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2011年4月

2011年4月30日 (土)

震災復旧のための増税に安易に賛成していいのだろうか

テレビの夕方のローカルニュースで、世論調査の結果を報じている。

 震災復興のために増税止むなしという意見が6割を超している。

 増税の財源は消費税に求めるというのが4割。


 やむなしなんだろうけど、震災復興を錦の御旗に世論形成におどらされてはいないか。

 国民はもっと怒ってもいいのでは?


 一昨日(27日)、小沢一郎民主党元代表の資金管理団体「陸山会」を巡る政治資金規正法違反の裁判で証人にたった「水谷建設」の川村尚・元社長が陸山会側に1億円の裏金を提供したとする場面を生々しく証言していた。

  川村 元社長は、「1億円を2回に分けてお支払いした」と明言している。

 金の授受方法についても、「大久保被告の指示で、赤坂のホテルのフロント前のソファの下で紙袋にいれた5000万円を手渡した」と述べている。

その後、同社はダム工事を受注しており、それについても「小沢事務所と大久保秘書の力」と証言している。


 被告側は、川村元社長の記憶が曖昧な点を激しく追求していて、事実を否認しているようだが、何年も前のことを完璧に記憶している方が不自然だ。

 曖昧な記憶をよみがえらせていく陳述のほうが真実味がある。

 元社長の、「紙袋をすっとすべらして渡した」という5000万円の受け渡しの方法は作り話とは思えない真実味のある話だ。



 
震災の復旧工事には10兆円を超す公共事業がひかえている。

 談合工事での税金の無駄遣いや、それにまつわる不正な大金を手にする政治家はいないのだろうか。


 ここに来て、ようやく子ども手当や、高速道路の無料化等のバラマキ政策の見直しの話が進みそうだ。

 国家公務員の給与の引下げも行なわれそうな気配である。


 民主党が掲げていた
無駄遣いを無くすという政策無しの、火事場泥棒的な増税には国民は肝要であってはいけない。

2011年4月29日 (金)

久々の「傘がない」

 昨日、「ギャラクシータブ」を買ってしまった。

 「エスクペリア」でスマートフォンの便利さを満喫していたのだけど、便利さを満喫していただけに、さらなる極みをもとめてタブレットに興味がわき、タブレットと携帯の2台持ちにしようかという気持もあった。

 ギャラクシータブなら、なんとか1台持ちでやれるんじゃないかと思って、何度かお店にデモ機をさわりに言ったんだけど、日常持ち歩く電話機代わりには大きすぎる。

 ただ、スマートフォンでインターネットにつないで画面の小ささに不便を感じたときに、タブレットに心がなびく。

 そんなことを何度かやっていたが、昨日、衝動的に「ギャラクシータブ」に機種交換をしてしまった。

 新規で買っての2台持ちにしようかと迷ったのだが、2台持つ方が、より不便だと思って「ギャラクシータブ」1台でやってみることにした。

 手に入れてみると、大きいことの不便さに軽い後悔を覚えた。

 電話帳やスケジュールは買い換えの店で移動してくれたのだが、ブックマーク(お気に入り)や、「エスクペリア」て使っていたアプリ(ソフト)は自分でいれ治さなくてはならない。

 昨日、今日とそれに手を取られていた。

 で、昨日、今日は、震災関連のことについて、ちょっと気持が離れていた。

 久し振りに頭の中で、井上陽水の「傘がない」がかかっている。 

2011年4月28日 (木)

被災地をお見舞いする天皇陛下に涙

 被災地を見舞う天皇陛下のお姿は、被災地の避難者のみならず、テレビの前の私たちの心も救ってくださる。

 各界、多岐にわたる方々の被災地での支援活動が報道されるが、心のゆがんでいる私には、彼らの行動にいくばくかの宣伝行為を感じてしまうのだ。

 やむにやまれぬ気持から被災地にかけつけているのだと思うのだが、かれらの行動がテレビで大きく報道されるのを見ていると、心の片隅に、ほんのちらっとではあるが猜疑心がわいてしまうのだ。

 それは、私の心の貧しさだと恥じ入るべきことだとも感じている。


 しかし、天皇陛下のお姿には、みじんもそんな不埒な事を考えることはない。

 天皇陛下が被災者と膝をつきあわせて、一人一人にお声をかけるお姿は心洗われる気持がする。

 菅さんが被災地を慰問した映像に感じた気持とはまったく異質の純粋なものを感じる。


 戦後に生まれた私は、戦前の教育を受けた人たちのような天皇感は抱いていないのだが、災害があったときに被災地をお見舞いする天皇陛下のお姿には、神々しいものを感じさせられる。

 天皇陛下は、ただただ被災者の話しに耳を傾け、ただただいたわりのお言葉をかけるだけ。

 ひたすらに、被災者の悲しみやつらさをいっしょになって受けとめてくださる。どんな励ましの言葉より被災者の方々は救われた気持になるだろう。

2011年4月27日 (水)

三洋電気、ライスブレッドクッカー ゴパンが発売再開

 三洋電機のヒット商品、ライスブレッドクッカー ゴパンが発売を再開した。

 ゴパンについては、私のブログでも、昨年9月に「売れすぎて発売延期商品」として紹介した。

 売れすぎて発売を11月に延期したけど、11月の発売と同時に注文が殺到して、注文受付も中止した。

 その時の注文をやっとさばけるようになったのかもしれない。

 今回も、またテレビが大騒ぎするだろうから、品薄状態がしばらくは続くだろう。

 今日のテレビで取り上げたせいで、私のブログでも、「サンヨー ゴパン 価格」のキーワードでのアクセスが増えている。




 
ちなみに、グーグルで「サンヨー ゴパン 価格」で検索してみたら、8番目に表示されている。

 当時のサンヨー電気のホームページの記事を切り貼りしているから、結構役にたつに違いない。

 蛇足ながら、9月5日のブログなので参考まで。

 さらなる蛇足で、私はすでに奥さんから「買ってはいけない」と釘を刺されている。

 

 

菅おろし、原口元総務大臣の弁

 今朝のワイドショーに原口一博元総務大臣が出演していた。

 原口さんはテレビ出演が多く、温厚な顔だち、そして冷静で論理的な語り口に時期総理として期待する声もある。

 私も、かつてはその一人だった。

 しかし今は、この人は竹中平蔵さんと同じくらい口のうまいだけ人だと思っている。

 今日は、「菅おろし」の正当性を論理的に話していた。

 その話の中で、「この危機的な状況で、総理をすげ替えているヒマはないのでは?」と突っ込まれると、血相を変えて

「そんなことを言ってはいけない。まかせていては解決ができないリーダーは交替するべき」

「交替にはそんなに時間がかからない」というような反論をした。


 
しかし、その後「原口さんがリーダーになる気持はありますか」と聞かれると「それは皆さんが決めることです」としか答えない。

 さらに、「小沢さんが総理になったら・・」と聞かれても、「それは皆さんが決めることです」としか答えない。

 「菅さんはおりるべき」そして「菅おろしに費やす時間で復旧に支障は与えない」とは言う。

 そして、菅さんの失態は追求するが、代案を提示しないのは他の政治家と同じ。

 それでいて、語り口は理論的だと錯覚させる。

 ある意味、この方がたちが悪いのかもしれない。

  しっかり見て行く必要がある。

2011年4月26日 (火)

