場合は充分に気になる点を調査して売買契約をすることが肝心です。

 ここで、もう一つのケースの不動産業者が売主になる場合は、売主の瑕疵担保責任免責ができないことになっています。

 不動産業者(法律的には宅地建物取引業者)は宅地建物取引業法40条により、売主が業者の場合、目的物の引渡しの日から2年以上となる特約をする場合以外の買主に不利となる特約は、無効となる。

 宅地建物取引業法という法律は、不動産業者を厳しく規制する法律で、民法で一般の人(不動産業以外の人)に認められてても、不動産業者についてはその権利を制限する法律です。

 不動産取引のプロと不動産取引での素人間の取引において、不動産取引の素人の人を保護する法律になっているのです。

 それで不動産業者が売主となる場合は、瑕疵に当たるところはないか十分調査して、瑕疵があったらそれを補修して売買しているのです。
 
 それでも隠れた瑕疵があった場合は、それを修理する義務を負っているのです。
 
 だから、不動産業者が売主の物件を購入する場合は安心だと言えます。

 ただし、不動産業者は大きな責任を負っていますので、それに見合う利益が価格に含まれることになります。

 つまり、売却を希望するお客様から通常より安く購入して、費用をかけて補修をして、そこに不動産会社の利益を乗せたものが販売価格になるわけです。

 従いまして、売主さんは通常の仲介で売るより安く売ることになります。

 買主としても、瑕疵があるかもしれないけど、自分で補修した方が安い買物になるケースもあるわけです。

 中古住宅の取引における瑕疵担保責任について簡単にお話ししましてみました。

 このブログをスタートしてい一カ月余りになりますが、仕事の合間にちょこちょこと思いつくままに書いているわけですが、この瑕疵担保に限らず、不動産の豆知識みたいな題材でいろいろ書いていきたいものですね。

 ところで、話題を最初に戻して、土曜日に「居間の電気が点かない」「いろいろやってみたが、電気の配線が切れているのではないか」というお客様の問題ですが、

 私は、家には絶対問題がないという思いでこのお宅にお伺いしました。

 売主さんは三日前までここに住まれていたわけで、そのときまで何の問題もなかったのだから、電気系統が切れているということはないはずなのです。

 買主さんにもそのことを説明して、家に原因があるのじゃなくて、なにか他に原因があるのではないですか、と申し上げたのですが、「いろいろやってみたけど、だめなのだ」という答えでした。

 ということで、私は脚立を車に詰め込んで、お宅にお伺いしました。

 居間の電気は、一番一般的な引っかけシーリングローゼットで固定するタイプでした。

 天井側にローゼットというコンセントみたいな器具があって、それに蛍光灯側のローゼットをかちゃっとはめて固定するというものです。

 和室の照明器具はほとんどこのタイプですね。

 で、私は脚立に昇って取り付けてある蛍光灯のローゼットをカチャカチャと何度かはめ直してみたのです。

 そうしたら、電気が点いたり消えたりします。

 それで、お客さんにこれは家の方の電気の問題ではなくて、お客さんの取り付けた蛍光灯の器具の方の配線が悪いのではないですかと申し上げました。

 お客様は、「そんなことはない、他の者もやってみたがダメだったのだ」とおっしゃる。

 それで、別な部屋にとりつける予定だった蛍光灯があったので、その蛍光灯を取り付けてみたら、蛍光灯は問題もなく明々とともりました。

 これにて一件落着でした。

 中古住宅で購入したもので、家に欠点があると思い込んだ結果のエピソードでした。

 とにかく、これでめでたし、めでたしでした。

2010年7月 5日 (月)

住宅ローンについて

 7月3日(土)の朝日新聞の経済欄に「 変動金利ローン人気」という記事がありました。

 メガバンクが貸し出す住宅ローンで、「変動金利型」を選ぶ人が急増しているという記事でした。

 今年に入って、利息が一定の「固定型」を逆転し、変動型が全体の9割を超えているということでした。

 その例として、住友不動産が、年1%を切る低い変動金利型の住宅ローンで新築タワーマンション「シティータワーズ豊洲ザ・ツイン」の販売を伸ばしているそうです。

 このマンションの10年固定金利型の提携ローンは最低年利1.8%なのですが、35年返済の場合変動型0.775%を選ぶと、借入額6000万円のとき固定型より月約3万円も返済が少なくなるそうだ。

