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2012年6月

2012年6月30日 (土)

ギャラクシーノート、使用3ヶ月の感想。

 4月6日、発売と同時に購入したギャラクシーノート。

 当然その日のブログにギャラクシーノートのことを書いている。

 それ以来、ギャラクシーノートのことを5回も記事にしている。

 私のつたないブログにも「ギャラクシーノート」をキーワードとして延べ数千件のアクセスをいただいている。

 なぜか私のブログは検索上位に表示されてしまうのだ。

 SEOはまったく意識してなくて、思ったことを思ったままにかいているのだが、なぜかしらいろんなワードやフレーズの検索で上表示される記事が多々ある。

「ギャラクシー」関連の検索が、そのパターンだ。

「ギャラクシーノート」 「ギャラクシー  ノート」 「ギャラクシーノート 本」といったキーワードだと13~15番目に表示される。

「ギャラクーノート 操作」 「ギャラクシーノート マニュアル本」 だと、3~5番目に表示される。

なぜそうなるかわからないのだが、役立つ情報が欲しくて検索でアクセスしていただいた方には余りお役に立たないかもしれないなあ、と心苦しく感じることもある。

  ということで、ギャラクシーノート使用3カ月間の感想を書いておこうと思う。

  使用3ヶ月の感想としては、十分満足している。

 4月8日に「大満足のギャラクシーノート」というブログを書いたが、3ヶ月後の今も満足している。

 なんといっても、私にとって絶妙のサイズなのだ。

 操作感は、アンドロイドのスマートフォンでは一番評価の高い他のギャラクシーシリーズ同様、ストレスを感じることなくサクサク動く。

 十分満足なのだが、不満なことが一つだけある。

 それは、バッテリーの持ちが非常に悪いということ。

 インターネットを使うことが多いといえば多いのかもしれないが、日に2~3度のものでしかない。

 バッテリーは2500mApとスマートフォン界では最大級だが、液晶画面が大きいだけに消費も激しいのかもしれない。

   インターネットを使わなくても、夕方にはバッテリーが切れそうになることがある。

  大容量のバッテリーもあるが、それだと携帯性が悪くなる。

  それで、バッテリー対策として、私は予備バッテリー2個と、バッテリー充電器を購入している。

  バッテリーが切れそうになったら新しい予備バッテリーと交換し、切れたバッテリーを充電器で充電しておく。

 充電が終わったバッテリーは、ポケットやバッグに入れておくようにして、常に予備のバッテリーを一つ身につけている。

 面倒なようだが、このやり方で、まったく不便さを感じないでやっている。

 この秋に、ギャラクシーノート2が発売されるという噂もある。

 さらに機能アップして、また私の心がゆさぶられることだろうが、しばらくは目と耳をふさいでおこうと思っている。

2012年6月29日 (金)

前門の虎、後門の狼。小沢さんが虎で、谷垣さんが狼かな。

 消費税増税関連法案が衆議院で可決されて、良くも悪くも政治は進むのかなと思っていたら、テレビは民主党の内部紛争と、与野党の駆け引きのみしか報じない。

 増税法案を見直さないと離党するぞと脅かす小沢さん。

 党内に野党を抱えこむよりは、野党になっていただいた方がスッキリするのだろうけど、そうもいかないみたいだ。

 一方谷垣さんは、小沢さんを切り捨てないと後の審議には協力しないと迫る。

 みんな人間だから、人のことより自分のことが大事で、自分の政治屋という職場にどうやってしがみつこうかということのみに躍起になっているなあ。

 相田みつおさんが「人間だもの」と言っていたが、私も「人間だもの。しかたがないよなあ」と思っている。

 「人間だもの。自分が一番大切だよね。」

大雨による土砂崩れで道路が寸断。土砂崩れした地主さんは撤去費用を請求されるのかな。

 テレビのニュースで、南九州地方の大雨被害についての映像が、これでもかって感じで映し出される。

 土砂崩れで道路が寸断されて孤立した集落が報じられていた。

 今までなら、大変だなーと思ってなにげなく見ていたニュースなのだが、先日私の関係する住宅の裏山が土砂崩れをおこして以来、ニュースの見方が変わってしまった。
 (このことについては6月21日のブログに書いた)