菅おろし。おろそうとする者も、おろされまいとするものも、策を競ってもらいたい

 昨日、今日といつもよりアクセスが多い。

 原因は、検索キーワード「菅おろし」での来訪者のせい。

 で、テレビをつけてみると、民主党内で菅おろしの動きが強まっている。


 私は14日、20日と、
「菅おろしはあきらめて、挙国一致で解決に向かってほしい」と書いた。

 しかし、昨日は「菅おろしが急務」という意見を書いた。

 相反する意見になっているが、要するに、この危機的状況を脱出するために全勢力を使ってもらいたいということなのだ。


 菅さんじゃダメだダメだという声だけが聞こえてくるが、自分ならこうやって解決に向かうという意見は聞こえて来ない。

 日本を救いたいのが第一義なのなら、解決に向かう施策をどんどんマスコミに向かって主張すればいい。

 菅さんのやり方がダメだダメだと言っているだけで、では自分はどうやるのか全然見えない。

 時間がないのだから、解決案があるのだったらそれをマスコミにどしどし取り上げてもらえばいい。

 そして、それでも菅さんじゃ実行できないのなら、「菅さんのやり方ではダメ。自分が指揮をとれば、こうやって解決する。すべての責任は私がとる」と言うのなら多くの国民の指示を得られるだろう。

 

2011年4月25日 (月)

管さんは病気なのだろう。

 管総理が今日の午前の参院決算委員会で、統一地方選で民主党が大敗したのは東日本大震災への政府の対応のまずさが原因だと指摘されていることについて、「震災対応は政府を挙げてやるべきことはやってきている」と述べたというニュースを聞いて涙が出そうになった。

 震災後の対応を「やるべきことをやってきている」と自信をもって言い切れるということには唖然とするしかない。

 こんな人を国の最高責任者としてまかせ続ける以外の道をとれないことに憤りと悲しみを感じる。

 国民が、日本が変わるかもしれないと思って託した政権交代だったが、最悪の時期に政権交代をしてしまったものだ。

 ダメだ、ダメだと、菅さんを避難するだけではなくて、本気で日本の将来を背負う気概のある政治家たちが、小異をすてて団結してかかってほしいものだ。

2011年4月24日 (日)

シュリンク

今日学んだカタカナ語。

「シュリンク」=「縮む。萎縮する」

土井丈朗慶応大学教授のコメントの中に出現。

「日本経済がシュリンクするなかで…」という使われ方をした。

恥ずかしながら、まったく意味不明だった。

愛用のスマートフォンのヤフー辞書で即座に調べるはめに。

いつもながら英単語力のなさを思い知らされる。

でも、これって土井教授の日本語の語彙力の少なさじゃないのかなあ。

一般視聴者での「シュリンク」の認識率は3%くらいじゃないかと想定する。

ちなみに、私のつきあいの範囲内での認識率はゼロだろう。

2011年4月23日 (土)

「管おろしはやめて」と思っていたが、一致団結して「管おろし」を即座にやることが急務かもしれない

 菅さんではダメかもしれない。


 私は「管おろしはあきらめて挙国一致で日本を救って欲しい」と2度書いた。

 「管おろし」に精力を費やす時間がもったいないから、菅さんを総理の座に据えたまま挙国一致で解決に向かってほしいと思っていた。

 しかし、菅さんの行動を見ていると、総理というリーダーの資質に欠けるのではないかと思わざるを得ない。

 菅さんは、何度か被災地を訪れているが、その目的はよくわからない。

 自分の名誉回復だけが目的のようにしか思えない。

 菅さんは、やたら似たような呼称の災害対策機関をつくってきた。

 しかし、その組織に何をまかせるかというと、なにもまかせられず全部自分が口をはさむ。

 だから組織は何もしない。

以前書いたことだが、谷垣さんを副総理にするという話しも、事前に相談も無しに突然谷垣氏に電話で打診するという、理解できない行動をとる。

 総理大臣の権限は強大だ。

 わけのわからない対策本部という呼称の組織をいつくもつくるが、権限は与えない。

 だから、いくつもある対策本部は機能しない。

 権限は与えないで、責任を転嫁するためにつくった組織のようにしか思えない。

 必要でつくった対策本部なら、その部門で、本部の責任者に任じた者に権限を与えて仕事をさせればいい。

 「俺がケツはぬぐう。思い切ってやれ」というのがリーダーじゃないか。



 私は、「管おろし」に費やす時間がもったいないから、菅さんを総理の座にすえたまま挙国一致でと思っていた。

 しかしどうやら、与野党が結束して管さんを引きずりおろした方が早いのかもしれないと思い始めた今日、4月23日である。

2011年4月22日 (金)

沢村拓一投手の初勝利を祝う

 ジャイアンツの新人、沢村拓一投手が初勝利を挙げた。

 沢村くんについては、2月2日と2月16日に書いた。


 まわり
に媚びない、それでいて不遜なところはない。

 努力の限りをつくした男の潔さを感じさせるその姿に、彼の父親よりも年をくっている私なのだが、参ってしまった。

 ケガさえなければ、球界に残る代投手になるのでないかと思っている。


 かく言う私は、とりたてて野球ファンというわけではない。

 巨人、大鵬、玉子焼きの時代に育った巨人ファンだ。

 巨人の選手以外では、エースか4番打者くらいしかわからない程度でしかない。


 私の沢村君に対する思いは、今までプロ野球をテレビで見てなかったおばさんや女の子たちが斉藤祐君にキャーキャー大騒ぎするのと同ようなものだ。

 最近めったに見かけない男っぽい姿に魅せられてしまっている。

 心から、活躍を祈っている。ケガだけには気をつけてほしい。

2011年4月21日 (木)

原子力発電の代わりに、地熱発電はどうなんだろう。

 今朝のワイドショーで、原子力半電に変わる地熱発電を取り上げていた。

 その話の中に、「日本は資源小国ではないですよ」という地熱発電関係者の言葉があった。

 初めて聞く言葉だった。

 日本は火山国。そこに埋蔵する地熱を利用して発電することができれば、自然大国じゃないかと、心強いものを感じた。

 地熱発電は燃料を必要とせず、安定した発電が見込め、二酸化炭素を排出しない無公害といういいことずくめの自然エネルギーだ。

 地熱発電のほかに、自然の力を電気エネルギーに変えるものとしては、太陽光発電、風力発電、水力発電がある。

 太陽光発電や風力発電に比べて地熱発電は取り上げられる機会が少なく、なんとなくなじみがない。

 しかし、太陽光や風力での発電は安定しないのに比べて、地熱発電は安定的な発電が見込める。

 地球全体の埋蔵量としても、化石エネルギー(枯渇エネルギー)よりもはるかに多いのではないだろうか。

 ことに日本は火山国だから、地熱発電の可能性は非常に高い。

 水力発電のように自然の生態系を大きく破壊することもない。

 欠点といえば、地熱の利用地の探索と開発に費用と時間がかかるということだが、それは石油の埋蔵地を調査するのに比べて同等か、それ以下の問題でしかないだろう。

 地中深くのマグマの熱により発生する水蒸気を利用するのだから、石油のようには枯渇の心配もない。

 再生可能で、二酸化炭素も発生させないし、なんといっても危険性は皆無。

 建設や保守管理にかかる費用は原子力の比ではないだろう。


 それなのに、他の発電に比べて注目度が低いのはどこに問題があるのだろう。

 国家総がかりという感じで原子力発電に力をいれるのには、なんとなく見えざる力が働いているような気がする。

 そして、最近力を入れている太陽光発電についても、単に環境に良いエネルギーというだけではない見えない力の影響があるように思えるのは私だけだろうか。

 見えない階級の人の見えない圧力、そしてそれにまとわりつく利権が伴うものに資金は向かっているような気がするのは私の思い違いなのだろうか。

 今度、地熱発電についてちょっと研究してみたい。

2011年4月20日 (水)

