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2010年11月

2010年11月30日 (火)

今年の紅白の目玉、桑田佳祐さん復帰出演

 桑田佳祐さんが、紅白歌合戦で復帰するかもしれないという。

 桑田さんは、今年8月に食道がんの手術を受けて以来まったく姿を見せていない。

 順調に回復に向かっているという話だが、がんの場所が場所だけに、声に影響が大きくて元の歌声が出なくなるかもしれないという噂もあった。

 私は桑田さんの同世代だと思っている。

 私はすっかりおじさんになってしまったが、桑田佳祐さんの歌は10代20代の人にも受け入れられる。

 私の世代のほとんどの者が影響を受けたアーティストに「ビートルズ」がいるが、ビートルズがビートルズとして輝いていたのは10年程度だった。

 その後、ジョン・レノンとポール・マッカートニーを始めとしてそれぞれがソロ活動していたが、音楽に余り造詣のない私の耳には、ビートルズ時代に築き上げた音楽を超えるものは作れなかったと思う。

(解散直後のジョンの「イマジン」と「ハッピー・クリスマス」は今でも口ずさむ好きな曲だ。それ以外の歌は私には残っていない)

 桑田さんの歌は時代を超えて成長している。

 というか、桑田さんの歌は年をとらないと言ったほうがふさわしい。

 「勝手にシンドバッド」で鮮烈なデビューをした。

 今まで聞いたことのないリズムとメロディーと聞き取れない変な日本語。

 それでいて心地よい歌だった。

 しかし、奇抜なコスチュームを来て歌番組に出演したり、ベロベロと舌を突き出して歌う姿はコミックバンドと間違えるほどで、一発屋で終わると思っていた。

 続く「気分しだいで責めないで」もヒットしたが、「勝手にシンドバッド」イメージを踏襲した続編みたいな印象で、デビュー曲の残り香的なヒットだろうと思っていた。

 しかし次に出した「愛しのエリー」を聴いたときに、「彼は天才だ」と思った。

 そのころ仲間の集まるスナックで「あいつは天才だ」と一人興奮して喋っていたことを思い出す。

 それ以来色あせることなくヒット曲を造り続けている桑田さんには「天才」という言葉のほかには思いつかない。

 紅白歌合戦の出演者について、NHKの関係者は一切口を閉ざしているとのことだが、去年の矢沢栄吉さんの出演についても最期まで出演情報を発表していなかったことを考えると重弁可能性のある話だ。

 桑田さん復帰の舞台が紅白であれば視聴率アップは間違いない。

 なによりもファンにとって最高の年越しで、最大のお年玉になるだろう。

2010年11月29日 (月)

家電エコポイント半減

 来月購入分から、家電エコポイントが半減するということで家電業界は特需に湧いているようだ。

 先週末がピークだったようだ。

 特に薄型テレビについては、一部量販店で長蛇の列ができるほどの活況だった。

 商品説明に1時間待ち、2時間待ちという異常な混雑ぶりがニュースになっていた。

 テレビの売り上げは、昨年比6倍。

 回収された古いテレビが山積みになっている様子も報道されていた。

 まだまだ使えるテレビまでが廃棄処分されている。

 グリーン家電エコポイント事務局のホームページによると、「家電エコポイント制度とは、地球温暖化対策、経済の活性化及び地上デジタル対応テレビの普及を図るため、グリーン家電の購入により様々な商品・サービスと交換可能な家電エコポイントが取得できるもの」と説明されている。

 ホームページには、環境省、経済産業省、総務省が名前を連ねている。

 上記のエコポイントの説明文のある、「地球温暖化」は環境省、「経済の活性化」が経済産業省、「地上デジタル対応テレビの普及」が総務省と、みごとに各省の役割分担を担っている。

 しかし「地球温暖化」についての効果ははなはだ疑問だ。

 使えるものを捨てる。

 捨てたものがまだ使えても、こわさないとポイントがもらえないという。

 消費電力が少なくなるというが、テレビを廃棄するためにかかるエネルギーと最終処分される産業廃棄物が及ぼす環境悪化のエネルギーを換算すると、「地球温暖化」防止にいかばかりの効果があるのだろうか。

 経済産業省が担当する「経済の活性化」については、劇的な効果があるだろう。

 しかしこれは、劇的というより「劇薬的」と言うべきであろう。

 昨年比の6倍の売り上げということは、需要の先食いをしていることは明白で、今後は劇的に売り上げが落ち込むことになる。

 今後の経済対策について聞かれ、海江田万里財政政策担当特命担当大臣は「現在のところこれといった対策はない」と平然と答えていた。

 正直といえば正直な回答なのだろうが、聞いている国民は「ちょっと待ってよ」だ。

 世界経済は急激に変化している。

 中国のスーパーコンピュータが計算速度世界一なった。

 台湾の一人当たり所得は購買力平価でみて、今年日本を上回る。

 胃がんワクチンを開発した日本企業が、シンガポールの支援を受けて同国で臨床試験を開始した。

 今まで新興国といわれていた国の躍進はすざましいものがある。

 大国意識にとらわれ続けているうちに日本は沈没しかかっている。

 さすがに、多くの国民が気がついてきた。

 船が傾いてしまう前になんとか態勢を立て直さないと本当に沈没してしまうと、恐怖におののく、今日は11月29日。

2010年11月28日 (日)

ドコモショップ延岡駅前店の超親切な対応で、エクスペリアへの電話帳完全移動ができました

今日の最重要課題だった、エクスペリアへの電話帳移動が無事完了した。

昨日、ドコモのサポートセンターでもできなかったので、もう一度ショップに持っていって、だめだったらメーカー送りにしてもらおうと思っていた。

私の行きつけの店はドコモショップ延岡駅前店。

自宅から近いことと、社員さんが全員親切だからだ。

相談だけでも気持ちのいい応対をしてくれる。

今回問題のエクスペリアだってこのショップで買ったものではない。

それなのに、昨日は二度も押しかけて行ったのに、二度とも親身にあれこれやってくれた。

結局できなかったが、サポートセンターに問い合わせて、その結果を報告してくれた。

ここまでしてもらえると、だめでも腹はたたない。

それどころか感謝の念を感じた。

今日はメーカー送りと思いつつ店に行ったのだが、入るとかかりつけ(と私が勝手に想っている)黒田さんが出迎えてくれた。

黒田さんは昨日は休みだったのだが、昨日私を応対してくれた人からの申し送りを受けて対応策を調べてくれていた。

気持ちは嬉しかったが、サポートセンターでもわからなかったのだから無理だろうと思った。

で、用事があったのでエクスペリアと携帯を預けて
いくことにした。

そして一時間後、お店に行くと黒田さんが顔が素敵な笑顔で出迎えてくれた。

なんと!638人分の電話帳の移動ができていた。

大感謝です。

日曜日で、お客さんも多かったのに、その合間をぬってやってくれてたみたいです。

昨日応対してくれて、きちっと引き継ぎをしてくれていたこと
にも感激しました。

スタッフ全員で心のこもった接客をしている証だろう。

おまけにこの店綺麗な子ばかりなのだ。

感謝ついでにドコモの宣伝をしよう。

ギャラクシーが凄いらしいけど、エクスペリアもいい。

ちなみにこれはエクスペリアで投稿している。

スマートフォンだけではなく、携帯電話の新機種も別物みたいに進化しているようだ。

新規、買い換え、乗り換えの予定のある方は、是非ドコモショップ延岡駅前店で。

冷やかしでも気持ちよく応対してくれるので、一度ドコモのスマートフォンと携帯電話の新機種を手にとってみるといいですよ。

それでは、エクスペリアでの初投稿送信!

米韓協同軍事演習と今日の傘「エクスペリア」

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 先ほど米韓両軍が黄海で協同軍事演習を開始した。
 
 北朝鮮による砲撃事件を受けたことによるもので、原子力空母も参加する大規模な演習だ。

 北朝鮮は本当に軍事的攻撃を加えてくるのだろうか。

 日本政府も対応に追われているようだ。

 そんな大変なことがあっているのだけど、「だけども 問題は 今日の雨 傘がない」状態である。
 
 私の今日の『傘』は、昨日買い換えたエクスペリアへの電話帳の変更登録ができないことだ。
 昨日50分待ってやっとサポートセンターにつながったが、結局解決法法はわからなかった。
 電話帳に入っている640人くらいのデータの内300位は移動しいているのだが、あとがなぜだか入らない。

 電話も、メールも、インターネットも問題なく動く。

 殊に、インターネット閲覧は快適である。

 問題は電話帳のみ。

 使い勝手が悪いのなら、携帯電話に戻るのだが私にとって、携帯電話より遥かに使い勝手が良いからなんとか早く使える要にしたい。

 それで昨日から、携帯電話の電話帳を開いて重要な電話番号だけ手入力していたが、膨大に時間がかかる。

 ということで、私の 今日の最重要問題は「エクスペリア」の電話帳。

 今からもう一度ショップに相談に行く。

  という、今日の出来事。

2010年11月27日 (土)

ギャラクシーを待ちきれずにエクスペリアにした

 今日は朝からどたばたしている。

 仕事でどたばたしているのではなく、携帯電話をドコモのスマートフォン「エクスペリア」に買換たのでどたばたしているという始末。

 フォーマの電話帳のデータが「エクスペリア」に移動できない。

 まったくできないのではなくて、電話帳にある650人分のデータの内300人分位しか移動できない。

 何度やってもダメで、ドコモショップに持って行ってやってもらったが、わからない。

 サポートセンターに50分待たされて、聞いてみたが結局かいけつできなかった。

 明日にでも、再度ドコモショップに行って相談するしかないようだ。

 最悪は、修理送りになるかもしれない。

 修理になると10日はかかるだろう。

 そうなると、「エクスペリア」にした意味がない。

 「エクスペリア」にしたのは、どこの新しいスマートフォン「ギャラクシー」「レグザ」ともに入荷がいつになるかわからないからだ。

 「ギャラクシー」は先月の発売3日後に注文した。

 発売後3日目なのに、注文待ち14番目だと言われた。

 品薄なので、次の入荷日にこのショップに何台はいるかわからないが、おそらく5台くらいしか入らないだろうとのこと。

 予約にあたっては、そのことをご了解いただきたいと念を押された。

 スマートフォンがなければ生きていけないという話でもないので、了解して注文。

 その後、ドコモの追加の新製品発表のニュースを聞いたので、スマートフォン「レグザ」にも注文を入れた。

 これは、正式な発表前だというのに予約順番8番目。

 早く入荷した方を買おうという作戦。

 しかし「レグザ」の方も、新製品発表をしたのものの、発売日は12月中旬から来年1月というあいまいな日付での発表だった。

 ショップに入荷の目安を聞いてみたのだが、ショップもまったくわからないとのこと。

 インターネットでの情報も、確実な入荷情報は皆無。

 ちょこちょこ検索してみるのだが、私が書いた「入荷はいつになるのだろうという」という内容のブログがグーグル検索の一番に来てしまったりする。

 予想を超えた注文が来ていて生産が間に合わないのだろう。

 そんなこなでやきもきしていたら、私の友達が「エクスペリア」を買ったものの、使いにくくて使わないままになっているという話を聞いた。

 それもそのはず、その友人はメールもほとんどしない「電話だけ人間」

 それで、それを破格の安い値段で譲ってもらったという次第。

 「エクスペリア」は通話品質と電池の持ちが悪いという話だったので、購入は考えてなかったのだが、こんなに安く譲ってもらえるのなら、「ギャラクシー」が出回るまでのつなぎでもいいと思って譲ってもらった。

 今朝、ショップで設定変更をしてもらいインターネットにつないでみたら、想像していた3倍くらい快適に動く。

 アンドロイドOSをバージョンアップしたことで、発表の時に見たときに比べてはるかにスムーズな使い勝手になっている。

 電話も使ってみたが、通話品質もネットで言われているほど悪いものではない。

 これだったら、1、2年はこれで充分満足できるものだった。

 という嬉しい一日でもあった。(おかげで仕事をさぼってしまった一日でもある)




 そういえば、
先日は三洋の「ゴパン」が予想を超えた予約が入り発売を延期して売り出したところ、さらなる予約で生産が間に合わず予約を中止した。

 「ゴパン」は売りきりの商品だが、スマートフォンは売った後も継続して通信料を稼いでいける商品だ。

 iphone のソフトバンクと、アンドロイド スマートフォンを導入したauと熾烈なシェアー争いをしているというのに、ドコモはせっかくのシェアー拡大のチャンスを逃したわけだ。

 品物が入らないことに、一番いらいらしているのはドコモの関係者なのかもしれない。



 
エクスペリア」もアンドロイドのバージョンアップで結構快適。

 新製品の発売にともなって価格も随分安くなった「エクスペリア」がお買い得かもしれない。

2010年11月26日 (金)