 土砂崩れでの被害の解決については直ちに道路復旧工事にかかるのだろうけど、土砂崩れをした山の所有者は土砂の撤去費用を請求されるのかなと気がかりだ。

 どういう処理をしているんだろう。

 これと関連する話として、津波で流され県道をふさいでいた漁船を勝手に撤去されたことに対して、2600万円の損害賠償を求める訴訟が仙台地裁に起こされていた。

 いろんな考えの人がいるから、行政も民・民のことには掛かり合いたくないのだろうなと思わされる。

2012年6月28日 (木)

終わっていた。「アーティスト」

 このところ、当地(宮崎県の北端の街、延岡市)唯一のシネマ館「延岡シネマ」の上映内容が充実しているように感じる。

 何度もブログで書いたことだが、年に6、7回は、映画を見るために宮崎まで車で2時間もかけて行っていた。

 最近、映画館の支配人が変わった。

 本社勤務だった方で、若い(私にとって)女性だ。

 たまたま偶然か、それを機に私が見てみたいと思う映画がかかるようになっている。

 ホームページも復活している。

 最近見た映画は、「メン・イン・ブラック」(ブログアップ済み)

 これから見てみようかなと思っているのは、「スノーホワイト」 「わが母の記」「テルマエ・ロマエ」

 この3作は、宮崎まで見に行こうとは思わないだろうが、延岡で見られるのなら見てみたい。

 延岡シネマに私が見たい映画がかかりだしたことで失敗したことがある。

 それは、「アーティスト」を紹介しなかったこと。

 今年のアカデミー賞の作品賞、主演男優賞、監督賞、作曲賞、衣装デザイン賞をとった作品だ。

 特徴は無声映画。

 この映画を宮崎まで見に行ったのだが、宮崎の上映から1ヶ月ちょっと遅れて「延岡シネマ」でも上映された。

 そのことは、「延岡シネマ」のホームページを見つけたときに知った。

 私は、延岡で「アーティスト」が見られるのだったら、もう一度見たいと思っていた。

 それほど、いい映画だった。

 つたない私のブログを見てくれている人に、一人でも二人でもいいから見ることを勧めようと思っていた。

 それで、延岡シネマの上映と併せて紹介しようと思っていた。

 それなのに、私の勘違いで延岡シネマでの「アーティスト」は、もう終わっていた。

 だれにも紹介できなかったことが残念だし、もう一度見られなかったことが悲しい。

 映画の内容は、これから見るかもしれない人のために書かないが、「アーティスト」は私が今までに見た映画の中で、一番感動したといってもいい作品だった。

 無声映画で、声も音も出ない。

 音無しでどうなるものやらと思って映画を見はじめた。

 最初は、違和感があったし、たいして面白くないと思いながら見ていた。

 しかし、見終わって感動。

 「この映画を見て、本当に良かったなーーー」と思う映画だった。

 いっしょに映画を観ていた観客の多くが、私と同じ感動を感じているのをはっきり感じることができた。

  東京のような都会なら、まだ、どこかの映画館で見ることができるかもしれない。

   機会と時間があったら、東京まで行ってでも見たい映画だった。

  DVD化されたら、絶対に観ようと思っている。 

2012年6月27日 (水)

