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2010年12月 2日 (木)

市川海老蔵事件報道で、私が感じた本当に恐いこと

 昨夜からのニュースワイドショーを見ていて、「やっぱり」と感じた。

 市川海老蔵氏が一方的な被害者で、しかも全治6カ月という重傷を負わされているというのに、報道各社の犯人に対する追求に迫力を感じなかった。

 そのことを昨日、「各社ともに26歳男性という呼称で統一している」という言葉に代表させて、疑問を感じていた。

 昨夕からのニュースワイドショーでは、一転して「海老蔵氏が先に手を出したのではないか」という報道に変わっていた。

 さらに、今朝のニュースワイドショーでは、「先に手を出したのは海老蔵氏のようだ」に変化している。

 中には、相手側も全治2週間という診断書を持っているという報道もある。

 こういった報道の際に、「新事実が判明しました」と断定する言い方をするが、私は前々からテレビの悪行の一つだと思っている。

 取材した相手がそう言っているだけで、それが事実かどうかは詳細な裏付けをとっていかないとわからないことだ。

 相手の証言を本人が認めた時にのみ「事実」になるのであって、本人が否定している限りは「事実」と断定することはできないだろう。

 テレビ局の意向に沿った証言をとらえて、さもそれが事実であるかのような表現をすることはテレビの奢りであり、そのことを私は常々不快に感じている。

 私の心にはいつも「松本サリン事件」がある。

 あの時犯した罪をマスコミは忘れるべきではない。

 「新事実が判明しました」ではなく、「こういった証言もありました」だろう。

 もう一つ恐いことは、マスコミが、とりわけテレビが、阿吽の呼吸というのか、根回し談合的自主規制なのか、歩調をあわせたように同じ報道をしていくことだ。

 今回も、当初は全ての局が海老蔵氏の「介抱していたらいきなり殴られた」という話だった。

 私だけでなく、視聴者はそれだけではないものを感じていたが、当初そんな意見を言うワイドショーはなかった。

 「どんな真実があったのでしょうか」と言う程度のことを言ってはいたが、市川海老蔵という大名跡に対して真っ向から向かって行く番組はなかった。

 厚顔無恥なテレビ取材陣が、あの時点で他の関係者からの証言を一切とっていないということはあり得ない。

 それなのに、当初はそんな証言は一切流さなかった。

 それが昨夕からは各社ともに、「海老蔵氏が先に手をだしたかもしれない」という報道に変わった。

 テレビの恐ろしいのは、くり返し流し続ける映像が「事実」と錯覚させることだ。

 そして一番恐ろしいのは、全てのテレビ局が談合人心操縦報道をとっているような気がすることだ。

 今回の海老蔵事件で、あらためてテレビの恐さを感じた。

 それでも、テレビ大好きな「よだんきんぼ(宮崎弁でなまけもの)おじさんの12月2日。

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