裁判員裁判について

 11月16日、裁判員裁判で初の死刑判決が下された。

 その後、次々と死刑求刑がからんだ裁判が大きな話題になって報道されていている。

 私の住む宮崎県においても裁判員裁判において、25日死刑が求刑された。

 起訴内容に争いは無く、裁判員は量刑の判断を求められている。

 同じ25日には仙台地裁で、男女3人を殺害した少年に対して死刑判決が下された。

 この裁判の裁判員になった人はテレビでのカメラ取材に応じていたが、その表情から審理の過程の苦悩がにじみでていた。

 裁判員裁判で初の死刑判決となった裁判で裁判員になった方は、判決を下すまでに何度も泣いたと語っていた。

 今回のカメラ取材に応じた方も、判決にいたるまでに何度も泣いたと話していた。

 法の下とはいえ、人を殺せと命じることには誰しもためらいを感じるだろう。

 被害者遺族にとっては命をもってしても許しがたいことだろう。

 その心情はわかる。

 しかし、全くの赤の他人にとって被害者遺族の怒りは理解できても、被害者遺族が抱く憎しみまで共有するものではないだろう。

 そんな中で死刑の判決を下すにいたる心理状況を、私は理解できない。

 このことについては、引き続き考えていきたい問題だ。

2010年11月25日 (木)

北朝鮮砲撃事件の菅総理対応遅れの功績

 予想していたとおり、マスメディアは菅内閣の危機管理能力の無さを一切に攻撃し始めた。

 常に感じていることだが、「溺れかかった」菅さんに対して、いっせいに「棒でたたき」だした。

 昨日の菅さんを見ていて、自分たちの命を守ってくれるはずの最高責任者の頼りなさに恐怖を覚えた。

 事件勃発直後のインタビューで、菅さんは危機に対しての処理能力の欠如を露呈していた。

 それは誰の目にも明らかだった。

 私だけでなく国民のほとんどが、現政権の危機管理意識の希薄さに驚きを超えて悲しみを感じたようだ。

 私は、その意味で菅さんの功績は大きいと思う。

 今朝の「スーパーモーニング」で、歴代首相の危機対応の失態を取り上げていた。

 阪神大震災の際、村山総理の初期対応の遅れが被害を拡大させた。そのとき村山総理の弁が「初めてのことだってもので・・」

 「えひめ丸事件」(2001年。ハワイ沖で訓練中だった宇和島水産高等学校の「えひめ丸」に、浮上してきたアメリカ海軍の潜水艦に追突されて沈没し、9人の犠牲者を出した事件)の際森総理のゴルフ騒動。

 これは事件発生時に休暇でゴルフをしていた森総理が、事件の一報が入った後もゴルフを続けていたというものだった。

 これが致命傷となって森内閣は解散に追い込まれた。

 小渕総理は北朝鮮の不審船に対して威嚇射撃を命じたが、その決断までには7時間かかっていた。

 決断力があったような記憶にある小泉総理だが、アメリカの同時多発テロに対する公式見解を発表したのは2時間半後であったこと。

 麻生総理についてもコメントしていたが、それについては聞き逃してしまった。

 こう言われてみると、自民党政権下での危機管理能力は充分であったかというと、常にアメリカの顔色を伺いつつの対応であったように思われる。

 これまで、日本には独立国としての確固たる危機管理態勢が欠如していたのではないか。

 戦後のめざまして経済成長の中で、国民も平和ボケしていてそのことを強く意識していなかったのではないか。

 昨年、戦後初めての政権交代を経験した。

 政権奪取した民主党だが、政権運営に不慣れなことが国民の目にも明らかになってきた。

 それに対する不安が、今回の北朝鮮砲撃事件で恐怖と悲哀に変わった。

 今まで外交と国防について国民も強く意識していなかった。

 菅総理の今回の対応が、国民が意識を新たにするきっかけを与えてくれたという点で功績があったと言えるだろう。

 などと感じている今日の出来事だった。

2010年11月24日 (水)

北朝鮮砲撃をニュース速報で知った管総理 危機管理意識希薄

 昨日の昼過ぎ、北朝鮮が韓国の島に砲撃を加えたというニュース速報が入り、午後のワイドショーを急遽この事件の特番に切り替える局もあった。

 砲弾が炸裂して逃げまどう人々の姿や、立ち上がる黒鉛の映像が流されるのを見ていると、このまま戦争に突入するのではないかという不安がよぎった。

 私の住む宮崎の地からは、北海道に行くより近い隣国での事件である。

 万一戦闘が拡大したら、日本への影響はどうなるのだろうと心配であった。

 幸い、その後は小康状態を保っているようでひと安心した。

 他国の支援を仰がないと国民の生活も守れない北朝鮮がどういう考えでこのような行動に及ぶのかはわからない。

 「金を出せ。出さないと命はないぞ。」と拳銃を突きつける無法者の理論が国家間でまかり通っているということに理解がいかない。

 世界の警察を自称するアメリカが、イラク、イラン、アフガンで強硬な軍事行動をとっているのに、北朝鮮の暴挙については強硬な行動を起こさないのはなぜなのだろうか。

 それが北朝鮮の核保有によるものであるとしたら、核保有は戦争の抑止力になるというということを実証するものだろう。

 それだったら、いっそのこと日本も持った方がいいと思えてしまう。

 核廃絶は理想論でしかない。

 通常の社会生活の中でも、弱いものはいじめられる。

 一歩譲った言い方をすれば、強いものには人は攻撃をしかけていかないものだ。

 無法そのものの行為に対して直接の制裁は差し控えられている。

 それにつけても、今回の北朝鮮の暴挙について国民がいっそう不安を覚えるのは、国民を守ってくれるはずの政権の最高責任者たちの危機意識の希薄さだ。

 昨日、今日のテレビは、視聴率の見地から、事件そのものの報道にのみ時間を割いているようだったが、かわりばえしない戦闘シーンへの視聴者の興味がうすれる今日以降は、管政権の聞き対応能力の欠如を避難する報道に変わるのだろう。

 そして、管総理以下政権責任者たちがうろたえる様を面白がって報道することになる。

 しかし、テレビの思惑は別にして、今回の管総理の対応には国民として目を覆いたくなるものがあった。

 北朝鮮の砲撃にたいしての質問に、「テレビの報道を通じて事件を知った」に始まり、「情報収集に全力を挙げてほしい」「不測の事態に備えて、しっかり対応ができるように準備をして欲しい」と、答えていたが、事態にたいする緊張感もそれに対応する力強さのかけらも感じられなかった。

 総理大臣は、日本を防衛する自衛隊の最高指揮である。

 総理大臣の一番の使命は国民の命を守ることにある。

 この人に命を託して守ってもらえるのだろうかと不安を通り越して恐怖を覚えてしまった。

 今、国民の多くが不安を口にし始めている。

 それは、迷路から脱出してくれると期待していた民主党に政権担当能力はなかったことを思い知った悲しみでもある。

 願わくば、今後、マスメディアは政権への非難のみに終始するのではなく、迷路からの脱出の方向への提案を出すことに精力をあげてもらいたい。

 こんなことを考えていると、いつも陽水の「傘がない」が頭を駆けめぐるのだが、土砂降りの雨の日本のための「傘」が欲しいと強く願ってしまう今日の「ぼうふらのつぶやき」だ。

2010年11月23日 (火)

かわいいレタースケール ポストマン 

おすすめの文房具シリーズ

Sub2 「マルゼン ポストマン」 630円

カタカナ語でいうとレタースケール。

私は、カタカナ語を極力使わないようにしているのだけど、郵便物計量器とういうよりはレタースケールと言ったほうがスマートだと思う。

だけど、郵便物計量器と言うほうが老若男女すべての人につうじるだろうなあ、などというのは蛇足。

(手紙、封書)の重さを量るため道具だ。


  電子メールの普及で手紙を書くことは少なくなっているようだが、私は、仕事がら郵便で文書をやりとるすることが多い。

  過去に自分が出した郵便物が切手不足で戻ってきたことがある。

  郵便料金不足の郵便物が全部戻ってくるわけではない。

  受取人が不足分を支払って受け取っている場合もあるのだ

  郵便料金不足で郵便物が戻ってきた経験をした私は、郵便物の重量をいつも気にして郵便物を出していた。

  一般的な封書の大きさの場合(定型郵便)、80円で出せるのは25グラムまでなのだ。

  25グラムを超え50グラムまでが90円になる。

  コピー用紙だと5~6枚が80円と90円との境界線である。

  それで、ちょっとヤバイかなと思ったときは、大いに迷いつつ90円切手を張ることになる。

  10円だが、無駄かもしれない10円を余分に貼るのには結構勇気がいるのだ。

  時間があったらわざわざ郵便局まで持って行って重量を量ってもらっていた。

(話はそれるが、量る、計る、測る)どれが正しいのか迷う漢字である)

  冷静に考えると、わざわざ郵便局に行く時間とガソリン代を考えると10円払った方が安上がりなのだ。

  わかっているのだが、80円ですむところを90円の切手を貼る方が勇気がいる。

  そんな私の悩みを解決してくれたのが、この「ポストマン」だ。

Main   

目盛りは5グラム刻み。

25グラムを超したところは色が変わっていて90円になることがわかるようになっている。

色は4色あるみたいで、私は赤を購入した。

かわいいポストマンがデザインされていて、机の上のマスコットにもなれそう。




  これも、東京に行って「銀座伊東屋」をうろちょろしていて見つけたもの。

  安いし小さいし、目立つところに陳列されているわけではないが、なぜかこんの道具達は私に熱い視線を送ってくるのだ。

  私は、運命的な素敵な女性を見つけたときのような喜びで、彼女らを手にとることになる。

  伊東屋に行くと、こんな素敵なであいがたくさんあって心がときめくのだ。

  伊東屋だけではなく、ロフトや東急ハンズにも心ときめくグッズたちが待っていてくれる。

  だから、東京には年に何回かは行きたいのだけど、お金と時間との両方の問題があって、数年に一度しか行くことはない。

  だけど、遠く離れた遠距離恋愛だから思いがつのるのかもしれない。

  という非常に個人的な今日の出来事だった。




 

 

2010年11月22日 (月)

柳田法務大臣辞任と鳥越俊太郎さんとサンタクロース

 柳田法務大臣が辞任した。

 当然の成行だと思う。

 「個別の事案についてはお答えを差し控えます」「法と証拠に基づいて、適切にやっております」の二つの発言がくり返しくり返し報道されて問題視されている。

 しかし私は、この発言より、「新幹線の中に電話があって、『おい、やれ』と法務大臣をやるように連絡があった際に、「えーっ」と自分でもおどろいた。」

 「皆さんも、『何で柳田さんが法相』と理解に苦しんでいるんじゃないかと思うが、一番理解できなかったのは私です。私は、この20年近い間、実は法務関係は1回も触れたことはない。」という言葉の方が問題だと思う。

 自らが法務大臣にふさわしくないと認めているのだから、大臣のイスにしがみつく理由がわからない。

 国民のほとんどが、柳田法相の辞任は当然だと思っている。

 そんななか、今朝のスーパーモーニングで鳥越俊太郎さんが、ムキになって辞任不要を主張されていた。

 柳田法相の発言の全部をフリップにして解説していたのだが、「個別の事案についてはお答えを差し控えます」「法と証拠に基づいて、適切にやっております」という言葉の後に、「法務大臣は法律的に個別の案件について発言はできない」「法律的に発言できないことにジレンマを感じる」というニュアンスのことを言っていたというのだ。

 だから、柳田法相の言い分は正しいのであって辞任する必要はないというわけだ。

 その意見に対して、コメンテータの全員が、理由はどうあれ辞任やむなしだろうという意見だった。

 それに対して、日頃温厚と思っていた鳥越さんは血相を変えて自論をくり返していた。

 最近の鳥越さんは、明らかに民主党の味方をしているなあと感じていたが、今日の柳田法相擁護の理論は余りに論理性にかけるような気がした。

 「サンタクロースはお父さんなんだよ」なんて言ってしまってはお終いだと感じた、今日の鳥越さんでした。

介護費増について

 一昨日、朝日新聞・日経新聞では一面で取り上げていた「介護費増」についてテレビでは取り上げていないということを書いた。

 今朝のワイドショーでは各局で取り上げられていた。

 私が感じただけではなく、介護費の問題は国民の重大な関心事だったのだろう。

 前にも言ったかもしれないが、テレビのワイドショーは独自取材を放棄しているのではないかと思うことがある。

 「朝ズバッ!ニュース」「朝刊めくり斬り」「朝刊マルっとチェック」「やじうま新聞」et cetera et cetera。

 新聞記事を張り出して、それについての解説みたいなことを言う。

 新聞記事にからむ出来事について意見を述べているように見える。

 しかし、良く聞いていると自分の責任を持って意見を述べていることは少ない。

 あくまでも報道している内容は、○○新聞がそう言っているのであって真偽のほどはわからない。

 報道内容に誤りがあっても、テレビ局の責任ではないという立場をしっかり守っている。

 その報道について、ちらっと意見を言うことがあっても、あくまでも新聞報道の内容に対しての意見であって、ない要素のものに対して自己の責任をもって強く意見を主張するという立場を避けているように見える。

 新聞は、各誌で大きな意見の違いを感じることもあるが、テレビにはそれが余り感じられない。

 経営基盤が、スポンサーの広告収入のみによるものだから、いたし方がないことだと思う。

 テレビの悪は、テレビが正義であるかのように感じさせるところだろう。

 と言いつつテレビに多くの時間を割いている、テレビ大好きおじさんの今日の一言なのだ。

2010年11月21日 (日)