プラスの感想や意見を伝えよう

 新スタッフさんに、「社長(私のこと)はいつも元気ですね」と言われた。

 私は「今日も一日ガンバルゾーーー」と吼えるとこもないし、忙しく動き回わるタイプではない。

 私は、のんべんだらりと1日を過ごしている。

 だから社員から見ると、むしろ「この社長はなにもしないで、なにをやってるんだろう?」と思われても当然。

 それで、一瞬社員の言った言葉の意味がつかめず、「おれのこと?元気ってどういう意味?」って聞き返してしまった。

 「そうですよ。社長が疲れたとか、体がだるいとか、きついとか言ったことないですよ」と言う。

 そう言われれば、そうかもしれない。

 しかし、私は腰痛持ちで、朝は起き上がるときはすんなり起きることができない。

 起きてしばらくは、痛くて腰が伸ばせなかったりする。

 それに、毎日の睡眠時間は5時間くらいで、慢性睡眠不足状態だ。

 しかし、言われてみると、私はキツイとかだるいとか疲れたとか言っていない。

 「暑い」「寒い」も余り言わない。

 「暑い、寒い」については、私のブログの「テレビの功罪」のカテゴリーでテレビが「暑い」「寒い」と大騒ぎするのを、度々批判している。

 暑い、寒い、なんてことは生きている人なら、言われなくてもわかっている。

 ことさらに暑いシーンや、寒い映像をかき集めてみせつけられると、暑さや寒さが倍加するだけだから、貴重な放送の時間を費やして報道するな、というのが私の自論。

 そう思っているから、私は、あまり「暑い」「寒い」と大騒ぎしない。

 それと似たような理由で、病気で体調が悪くても、あまり「キツイ」とか「苦しい」とかは言わないようにしている。

 「だるいとか」「疲れた」という言葉も同様に、余り口にしない。

 それは、私が男らしくて我慢強いからではない。

 私は、ヒトが(例えば妻が)風邪をひいて熱っぽいときなんかに、「キツイ、苦しい」という言葉を聞くのが好きではないからだ。

 熱があってキツイというのは、かわいそうだと思う。

 大変だなと同情する。

 だから、「大変だね」「病院に行って薬をもらってきなさい」「ゆっくり寝てなさい」というような言葉をかける。

 それでも、ヒトは「キツイ」「キツイ」と言う。

 私にはそれを治せないから、「キツイ」「キツイ」と言われると、自分の気が滅入ってくるのだ。

 そして、それがそのうち怒りにも似た心境に陥るのだ。

 私は、自分が人にしてもらいたくないことをヒトに対してもしないのを心情としている。

 長くなりましたが、これが、冒頭の「私が疲れたとか、だるいとかキツイ」とか言わない理由なのだ。


 
社員さんに「そんなに元気に見えるのかなあ?」と言ったら、「すごいと思います。入社して2ヶ月になるけど、一度も疲れた顔を見たことがないですもの」などと言う。

 言われてみると、大きな病気はしたことはないし、そんなに疲れたとか体がだるいとか思ったことない。

 俺は人に比べると丈夫なんだなあと自信が湧いてきた。

 世の中、プラス思考という言葉が大流行り。

 なにごとも前向きに考えて生きることが大事だということは良く聞く話であったが、相手に対してプラス志向の言葉をかけることも大事だなあと思わされた、「なにげなく自信をつけられた言葉」だった。

 

2012年6月26日 (火)

増税法案採決に民主党議員57の反対票

 消費税増税法案が衆議院を通過した。

 自民党、公明党の賛同を得て賛成多数で可決されたのだが、反対票96票の内民主党の議員の反対票が57票だったそうだが、これってどう考えてもおかしい。

 おかしいのは、なにもかもおかしくて、人間が自分のことしか考えないからおかいしのであって、政治家だけがおかしいのではなくて、そんな政治家をつくったのは国民であって、国民という集団も、国民というひとくくりになると国のための政治をしてくれと言うのだけど、いざ選挙となると自分の選挙区のためだけには予算をできるだけおおくもってくる人にしか投票しないぞと脅かすもので、政治家はそれにおびえて、借金まみれの財政なのに、自分の選挙区や自分が頼りにする組織のためにせっせと税金を投入する努力をし、選挙民は赤字財政はいかんといいながらも、さらに自分のためには税金を投入しろと政治家を脅迫してきたのだ。

 それは、冷静に考えると共犯であって、これはなにも日本に限ったことではなくて、ヨーロッパでもアメリカでも同じことが行なわれていて、世界規模で人間社会がおかしくなりつつある。

 しかし、テレビの画面にさらされている政治屋さんたちの人相は、これは私の先入観かもしれないけど、みんな卑しくて、国家、国民のことを考えて政治をしているという感じはまったく感じられなくて、自分の政治屋さんという式久場を確保しようとしているようにしか見えない。

 昨日、野田総理が民主党議員に法案の異議を説明して、理解を求める演説をする姿が放映されていたけど、そこで民主党の議員の一人が大きな声で「私の命がかかっているんだ。どうしてくれるんだ!」と叫んでいたが、これが国会議員という職業で生計を立てている人たちの本音の言葉で、国民の命を守ることは二の次で、自分の命を守るのが先なのだ。

 それは、父として進まない東日本大震災復興や原発事故の対処のドタバタ劇をみていて重々感じていることだけど、衆目にさらされるテレビカメラの前で、臆面もなく、(消費税増税をしたら、次の選挙に落ちてしまう。そうしたら生活に根気ゅする)そんな気持ちが「私の命がかかっているんだ!どうしてくれるんだ!」という悲痛な叫びになったのだろう。

