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2011年5月

2011年5月31日 (火)

いいかげんにせい!菅さんもそれをおろす側も!

 植木等のヒット曲に、「わかっちゃいるけどやめられない」と言う歌があった。(古ーーい。化石のような?ヒット曲)

 最近このフレーズがちょくちょく頭をよぎる。

 「言いたかくないけどやめられない」

 昨日、今日と私のブログのアクセスが増えているが、一番の原因のキーワードは「菅おろし」

 4月に書いた記事が検索のトップにひっかかっている。

 地震から2カ月と20日。

 私が、菅さんは早急に辞めさせた方がいいという記事を書いてからでも1カ月。

 震災から3カ月になろうというのに、政治の停滞が目立つ。

 おろそうとする側も、おろされまいとする側も、そのために費やす精力の半分でも被災地の窮状を救うために費やしてほしいものだ。

 国民のほとんどが一斉に悲痛な叫びをあげているというのに、彼らには聞こえないらしい。

 老害で耳が遠くなっているのか、それとも心臓に剛毛が生えているのか。



 「おとなしくしていれば、いい気になりやがって!」

 非難者10万人が国会に集結して大きな声をあげてはどうだろう。

 「なめるんじゃねー」

 と、ついつい下品になってしまった今日は5月31日。

 

2011年5月30日 (月)

突然インターネットがつながらなくなってしまった。NTT光のCMはちょっと誇大のような気がする、かな?

仕事で4時くらいから外出していて、7時くらいに帰ってきて、今日のブログでも書こうかなと思ってパソコンの前に座ったら、モニターがおかしい。

事務所ではインターネットをつなきっぱなしにして、ヤフーのサウンドステーションをBGMとして
終日流している。

帰ってきたら、BGMが流れていない。

一人だけいる事務員はすでに帰っていたが彼女は私のパソコンには触れない。

変だなと思いつつパソコンのモニターを見るとオフラインになったという表示がでている。

それで再接続を試みたのだが、何度やっても「オフラインのためにWebページを表示できません」とでる。

私が利用しているのはフレッツ光なのだが、テレビのCMではサポート体制をアピールしているけど、NTTの電話帳を探すけどどこに電話していいのかわからない。

それらしい電話番号を見つけて電話したら音声あずかりだった。

普通の大きさの活字で、24時間対応とあって喜んで電話しただけに、少々怒りを覚えた。

よく見ると米記しの注記がある。

注記は欄外に書いてあるが、さらに小さな活字になっている。

それによると、午後5時から午前9時までは音声案内、とある。

わざわざ欄外の注記にしないで一行下に併記したほうが分かりやすいはずだ。

命にかかわることでもないから、明日でもいいのだが書き連ねてきたブログに空白を空けるのもしゃくだ。

ということで、スマートフォンでの投稿となった。

2011年5月29日 (日)

日本赤十字社の口座に眠る、義援金1300億円。義援金は日赤に送らず、各自治体に送るべき。

以前(平成22年11月21日)、私は「赤い羽根共同募金」について書いた。

末端の募金活動は無報酬のボランティアにやらせているが、理事や会長が高額の給料をとっているのではないかという疑問を呈した。

そして、共同募金会で働く職員さんの数や給料について興味があった。

おそらく全国で数万人の有給職員がいるだろうし、その組織の長は数千万円の高給をとっているだろうと想像していた。

しかし、そのデータを探すことはできなかった。

そんなもやもやした気持を、今週の週刊新潮(6月2日号)が晴らせてくれた。

いや、晴らせてくれたという言葉はふさわしくない。

怒りを増幅させてくれたと言うべきだろう。

私は、本に使うお金は惜しまないのだが、週刊誌にお金を使うのには少々抵抗をもっている。

新聞広告で興味をそそられて本屋でちらっと立ち読みすると、お金をだして買うまでもない内容のことが多い。

それで、週刊誌は、新聞広告で気になったタイトルのみを立ち読みするのが常だ。

今週の週刊新潮はちゃんとお金を払って購入した。

「日本赤十字の怠慢」という記事が私の長年の疑問に答えてくれる部分があったからだ。

この記事は、東日本に大震災で日本赤十字社に寄せられた義援金の処理について批判していた。

日本赤十字社(以下、日赤という)に寄せられた義援金は約2046億円に上がる。

このうちの一部が気仙沼市の口座に始めて振り込まれたのは、震災から約2カ月後の5月9日のことだったそうだ。

どうしてこんなに時間がかかるのだろうか。

日赤が集めた義援金は、まず政府の設置した「義援金配分割合決定委員会」が配分割合を決定し、それを参考に各都道府県の義援金配分委員会から依頼のあった金額を日赤から送るという手はずだそうだ。

日赤は義援金の配分については、都道府県の義援金配分委員会に丸投げ状態なのだ。

5月16日の時点で、日赤から各県の配分委員会に送られた義援金は約707億円。

1300億円以上の義援金は被災地に送られることなく、日赤ル口座に眠っているという。

送った人は、一国も早く被災した人に届けてくれるだろうと期待していたはずだ。

私も同じ気持で、震災の次の日に日赤に寄付金を送っている。

そんな支援者の気持はまったく無視され、半分以上の金が震災から2カ月以上も経った今も使われないまま日赤の口座に眠っているというのだ。

私は、ことあるごとに日赤に寄付金を送ってきた。

災害が起こると無数の寄付金募集組織ができるが、赤十字が一番明朗だと思って、日赤を寄付先にしていた。

しかし、考えてみると日赤も「赤い羽根」同様、巨大組織なのだ。

週刊新潮によると、日赤の有給職員は5万9千人にのぼる。

歴代社長のうち12名は天下り。

社長の給与は、次官級の2500万円。

都道府県に支部があるが、支部長は都道府県知事。

実権を握っている事務局長は、県庁の民生部長や生活部長の天下りボスト。

その体質は実に官僚的で、本当に必要な救援活動ができないのはこの官僚的体質によるものだろう。

公平な分配に気をまわしすぎで、今被災者が何を求めているのかに無関心だとしか思えない。

今、被災者が困っているはお金。

被災者全員にとりあえずの資金を届けることだ。

記事の中で、五十嵐仁 法政大学教授が「まず集まった義援金の半分程度を、各自治体を通じて全ての被災者に一定額配るべき。その後、被災状況に応じて、たとえば使者は幾ら、住宅全壊世帯は幾ら、と追加して平等にすればいい」と言っておられるが、そのとおりだと思う。