管おろしはあきらめて挙国一致で日本を救ってほしい②

 昨日、今日と、「管おろし」のキーワードで私のブログにアクセスが増えている。

 「管おろし」をキーワードにしてグーグル検索をしてみると6番目に、ヤフーではと3番目に私のブログが表示されている。

 4月14日の「管おろしはあきらめて、挙国一致で立ち向かってもらいたい」という記事だ

 ついでに自分のブログを読んでみた。

 内容は大したことではない。

 菅さんにはまかせられないのは明白。だけど、菅さんではダメだけど、菅さんを引きずり下ろすことにのみ精力を費やすことによっては何も解決しない。

 だから、菅さんを引きずり下ろすことはおきらめて、菅さんを総理の座にすえたままにして、挙国一致で解決に向かってもらいたい。

 「なんとかこの国を救って欲しい」と、われながら悲痛な叫びを上げている。


 この記事を書いて4、5日経った昨日、今日とアクセスが増えたのは、この2、3日「管おろし」の動きが活発化しているからのようだ。

 今日のお昼のニュースを見ていると、民主党の内外で急激に「菅おろし」の声が高まっているようだ。


 
私も菅さんではダメだと思うけど、菅さんに変わる画期的な解決策を提示している人はいない。

 それに加えて、総裁選に割く時間てき余裕はない。


 「管おろし」の声を上げている人に
日本を救う画期的な案があるのだったら、そして本当に日本を救おうと思うのだったら、場外で「菅さんではダメだ」と言っていないで、「菅さんが総理を続けるのは認める代わりに、私のこの政策を実行してくれ」と菅さんと直談判して、縁の下の力持ち的役割を果たしてもらえないだろうか。

 縁の下の力持ちになるあなたを、きっと国民は称賛するだろう。



 
国民は、今の日本の現状にあきらめと絶望を感じている。


 再度言う、なんとかこの国を救って欲しい。

震災、復興再生債と消費税増について思うこと。

 政府は、東日本大震災の復興に限定した「復興再生債」を発行して復興財源にすることを決めたようだ。

 これは、当初予算で発効する44兆円の国債とは辺初荷発行するものだ。

 震災の復興のみに使い、その償還については、復興政権債の償還のため3年に限定して消費税を3%引き上げることになるようだ。


 この問題については、今朝のワイドショーでも取り上げられていた。

 街頭インタビューでアンケートをとっていたが、結果は7割ぐらいの人は増税止むなしという結果だった。

 テレビでやる街頭インタビューの結果の信憑性は疑問もあるところだが、こと今回の震災においては、復旧に限定するという名目であれば、それも止むなしというのが大勢になるだろう。

 増税問題は政局につながる大きな問題だから、政府も必要性と同時に国民の空気を読みながらの決定だろう。


 復興を増税に頼ることには、識者の意見も分かれるところ。

 民主党、自民党ともに慎重論も強い。

 しかし、今回の震災における被害の大きさから、復旧に限定するということであれば、政府案に収まっていくのではないだろうか。


 だが、そのときは、私たちは税金の無駄遣いを無くすことに厳しい目を向けることを忘れてはいけない。

 税金の無駄遣いには、従来からのものも削ることが必要だが、復旧にあたっての無駄遣いにも注視したい。

 復旧の名のもとに、「無駄な箱もの」「無駄な施設」「無駄な組織」に安易に予算をつけさせてはいけない。

 被災者の支援に回るお金より、復興利権に群がる企業にお金をまき散らすことの無いように厳しい監督の目を光らせなければならない。


 そしてもう一つ心配しなくてはいけないのが、3年限定のはずの消費税増税が、うやむやに期間延長されなることだ。

 代表的な石油の暫定税率のように、時限立法で定められた法律の延長は本法を決めるときに比べてたやすくできるようだ。

 復旧のために消費税で3%の負担を認める。

 ただし、3年間の3%の増税できちっと復旧のメドをつけてもらいたい。

 火事場泥棒的な増税が続いたときは、その時こそは国民は怒りの声を上げなければならない、とちょっと興奮気味になってしまった今日は4月20日。

2011年4月19日 (火)

大震災と宮崎の口蹄疫

 東日本大震災の被災状況の前に、他の災害のニュースはかき消されいる。

 当地、宮崎では口蹄疫で全頭処分された多くの畜産農家が再開できずに苦悩している。

 県全体で、再開した農場の割合は42%。母牛や母豚などの導入頭数は30%。

 そんな中で、まだ再開していない農家の方が、「口蹄疫の歳の支援の恩返しに」と、県内外から募った布団や食料などの支援物資をトラックに積んで、品際で被災した宮城県南三陸町へ届けたという記事があった。(朝日新聞 11.4.19)

  「私たちは牛舎も食べ物も寝泊まりできる場所もある。やれることをやる」ということだ。

  東北の方々の忍耐強い気質が評価されているが、我が郷土宮崎にもこんな尊敬できる方がいたことに感動し、誇りに思えた。



  宮崎の口蹄疫だけではなく、日本中に「大変」を抱えている人が沢山いる。

  そんな人たちのなかにも、自分たちの「大変」をそっちにおいて、今回の大震災で被災された方への支援をしている人がたくさんいるのだろうと、改めて感じさせられた記事であった。      

2011年4月18日 (月)

被災地が抱える、不動産に関する法律問題。

 今日の日経新聞に、「被災地の建物・土地問題」という記事があった。

 私も、職業柄、復旧に際して法律問題が複雑にからみあうだろうなと危惧していた。

 震災以来、これまでは生命・身体の維持についてが最大の関心事だった。

 国の支援大勢はもたもたしているように感じるが、現場では着実に復旧に向けた活動が始まっている。

 当面の問題であった、衣・食の確保が一段落して、震災前の生活に戻るためには住の問題が大きく立ちふさがる。

 資金をどう工面するかも大きな問題だが、土地・建物に関する法律問題も被災者を悩ます大きな障害になるだろう。


  私が、当初から不安視しているのが土地境界問題。

 目印になる建築物や構造物をすべて失っている。

 土地が陥没したり隆起したり、最大で40㎝も移動しているという話を聞くに至っては、どうやって境界を確定していけばいいのだろう。

 そもそも土地の境界は、公的に確定できる資料は皆無に等しいくらい少なくて、境界問題でもめるとその解決はなかなか難しい。

 平常時は境界問題は民事事件(民間の問題)で、当事者同士が現行の法律に照らし合わせて解決しなければならない。

 しかし、今回の大震災の場合、ある程度行政の強力を得ないと解決は難しいのではないだろうか。


 新聞の記事では、借地権、借家権における賃貸人と賃借人の問題を深くとりあげていた。

  その件を含めて、今後発生する不動産に関する問題について、私も考えていくことにする。 

2011年4月17日 (日)

エバーノートデビュー

私は携帯電話はスマートフォンを使っている。

 携帯電話とスマートフォンは別物で、「携帯電話はスマートフォンを使っている」という言い方はおかしいようだが、とにかくスマートフォンを使っている。

 きっかけはギャラクシーの発売だったのだが、発売日から3日目の予約で、3カ月待ちの宣告を受けて、待ちきれずに友人から譲り受けたエクスペリアでスマートフォンデビューをした。