 私たちは、なんとも情け無い人たちに政治をまかせている、なさけない国民だなといたく悲しい気持ちになった。

 それに、それを非難するテレビにも、それ以上に腹立たしく感じている。

 テレビは、民主党の小沢さんの処分問題ばかりを取り上げていて、他人の舵と喧嘩は大きければ大きいほど面白いとばかりに、民主党のごたごた問題ばかりを取り上げていて、消費税増税が与える今後の影響についての考察や、対策等に言及する報道はない。

 心配性の私としては、こんな不景気なときに増税を打ち上げると、ますます不景気になるのではないかと心配でたまらないし、私は不動産業に従事しているのだけど、消費税増税前の駆け込み需要があるのか、それに便乗して大手不動産会社が攻勢をかけてきて、零細の私の会社はますます大手にシェアを奪われて救急とするのではないかとか、消費税アップ後には今でも低迷している不動産取引がさらに冷え込んでしまうのではないかと不安におちいってしまう。

 いつもは、読みやすいように意識的に文章を短くしていたのだけど、もうぐだぐだでいやになってしまって、文章もぐだぐだになってしまった今日は6月26日火曜日。

大雨の影響でアクセスアップ?

 梅雨だから当たり前なのだが、よくもこんなに降るものだ。

 しとしと降るのではなく、ザーザー、ドシャドシャと大量の雨だ。

 この雨で、先日、私の関与した貸家の裏山が土砂崩れした。

 改めて知らされたことは、土砂崩れによって被害を被っても行政はなにもしてくれないということ。

 冷静に考えれば当然のこと。

 土砂崩れを起こした土地の所有者を調べて、その所有者に土砂の撤去を要求する。

 要求したのにもかかわらず土地所有者が土砂の撤去をしない場合は、土砂被害を受けた人が自ら土砂の撤去をせざるを得ない。

 その後に、撤去費用を土砂崩れを起こした土地の所有者に請求するということになる。

 山崩れで土砂が道路をふさいでしまうと、即座に行政が道路復旧工事をしているが、土砂の撤去にかかる費用については、土砂崩れを起こした土地の所有者に請求しているのだろうか。

 私は、恥ずかしながら、正当な法的処理のやりかたに気づかなかった。

 そのことを、市役所の危機管理室の職員さんに、「不動産屋ならこのくらいは常識でしょう」といった感じの指摘を受けた。

 まことに恥ずかしいかぎりだった。

 しかしここ数日、つたない私のブログに「山崩れ 地主 責任」「山崩れ どうしたら」「土砂崩れ 責任」等の検索ワードでのアクセスが増えている。

 私同様、わからない人が結構いるようだ。


 今日の当地(宮崎県の北端の街、延岡市)の夕刊紙の一面に「土砂災害に警戒を」という記事が掲載されている。

 「民家に押し寄せた土砂」と道路上への土砂崩れ」のカラー写真付の記事だ。

 しかし、これって、

「大雨でこんなに被害が出てるんだぞー」

「こわいだろー?」

「まだまだ、雨は降り続くんだぜー」

「もっと被害が増えるかもしれないぜー」

「もっと怖くなっただろう?」

と脅かしているだけのことなのだ。



 根に持つ私の、土砂崩れブログなのだ。

2012年6月25日 (月)

年収100万円の豊かな生活

 Yahooに、「東大卒独身男の無職生活術」という見出しが目にとまった。

 山崎寿人さんという。

 東大を出て一流企業に入社していたが、小説家を目指して30歳で退社。

 小説はものにならず、そのままプータロー生活を続けているというのだ。

 年収は約100万円。

 親が残してくれた古マンションの賃貸料だけで生計をたてている。

 なんといっても東大卒。

 当初、友人たちは口々に「東大を出たのになにをやっているんだ」「せっかく一流企業に入ったのにこんなことでいいのか」と説教した。

 小説がものにならないとわかった後も、「うちで働かないか」と誘ってくれる友人もいた。

 しかし、10年間も無職生活をしていて、迷惑をかけるのがわかっていたしので遠慮したようだ。

 何よりも、山崎さんが節約生活に面白さを覚えていたというが大きな理由のようだ。

 『国民年金保険料や国民健康保険料、NHK受信料、住居費などを支払うと、1カ月間で使える食費、光熱費、通信費、交通費などの生活費は、3万円。

 1日3食の食費は、500円。

 当初、月の生活費は8万円ほどだったが、それではプータロー生活の継続が難しい。そこで、5万円、3万円と徐々に落とした。』

 『だが、ムリをして切り詰めているわけではない。ストレスが溜まるほどの節制を自らに強いるなんてもってのほか。月3万円あれば、節制や我慢とは無縁な豊かで楽しい毎日を送ることができる。いま、そう実感している。』のだそうだ。