「最初から平等性を考えて支給が遅くなるなら、平等性は後でも良い」ということだ。

私は、「赤い羽根共同募金」に寄付はしないことにしている(街頭にたつ高校生たちを悲しませたくないから、募金箱に100円玉を入れることはあるが)が、今後寄付金は日赤には送らないことにした。

東日本大震災には今後も何度か義援金を送ろうと思うが、以後は自治体が設けた口座に振り込むことにする。

2011年5月28日 (土)

国家、国民のための政治家よ出よ

 菅さんではダメという発言が続く。

 同じことを何度もいうことになるが、菅さんではダメなのはわかっている。

 国民の大多数は、「そう言うあなたはどうするのか」と聞きただしたいのだ。

 震災による被災者と、国家存亡の危機を救うべきが政治なのに、震災を機に政局のことしか考えていない政治屋ばかりだ。

 これまた同じことを何度も言うのだが、こんな政治屋しかいない日本が情け無く、無力感におちいってしまう。

 しかし、政治が悪い政治が悪いと言っているが、その政治屋を選んだのは、私たち国民なのだ。

 国のために何をしてくれるかではなく、自分のために何をしてくれるかで政治屋に投票してきた結果が今の日本なのだ。

 自分もその一人であることが、さらに無力感を増幅させる。

2011年5月27日 (金)

海水注入問題

 福島原発で、海水注入を中断しただとか、注入は継続していただとか、何をどう騒いでいるのかさえわからなくなってしまう。

 誰かが常に嘘をついているのだ。

 聞いた者は、嘘を信じて嘘の上塗りをして発表する。

 テレビカメラの前で発表したことを、数日だったり、数週間だったり、一カ月近くたって訂正されたのでは、何を信用していいのかわからなくなる。

 報道にも厭き厭きして、ただただ自分が何にもできない無力感だけが増す。



 日本国内では、ぼろかすの菅総理だが、サミットでは指導力を発揮していると好評のようだ。

 どこから見ても指導力に長けていると見えるはずはないのだが、そこが外交の不思議なのだろう。

 放射能汚染水の処理をフランスのアレバ社と契約するようだが、アレバ社が提示した処理費用が、なんと1トン2億円という法外な価格。

 日本の窮状につけこんだ足元をみた価格としか思えない。

 汚染水は最終的には20万トンになるというから、提示価格をそのまま呑むと40兆円という天文学的な数字になる。

 こんな美味しい仕事の見返りが菅さんの賛辞だったとしたら、なんと高い賛辞代だろう。

 日本はこんな屈辱的な外交をいつまで続けるのだろう。 

2011年5月26日 (木)

事前指示書

 今日は、「事前指示書」のキーワードでのアクセスが多い。

 巷では、積極的な死に方を記した本がブームになっている。

 私も早くしないと、事前指示書作成を仕事としてはやれなくなってしまう。

 

2011年5月25日 (水)

原発問題、正確に。

 今朝のワイドショー「モーニングバード」で、放射能の影響を心配してプールを使用禁止にする学校が多いという話題を取り上げていた。

 そこでの羽鳥さんの、放射能問題の専門家への質問。

 「プールの水を飲んでも大丈夫なものでしょうかね?」

 放射能の心配が無くったって、プールの水を飲んじゃまずいでしょう。

 ごくごく飲むって意味じゃなかったんだろうけど、無意味に騒ぎを大きくするテレビ界における習慣なんだろうね。

2011年5月24日 (火)

頑張ってくれ! 横粂勝仁 衆議院議員 

 もう、日本の国政はぐちゃぐちゃで、無力感におそわれる。

 菅さんではダメだと思うけど、それでは誰に託せばいいのか。

 テレビでは勝手な発言ばかりが耳につく。

 菅さんではダメだというが、それではどうするのか、確固たる意志を提示する者はいない。

 どなたも自分の立場を考えた上での意見。

 そんな中、横粂勝仁衆院議員には前々から感じるものがあった。

 この人は、まだ正義感を持っていると思える。

 若くて少々頼りなく見えるが、信念をもって政治家をやっているように思える。

 彼は弁護士だから、国会議員を辞めたって食っていけるわけだ。

 だから国会議員の職に拘泥しなくてもいい。

 真に国家の行く末を考えて発言しているように感じている。

 彼と同じく真剣に国や国民を思う政治家が、他にも何人かはいるはずだ。

 そんな人が大きな声を挙げて立ち上がるべきだ。

 国会内で革命をおこしてもらいたいものだ。

 託せる政治家を見失って、多くの国民は、私同様、無力感におちいっている。

 

2011年5月23日 (月)

マーガリン好きの私に朗報。トランス脂肪酸は気にしなくてもいいかも。

 私はマーガリンが大好きだ。

 近くのスーパー「マックスバリュー」にテナントで入っている「フジパンストアー」の「バケット」も大好きなのだが、このパンにマーガリンをタップリつけて食べると、これが実に美味い。

