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2010年12月

2010年12月31日 (金)

大晦日、新年を迎える希望と不安

 風邪気味かなと思って10日、発熱して6日になる。

 なかなか快方に向かわない。

 私は、ここ数年病院にかかったことはない。

 丈夫が取柄とも言える。

 それが、なんでよりによってこのタイミングで風邪に苦しまなくてはならないのか。

 というのも、私はこの11年間ゆっくり休みをとったことがない。

 1年のうち350日くらいは仕事に束縛されている。

 はずかしながら、うちの家内を1年の362日、仕事で束縛している。

 家内の完全休業日は正月の三が日だけなのだ。

 それで、数年前から三が日には温泉にに行こうと話をしていた。

 旅館の予約をしようとすると、母が病気になったり、父の具合が悪くなったりと、なかなかチャンスに恵まれなかった。

 そんな中で、父が3年前に、母が2年前に高齢のため亡くなった。

 今年は母の1周忌も済み、骨休めの温泉旅行を予約していたのだ。

 発熱したのが26日。日曜日の当番医で見てもらったのだが、次の日には平熱に戻ってホッとしていた。

 この時に熱が下がらなかったら予約はキャンセルしていた。

 それがなぜだか熱が下がって、安心してその日は仕事をした。

 ところが、その夜またしても熱が上がったので、今度はかかりつけの病院で診なおしてもらった。

 インフルエンザなら、キャンセルしようと思っていたのだ。

 しかし、インフルエンザはなかった。

 そして、またしても次の日の朝には熱が下がっていた。

 一日ごとに良くなったり悪くなったりする。昨日はすっかり回復したと思えるような症状になった。

 ところが、またしても夜になると熱が上がる。

 熱には比較的強いのだが、なにせ咳がひどい。

 そして、今現在は咳も落ち着いている。

 「なんだ、こりゃー」「はっきりしろー」なのだ。

 もう今日の明日で、キャンセルはできない。

 お金の問題は我慢ができるが、楽しみにしている家内がかわいそうな気がする。


 行き先は外国ではないのだから、万が一があってもなんとかなる。

 自分の体力を冷静に考えてみて、実行には問題なしという判断をした。

 ところが、行き先は隣県の鹿児島なのに、測候開始来初めてともいえるほどの12月の大雪で高速道路が閉鎖になっているという。

 東北、北海道にいく予定をしてたわけではない。宮崎から鹿児島の話なのだ。

 「どうなっちょるんじゃい!」である。

 で、さっき5日間不在にしてしまった事務所内を片付けようとしてシャッターを空けたら、シャッターが壊れてしまって、上がりも下がりもしない。

 シャッター屋さんは当然休み。

 四苦八苦で、なんとかシャッターは回復した。

 普通、壊れるところではないのだ。

 なんだか、一斉に私の久々の骨休みを邪魔しようとする力が働いているような気がてしきた。

 こんなとき、いつも思い出すのが私の師匠の言葉。

 私が師匠の会社入社したてのころ、なんでこんなトラブルが起こるの?というような事件が立て続けに起こった。

 それを見て私が、「なんでこんなに次々とトラブルが起こるんでしょうね。何かあるんじゃないかと気になります。」と言った言葉に、師匠は「君は器量が小さいのだ。君が見ると大きな問題に見えるかもしれないが、私はこれくらいの問題で終わってよかったと思うよ。」といさめられた。

 これも私の頭の中の「墓場までの言葉」の一つだ。

 悪いことを今年のうちに全部はき出したんだと思って、期待を抱いて新年を迎えようと思う。

 ということで、予定通り、明日から鹿児島(霧島温泉)に行ってくる。 

2010年12月30日 (木)

風邪で寝込んで5日目、年齢のせいか?

風邪をひいて5日目。

病院の検査ではインフルエンザではなかったんだけど、今回の風邪はきつかった。

少々のことなら気力で押しきっていたのだけど、歳かな?

この三日間は布団の中で、慣れないXperiaで書いている。

一本指でポツポツ打ってるから、なにもひらめかない。

正月は温泉旅行に行く予定なのに、治るのだろうか?


2010年12月29日 (水)

熱が下がらず、せきもとまらず、体が きつい。体がきついと海老蔵も小沢も、どうでもいい。

よりによって、日曜日に39.6度の高熱が出て、病院に行ってそれからずっと安静にしているのだけど、熱が下がらない。

ここ何年も病院にかかったことはないのだが、あたまが痛くてせきがひどくて、今日も病院にいってきた。

熱は少し下がったがせきが止まらずのどと胸が痛い。

こんなに苦しい風邪があるのかと不安にさえなる。

この四日間、自分の病気のことだけがきがかりで、海老蔵さんも

小沢さんのこともどうでもいい。

それにしても、海老蔵さんの記者会見にしても小沢さんの記者会見もにしても、なんて誠意のないいいかげんにみえるのだろう?

2010年12月28日 (火)

市川海老蔵示談会見と桑田佳祐紅白出場

市川海老蔵さんが示談会見をやっている。

示談にした理由を真面目くさって説明している。

しかし、これまで 一貫して、示談は絶対にないと言っていたはずだ。

それなのに、平然と示談記者会見。

示談が成立するまでは秘密にしておかなければならない何らかの意味合いがあるのだろうけど、これまで実に平然と確信をもって示談はないと言いきってきた彼らの会見の言葉をそのまま信じることはできない。

また今日は、桑田佳祐さんの紅白歌合戦での復帰出場も報じられた。

桑田佳祐さんは、私も一番好きなアーチストの一人で、その復帰は非常にうれしい。

この復帰の話についてはずいぶん前に報道があって、私もブログに書いたことだ。

しかし、その後NHKも桑田さんもいっさいそんな話はないと言っていた。

これもあらかじめ公表できない、私なんぞには想像もできない複雑な事情があったんだろう。

しかし、これもまたマスコミの取材にたいして、絶対にないと答えていたことだ。

要するに、世の中に影響を与える立場の人の言葉にはいっさいの真実は含まれていないということなのだ。

マスコミが事実無根の報道をするのは、そんな現実の中で言葉の裏や噂から真実を想定せざるを得ないということなのだろう。

言葉に真実がない人たちの代表が政治家の方々だ。

状況の悪くなった小沢さんが政倫審で説明をすると言っている。

これまた言葉を信じることの虚しさを教えてくれた代表だ。

2010年12月27日 (月)

なんといっても健康でないと、なんにもできない。だけどM1グランプリだけは見た。

昨日は、風邪で熱を出して一日中寝ていた。

午後3時から布団に入って寝ていた。

朝まで寝ていたが、何度も目が覚めて時間の感覚がおかしくなった。

テレビ大好き、とくにバラエティーとお笑い大好きな私としては、M1グランプリだけは見た。

眠ったり起きたりで、ふと夕方6時40分に目が覚めた。

時計を見て、シャキッと目が覚めた。

M1グランプリの放映が6時半からだったのだ。

「ウワッ、一つ見損なった!」と思ってあわててテレビをつけた。

なんとちょうどオープニングが始まった瞬間だった。

テレビの神様が、ちょうどの時間に起こしてくれたのだろう。

M1グランプリは、私の大好きな笑い飯が優勝。

まずは、めでたしめでたし。

しかし、あらためてこのお笑いコンビのクセの強さを再確認した。

第8回のチャンピオンのノンスタイルより2位だったオードリーが売れているのだか、今回も2位スリムクラブがブレイクするのではないかと想像する。

私としては、大好きな笑い飯が売れてくれることを祈っている。




てなことで、民主党がみんなの党にちょっかいをかけているといったとんでもハップンな話とか、大桃美代子と麻木久仁子と山路徹のどうでもいいようなゴチャゴチャ劇とか、なぜか素直に喜べない亀田3兄弟の勝利とか、いろいろあっているけど、体調が不調だと自分の体のことで精一杯で、そんな諸々に対する反応もにぶくなるものだ。

少し熱は下がったが体調は絶悪。

今日も早く寝よう。

2010年12月26日 (日)

名前を呼ばれて、返事する人がいない

熱が39℃を越えたので、病院に来ている。

休日診療で、待合室は人がいっぱい。

もう、二時間待ってるけど、待ってるうちに悪化しそう。

それにしても、
名前を呼ばれて返事する人はひとりもいない。

呼ぶ方も無愛想だし、呼ばれる方は不機嫌な顔をして、ぼっそっと立ち上がる。

名前を呼ばれたら返事するってのは、基本だと思うのだけど。

インフルエンザにかかったみたいです

 四日くらい前から鼻の奥が痛かった。

 熱はないし、鼻の奥が痛いだけなので鼻を塩水洗浄していた。

 そのうち、一昨日からはのども痛くなって、のどの痛みは半端じゃない。

 咳をすると胸に激痛(ちょっとオーバーかもしれないが)がはしる。

 今朝は痰もからみ始めた。

 体も熱っぽくて、体温を計ってみると39℃オーバー。

 これは、インフルエンザの可能性が高い。

 鼻が痛くなったとき、インフルエンザかもしれないと思ってネットで調べたのだが、インフルエンザは倦怠感、筋肉痛に始まっていきなり高熱が出るということだった。

 私の場合、自覚症状が出てから4日間は熱は出なかった。

 今日は宮崎県知事選挙。

 選挙に行ったら、あとは家でじっとしていることにする。

2010年12月25日 (土)

今日は年賀状作成に没頭します

 今年も残すところあと一週間。

 「去年今年貫く棒の如きもの」(こぞことし つらぬくぼうのごときもの)高浜虚子

 俳句に造詣があるわけではない。

 高校の国語の教科書に載っていた俳句で、妙に頭にこびりついていて、年末に限らず、ときどき頭の中を駆けめぐる言葉の一つだ。

 高校の国語の授業での先生の解説がくっきりと焼きついていて、何もしない自分を省みる言葉として頭の中をぐるぐると駆けめぐる言葉の一つだ。

 句は深く焼きついているのだが、作者名はなぜか覚えていなくて、インターネットで調べてみたら、句の解釈も高校の先生の解釈とは違った解釈もあることを知らされた。

 句に、作者の解説はついていないわけで、読んだ人がそれぞれに感じるとおりでいいのだろうが、高校生の国語の授業から今にいたるまで思い込んでいた句の意味と正反対のような解釈があるのを見ると、頭が混乱する。

 ともあれ、今日は12月25日。

 郵便局が、「年賀状は25日までに」と呼びかけているから、今日は年賀状作成に没頭することにする。

2010年12月24日 (金)

冷えてきた、寒い寒いとテレビが大騒ぎするのだろうな

 私の事務所には、まだ暖房が入っていない。

 南と東がガラスの壁で、温室のような造りになっているのだ。

 それで、今年は今のところ事務所の中では暖房の必要性を感じない。

 今日みたいに日差しがあると室内は温室そのもの。

 今、外に出てみたら、ぐっと冷え込んできている。

 この2、3日暖かかったから、ことのほか冷え込みが厳しいものに感じる。

 今晩のニュースでは、「今年一番の寒波が襲ってきた」「寒い、寒い」と、全国から寒い映像をかき集め、競って報道合戦するのだろうな。

 