 『月5万円と3万円の違いとは何か。豚肉にたとえれば、100グラム120円と80円の差にすぎない。どちらも100グラム1000円の肉にはかなわないが、手間暇をかければ、40円の差なんていくらでもカバーできる。
 バランスが大切なのだ。食事でいえば、値段とそれに見合うおいしさ。安いからといって、おいしくない物を食べ続けるのは、人生の損失だ。』

 『その日食べたい料理を手間暇をかけておいしく作る。月に何度か、ぼくのマンションに友人たちが集まってホームパーティが開かれる。付き合っている女性もいる……。ぼくは、年収100万円の生活に不満もストレスもまったく感じていない。いまの暮らしが、本当に楽しくて仕方ない。』

 『会社を辞めてからも、高校や大学の同期会や仕事仲間の呑み会に誘われれば、極力参加していた。節約が生活の中心になって、お金を惜しんで家に引きこもり、友人との付き合いが疎遠になってしまうのがイヤだったからだ。』

 『とはいうものの、呑み歩くと1万円単位のお金が簡単に飛んでしまう。大出費である。
「うちに呑みにこない?」
 6年ほど前、高校時代の同級生を誘ったのがホームパーティを開くきっかけだった。』

 このホームパーティが友人たちにも大好評で、いつの間にか定例化し、奥さんや子どもさんを連れてくる友人もいるそうだ。

 地方で暮らす仲間もやってくる。

 会費はきっちり割り勘。筋を通して対等な関係でいたいからだ。

 食材と酒代を入れて、ひとり2000円ほどで済むというのも大きな理由のようだ。

 『プータローになったぼくを批判していたヤツも、最近は年齢のせいか、こんな言葉を漏らすようになった』

『おまえみたいな生き方もいいよなあ。月3万円でこんな生活ができるのか。老後に希望が持てるよ』

 『ぼく自身も、毎月3万円で楽しく過ごせると知ったら、働かない罪悪感も将来への不安も消えた。1日1日をいかに豊かに生きるかを第一に考えるようになった』

 『だからといって、明日どうなってもいいというわけではない。いまの暮らしを健康に続けるため、毎朝の散歩と筋トレ、体重の管理、そして瞑想。日々、心と体のマネジメントは欠かしていない』

 『ときにはパソコンの故障など、予想外の出費もある。それも踏まえて年間の予算を立てる。それがうまくいくのも、またうれしいのだ。』

 以上、ほとんどYahooの記事をそのまま転載させていただいた。

 文芸春秋社から、「年収100万円の豊かな節約生活術」という本が出版されている。

 山崎さんは、年収100万円で、「豊かな」という言葉通りの生き方をされているようだ。

 早速Amazonで注文することにしよう。

2012年6月24日 (日)

小沢さんは、消費税増税法案の採決から逃げ出さないか?