 スマートフォンが注目されてきて2年くらいになるが、スマートフォンというとiphoneで、なぜか日本ではiphoneはソフトバンクだけでしか使えない。

 私の仕事がら郊外に行くことも多く、ソフトバンクの電波状況には不安があってなかなかiphoneに乗り換えられないままだった。

 そんな中ドコモからアンドロイドosのエクスペリアが発売されたのだが、ネット閲覧をしてみたけど、動きがぎくしゃくしていて携帯電話でインターネットにつなぐのと大差なかった。

  で、iphoneとの2台持ちしかないかなと思っていた矢先に登場したのが、ドコモのギャラクシー。

 迷わず予約したのだが、発売日から3日遅れの10月31日の予約で、3カ月待ち。年内には入りませんと言われた。

 それを了解して予約したのだが、欲しいとなると早く手に入れたい。

 それで、ショップに何度か問い合わせをしたら、予約が殺到していて、私の予約順番だと1月の入荷分では、順番が回って来ない感じだった。

 それでも、入荷日が確定してもらえたら待っていたのだけど、予定が未定では待ちきれない。

 そこで、友人が使いこなせずに放ってあったエクスペリアを譲ってもらった。

 これが大正解。OSがバージョンアップしていてインターネットがさくさく動く。

  このところ、ドコモから新しい機種が続々と発売されているが、今のところ初代エスクペリアで充分満足している。


   そんな私がスマートフォンで一番魅力を感じていたソフトが「エバーノート」だった。

   「エバーノート」を簡単に、はしょって、説明すると、自分のパソコンの中身をそのままスマートフォンで共用できるというものだ。

  ただし、スマートフォンは、いわばパソコン。

  使うには、ちょっとだけマニュアルを見なければならない。

  「よだきんぼ(宮崎弁でなまけものの意)不動産」を自称する私は、ついエバーノートの導入にとりかかっていなかった。

  ということで、スマートフォンデビューから5カ月になろうとする今日、エバーノートデビューをした。

 やってみると、しごく簡単。

 基本的な使用方法は5分でできるようになった。

 いままで、手帳に張り込んでいた資料の一部をパソコンの「エバーノート」に貼り付けてみた。

 すると、なんとなんと、エクスペリアで「エバーノート」を開いてみると、ぜーんぶ閲覧できる。

 テキストの文章だったら、エクスペリアで編集もできる。

 これは使える。

 早く始めるべきだったと、またしても、よだきんぼ(宮崎弁でなまけもの)の自分を反省する今日は4月17日。

 

2011年4月16日 (土)

今日のわからないは「コンソーシアム」

 今日のわからないカタカナ語は、今朝のワイドショーで寺島実郎さんが震災問題で語ったなかに出てきた「コンソーシアム」という単語。

 わからない単語でも、なんとか想像できるものとまったく想像できないものがある。

 「コンソーシアム」はまったく語感がつかめず、この言葉の意味にとらわれていて、そのごの寺島さんの意見はまったく頭に入らなかった。

 で、辞書を引く。

 「コンソーシアム」=共同体。協同事業体。とある。

 言語がわかる人にとっては共同体や協同事業体では語感が違っているのかもしれないが、私のようにまったく言葉が通じない者を相手に解説するのであったら、若干意味が違っていても、「共同体」と言ってくれた方が、はるかに内容が伝わりやすいのに。

2011年4月15日 (金)

東日本大震災が及ぼす原発訴訟への影響

 日本各地で係争中の原発裁判は十数件もある。

 過去にもたくさんの原発裁判が行なわれたが、裁判所は「安全性に問題はない」という判断を下してきた。

 しかし、今回の福島第一原子力発電所事故は、いまだに解決の糸口さえつかめない深刻な事態が続いている。

  今回の経験は今後の原発訴訟に、少なからず影響を及ぼすことになるだろう。



 
それだけではなく、今回の震災を受けて、さらなる原発反対訴訟が提訴されることになるかもしれない。

  原発訴訟の多くは、その危険性を指摘し、運転の差し止めを求めている。

  原発に反対する気持はわかるが、現在原子力発電は国内の電力の3割を担っている。

  すでに稼動している原子力発電所の運転を全部差し止めたならば、日本中が計画停電を実施しなければならなくなる。

  原子力発電に反対している人たちのすべてが、電気を使わない生活を甘受できるのだろうか。

  人間の豊かな生活には電気は欠かせない。

   人は、一度手に入れた快適さを簡単に手放すことはできない。

  そのためには、原子力発電に頼らざるを得ないのが現実。

  発電問題は、じつに悩ましい問題である。

「行列のできる法律相談所」の北村弁護士が、大相撲八百長問題で訴訟

 大相撲の八百長疑惑で解雇処分を受けた星風が、地位保全を求める仮処分を申請する。

 今後、相撲協会と「ガチンコ」の法廷闘争も辞さないと強気な姿勢を見せている。

 そして、星風側の依頼人は「行列のできる法律相談所」でおなじみの北村晴男弁護士。

 震災がなかったら、ワイドショーを独占してしまうような大ネタだったはずだが、震災の影響で新聞でもテレビでもちょっと取り上げられただけ。



 相撲協会としても、訴訟が起こされれば真正面から戦うという。

 裁判になると、これまで「八百長は一切ない」と言ってきていた相撲協会が、「八百長があった」ということを証明していくことになるわけだ。

 頭がこんがらかりそうな話だ。

 

2011年4月14日 (木)

管おろしはあきらめて、挙国一致で立ち向かってもらいたい。

 なんと情け無い国になったものか。

 日を追うごとに管おろしの声が高まっている。

 菅さんにまかせられないことは、菅さん以外のだれもが感じていること。

 今見ていたニュースのキャスターは「頼りない」という表現をしていたが、頼りないという次元の話しではない。

 菅さんが、絶対に総理の座を降りずに、自分が総理として問題を解決するという使命感をもっていることが最大の危機である。

 そして悲しいのは、菅さんのことを「ダメだ。ダメだ」「菅さんが総理の座を降りない限り強力をしない」と言う声は聞こえるが、「私なら、解決のためにこうする」という具体的な解決策は聞こえて来ないこと。

 さらにもっと悲しいのは、「菅さんではダメだ」とみんなが思っているが、他にまかせる人もいないことだ。


 
党利党略、私利私欲を達成するために、あいもかわらぬ「コップの中の嵐」を繰り広げている間にも、被災者救いを求める悲痛の叫び声をあげている。


 
菅さんではダメ。でもそれに変わる人材も見えない。

 今の日本は、人類が初めて経験する非常事態に遭遇している。

 特効薬的な解決方法は見つからない。


  菅さんではダメだけど、菅さんを引きずり下ろすことにのみ精力を費やすすることによっては何も解決しない。

 菅さんを引きずり下ろすことはあきらめて、総理の座に執着する菅さんを総理の座に据えたままにして、挙国一致で解決にむかってもらいたい。



 
なんとかこの国を救ってほしい。

 

2011年4月13日 (水)

ジオラマとは?