赤い羽根共同募金について

 「歳末たすけあい」にはちょっと早いような気がするが、今日、スーパーに買い物に行くと、入り口に高校生が募金箱をもって立っていた。

 赤い羽根の共同募金らしい。赤い羽根を手にしている。


 私は、このスーパー入り口での募金が好きではない。

 私は週に2~3度、スーパーで買い物をする。

 そのスーパーに行くたびに、「募金をお願いします」と言われることになる。

 「恵まれない人たちのために」、彼女らは声をからして募金を呼びかける。

 そんな彼女らの声を無視して通り抜けるのには、勇気がいる。

 無視して通りすぎる人たちを悲しそうに見送る彼女らがかわいそうで、募金箱に近づくと嬉しそうに迎えてくれる。

 募金箱に小銭を入れると、「ご協力ありがとうございま~す」と、全員が嬉しそうに大きな声でおじぎをする。


 私は、この募金のやり方に少し疑問を抱いている。

 募金を集めているのは、ボランティアの生徒たちや婦人会の人たちだ。

 彼らは純粋な心をもったボランティアだ。

 当然、まったくの無報酬でやっている。

 それには頭が下がる。

 でも、それを運営する赤い羽根を運営するための大きな組織があって、そこには当然多くの職員が必要だろう。

 それだけならいいが、高給取りの役員さんが名を連ねているのではないかという疑心も抱いている。


 ブログを書くに当たって、ネットでちょっと調べてみた。

 赤い羽根共同募金は、各市町村の共同募金支分会がある。そこを通じて自治会や学校、企業で募金を募る。

 都道府県を単位に社会福祉法人である共同募金会が組織されていて、都道府県単位で協同募金をしている。

 そして、これら募金をとりまとめ、連絡調整をするのが社会福祉法人中央共同募金会である。
 それぞれの組織で職員が働いていて、役員さんもいるのだろう。

 社会福祉法人中央協同募金会の定款がホームページに掲載されてあった。

 それによると、「理事23名、監事3名を置く」さらに「会長1名、副会長3名を置く」とある。

 理事23名というと大きな組織である。

 全国的な組織で、募金も大きな金額になるのだろうから、その運営には多くの職員が必要になるだろう。

 動く金額からすると組織も、職員数も大企業並だろう。

 その人件費には募金は使われていないのだろうか。

 23人もいる理事への報酬は高額ではないのだろうか。

 末端で募金を集めているのは、無報酬の善意である。

 それを運営する組織なのだから、理事は無報酬であってほしいし、職員さんも無報酬とまでは言わないが、少なくとも高給取りであってほしくはない。


 私は、根がいじわるなもので、ついついそんなことを考えてしまうもので、最近は街頭募金には一切協力しないようにしていた。

 純粋な子どもたちが、心から誰かの役に立ちたいと思って募金を呼びかける声を無視して通り抜けるのには心が痛む。

 それでも、意を決して募金の声を無視していた。

 だけど、今日は募金箱に百円硬貨を一つだけだが入れてきた。

 募金を呼びかける生徒さんと目が合ってしまったから。

 なんて、ちょっと偽善的なブログになった今日の出来事なのだ。

2010年11月20日 (土)

献血に行ってきました

 今日は献血に行ってきた。

 このところ、1年に2、3度献血をしている。

 私の献血場所は、延岡市のジャスコ駐車場の献血車だ。

 1度献血をすると、献血車が来るたびに協力依頼の葉書が来る。

 標準の400ccの献血をすると12週間後の同じ曜日から次の献血が可能になる。

 それで、私の次に献血が可能となるのは来年2月の12日だ。

 献血をすると、歯磨きセットと、お菓子の詰め合わせがもらえるのが、ちょっと嬉しい。

 もうひとつのプレゼントは、血液検査の結果を知らせてもらえることだ。

 7項目の生化学検査成績と8項目の血球係数検査成績を教えてもらえる。

 10年前に会社勤めを辞め自営業になってからというもの、健康診断に行ったことがなくて、この血液検査の結果を健康の目安にしている。

 これで病気がわかるというものでもないのだが、多少は健康のチェックになるだろうと思っている。

 希望すれば、C型肝炎、梅毒、HTLV-I抗体検査の検査の結果に異常があれば知らせてもらえる。



 前回は献血者が多くて1時間以上待たされたのだが、今日は少なかった。

 そういえば先日の日経新聞で献血の不足が報じられていた。

 1985年に最多の述べ約870万人に達したが、その後減少の一途をたどり07年には半数に近い494万人にまで落ち込んだ。

 その後、需要増を受けて啓発運動が強化され、09年に約528万人に持ち直している。
 
 ただ、日赤の推計では30年には約124万人分が不足するという。

 20年後のことで、なんにも対策をしないという前提でのあまり根拠のないような推計にも見えるが、若い人の献血が減っているのは事実のようだ。

 07年からの普及啓発の強化で、それ以降は増加傾向に転じているのだから、恒常的に普及啓発活動を続けることだ。

 とりわけ大事なことは、10代後半の献血率の向上を目指すこと。

 07年以降の普及啓発によって献血が増加したのは20代以上の人たち。
 
 しかも10代後半の若いときに献血の経験のある人が呼びかけに応じている傾向があるようだ。

 10代後半の献血率が低いままだと、その人たちが20代になっても啓発に応じてもらえない可能性が高くなるだろう。

 私の最初の献血の経験は、高校生の頃心臓外科手術のためのAB型の血液が必要とのことで、学校を通じて断れない雰囲気での献血だった。

 その後も2度、学校を通じて献血した。

 その経験があったので、それ以降も職場等に献血協力があった際には、なんの抵抗もなく協力している。

 そんなとき、確かに、献血未経験者ほど献血の協力を拒む傾向にあった。



 現在献血可能な年齢は、200cc献血が16歳、400cc献血は18歳から。

 来年度からは17歳から400ccの献血が可能になる。

 学校教育を通じて、献血率の向上をはかるべきだろう。

介護保険利用費2割増 テレビでは大きくとりあげられないニュース

 今日の朝日新聞の一面トップは、介護保険の利用費が増えるという記事。

 見出しは「高所得者 2割負担」「ケアプラン 有料化」。

 続いて「介護保険 利用費増」とある。

 高所得者についての自己負担を、現在1割の自己負担を2割に上げようというのである。

 「介護保険の費用が膨張し続ける中、新たな財源は見込めない。そこて厚労省は、保険料の伸びを抑えるためには利用者の負担増が不可避と判断」したものだ。

 介護保険の安定的な運用のために、高所得者に多少の負担をお願いするのはいたしかたがないことだと思いつつ、年収いくら以上を高所得者とするのかと数字を探した。

 なんと年収320万以上(年金のみ)を高所得者と想定しているというのだ。

 年収320万円に「高所得」という言葉はいかがなものか。

 私が講読している、もう一紙の日経新聞の一面トップは税制問題。

 そして税制問題に続いて、朝日新聞と同じく介護利用料の引き上げの件を取り上げていた。

 朝のワイドショーは柳田法務大臣の進退問題をはじめとする民主党をとりまく国会のゴタゴタ劇がおもしろおかしく取り上げられていた。

 私が見ていた限りでは、「ウエーク」で辛坊さんが「国会のこんなゴタゴタばかりが目立っているが、知らない間に中層所得者の負担増になる法案がどんどん作られている」と、ちらっとコメントしたくらいだ。

 テレビは大衆の興味を煽る題材でないと取り上げられないという構造的宿命をもつメディアであるから、大衆に受けない話は報道しない。しないというよりもできないのだ。

 テレビが大衆に迎合した製作をせざるを得ない構造であるため、テレビの報道は金太郎飴状態でどの局も同じ事件を同じ時間の配分で報道するという傾向がある。

 新聞報道も全部を信用するわけではないが、少なくとも新聞各社で取り上げる事件への力の入れ方と解説に違いが見える。

 蛇足だが、インターネットで「くらべる一面 あらたにす」というサイトがある。

 日経新聞、朝日新聞、読売新聞の3社協同で作っているサイトのようだ。

 サイトを開くと、朝日、日経、読売の1面トップ記事が3社横並びで表示される。

 各社の1面トップ記事の見出しと概要が表示され、詳細をクリックするとそれぞれの記事の全部が表示される。

 「くらべる一面」という名称だが、一面の記事だけではなく社会面、経済面はもちろんのこと朝日新聞の「天声人語」、日経新聞「春秋」、読売新聞「編集手帳」も読み比べることができる。

 利用料は無料。ぜひ一見をお勧めする。

 ということで、新聞には引き続き頑張っていただきたいというエールを送る、今日の私である。

2010年11月19日 (金)

住宅型有料老人ホーム ウイングⅡ

以前私の管理していたワンルームマンションが大幅なリノベーションにより、住宅型有料老人ホームとして生まれ変わりました。

     延岡駅から徒歩2分の便利な場所です。

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きれいな外観はそのまま
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広くて、明るいホール。

 食事をしたり、

    遊んだり。

 みんなで楽しくすごします

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開放的な廊下

  車椅子も
    楽々です



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清潔で
 機能的な
     室内

プライバシー
にも配慮
 しています

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 広くて
 使いやすいトイレ

  もちろんバリアフリー

  車椅子でも入れます

政界大編成

 国民の期待を背負って政権交代して1年余。国民は政権交代に抱いた期待が幻想でしかなかったことを思い知らされている。

 長期にわたる自民党一党支配の政治で、溜まりに溜まった澱を一掃してくれるという期待は、粉々に砕かれてしまった。

 この数日は閣僚の失言の大豊作だ。

 失言を寄せ集めただけで、ゴールデンタイムの特集番組ができてしまいそうだ。



 まずは、
仙石さんの「自衛隊は暴力装置」発言。

 その発言の撤回を求められると、反省の色も無く「実力組織と訂正する」と怒ったように言い直しただけ。

 その後不適当な発言だったと謝罪したが、本人の本心からの謝罪には見えなかった。

 私は、極端に偏った考え方は好きではないのだが、巷で言われているように仙石さんは共産主義者だという話もあながち極論ではないのではないかと感じさせられた。

 国会という国政の場で、自分の感情にまかせての発言はその資質を疑わざるを得ない。


 次に
柳田法務大臣。

 柳田法務大臣の失言は、失言という範疇ではない。

 新幹線の中に電話があって、「法務大臣をやれ」と言われたときに「えーっ、なんで俺が?」と思ったとパーティーの場で言っているのだ。
 「自分でもなぜ自分が法務大臣になれと言われたのかもわからない」

 「皆さんもが、皆さんもなんで私が法務大臣だと理解に苦しんでいるでしょうが、一番理解できなかったのは私です。」

 「この20年近い間、法務関係は1回も触れたことはない」

 「そんな私だから、多くの激励と心配をいただいた」

 「法相とはいいですね。二つ覚えておけばいいんですから。『個別の事案についてはお答えを差し控えます』と『法と証拠に基づいて、適切にやっております』この二つがあればいいんですから」

 自分から不適任だと公言しているのだから答は簡単、辞任しかないだろう。

 それにしても、日本はどこに行こうとしているのだろう。

 政権交代でかえって混乱してしまったようにもあるが、自民党政権のままでもかわりはなかっただろう。

 今、選挙をやったら民主党の惨敗は目に見えている。

 だから、民主党はなにがあっても解散はせず、政権にしがみついているのだろう。

 しかし、次の総選挙での苦戦は明らかだ。

 次に来るのは政界大編成しかないのかもしれない。

 どうか政権を取ることが目的とするのではなく、政権を運営することを目的として政治をやっていただきたいと、今日もむなしい「ぼうふらのつぶやき」なのだ。

 

2010年11月18日 (木)

鹿児島裁判員裁判 「12人の怒れる男」

 先日、裁判員裁判で初の死刑判決が下された。

 2人の男性を殺害したという事件で、起訴内容は争わず死刑無期懲役を選択する裁判だった。
 この事件は、殺害動機の殺害方法の残虐性から死刑が求刑されていた。
 
 動機は、被害者との間に麻薬密輸組織のトラブルを抱えていた被告の上役からの殺害を依頼され、「自分の力を誇示し、覚醒剤密輸の利権を得たいという欲にかられて引き受けた」もの。

 殺害方法は、命乞いする被害者をいきたまま電動ノコギリで切断するという残虐きわまりないものであった。

 「殺すならひと思いに刺し殺してくれ」と哀願した被害者の恐怖は想像を絶するものがある。
 刑を目の前にして、「遺族の意見陳述を聞いて遅ればせながら罪の大きさを感じ、謝罪と反省の意を表している」(朝日新聞11月17日)という。