 来る26日に消費税増税法案の採決が行なわれる予定だ。

 昨日書いたことだが、小沢さんは次の選挙を見据えて、あがいている。

 民主党が大勝し政権交代を果たした前回の選挙は、小沢さんの功績だと言われているが、私は当時からそうは思っていなかった。

 あの選挙は、政権交代が壊れかかった日本を救ってもらえるという国民の期待の結果だった。

 私の選挙区から当選した民主党の候補者も、小沢さんの選挙戦術で選挙を戦ったらしい。

 その人の選挙事務所は、私の会社から数百メートルのところに構えておられた。

 選挙事務所が駅前の商店街にあるにもかかわらず、選挙演説をする姿を見たことがなかった。

 私の事務所と同じ商店街といってもいい場所だったのに、選挙前、選挙中、選挙後も候補者の顔を見たことも声も聞いたこともなかった。

 それでも私はこの人に投票した。

 私も政権交代を期待したからだ。


 水面下で小沢さんが選挙応援をしていたせいで当選したのかもしれない。

 しかし、選挙民としての私も、私の家族も、私のまわりの多くの人も、候補者に投票したのではなく、政権交代を期待しての民主党に投票したのだ

 私は、小沢さんの力であの選挙に勝ったのではないと思っている。

 私は昨日、小沢さんの何がすごいのわからないと書いた。

 自分と対立する政策を否定はする。

 自分なら国民を幸せにすると言う。

 しかし、その具体策を丁寧に説明する姿を見たことがない。

 今回も、「増税はいけない、その前にやることがある」と言っているが、それは政権政党の要職に3年近くもいた人の言う言葉ではない。

 政権をとってからの小沢さんの印象は、党内での政権争いに終始してたことしかない。

 争いが大きくなりそうになると、姿をくらますのが小沢さんだったような気がする。

 反対を表明しながら肝心のときには自分は国会を欠席する、ということもあったような記憶がある。

 はたして今回、消費税増税法案の採決に小沢さんは反対票を投じるのだろうか。

 よもや、小沢さんが採決を欠席するようなことはないだろうなあ。

2012年6月23日 (土)

小沢一郎さんは、なにがすごいの?

 消費税増税関連法案の採決を控え、小沢一郎さんが新党の旗揚げも匂わす猛反対の動きをしている。

 小沢さんを指示する議員の離党届を提出させているという報道もある。

 しかし、今朝の「ウェーク」に出演していた民主党の小沢ガールズと目される女性議員(名前を忘れた)は、そういう事実は一切ないと断言していた。

 見え透いた嘘であっても平気で押し通すことが政治家の必須要件だから、この女性議員の発言は意味はないが、小沢さんがこのところ強調している「消費税増税はマニフェスト違反」発言だって、どの面下げてそんなことが言えるのだろうと思ってしまう。

 ここにきて、消費税増税反対だけでなく反原発を掲げているようだが、小沢さんが原発問題にふれていた記憶はない。

 そもそも、小沢さんが一番存在感を出すのは、肝心なときに行方をくらませて話題になるときだ。

 福島の原発事故後、小沢さんが話題になることは少なかった。

 地元に顔を出さないことを選挙民に非難されていたという報道を、ちらっと見たような気がした。

 政治家にとって一番大事なことは選挙と公言している方だから、近い総選挙に向けて全勢力を傾けているのだろう。

 そんなときに突如、週刊文春で小沢さんの奥様からの離婚報告の手紙が報じられた。

 その手紙によると、小沢さんは放射能が怖くて逃げていたというのだ。

 それについて小沢さん側は、手紙は捏造だと反論してる。

 真偽のほどはさておくとしても、過去を振りかえると、小沢さんが肝心なときにその場にいないということが多かったように思う。

 政治家もマスコミも、小沢さんなしには話をすすめられないようだが、小沢さんのなにがすごいのだろう。

 のんべんだらりと生きている私には、ちっともすごい人には思えない。

 もう一つの疑問が、他のマスコミが余り騒ぎ立てないことだ。

 朝刊紙がとりあげないのはまだしも、スポーツ芸能新聞でもそんなに話題にされていない。

 いかにもワイドショー好みのネタにもかかわらず、ワイドショーで取り上げられない。

 なにがなんだかわからない。

2012年6月22日 (金)

山崩れ、その後。危機管理室の対応。

 昨日の、「山崩れの土砂は誰が撤去するのか」の、結末を書いておこう。

 山崩れした家には、県や市の職員さんが大挙して調査にお見えになられたのだが、被害者について行政は何もできないという、ありがたい結論をご教授いただいた。

 無知な不動産屋としては、知識が一つ増えて感謝すべきご指導だったが、被災者の方は大変困っている。

 法的に無知で、被害にあって困りきっている被災者からの相談であれば、もう少し親身な答えをもらえるのではないかと思って、入居者の方と家主さんが直接市に相談に行っくように伝えておいた。

 しかし、危機管理室の担当の答えは、「山崩れを起こした土地の所有者を調べて、その人に土砂を撤去してもらえばいいですよ」と、昨日同様いたって簡潔そのもの。

 市役所の職員であれば、固定資産台帳を見れば隣接の土地の所有者は簡単にわかる。

 しかし、普通の庶民はどうやって隣接者を調べたらいいのか、わかるはずもない。

 庶民は、市の職員さんの毅然とした言い方に、「知らない自分が悪いんだ」と萎縮してしまって、質問することもできない。

 私の法的無知をきっちり指摘できる優秀な市役所職員さんだけど、なにも知らない市民にはもう少しわかりやすく説明してさしあげないと、被災者の方はどうやったらいいのかわからずうろたえておられた。

 私に、「土砂崩れを起こした地主に土砂の撤去をさせるのが当然。こんな当たり前の常識を知らないのか」と指摘された有能な職員さんなのだから、隣接の方に「あなたが土砂を撤去する責任があるんですよ」と説明してくれれば、ものごとはスムーズに進むのではないかと思うのだけど。

 先ほど、山崩れの被害者となった家主さんから、所有者を調べてくれという依頼を受けた。

 家主さんは、「市はなんにもしませんよ」と言う言葉だけが耳に残っているようだった。

 繰り返しになるが、「危機管理室」ってのは市民を危機から救うためのものではないようだ。

 

 

2012年6月21日 (木)

大雨により山崩れの土砂の撤去は誰がするのか?