手製の、来年の手帳、カレンダー型月間スケジュール

 今年から、コクヨのB7サイズのキャンパスノートを手帳として使うになって、今までのどの手帳よりも使い易くて満足している。

 来年の手帳を探す楽しみがなくなったことが、ちょっとさみしい。

 本屋さんに行くと、手帳の特集が載っている雑誌がいろいろと出ているけど、昔のようにいろいろ買いあさることはしなくなった。

 気になるから立ち読みしてみるけど、今の自分の手帳より自分に都合のいい使い方は見つからない。

 立ち読みにかける時間も例年に比べると、はるかに短いものになっている。

 それでも、そんな雑誌を1冊は買ったが、それは手帳といっしょに便利な文具が紹介されていたから。

 手帳にはさんでおく、手製の来年のカレンダーの作成も終わった。

 B7キャンパスノートは、一冊33枚、66ページ。

 時間の約束をした予定については、月間カレンダーに記入する。

 そして、最低1日1ページを使うのだが、メモも同じノートに記入していくので2ページ、3ページと使う日もある。

 現在使っているものは、12月19日からの分で、まだ相当余白があるので、来年もこのノート手帳を引き続き使っていくことになる。

 来年のカレンダーは、今年の12月分から再来年の1月分までになっている。

 今年の仕事納めが終わったら、月間予定のカレンダーだけ差し替えて、来年の予定を立てることにする。

 

2010年12月23日 (木)

笑っていいとも、の、テレフォンショッキングの花はどうしているのだろう

 テレビ大好きおじさんの私は、寸暇を惜しんでテレビを見ている。

 お昼休みはうきうきウォッチング。

 昼食の時に「笑っていいとも」を見ることが多々ある。

 「笑っていいとも」を見ていて、いつも思うことだが、「テレフォンショッキング」に山のように届けられる花は、放送後にどうしているのだろう。

 随分前から、「テレフォンショッキング」に出演するタレントに対して花が贈られるようになっているのだが、年々その量が増えてきている。

 最近では、スタジオに入りきれずに廊下まで花が並んでいるときもある。

 花の量が少ないと業界に友達が少ない印象を受ける。

 だから、マネージャーやプロダクションがつきあいのあるタレントやプロダクションにお願いしているということもあるのだろう。

 花を贈る方としても、テレビで宣伝になるという意味合いもあるわけだろう。

 それにても、最近の花の量といったら半端じゃない。

 20、30は当たり前。

 100以上来ているのではないかと思える日もある。

 この花の山をどうしているのだろうというのが、私の昼休みの疑問として残ってしまうのだ。

 かかりつけの花屋さんがいて使い回しているのではないかとか、花屋さんが安く引き取っているのではないのだろうかとか、来場客にお土産としてプレゼントしているのだろうか、などと考えてしまう。

 「テレフォンショッキング」野出演者は、芸能人として天下を取った人たちばかりだから、あの程度の花なんて珍しくもないのかもしれないし、ちっとも贅沢ではないのかもしれないが、毎日毎日、捨てられるかもしれない花をみているともったいなくてしょうがない。

 花を贈るかわりに、寄付金を贈るようにして、寄付した人は大きな名札を立てるということにしてはどうだろう。

 そして、「笑っていいとも基金」なんてのをつくって、寄付金をそこにプールしていけば結構な資金ができる。

 きれいごとだが、それを社会貢献できるものに使うようにするというのはどうだろう。

 つくづく、もったいないと思うことがある、昼休みの「笑っていいとも」の時間である。

2010年12月22日 (水)

出水市のツル、鳥インフルエンザ、養鶏業は危機感

 国の天然記念物となっている、日本最大のナベヅル越冬地である鹿児島県出水市で、死んだナベヅルが高病原性鳥インフルエンザに感染していたことが確認されたという。

 鹿児島県は養鶏産出額日本一。約2900万羽の鶏が飼育されているそうだ。

 宮崎県の口蹄疫問題の再来にならないことを、宮崎の地から、切に祈ります。

2010年12月21日 (火)

家賃滞納者のデータベース化について

 昨日12月20日の朝日新聞に、過去の家賃滞納状況などをデータベース化して、入居の際の審査に利用するケースが増えてきているという記事があった。

 私の住む延岡市(宮崎県)では、今のところ、入居審査にこのようなデータベースを利用している会社はない。

 しかし、延岡市においても、最近は多くの会社が利用者に、家賃保証会社の利用を義務づけるようになってきている。

 家賃保証会社は独自の審査方法で審査をして保証の可否の判断をしてくる。

 家賃保証会社からの保証を得られない場合は入居をお断りすることになる。

 審査の可否の理由については不動産会社にも教えてもらえない。

 不動産会社や家主としては、保証会社をつけることによって家賃の滞納がなくなる。

 不動産会社と家主にとって家賃滞納は頭の痛い問題なのだ。

 滞納するのはほんの一部の人なのだが、この一部の人が不動産会社や家主を大いに悩ませるわけだ。

 そこに現れたのが家賃保証会社。

 入居者の連帯保証人になって、入居者に代わって滞納家賃を家主に支払うという会社だ。

 保証会社は入居者の家賃保証をするにあたって入居者から保証料を領収する。

 保証料は、私の会社が利用してる保証会社の場合、入居の際に1回のみ家賃の80%を支払う。

 入居者が滞納すると家賃一カ月分を立て替えて支払うのだから、滞納が多いと成り立たない仕事だ。

 家賃滞納を放置することは自分の会社の破綻に直接つながる。

 それで、滞納者に厳しく取り立てることになるわけだ。

 中には行き過ぎた厳しい取り立てをする会社があって、マスコミはそんな会社のことを「追い出し屋」と称して悪人扱いにしてきた。

 家主にとって家賃滞納は自分自身の死活問題なのだ。

 このことについては、詳しく書きたいことなのであるが、年末で時間がないので、改めて書きたいと思う。

2010年12月20日 (月)

クリスマスの飾り?宇宙からの贈り物

 クリスマスのシーズンにきれいで神秘的な映像を。

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 これは、ハッブル宇宙望遠鏡が捕らえた、地球から16万光年離れた大マゼラン銀河で約400年前に発生した超新星爆発の痕跡。

 しゃぼん玉にも見えるこのリングの直径は23光年(1光年は訳9兆4600億㎞)で、外周のガスは毎秒5000万キロもの速さで膨張し続けているという。

 宇宙に興味あるわけではないが、今朝の朝日新聞に載った写真がきれいだったもので、ネットを調べてみました。

今日の昼食は、日清「ラ王」 旨味豚コク味噌 

 茹でガエルの身を自覚しつつ、国家国論について、役にも立たないグチを書きながら、今日の昼食は「日清 ラ王 旨味豚コク味噌」。

 最近、昼食にカップ麺というのが「マイブーム」。

 100円前後のカップ麺ばかり食べていると、230円の「ラ王」はちょっと贅沢に感じる。

 先日、昼食を「ラ王」にしたとき、この不況の折に、こんな贅沢をしていいのだろうかと、ふと罪悪感を感じてしまった。

 食べ終わって冷静さをとりもどして考えてみたら、230円の昼食というのは貧しい食事なのだと気がついた。

 それ以来、ときどき昼食に「ラ王」を食している。

Photo

 これが私の一押しの

 旨味豚コク味噌 















 本格ラーメンをうたい文句に発売され、
高い価格設定だったのにもかかわらず大ヒットしたカップラーメンだった。

 その後、類似の新商品が次々に発売され販売数量が減少し、今年8月に生産終了したものだった。

 それが、10月「史上最高傑作」として出してきたのが「ラ王 旨味豚コク味噌」と「ラ王 背油濃コク醤油」だ。

Photo_2  


 

 「
背脂濃コク醤油」

   これも悪くない。










 私は、特に、「旨味豚コク味噌」が好きだ。

 高級?カップラーメンが数々あるが、その中でもこの「ラ王 旨味コク味噌」が大好きだという、今日は12月20日なのだ。

小沢一郎さん政倫審拒否、と、茹でガエル

 衆院政治倫理審査会への出席をめぐる、管総理と小沢一郎さんの会談は物別れに終わったようだ。

 言われているのは「政治とカネ」。

 以前小沢さんは、国会からの要請があればきちんと説明すると言っていた。

 国会から要請が出そうになると、政治資金規正法違反罪で強制起訴をされることになったから、「司法の場で身の潔白を証明したい」ということで政倫審への出席を頑に拒んでいる。

 国民の大半が疑惑を抱いていて説明を求めているのだから、潔白なら自らそれを証明するための説明をすればいいと思うのだが。

 と、私がわざわざ言うまでもなく、ほとんどの人がそう思っているはずだ。

 がき大将が「出ない、出ない、出るのはいやだ!」と駄々をこねているように見える。

 17年前、私は小沢さんの出した「日本列島改造計画」を買って読んだ。

 どのように日本を改造するのかは覚えていないが、政権交代をすることが日本にとって最良策だということを熱く語っていたようにある。

 はっきり記憶に残っているのは、「(政権交代をして)私に政権運営をまかせてくれ」「もしそれが間違っていたら、そのときは私をやめさせればいいのだから」と言っていたことだ。

 小沢さんのその考えの部分について、私はは変に納得してしまったことを覚えている。

 出版から15年、小沢さんの念願の政権交代を果たしたが、政治はずたずただ。

 小泉さんが歯切れの良いキャッチフレーズを連発して、唯一果たしたのが「自民党をぶっこわした」ことだったが、政権交代をしてわかったことは日本の政治が崩壊していたことを国民に知らしめたことだ。
 
 最悪なのは自分の発した言葉に責任をとる人がいないこと。

 自民党は、今まで自分たちがやってきたことで民主党を責めたてている。

 民主党は、今まで自分たちが自民党を批判してきたことを自分たちがやっている。

 今日の会談の結果、管首相は小沢さんの離党勧告も考えているらしいが、離党に踏み切るべきだ。

 そもそも民主党はバラバラだったわけで、どうあがいても次の選挙での惨敗は目に見えている。

 だったら、次の選挙のことは考えないで、真の国益を考えた政治をするといい。

 どうせ長期的に政権は維持できないのだから、後世で評価されるような大英断の政治運営をすることだ。

 このままでは、「茹でガエル」だ。

 と、自分が「茹でガエル」なのを感じている、今日の私なのだ。

2010年12月18日 (土)

2011年度税制大綱と相続税対策

 法人税5%減税の財源の一つとして相続税が増税になる。

 個人分の増税として、給与所得控除の縮小だの成年扶養控除の廃止だのが増税になる。

 これらの増税は、すべて、とりやすい給与所得者を狙っての増税だ。

 私も給与収入があるので影響を受けるのだろうが、これによる増税額がどれくらいになるのかは皆目わからない。

 来年度の税制大綱について、テレビではコメンテーターや評論家の先生があれこれ解説されているが、日本経済にどんな影響を与えるのかは、私にはよくわからない。

 ただ、相続税の増税については、その影響と問題点について敏感に感じるものがある。

 私は不動産業と行政書士の看板をあげている関係で、相続税についての相談を受けることも少なくない。(全部が無料相談(泣))