 それは、死刑を目前にした命乞いの言葉なのかもしれない。

 被害者は、電動ノコギリを目の前にして、悲壮な思いで命乞いをしたはずだ。

 反省という言葉で許されるものではない。

  心から反省の意を表するのであれば、自分の命をもって償う以外にないだろう。
   
  私が遺族であったとしたら、同じ恐怖を与えて殺したいと思う。
 
  ニュースを見ているだけの第三者の立場にいても、人を殺したら自らの命をもって償わせるが当然だと思っていた。
 
  しかし裁判員として判決を下す立場に立たされたとき、「死刑」という判決を先頭をきって言い出す勇気はない。
 
  法律の下とはいえ、人を殺すことに手を下すわけだ。
 
 その責任は重い。

 死刑という名のもとに、自分が人を殺したという記憶が一生つきまとうことになる。
 
 今回の判決で、裁判長が「控訴を勧めたい」と被告に説いたというが、これは裁判員が死刑を言い渡す苦悩を代弁した言葉ではないだろうか。

 昨日(17日)、鹿児島地裁での裁判員裁判で死刑求刑された殺人事件では、被告が全面的に事件の関与を否認している。

 「推定無罪」という言葉がある。

 被告が有罪と宣告されるまでは無罪と推定されるというのが法の原則なのだ。

 しかし現実には、逮捕拘留されるとすべてが「推定有罪」へと動く。

 警察や検察は公正無比であり、そこが発する情報をマスコミがそのまま報道し、世間はそれをそのまま受け入れていく。

 今まで私たちは、その情報を鵜呑みにして、遠く離れた場所から「有罪だ」「死刑だ」と勝手なことを言っていた。

 すべては、警察や検察が正義で動いているという前提だった。

 その前提が危うくなる事実をたくさん見せつけられている。

 検察が証拠を改ざんした事件は記憶に新しい。

 量刑を決めるのにも、何度も涙を流したという裁判員がいらっしゃった。

 鹿児島の事件のように、無実を訴える人を裁かなければならない裁判員の苦悩はいかばかりか。人ごとではない。

 裁判員制度導入の際に話題になった映画で「12人の怒れる男」という映画がある。

 1957年製作、主演ヘンリー・フォンダのアメリカ映画だ。

 17歳の少年の被告が実父を殺した容疑での裁判で、陪審員の評議の過程が映画の主題であった

 1時間半くらいの上映時間のほとんどが陪審員室というもの。

 不良と言われてた少年が実父を飛び出しナイフで殺害したという容疑。

 目撃証人もいて、証拠品も、状況証拠もすべて少年の有罪をうかがわせるもが揃っていた。

 12人の陪審員の第1回目の評議は11対1で有罪。

 日本の裁判員せいどであったら、ここで有罪になってしまったのかもしれない。

 アメリカの陪審員制度では全員一致でなければ有罪が確定しない。

 ここから1時間半の映画が始まったわけだ。

 夏の暑い日で、クーラーもない部屋で陪審員はみんな不機嫌になっていた。

 有罪は明白なんだからさっさと有罪にして早く帰りたいという陪審員ばかりだった

 ヘンリー・フォンダ演じる主人公のみが無罪を主張した。

 それは確定的に無罪を主張したのではなく、「推定無罪」という観点から有罪とは言い切れないという主張だった。

 「有罪は間違いないんだから、早く有罪にして帰してくれ」という他の陪審員の剣幕にも屈せず、冷静に事件を分析していく。

 その意見を聞き、2度目の評決では1人の陪審員が無罪に変わった。

 主人公の冷静な分析と粘り強い説得で、3度目の評決では無罪が4人になり、4度目ではさらに無罪が増え、最終的に一人だけ強引に有罪を主張していた陪審員も無罪を認めた。

 暑くて長い一日を終えた12人の陪審員達が、お互いの名前も知らないままに、裁判所を去っていくシーンにさわやかな感動を覚えた。

 当時、35万ドルという低予算で2週間くらいで撮った映画だったにもかかわらず、アカデミー賞にもノミネートされた。

 賞はとれなかったが、そのとき賞を奪ったのは「戦場に架ける橋」だったそうだ。

 裁判員制度を考えるにあたって、ぜひ見ておくといい映画である。

 それにつけても、鹿児島の死刑求刑の裁判員の方々の心中を我が身に振り替えて想像すると、裁判員制度のありかたを再検討してもらいたいというのが、私の今日の心境なのだ。

2010年11月17日 (水)

期間限定チョコレート ラミー&バッカス

 今日、スーパーに買い物に行ったら、チョコレートコーナーに「ラミー」と「バッカス」が並んでいた。

 私がスーパーに買い物に行くのは、主にお菓子を買うためだ。


 ちなみに私は、お菓子大好きおじさんなのである。

 毎日のように、なにがしかのお菓子を食べる。それも夕食後にである。

 私の奥さんは小食で、かつ甘いものや菓子類にはあまり興味が無く、従って彼女は菓子類を買ってくることはほとんどない。

 買い物ついでに頼んでもいいのだが、お菓子に興味のない彼女にまかせると私の好みに反する買い方をする。

 それで、自分のためのお菓子は自分で買いに行くことにしている。

 買い物は、もっぱら近くの「マックスバリュー」か「ドラッグ コスモス」に行く。

 コンビニではめったに買うことはない。

 理由は圧倒的に安いから。

 カルビーのポテトチップだと40円くらい、亀田の「柿の種」にいたっては80円くらい違うこともある。

 たまに食べるのなら、ちょっとコンビニでということもあり得るのだが、毎日食べる私はこの価格差ではコンビニで買う気にならない。

 私の好きな定番のお菓子は、カルビーの「ポテトチップス」、亀田の「柿の種」、そしてロッテ「ガーナミルクチョコレート」これが3大定番商品だ。

 それをメインとして、目につくスナック菓子やキャンデー類を次々に買い物カゴに放り込む。

 いい年したおじさんがスーパーでチョコレート1枚だけ買うというのは、私の美学に反する。

 チョコレート2枚だけというのも気恥ずかしい。

 それで、毎回お菓子の大量買い付けをすることになるわけだ。

 大量買い付けをしたお菓子は、すぐさま大量消費をすることになる。

 そうするとてきめんに体重が増える。

 体重が増えすぎるとダイエットモードに入る。ダイエットといっても、私の場合夕食後のお菓子を食べるのをやめるとすぐに2㎏くらい体重が落ちるのだ。

 このところ太りすぎて2週間くらい、お菓子を制限していた。

 その成果もあって、体重が落ち着いてきたので、今日久し振りに買い物に行った。

 そうしたら、チョコレートコーナーにロッテの「ラミー」と「バッカス」がずらりと並んでいるではないか。

766  当然のごとく、買い物カゴに入ったお菓子達の仲間入りをすることになった。

 バッカスの方が先に発売されて、その後にラミーだったと思うんだけど、私が小さい子供の頃の話で記憶は定かではない。

 昔は一年中売られていたはずなんだけど、今は季節限定販売商品になっている。

 そういえば、昔よりデリケートな造りになっているような・・・

Images  バッカスは、チョコレートボンボンみたいなチョコで、中にコニャックが入っている。

 チョコレートの味も私好みのマイルドビターで、噛むと中から芳醇なコニャックが流れだしてくる。

 「コニャック」という響きが、ちょっと富裕層になった感じで嬉しい。

 芳醇なコニャックの香りとまろやかなチョコがからみあって、なんともいえないハーモニーを醸しだす。

 私のお勧めは、一粒ポンと口に入れて、かまずにチョコを口の中で溶かしていると、うすくなったチョコの中からトロリとコニャックがしみ出てくる。

 そこで初めてチョコとコニャックを口の中で絡ませて味わうのだ。

 チョコをつまみにコニャックを舐めているような、リッチな味わいが感じられる。


 ラミーは、バッカスに遅れて発売になった商品だったと思う。

Imagesca95hejm  チョコレートの中にラム酒に付けたレーズンが入っているというものだ。

 最初に発売になったときは、私はまだ小学生だった(と記憶している)ので、ラム酒漬けのレーズンの味に違和感を感じた。

 子どもの舌には、ちょっと腐っているような印象を受けた記憶がある。

 それで、ラミーについてはその後余り手にすることはなかったのだが、今はときどき狂おしくなるくらい食べたくなるほど好きなチョコレートだ。

 知らない間に改良されているみたいで、昔は、チョコレートの中にラムレーズンを混ぜ込んでいるという感じだったのだが、今はチョコレートの中心部分に柔らかな層になってはさんでいるといった感じだ。(うまく表現できない)

 油断すると、一度に3枚でも4枚でも食べてしまって、また制限体重をオーバーしてしまうから、今日のところは一枚ずつの購入で我慢した今日の出来事だった。

 

 

 

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入荷を待ちのギャラクシーs &レグザフォーン

ドコモのギャラクシーsが発売になったのは10月28日。

うかつにも発売日を知らなくて、私が予約したのが31日。

予約の電話を入れたら、来年の入荷になるけどそれでもいいかと確認された。

予約すると1日でも早くほしいのが心理。

インターネットで検索してみても、入荷の見込みが立たないということがわかるのみ。

そうこうしているうちに、ドコモから新機種発表があって日本製のスマートフォンも発売予定になっている。

これは発表前に情報が入ったので、新機種発表の3日前に予約した。

その後は、黙って我慢の入荷待ち状態だ。

毎日インターネットで確認してみるが、入荷予定の情報は見つからない。

今日「ギャラクシーs  入荷時期」と検索してみたが、新たな情報は全然出ていない。

私のギャラクシーの記事が検索の7番目にあることがわかったのがご愛嬌。



今日、ドコモショップに念のために確認してみたけど、予想通り「入荷予定は未定です」という返事。

ちなみに予約の順番は何番目になってますか?と聞くと。

ギャラクシーの方は14番目。入荷数から見て来年になることは確実です。と冷たい回答。

レグザの方なら大丈夫だろうと思っていたが、新機種発表日前の予約にもかかわらず8番目になっていて、これまた入荷数から考えると来年になると思っていた方がいいらしい。

物が売れない時代といいながら、売れるものは売れすぎて手に入らないのだ。

9月5日の私のブログに三洋の生米からパンを作る「ライスブレッドクッカー ・ゴパン」のことを書いたのだが、これがなぜかグーグル検索の上位にあって「ゴパン」の検索からの来訪者が多数いる。

この「ゴパン」も発売前から話題になって、生産が注文に追いつかないため予定日を延期しての発売にしたにもかかわらず、発売日に完売。2カ月待ちの人気商品になっている。

「ゴパン」は買えなくても辛抱できるのだが、ギャラクシーはなんとか早く手に入れたい。

このまま入荷の予定がたたなければiphoneでソフトバンクにトラバーユしようかなどと思いはじめた今日この頃なのだ。

2010年11月16日 (火)

気持の持ちよう。ニュースで明るい社会をつくろう。

夕方のニュースの時間にチャンネルをまわしてみると、どの局も今日の寒さをトップニュース扱いで報じている。

管内閣のどたばた劇は毎度のことで、尖閣ビデオ、北方問題、外交問題は山積。国会では来年度予算をそっちのけで、不信任案が提出され、事業仕分けも底の浅さが目につく。

そんな混迷の真っ只中、今シーズン一番の寒さ到来のニュースがトップニュースと同じくらいの時間を割いて報道されている。

どのチャンネルでも、「今シーズン一番の寒さ」と異口同音に大騒ぎしていて、寒さを煽る映像を競って放映している。

北海道や東北ではすでに冬入りして、大変なのかもしれないが、関東以西はまだまだ冬には早い季節である。

寒い、寒いと大騒ぎして、来る本格的な冬に恐怖しろと言わんばかりに思える。

「あー、またあの寒く厳しい冬が来てしまうのか」と悲観的に思わせるような報道ばかりだ。

「今日はちょっと肌寒く感じたかもしれませんね。でも、明日はまた温かくなりそうですよ。冬本番にはまだちょっと時間があります。稔りの季節。食べ物も一番おいしい1年で一番良い季節ですね。」なんて人の心をなごませる報道をするテレビ局があればいい。

どの局も金太郎飴みたいに同じことばっかりやってても面白くない。

人と違ったへそ曲がりな意見をいうキャスターが現れないものかなあ。

1枚切りのカッターナイフ

最近見つけたお気に入りの文房具ッズ。

一枚きりのペーパーカッターナイフだ。

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いつ買ったものかわからないが、つかわれないまま机の引き出しの片隅にころがっていた。

ずっと使っていない物だったので、不用品差し上げますコーナーに出そうと思ったのだが、捨てる前にちょっと使ってみようと思って新聞の切り抜きをしたところ、すこぶる切れ味がいい。

紙の切れる感触がなんとも心地よいのだ。

メーカー名と品番をみてみたら、コクヨ HA-70とある。

なんと天下のコクヨの製品なのだ。

商品名は写真にあるように、「ONE PAPER CUTTER」。そして小さな文字で「「CERAMIC BLADR」とある。

切れ味がいいのはセラミックの刃のせいらしい。

私は、新聞の記事の切り抜きには普通のカッターナイフを使うことが多い。

切るときに力を加減すると、一枚だけ切り抜くことができる。

「下の紙を切らずに1枚だけ切れる」というふれこみのカッターナイフを買って使ってみたが、新聞紙だと力加減をしないと2枚いっぺんに切れてしまう。

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これは「オルファ」の一枚切りカッターナイフだが、力加減をしないと下の紙まで切れてしまう。

