イタリア、国民投票で原発凍結
イタリアで、原発再開の是非を問う国民投票で原発凍結が決定した。
投票率が50%に達しないと国民投票は成立しないという制度の中、投票率55.6%、原発凍結賛成票が94.3%で凍結が決定した。
イタリアはチェルノブイリ原発事故後、国内の原発をすべて閉鎖していたのだが、このところ原発復活を検討していた。
原発凍結については「原発凍結法」で、「安全性に関する科学的見解が得られるまで」凍結していたものだが、今回の国民投票では「安全性に関する科学的見解が得られるまで」という前提条件の削除することへの賛否を問うたものだった。
今回の国民投票の結果、原発の新設や際稼動が無条件で凍結されることになったわけだ。
これは東日本大震災における福島原発事故が多大なる影響を与えていると思う。
現実問題として、日本の原発の全てを直ちに停止するということは無理だろう。
しかし、原発は徐々に廃止していくべきだろう。
原発の発電コストが安いのは稼動中のことだけ。
建設については建設費と建設地に対する補償費に多大な費用が必要となる。
一番の問題は事故が起こったときの復旧に関する時間と費用だ。
チェルノブイリでは周辺では居住不能となり16万人が移住させられた。
爆発した4号炉は「石棺」と呼ばれるコンクリートの構造物で覆っているが、その「石棺」の耐用年数は30年と言われ、さらなる補修の必要性に迫られている。
いったん暴走を始めた放射能を操縦する方法は無く、永遠に閉じ込めておくしか手段がない。
想定外の災害は必ず起こるし、人間が作るものであるから、絶対に事故が起こらないものは作れない。
だから、原発はこれ以上建設するべきではないだろうし、今稼動してるものについても、なんらかの代替エネルギーの開発と引き換えに徐々に全廃に向かうべきだろう。
一番の問題点は、原発の利権に浴する人たちが国を動かしているということ。
その人たちを排除するのが最大の難題だ。
最近「物言う株主」という言葉が復活してきたが、国民のすべてが「物言う国民」にならなくてはいけない。
それにつけても、憲法改正を想定した国民投票法案が問題視されていたが、重要事項について国民投票で賛否をとえる法律の制定ができないものだろうか。
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