 苦手なカタカナ語の乱用について、久しく書くのを忘れていた。

 私は英語が苦手なもので、テレビで頻発されるカタカナ語で意味がわからないものが多いのだ。

 今は、携帯電話という便利な器械があって、わからないカタカナ語が出てきたらその場で調べられるので重宝している。



 ということで、今日の不明のカタカナ語は「ジオラマ」

 地震のメカニズムを説明するのに、「こちらの『ジオラマ』を使って説明します」と言った。

 はずかしながら私は「ジオラマ」がわからなかった。

 即座に携帯電話のインターネット辞書機能で調べてみたら、「立体模型」とある。

 なんで「模型」と言わないのだろう。

 「ジオラマ」って単語の認識率より「模型」という単語の認識率の方が数十倍高いと思うのだが。

 と、思っていたら夕方のニュースを見ていると「ジオラマ」という単語が使われていた。

 「ジオラマ」がわからない私が無知なのか?

 これでも私は結構物知りで通っているのだ。

 だから、私がわからないってことは、わかる人よりわからない人の方が多いと思うのだ。

 実際、私のまわりの人たちに聞いてみると、全員「ジオラマ」はわからなかった。



  ひょっとすると、私の住む延岡市は田舎町で、全国的な文化レベルからするとはるかに遅れをとっているのだろうか。

 

天野祐吉さん「CM天気図」、サントリーのCM「上を向いて歩こう」

 朝日新聞に、天野祐吉さんの「CM天気図」というコラムがある。

 コラムの題名の通り、広告(最近は主にテレビCM)を取り上げて、CMから社会を見つめたもコラムだ。

 淡々として柔らかい語り口だが、社会を見る目は鋭い。

 たった一つのCMで、こんなに深く事象を感じ取るものだと、つくづく感心しながら読ませてもらっている。

 天野さんは、片意地はらずに押しつけがましくなく自論が展開される。

 毎回、「そうですね」と相槌をうったり、「そうなんだ」「なるほどね」と感心しつつ読んでいる。



 しかし、今日のコラムの最後にあった、「『見上げてごらんよるの星を』をの歌を、さまざまなタレントがリレーで歌っていくサントリーのCMもいい」というのには賛同できない。

 東日本大震災に向けて作成されたCMで、私も最初の2、3度は「いいな」と思っていて見ていたのだが、だんだん押しつけがましく思えてきた。

 数種類のバージョンがあるのだが、それに登場するタレントたちの多くが深刻な表情をして歌っている。

 一度や二度だとそれもいいのだが、何十回も深刻な顔で歌う姿を見せつけられると、「もういいよ」と言いたい気分になる。


 被災者の人だって、四六時中泣いているわけではないだろう。

 上を向いて涙をこらえてばかりはいれない。

 それに、上を向いてばかりでは前には進めない。

 前に進むためには、前を向いていなければね。


  苦しいけど、前を見据えて歩き始めている人も沢山いる。

 そんな人を後押するようなCMがもっとあってもいい。



 私が好きなのは、トータス松本さんの「長い道のりになるかもしれないけど、みんなで頑張れば絶対乗り越えられる。そう思う。日本の力を信じている」というACのCM。

 これが一番心に響く。

 「長い道のりになるかもしれないけど」と言い切っているのがいい。

 直面している問題をまず率直に認める言葉が、これからの長い道のりをずっと応援するという気持の表れのように聞こえる。


 天野さんの「CM天気図」では、サントリーの「上を向いて歩こう」については、「このはなしはまた来週」となっていたが、天野さんの論評を楽しみにしている

2011年4月12日 (火)

石川遼君、マスターズで20位入賞。

 私は度量の小さい人間だ。

 それは、自分でもいやになるほどなのだ。

 非常に嫉妬心が強い。

 才能のある人間に憧れることは少なく、嫉妬してしまうことのほうが多い。

 イチローにも嫉妬しているし、ビル・ゲイツにも嫉妬する。

 木村拓也を妬ましく思うし、嵐も嫌いだ。

 そんな私でも、グーの根も出ない、「まいった」と思う人が何人かはいる。

 ビートルズ、長嶋茂雄さん、王貞治さん、桑田佳祐さん等々。

 何人かの人たちの軍門に下っている。

 しかし、その数は多くはない。

 なんせ自分がいやになるくらい嫉妬深いのだ。

 そんな私が、最近「まいった」と思う人の一人に石川遼君がいる。

 「まいった」と思う人を「君づけ」でよんでは申し訳ないのだが、「さん」づけもなんだかわざとらしいような気がして「君」と言わせてもらっている。

 ちなみに、関口宏さんなら、遼君を「さんづけ」でよんでも自然かもしれない。

 その石川遼君が、あこがれのマスターズトーナメントで20位入賞した。

 あの落ち着きはらっていて、ときに年上に見えてしまう石川遼君が、試合終了後のインタビューで、一瞬だが、19歳の少年の素顔を見せてくれた。

 手放しで喜びの声を発していた。


 
今回のトーナメントで獲得した賞金と、1バーディ10万円の合計金額930万円が東日本大震災への初義援金となる。

 遼君の究極の目標であるマスターズトーナメントでの賞金が初義援金になるというのも運命を感じさせる。

 そして今回、またしても「まいった」と思わされたのは、マスターズ出場へ向けて2カ月前から渡米していた遼君が、の遠征期間中に英語を上達させたのはもとより、運転免許も取得したということだ。

 なんと英語での学科試験にも合格しているというのだ。

 それにはお父さんも「まさか合格するとは。やると決めたらなにがあってもやり通すのがあの子だ」と驚いていたという。

 またしても私は、すっかり「まいって」しまった。

 「まいった」は同時に、自己嫌悪に陥るのでもある。

2011年4月11日 (月)

「国王のスピーチ」の感想

 「国王のスピーチ」を見てきた。

 アカデミー賞作品賞、監督賞脚本賞、主演男優賞の主要5部門のうち4部門を受賞した映画だということで、1日をつぶして見に行ったわけだ。

 なにせ映画館が1軒しかない街(延岡市)に住んでいるもので、特別大きな話題になった映画の情報誌か入って来ない。


 
ということで、どんなに面白い映画なんだろうと期待いっぱいだった。ちなみに、本賞崎県では唯一宮崎市のイオンモールシネマコンプレックス(複合映画館)でのみの上映で、なぜだか、全国的な封切りから1カ月以上遅れて4月10日が封切りだった。

 アカデミー賞4部門受賞で封切り2日目の日曜日の上映ということで、いい席がとれるかなと多少心配しつつ切符を買ったのだが、なんとたった20人程度の入場客。

 このシネコンが閉鎖若しくは縮小されると、映画は一泊旅行で見に行かなければならなくなるなあ、と不安になったところで映画が始まった。


 3D映画のような特別な技法を使っているわけでもなく、大スペクタクル映画のような派手さもなく、どんでん返しも奇抜な展開もなく、テレビのスポットCMで想像していた通りの展開だった。

 ストーリーはじっくり練り込まれているといったものの、膨らみすぎた私の期待は裏切られた思いだった。

 そして最後のシーン。

 これも、テレビCMで想像していたものと余り違いがなかった。

 ところがである。そのラストシーンで、なぜか涙があふれて止まらなくなった。

 いい年をしたおっさんが目を腫らしてしまっては格好がつかないと思って涙を止めようとしたのだか、なぜか涙が止まらない。

 心が疼くような感動をしている自覚はなかったのだが、涙が止まらない。

 自分でもその理由がわからない不思議な涙。

 アカデミー賞主要4部門受賞はダテじゃないな思い知らされた「国王のスピーチ」だった。

2011年4月10日 (日)

