裁判員制度と木嶋被告死刑求刑
連続不審死事件で、殺人罪に問われている木嶋佳苗被告に対して、検察側は死刑を求刑した。
この裁判の問題点は、決定的な物的証拠や目撃情報はないということだ。
数々の状況証拠を積み重ねて、犯人は木嶋被告でしかあり得ないと結論づけている。
確かに、連続して通常ではあり得ない亡くなり方をしていることや、そのいきさつからして、常識的には木嶋被告の犯行としか思えない。
しかし、それを実証する決定的な証拠はない。
法律の専門家としても、判決を下ろすには非常に難しい問題を抱えている。
しかも求刑は死刑である。
裁判員は、テレビの視聴者とは違って、殺害を否定する被告の言葉を生で聞いているわけだ。
「絶対に殺していない」と訴える被告に対して、死刑の判決をつきつけることに私は躊躇するだろう。
検察側は、証拠がないことに対して状況証拠を列挙することで木嶋被告の犯行と結論づけた。
その正当性を裁判員に訴えるために、「朝起きて雪が積もっていれば、雪がふるところを見てなくても、夜中に雪が降ったと思う。誰かが雪を撒いた可能性もあるが、合理的ではない」「健全な常識で考えてください」と論じていた。
その理論を聞いて、私は「なるほどそうだな。うまい例えだな」と納得させられた。
しかし、その理論はすんなり腑に落ちてしまわなかった。
町全体に雪が積もっていることと、3人(だけ)の男性が死んだこととを同等の事象のように思わせるやりかたは、詭弁ではないかという疑問がわいた。
たしかに、3人の男性の亡くなりかたは不自然で、木嶋被告がなんらかの細工をしたとしか思えない。
しかし、それを結論づけるための「雪」の例えは、裁判員を詭弁を弄して検察側の思う方向へ誘導するものに思える。
私は、裁判員制度には大反対ではあるが、もし私がこの裁判の裁判員だったら、この「雪」の理論において検察側の主張をすんなり認めたくなくなるかもしれない。
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