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2012年5月27日 (日)

生きているだけで意味がある

 テレビで久々に五木寛之さんを見た。

 五木さんの「青春の門」が大ベストセラーとなったのは私の学生時代だった。

 ハンサムな容貌も人気を高めた要因であったように思う。

 だがら、五木さんの出版広告には必ず五木さんの大きな顔写真がいっしょだった。

 五木さんの小説はいくつか読んだが、ハンサムゆえに私は五木さんを好きにはなれなかった。

 ハンサムな顔だちというだけでなく、立ち居振る舞いも発言も二枚目なのだ。

 マスコミにもたびたび登場したが、とにかく、テレビで見る五木さんは格好良かった。

 話の内容も二枚目だった。

 当時、自分の容姿に劣等感を持っていて、加えて嫉妬心の強かった私は、それらの一つ一つが計算ずくのようで、五木さんを好きになれなかったのだ。

 その五木さんも、今年、79歳になっていた。

 久々に見る五木さんだったが、とても79歳には見えない、相変わらずのハンサムぶりだった。

 なにげなくチャンネルをまわした瞬間に聞こえてきた五木さんの言葉に耳を傾けた。

 「人間は生きているだけで意味があるんですよ」という言葉だった。

 話の前後は聞いていなかったが、「生きるとはどういうことなんでしょうか?」というような質問に答えたもののようだった。

 どう生きているかとか、何をしてきたかとか、そんなことよりも、生きていることだけで意味があるというのだ。

 この数年、私は、なにもしてこなかった自分の人生にあせりに似た気持ちを抱いていた。

 「やればできる」「そのうちやるぞ」と思って、結局何もしないで生きてきた。

 7、8年前までは、そう思っていた。

 しかしここ数年、今から始めても何もできないなと思うようになっていた。

 「光陰矢の如し」「少年老い易く学成り難し」「後悔先にたたず」いろんな格言がかけめぐる。

 こんな格言が多いってことは、私みたいな人間の方が多いのだろうと、自分を変ななぐさめ方をしたりしていた。

 そんな時に聞いた五木さんの言葉は、私に優しく響いた。

 「生きていることだけで意味がある」

 どう生きてきたか、何をしてきたかは問わず、今生きていることに価値があるというのだ。

 なにもやってこなかったことを悔やんでいた私は、この言葉に救われる気がした。

 もっと励まされたくて、図書館で五木さんの本を借りて来ようと思っている。

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