「英国王のスピーチ」宮崎では昨日が封切り、東九州の交通網は置き去り

 ということで、(昨日のブログを参照)今日は「英国王のスピーチ」を見に行く。

 何度か書いているのだが、私の住む延岡市で映画を見るということは一仕事なのだ。

 人口13万人の街なのだが、映画館は1館。

 3スクリーンあるのだが、「英国王のスピーチ」でさえかからない。

 で、見たい映画があるときは、遠路、宮崎市まで出かけなければならない。

 車で2時間。電車だと、特急だと1時間、普通電車だと1時間半。

 乗車券1600円。特急料金900円。

 特急を使うと往復で5000円。待ち時間等を考慮すると、所要時間3時間を要する。

 しかも、電車は1時間に2本。

 それも、なぜか普通電車の本数の方が少ない。

 だから、県民は車が必需品なのだ。

 移動に電車を利用する機会が少なくなり、利用客の少なくなったJR九州は、さらに電車の便を減らすという悪循環に陥っているのだ。


 宮崎県、大分県は九州の東海岸の街。こちらを通るのが日豊本線。

 長崎県、熊本県は、(おっと礼佐賀県も)九州の西海岸の街。こちらを通るのが鹿児島本線。

 鹿児島本線は、先月はなばなしく九州新幹線が開通した。

 九州の玄関口の街である博多駅(福岡県)から鹿児島中央駅まで1時間15分で行き来できるようになった。

 当地、宮崎県を通る日豊本線はいまだ単線なのだ。

 都会に住む人は単線といってもわからないかもしれないが、上り電車と下り電車が一本の線路を共用しているのものなのだ。

 だから、途中ですれ違いのため、どちらかが待機することになる。

 そんな日豊線を利用すると、鹿児島から博多まで7時間半もかかってしまう。

 距離的には明らかに近い(鹿児島・博多間に比べて)当地延岡から博多までなんと4時間半もかかってしまう。

 映画の話から、話がそれっぱなしになってしまっているが、大分県南部から宮崎県は陸の孤島と化している。

 高速道路も、ぷっつりとぎれている。

 ということで、映画を見るのに丸一日を費やしなければならないのだ。



 グチを言いつつ、今から出発。

 普通は車なのだが、帰りが疲れるので、今日は電車で行く。

 そして、普通は特急を使うのだが、今日は普通電車を使うことにする。

 




 
 

2011年4月 9日 (土)

初の期日前投票

 当地 宮崎では、明日が県会議員選挙の投票日。

 全国的には、統一地方選挙の投票日で、東京都知事選も明日が投票日だ。

 東京都知事選は、最後の最後の後出しじゃんけんで出馬した石原さん。

 それで、割を食って出馬を断念することになった神奈川県知事の松沢成文さん。

 マスコミへの露出が多く、神様みたいにきれいごとをおっしゃっている外食チェーン「ワタミ」の宗主の渡辺美樹さん。

 これまたテレビでおなじみの共産党の論客小池晃さん。

 風を読み続けて、万を喫して出馬した東国原英夫さん。

 お遊びのように思えてしまうドクター中松さん。

 マスコミを賑わすのに充分な配役だが、震災に全てがかき消されて、そのお陰でどなたが得をしたのだろう。


 当地宮崎でも粛々と県会議員選挙が行なわれていたのだが、まったく選挙ムードは盛り上がり欠け、まわりでもほとんど話題に出ない。

 明日が投票日なのだが、もともと投票率の低い選挙なので、さらに投票率が下がるだろう。


 
私はといえば、明日は投票に行く時間がとれないかもしれないので、期日前投票なるものの初体験をした。


 
期日前投票は、以前は「不在者投票」と言っていたものだ。

 「不在者投票」の時代は、「投票日に『確実に』投票が困難であること」とされていたため、不在になる理由をしつこく聞かれることがあった。

 しかし、現行の期日前投票においては、「投票できないことが『見込まれる』場合」には期日前投票ができるという制度になっている。

 手続きはいたって簡単。

 投票できない理由が印刷されている用紙をわたされ、住所氏名を記入し、理由に○をつけるだけ。

 係の人に言われるままに、住所氏名を書き、「仕事の都合」というところに○をつけた途端に、係の人が「はいけっこうです」と言っその用紙を取り上げ、投票用紙を交付するところに案内してくれた。

 選挙通知書と引き換えに投票用紙の交付を受け、こんなのでいいの?と思いつつ投票を済ませた。


 明日は、アパートの入居者への鍵の引き渡しを予定していたのだか、お客さんが今日お見えになったので明日の仕事は無くなった。

 それで、久し振りに映画に行くことにした。

2011年4月 8日 (金)

東日本大震災からの復旧作業へ、つなぎ融資8兆円超す。

 東日本大震災からの復旧作業を急ぐため、企業が資金確保に動いている。

 大手7行が震災後に受けた融資や与信枠の要請額は4月7日時点で8兆4000億円に拡大した。

 東京電力向けの融資が2兆円含まれているというが、それを除いても通常の10倍規模の貸出量になる。

 日銀も大量の資金供給で金融市場支援するという。(日経新聞11.04.08)



 すでに10兆円に届こうかという融資要請額を聞いて、被害の大きさを再確認すると同時に、企業の力強さを感じさせられた。

 国の災害支援に必要な額は10兆円とも15兆円ともいわれているが、政府も野党も、ここにいたっても党利党略の思惑がからんでもたもたしている。

 あてにできない政治に頼らず、復旧に向けて自力で確実に進んでいる足音を感じて、日本の民間企業の力強さを頼もしく思った、今日は4月8日。

2011年4月 7日 (木)

風評の張本人は?

 今日の、FNNスーパーニュースでキャスターの木村太郎さんが、農水産物の風評被害についてこんなことを言っていた。

 「風評、風評と言うけど、どこに風評があるのでしょうね。きっと流通過程のどこかで過大な風評を引き起こしているに違いない」なんて、本気で語っていた。

 風評の最大の現況が自分たちマスメディアであることにまったく気がついていないようだった。



 たとえば、
東京の水道水に放射能物質が検出されると大騒ぎで報道して不安を煽る。

 思惑通り、人々はミネラルウォーターの買いだめに走る。

 次には、店頭からミネラルウォーターが姿を消したと、さらに不安を煽り立てる。

 そして、遠く離れた九州のこの地まで、水が店頭から姿を消した。



 人々を買い占めに走らせているのはメディアに他ならない。

 それなのに、一方では正義づらして「不要な買い占めは辞めましょう」と言う。

 東京の水道からは、ここ数日ずっと放射物質は未検出になっているのに、それについてはほとんど報道しない。

 せっかく創り出した「水不足ブームの火」を、そうたやすく消すことはしないというわけだ。


 
それにしても、灯台もと暗しというか、台風の目の中にいて台風を感じていないと言うのか、自らが引き起こしている風評に本気で気がつかない木村さんがメディアの象徴と言える。