 しかし、今までの相談で相続税を払わなくてはならない人は皆無だった。

 私は相談を受けたとき、「あなたの親御さんからの相続財産は1億円以上ありますか?」と聞くことにしている。

 ほとんどの人は、「そんなにあるわけないじゃないですか」と答える。

 そして私の答は、「だったら相続税の心配はしなくていいですよ」ということなる。
 
 それだけでは合点がいかないだろうから、相続税のあらましを説明することになる。

 現在は相続税の基礎控除は低額部分が5000万円で、それに法定相続人1人あたり1000万円を加えた金額を控除できる。

 夫が亡くなって、妻と子ども2人で遺産を相続する場合、5000万円+1000万円×3の8000万円の控除があるわけだ。

 それに、相続財産のうち土地については、相続税の計算に使う課税価格は土地の時価価格では路線価の価格で評価する。

 「路線価」というのは、相続税を計算する上での価格を国税庁が決めている価格のこと。

 相続税上の土地の価格は原則は時価ということになっているだが、土地の時価については決定的な評価法がないので、国税庁が毎年発表してる「路線価」を基準にすることほとんどだ。

 「路線価」は概ね時価の7割から8割程度とされている。

 さらに、相続税を支払うために自宅を手放さなければならないということを防ぐために、240㎡までの宅地は評価額を8割カットできることになっている

 そういうことで、私が「相続財産は1億円ありますか?」と聞くわけだ。

 通常、相続財産の大半を不動産が占めるから、不動産の時価相当額と金融資産の合計が1億円をこした時に相続税の心配をすればいいと思っている。

 残念ながら、「よだきんぼ(宮崎弁でなまけもの)不動産」を自称する私は、そんな富裕層の方とのお付き合いが少ない。

 それに、相続税を心配しなくてはいけないような人は、毎年の税金申告に税理士を頼んでいるものだ。
 
 そして、こっそり?と相続税対策をしておられる。

 だから、第三者に相続税の相談をすることはない。

 今回の相続税の改正では、低額部分の5000万円が3000万円に、相続人1人あたりの控除額1000万円が600万円になる。

 つまり、夫の財産を妻と子ども2人で相続する場合、8000万円までは相続税がかからなかったものが、改正後は4800万円を超すと相続税がかかることになる。

 それでも、私の住む延岡市(宮崎県)おいて、普通のサラリーマンで相続税の心配をする必要のある人は少ないだろう。

 しかし、東京のような地下の高いところではサラリーマン世帯も課税対象者となるケースが出てくるだろう。

 現行4万人程度と言われている相続税の課税対象者が7万人に増えると予想されている。

 それに該当する人たちは不満もあるだろうが、相続税にまったく無縁の多くの庶民を代表する私としては、相続税を支払う身分の人がうらやましい限りなのだ。

 最期に一言、相続税課税になると思われる方は、お抱えの税理士さんがいらっしゃるでしょうが、相続税の節税案について税理士との協議の中に私を加えると、ちょっと税金がやすくなるかもしれませんよ。

 その節はよろしくお願いします、と珍しく自分の仕事の宣伝をした、今日は12月18日。

 書き忘れていたが、基礎控除の削減に併せて、相続税の最高税率が50%立ったものが55%に増額されている。

 これも富裕層に対する増税になる。

2010年12月17日 (金)

来年度の税制大綱について

 海老蔵事件も目新しい話題がなくなって集客力を失ってきた。

 それで、ここにきてようやくワイドショーで税金問題が取り上げられるようになってきた。

 「法人減税、個人増税」という見出しで、人心を惑わすワイドショーの目的に合致させた番組作りをしている。

 今日の新聞に来年度税制大綱について解説されていた。

 政策の目玉として、先進国で最高水準にある法人税率を5%下げる。

 それによって企業の成長を促し、雇用や設備投資を増やして景気浮揚を促進するというもの。
 一方の個人増税は、年収1,500万円以上の高所得者の給与所得控除による増税、相続税の基礎控除額を減らし最高税率を5%上げる増税等。

 実質では企業では580億円の減税、個人では4900億円の増税となるそうだ。

 この、法人税減税について、菅さんは13日夜遅くに表明した。

 そのときには、税率を5%下げることによって1.5兆円の減税になると言っていた。

 しかし減税分の財源についての記者からの質問については答えなかった。

 次の日、野田財務大臣も不足する財源について質問について、平然として確たる財源は無いと答えていた。

 テレビのワイドショーで、法人税減税と個人増税の効果についてあれこれと論議されていたが、政策を疑問視する話ばかりで、「こうしたら間違いなく日本は復活できる」というような案をだす人はいない。

 私は、経済成長を追い続けてきた人類が突き破れない厚い壁にぶちあたっているのが今の世界経済だと思っている。

 発展・成長し続けることを当然としてきた。

 先進国と言わる国々は、成長をしつくしたのだ。

 先日、伸び続けていた日本人の平均身長が横ばいになったという記事があった。

 栄養の充実と環境改善によりずっと伸び続けてきた平均身長がとまったようだ。

 生物学的に、現在の平均身長以上が日本人の身長の限界なのだろうと言っていた。

 植物にしても動物にしても、その大きさには限界がある。

 大きくなり過ぎて自分で自分の体を支えられなくなるからだ。

 人間でも300㎞を超す体重の人や、2m50㎝を超える身長の人などは、自分で自分の体を刺さることができないし、短命に終わることが多いようだ。

 経済もそれと同じことではないのか。

 無限に発展・成長していくと思っていたことは幻想でしかない。

 資源を浪費しつつ経済的に成長してきた先進諸国は、豊かになりものが溢れるようになった。
 高度化した生活は少子化をまねいた。

 そして消費を開発途上国に求めて経済的な発展を続けていった。

 その開発途上国といわれた国が、それまで先進国といわれていた国と同じように経済発展を目指しているのが今なのではないか。

 今後ますますその傾向が強くなるはずだ。

 成長をしつくした先進国が、成長し続けることを前提としてしか生き残ることを考えるのであれば、それを満足させる解決方法を見つけ出すのは容易ではない。

 現在、日本の政治が進路を見いだせないでいるが、それは誰がやっても同じことだろう。

 ただ、政治家が、どうすることが日本の将来にとって一番いい方法なのかを考えるのではなく、どうすれば自分達が権力の座に残れるかを考えてしか行動しないことが、国民に不安を与えるのだ。

 何が正解なのかは、やってみないとわからない。
 
 正解を回答できる人はいないだろう。

 政治家が、私利私欲や党利党略を捨てて、本当にどうすることが一番いいことなのかを考えて方向を示してくれたら、私は安心できる。

 国民が一番心配なのは、為政者の描く将来像がまったく見えないことではないのだろうか。

 ETCが当面の課題だったよだきんぼ(宮崎弁でなまけもの)おじさんだっかが、かいているうちに大きな話になってしまった12月17日の第2弾。

東九州自動車道、延岡南道路でETCテスト③

 来年度の税制問題も、景気の先行きも、大きな問題ではあるが、私にとっては取り付けたETCが正常に作動するかも大きな問題。

 テストのため一昨日に引き続き昨日も東九州自動車道延岡南道路を通ってみたのだが、またしてもゲートを解放したままで作動の確認ができなかった。

 私の自動車に関する先生である井上君によると、ゲートを解放していてもETCの電波は出ている。

 だから、通過するときにはETCの器械が反応するはずで、反応がなかったのなら器械は作動していないはずだと言う。

 ETCレーンに入ってETCが作動しなかったら、後続車に追突されるかもしれない。

 ということで、ETC作動の確認は必須事項。

 それで私は、ネットで延岡南道路料金所の事務所の電話番号を調べて問い合わせをした。

 その答は、昼間はETCレーンをETCをつけていない車もそのまま通れるようにしているということ。

 地元車のETC設置率が低いからだろう。

 事務所の回答では、夜8時以降はETC専用レーンになっているということだった。

 昨夜8時半、無事テストが終了しました。

 専用レーンの出口には遮断バーが降りている。
 
 後続車がいないことを確認し、時速を10㎞まで落として、こわごわETC専用レーンに入って行く。
 
 音もなく、さっとバーが開いて、無事通過できた。

 という、「傘が無い」の典型的報告の12月17日。

2010年12月16日 (木)

東九州自動車道、延岡南道路でETCテスト②

 先日のETCカードの初体験の続報。

 なにせ初めてのETCカード。

 ETCの器械にカードを挿入すると、赤いランプが灯った。

 ランプが灯ったが、正常に機能しているかどうかが不安である。

 交通量が多い時間帯に、ETC専用ゲートに入ってゲートが開かなかったら、後続車からの追突は必死だろう。

 交通量が少ない時間帯を選んで、ETCが正常に機能しているか試しておいた方がいい。

 そう思って、車で15分、延岡南道路へ車を走らせた。

 幸いにも後続車の姿が見えない。

 初めて通過する「ETC専用」のゲート。

 ゲートが開かないといけないので、スピードを10㎞くらいにダウンさせて専用レーンに入った。

 ところがである。

 専用レーンの入口に係員の人が立っている。

 どういう理由かはわからないが、ゲートは開きっぱなし。

 機械の故障なのか「ETC専用」の料金ゲートを開きっぱなしにしている。

 係の人に故障でゲートが開きっぱなしになっているのかどうかを確認しようと思ったが、バックミラーを見ると、数台の後続車が迫ってきていた。

 無料になって、2倍は車の量が増えているような気がする。

 結局、初のETCカードの機能テストは不調に終わった。

 それで、今日再度ETCテストのため有料道路を走ってみた。

 昨日と違って今日は通行料が多い。

 私の前方には6台くらい車が連なっている。

 その前には車はいないのだが、6台前の車が超安全運転で後続の車列を引っ張っているようだ。

 その車のせいで、私の後ろにも10台くらい車列ができていた。

 制限時速70㎞なのだが、6台前の車が60㎞以下で走行していて軽い渋滞を引き起こしているようだ。

 片側1車線で追い越しはできない。

 これは無料化の弊害。

 今まで有料道路を利用したこともなく、高速道路の未体験者までが(無料の)有料道路を利用するようになったため、ときどきこのような渋滞をひきおこしている。

 経った6.1㎞で3~5分の時間短縮しかできない道路に通行料250円はいかにも高かった。

それで、地元の利用者は少なかったのだが、これが無料となった途端に平行して走る一般道路より通行料が増えてしまった。

  無料になった当初は、有料道路の料金所で大渋滞が起こったほど。
 
  お金がいるなら使わないが、ただなら使う。
 
  それはいたしかたのないことだろう。
 
  しかし、通行料が増えすぎて、有料道路の時間短縮効果をなくしてしまっている感がある。
 
  この道路に250円の通行料は高すぎるが、100円程度の料金はとった方がいいのではないか。
 
  時間はあるので100円は払いたくない人は一般道路、渋滞は避けて時間短縮したい人は100円払って有料道路を使うということにした方が合理的だろう。
 
  ETCの機能テストはできなかったが、こんなことを思った有料道路を走った12月16日だった。

2010年12月15日 (水)