 バケットは塩と小麦粉だけをイースト菌で発酵させて作られているそうで、実にシンプルな味わい。

 ミルクやクリームを使っていないみたいだが、それでいてなんとも香ばしい。

 表面の皮のパリパリ感がバケットの最大の持ち味で、そのパリパリ感を味わうにはなんといっても焼きたてに限る。

 食べ残しを一晩おいてしまうと、このパリパリ感は失われている。

 そのせいか、余りたくさんは焼かないのだろう。結構売り切れ状態に出くわすのだ。

 次の日のパリパリ感の無くなったバケットは焼きたてのそれとは別物になる。

 トーストするのなら食パンの方が美味いのだ。

 だから私は、バケットを買ってきたら即座に1本まるまる食べてしまうことになる。

 うちの家庭での料理はバケット向きではないことが多くて、このバケットを私は食後のデザート?代わりにつまむのだ。

 マーガリンをタップリつけて。

太さは腕の太さくらいで、長さ60㎝くらいで、カロリーが少々心配なのだが、かっぱエビセンのコマーシャルよろしく、「やめられない止まらない」のだ。

 家内や子供の非難もものともせず、結局食後に1本食べてしまう。


 そんなささやかな楽しみだったが、マーガリンのトランス脂肪酸が動脈硬化の原因になるという話を聞いて、この1年くらいマーガリンは控えていた。

 実際、アメリカを始めとする各国ではトランス脂肪酸の含有量表示を義務付けている。

 さらには、「マーガリンは食べると危険。食べるプラスチックだ」などという過激な説を聞くにおよんでは、マーガリンと縁を切るしかなかった。

 そもそもはバターの代用品であったはずのマーガリンだが、マーガリンに慣れてしまった私の舌は、本家のバターよりマーガリンの方を美味いと感じるようになってしまっていたのだ。

 とくにバケットにおいては、マーガリンに勝るものはない。



 バケットを食すたび、マーガリンの美味さを思い浮かべること1年あまり。

 最近、この年になって好きなものをがまんして少々長生きするより、好きなものを食べた方がいいと思って、マーガリンとのつきあいを復活させた矢先、昨日の朝日新聞「be」に嬉しい記事が載っていた。

 トランス脂肪酸はそんなに神経質になることはないというのだ。

 世界保健機構(WHO)によると、トランス脂肪酸は悪玉と呼ばれるLDLコレステロールを増やし、善玉のHDLコレステロールを減らし、動脈硬化や心筋梗塞のリスクを高めるというわけだ。

 そして、トランス脂肪酸の摂取を1日の摂取カロリーの1%未満に抑えるよう推奨している。

 私が安心したのは、記事の中の米国のリスク要因別の死亡者数を見たからだ。

 1位は喫煙で46万7千人。

 2位が肥満で39万5千人。

 3位が高血圧 19万1千人。

 その後、4位高血糖(糖尿病など)、5位高コレステロール、6位塩分の取り過ぎ、7位魚の摂取が少ないことと続き、トランス脂肪酸は8位で8万2千人とある。

 私の場合、肥満、運動不足に該当する。

 それを改善することのほうが、マーガリンを絶つよりはるかに死亡リスクは下がるわけだ。

 さらにこの記事の解説に、「日本人の食生活では、トランス脂肪酸より塩分の摂取量を控える方が健康への効果は大きい」とあったが、塩分摂取を控えることを心がけることにしよう。



 
それにしても、健康に悪いものってどうして美味いものが多いのだろう。

2011年5月22日 (日)

デフォルト

 今日、理解できなかったカタカナ語。 「デフォルト」

 サンデーモーニングで幸田真音さんの発言の中で何度も発していた。

 話の流れの中でも理解不能だった。

 今、辞書を引いてみたら「債務不履行」とある。

 今日の幸田さんがどうういことをおっしゃっていたかすら思いだけないので、どうういう局面で「デフォルト」を使われていたかもうとぜん思い出せない。

 学生時代に英語をやっておけばよかった。

2011年5月21日 (土)

胸すっきり。「認知症」に違和感。

 私のブログにときどき登場する朝日新聞土曜版「be」

 その「be」に日野原重明先生の「99歳・私の証  あるがまま行く」というコラムがある。

 そこに書いてあったのだが、日野原先生も「認知症」という病名に抵抗を感じているそうだ。

 このコラムを読んで、私の長年の胸のつかえが下りた。

 「認知症」は、以前は「痴呆症」と言っていた。

 「痴呆」という呼称が、患者をバカにする差別用語ではないかということで厚生労働省が「認知症」という名前に改めたそうだ。

 バカにして「痴呆症」という病名を使っていたとは思えないのだが、ちょっとした批判の声も気にする役人仕事でそうなったのだろう。

 しかし、「認知症」という病名は、私の頭を混乱させ続けてきた。

 日野原先生は、「認知力がなくなった患者を「認知症」と呼ぶのは自己矛盾に思える」「正確に表現するなら『不認知症』だ」とおっしゃっている。

 この言葉で長年の私の胸のつかえがおりたのだ。

 認知できなくなった人を認知症と呼ぶのは日本語的に違和感がある。

 だけど、その違和感はどこにあるのか私には表現できなかった。

 正確には「不認知症」と呼ぶべき、という日野原先生の言葉で、私の胸はすっきりした。



 言葉の意味は変化をするもので、間違った使われ方をしているうちに、間違った使われ方が正しい使われ方になることがある。

 最近での流行りの言葉で気になるのが、「ヤバイ」

 不都合だったり、危機に瀕したときに使われる言葉だったのだが、一部の若者が「美味しい」というときや、「素敵」というときなんかに「ヤバイ」と使っていた。

 それは「スゴイ!」というような意味合いの使い方だったのだが、テレビが面白おかしく取り上げて、若者の流行の言葉なんて祭り上げたもので、いい年こいたおじさんタレントまでが若者の流行に乗り遅れまいと「ヤバイ」を連発するまでになった。

 無理やり流行らせようとした「チョベリグ」(超ベーリーグッド)や「チョベリバ」(超ベーリーバッド)的な一時の流行りの言葉と違って、「ヤバイ」は定着してしまいそうな予感を、私は感じている。