被災地を素足で歩きながら祈りを捧げる、小原宗鑑副住職。

 昨日のブログのアクセスが急に増えていた。

 原因は「小原宗鑑」さんをキーワードにしてのものだった。

 「小原宗鑑」さんをキーワードで検索してみると、検索にかかるサイトは余り多くはない。

 アクセスが多かったのは、私と同じように感銘を受けた人たちが、小原さんのことをもっと詳しく知りたくて検索した結果なのだろう。


 
私は、朝日新聞での写真付きの記事をみて感銘を受けて、朝日新聞の記事を紹介しただけのもの。

 題名に書いたとおり「頭が下がる思い」を表したかっただけだった。

 小原さんのことをもっと詳しく知りたくて検索した人たちには申し訳ない。


 私も、小原宗鑑さんのことを書いてあるサイトをいくつか見てみた。

 みなさん、感銘を受けた気持を書いておられた。

 小原さんのことは朝日新聞だけではなくNHKでも紹介されたようだ。

 NHKの報道の中では、小原さんは「祈りしかない」とおっしゃっていたそうだ。

 亡くなられた方、被災にあわれた方に対して、ひたすら祈るしかないという言葉は重い。


 小原副住職の姿は、被災された方だけではなく、震災とはまったく関係のない人の心をもなぐさめてくれる。


 震災では多くのボランティアの方が支援の手を差し伸べておられる。

 あまり紹介はされていないが、多くのお寺でも、葬儀の手伝いをされている。

 しかし、そんな中で、これをビジネスチャンスとして奔走している宗教家もいるという話も報じられている。



 小原宗鑑副住職の姿をみて、宗教は人にやはり必要なものかもしれないと思いなおしている、今日は4月7日。

2011年4月 6日 (水)

私の町(延岡市)の桜並木。大阪造幣局桜の通り抜けに勝る!?

私の愛する、郷土の風景。

 私の町(宮崎県延岡市)の、自慢できる名所でもある。 8 

新小路の桜並木通り。

900mの通り沿いに、桜(ソメイヨシノ)が咲き乱れる。

大阪造幣局の「桜の通り抜け」より綺麗なのではないかと思っている。

(ちなみに、私は大阪造幣局には行ったことがない)

15

約900mの道沿いにびっしりです。

これが大都市近郊だったら、大混雑することだろう。

桜並木を通るのが、この時期の私のひそかに楽しみにしている行事なのだ。




 町の中心部なのだが、普段は車の通りも少ない閑静で高級な住宅地。

 予想通りの満開で、カメラを構えてファインダーに車が入らないシャッターチャンスを待つが、なかなかシャッターチャンスがおとずれない。

 気がつくと、走る車がみんなスピードを落としている。

 私と同じく、桜目当ての人が少なくないようだ。



 冒頭に、「新小路の桜並木」と書いたが、正確には、新小路、北新小路、西小路、恒富町の4つの町にまたがっている。

 写真に鳥居が写っているが、通称春日神社通りとも言う。

 県立延岡病院の近くで、交通の便も良い。

 花は、今度の終末まではなんとか持ちそうだ。

 余り有名になりすぎて混雑するようになるのを心配しつつの紹介。

さまざまな支援。頭の下がる人ばかり。

 昨日の朝日新聞の切り抜きである。

 雪が舞う中、静かに手を合せる僧の姿だ。

0001

 記事の活字が小さいが、記事の内容は下記のとおり。

 「がれきが残る岩手県山田町で、4日、雪が舞うなか、祈りを捧げる僧侶の姿があった。

  盛岡市にある石雲副住職小原宗鑑さん(28)。2日に岩手県宮古市を出発し、野営しながら宮城県石巻市を目指している。

 足元は素足にゴム草履。鈴を鳴らし、お経を唱えながら、倒壊した家屋の前では深々と一礼し、犠牲者の鎮魂と町の復興を祈った。

 『がれきの残る所にはひとの思いが詰まっている。被災者や復興にかかわる人たち、そして畏怖の念を込めて海にも合掌したい』 」



   いろいろなところで、いろいろな人が、さまざまな形で支援の手を差し伸べている。



 こんなお坊さんにお経をあげてもらえたら、仏もうかばれるだろう。

2011年4月 5日 (火)

今日の昼食は吉野家牛丼。110円引きだからじゃないよ。

 今日の昼食は、またまた吉野家の牛丼。

 今日から11日まで110円引き。

 これは行かねばならない。


 で、行ってきた。

 12時過ぎると混雑するだろうと思って、11時45分ころに行ってみた。

 店頭には「牛丼270円」のノボリが、威勢よくはためいている。

 いつもはガラガラ(失礼!)の店内も、8割の席がうまっている。


 最近私が定番にしている「牛丼並と味噌汁」

 (以前は牛丼に生卵をかけていたのだが、最近吉牛の味を再確認していた私としては、生卵が吉牛の味の良さを殺していると感じている)



 中村トオルのCMでは、「さらなる、うまさへ」「吉野家の牛丼が、またひとつ進化を遂げました」と言っているのだが、私には「さらなる、うまさ」までは分析できず、普通に美味かった。



   このところ吉野家の常連の私としては、
CMでの中村トオルのセリフじゃないけど、「110円引きだからって来ているわけじゃないよ」とつぶやきたくなった今日の吉野家だった。

震災情報を装うウイルス。手口は「計画停電に関する対応表」「原発事故」「津波」

 「計画停電に関する対応表です」という震災関連の情報提供を装うウイルスメールが相次いでいる。

 添付ファイルを開くと、パソコン内のデータを流出させるウイルスが動きだす仕組み。

 「総務」や「管理」を名乗る送信元から計画停電や、原発事故、津波などの対応を記したメールが届く。

 メールには、「添付ファイルをよく読んでおいてください」といった指示がついている。

 添付ファイルを開くと停電への対応表や原発事故の説明文が表示される。

 だが、この時、パソコン内ではウイルスソフトが起動し自動的に個人データが流出する。

 遠隔地からパソコンを捜査できる状態になり、すべてのデータが取り出せるようになってしまうという悪質なもの。(朝日新聞11.4.5)


  私は、相手のわからないメールについては、一切手をつけないまま削除するようにしているが、こんなメールだとつい開いてしまうかもしれないと思って記事にした。



  また、不安をあおるチェーンメールや義援金募集を装うチェーンメールも相次いでいるらしい。


   
ほとんどの方が、そうしているだろうが、送信元のわからないメールは開かないにかぎる。

2011年4月 4日 (月)

ミスターチルドレン 震災支援ソング「かぞえうた」

 Mr.Children(ミスター・チルドレン)、通称ミスチルというロックバンドがいる。

 数多くのヒット曲を出し、レコード大賞もとっている人気バンドだが、私にとってあまりなじみのないバンドだ。

 リードボーカルの桜井和寿さんのうたい方が余り好みではないからだ。

 また、ほとんどの曲が桜井さんの作詞作曲になるものだが、私には散文っぽい歌と、桜井さんの粘っこい歌い方が、なんだかなじめなかった。


 
そのミスチルが、(というか桜井さんが)東日本大震災への支援ソングを作ったという報道が、今朝のワイドショーで紹介されていた。

 芸能界の震災モードの一環かなどと思いつつ聴いていたが、よかった。感動ものだった。

 今まで好きでなかったミスチルだったが、食わず嫌いだったのかもしれない。

 曲名は「かぞえうた」。

 着歌フルで配信し、その収益は義援金として寄付するということだった。

 私は、着歌フルというのがどうしていいのかよくわからないのだが、ネットで調べてみて購入してみようと思っている

2011年4月 3日 (日)

バラエティー番組が戻ってきた

 ここのところ、テレビにバラエティ番組が戻ってきた。

 被災地に遠慮して自粛していたのかもしれないが、いつまでも自粛・自粛では被災者も気持が重くなるだろう。

 一昨日のブログに書いたが、あるバラエティ番組に被災している子どもが「笑いたいから」という理由で、わざわざ出かけてきていたという。

 被災地の復興は長期戦。

 沈んでばかりはいれない。

 過剰な遠慮は相手にとって負担になることもある。

 普通の人は普通に戻って、自分ができる支援をしよう。

2011年4月 2日 (土)