諫早湾潮受け堤防、開門、上告断念

 福岡高裁の諫早湾開門の判決について上告を見送ることを菅総理大臣が表明した。
 
 判決は干拓事業で諫早湾を堤防で締め切ったことが漁業の被害の原因の可能性が高いことを認め、堤防の排水門を開けるように命じた。

 前言撤回を続けてきて、言葉にまったく信用できなくなってしまっていた私にとって、ちょっとだけホッとさせられたニュースだった。

 「ギロチン」と呼ばれた諫早湾の潮受け堤防の閉め切りのシーンは今も鮮明に記憶に残っている。

 その記憶と同じくらい鮮明に覚えているのが、当時堤防の閉め切りに猛反対していた管さん映像だ。

 その菅さんが総理大臣としてどういう判断をするか、疑心暗鬼で眺めていたのだが、少々ホッとさせられた。

 開門についても大きな問題を抱えている。

 破壊してしまった自然をもとのように回復することはできない。

 それどころか、開門により堤防内に澱んだ水が流れ出すことによって急激な環境悪化を招くことも考えられる。

 どのように開門していくことが環境改善につながるのかは不明なのだ。

 全面開門するとなると、それにかかる費用は600億円になるとも言う。

 多くの反対意見を無視して、2500億円もの巨額な費用をかけ、自然を破壊しつくした。

 いったん破壊された自然は、決してもとに戻ることは無い。

 そして、その責任をとるものが誰もいないということに、ぶつけるところのない憤りを覚える。

 お昼のニュースを見て、急遽書くことにした今日は12月15日。

2010年12月14日 (火)

高速道路の無い延岡市とETCカード 東九州自動車道の早期完成を願う

 ETCカードが届いた。

 ETCカードを手にするのは初めてのことだ。

 私の住む、宮崎県延岡市はいまだに高速道路が通っていない。

 正確には高速道路がつながっていないというべきなのかもしれないが、もともとの国道から接続してたった6.1㎞の道路では役に立たない。

 地図のブルーのラインが完成している高速道路だ。

 九州の西海岸、福岡から佐賀、長崎、熊本を経由して鹿児島までのルートは当の昔に完成している。

 最近は新幹線もつながった。

 地図の右側、北九州から大分、大分県の佐伯市から延岡市までは片側一車線の狭い国道でつながっているだけ。

 延岡市から宮崎の道路も寸断されている。

 現在も遅々とではあるが、道路建設工事は継続されている。

 不要な道路工事は廃止しろという声もあるが、この道路がつながっていないから東九州の開発が遅れているというのが地元の意見で、これはつないでもらわなくては公平さに欠ける。

 九州の西のルートには新幹線も通っているのだが、東ルートは鉄道も単線のままなのだ。

 Map

 冒頭に書いた6.1㎞の延岡南道路は延岡市と門川町を結ぶものだった。

 たった6.1㎞だが、平行して走る国道10号線が非常に混雑する区間であったので、渋滞時は5分の時間短縮ができた。

 通行料は普通車で250円。

 地元の人が利用するには高すぎた。

 当然利用する人は少なかった。

 ETC専用車線を利用するのは市外の人だけだった。

 年に1度か2度しか県外に行くことの無い普通の人は、ETCの必要性を感じなかった。

 それがである、無料化社会実験という名の元に無料になった途端、通行料は倍増した。

 有料のときは通行料が少なかったから、一般車両車線で料金を支払って通過してもスムーズに通過できた。

 それなのに、無料化の初日は料金所で大渋滞をおこすほどの混雑だった。

 その後交通量は落ち着いたものの、一般車両専用の入口には数台車が並ぶことになる。

 料金所はETC専用車線を優先した作りになっていて、そちらをスピードを落とさずに通過していくから、一般車両線から本線に入るのにまたまた時間がかかってしまう。

 12月4日この延岡南道路が門川町から日向市までの13.9㎞がつながって、

さらにETC車が増えたようだ。

 それで、私もついにETCをつけることになった。というわけだ。



 それにつけてもこの道路、絶対につないでもらわないといけない。

 今となれば、費用対経済効果が低いと言われるのかもしれないが、交通網の遅れが経済の遅れになったとも言えるのだ。

 道路には税金が導入されてきたわけで、ようやく悲願の高速道路網がつながるというときに道路建設を中断することのないようにお願いしたい。

 お願いするというよりも、当地の状況を考えるとき、これは当然の権利だと言いたい。




 ともあれ、ETC未経験の私としては、果たして本当にゲートが開くものか、どきどきしながら初ETCを試してみたい。

2010年12月13日 (月)

リコールになった阿久根市長 竹原元市長は何を間違っていたのか

 昨日の、テレビ朝日「サンデー・フロントライン」で、先日市長のリコールが成立した阿久根市を取り上げていた。

 竹原元市長については、強引な政治運営だけがとりざたされていて、彼が専決処分した内容についての詳細を紹介する報道は少なかった。

 私が見聞きしている話としては、実現できたものとできてないものが判然としないが、固定資産税下げたこと、職員の給与をブログで公表したこと、自らの報酬を下げるようにしたこと、議員の給与を下げることと議員定数を削減するということなどがある。

 いずれも早急に改革を求めるもので、それに議会が反対するから議会を開かずに専決事項として決定していったことが問題とされたわけだ。

 阿久根市の竹原市長の問題については、私も過去に何度も触れていることだ。

 自分は正しいことをやっているのだから、自分の提案は全部通してくれ。

 通さないのなら議会は開かないし、すべてを専決事項として決定していく。

 さらには裁判の判決も無視する。

 民主主義の世界でこれでは通らないだろう。

 手間ひまはかかるが、民主主義のルールに基づいて改革を進めるしかないというのが私の意見だった。

 しかし、疲弊する阿久根市を救うには、それでは間に合わないというのが竹原さんの考え方だ。

 私も、同じような行動形態をとる性格だから彼の気持もわからないではない。

 しかし公の役職で、しかも市政の最高責任者ともなると話は別だ。

 今回のリコールを問う選挙でも、半数近くの市民が竹原さんの市政に「ダメ」を突きつけているのだ。

 以前に市長を辞職し、その出直し選挙で再度当選したことで過大な自信を持たれたのかもしれないが、選挙はあくまでも多数決の結果でしかない。

 多数決の結果として市長に就いているのだから、その後の市政運営についても多数決を無視することはできない。

 半数近い反対者の意見を全く無視しての市政運営は間違いだと言わざるを得ない。

 先にも言ったように、心情的に応援したい竹原さんだったが、彼の手法を許すべきではないと決定的に思ったのは、彼が自らのブログに、身体障害者に対しての愛情のない意見を書いたことだった。
 
 そのブログを読んで私は、彼の根底にある正義には弱者救済の思想が欠落していると感じた。
 それで、あのブログ以前は、陰ながら竹原さんを応援していたのだが、あれ以後はその強引さに危険を感じるようになっていた。

 しかしである、昨日のサンデー・フロントラインでの「阿久根市の竹原さんの報道」を見ていると、竹原さんのやってきたことも少し許せる気持になった。

 阿久根市は地方都市の典型とも言える小さな町だ。

 人口は減り続けている。

 空き店舗だらけの商店街。

 若い人が働ける職場がない。

 そんな中で、市民の平均給与は200万円程度なのに、市役所の職員は年収700万円以上の者が半数以上もいる。

 竹原さんは、市政を改革しようと思って市議になったのだが、多数決の世界では一市議ではどうにもならなかった。

 それで市長選に出馬し、市長になった。
 
 そして、彼がやろうとしていることは、単に阿久根市の問題にとどまらないというのだ。

 多くの地方都市が衰退し、疲弊している。

 それは、日本の縮図だというのだ。

 人口減少を始めとして、経済のパイは縮み続けている。

 そんな中で役人はパイを拡げることはしないで、自分たちの利益の確保だけをしている。
 
 そんなやり方を打ち破らなくてはならないという考えがあってのことだという。

 半数近くの市民が引き続き竹原さんの支持にまわっている。

 竹原さんのやってきたことを評価する数多くの市民の声も報道されていた。

 この番組で竹原さんを肯定する立場での製作されていることは明白だったのだが、それを承知の上でも、番組を見ていると竹原さんの強引な政治手法もむべなるかなと思えてしまう。

 「テレビの報道にだまされてはいけない」と、いつも心している私なのだが、この報道を見ていると、全面的に竹原さん擁護派になってしまいそうになった。

 改めてテレビの恐さを実感した。



 ところで、
私のブログですでに書いたことだが、おそらく再度の出直し選挙でも竹原さんが当選することだろうが、竹原さんは、それを市民の全面委任と勘違いしないでほしい。

 今度は、もっと根気よく市民を自分の味方につける努力をするべきだろう。

 キャッチフレーズになっている「ブログ」を利用して現状の情報発信を続けることや、注目を浴びているマスコミたちを味方ににつけて、次の選挙で市長派の市会議員の数を増やしていくしかない。

 何度も言うが、民主主義は手間がかかる制度なのだから。


 
と、ついつい長くなりすぎた、今日は12月13日。第2信。

海老蔵事件報道を政界大混乱報道に

 今朝のワイドショーには不気味なものを感じてしまった。

 どのチャンネルをまわしても海老蔵事件一色。

 海老蔵さんを殴ったといわれる男が出頭したことにより、新たな話の展開ができるようになったせいだ。

 それにしても今日の各局ワイドショーの取り扱い方は異常。

 8時前後、どのチャンネルをまわしても海老蔵事件。

 チャンネルを次々に変えてみるが、どの局も海老蔵報道が終わりそうな気配がない。

 30分くらいそんな状態が続いた。

 民放は営利企業だから、需要があるから供給しているという局面もあるのだろうが、本当に需要があっての供給なのだろうか。

 私の周囲から聞こえる声は、「海老蔵事件はもういい」という声ばかりだ。

 わがまま放題のおぼっちゃまと、恐い系の方との酒の上での喧嘩でしかない。

 勝ち組の象徴みたいなおぼっちゃまが、ちょっと階段を踏み外してお仕置きを受けているのが面白くて騒ぎ立てていたが、勝ち組の中でも特権階級のおぼっちゃまは、階段からはころがり落ちてしまうことはない。

 多くの視聴者の興味は薄れているのだが、無理に話題に引きずり込もうとしているとしか思えない。

 来年度の予算編成を前に政界大編成だとか、大連合だとか不穏な動きがあっているのに、そのことについての情報はあまり取り上げられない。

 私は政治に大きな興味をもっているわけではないが、今日は新聞の休刊日だから、そこいらのニュースも少しは聞きたいと思っていた。

 しかし、テレビは時間のほとんどを海老蔵事件報道に統一しているようだった。

 統一して報道しているとしか思えないくらいの時間の割き方だった。

 前々から言っていることだが、談合報道と思わざるを得ない。

 「テレビ大好きおじさん」を自称する私が、テレビを消してしまったのだ。

 どこかのテレビ局が談合から抜け駆けして、「来年度予算」「政界再編」「大連立」「統一地方選」なんてお固い話題で時事・政治問題を大きく取り上げると、「海老蔵さん」に飽きた視聴者を拾い上げることができるのではないだろうか。

 日本のメディアは、政治は政治記者、経済のことは経済記者とセクトに縛られているようだが、芸能レポーターを政治報道の分野にどんどん送り込んで芸能報道的な番組作りをしてみると、面白い番組ができて、結構な視聴率がとれるはずだ。

 スポンサーさんの関係でそれはできないのだろうかと思う12月13日。

 

2010年12月12日 (日)

延岡市、住宅型有料老人ホーム、ウイングⅡ

以前私の管理していたワンルームマンションが大幅なリノベーションにより、住宅型有料老人ホームとして生まれ変わりました。

     延岡駅から徒歩2分の便利な場所です。

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きれいな外観はそのまま
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広くて、明るいホール。