 言葉は生き物で、変わっていくのが必然的な流れで、だから
「古文」という課目があって「古語辞典」を引きながら悪戦苦闘しなければならないわけだ。

 自然な流れで言葉の意味が変わってくるのはいたし方がないことなのだが、お上の一声で言葉を変えるのには若干意義を申し立てたい。

 前述の「認知症」がその一例だが、差別用語として使用禁止用語に指定されている言葉がある。

 使用禁止用語だからその用例をここで具体的に書くことは遠慮すべきで書けないのだが、テレビなんかを見ていて、番組の最後に「不適切な発言があったことをおわびします」などとお詫びのコメントがはいることがある。

 その番組を見ていても、なにが不適切だったか気がつかなくて、それが気になって仕方がないことが多々ある。

 そのほとんどが、私にとって差別的に感じられない名称であることが多い。

 しかし、差別される側の人が不快に感じるのであれば、それはおわびするべきだ。

 だけど、発言する人がまったく差別の気持がない言葉で、差別されていると言われる側の人も差別されていると感じていないかもしれない言葉に、ことさらに神経質になって使用を制限することは、差別されていると言われる立場の人への差別ではないだろうか。



 このところ、仕事が異常に忙しくなっていて(うれしい悲鳴を上げているのだが)言葉の整理ができないままのブログアップになってしまった。

 

 

2011年5月20日 (金)

でるは愚痴ばかり

 西岡参院議長が菅首相の即刻退陣を求める論文を読売新聞に寄稿したことについて、20日の閣議後の記者会見で、閣僚から西岡氏を批判する声が相次いだという。

 西岡参議院議長の寄稿についての感想は昨日書いた通りで、閣僚が批判するのも当然だが、それは「目くそ鼻くそ」だ。

 面白がって騒ぎ立てるテレビの思惑通りに、テレビカメラの前で吠えたって何の解決にもらない。

 国民から国政を付託された先生様なのだから、正々堂々正面切って西岡氏と討論すればいいのだ。
 
 先生づらして威張っているのは弱いものの前だけ。

 相手も力があると思うと陰でぐずぐず言っているだけではないか。

 力のある先生様なのだから、その気になればどなたとだって会えるはずだ。

 昨日は樽床さんも菅おろしの声をあげていたが、自分の仲間の前で遠吠えしていても何も始まらないだろう。
 
 またしても、批判だけはしているが、自分が菅さんに取って代わって窮状を救うというわけでもなく、かといって菅さんに代わる旗頭を立てるわけでもなく、具体的な方針は示さない。

 真に日本を救う思いがあるのなら、懐に刀を忍ばせて、刺し違えるつもりで直言することだ。

 真の憂国の志士よ出よ。

2011年5月19日 (木)

菅総理に辞任を求めた西岡武夫議長にも反省を求める。

 西岡武夫参議院議長が、菅総理に辞任を求める論文を読売新聞に寄稿した。

 その全文を読んでみたが、菅さんへの批判はまったく同感である。

 与党の、それも立法の最高責任者の一人である参議院議長の発言であることの意味は大きいのだろうが、私は「だからなんだ」と思ってしまう。

 参議院議長だか民主党の長老だか知らないが、政治家のみならずワイドショーののタレント学者やタレント知識人たちが言っていることと何ら変わらない。

 菅さんに処理能力がないという話は、我々庶民の多くもそう思っているわけで、過程でも職場でも西岡さんと同じようなことは言い続けているのだ。

 しかし、菅さんを総理の座からおろすことに精力を使うヒマはないから、政治家が挙国一致でこの国家存亡の危機にあたって欲しいというのが国民の大勢なのではないか。

 西岡さんが国を思うのであれば、菅さんに変わる政策を実行できる人材を明らかにするべきだろう。

 その前に、菅さんと刺し違えるだけの気概をもって対策を提案することだ。

 立場を借りて新聞に自分の不満や批判を言い放つのだけでは、なんの解決もしない。

 菅さんが辞任して、その次にだれが総理になってどういう政策をするのか一切触れていないではないか。

 三権の長の一人である議長の発言は重いはずだ。

 しかし、辞めさせた後のことに触れない発言は、巷の烏たちと同じではないか。

 こんな政治屋を選んでいる私たちに責任があったんだと思って、気持が萎えて書くことが嫌になっていたが、久々に怒りのままにキーボードを叩いてしまった今日は5月19日。

2011年5月18日 (水)

原発事故、真相は闇

 「やっぱり」だった。

 福島第一原子力発電所の2号、3号機でもメルトダウンが起きていた。

 2カ月間ずっと問題ないと言い続けて、隠しようがなくなるとあっさりと公表。

 公表するときの東電の態度が私には信じられない。

 ばれてしまって、そのことを追求されると、実は当初からわかっていたかのような発言をする。

 私なら、「調べようがなくてわからなかった」と、嘘を突き通すだろう。



 楽観的な予想だけを発表して、
最悪の事態が潜んでいることは隠せるだけ隠していて、結局結局悪い結果が表にでてしまうということの繰り返し。

 もう何度も言ったことだし、テレビに露出する人たちの多くが言っていることだし、国民全部が思っていることなんだけど、最悪どのようになるのかを明らかにして、そうならないように最大の努力をしていることを訴えるべきだ。

 間違いなく、現場では命を懸けて復旧にあたっている人がいる。

 そんな現場の人のことを思ったら、あんなにのんびりした顔をして記者会見なんかできないはずだ。

 「あんたら素人がそう定義するのなら、メルトダウンだと勝手に言えばいい」みたいな発言をした東電責任者さんをはじめとして、本部にいてのほほんとしている幹部はなんとか責任から逃れたいだけにしか見えない。

 原発事故は起こってしまっているのだ。

 その現実は人類最大の危機だけど、多くの人が命を懸けて戦ってくれている。

 原発問題については、これから先もじっくり考えて行く。

2011年5月17日 (火)

