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2010年10月22日 (金)

大阪地検、証拠改ざん事件と検事総長

 大阪地検特捜部の証拠改ざん事件で、検事総長が陳謝の会見をしたことで久し振りに大きく取り上げられていた。

 この問題は、めずらしく長期にわたってマスコミが取り上げ続けている。

 ぜひぜひ、ずっと注目し続けて欲しい。

 私も、この問題は重大な問題だと思って何度も書いている。

 それは私の正義感からではなく、恐いからだ。

 私は、冤罪事件に巻き込まれかかった例を身近に経験していて、自分にも無関係な事件ではないと、心底恐怖を感じている。



 検事総長の陳謝会見にともなって、総長の進退問題や関係した検事の処分についてに目が行ってしまいがちだが、検察が無実とわかりつつ罪人を作り出そうとしていたことが怖いのだ。

 今回の事件に関連した検事や、その監督責任者の責任追及にばかり目がいってしまうことが心配でたまらない。

 私は、権力や暴力にはからっきし弱い人間だ。

 だから、権力者や暴力で支配する連中に捕らえられて、「言う通りにしろ!」と命じられたら、すごすごと従ってしまうだろう。

 幸い、今の日本は言論の自由が保証されている。

 だから、自分の意見が言える立場であるうちに、言いたいことを言っておこうと思うわけだ。
 今回の事件重要なことは、やったことについての責任追及ではなくて、こういった事件を起こさないために、どのようにすればよいのかを検証することだ。

 私は、検事は公益の代表者であり、社会秩序の番人だと思っていた。

 しかし、今回の事件で改めて知らされたことは、検事も一国家公務員であり、組織の中で組織のルールのもとに生きているということ。

 そして、彼らは国家公務員報酬を糧に生きているということだった。

 正義の使者というのは幻想で、検察といえども生身の人間の集団なのだ。

 人間が法という名の元に強力な権限を持たされるわけだ。

 法律を少しだけ学んだ私だが、法の強さと法の恐さはちょっとはわかっている。

 権限を持つ人が暴走しないような制度はできないものかと考える今日の私なのだ。

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