 一昨日、当社が関係した借家の裏山が土砂崩れをおこして、家の軒先まで土砂で埋まるという事件が起きた。

 幸い建物には影響はなかったが、家の外にあった物置が潰されていて、寝ていた部屋の壁まで土砂が押し寄せていた。

 住んでいる人がいたってのんびりした人で、たいして気に病んでいなかったので、「大事にいたらなくてよかったね」「家の補修については家主さんにしてもらうことになるから、家主には私のほうから連絡しておきます」ということで、その場は終わった。

 のんびりした住人の影響で私も大事件とは思っていなかったのだが、夕方のニュースで大きく取り上げられていて、ことの重大さを再確認した。

 テレビカメラが捉えた現場は、危機一髪を免れたという映像になっていた。

 家主に連絡をしたが家主さんものんびりした方で、ご主人が入院しているので今日は行けないから明日見に行くとのこと。

 その後家主さんから連絡が入り、県や市からも連絡が来たことのことだった。

 それで、後のことは私に頼みますと言われる。

 私に頼むと言われても困るのだが、今後どうしたらいいのか市に問い合わせをしてみることにした。

 市に電話すると、「危機管理室」というところが担当のようだった。

 入居者も、家主も、県や市の職員さんが大勢来て調査をし、いろいろ話を聞かれる中で、土砂の撤去は県か市がしてくれるものと理解していた。

 ついては、後の処理について私に手伝ってくれということでの依頼だった。

 それで私は、「後のことはどうしたらいいのか?」と尋ねることから始めた。

 答えは「裏山の土が流れ込んだのだから、裏山の所有者に土をどけてくださいと言えばいい」というのだ。

 私が裏の山の地主を調べて、その所有者に土砂の撤去を頼めば良いと言う。

 「え?市がなにかしてくれるのではないのですか?」と聞くと、「不動産屋さんだったら、それくらいのことはわかるでしょう。裏の山の土がくずれてきて屋敷に侵入してきているのだから、山の所有者にしてもらうのが当然でしょう?」と言われる。

 入居者も家主も、県や市から大勢の人が来てくれて、あれこれ話を聞かれて、その話の中で県か市が土砂の撤去はしてくれるのではないかと思っている。

その上で私に後処理の手続きを手伝ってくれと言われたのだと思っていた私には、市役所の「危機管理課」の担当の言葉が冷たく感じられた。

 それで、私は「不動産屋さんだったら当然にわかるでしょうと言われたが、延岡市内の不動産屋でこんな経験をした人はそうはいないですよ。だから知っていて当然と言われても、私にはわからないことですよ」と言い返した。

 すると、担当さんは「こんな経験はないにしても、家の中に入ってきている土は隣の山の人の土なんだから、隣の人にどけてくれというのが当たり前でしょう?」

 さらに、「どけてくれと言っても、隣の山の所有者がなにもしてくれないときは、家主さんの方で土砂の撤去工事をして、その費用を山の所有者に請求すればいいんですよ」と、いたって親切に教えていただいた。

 実に明快なご指導を受け、私は納得した。

 たしかに、担当さんの言う通りだ。

 しかし、入居者も家主も、県か市が土砂の撤去をしてくれるではないかと誤解している。

 それで、「入居者の話によると、市や県の人が大勢でききてくれていたから、県か市がなにかしてくれのではないかと思っていましたよ」と質問を続けた。

 その答えもいたって簡潔なものだった。

 「市は、危険を確認したので入居者に公民館に非難してくださいと伝えました」というのだ。

 市の権限でできることは、そこまででしかないと言う。

 これも私は納得した。

 ということで、入居者と家主にそのことを伝えることにした。

 併せて、今後の処理については直接市に相談に行くように伝えた。

 私だと、「不動産屋だったら当然にそのくらいのことはわかるでしょう」と言われて、「自分でなんとかせい!」となってしまうので、法律がよく分からない一市民として市役所に相談すると、なにか便宜をはかってくれるかもしれないと思うからだ。