東電は反省しているようには見えない

 菅さんを始めとする政治屋たちの答弁や、東電の記者発表を見ていると、不愉快で不愉快で、ここ何日間か触れずに来たのだけど、それにしても東電の松本純一氏の答弁には不愉快の限度を超してしまう。

 事故から2カ月もたった今頃になって、メルトダウンは当初から起こっていたものと思われる、発表する松本氏の顔には全く危機感どころか当事者意識が感じられない。

 12日にメルトダウンを認めた会見のときも、「燃料が崩れ落ちて形状を維持せず、圧力容器下部に崩れ落ちた時イヴたいをメルトダウンと定義するのならそう言ってもかまいません」などと言っていた。

 「メルトダウンと言いたいのなら、勝手にそう言ったら。わたしゃ知りませんよ」ってな感じである。

 全く他人事。

 自分らが起こしたことだろうが。

 今日は、さらに2号機も3号機もメルトダウンを起こしているかもしれないという報道があっていた。

 隠せるだけ隠しとおして、ばれたら居直る。

 ここに及んで、東電だけにまかせていていいのか?

 アメリカ、フランスを始めとする第三者機関の監視と協力を強制的にさせるべきだろう。

 あんな態度の東電責任者にまかせているのは、政治家も本当のことを表にだしたくないからなのだろう。

 最終的に東電に全ての責任をおっかぶせるための、政治屋と官僚の作戦のような気がしている。



 それにしても、不快な日々が続く。

2011年5月16日 (月)

前を向いて歩こう

 最近、朝のワイドショー「朝ズバ」で、みのもんたさんが「前を向いて歩こう」って言葉を頻発しているけど、これって私が4月13日に書いてたことといっしょの気持かな。

 上を向くのは涙がこぼれないように。

 一カ月も2カ月も泣いてばかりはいられない。

 それに、いかに辛抱強い東北の人たちでも、政府や東電の無能と無責任さに怒りの気持がわいてきていることだろう。


 私のブログも、ずっと震災関連のことになってしまっていて、いつまで経っても堂々巡りの政治家に無力感を感じてしまって、この1週間書く気もしなかった。

 それにしても、福島原発の解決への道は、はるかに遠い。

 数十年前のチェルノブイリより、タチが悪い。

 旧ソ連の秘密主義より、今の東電のウソつき体質の方が悪い。

 チェルノブイリでは、世界中が疑いの目を持って警戒した。

 福島においては、善人面した極悪人がウソで固めた報告をして、何度もまわりをだましている。

 菅さんも、いきあたりばったりで芯が通っていない。

 ぶれずに日本のことを考える人間がでて来ないものか。

2011年5月14日 (土)

最高の人生の見つけ方

 今、「最高の人生の見つけ方」をDVDで見終わった。

 先週借りた「ミリオンダラー・ベイビー」を返却に行った時に、 「最高の人生の見つけ方」という幸せそうな題名。ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンが競演しているジャケットに目がとまって借りてきたものだった。

 話題になった映画だった記憶はあったが、内容はまったく知らなかった。

 この2、3日、本業の仕事が忙しくて、パソコンの前に座る時間もないほどで、気がついたら明日が返却日だった。

 見ないまま返すのもしゃくだから、ちょっと早送りにして見始めたのだが、すぐに早送りはやめた。

 偶然だが、これもまた自分の人生の納め方を考えさせる映画。

 今日は、ゆっくり考える時間も書く時間もない。

 この問題は、私のこれからの主題。

 また、じっくり考えてみることにする。



 映画館の無い町に住んでいるもので、年に1、2回、映画館に映画を見に行くだけなのを嘆いていたが、DVDも捨てたものではない。

2011年5月13日 (金)

超多忙!

 昨日、今日と超多忙。

 朝から電話の応対と人との面談でゆっくりパソコンの前に座るヒマもない。

 不思議なもので電話で話をしていると、必ず別の電話が入る。

 来客の応対をしていると、別のご来客がある。

 という具合に、まったく時間がとれないくらいの忙しさだった。

 というか、仕事をしていたらこれが当たり前。

 パソコンであれこれやっているのは仕事ではない。

 ということで、いまから会合に行ってきます。



 幸運の女神には前髪しかない。

 わかっているんだけど、いつもつかみそこねる。

2011年5月12日 (木)

昨日の暑さは本物だった。暑い、暑いと騒ぐなテレビ。

 昨日は暑かった。

 エアコンをつけようかと思ったのだが、まだ5月。

 エアコンをつけるには早すぎると思って、窓を空けて車を走らせていた。

 事務所内も暑かったが、窓をあけてがまんしていた。


 仕事が終わって家に帰ってテレビをつけると、ニュースで今日の暑さが大きく取り上げていた。

 なんと、私の住む宮崎県では気温33℃を記録していた。

 エアコンが欲しいと思ったのも無理のない暑さだったわけだ。

 昼にテレビのニュースを見てこのことを知っていたなら、ためらわずにエアコンをつけていただろう。

 暑いとは思ったが、急に暑くなったので暑く感じるだけで、まさか30℃を超しているとは思わなかった。

 「心頭滅却すれば火もまた涼し」と言う。

 「病は気から」とも言う。

 「暑い!暑い!」と大騒ぎされると、暑さも倍加する。

 そんなに暑く感じていなかった人まで暑くなる。


 
今年の夏は電力不足が予想されている。

 その不安を増幅させるかのようにテレビがこれからの暑さを騒ぎ立てるのだろう。

 
まっこち(宮崎弁で「本当に」)、テレビというやつは、人心を騒がせ、世の中に害毒を流す困り者だ。

2011年5月11日 (水)