力を抜きすぎると新聞紙1枚もうまく切れない。

普通のカッターナイフの方が力加減がしやすいので、この1枚きりのカッターナイフは出番が無く机の引出しに眠っている。

そこで、前出のコクヨのカッターナイフだが、これが実に切れ味が良くて、力加減もしやすい。

最近は毎日これを愛用しているので、刃が切れなくなったときのために買い置きをしておこうと思ったのだが、コクヨのカタログを確認したところ廃版になっているようだった。

セラミック刃ということだから、当面は切れなくなるということはないかと、独りで納得した今日の一品なのだ。

事業仕分けに怒りの原口元総務大臣

これまたワイドショーネタだけど、原口元総務大臣が仕分けに激怒していた。

自分が総務大臣として来年度予算で概算要求していた「フューチャースクール推進事業」と「教育ITC推進事業」が廃止判定されたことに対しての怒りだった。

もともとこの事業については、去年の事業仕分けで廃止判定されていたもの。

それなのに原口さんが中心となって、再度今年度の予算に組み込んだといういきさつがあるらしい。

「教育に採算性を求めるのはおかしい」という理論には多少納得できる。

しかし、「仕分けるなら自分を仕分けて見ろ」だとか、「仕分人を仕分ける必要があるだとかとどまるところを知らない怒りの会見の姿には同感できない。

さらには、「こんな判定をするなら次の選挙では相手候補を応援する」とまで発言するに至っては、なにをか言わんやだ。

原口さんはテレビ露出の多い人で、野党時代、そして政権を取った後も大臣になるまでは、「霞が関を解体する」なんて言っていた。

温和な顔だちと、おだやかな口調で、私の好きな政治家だった。

それが大臣になったとたんに感じが変わってきた。

それまで歯切れがよかった話し方が一変した。

何か聞かれても官僚的な回答しかしなくなった。

それでも、政権運営に直接たずさわる立場になると、発言にも注意が必要なんだなと思って好意的に見ていた。

その原口さんにがっかりしたのは、総務大臣を辞めさせられてからの彼の態度だ。

またテレビに出演するようになったが、以前の印象とは違って見えた。

要は自分をどうアピールするかということにのみ腐心しての発言だと感じるようになった。

とどめが、今日のワイドショーでの彼の発言。

民主党の唯一の看板政策である事業仕分けにイチャモンをつけるだけでなく、「自分が付けた予算を削るんだったら、選挙で相手候補を応援する」なんて発言は常軌を逸しているとしか思えない。

事業を執行することによって大きな利権が介在していたのではないかなどと、つまらない憶測をしてしまう。

ということで、今日2度目の「ぼうふらのつぶやき」なのだ。

やじうまテレビ。天気情報。

テレビ朝日の朝のワイドショー「やじうまテレビ」に、視聴者から今現在の天気の報告を受けて、それを表示するという企画がある。

デジタル回線を利用して、天気や気温について現時点の状況を投票してもらった結果を、日本地図条に表示するというものだ。

晴れは赤、曇りは水色、雨は緑(しっかり見ていないので色分けは定かではない)といった具合地図上に点で表示されるというわけだ。

今日は気温についてのアンケート結果を報道していた。

今日の天気に関しての「傾向」は、「今シーズン一番の冷え込み」ということで、今日がいかに寒いかという映像を収集して放映していた。

それなのに、デジタル画面の日本地図の上に「温かいと感じる」という赤いマークがところどころ表示されているではないか。

しかも東北地方にもポツポツと赤いマークが点いてた。

それを見てお天気おねえさんは、「これは間違いみたいですね」みたいなことをおっしゃった。
思惑としては全国全ての地点で「寒い」という結果が出てほしかったのだろう。

しかし、流石に言い過ぎだと感じたのか、「このところ寒さが厳しくなってきて身体が寒さになれて温かく感じる人もいるのかもしれないですね」と訂正していた。

何度も言うことだが、暑い寒いなんてのは言われなくてもわかっているよ。

今年の夏のように記録的な暑さが続いているときに、「今年は暑いんだぞ」「下々のものが自分で気がつかないほどの暑さなんだぞ」とばかりに、暑さを証明する画面映像を競争で収集して放映する。

暑い暑いと大騒ぎされると、余計に暑くなる。

ちょっと寒くなると、寒さに震えさせようとする。

今日の寒さなんて、気が引き締まって気持がいいくらいの気温じゃないか。

私は、冬に入る前の今が一年で一番好きな季節だ。

せっかく肌寒さを楽しんでいるのに、「あなたの気温の感じ方は間違ってます。今日は寒いのだからもっと厚着をして防寒につとめなさい」なんて言われたくはない。

などと、いつものことながら、つまらないことに怒りを感じている、今日の「ほうふらのつぶやき」なのだ。

2010年11月15日 (月)

所有権移転請求権仮登記

またしても無料相談の案件。

今日の無料相談は、先週から売却を受けていた話が、結果的に無料相談になってしまったという話。

先週、飛込みで来店されたお客さんが中古住宅と土地の売却を受けた。

比較的早急に売却したいというご希望。

まずはお客さんと現地に行き、現地の確認をする。

もともとは農業地域で畑と宅地が混在していて、隣接者との土地の境界が不明確になっている。

畑の部分の境界線は複雑に入り組んでいて、お客さん本人もどこまでが自分の土地でどこからが隣接者の土地なのか分からないという。

現地確認のあと、インターネットで土地の登記内容の調査をする。

昔なら法務局に行って、字図といわれる土地の図面と登記簿謄本を取って調べたのだが、今はインターネットで全国の不動産の字図も登記内容の調査もできる。

まずは、字図(法務局に登録してある地図)を取ろうとしたのだが、登記簿にはある土地の地番の地図はないと表示される。

それで、法務局まで行って字図請求をするが、やはりその地番に該当する字図はないという。

おそらく道路拡張で土地を分筆(一つの土地を法律的に分割すること。たとえば1番地の土地2つに分割して1番地1の土地と1番地2の土地にする)したときの登記もれだと思われた。

それで、法務局の職員さんに調査してみてもらったところ、やはり登録ミスだった。

すぐに地図訂正をするということで、地図(字図)と登記簿での権利確認はできた。

現地を確認した時点で売却は簡単ではないなと思っていた物件だが、最初の調査でさっそく手間取ってしまった。

地図の訂正が終わって一仕事終わったが、登記事項証明書を見てみると所有権の欄に「贈与予約」を原因とする「所有権請求権仮登記」の設定がされている。

仮登記がついている物件は、問題を抱えていることが多いのだ。

依頼者に仮登記の件について尋ねると、「妹が仮登記をつけていることを知らなくて自分もびっくりした」と言う。

兄妹で共同して贈与を受けるなり、相続するつもりなら仮登記をする必要はない。

妹さんが全部もらうつもりなのは明白だ。

現在、名義人はお母さんなのでお母さんに売却の意志確認の必要があるという説明はしていたのだが、その前に妹さんとの話をしてもらわなくてはならない。

おそらく当社に来店されているお客さんが希望する取引はできないだろうことは想像できる。

「まずは妹さんと話をすることが大事ですね。妹さんは自分がこの家をもらおうと思っていると思いますよ」という話をして、妹さんとの話の結果を待つことにした。

結果は、「妹が一人でこの家をもらうことになっていて、当面売却はしない」ということだった。

現地調査や法務局に行って地図訂正をするために3日にわたる調査の時間を要した。

さらに、登記簿の調査、地図の調査と地図の訂正、近隣の所有者の調査には、実費として閲覧料を支払っている。

わずかな金額といえばわずかな金額だが、調査には物件1件につき465円の閲覧料がかかっている。

今回、閲覧したのは6件で3000円弱の出費をしているわけだ。

結果は、「妹が反対するので売れない。ただ、私が同意しないと妹のものにもならないので、いずれ売るときはまた売却を依頼します」ということで話は終り。

最初に調査費用がかかるという話をしていないので、私が支払った費用の請求もできず、またまたお客様に泣かされた気の弱い不動産屋さんの今日の出来事である。

2010年11月14日 (日)

針なしステープラー「コクヨ ハリナックス」

今日のお勧めの文具。

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コクヨの「ハリナックス」

ネーミングは私の好みではない。

名前通り、針のいらないステープラー(ホッチキスの総称)

他社からも針を使わないステープラーというのは出ていたのだが、さすがに天下のコクヨさんだ、なんともすばらしいデザインに仕上げてきた。

昨年2穴タイプを発売したときには私の心は動かなかったのだが、このハンディータイプには心が動いた。

Img_twohole03 これが去年発売された2穴タイプだが、パーソナルユースには大きすぎる。

価格(5775円)も魅力に欠ける。

会議用の資料等で頻用する場合には、あいた穴がそのまま2穴バインダーに綴じられるという長所もある。

一度に綴じられる枚数は10枚程度。

私のお勧めのハンディータイプは、なんといっても形がかわいい。

価格もなんと、1155円。

私の行きつけの「デサキ」だと900円程度で手に入る。

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ご覧のように、机の引出しにもきちんと納まってしまう。

ちょっとハヤリそうな文房具である。

2010年11月13日 (土)

「開運!なんでも鑑定団」と「鬼の指し値」のお客さん

「開運!なんでも鑑定団」という番組がある。

各家庭に眠っている「お宝」を、その筋の専門家に鑑定してもらうという番組だ。

私の好きな番組のひとつでもある。

それこそ玉石入り交じった品々が鑑定に出されることになる。

思いもかけない品が国宝級の美術品だったりすることもある。

過去には5億円の値段のついたものもある。

その反面、偽物を本物と信じきって鑑定に出してくる人も数多い。

有名な画家や作家の偽物をつかまされている人の多いことに驚く。

この番組を見ていると、骨董品屋さんは詐偽集団のように思えてくる。


詐偽集団と言えば、不動産業界も昔は詐欺師・ペテン師のように言われ、悪徳不動産という呼び名がまかりとおっていた時代がある。

昔は不動産の取引の指標になるようなものが少なかったから、とんでもなく安い価格で買いたたいたり、法外な高値で売りつけたり、はたまた家が建てられない土地を買わせたりという話があったようだ。

しかし、最近では「宅地建物取引業法」の規制が厳しくなってきたことや、インターネットをはじめとした情報公開が進んできたことによって、昔のような「悪徳不動産」は成り立たなくなっている。

私の住む延岡市では、ぼろ儲けをしている不動産会社は、私の知る限り一社もない。

ことに私がつきあっている不動産業者は、気が弱くてで生真面目な人が多い。

恥ずかしながら、お客さんをだますどころかお客さんにだまされることが少なくない。


と、長い前置きになってしまったが、昨日、私がお客さんに「してやられた」という事件があった。

事件と言うほどのことでもないし、私に被害はまったくないのだが、一つ間違えばトラブルにまきこまれることになっていたかもしれない話だ。


私は、
月に2回、仲のいい不動産業者12社と不動産の情報交換会をやっているのだが、昨日、その情報交換で、私が今年の6月に売った物件を他の不動産会社が売却を頼まれて売りに出していた。

私から買われたお客様が、自分でリフォーム?してなんと3倍以上の価格で売りに出してきた。

この住宅売ったときのいきさつは印象深いものがあった。

お客さんは年配の型で、年寄りでお金がないからと言って2回も3回も値段を値切ってこられた。

値切り方があまりにもひどかったので、「もうお客さんには売りません」とお断りしたのだが、それにも懲りずに何度も来店されて値切られる。

「気に入っているのでなんとか安くしてほしい」と言うのだ。

売主は私の妻だったから、私の判断でそのお客さんの指し値を了解して売買契約をした。

契約をして手付金を入れると、残金の支払いの前に家のリフォームの見積りをしたいので鍵を貸してくれということで鍵を貸した。

その何日か後、その家を確認に行ったら、家の窓が開きっぱなしになっている。

ビックリして家に入ってみたら、その方が自分で大工仕事をして改装を始めているではないか。

契約違反になる行為だが、私の妻が売主であったため私が事後了解した。

この物件は市街地から遠く、なかなか売れなかった物件だ。

そもそも、このお客さんは市内の便利のいい場所に大きな自宅を持っていてそれを売りに出していた方だった。

それで、なにか事情があって安い物件に買い換えるのだろうなと思っていた。

しかしこの物件は、近くに買い物をするところもなくお年寄りが住むには不便だった。

余りにもひどい値切り方だったし、買い物するところも病院も近くにないところだったので、「もっと年をとって車に乗れなくなったら生活に困りますよ。だから他を検討した方がいいのではないですか」と言うのだけど、「この緑に囲まれた環境が気に入った」「こんないいところはないよ」などと言っていた。

そんな言葉があったから、お客の指し値を了解して売ることにしたのだが、不動産屋の私とあろう者が、お客さんに買いたたかれていたというわけだ。


ただし、
私はそのとき安くても売った方がいいと判断して、それを妻に伝えて売却したのだからこのことを恨みには思わない。

万一売ったときより高く売れても悔いはない。

今も自分の判断は正しかったと思っている。

しかし売主が妻でなかったら、売主さんは私の判断に不信感を抱かれただろう。

もっと高く売れたのではないかと責められることになったかもしれない。

ちなみに、安い物件を買っては自分で手直しして家賃収益を楽しんでいる大家さんが全国にたくさんいるようだ。

そんな人たちが自分の経験をもとに不動産運用の本を出している。

その中に「鬼の指し値」という言葉を商標登録申請予定にしておられる人がおられたが、その方の本を読んで私に「鬼の指し値」をしてきたのだろうか。

こんなお客様を相手に四苦八苦している「ヨダキンボ(宮崎弁でなまけもの)不動産屋さん」の今日の日記だった。

修正テープ「トンボ モノPS5C40」

最近は、ちょっとした文書の訂正には修正テープを使うことが多い。

修正液のように乾くのを待たなくていいのがいい。

ちょっと書き間違ったりしたら修正テープをしゅっと引いたら、すぐにその上から書くことができる。

私は修正テープにはこだわりはない。

ただ、使っていて修正用の白いテープがよじれてしまうものがあるので、そんなテープにめぐり逢ったら2度とは買わないようにしている。

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この修正テープでちょっと面白いものを見つけた。

これも、銀座伊東屋に行ったときに見つけたものだが、消し間違えたときにテープがはがせるというもの。

テープの頭の部分にある赤いキャップをあけると、消しゴムのようなリムーバーがついていて、それでゴシゴシやるとテープがはがせるというもの。

リムーバーの出番は余りないのだが、はがせる修正テープというポップに惹かれて買ってしまった一品。

テープの切れが良くて、修正テープとしても使いやすい。

前にも言ったように、私は修正テープにはあまりこだわりを持たないのだが、使ってみてテープの切れが良くて使いやすいなと思ったものはトンボの物が多い。

このリムーバー付修正テープも、たまたまであるがトンボのものだ。

2010年11月12日 (金)