 食事をしたり、

    遊んだり。

 みんなで楽しくすごします

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開放的な廊下

  車椅子も
    楽々です



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清潔で
 機能的な
     室内

プライバシー
にも配慮
 しています

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 広くて
 使いやすいトイレ

  もちろんバリアフリー

  車椅子でも入れます

ジョンのハッピークリスマスが反戦の歌ということを確認していたらCCRの「雨をみたかい」も反戦歌だったことを今になって知った

CCRというバンドがいた。

クリーデンス・クリアーウォーター・リバイバルという長ったらしい名前で、略してCCRと呼んでいた。

もともとはアメリカのカントリーバンドであまりなじみがなかったのだが、「雨を見たたかい」がヒットした。

コマーシャルソングに使われたり、テレビの番組でBGM的に流れたりしているから、若い人も聴いてみると「あ、あれか」という歌だ。




私は、高校までは洋楽を全然聴かなかったから「雨を見たかい」も知らなかったのだが、大学時代に友人の奥山君がレコードを買って来て、プレーヤーで何度も聴かされて覚えさせられた曲だ。

平易な単語しか使われてなくて、どおって内容もない歌詞で、リズムの乗りの良さとボーカルのジョン・フォガティの深い声に魅かれたものだった。

次の画像には歌詞と訳詩がはいっているので、載せてみた。


★誰かが昔言っていた、嵐の前に静けさがあるって
僕は知っている、それがいつの日にかやってくるということを
静けさの後に、みんな言うだろう、晴れた日に雨が降る
僕は知っている、水のように光り輝いてふりそぞくことを

僕は知りたいんだ、その雨を見たことがあるかい?
僕は知りたいんだ、その雨が晴れた日に降り注ぐのを見たことがあるかい?

昨日、そしておととい、太陽は冷たく、雨は激しかった
人生なんていつもそんなもので
永遠にゆっくりとそして早くめぐっていく
僕は知っている、それは止めることはできない、なぜだろう?

★別訳
昔誰かが俺に言ってたよ、嵐の前は穏やかなんだって
わかってるよ、しばらくの間は静けさが続いてるってことはね
でもそいつが終った時には、そう皆な言うぜ、晴れた日に爆弾の雨が降るんだって
わかっているよ、そいつは水のようにキラキラ輝くんだって
俺は知りたいよ、お前は爆弾の雨を見たことがあるかい?
俺は知りたいよ、お前は爆弾の雨を見たことがあるかい?
晴れた日にやってくる爆弾の雨をね

昨日、おとつい、太陽は冷たくて雨のほうが激しい熱かった
わかってるよ、俺のいた間中ずっとそんな風だった
永遠に続くんだ、爆撃は円陣を通り抜け、速くなったり遅くなったり
わかってるよ、それを止められないって、そう思うよ




 当時のCCRは、「プラウドメアリー」「ダウン・・オン・ザ・コーナー」と、次々ヒットを飛ばしているロックバンドだと思っていた。

 歌詞も言葉通りに感じていた。

 そして何も考えずに歌っていた。

 それがである、40年経った今頃この雨というのが当時ベトナム戦争で米軍が使用していたナパーム弾を意味していたということを知らされた。

 当時からそう言われていたそうだが、私は知らなかった。

 そういう意味だと思って聴くと、そうかなと思う。

 ジョン・レノンの「イマジン」や「ハッピークリスマス」は反戦と平和を願っていることがわかるが、やはり表現は柔らかだった。

 反戦や批判は、興奮しないで静かに語った方が、じわじわと強いメッセージになって伝わるような気もする。

 インターネットで教えてもらった、今日は12月12日。

ノーベル賞平和賞の劉暁波氏と中国の反発に平和賞のあり方を考える

  一昨日、2010年のノーベル賞授賞式が行なわれた。
 
  日本からは根岸英一さんと鈴木章さんが化学賞を受賞した。
 
  海老蔵さんも斉藤君にも、ちょっとだけどいていただいて、お二人の明るいキャラクターでこちらも楽しい気分にさせていただいた。
 
  そんな楽しいニュースがあるというのに、マスコミがもっと大きくとりあげていたのが受賞者不在の平和賞の問題だった。
 
  受賞者の劉暁波氏は出席できず、奥さんを始めとした親族も出席できない異例の授賞式になった。
 
  中国が、今回の劉氏へのノーベル平和賞授与に対して「内政干渉であり、断固反対する」と反発し、各国に表彰式を欠席するよう圧力をかけたことが世界的な話題となったわけだ。
 
  マスコミの報道は中国批判に傾いているが、中国の反発も異常だが、そもそもこれまで大きなあまり知られていなかった劉暁波氏の受賞にも疑問がわく。
 
  急成長して世界的にも大きな力をつけてきた中国を牽制する意味合いがあるのではないかと感じる人も多いと思う。
 
  そもそも平和賞については、強い政治色を指摘されてきた。
 
  私の記憶でもっとも納得のいかない受賞は、去年のオバマさんの受賞だ。
 
  就任1年にもならず、何の実績もない、スピーチがうまかっただけのことではないか。
 
  「核なき世界」に向けた国際社会への働きかけに対しての評価だというが、就任1年にも満たない何の成果もあげていない、ただスピーチがうまかっただけのオバマさんの受賞は、なんとも納得がいかないのだ。
 
  その後もアフガニスタンでは兵員を増員しているし、イラク戦争を終結に結びつけることもなかった。
 
  さらには、核廃絶を叫んだ口の根も乾かないうちに臨界前核実験を行なった。
 
  もう一人、私の記憶に残る納得のいかない受賞が、我が国の総理大臣であった佐藤栄作さんの受賞だ。
 
  非核三原則の制定などが評価されてのことだったそうだが、佐藤さんは日本をベトナム戦争での米軍の補給基地とアメリカを全面的に支援していた。
 
  さらには、最近情報公開された文書により、当時の非核三原則は言葉だけであったことが明らかになっている。
 
  パレスチナ解放運動においてイスラエルに対するゲリラの指導者として活躍していたアラファトが、穏健路線に転じてイスラエルとの和平協定を果たしたことによって、イラク側のイツハク・ラビンとともに平和賞を受賞したが、その後幾度も休戦は破られいまだに平和は訪れていない。

 今回の劉暁波氏受賞と、それに対する中国の反応に対する報道について、世界中のマスコミが中国非難をしているが、平和賞のあり方についても言及してしかるべきではないだろうか。

 いつものことだが、こんなことよりも自分の「自分の頭の上の蠅」の心配をするべきな、よだきんぼおじさんの11月12日だ。

2010年12月11日 (土)

鹿児島裁判員裁判無罪判決②

 鹿児島の裁判員裁判による無罪判決について、マスコミ報道は総じて好感を示す解説をしている。
 
 判決後の記者会見で、被告の白浜さんの笑顔を見て、無罪という判決が正しかったように思えてきた。

 2人も人を殺した人間が、あれほど「すがすがしい」笑顔で話ができるものだろうか。

 それほど「すがすがしい」笑顔だった。

 「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の原則を貫いた事は正しい判断だったと改めて思った。

 今回の事件は、犯行に結びつく直接の証拠はなかった。

 それで、判決は「被告が犯人でなければ合理的に説明できない事実関係が含まれている事を要する」とした。

 これは、今年4月、大阪市平野区母子殺人事件の最高裁判決における基準を踏襲したものだだった。

 元裁判官で法政大学法科大学院の木谷明(刑事法)教授は、「判決で、被告が被害者宅にいったことがないとウソをついていると断定しているが、こういう場合従来なら被告に対する心証が悪くなり一気に有罪認定に傾く事がおおかった。」

 「それが裁判員裁判で踏みとどまったように思う」と言っている。

 また評議のなかで、「100回以上振り回しているスコップに、被害者のDNAはついているのに被告のDNAがついていないのはおかしい」

 「70歳の被告が100回もスコップを振り回せるのか」など多くの疑問点が指摘されている。

 まるで、私が以前ブログで書いた、映画「12人の怒れる男」を再現するような話だ。

 「疑わしきは被告の利益」の言葉通り、無罪の心証から裁判をスタートさせたことは意義ある裁判だった。
 
 日本の裁判を批判する本に、検察が起訴した事件に対して有罪という判決を書くのには手間がかからないが、無罪という判決を書くのにはその何倍もの労力がかかる、と言うようなことを書いていた。

 判事も検察も法曹を職とする国家公務員で、判事から検察になることもある。

 そんななかで、検察を否定するような無罪判決を出すと、あとあとの出世に響くことがある。
 というような内容があった。

 裁判官も人の子。良心は無罪に傾いても、現実問題として国家権力の代表とも言える検察に一個人としては抗えないところがあるのかもしれない。

 裁判員裁判によって、裁判員の判断を後ろ楯にすることによって、無罪判決が出しやすくなるという局面があるのかもしれない。

 そうであれば、そこには裁判員裁判の意義を認めざるを得ない。

 しかし、できることなら裁判員をなくしても、裁判官のみでも今回のような判決を導き出してほしいものだ。

 今回は冤罪で犯罪者にさせられたかもしれない人を救ったのであれば、裁判員裁判の功績となる。

 それでは、真犯人は誰なのだろう。

 白浜さんを無罪と認めたとき、警察・検察は新たな真犯人探しをする気力をもてるのだろうか。

 被害者の遺族は無罪判決に対して、「今でも被告が犯人であると思っている。控訴して、上級審で正しい判決がなされることを期待する」との談話を出している。

 結審前に4人の遺族全員が極刑を求めた。

 三男の方は、「遺族が再スタートを切るには、死刑にすべき人は死刑にすべきだ」と裁判員に訴えたという。

 大切な身内を惨殺された遺族が、その犯人を極刑に処したいという気持はわかる。

 しかし三男の方の言葉の通り「死刑にすべき人を死刑にすべき」であって、遺族が再スタートを切るために、無実の人を犯人にして極刑にすることがあってはならないだろう。

 白石さんが無実だとすれば、遺族が恨むべきは、思い込みによる逮捕によってその後の捜査を放棄してしまった警察であろう。

ジョン・レノン追悼の「ハッピークリスマス」のユーチューブ埋め込み初挑戦

8日にジョン・レノンの命日についての記事を書いた。

 そのときにも言ったことだが、私はジョン・レノンの熱烈なファンではない。

 ジョン・レノンのソロの歌で口ずさめるのは、「イマジン」と「ハッピークリスマス」くらいだ。

 そして、毎年この季節になると、カラオケで「ハッピークリスマス」を歌ってみたいと思っている。

 思っているが歌ったことはない。

 それは歌わないのではなくて、歌えないのだ。

 メロディーはなんとなく口ずさめるが、歌詞をしっかり読んだことはない。

 優しくて綺麗なメロディーで、歌詞も「クリスマス」という単語が何度も出てきて、「ハッピー」という単語も聞き取れて、そして小野ヨーコと子どもたちのコーラスが入っていて、「ハッピー」な「クリスマス」ソングのようにあるが、これは反戦の歌だということは聞いていた。