今日もいちにちあなたが笑顔でいられますように

 ここのところ、精神的にちょっと疲れている。

 日本では大震災、原発。

 ビンラディン殺害。

 報復テロの不安。

 日本経済が困窮しそうなのに、円高。



 それより、なにより、自分の足元。

 またしても、陽水の「傘が無い」



  今日、事務所を空けて外出中に、損害保険の方が来てくれていた。

 不在挨拶の名刺とノベルティのメモ用紙。

 そのメモ用紙の表紙をふと見ると、

 黄色いお花畑に紋黄蝶のカップルの絵

 そして、誰の書かわからないが

 「今日もいちにちあなたか笑顔でいられますように」



 人の情に疎いと言われる私なのだが、

 この言葉が胸に響いた。



 やっぱり疲れているのかもしれない。



2011年5月10日 (火)

出口の見えない迷路

 震災の復旧も、原発の事故処理も、出口の見えない迷路のよう。

 そこにばかり目が行っていて、自分の足元も危うくなっている。

 それに気がついていて、あせりと後悔に落ち込みそうだったのだが、そんな私救ってくれる人がいた。

 お客さんなのだが、怒って離れて行くのが当然なのに、見捨てずに声をかけてもらった。

 こんなことの繰り返しで生きてきた。

 そんな私でも私を生かしていただいていることに、心から感謝している。

 

2011年5月 9日 (月)

「ミリオンダラーベイビー」

 「ミリオンダラーベイビー」を見た。

 手帳の備忘欄に「ミリオンダラーベイビー」クリントイーストウッドと数カ月前から書いてあった。

 ずっと気になっていたのだが、つい借りることなく時間が過ぎていた。

 いつか買おうと思っている物、いつか読もうと思っている本、いつか行こうと思っている温泉や観光地を、手帳に書きとめている。

 クリントイーストウッドは好きだから、いい映画だいという評判を聞いて書きとめていたのだろうと思いつつ、ずっと借りていなかった。

 昨日、ツタヤに本を買いに行って、「DVD旧作100円」というポスターにつられて借りてきた。

 手帳にはどういう映画なのかということは書いていなかったので、内容もわからずに見ることになった。

 出だしは、話の展開が重くてなかなか映画に入っていけなかった。

 親からの愛情も受けたことのない女性が、屈折した孤独なボクシングトレーナーのジムに押しかけ入門する。

 ボクサーとしては少々年齢をくいすぎていたが、もっていた素質と人並み以上の練習で、すぐにめざましい活躍を始める。

 出だしは重苦しい話の展開だったが、主人公の女性がボクサーとしてデビューしてからは、「ロッキー」そのものの、わくわくする話の展開だった。

 いっきに世界チャンピオンのタイトル戦まで上り詰めるという、「ロッキー」の女性版といった話の展開。

 タイトルをとってハッピーエンドかと思っていたら、話が急展開。

 チャンピオン側の反則攻撃で、頭を強打し全身不随になる。

 そこから話は尊厳死の問題へと変わる。

 夢だったタイトルマッチまで上り詰めて、自分の人生に悔いはないから殺してくれと頼む。

 自分が華やかだったイメージが記憶に残っているうちに死にたいというわけだ。

 結局、クリントイーストウッドはそれを引き受ける。

 女性はまだ若く、意識もしっかりしている。

 苦痛を与えない治療をしている。

 この映画を見終わって、私が手帳にこの映画の題名を書きとめていた意味がわかった。

 私は、何度か尊厳死について書いているが、尊厳死にもいろんな局面がある。

 「ミリオンダラーベイビー」にある尊厳死が是か非か、私には「是」と結論づけることができなかった。

2011年5月 8日 (日)

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2011年5月 7日 (土)

朝日新聞「be 」  「かわいいと思う犬」ランキング。 意外にも3位が雑種犬

 今日の朝日新聞土曜版「be」のランキングは「かわいいと思う犬」だった。

 朝日新聞の無料会員サービス「アスパラクラブ」のサイトでアンケートを実施し、ランキングをつけるというもの。

 1位はダントツで柴犬。1351票。

 これは納得。

 意外だったのが、3位に雑種が選ばれていたこと。

 2位の秋田犬、492票とわずか89票差の403票を獲得して堂々の3位だ。

 かわいい犬というと、チワワ、プードル、ミニチュアダックスフント、ポメラニアン、マルチーズなどを想像していたが、雑種がかわいいという意見に私は軽い衝撃を覚えた。

 雑種犬をかわいいって思う人が多いってことは、優しいひとが多いってことのように感じてしまう。

 しかし、言われてみると雑種犬もかわいい。

 血統書付きの高価な犬は、「私かわいいでしょ。かわいがられて当然」という顔つきをしている。

 散歩させている買主だって、自分のアクセサリー代わりに、これみよがしに連れて歩いているように思える人もいる。

 「かわいいですね。なんという種類なんですか?」と尋ねると、「○○○○って言うんですよ」と答える。

 そして、それに続く会話は「いくらするんですか?高いんでしょうね」となり、「うちの(犬)は特別で○○万円するんですよ」となる。


 それに比べて、雑種犬は謙虚だ。

 「こんな私をかわいがってくれてありがとう」

 「どんなことがあっても、私はあなたについていきます」と言っているように見える。

 さらに、買主までいい人に見えてしまう。

 このアンケートを見る前から、私は、雑種で不細工な犬を散歩させている人を見ると、この人はいい人なんだろうなと思っていた。

 望まれずに生まれて来て、買主に捨てられていた犬を、博愛精神で拾ってきて育てているんだろうなと思えるのだ。

 かくいう我が家でも拾ってきた捨て犬を飼った経験がある。

 最初の1匹は犬ネコ病院の前に捨てられてあったのをもらってくれないかと頼まれて飼ったもの。

 2匹目は、近所の人が拾ったものだったが、アパートで飼えないから預ってくれと頼まれて預ったもの。

 1匹目の犬がいたので、2匹目はちょっとのあいだ預るだけのつもりだった。

 だけど、それは近所の人の陰謀で、我が家に捨て犬の処理を押しつけたものだった。

 まだ生後2、3カ月の小犬だったが、それはそれは可愛い小犬だった。

 甘え方も絶品だった。

 可愛い顔ですがるように見つめる。

 その顔を見ていると、「もう1匹だけいいか」と思って引き取ってしまったのだ。

 それなのに、成長するにつけて、とみに顔が不細工になってきた。

 もともと雑種犬は、子供のころはかわいいけど大人になると顔が長くなって不細工になるものが多いが、その犬は小犬のころの可愛さは図抜けていたのに、成長してからは他の犬に比べても不細工になった。

