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2010年10月 8日 (金)

臓器移植と検察庁

 改正臓器移植法の施行後、7日までにすでに提供は15例に達した。

 治療していた間者か脳死になり、摘出手術が行なわれた病院の院長が朝日新聞の取材に応じ、家族や医師らの思い、提供にいたった経緯を詳しく語っていた。(朝日新聞10.10.8)

 臓器提供した男性患者は事故に遇い、意識不明で搬送され、病院の集中治療室で懸命の治療を受けていた。

 主治医は、CT(コンピュータ断層撮影)や脳波検査の結果、脳死に近い状態になっていると伝えた。

 脳死というのは能全体の昨日が失われた状態。

 どれだけの時間が続くかは人によって違うが、やがて心停止に至って亡くなるとされている。
 両親は動揺し、「もっと治療したらなんとかなるのでは」「説明を聞くよりも、少しでもそばにいたい」と訴えた。

 主治医は治療方針を相談するつもりだった。

 この病院では、患者が脳死状態になったと判断すると、薬を追加して積極的に延命を図るか、治療内容を変えずに見守るかを家族と相談することにしている。家族の心理状態に応じ、臓器提供という選択肢を告げることもある。

 翌日、医師らはもう一度同じ検査をした。やはり脳死に近い状態だった。夜、両親に説明した。

 両親は前日より落ち着いた様子で耳を傾けた。

 「2日間もようがんばった。早く家に連れて帰ってあげたい」と言ったという。

 主治医は、今度は、治療方針の選択肢を説明し、臓器提供という道もあることを伝えて席をはずした。

 約1時間後、両親は医師らに告げた。「臓器提供について、もう少し聞かせてほしい」

 その後、連絡を受けた日本臓器移植ネットワークのコーディネーターが、夜のうちに駆けつけ、脳死判定や臓器の摘出、移植手術に至る流れを1時間半ほどかけて家族に説目した。

 両親はその場で提供に応じる意向を伝え、翌日、正式に承諾書に署名した。

 「どこかで生きていて」

 「生きてたら、息子は『(臓器提供を)やれよ』というてくれる」
 
 「息子なら、どこでも生きていける強さがある」

 2人は医師や看護士らにはらして聞かせた。

 そうやって気持の整理をつけたのだと医師らは思いやった。


 「こんなに内臓が元気なのに、死んでしまうなんて」

 「『(本人の提供の)意思のないまま提供して』と中傷されることが一番怖い」と語ったという。

 臓器提供とはこんなに思い問題を含んでいる。

 本人の意思表示がないだけに、決断を求められる家族に全責任がかぶさってくる。



 臓器提供を承諾した後、判定担当の3人の医師が確認し、男性の脳死が確定した。

 その後、摘出チームが次々と臓器を摘出し、飛行機や新幹線、救急車で、移植を受ける患者が待つ病院へ。その夜、家族はきれいに縫合された男性の遺体とともに自宅に帰ったという。

 院長は「臓器提供の背景に、家族の思い決断とそれを支える医療者がいることをわかってほしい」と話した。




 私は、以前自分のブログでこの問題をとりあげ、「私は臓器提供はしない」と宣言している。

 それは、移植したら助かる患者に目が行ってしまって、死に直面している患者の治療がなおざりになるかもしれないという不安があるからだ。

 人間には功名心、向上心がある。

 医師にもそれはある。

  新しい移植治療を試したみたいという潜在意識が、回復不能と思われる患者の死期を早める結果になりはしないかと思うわけだ。



 数年前に、未経験の内視鏡手術で患者を死なせたという事件があって、その手術現場がビデオに撮られていて、テレビ放映されたことがある。

 その医師たちの会話は、人間の命を粗末に扱っていると感じさせるものだった。

こんなに命を軽視した医師たちに、自分のからだを触られたくはない。



 しかし、今日の朝日新聞にあったような病院だったら、臓器移植についての自分の考えを変えることがあるかもしれない。

 「脳死状態に陥ったときに、まず「臓器提供ありき」ではなかったこと」

 「家族に無理強いはしてないこと」

 「家族に思い決断を迫ることに重責を感じていること」

 「そして、臓器移植をする医療者として心の痛みを感じていること」

 こんな医療関係者のチームに出会ったとしたら、気持に変化が出るかもしれない。




 これから先、臓器移植が日常的なものになるのかもしれない。

 そのときこそ、移植関係者は、臓器移植の持つ大きな重みを忘れてはいけない。

 今、問題になっている大阪地検の証拠改ざん問題も、数人の検察官が起こした問題だと思う。

 検察官のほとんどは、法を守り悪を正すことに日夜努力をされているはずだ。

 それなのに、ほんの一部の人がおこした問題は、検察庁全体の信頼を失墜させてしまった。

 臓器移植は、目の前の人間の生命を直接左右してしまう問題だ。

 医療に携わる全ての人たちが臓器移植に慣れてしまうことなく、永遠に真摯な姿勢で命と向かい合って臓器移植に取り組んでいただくことを願う。

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コメント

はじめてコメントいたします。
腎臓移植や肝臓移植をキーワードに調べていたところ、こちらのサイトへたどり着きました。
助かる命がそこにあるのなら、少しでもお役に立ちたいと臓器移植に関していろんなサイトを閲覧しています。
少しでも多くの人たちを助けたいと考え、微力ながらも行動しています。
こちらのサイトは参考になり大変助かりました。
ありがとうございました。

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