 ジョン・レノンが亡くなって30年が過ぎた今日、はじめて「ハッピークリスマス」の歌詞カードをじっくりと見てみた。

 単語は平易で初歩的な単語ばかりだが、英語からっきしダメおじさんの私には詩の意味が理解できない。

 インターネットを使うと、いくつかの訳詩が見つかった。

 反戦というよりも厭戦というべきかなと思った。

 で、ユーチューブの画像を貼り付けてみた。

 若干悪戦苦闘したような、簡単だったような。

  以下は、ヤフー知恵袋にあったsomething_else_mkさん からの回答で

「HAPPY CHRISTMAS (War Is Over)」(ハッピークリスマス)
by John Lennon の訳詩です。

(Happy Xmas Kyoko)
(Happy Xmas Julian)

そう、今日はクリスマス
そして何を君はした?
一年が終わり
そして新しい年が今、始まった
そして今日はクリスマス
楽しんでるといいな
身近にいる人も敬愛する人も
老いた人も若い人も皆

心からメリー・クリスマス
そしてハッピー・ニュー・イヤー
願おうよ 良い年である事を
不安なんてない年をさ

そして今日はクリスマス (War is over)
弱い人も強い人も (If you want it)
金持ちも貧しき人も (War is over)
世界はとても間違ってる (Now)
そして今日はクリスマス (War is over)
黒い人も白い人も (If you want it)
黄色い人も赤い人も (War is over)
やめようよ あらゆる争いを (Now)

心からメリー・クリスマス
そしてハッピー・ニュー・イヤー
願おうよ 良い年である事を
不安なんてない年をさ

そう、今日はクリスマス (War is over)
そして何を僕らはした? (If you want it)
一年が終わり (War is over)
そして新しい年が今、始まった (Now)
そしてハッピー・クリスマス (War is over)
楽しんでるといいな (If you want it)
身近な人も敬愛する人も (War is over)
老いた人も若い人も皆 (Now)

心からメリー・クリスマス
そしてハッピー・ニュー・イヤー
願おうよ 良い年である事を
不安なんてない年をさ

戦争は終わるさ
みんなが望むと
戦争は終わるさ
もう

2010年12月10日 (金)

海老蔵事件と斉藤佑樹君入団と大連立構想

 今日も、ニュース・ワイドショーのトップは海老蔵事件。

 ワイドショーは大きな時間を割いて取り上げている。

 何度も何度も同じような憶測を並び立てている。

 芸能ネタとして国民の好奇心がそこにあるからなのだろうが、私のまわりは、「テレビのチャンネルをまわしても、どこも海老蔵、海老蔵で、うんざり」という意見ばかりだ。

 もう一つの大きなネタが「斉藤佑樹君の日本ハム入団」のニュース。

 この二つでワイドショーの時間の大半を占有している。

 そんな中で、民主党と自民党の大連立という話が持ち上がっている。

 ワイドショーで、ちらっと取り上げている局があったから、チャンネルをあちこち回してみたけど、海老蔵さんと斉藤佑樹君ばかりが目立っていた。

 民主党と自民党の大連立の方が大いに気になる。

 私は、民主党の政権担当能力には疑問があって、政界大編成もやむを得ないのかもしれないという意見を11月19日のブログに書いている。

 とにかくこのまま放っておくと日本は確実に沈没してしまう。

 だから、早急に民主と自民が連立して舵を切り直した方がいい、と私は思っている。

 もちろん党利党略を捨ててというのが前提だ。

 私たちは声を大にして、「政治をしてくれ!」と叫ぶべきだ。

 そして是非阻止すべきは、党利党略どころか、個人的利益と保身のみで政界再編を行なおうという政治屋たちの動きだ。

 私たち国民の多くが体制の手先と化しているマスコミに、「海老蔵」「佑樹 」に目眩ましされているが、今は、陰で暗躍する政治屋の行動を監視しなければならないときだ。

 ぼうふらの存在で、極力過激な発言を慎むことを是としているのだが、思わずささやいてしまった、今日は12月10日。

鹿児島地裁、裁判員裁判、無罪判決

 鹿児島市で昨年6月、老夫婦を殺害したとして、強盗殺人罪などに問われた無職白浜政広被告(71)の裁判員裁判で、鹿児島地裁(平島正道裁判長)は10日、死刑の求刑に対し、無罪を言い渡した。平島裁判長は「証拠を検討すると、犯行の状況や逃走経路など重要な部分で疑問を挟む余地があり、検察官の主張を全面的に認めることはできない」と理由を述べた。裁判員裁判で死刑が求刑され、無罪判決が言い渡されたのは初めて。 (朝日新聞)

 この裁判の結果については、非常に気になっていた。

 他の裁判員裁判においては、被告が罪を認めているものばかりで、裁判においては刑罰についてのみの判断であった。

 裁判員制度が始まって初めての、無罪か有罪かを争う裁判だった。

 般市民が死刑にからむ判決の責を負わされることにも私は異論が有るのだが、鹿児島の裁判のように、被告が全面的に無罪を主張してる裁判において一般市民に死刑の判決を下す責を負わせるのは酷であるし、法的にも問題があるのではないかと思っている。

 このことについては、11月18日のブログにも書いた。

 今回の被告は、捜査段階から「現場には行っていない」と関与を否認し、無罪を主張していた。

 事件で、犯行に直接結びつく証拠はなく、立証は間接証拠の積み重ねであった。

 進入路といわれる網戸から採取された細胞片のDNAと物色されていたタンスから採取された指紋くらいしかない。

 犯行の動機は物取りとされているのに、現金や貴重品が残っていた。

 凶器とされているスコップには犯人の指紋が出ていない。

 果たして裁判員の結論は、判決理由の「証拠を検討すると、犯行の状況や逃走経路など重要な部分で疑問を挟む余地があり、検察官の主張を全面的に認めることはできない」ということになったようだ。

 この判決に、私はほっとするものを感じた。

 判決に大阪地検の証拠改ざん事件も多少の影響を与えていることだろう。



「疑わしきは被告の利益」という言葉がある。

 私は、100%の確信がもてない場合は無罪とするべきだと思う。

 


今回の鹿児島地裁での裁判員裁判は、無罪を主張する被告への死刑求刑というのも初めてのこと。

 選任手続きから判決までが、これまでで最長の40日間。

 裁判員による初の現場検証。
 
 評議も最長の14日間等々、初物づくしの裁判だった。

 今回、無罪という評決をだされたわけだが、無罪という評決にいたるにしても非常に心を痛めたことだろう。




 今後、無罪を主張する被告に対しての裁判で死刑の評決にいたった場合の裁判員の心中を想像すると、いたたまれないほどの心の不安を覚える。

 裁判員制度のあり方については、早急に再検討をするべきだろう。

2010年12月 9日 (木)

東国原知事退任による宮崎県知事選挙と海老蔵事件

 今日、任期満了にともなう宮崎県知事選挙が告示された。

 1期での退任を表明している東国原知事の後任を決める選挙なのだが、まったく盛り上がりがない。

 東国原さんは就任以来ずっと90%以上の支持率を得ていた。

 「宮崎をどげんかせんといかん」ということで知事になられて4年間、宮崎の名を全国に広めてくれた。

 県知事として、宮崎に多大なる貢献をしていただいた。

 当初出馬に疑問視する声もあったが、前知事が官製談合事件により逮捕されたことによる選挙であったため、各界とのしがらみのなさが県民の好感を受けて高い得票率で当選した。

 就任早々に鳥インフルエンザに見舞われたが、陣頭指揮で素早い対処にあたった。

 その後はバブル的な全国的人気を得て、宮崎の宣伝マンと称してテレビ報道にも積極的に出演して宮崎の名を全国区に高めてくれた。

 私は、当初から上昇志向の強い方だという印象を持っていたが、異常とも思えるほどの東国原人気を後ろ楯にてして国政への発言も目立つようになった。

 そして2008年、自民党の衆議院議員への出馬要請のときの「私を総裁にするお覚悟」発言からのどたばた劇。

 そして口蹄疫問題。

 さらには、都知事選出馬報道。

 最終的に1期での引退宣言。

 県民のほとんどが、せめてもう1期の続行をお願いしたのだが退任の意を翻すことはなかった。

 出馬した際の「宮崎を変えないといけない」という目的は達成されたのだろうか。

 不出馬問題も落ち着き、マスコミもニュースネタとしての価値がなくなったのか、このところめっきり露出が減ってしまった。




 それにしても、今後の宮崎県政にかかわる県知事選挙だというのに、この盛り上がりのなさは尋常ではない。

 東国原知事によるお祭騒ぎの後の脱力感なのかもしれない。

 少なくとも宮崎県民にとっては、海老蔵事件の真相よりもはるかに重要な問題だと思うのだが。

2010年12月 8日 (水)

市川海老蔵事件とジョンレノン命日に思う

 30年前の今日、ジョン・レノンが暗殺された。

 通常ならどのテレビ局も取り上げる話題なのだが、今年は市川海老蔵事件にワイドショーの時間のほとんどをとられてしまったせいか、ジョン・レノンを大きく取り上げる番組は少ない気がする。

 私は、いわゆるビートルズ世代ではあるが、特別なビートルズファンでもはなかった。

 だけど、ジョン・レノンの訃報を聞いたとき、かけがえのない大事なものを無くしたような気がした。

 どうにかして、無くした落とし物を探し出して、もう一度自分のポケットに戻したいような心境だった。

 ケネディーが暗殺されたときにも同じような思いを感じた。

 ケネディーの暗殺は、当時開発中の通信衛星による日米間の初中継の当日だった。

 この歴史的な日に、歴史的に残る大統領暗殺事件が中継されることになってしまった。

 いずれも時間の針を戻したいと思う事件だった。

 そんな事件の一つに、三島由紀夫の市ヶ谷駐屯地での割腹自決がある。

 この事件も、私にとっては衝撃的な形で知ることになった。

 当時私は東京で学生生活をしていたのだが、三島の死を学校の帰りの電車の中で知ることになった。

 少し混み合いはじめた電車で隣の人が拡げている新聞の大きな見出しと写真を見たとき、三島由紀夫がまた新しい映画を作ったのだろうと思ったものだ。

 しかし、隣の人の新聞をもっとじっくり読んでみると、三島由紀夫が自決したということのようだった。

 その記事が目にとまったのが、ちょうど市ヶ谷駅を通過する直前だったというのも劇的だった。
 
 次の停車駅の新宿で降り、夕刊を買って事件を確かめたものだった。

 もう一つ、突然亡くなって生き返ってもらいたい人として尾崎豊がいる。

 尾崎豊については、彼の活動中はまったくその存在を知らなかった。

  正確には名前だけは知っていたのだが、それは当時のアイドルタレント「斉藤由貴」との密会の相手ということだけだった。
 
  尾崎豊の歌を初めて聴いたのは、彼の死後8年くらい経ってのことだった。
 
  飲み会の席で、後輩の歌う「I LOVE YOU」に心が揺さぶられた。
 
  50歳前のおじさんの私が、恥ずかしながら、衝撃を受けた。
 
  「誰が歌っているんだ?」と聞くと「尾崎豊」だという。
 
  そいつに、「ほかの歌も歌ってくれ」と頼むんで歌ってもらった歌が「15の夜」だった。
 
  これまた、恥ずかしながら50歳直前のおじさんの私が、思わず目頭を熱くしてしまった。
 
  このとき尾崎豊の存在を教えてくれた私の後輩が、それから数年前に自ら命を絶ったことが、尾崎の印象をさらに強いものにしている。
 
  いつまでも自分の心に残るという人の死がいくつかあるが、この5人の死はいずれもまだ生きていて欲しかった人たちの死だ。
 
 できるなら生き返って欲しいと思って来た人たちだった。

 「だった」というのは、今はそうは思っていない。

 彼らは、一番輝いていたときに人生を終えた。

 やり残したこともあったのかもしれないが、彼らは最高の輝きを放ち続けている。

 ジョン・レノンの命日を報じる番組で、「ジョン・レノンが生きていたら、どれだけすばらしい歌を作り続けたのでしょう」というコメントをしていた。

 ジョン・レノンが生きていればちょうど70歳である。

 私は、70歳のジョン・レノンを想像して、ジョンはあの時死んだからいつまでも私の中でジョンレノンであり続けるのだと思えた。

 ケネディーも三島由紀夫も尾崎も、あの年に死んでしまったことで人の心に生き続けることができるのだろう。

 ただ、若くして死を選んだ後輩だけは生きていて欲しかったとつくづく思う、ジョン・レノンの命日だ。

 