 おまけに大きくなるにつれ態度も不遜になってきた。

 言うことを聞かない。すぐにふてくされる。

 あの子供のころの可愛さはなんだったんだろうとつくづく思わされた。

 「モモ」という名前だったが、我が家では別名「サギ(詐偽)」とも呼んでいた。

 その「モモ」は、たびたび家出をする犬だった。

 犬小屋をこじ開けて脱出したり、首輪を引き抜いて脱走したりした。

 散歩紐をかみ切って脱走することも多かった。

 その都度、見つけて連れ戻したのだか、5歳のときに脱走してそのまま、いまだに帰って来ない。



 
1匹めの「くるみ」が13歳で亡くなってから4年が経つ。

 よぼよぼになっても、もつれる足でトイレまで行く姿が不憫でもう犬は飼うまいと思っていたが、雑種が3位になったアンケートを見て、もう1回だけ飼おうかなと少し心が迷っている。

浜岡原子力発電、全面停止。果たしてつらぬけるのか。

 またしても菅総理の唐突な発言。

 浜岡原発をすべて止めることを中部電力に要請したというのだ。

 中部電力と打合せは無し。突然の要請だ。

 しかし、原発を止めるための法律的根拠はない。
 
 かといって、新たに法律を作るという動きもない。

 中部電力がこれを断ったらという質問には、「ご理解いただけるよう説得して参りたい」とのこと。

 いつものパフォーマンスとのように思えてしまう。

 消費税10%への言及、TPP問題、谷垣さんに入閣要請、等々国の根幹に多大な影響を及ぼすことについて、突然、安易に発言し、そして不備な点を指摘されると、いとも簡単な言い訳をして話をうやむやにしてしまう。

 いつも、そんなことの繰り返し。

 国の最高責任者であるのに、姿勢に筋がとおっていないのだ。

 今回の原発運転休止についても、なぜ浜岡だけなのかということがわからない。
 
 それらしい説明はしているのだが、国民を納得させる説明ではない。

 もう少しきちんとした説明が必要だろう。

 こんな説明で、この後、原発を必要とする意見が噴出したとき、果たして浜岡原発の全てを止めるという要請をつらぬけるのだろうか。

2011年5月 6日 (金)

ビンラディン殺害の報復テロを心配する

 案の定、ビンラディン殺害への報告テロが宣言されている。

 アメリカを始め、アメリカに追従する各国は、ビンラディンの死亡によりテロが終息していくようなことを言っている。

 しかし、同時に報復テロへの警戒を呼びかけているという矛盾。



 小泉政権がアメリカのイラク侵略を全面的に指示して以後、日本もアメリカ支援国家としてテロの標的となった。

 今回のビンラディン殺害の報復テロが日本の原発に向かったとき、平和ボケした日本のテロ対策は万全なのだろうか。

 福島の例を見るまでもなく、原子力発電所が破壊されたときの恐怖を感じるのは私の杞憂だろうか。

2011年5月 5日 (木)

ビンラディン 確保後に殺害?

 震災のニュースにかき消されてか、ビンラディン殺害のニュースがあまり大きく報道されない。

 今回のアメリカの行動には、いくつかの疑問がある。

 まず、パキスタン政府の許可もなくパキスタンで軍事行動を起こしたこと。

 軍事行動でなければ殺人を行なったことになる。

 次に、ビンラディンは武器を所持していなかったということ。

 これについては、米国も認めている。

 さらに、ビンラディンの家族の証言では、ビンラディンは身柄を確保された後に殺害されたということ。

 これは家族からの証言だから、うのみにはできないが、もしそうであればリンチ(私刑)を執行したことになる。



 私は、アメリカの一連の行動に対して、国際的には非難の声はあがっていないことに違和感を覚える。

 これは、イラク侵攻に侵攻してサダム・フセインを処刑したことについてもそう感じた。

 イラク侵攻の大義名分は、イラクが大量破壊兵器を保有しているということだった。

 しかし、大量破壊兵器はなかった。



 今回のビンラディン殺害は、テロの首謀者であるということだが、正式な裁判も無しに無抵抗の被疑者を殺害することに正当性はあるのだろうか。

 ましてや、他国に軍隊を送り込み、その国の主権を無視して軍事行動をとったことを世界は容認しているのが不思議でならない。

 アメリカが正義だと唱えれば、すべて正義になるのだろうか。

 もしそうだとすれば恐ろしいことだ。

 日本政府がアメリカに服従しているように見えるのは、そのせいなのだろうか。

 

2011年5月 4日 (水)