ぼうふらのつぶやき

ここ数日は尖閣ビデオ問題で持ちっきりだ。

マスコミも流出経路や、情報管理の責任問題、ユーチューブに投稿した海上保安官を刑事罰に問えるか、さらには問題ビデオをなぜ当初から公開しなかったのか等々、起こったことばかりを問題にしている。

野党は当然のごとく、ここぞとばかりに政府関係者の責任問題を追求している。

やり玉に上がっているのが、仙石官房長官と馬淵国土交通大臣。

野党やマスコミが現政権を牽制するのは当たり前のことかもしれないが、日本の外交と経済をどうしたらいいのかという提案を耳にすることは少ない。

100年に1度の大不況と言われているが、日本は開国以来の危機を迎えているのではないかと思える。

日本だけではなく、地球規模で人類存続のための大転換にあるような気がしてならない。

ぼうふらみたいな存在の私にどうしらいいのかの妙案はない。

だからこそ、国家・国民のために命を捨てると言って自ら手を挙げて国会議員になった方々にお願いしたいことは、相手の失策をあげつらうことではなくどの道を進むべきかを議論していただきたいということだ。

などと、また陽水の「傘がない」が聞こえてきた今日の私。

来年の手帳は自作の手帳

今年のカレンダーも残すところ今月と来月の2枚のみ。

本さんや文房具屋さんには来年の手帳やカレンダーがずらっと並んでいる。

来年の手帳が出始めるのは10月頃からだ。

ことしは、9月に「ほぼ日手帳」が来年版の広告を出しているのを見た。

手帳ファンというか手帳マニアというか、手帳好きは多いようで、これから年末にかけて雑誌で手帳の特番をくんだものを良く見かけることになる。

手帳活用仕事術などといった特集号は平積みになる本の冊数が増えるようだ。

私も若いころから手帳が好きで、いろいろな手帳を使ってきた。

私はよだきんぼ(宮崎弁でなまけもの)で、ついつい仕事をため込んでしまう。

その度に手帳活用術みたいな本を読んでは、手帳を変えて気分一新するために手帳を買い換えてきた。

だけど、結局手帳が仕事が仕事をしてくれるわけではない。

自分のよだきんぼの性格は変わりようも無く、いつのまにかまた仕事が溜まってしまうということの繰り返しなのだ。

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これが、ここ10数年の手帳だが、一年に何回も手帳を変えている年もある。

何回も手帳を変えている年は仕事が上手くいっていない年だ。

気持を入れ換えて頑張ろうと、手帳を次々に変えている。

左側に積んでいるのはバインダー型の手帳。右側が綴じ手帳。

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バインダー型の手帳。
左下にあるのは、ファイロファックスのA5サイズのもの。

下段右が、能率手帳のバイブルサイズのスリム版。

上段右が、能率手帳の名刺サイズの手帳。名刺入れ兼用になっている。

上段右から2番目は能率手帳の8穴サイズ版。これは日本のシステム手帳の老舗である「システムダイアリー」のレフィル(8穴)が使えるもの。

上段左端は上記にある「システムダイアリー」。この手帳は30年くらい前に買って物で、十年弱使い込んだ。

上段左から2番目は、「レイメイ藤井」の「ダ・ヴィンチ」シリーズのポケット型。

この「ダ・ヴィンチ」は、バインダーがレフィルサイズぎりぎりまで小さく作っているので、ミニ6穴型だとワイシャツのポケットに納まってしまう。


そんなこんなで、毎年10月から12月にかけては手帳活用術本を読み、なんでもできる魔法の玉手箱みたいな手帳はないか探し回るのだけど、結局魔法の玉手箱みたいな手帳は無くて、仕事ができるかどうかは手帳のせいではなくて自分のやる気。

そんなことはわかっているけど、少しでも玉手箱になりそうな手帳を探し続けてきたのだ。

10月以降は、来年の手帳が見つかるまではそわそわしてしまうというのが恒例になっていたのだが、ことしは手帳が全然気にならない。

というのは、今年の5月から自分流の手帳術が見つかったからだ。

P1010137 ご存じの「コクヨのキャンパスノート」

そのキャンパスノートのB7版を使っている。B7サイズがちょうどワイシャツのポケットサイズだ。

使い方はページの頭に日付を入れて何でも書き込むだけ。

ただし、仕事とプライベートをいっしょに書くとわかりにくくなるので、仕事の記録はノートの前から書き、プライベートのことはノートの後ろから書く。

書くことの多い日は2ページでも3ページでも使う。

一冊で36枚72ページあるのだが、大体1カ月くらいで一冊を使い切っている。

このキャンパスノートを手帳として使うために、私は手製のカレンダー型のスケジュール用紙を作っている。

これがあるから手帳としてこれだけで間に合うのだ。

Sp1010136_2 これが手製カレンダー型予定表だ。

これをノートの一番前に挟んでおいて、重要な予定だけを管理するようにしている。

私はエクセルで、ちゃちゃっと作って使用しているのだが、自分で作るのが面倒な方は、バインダー手帳のミニ6穴のレフィールサイズを利用するといい。

大体、一カ月で一冊を使い切るのだが、使い切るときに手帳を見直して、継続してやる仕事や、記録しておきたいことを新しい手帳に転記する。

ほったらかしになっていた仕事などを次の手帳にToDoとして改めて記入していくので、忘れが少なくなる。

長期のスケジュールは月刊カレンダーの最初の余白と最期の余白に記入できるし、それ以外に長期にわたって記録したいことがあれば、コピー用紙をB7サイズにカットしてはさんでおけばいい。

ワイシャツの胸ポケットにいれてもかさばらない薄いノート1冊に、今必要なことを全部入れて常に携帯している。

1年に10冊程度になるのだが、定価1冊84円。私の行きつけの「デサキ」さんで買うと3割引で59円。

値段を気にせず、思いついたことをちゃちゃっと書き込んでいる。

例年ならば、雑誌の手帳特集号を何冊か買い、新しい手帳に思いをめぐらせるのだが、その楽しみがなくなったのがちょっと寂しい今日の出来事なのだ。

2010年11月11日 (木)

万博おばあちゃん

今日の朝日新聞「ひと」は、上海万博に1日も休まず通って万博事務局から表彰を受けた山田外美代さんだった。

上海万博、184日間皆勤だった。

10月31日の閉幕日に、温家宝首相が演説で「万博おばあちゃん」として実名を挙げて紹介しているのをテレビのニュースでも取り上げていた。

中国では一躍有名人になり、6日から台北で始まった「花博」に観光大使として招待されたそうだ。

5年後のイタリア・ミラノ万博からも招待を受けたというからすごい。

自宅が近かった2005年の愛知万博でも皆勤した。

そこで万博の楽しさを知って、今回の皆勤になったようだ。



この記事で思うことが3つ。

まず思うのは、この人は何で生計をたてているのだろう。

37歳で教師を退職した息子さんも同行したということで、さらに私の疑念は深まる。

不動産の賃貸収入があるのか、はたまた株の配当で食べているのか。

そんな余計なことを思ってしまうのだ。


次に思うのが、山田さんの年齢は61歳。

61歳で「万博おばあちゃん」はないだろう。

当の山田さんは、高齢者を大切にする中国人の優しさを感じて気に入っているらしいが、同年代の私としては、すておきならぬネーミングだ。

これを認めると私も「おじいさん」になってしまう。

「よだきんぼ(宮崎弁でなまけもの)おじさん」は自称しているが、これでも謙遜しているのだ。

自分では、まだまだイケル!と思っているのだ。

日本でも、私の子供の頃は60歳代はおじいさん、おばあさんと言っていたような気もする。

高齢者が元気で綺麗に生活している日本の環境を喜ぶべきなのかもしれない。



そして最期に一番身につまされて感じたのが、徹底することのすばらしさ、夢中になることのすばらしさだ。

ここまで徹底して夢中になると、人に感動を与えることができるわけだ。

中途半端じゃない、異常に見えるくらいに好きなことに没頭したとき、開ける世界もあるのだなと再認識した。



「よだきんぼ」で生きてきて、そして「よだきんぼ」のまま終わりそうな自分を反省しつつも、61歳の山田さんに元気をつけられた今日の出来事だった。

「ドットライナー」コクヨ

お勧め文房具シリーズ(勝手にシリーズを名乗って、勝手に中断するかもしれない)

テープ糊(のり) コクヨの「ドッドライナー」

Pic_03 

これが実にすぐれものなのだ。

「のり」というのも多種多様。

昔懐かしい澱粉のりから科学糊。

そして今一番使われているのはスティック糊だろう。

余談だが、スティック糊にもいろいろな機能を持たせたものがある。

塗ったところがわかる色付きの物、紙がしわにならない糊などだ。

その全ての機能を兼ね備えて、さらに使い勝手のいい糊に仕上がったのが「ドッドライナー」だ。

他社からもテープ糊は発売されているが、「ドッドライナー」の使いよさは際立っている。

「ドッド」「ライナー」というネーミングの通り、テープ糊でありながら糊がドッド(点)なっている。

他のテープ糊はテープ全体の面が糊であるため、切れが悪い。

ムラになったり、糸を引いた感じになったりしてキレイに塗れない。

それでコクヨが開発したのが糊を点にするということ。

Pic_story_02_2

左の写真でおわかりだろうか。

糊は薄いブルーになっていて、それが点で付着している。

のりがもともと切れているので、塗ったときの切れがすこぶるいい。

ドッドは小さい方が切れが良い。

だけど、小さすぎると接着能力が劣る。

それで、一番使いやすいドッドパターンを作るのに、大変な研究を重ねたとのことだ。



欠点は若干値段が高い。定価は420円。

ただし、2度目からは詰め替え用を使うと詰め替え用は294円。

コストパフォーマンスに非常に敏感な私なのだが、値段の高さに目をつぶってもいい「スゴイやつ」なのだ。

切れがいい。

すぐくっつく。(塗ったらパッという感じでくっついてしまう。乾くのを待つ必要がない。)

接着力が強いので、2度塗りは必要なし。

しわにならない。

狙ったところに一発で塗れる。隅の方までしっかり塗れる。

糊には薄いブルーの着色がしていあるので塗ったところがわかる。

とにかくいいことづくめ。

使ったらやみつきになること請け合いの一品だ。

ぜひお試しあれ。

2010年11月10日 (水)

賃貸 2DK・2LDK  延岡市の賃貸物件アパートマンション

物件情報のページは下記へ移転しました。

 新しいホームページへどうぞ。


         
http://www.fjohokan.com/

有限会社 不動産情報館 〒882-0046 宮崎県延岡市恵比須5-4
TEL.0982-35-4566/FAX.0982-35-4571
【宅建免許】宮崎県知事(3)第4211号 【所属団体】全国宅地建物取引業協会会員
【建設大臣認定】不動産コンサルティング技能登録(4)第4616号
【取扱不動産】新築一戸建、中古一戸建、売土地、中古マンション、賃貸アパート、賃貸マンション、貸家、下宿  【掲載地域】延岡市




菅総理大臣

井の中の蛙ならぬ、蛙に食べられてしまう水たまりのぼうふらでしかない私なんぞが、天下国家を論じてもしょうがないと思ったのだが、やっぱり菅さんの表情が気になる。

表情に覇気がない。

一国の総理大臣になって国を運営するということは、想像以上に過酷な仕事なのだろう。

しかし、頼まれてなったわけではない。

自ら望んで座った総理の座なのだから、総理をめざしていたときの自分の志を貫くことだ。

信念に沿って動いているのだったら、もっと自身をもった顔つきになってもいいのではないか。

自分で政権を運営してみて、外野席であれこれ言っていたときと違って、問題が多岐にわたり、思ったようにいかなくてうろたえているのではないかと思えてしまう。

選挙のときに言っていた「命を懸けて」政治をやればいいのだ。

命は一つしかない。

だから行く道も一つしかないのだ。

自分が命をかけて正しいと思った道に進めばいい。

命を懸けていないから、なんとか命を永らえようと、あっちの意見を聞き、こっちの意見を聞き、自分で答が出せないでいるのではないか。

あなたは自分で手を挙げて総理大臣になったのだ。

命を賭して国を守ると言って総理大臣になったのだ。

自分の命を惜しんでいてはなんにもできない。

命を懸けて、正しいと思った方向を指し示すのがあなたの使命なのだ。

国家の重大事件の証拠ビデオも見ない。

国会で指名されても答えない。

それが「命を懸けた」姿には私には見えない。

私も、あなたに期待をしていた一人。

「命を懸ける」姿を見せてもらいと思っている。

そして、間違っていたら、腹を切って死んでわびればいい。

マックス「ナカトジール」と伊東屋

ステープラー(ホッチキス)マックスからこんな商品もでている。

その名も「ナカトジール」

めったに使うことはないのだが、あると便利がいい。

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銀座に伊東屋に行ったときに見つけたものだ。

伊東屋http://www.ito-ya.co.jp/は、文房具ファンなら誰でも知っている大きな文房具専門店。

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銀座のど真ん中、松屋やら三越と同じ通りに店を構えている。

地下3階、地上9階。ぜーんぶ文房具と事務用品の店なのだ。

このブログを書いていても、なんだか興奮して心臓がばくばくしてしまうほど私にとっては魅力のある店だ。

東京なんて、数年に一度しかいかないのだが、行ったら必ず立ち寄る。

そして2~3時間至福の時を過ごす。

プラプラと見てまわって、こんな面白い文房具を見つけると血圧が上がりすぎて倒れそうになるくらい嬉しい。

で、「ナカトジール」とは、どんな道具かというと、普通のステープラーでは届かないところを綴じることのできる道具なのだ。

つまり、小冊子や新聞の中とじができるわけだ。

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まず、用紙に差し込んで、

ガイドにあわせる。

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ステープラーを開いて、「ナカトジール」の凹部にあわせる。

そしてガチャッと押せば、中とじ終了。

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直線・波線が引ける定規にもなる。

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1cm単位で円描ける。

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分度器にもなる。

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ルーペにもなる。

なーんと、これで価格は税込みで399円!