段ボールで、家具転倒防止対策

 前々から気になっていたのだが、東日本大震災の影響を受けて家具の転倒防止グッズを買いにホームセンターに行ってみた。

 なんと見事に売り切れ。ミ

 ネラルウォーター同様、他の店を廻っても同じことだろうと思ってあきらめることにした。

 この調子では、しばらくは品薄が続くことだろう。


 そんなときに、タイムリーに今日の日経新聞「プラス 1」に「段ボールで家具転倒に応急の備え」という記事があったので紹介しよう。

 その方法というのは、段ボールを切って、家具と天井の隙間の大きさに作り直し、中にタオルなどの柔らかいものを入れて隙間に入れ込むというもの。

 (捨てようと思っている衣類の処分先にするといい、というのが私が思いついたヒント)

 この方法なら高さも調節できる。


 
頼りないようだが、面で天井と家具をつなぐので固定する力は強いそうだ。

 ただし、隙間にぴったりはまらないと効果が薄いので注意。

 ぴったりサイズで隙間を埋めると、手で揺らしてみてもびくともしない。

 面で固定する力は想像以上に大きいそうだ。

 幅がなく縦に細長い本棚の場合、思い本を舌に、軽い小物などを上に置いて、重心を下げるといい。

 本の飛び出しを防止するのに、突っ張り棒で固定するのも効果的。

 これは、食器棚の中にある酒瓶などの飛び出し防止にも使える方法だ。


 この記事を読んで、もうひとつやってみようと思ったのが、ガラスの飛散防止フィルムを貼ること。

 家中のガラスに貼るのは手間も時間もかかりすぎそうだが、要所要所にだけでも貼っておこうと思っている。


 
テレビの固定方法にも触れていたが、簡単な方法としては粘着式マットをテレビの下にしいておくという方法でも一定の効果があるとのこと。

 しっかり固定するには、ベルト式の器具などで壁とテレビを直接結びつける必要があるそうだ。


記事の最後に、「
ホームセンターでは防災関連グッズがほとんど売り切れ。スーパーでも水や食料、トイレットペーパーの棚が空。買い占めかどうかはわからないが、多くの人がいっせいに災害の備えを始めたせいだろう」とあった。



 震災番組は続くだろうから、しばらくは品薄状態収まらないだろう。

 防災パニックが収まったころに、忘れずにチャレンジしてみようと思った、今日は4月2日。

クイーン 「TEO TORRIATTE 」 震災後、ラジオリクエストが増えている

  震災後、クイーンの「TEO TORRIATTE」 のラジオでのリクエストが増えているそうだ。

  クイーンといえば、フレディ。

  最近では、カップヌードルのフレディの画像を使ったCMが、賛否両論、話題になっている。

 クイーンといえば一時期世界を席巻したロックバンドで、私の年代の人であれば、「ウィー アー ザ チャンピオン」「ボヘミアン ラプソディー」「ドント ストップ ミー ラブ」などを聴けば、「ああ、あの曲か」とわかるはず。

 私にとってのクイーンはその程度のものなので、「TEO TORRATTE」といわれても、どんな曲だったかわからない。

  で、ユーチューブで調べてみた。

  「TEO TORRATTE」=(手をとりあって)   だったんだ。

  良い曲。途中でフレディが日本語で歌っている。

  なるほど、リクエストが増えた意味がわかる。

  東日本大震災の被災者に対して、お見舞いの書き込みもある。

 それがこれ↓

2011年4月 1日 (金)

吉野家の牛丼にはまっている

 ということで、なんで「ということで」かというと、今日の昼に書いたのだけど、何もかにも震災一色から、少しは抜け出ていいのではないかということで、今日のお昼ごはんは吉野家の牛丼だった。

 もともと、吉野家は好きだったんだけど、BSE問題以降しばらく縁遠くなっていた。

 吉野家は味にこだわりをもっていて、BSEでアメリカ牛の輸入が止まっている間は、牛丼の販売を中止していた。

 その後、アメリカ牛の輸入が再開されて牛丼の販売も再開されたのだけど、なんとなくBSEが怖くて、それとメタボな私としてはカロリーも怖くなって、牛丼から遠ざかっていた。

 私みたいなそんな人が多くて売り上げが下がったことと、すき屋、松屋といったライバル店との牛丼戦争が勃発したせいで吉野家の経営状態が悪くなったという話があったみたいだ。

 みたいだというのは、確たるデータがあってのことではなくて、たまたま、去年の秋ころだったか、立ち寄った本屋で見た雑誌に、吉野家にエールを贈る特集が組まれていたのを見てそう思ったのだ。

 吉野家ファンは多いようで、吉野家は価格競争に巻き込まれるべきではない。そもそも物が違っている。

 他の牛丼店が大衆食道だとしたら、吉野家はレストランだという意見も出ていた。

 そんな記事に触発されて、私ももう一度吉野家の牛丼を食べてみることになった。

 以前は、安く早く腹を膨らますためだけに食べていた牛丼だったが、牛丼ファン達の言葉と一緒に咀嚼してみると、なるほど吉野家の牛丼は他店とは違う。

 他店と違うといっても、当市 延岡市には他店はなくて、隣の町の日向市の「すき家」しか比較する他店はないのだが、たしかに牛丼は吉野家のほうが美味い。


 美味い不味いは本人の主観的なもので、強要するものではないが、私の味覚では吉野家のアメリカ牛のバラ肉の旨味が、なんともいえず美味に感じる。


 ということで、このところ週一ペースで昼食が牛丼になっているという普通の生活の話なのだ。

「震災一色」に思ったこと

 今朝のワイドショー スーパーモーニングで、長嶋一茂さんの話を聞いて、ふと思った。


 日本中がこのまま震災一色でいいのだろうか?

 その話というのは、長嶋一茂さんが出演していたバラエティー番組に、被災にあった子どもが観覧に来ていたという話だった。

 出演者のだれかが、「あんな被害にあって、なんでこんなところに来ているのか?」と聞くと、「だって、笑いたかったんだもの」と答えたそうだ。

 死者と安否不明者が2万人を超え、家財をなくした避難民は20万人にも及ぶ。復興の道は未だ定まらず、原発事故の行方もわからない。

 メディアも震災一色から抜け出せず、テレビCMも未だに震災モードだ。

 計画停電のせいか、被災者のことを考えてか、人通りの少ない東京の歓楽街の様子が報じられる。


 このまま、日本中が自粛を続けなくてはいけないのか。

 いや、続けていていいのだろうか。

 被災地の子どもでさえ「笑いたかった」のだ。

 日本中が被災者に遠慮してずっと沈んでいるだけでは、被災地は浮かぶことはできない。

 被災者を思いやる気持は持続しなくてはいけないが、普通の生活に戻っていってもいいのではないだろうか。

 そうすることで、経済を回していかないと被災地も浮かぶことができないだろう。




 最近知ったブログで、「かるいPTSDにかかったかもしれない」「頭が思考停止してしまった」とつぶやいていらっしゃる方がいる。

 こんな人がたくさんいることだろう。

 「そんなに深刻に落ち込まずに、普通の日常にもどってもいいんだよ」とメディアで声をかけてほしいものだ。

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