仮設住宅が整備されるまで、空き室を被災者用に国で借り上げることはできないのか

 2日の国会答弁で菅総理は、お盆までに全ての被災者を仮設住宅に完全入居させると断言した。

 このことはすでに菅総理が口にしていたことで、その時も国交省の担当者は頭を抱えていた。

 総理はその後「百パーセント確定的だったわけではない。私が強く指示すれば実現できると私なりの見通しで言った」と述べ、関係閣僚と事前調整せずに表明したことを認めた。

 いつものことではあるが、一国の運命をあずかる総理大臣の言葉の重さをどう感じているのだろうか。

 自分の思惑だけの希望的観測を国会で答弁するというのはいけない。

 いつも、この繰り返しである。

 国民の窮状に目をやることを忘れて、自分の立場に重きを置くからこういうことになるのではないか。


 一昨日私は、TBSキャスターの下村健一さん 現内閣審議官広報担の、寝食を忘れて震災からの復興と原発事故の処理に取り組んでおられる姿に感動を覚えた。

 下村さんの頭には震災と原発のことしかない。

 この危機をいかにしたら抜け出せるのかだけを考えておられる。

 この危機を抜け出すことができたときには、下村さんの心身はぼろぼろになっていて、恐らく仕事を続けることはできないだろう。

 そう思わせる悲壮感を全身にただよわせていた。

 総理を批判する他の政治家の方々のどなたにもそんな気迫は感じられない。

 下村さんのような気迫をふりまく政治家がおられたら、国民はそれを全面的に支援するだろう。



 
ちなみに、私は不動産業に従事しているのだが、ひとつ提案がある。

 平成20年10月1日現在における全国の空家は756万戸。

 住宅総戸数5759万戸の13.1%が空家になっている。

 3大都市圏だけでも363万戸の空家がある。

 被災者救済のための架設住宅にこの空家を利用することはできないものか。

 仮設住宅建設にあたっては、用地取得およびインフラ整備が大きな問題として立ちふさがる。

 仮設住宅が整備されるまでの期間だけでも、国が空き室を借り上げて被災者の住宅として提供するということはできないのだろうか。

 国が借りるのであれば、敷金、礼金無しで家賃だけ補償してもらえれば、提供する家主はいくらでもいるだろう。

 現実は、復旧の道のりは遠い。

 体育館での被災者暮しを続けさせていいのだろうか。

 いずれ仮設住宅に戻ることが約束されていれば、多少遠隔地になっても、期間限定での仮住まいを希望する被災者は少なくないのではないだろうか。

2011年5月 3日 (火)

ビンラディン殺害でテロの恐怖は増加するのではないか

 昨日、アルカイダの指導者オサマ・ビンラディン殺害のニュースが大きく報道されていた。

 震災がなければ、ニュースの時間の大半をとって報道されるビッグニュースだろう。

 オバマ大統領就任以来の優先課題だっただけに、オバマさんもコメントで「アルカイダ打倒の闘いの中で最も大きな成果」だと強調していた。

 そしてテレビには、長年の念願を果たしたことに歓喜するアメリカ国民の姿が映し出されていた。


 私は、その映像を見ながら暗い気持になってしまった。

 ニュージーランド大地震の恐怖が醒め遣らぬ間に東日本大震災が起こり、福島の原発事故が世界中を震撼させているこの時期に、またしても世界的な大事件が起こってしまった。

 当然のごとく、ビンラディンの殺害のニュースと同時に、タリバーンは報復を宣言している。


 ビンラディンの死について、米政府高官は、「アルカイダに壊滅的な打撃を与えた」「アルカイダとの闘いで最も偉大な勝利」などと言っている。

 「9.11以来10年に及ぶ泥沼の闘いからの出口がようやく見え始めた」というメディアもある。

 しかし、私は人類の終末が近いかのような不安を覚えてしまうのだ。

 実際、米政府は世界各国の大使館に報復テロへの警戒を呼びかけているし、海外に渡航・在住している国民にも反米暴力への注意を促している。

 報復の火の手は、無差別な市民に及び、そして報復の連鎖を増加させる。



 人間は永遠にこんな馬鹿な殺し合いを続けるのだろうか。

2011年5月 2日 (月)

元TBSキャスター下村健一現内閣審議官広報担当の姿に感動した

 昨日のサンデー・フロントラインに元TBSキャスターの下村健一さんが出演していた。

 下村さんは現在、内閣審議官広報担当をやっていて、その立場での登場だった。

 TBSを退社した後、学生時代に菅さんの選挙を手伝ったことがあった関係で、菅さんから声がかかって現在の職についたそうだ。

 番組では出演者全員が、菅さんの危機管理対応の悪さを指摘していた。

 そんな中に出演依頼をされて、承諾して主演されたわけだ。

 TBS時代はぽっちゃりしていたという印象だった下村さんだが、げっそりやせていた。

 やせたというより、やつれているという言葉の方がふさわしい感じだった。

 悲壮感で鬼気せまるものを感じた。

 番組では、当然のごとく菅さんの対応の遅さを責めたてられたが

「未曽有の、誰も経験のない災害に遭遇して、その中で必死で解決にあたっている」

「菅さんも寝る時間もなく全力で解決にあたっている」と菅さんを擁護もしていた。


 下村さんは全身から悲壮感をただよわせていた。

 人類が経験したことのない危機を解決するために、自分ができる限りのあらゆる努力をしていることが伝わってきた。

 菅さんの対応の遅さやまずさをせめるコメンテーターに、

「できることはなんでもやろうと思っているんです」

「この窮状を救う妙案があったら教えてください」

「体面にはこだわらない」

「教えてもらったことを菅さんに伝えて実行させますから」とまで言っていた。


 この下村さんの姿を見て、下村さんを責める言葉を発する者は一人もいなかった。

 危機解決のために寝食を忘れて取り組んでいるのが誰にも伝わってきた。

 自分の立場や組織を守ることは二の次にしていることは明白だった。

 司会の小宮悦子さんが何度も、「少しからだを休めてください」と言っていた。

 他の出演者も「からだを休めてください」と、心からいたわりの言葉をかけていた。



 
菅さんに批判的だった私だが、思わず涙が出そうになった。

 下村さんだけでなく、彼と同じような気持で復興に取り組んでいる人がたくさんいることを彼の姿は教えてくれた。


 
菅さんを始めとする政治家や、原発の責任者の方々の姿に感動を覚えないのは、それらの人たちが自分の立場や組織の保身を考えて話をするからだろう。



 菅さんが下村さんのような姿を見せてくれたら、国民も納得するのだろうに

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