「固定型にこだわる人はほとんどいない」という。
 
この変動型を全面に打ち出すのは、シティータワーズだけではなく、住宅情報誌に掲載されている物件の返済計画は、ほとんどが変動型だけで計算されています。

 このため、変動型の人気は高まる一方だそうです。

 今年一月にはメガバンク3行の住宅ローンの新規貸出額に占める変動型の割合が9割を超えたということです。

 これまでの日本の住宅ローンは、固定型が基本で変動金利は補助的な位置づけだったのです。

 実際、06年度の変動金利の割合は2割以下でした。

 急増したのは、企業向け融資の低迷でカネ余りに陥っている銀行が住宅ローンで客を獲得しようとしているからです。

 しかし、この記事にも書かれていたが、変動型の危険性を指摘する声は根強いものがあるといいます。
 

 私は、35年の長期の変動型など、怖くて絶対に勧めません。

 そもそも30年とか、35年ローンというのが怖いのです

 実際には、自分の支払い能力の限界ぎりぎりまで借入をしてしまう人が多いものです。

 借入をしてしまう人も多いのですが、借入をさせてしまう住宅会社、不動産会社もまた多い。

 実際、多少の無理や多少の妥協をしないと、なかなか住宅を購入する決心はできないということも言えます。

 
 しかし、住宅ローンの支払いは20年30年と長期にわたりますので、「なんとかなるだろう」ではなく、これ位の支払いだったら充分やっていけるという確信がもてる借入計画をするべきです。

 私は、なるべく固定金利での借入を勧めています。

 というのも、不動産バブルの頃に私が住宅ローンをお世話したお客様に大変な思いをさせた経験があるからです。

 そのお客様は、月々の支払いを安くしたいということで変動金利でローンを組むことになったのです。

当時は、 当地(延岡市)においては、変動金利の住宅ローンは一般的ではなくて、ある銀行が月々の支払いが安くなるということを売りにして宣伝していたので、その銀行でローンを組んだのでした。

 変動金利の住宅ローンは私も始めての経験だったものですから、金利が変動したらどうなるのか不安で銀行に確認したのだが、「支払額は5年間は変わらないので安心していいですよ」ということでした。

 ところが1年も経たない時期に、このお客さんから電話がありました。
「返済額を増やしてもらわないと元金が減りません」5さらに「元金が増えることもあります」と言われたと言うのでした。

「5年間は返済額は変動しないと言っていたのに話が違うじゃないか」という苦情だったのです。

 びっくりした私は、すぐに銀行に言って話を詳しく聞いたところ、長期金利が上がってきてそれに連動して住宅ローンの金利が上がっている。

 支払額はあげなくてもかまわないが、金利が上昇しているので現在の支払額だと金利の支払いがいっぱいで、もうちょっと金利が上がったら金利も払えなくなる。

 それで、支配額をふやさないと元金がいつまでも減らないし、都合からは元金が増えてうまうことになる、という説明でした。

 このとき知ったことですが、変動型の住宅ローンは、そ長期プライムレート(最優遇金利)の金利に連動して金利が変動するのですが、住宅ローンの上昇はその金利上昇以上に急激なカーブを描いて上昇します。

 プライムレートの上昇を上回って放物線を描くように上昇するのです。

 昨今の日本は、急激な金利上昇は考えにくいという経済状況ですが、10年後のことはわかりません。

 あのときのお客さんは、県外で仕事をするようになって収入が増えていたから大過なく済んだが、ほんとうにぎりぎりでの借入だったら家を手放さなくてはならなかったかもしれませんでした。

 このときの思いが忘れられないから、私は絶対に完全連動式の変動金利でのローンは勧めないのです。 

 もし、そんなローンでしか借入ができないお客様は家を買うべきではないと思っています。

 もし、「たったこれだけの支払いで家がもてますよ」という営業マンがいてそれが35年変動金利ローンでの計画だったら、1年後の借入残高をたずねて下さい。

 月々6万円、7万円にボーナス払いを加え、年間80万円、100万円を支払い、10年で1,000万円近い支払いをしてきたつもりのあなたは、借入残高を見て衝撃をうけるはずです。