スゴイ!でしょう!

こんなすぐれ物を見つけた時は、「ねえ、ねえ、ねえ。これ分かる?」って、周りの人に声をかけたくなるくらい嬉しくなるのだ。

ホッチキスの㈱マックスの商品だから、文房具屋さんで取り寄せができるはず。

「それ、いいね。どこで買ったの?」なんて言われると、もう喜びで身体の震えを抑えられない、よだきんぼ不動産屋のへんなおじさんの今日の一言なのだ。

2010年11月 9日 (火)

ステープラー Vaimo11

菅さんは、尖閣問題流出画像を見てないと答弁していた。

ほんとうならどうなっているのだろう。

官僚がそう答えろと教えたのなら、その理由はなんだろう?

それにしても、このところの菅さんの表情に覇気が感じられない。

うつろで、しょぼしょぼした目をしているように見えるのは私の気のせいか?

なんて、天下国家を論じても欲求不満がつのるだけ。

今日は久し振りに、私のお気に入りの文具を紹介しよう。

Newhd10dfl_s_3   これは、私が今使っているステープラー。

マックスの「HD-10DFL」という機種だ。「パワーフラット」という名称で販売されている商品だ。

ちなみに、ご存じの方も多いだろうが、ステープラーというのは、俗にホッチキスと呼ばれている紙を閉じる文具のこと。 

「ホッチキス」というのは、これを作っている「㈱マックス」って会社の商品名。

化学調味料を「味の素」って呼ぶのといっしょ。

私が使っているホッチキスのどこがすごいかというと、コピー用紙26枚を軽く綴じれるところだ。

それのどこがすごいんだ?と思われる方もいるかもしれないが、これまでのホッチキスでは20枚を綴じるのがせいぜいだったわけ。

たった6枚増えることがそんなにすごいのかと思われるかもしれないが、30%能力アップなのだ。

しかも紙を綴じるときに入れる力は30%減なのだ。

20枚以上の紙を綴じたことのある人はわかるだろうが、なかなかうまく綴じれない。

「うんとこさ」と掛け声をかけて、一瞬のタイミングで綴じないと針が後ろまで届かない。

それが、この「HD-10FDL」だと、か弱い女性だってかる~く綴じられるのだ。

気に入った愛用品なのだ。

Vaimo11style_15 しかし、文房具メーカーの研究開発の力はすごいものがあって、今私が気になっているのがこれ。

同じくマックスの「Vaimo11」というやつだ。

これは、なんと40枚ものコピー用紙を綴じることができるのだ。

しかもやっぱり、かる~い力でだ。

握力の弱い方でもOK!

この発売を知った私は、当然これがほしいのだけど、今はじっとガマンをしている。

よくよく考えると40枚の紙を綴じることは少ないのである。

今使っているステープラーを捨てるのももったいない。

もう一つの理由は、針が11号であること。

普通に使っているホッチキスの針の大きさは10号なのだ。

11号だと針が大きく太くなる。

だから、26枚以下の紙しか綴じないことが多いならば11号の針では、ちょと邪魔になる。

それで、欲しいけど、ちょっと「がまんの子」なのである。

厚手の紙を綴じることの多い方には、ぜひ大勧めの一品だ。



私の使っている「パワーフラット」も、やっぱりすぐれ物で普通のホッチキスに比べると、はるかに使い勝手がいい。

100円ショップのステープラーを使っている方は、一度文房具屋で試してみることをお勧めする。

その軽快な使用感に、思わず1200円払ってもいいと思うことだろう。

2010年11月 8日 (月)

延岡市の不動産情報.賃貸物件.店舗.事務所

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自殺者遺族に高額慰謝料

今朝の日経新聞に、結構大きなスペースをとったこんな記事があった。
「自殺で家族を失った遺族が高額の家賃保証や慰謝料を請求され、トラブルになるケースが後を絶たない。自殺に伴う損害賠償については法律的な基準がなく、「負い目」らかそのまま支払う家族も多いという。年間自殺者が12年連続で3万人を超えるなか、遺族らは「二次被害で傷つけられている」と、基準となる法律の制定を求める署名活動を始めた。」

9月28日に読売新聞に同じような記事があって、そのときも書いたのだが、なかなか微妙な問題だ。

今日の日経新聞の記事に、今年3月に実弟が自殺したマンションの家主から900万円の請求を受けた京都府の40代の女性の話があった。

請求の内訳には、部屋のリフォーム代や残された契約家賃に加えて、「自殺後に契約がキャンセル」になったとして、6部屋の1年分の家賃約500万円が含まれていた。

女性は「遺族の負い目につけ込んで請求額を上乗せしているとしか思えない」と憤っていた、と報じている。

この女性は、金額に納得できず、現在裁判で争っている。

読売新聞にも登場していた「全国自死遺族連絡会」という会がには、こうした不動産がらみのトラブルの相談が200件以上も寄せられている。
 
中には、息子が住んでいたアパートの建て替え費用として1億2千万円を請求されたケースもある。
 
「全国自死遺族連絡会」の世話人の方は、「周囲に自殺を隠しているため<泣き寝入り>する遺族も多い」と言われている。
 
不動産業を営む私にとって、非常に悩ましい問題である。
 
自殺したからといって、アパートの建替え費用1億2千万円の要求はあまりにも法外な請求だと思う。
 
9月にも書いたのだが、不動産取引をしている立場でこの問題を考えると、非常に悩ましい問題だ。

自殺をされた家主さんの立場を考えると、損害賠償を請求するのは当然だろう。
 
今日の記事の中にもあったが、殺人事件や自殺があった物件は、心理的瑕疵(かし)物件と呼ばれ、不動産価値が下がるため損害賠償要求が認められている。

家主のほとんどは借金をしてアパートを取得している。

その借入金を支払う方法は、当然家賃でしか支払う手立てがないのだ。

質人事権や自殺があった物件は不動産価値が下がると言っているが、不動産取引に従事している立場からすると、下がるといった程度ではない。ほとんど無価値と言っていいほど値打ちが下がってしまう。

不動産業者は、殺人や自殺があった、いわゆる心理的瑕疵のある物件については、購入者や賃借人に対して説明する義務がある。

私の経験上では、格安の家賃に設定しても「ここは以前自殺があった部屋です」と説明したら、借りる人はまずいない。

それどころか、自殺があったアパートの住人で退去する人まで出てくる。

不動産業の法律では、自殺があった部屋以外の部屋については説明する義務は免れるのではないかと思うので、あえて説明はしないでもいいのだが、隣の部屋で自殺があったとなると入居後にクレームをつけられるお客様もいるだろう。

莫大な借り入れをしてアパートを建てた家主にとっては、空き室が多くなることは死活問題になる。

それこそ大家が自殺に追い込まれることもあるだろう。

今日の新聞記事で被害者(?)として報じられている女性は「遺族の負い目につけ込んで請求額を上乗せしているとしか思えない」と言っているが、家主の話も聞いてみないとわからない。

請求額に「自殺後に契約がキャンセルになった」6部屋の1年分の家賃500万円が含まれていわけだが、3月は移動の集中する月である。

3月に契約して4月から入居という契約が多く、4月を過ぎると賃貸物件の移動は極端に少なくなる。

その時期だから、6部屋のキャンセルがあったということも、あながち「負い目につけ込んだ上乗せ」とは言えないのではないかと思ったりもするわけだ。

家主にとっては、生きるか死ぬかの覚悟での請求だったかもしれない。

この問題は、それぞれの言い分を冷静にかつ公平に聞いてみないとわからない。

この問題に限らず、民事の問題は一方が得をすると一方が損をするということが多い。

ことに人の死という深刻な問題がからむと、解決は容易なことではない。

今後、テレビを始めとするマスメディアが、どちらか一方の立場に偏った報道にならないことを祈る。

2010年11月 7日 (日)

ギャラクシーかレグザか

 今日の問題は、ギャラクシーかレグザかだ。

 というのは、ドコモの新発売のスマートフォン「ギャラクシーs」は、想像を超えた売れ行きで、ここ数日の販売数はiphoneを抜き去っているという。

  私は、発売日を間違っていたため、数日遅れで予約したのだが入荷は来年になるという。

  手に入らないとなると、余計に欲しくなるのが人の常。

  インターネットであれこれ調べていたら、明日11月8日にドコモが来春の新機種を発表するというニュースが目にとまった。

  その新機種の中に、富士通と東芝の連合体で作ったアンドロイドOSのスマートフォンがあるというウワサ。

  「レグザ」ブランドで出るらしいが、ネットの世界でも詳しいことはわからない。

   ドコモショップの知り合いの子に電話して聞いてみたが、やっぱり詳しいことはわからないとのこと。

  それで、わがままな話だけど、「レグザ」も予約を入れることにした。

  発表前にもかかわらず、私みたいな新製品好きがたくさんいるようで、すでに予約が何人も入っているという。

  そんなに人気があるんだから、予約をキャンセルしても全然迷惑をかけないだろうから、両方予約して、先に入った方を買おうなどと思っている。

  尖閣諸島の漁船追突映像流出やら、エイペック開催やら、TPP、そして円高ドル安と、大変なことが山積しているけど、井上陽水「傘がない」の歌のごとくに、私の問題は「ギャラクシーにするかレグザにするか」というのが今日の出来事なのだ。

 

2010年11月 6日 (土)

朝日新聞「be」『ナマケモノ倶楽部』

 今日の朝日新聞土曜版beのコラムに、紙面の半分くらいを使って「朝活」を紹介していた。

  「朝活」というのは、朝にいろいろ活動をすることで、最近増えている「婚活」「就活」などと「活」をつけた造語のことだ。
 
  「朝活」がブームで、早朝からランニングをしたり、勉強をしたりと、精力的に活動するのが流行りだ。
 
  「朝4時起きで・・」とか「5時半起き・・」と行った本も多数出版されている。
 
  かくいう私も、「4時起き」も「5時半起き」も読んでみた。(見事に、読んだだけなのだが)
  コラムでは、「朝活ブームの機運に乗じた商品やサービスも花盛り」という紹介に紙面を割いていた。
 
  朝からつけめんを出している「朝つけ」の店、朝からラーメンを食べる「朝ラー」。
 
  イチロー選手が食べているということに乗っかって「朝カレー」。
 
  朝専用の缶コーヒー。(これはテレビコマーシャルでしょっちゅうお目にかかっている)
 
  「丸の内朝大学」「ぎんざ朝大学」といったネーミングの勉強会やセミナーも多いそうだ。
 
  朝の婚活や、朝の映画鑑賞会まであるという。
 
  なぜ朝かというと、誰にも邪魔されず時間を自分で自由にできるのは朝しかないということなのだ。
 
  本屋さんの自己啓発コーナーも、早起き礼賛本のオンパレードだ。
 
  よだきんぼ(宮崎弁でなまけもの)の私は、よだきんぼのままでいいと思っているわけではない。
 
 なんとか時間を有効に使って、勝馬和代さんをめざそうなどと思って、勝馬本なども手にしたこともあるのだが、よだきんぼは治らない。

 そうこうしているうちに、人生も残すところわずかだなと思わざるを得ない年になってしまった。

 そんな私にとって、今日の「be」のコラムには嬉しいことが書いてあったのだ。

「朝活」の紹介記事だから、当然朝活についてのあれこれがたくさん書いてあったのだが、終わりの方に朝活に対して懐疑的な意見がちょっとだけ書かれていた。これが私を嬉しくさせる意見だった。

  「朝をめぐる盛り上がりに懐疑的な見方もある。『マスコミや企業に踊らされているのだろうけど、危険なものを感じます」こと語るのは文化人類学者でスローライフを目指すNGO『ナマケモノ倶楽部』の世話人でもある明治学院大学教授・辻信一さんだ」という辻さんの意見。
 
  辻さんによれば、高度な消費主義に裏打ちされた現代社会の本質は「過剰」。現代人は何かをすることにとりつかれた「するする社会」に生きている。わずかなすきま時間も何かをしないと気が済まない。
 