2010年12月 7日 (火)

諫早湾潮受け堤防 開門を命じる 福岡高裁判決

 福岡高裁が諫早湾の潮受け堤防の開門を命じる判決を下した。

 潮受け堤防の工事では、「ギロチン」という呼称で話題になった数百枚もの鉄板が次々と海に落とされていくシーンが衝撃的な記憶として残っている。

 諫早湾の干拓事業の構想は、農業が基幹産業であった戦後間もない1952年のことだった。
 その後時代は変化し、米は余り、国が休耕田を奨励するようになり、埼玉県と同じ広さの農地が余る時代になりつつあった。

 1989年、干拓事業は名目を防災に変えて工事を着工した。

 総事業費2,533億円。

 当時から、無駄な公共事業で環境悪化につながるということで激しい反対運動も起こっていた。

 当時野党だった菅さんもと、「走り出したら止まらない公共事業の典型」と猛反対をしていた。

 もともとの事業の目的であった干拓事業の意味を失っているにもかかわらず、事業は強行された。

 2,533億円の無駄遣い。2,533億円である。

 莫大な無駄遣いをしたのではない。

 莫大なお金を使って、環境を悪化させ、未来に向かって経済的な損失を与えたのだ。

 開門を命じる判決により、開門したとしても、環境が改善するかは疑問である。

 開門当初は、潮受け堤防内によどんでいた水や澱が流れだして、より環境の悪化を招きはしないか。

 一方では、干拓地内の営農者は開門による塩害を心配しなければならない。

 開門後、今度は営農者から潮受け堤防閉鎖を求める訴訟が起こりはしないか。

 少なくとも、開門による農業被害の保証を訴えられることだろう。

 走り出したら止まらない公共事業と言われるが、走り出した公共事業をどう止めるかは簡単な問題ではない。

 注目されている大型公共事業として「八ッ場ダム」「川辺川ダム」があるが、止めるというと止めるなという人がいる。

 八ッ場ダムの総事業費は4,600億円。川辺ダムが2,650億円。

 その莫大な予算にかかわる人たちにとっては、工事自体が死活問題だろう。

 どんな事業にも推進派、反対派がある。

 それぞれが、それぞれの理論で賛成し反対する。

 しかしそれは、本当にいいことは何かではなくて、自分の利益にとって何がいいかが問題なのではないだろうか。

 これは私の暴論だが、「金で済むことであれば、金で済ませたほうがいい」という理論はどうか。

 八ッ場ダムや川辺川ダムの建設を止めることが正しい方法だという結論がでたら、工事は中止する。

 そして工事を継続したらかかるであろう費用を、そのまま補助金として推進派に提供するということにするわけだ。

 ダムによる環境や生態系の破壊は大きな問題であり、いったん破壊された環境や生態系は回復できない。

 推進、中止、どちらが正しいか決定的にわからないのであれば、環境・生態系の破壊があきらかな工事は中止するべきではないか。

 そして、それによる損失を被る人たちには損失に見合う補助金を支払った方がいい。

 無駄遣いはやめられなくても、破壊した環境や生態系をもとに戻すための費用の削減はできる。

 諫早湾の潮受け堤防を悪い方の手本として、真剣に建設の是非を考えるべきだろう。

2010年12月 6日 (月)

阿久根市、竹原市長リコール成立

 阿久根市の竹原市長のリコールが成立した。

 投票率77.35%。賛成票7,543票、反対票7,145票。

 その差は398票。

 僅差である。

 半数近くの市民が竹原さんを支持しているわけだ。

 同日、竹原さんは1月に行なわれる出直し選挙への出馬表明をした。

 リコール派は新たな候補者を擁立して選挙戦を闘うことになるのだが、苦戦を強いられることになるだろう。

 他の立候補者も出てくることも考えられるだろうが、竹原さんの再度の可能性が高まることだろう。

 いつも頭に湧いてくるのが、田中角栄さんの「ダメだダメだというなら代案を出しなさい!」という演説の言葉。

 「ダメだ!」と非難することは優しいが、それに変わる代案をもって運営するのは難しい。

 それは、政権交代を果たした民主党を見ていてつくづく感じることでもある。

 リコール成立とりあげていた今朝のワイドショーで、税収20億円の阿久根市での人件費が24億円になると言っていた。

 収入に占める人件費の割合は尋常ではない。

 民間企業であれば、当然人件費のリストラが行なわれるだろう。

 こんな数字を知ると、人員削減や給与カットを強行してきた竹原さんのやりかたに納得できるところもある。

 議会に提出してもすべて否認されてしまって、改革はまったく進まない。

 だから全てを専決処分を行ったということだろう。

 今回のリコール成立を受けての竹原さんの態度を見ていると、かれは単に市長の椅子にのみ固執しているのではなく、自分のやるべきことがあるという使命感を持っているように思える。

 しかし、「正しいから自分の意見をすべて認めろ」「反対は一切許さない」というのは民主主義に反する。

 民主主義は、それなりに手間がかかるもの。

 もう少し辛坊も必要ではないだろうか。

 恐らくは出直し選挙で竹原さんが再選されることだろう。

 そうなると、竹原さんは民意を得たりとばかりに、引き続き強硬な行政を行なうことになるのだろう。

 そして市議会は、引き続き強硬な反対をしていくのだろう。

 竹原さんも市議会も、今回のリコールの住民投票の数字の意味をしっかり考えて、今後の市政改革に臨むべきだろう。

2010年12月 5日 (日)

イタリア料理 Bliss (ブリス) オープン 延岡・日向地区 門川町に本格イタリアン

明日 12月6日(月)  門川町におしゃれなイタリア料理のお店が開店します。

9月まで延岡市船倉町で営業していました。

おしゃれで美味しい、女性に人気のお店でした。

P1010158_2

   おしゃれなエントランス。

   木製のドアが閉まっていますが、気軽にお入りください。

  リーズナブルなお店ですよ。

 予算は1050円からいろいろあるようです。











P1010160_2

  おしゃれな看板がお迎えします。

  店内はまだ準備中で、写真が撮れませんでした。

  そのうちご飯を食べに行ったときに撮ってきて紹介しますね。

  とりあえず、開店前の建物だけ紹介しておきます。

  ランチ      11:30~15:00
  ディナー  17:30~20:30

  住所  門川町東栄町1-6-7
  電話 0982-63-3925

   

大きな地図で見る

2010年12月 4日 (土)

中国の101歳 神の医師 山崎宏さん死去 

 今日の朝日新聞に山崎宏さんが亡くなられたことが報じられていた。

 それで納得がいった。

 一昨日から私のブログに「山崎宏 報道ステーション」「中国残留 医師 神の医師 10歳医師」等々の検索用語での来訪が目立っていた。

 山崎宏さんは、日中戦争後自らの贖罪意識から中国にとどまり、医師の免許を取り、その後60年にわたって中国人を診療してきたという方だ。

 私は、報道ステーションでそのことを知り、8月3日のブログに書いていた。

 そんなに古い記事なのに、一昨日昨日と突然来訪者が増えていたのだ。

 おそらく一昨日の夜のニュースで訃報が報じられたからだろう。

 102歳でのご逝去だった。

 山崎さんの功績については、8月3日のブログに詳しく書いているので割愛するが、今の私は、102歳まで現役で医療を続けられていたことに驚きと羨望を感じる。

 私はこのところ自分の死に対する認識が変わってきた。

 このブログを立ち上げたときの主題の一つに、相続・遺言の必要性を訴えたいということがあった。

 それは、自分が「残す『物』」を「残された『者』」へどう残すかということを主に考えていた。

 そして遺言のなかに付言と残された人たちへの自分の気持を記すことが大事だということを伝えたかった。

 しかし、それは漠然とだが平穏な末期を前提とした遺言だった。

 この2、3年で父と母を立て続けに看取った中で、自分の死に方についていろいろ考えるようになった。

 このことについては、また相続・遺言のカテゴリーで書いていこうと思う。

 帯津良一さんは、「介護されて寝たっきりでの長生きは本人もまわりも、つらく苦しい」と言っている。

 そして人間は、「死ぬタイミングが大事だ」「死に損なうとろくなことにはならない」と言う。

 帯津さんの言う「ちょうど良い」死に時は「80歳くらい、遅めでも90歳の半ば」

 これには、私は全く同感である。

 さらに、帯津さんは、死の不安にうち勝つために一番大事なことは「死後の世界を信じること」という。

 帯津さんは死後の世界を「虚空」と名づけておられる。

 この死後感については、私は異論が有って、そのことについてもまた別の機会に話をしたい。
 山崎さんは102歳まで生きられた。

 山崎さんは非常にまれな強い生命力をお持ちになっておられて、山崎さんにとっての「死に時」は102歳であったのだろう。

 しかし通常の人にとっての「死に時」は、やはり帯津さんの言うように80歳から90歳がいいところだろう。

 私が「死に損ないたくない」という基準は、自分のことだから自分の胸にしまっておきたい。
 そして「死に時」は人それぞれなのだから、自分の基準を人に押しつけるようなことをしてはいけないと思っている。

 ただし、自分の希望する「死に時」「死に方」については、元気なうちに遺言としてしたためておくべきだと思っている。

 その一つして「尊厳死の宣言書」(尊厳死協会の文面を転写)を9月14日のブログに書いている。ぜひ参考にしていただきたい。

2010年12月 3日 (金)