 35年払いのローンでの10年後の残高は、あなたが想像する5割増し位の金額だと思います。

 元金はほとんど減っていません。

 10年後の借入額を知って、その時に金利が2%くらい上がっても返済に不安がなければ問題なしです。
 

 当社では、新築住宅の取り扱いは少なくて中古住宅の取り扱いを主としており、物件価格は1,500万円程度までで、返済期間は15年から長くても20年までがほとんどです。

 それで、私が一番お薦めしているのは、金利の固定期間を10年とする返済期間15年のローンです。

 返済期間15年の借入だと、10年後には借入残高は半分以下になっているので、万一その時に金利が上がっていてもなんとか対処できる範囲だと思います。

 住宅は自分たちが快適な生活をするための手段であって、住宅を買うことだけが目的となってしまってはいけません。

 くり返しになりますが、いくら借りれるかではなくて、いくらなら無理なく払えるかということを忘れないように購入計画をして下さい。

2010年7月 2日 (金)

テレビ報道の不確実

 今朝のやじうまプラスで、だったかな?なにせチャンネルをちょこちょこ回して見ているもので、「消費税の問題で、小沢さんが菅内閣を批判する発言をしたことに対して、菅さんが不快感をあらわした」と新聞が言っているという解説をしていた。

 昨日の報道ステーションで小沢さんの批判発言について聞かれたとき、菅さんが小沢さんに対して不快感をあらわにしたというようなことだった。

 私は報道ステーションを見ていたのだが、菅さんは古館氏が小沢批判に対して菅さんから小沢さんを非難する言葉を引き出そうと、何度も同じ質問をくり返していた。

 菅さんは、小沢さんとの摩擦を避けたくて、小沢さんを直接非難するような答えをせずに、その質問にたいしては逃げていた。

 このときの古館氏の質問のやり方は、なんとか菅さんの失言をひきだそうという気持だけなのが見え見えで、見ている私も不愉快であった。

 菅さんはその古館氏の浅薄なしつこさに腹立たしさを隠せない感じになってしまったが、小沢さんに不快感をあらわすような発言はしなかった。

 見ている私にはそう見えた。

 生放送だったから、古館氏と菅さんの会話は編集無しのものだ。

 その対話をみて、私は菅さんは小沢さんとの関係悪化を避けたいからその話題から逃げたいという態度に見えた。

 加工なしでの会話を見ている視聴者がどう感じるかは、視聴者の個々で違ってくるのは当然のことだ。

 ただ、その発言を切り取って、「小沢さんの批判発言に不快感をあらわにした」という報道だけしか見ていない視聴者は、菅さんが明らかに小沢さんを非難しているのだと思ってしまうだろう。

 これが報道のこわさで、メディアが思う方向に話を脚色して報道していることを改めて知らされた。

 

2010年7月 1日 (木)

今日は映画の日

 毎月1日は映画の日。

 なんと、映画が1000円で見られる。

 当地延岡では映画館が1館しかなくて、といっても3つのすくりーんがあるのだが、なかなか見たい映画がかからない。

 うまいタイミングで1日に見たい映画があったら、見に行くようにしている。

 すぐにDVDが発売されるから、映画館まで足を運ぶ人が少なくなっているのだろう。

 映画館にお客が来てくれないからDVDにするのが早くなるのか。

 どちらが先かはわからないが、とにかく映画館は人が少ない。

 話題作の封切り日が1日に重なることもあるのだが、それでもお客は少ない。

 入っても、せいぜい20人程度だろうか。



 人ごとながら、経営的に成り立っているんだろうかと心配になる。

 せめて、この1館だけは残ってほしいから。



 で、今日は「ハートロッカー」を見に行ってきます。

 アカデミー賞6部門をとった話題作。

 全国的には3月に封切りになった映画だけど、なぜか今頃になってかかりました。

 みなさん、映画館で映画を見ましょうよ。

 画面も音も、映画は映画館で見るように作られてますよ。

 絶対に。

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