  でも「何をしているか」は問われても、「何のためにしているのか」は問われない。
 
  そもそも、多くの伝統文化で、闇夜が明けて迎える朝は神聖な時間として扱われてきた。
 
  「本来気ぜわしく何かをやるような時間ではなかった」という。
 
  納得である。
 
  さらに続く辻さんが勧める朝の過ごし方についての意見に嬉しいものを感じた。
 
  辻さんが勧める朝の過ごし方は、老子が言うところの「無為」、何もしないこと。
 
  「目が覚めたら今日もまた自分がここにいることに驚きと感謝を感じて過ごせばいい」と言っていた。
 
  「すること」よりも「いること」の大切さに気づくことが、自分への肯定感や幸福感につながるのだと言っていた。
 
 本屋さんを除くと、勝間本に代表される自己啓発本が山積みで、それにばかり目が行っていた。

 「目が覚めたら今日もまた自分がここにいることに驚きと感謝を感じて過ごせばいい」

 「すること」よりも「いること」

 なんと、やさしいひびきの言葉だろう。

 自分が無為に生きてきたことを少なからずも後悔せざるを得ない私だったが、辻さんの言葉に救われた気がして嬉しくなった。

アリジゴクのおしっこの教え

 アリジゴクは排泄しないという通説を、小学生の夏休みの自由研究がくつがえすかもしれないという。(朝日新聞11月5日 宮崎版 朝刊)

 アリジゴクはウスバカゲロウの幼虫。さらさらさらの砂地にすり鉢状のくぼみを作り、落ちてきたアリなどの体液をあごから吸う。幼虫期は肛門が閉じていて、成虫になる羽化期にため込んだ糞をまとめて出すというのが通説だったそうだ。

 千葉県の小学4年生が、約1カ月観察していて発見した。

 日本昆虫協会は「通説や本、インターネットの情報をうのみにせずに発見した、価値ある研究」として今年度の「夏休み昆虫研究大賞」に選んだそうだ。

 私たちの日常でも、つい、こんなものだと思い込んで、なにげなく見過ごしていることが多い。

 どうせできないんでと、やらないままでいる。

 ちょっと違うんじゃないのと、言い出せないでいる。

 やいってみれば、違う景色が見えるのかもしれない。

 小学生の発見に教えられた、昨日の私だった。

 

2010年11月 5日 (金)

尖閣諸島 漁船衝突 画像流出

 今日のトップニュースは、尖閣諸島沖中国漁船衝突の画像流出事件だった。

 ユーチューブを検索してみたが、問題の画像はすでに削除されてしまったようだ。

 記録画像を一般に公開しなかったことの是非や、画像が流出したことによる中国との外交問題の今後について様々な論議がされている。

 そのことについては、何が正しくて、何が間違いなのかは、私にはわからない。

 しかし、この流出自体が大事件だと私は思う。

 流出した映像は、刑事事件の証拠品であり、外交における国家機密でもあるのだ。

 それがいとも簡単に持ち出されて、全世界に公開されたということに心から恐怖を感じる。

 私は不動産業に従事しているのだが、平成5年から不動産の登記台帳が電子化された。

 それで今は、自分の机の上のパソコンから全国どこでも登記事項証明書(登記簿謄本)がとれるようになっている。

 不動産登記を記載しているパソコンに進入されたら、跡形もなく不動産の所有者情報を始めとする権利関係が書き換えることも可能ではないのかと、大いに不安になったりするものだ。

 何重もの厳重なセキュリティーシステムになっていて、二重三重のチェックがされていることなのだろう。

 それでも、それを扱うのは人間。
 
 猜疑心の強い私としては、どうしても一抹の不安が払拭できないでいる。

 不動産に限らず、今や全ての情報がコンピュータに登録されている。

 企業が自らのために集める情報については、私たちは登録を拒否することもできる。

 しかし、国を始めとする行政が集めている情報は、私たちが好まなくても強制的に登録されてしまうものがある。

 かつて、住民基本台帳ネットワークシステムによる個人情報の流出の不安が叫ばれたとき、担当のの大臣が「公務員は選ばれた人がなっているので心配ない」「公務員は守秘義務があるので流出することはない」などと寝とぼけたことを言っていた。
 
 案の定その後、住民台帳の流出事故が何度か報道された。

 昔のように情報が紙に記録されたものであれば、持ち出しには一定の手間がかかる。

 しかし、現在のようになんでもかんでもコンピュータに記録する時代では、大量にかつ瞬時に情報のコピーができる。

 目の前の自己の利益のためには、悪に手を染めるのがヒトの弱さなのだ。

 「公務員は大丈夫」なんて平然と発言しているあなたが信用できないヒトなのだ。

 「ヒトは魔が差す動物」ということを前提にして、何重にも何重にもヒトがヒトをチェックするシステムをシステムを作ることが必要だろう。

 なんて、またしても『傘が無い』が頭の中を駆けめぐっている今日の私だった。
 

2010年11月 4日 (木)

ドコモRegze

 使っている携帯電話の調子が悪くて、買換えを検討していているときに、知人からipadoaを見せられて、いろいろ調べていたらiphoneが欲しくなって、今使っているドコモを電話専用にして、iphoneaをネットとクラウド用にして、2台持ちをしようと思っていた。

 その矢先に、ドコモからアンドロイド スマートフォンのギャラクシーSが出た。

   それを知っていたら予約していたのに、うかつにも知らなかった。

   遅れをとって、ドコモショップに行ったのだが、ときすでに遅し。

   すでに品切れで、予約も一杯。いつの入荷になるかわからないという。

    今日の日経によると、先月25日から30日の売上高で、iphoneを抜きさって、ぶっ契りの1位になったそうだ。

   私も予約はしたのだが、来年まで待つのは長すぎるなあ、なんて思っていろいろネット検索をしていたら、ドコモから富士通・東芝製の新しいスマートフォンが発売になるという情報を見つけた。

   11月8日に新製品発表されるということだ。

   OSはアンドロイドで「Regza 」。

   これは、日本製らしくオサイフケータイとか、ワンセグも使えるようにしているらしい。

  発売予定日は12月中旬という噂だから、こちらを予約しなおそうかと思っている。

  ということで、仕事がちょっとおろそかになっている、今日の私だった。

オバマ民主党 大敗

 アメリカの中間選挙で、オバマ民主党が大敗した。

 敗因は、回復しない不況、雇用。そして財政赤字。

 2年前、突如現れたオバマさんに大衆は、変革を期待した。

 行き詰まったアメリカ経済をオバマさんが救ってくれるかのような幻想を見た。

 オバマさんの登場は、アイドルタレントの誕生と同じものを感じていた。

「イエス ウィ キャン」「チェンジ」のスローガンと、耳障りのいいワンフレーズパフォーマンスは、小泉さんのときと同じ違和感を感じていた。

 就任以来2年。アメリカ経済は浮揚できないでいる。

 それに対して国民の不満がつのっているのだろう。

 しかし、今のアメリカの状況は先進国といわれる国々全部に共通するものだ。

 過去の不況の時代に比べて、貧しいといっても豊である。

 格差はあるせよ、国民がばたばたと餓死するようなことはない。

 なんとか毎日食べていくことはできる。

 物はあふれていて、どうしても手に入れたい物は少ない。

 これまでは、物を作れば売れてきた。

 常に経済は成長してきた。

 先進国経済は完全に成長しきって、開発途上国に経済拡大を求めてきた。

 そして今、中国や東南アジア諸国のような先進国にちょっと出遅れた後発国の経済が発展してきて、先進国と言われる国は従来のような経済成長はできなくなってしまった

 従来通りの経済成長を期待しても、その解決法法は誰にも見つけられないのではないだろうか。

 今のやり方ではダメだと避難することは易しい。

 しかし、いざ自分が政権をとり、改革をしようとしてもなかなか方法は見つけられない。

 それは、日本における政権交替でも同じことだ。

 政権が変われば、なくなると思っていた税金の無駄遣いも、天下りも、まったく変化は見られない。

 野党時代に「ミスター年金」と言われた長妻昭さんも、巨大な組織の壁に打ち返されてしまった。

 成長に成長を重ねて、巨大化した近代組織は化け物みたいに大きくて、どんな相手をも跳ね返してしまう。

 人間社会が、成長し続けなければならないという宿命を背負っているのだったら、今の閉塞状況を打ち砕く方法を見つけるのは容易ではない。

 この閉塞した現代経済を救済する方法はあるのだろうか。

 『だけども 問題は 今日の雨 傘が無い』 がまた頭の中を駆けめぐる今日の私だ。

2010年11月 2日 (火)

13人の刺客

 「13人の刺客」。「いやーー、映画って本当に面白いもんですね」って水野晴郎さんの言葉がつい口にでてしまう。

 映画館まで、わざわざ足を運ぶってことがなかなか面倒だ。

 かく言う私も、映画を見に行くのは年に2~3回だ。

 それは当市延岡では見たいと思っている映画が来ないからでもあるんだけど、見たい映画が来て、たまにそれを見に行くと、やっぱり映画館で見るのはいいなあと思ってしまう。

 特にアクション映画は、映画館で見るべき。

 「13人の刺客」が、その類の映画で、先月見た「エクスペンダブルズ」と同じアクション娯楽大作。

 「エクスペンダブルズ」では、たった6人で一国の軍隊を全滅させたのだけど、「13の刺客」は、その時代劇版と言ってもいい。

 13人で300人以上の敵を切って切って斬りまくる。

 どちらも、上映時間の半分くらいの時間が戦闘シーンで、それが延々と続くところも似ている。

 その迫力たるや、映画館でなければ絶対に味わえない。

 「エクスペンダブルズ」では、飛行機や機関銃やロケット砲などの近代兵器で、離れて闘うシーンが多かったのだか、「13人の刺客」では人間対人間の切り合いのシーンがほとんどだから、こちらのほうが闘いの緊迫感は感じる。

 どちらにしてもあり得ない話で、正義が悪人を退治するって筋書きなわけで、私個人的には「エクスペンダブルズ」みたいに、主人公たちは無傷で勝利したほうがスッキリしていい。

 「水戸黄門」みたいに安心して見ていられる方がいいというのが個人的感想。

 映画通でもないから、映画の筋書きや評論は多くは語れないが、この二つの映画に、ハリウッド映画の陽と日本映画の陰を感じさせられる。

 「13人の刺客」は、その本質は時代劇アクション映画でしかないのかもしれないが、時代劇でありながら現代に相通じるものを感じる所もあった。

 というような講釈はさておいて、とにかく、活劇、スペクタクル、アクション映画は、映画館で見るに限る。

 毎月1日の映画の日には、映画館に足を運んでみられてはどうだろう。

2010年11月 1日 (月)

今日は映画の日

 今日は11月1日。

 毎月1日は「映画の日」だ。

 なんと、今日は入場料が1000円。

 もともとは、12月1日を映画の日と定めて入場料を割り引いたのだけど、その後毎月1日を映画の日として入場料が1000円になっている。

 1000円は見得(お買い得)なんだけど、残念ながら私の住む町には3スクリーン設置の映画館が1軒あるのみ。

 子供の入場者が期待できるアニメが中心で、全国的な話題作もほとんどかからない。

 私にとっては残念なんだけど、それも仕方がないこと。

 むしろ、よく我慢して営業を続けてくれているものだと感謝している。

 なにせ、かわいそうなくらいに、お客さんが少ないのだ。

 封切られたばかりの映画でさえ、入場者は10人前後。

 常設の映画館が無くなる日は、遠くないのかもしれない。

 人口13万人の町で映画館が無い町が他にもあるのだろうか。

 映画館の入場者が少ないということは、映画館を必要としている人が少ないということ。

 だから、映画館の経営は厳しくなり、いずれは廃業してしまうことになるのかもしれない。

 しかし、えてして、映画館が無くなるとなると、映画館を残してほしいという声が出る。

 これは映画館に限ったことではない。
 
 残してほしいなら、もっと利用すれば良いのになあと思うことがよくある。

 卑近な例をあげれば、当市から高千穂町を走っていた高千穂鉄道もそうだ。

 高千穂鉄道復活の運動は、いまもささやかに継続されているようだが、高千穂鉄道再開の運動をしている人たちのうち、何人が高千穂鉄道を利用していただろうか。

 もともとはJR高千穂線だったのだが、不採算路線として廃止になったものを第3セクターで運営していたものだった。

 JR高千穂線廃止になる前には、地元では猛烈な廃止反対運動が展開された。

 乗車率をあげれば廃止が見送られるということで、関連市町村が乗車券の補助金を出したり、役所員の出張に鉄道を使うようにしたり、乗車率をあげるために様々な努力をした。

 私も、廃止反対運動に動員され、高千穂まで高千穂線で行ったことがあったが、反対運動関係者以外の乗客は数人程度しかいなかった。

 私は個人的には、高千穂線廃止やむなしという考えだった。

 浮世の義理で、高千穂線に乗車してくれとの依頼で乗ったのだが、存続させるために乗車している人たちのうち何人が日常高千穂線を利用しているのだろうと思ったものだった。

 高千穂線廃止反対を叫んで旗振りをしている人たちの、ほとんど全員が日常的には高千穂線を利用していないだろうなとも思った。

 必要とされないからお客さんが少なくなる。

 お客が少ないと、企業は儲からないから廃業する。

 当市から映画館が無くなるのは寂しいことだけど、いたしかたのないことなのかもしれない。

 映画館まで足を運ぶのは面倒だという人、映画は好きだけどDVDで見た方がいいと思っている人。

 映画の日に、映画館で1000円で映画を見てみませんか。

 大きなスクリーンで、迫力のある音とともに見る映画はいいものですよ。

 ということで、私は今日は「13人の刺客」を見に行く。

 などと、全然映画通でもないのに映画の話をしてしまった、今日の私のできごとなのだ。

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