お気に入り文具 手製の鉛筆ホルダー

 文具の中で、最近影が薄いのが鉛筆だ。

 鉛筆を使うのは小学校の低学年くらいまでではないのだろうか。

 なんせ、ちょっと書くと芯の先が丸まってしまって線が太くなってしまう。

 そうすると、えっちらおっちらナイフで鉛筆削りをすることになる。

 私の小学校時代は、筆記具といえば鉛筆のみ。

 シャープペンシルもできていたが、高価だったし、鉛筆全盛時代だった。

 私は勉強が嫌いで、宿題を前にすると、まずは鉛筆削りを始めたものだった。

 宿題はどうせやらなければならないのだけど、嫌いなことは後回しにしたくて、いつもより丁寧鉛筆削りをするのだった。

 鉛筆はすぐに線が太くなるという性格上、ナイフで削って芯をとがらせたものを4~5本は筆箱に入れておかなくてはならない。

 宿題するのに、とりあえず1本削ればいいのだけど、筆箱の中の鉛筆を一つ一つ丁寧にけずって並べていく。

 宿題は嫌いだけど、鉛筆削りは好きだった。

 昔は筆記具の王様だった鉛筆だが、いつのころからか全く使われなくなてしまった。

 今は、ボールペンが全盛で、シャープペンシルを使うことも少ない。

 鉛筆はまったく見かけない。

 そんな鉛筆なのだが、先日事務所の倉庫に置きっぱなしにしていた机の引出しを整理していたら、使いかけの鉛筆が出てきた。

 三菱の「ユニ」。昔、ちょっと高級な鉛筆として発売されたものだ。

 鉛筆なんて使わないのだが、貧乏性で捨てることができない。

 それで事務所でメモ書きをするときに使うことにした。

 使い倒して短くなって捨てようと思ったのだ。

 しかし、使ってみるとこれがなかなか良いのだ。

 まず軽い。

 芯の硬さが2Bで、書き味も良い。

 特に思いついたことを書きとめるのには良い。

 ボールペンと違って、メモしていると、記録するだけではなくて、鉛筆で描く線にそのときの自分の感情が入り込んでいくような気がする。

 ちょっと話を作りすぎな感もあるが、文字や図形を書いていて優しい気持になれるのだ。

 そんな私が愛用しているのが、手製の鉛筆ホルダーだ。

P1010162  写真下段が私がおすすめしたい手製の鉛筆ホルダー。

 写真上段は、文房具屋さんでうっている鉛筆ホルダー。

 鉛筆のもう一つの大きな欠点が、削っていくと軸が短くなって握れなくなること。

 そんなときに力を発揮するのが鉛筆ホルダー。

 写真上のホルダーは、短くなった鉛筆を差し込んでネジでギュッとしめて使うようになっている。

 しかし、私はその金属の触感が好きではない。

 それに重量の軽い鉛筆と金属の組み合わせで、鉛筆本来のバランスがくずれる。

 そこで編み出したのが、下段の手製ホルダー。

 ホルダーといっても、書き損じたコピー用紙を鉛筆の軸にくるくると巻き付けただけのもの。

 これが軽くて、使いやすいすぐれもの。

 ただし、短くなった鉛筆を芯にしてコピー用紙を巻き付けようとすると、用紙はうまく丸まらない。

 だから、いったん長い鉛筆を芯にしてコピー用紙を巻き付け、筒状にしたところで短くなった鉛筆を差し込むというのがコツだ。

 ということで、最近もっぱらアイデアや、伝言の走り書き等々、私の机の上では鉛筆が主役の座に納まっている。

市川海老蔵殴打事件 報道 その②

 昨日、なんだかアクセスが増えているので検索ワードを見てみたら、「市川海老蔵」を検索ワードとしての来訪が増えていた。
 
 「市川海老蔵殴打事件」は国民的娯楽推理小説の様を呈しているようだ。

 市川海老蔵擁護派と反海老蔵派の意見を取り混ぜて面白おかしく話を大きくしているようだ。
 今回の騒動で思い出すのが朝青龍の暴行事件だ。

 私は刑事事件についてはまったく勉強していないのでわからないのだが、刑事事件というのは犯罪を犯したものを国が罰するものだと思っていた。

 今回の事件は傷害事件だが、傷害事件も殺人やひき逃げと同様、事件の発生を知ったら警察が捜査に乗り出すものだと思っていた。

 刑事事件の中に、親告罪という既定があって被害者が被害届を出さないと刑事事件にならないというものがある。

 単独犯による強制わいせつ罪、強姦罪、名誉棄損罪・侮辱罪というのがそれにあたる。

 良く言われることで、、単独犯による強姦罪は親告罪だが、2人以上での集団強姦罪は非親告罪だから、被害者の告訴がなくても公訴できるという話を聞く。

 そのことをふまえて考えると、傷害罪は親告罪ではないから事件の発生によって直ちに警察が動くものだと思っていた。

 今回の事件では頬骨陥没全治6週間という重症を負わされているというのに、警察の被疑者に対する強制捜査は行なわれていないように感じる。

 朝青龍の暴行事件のときもそうだった。

 相手が相当な怪我を負っているのに朝青龍の逮捕はなかった。

 示談による和解もできるようなので、事件の程度を見て警察も動くということなのだろう。

 それにしても、テレビのワイドショーはしばらくはこのネタで飯が食えるだろう。

 週刊誌もこの事件を大きく取り上げている。

 この経済効果はどのくらいになるのか計算してくれる経済学者はいないのだろうかと思う12月3日。

2010年12月 2日 (木)

市川海老蔵事件報道で、私が感じた本当に恐いこと

 昨夜からのニュースワイドショーを見ていて、「やっぱり」と感じた。

 市川海老蔵氏が一方的な被害者で、しかも全治6カ月という重傷を負わされているというのに、報道各社の犯人に対する追求に迫力を感じなかった。

 そのことを昨日、「各社ともに26歳男性という呼称で統一している」という言葉に代表させて、疑問を感じていた。

 昨夕からのニュースワイドショーでは、一転して「海老蔵氏が先に手を出したのではないか」という報道に変わっていた。

 さらに、今朝のニュースワイドショーでは、「先に手を出したのは海老蔵氏のようだ」に変化している。

 中には、相手側も全治2週間という診断書を持っているという報道もある。

 こういった報道の際に、「新事実が判明しました」と断定する言い方をするが、私は前々からテレビの悪行の一つだと思っている。

 取材した相手がそう言っているだけで、それが事実かどうかは詳細な裏付けをとっていかないとわからないことだ。

 相手の証言を本人が認めた時にのみ「事実」になるのであって、本人が否定している限りは「事実」と断定することはできないだろう。

 テレビ局の意向に沿った証言をとらえて、さもそれが事実であるかのような表現をすることはテレビの奢りであり、そのことを私は常々不快に感じている。

 私の心にはいつも「松本サリン事件」がある。

 あの時犯した罪をマスコミは忘れるべきではない。

 「新事実が判明しました」ではなく、「こういった証言もありました」だろう。

 もう一つ恐いことは、マスコミが、とりわけテレビが、阿吽の呼吸というのか、根回し談合的自主規制なのか、歩調をあわせたように同じ報道をしていくことだ。

 今回も、当初は全ての局が海老蔵氏の「介抱していたらいきなり殴られた」という話だった。

 私だけでなく、視聴者はそれだけではないものを感じていたが、当初そんな意見を言うワイドショーはなかった。

 「どんな真実があったのでしょうか」と言う程度のことを言ってはいたが、市川海老蔵という大名跡に対して真っ向から向かって行く番組はなかった。

 厚顔無恥なテレビ取材陣が、あの時点で他の関係者からの証言を一切とっていないということはあり得ない。

 それなのに、当初はそんな証言は一切流さなかった。

 それが昨夕からは各社ともに、「海老蔵氏が先に手をだしたかもしれない」という報道に変わった。

 テレビの恐ろしいのは、くり返し流し続ける映像が「事実」と錯覚させることだ。

 そして一番恐ろしいのは、全てのテレビ局が談合人心操縦報道をとっているような気がすることだ。

 今回の海老蔵事件で、あらためてテレビの恐さを感じた。

 それでも、テレビ大好きな「よだんきんぼ(宮崎弁でなまけもの)おじさんの12月2日。

2010年12月 1日 (水)

カタカナ語録 「しがみつかない生き方」の香山リカさん

 久しく、カタカナ語について書いていなかった。

 深刻な事件が多すぎて、テレビに出てくるわからないカタカナ語に気をとめているヒマがなかったのかもしれない。

 そんな中で書き留めざるを得ないカタカナ語に出会った。

 昨日の登場は、「香山リカ」さん。

 精神科医で「しがみつかない生き方」等の著作も有名な人だ。

 場面は昨日の朝のワイドショー。

 話の内容は忘れたが、「・・・・『コウコク』つまり『パブリシティー』が必要・・・」とおっしゃった。

 「コウコク」という言葉の説明のために「パブリシティ-」というカタカナ語を使われると、私のような英語苦手おじさんとしては頭が混乱してしまう。

 「広告」「公告」「興国」「公国」等の同音異義語を区別するために「パブリシティー」という注釈を漬けられたのだろうか?

 あの時の話の流れでは、私は「コウコク」は「広告」だと思った。

 話の流れは広告・宣伝という感じだった。

 香山さんが「パブリシティー」という注釈をつけられたことによって、私は「コウコク」は「広告」以外の意味があるのかもしれないと思い、カタカナ語辞典で「パブリシティー」の意味を確認するという余計な手間をかけられてしまった。

 カタカナ語辞典には「パブリシティー」=「一般に広く知らせること。周知。政府・企業・団体がマスメディアを通じて望ましい情報の伝達をめざす活動。」とある。

 ということは、すなわち「広告」でいいのだろうと再確認した。

 「公告」=「国または公共団体が文書によって一般公衆に告知すること。」もカタカナ語では「パブリシティー」と言うのかもしれないなと、かえって私の頭を混乱させた「パブリシティー」であった。

市川海老蔵事件の真相は?

 ワイドショーは市川海老蔵事件で溢れている。

 どのチャンネルをまわしても海老蔵さん。

 久々のワイドショーのヒットネタとなっていて、各社趣向をこらした番組作りをしている。

 ワイドショーを見ていると、何が本当で何が嘘かわからなくなってくる。

 最初はどの曲も海老蔵さんが一方的な被害者という取り扱いをしていた。

 今日は、海老蔵さんに事件の原因があったかもしれないという報道に変わった。

 明日は、「かもしれない」が「原因は海老蔵さんにあった」となるのかもしれない。

 加害者とされる男性は、年齢・住所・経歴等々詳細を報道されているが、どの局も「26歳男性」という呼称で統一されているようだ。

 インターネットでは実名が飛び交っていて、報道各社も当然わかっているわけだ。

 逮捕状が出た時点ではまだ実名報道はできないという法律があるのかもしれないが、それにしてもどの局も「26歳男性」と言っているのを聞くと違和感がある。

 加害者が子供の頃通っていた学校の映像や、その頃の同級生の感じた人間像とか、加害者が住んでいる近所の人の感想とか、事件の真相には余り関係ない取材だけが報じられていて、肝心の事件のあった店やビルの関係者への取材についての報道は少ない。

 人のお通夜や葬儀の式場までカメラやマイクを持ち込み、悲嘆にくれる遺族にマイクを突きつけるのも平気なレポーター達はなにをしているのだろう。

 取材はしているけど、報道できない何かがあるのだろうか。

 それと、日頃重大事件において垂れ流しにされているように感じる捜査当局からのリーク報道がないことにも疑問を感じる。

 こんなに世間が大騒ぎしているのに、事件の核心に触れる事実がほとんど出て来ないように感じる。

 頬骨が陥没し全治6カ月の重症を追わせた傷害事件で逮捕状も出ているというのに、「被疑者はまだ出頭しない」と、のんびりしたことを言っている。

 今回の報道についてワイドショー的には大騒ぎしているが、マスコミの姿勢になにか違和感を覚えてしまう。

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