 私だったら、隣接の山の所有者を調べるところから始まって、その所有者との交渉までの一切を自分でやらなければならないだろう。

 山のようにずっと放置してある土地の所有者を調べるのは、不動産業者の手に負えない場合が多い。

 所有者が登記簿上の住所にいないことが多い。

 所有者の所在は市役所なら職権で簡単にわかるのだが、その住所を不動産屋には教えてくれない。

 被害住宅の入居者や家主からの要請だったら、市も対応してしくれるはずだ。

 それで、入居者と家主に直接、市に相談してもらうことにして、私の役目はひとまず終わらせてもらう事にした。

 それにしても、「危機管理室」というのは頼りがいのありそうな名称なんだけどなあ。 

 

 

 

100歳まで健康本

 今日の朝刊で、「100歳まで健康でいたければこれを食べるのをやめなさい」という書籍広告が目にとまった。

 思わず読んでみたくなる題名だ。

 Amazonで確認してみる。

 まだ、読者からの評価はない。

 買いたい衝動をぐっとおさえる。

 この手の本は、書店で立ち読みをするにとどめるに限る。

 昔、「食べてはいけない」という題名の本がベストセラーになったことがある。

 書店に平積みになっていて、買おうと思ってさっと流し読みして買うのをやめた。

 ざっと見た限りだが、この本を真に受けて言う通りにしていたら、生きにくくなる。

 米もパンも、野菜や肉も、何一つ安心して食べられるものが無い。

 コンビニで売られている弁当やパンはもってのほか、冷凍食品もダメ。

 多くの食品が添加物まみれであったり、偽装食品であったり、残留農薬で侵されていたり、賞味期限が改ざんされているというのだ。

 コンビニのおにぎりやサンドイッチや安いファミリーレストランの食べ物が、添加物まみれであったり、偽装食品だというのは、そうかもしれないと思いかけた。

 私の大好きなマーガリンがトランス脂肪酸のかたまりで体に良くないというのも納得させられた。

 しかし、市販されている牛乳もダメということにおよんで、この本を買うことをやめにした。

 この著者の言うことを100%実行するためには、自給自足の生活をするか、お金持ちになって無農薬有機栽培で米や野菜をつくっている農家と契約し、自然育成した乳牛飼育農家から直接牛乳を買い、漁港で獲れたての魚を買いうしかない。

 もともと私は、屁理屈ではあるが、保存料は体にいいという理論をもっている。

 保存料がなかった大昔の時代には、腐った食べ物を食べて命を落とす人が多かったはずだ。

 防腐剤や保存料がない時代には、野菜や肉が食べられなくて、栄養失調になって死んで言った人もたくさんいた。

 農薬がない時代には、害虫や病気のために農作物の安定した収穫が確保できなくて、不作から飢饉になったこともったはずだ。

 極論だが、自然の物だけを食べて、自然の中でくらしていた古代の人たちの平均寿命は20歳代くらではなかったのか。

 時代をうんとさかのぼって、江戸時代でも人生50年と言っていたではないか。

 戦前はどうだったか。

 冷静に考えると、人間の平均寿命が圧倒的に伸びたのは戦後のこと。

 医学の発達もあるのだろうが、栄養がよくなったこともあるはずだ。

 飽食の時代と言われている現代の日本では、食べ過ぎが諸悪の根源みたいに言われているが、飢餓の方がもっと体には悪いはずだ。

 こんなことを言うと、「今の日本の平均寿命を延ばしているのは、戦前生まれの粗食で生きてきた人たちが長生きしているからだ。戦後生まれで、食品添加物まみれの食べ物を食べてきた自分たちの時代になったら、平均寿命は下がる」という人がいる。

 私は、そんなに悲観したものではないと思っている。

 現に、私のまわりは団塊の世代の人たちばかりだが、還暦過ぎても若い、若い。

 私の子どもの頃の60歳は老人だった。

 65歳を過ぎると、ほとんどの人が老人になっていた。

 顔にも手にも深いシワが刻みこまれ、腰の曲がった老人も多く見かけた。

 そのなごりで、今も60歳、65歳を高齢者という呼び方をするが、今の65歳は高齢者という単語でひとくくりにするのは似合わない。

 団塊の世代は戦後生まれの象徴といえる。

 サッカリンやチクロに代表される偽装甘味料で育ってきている。

 後年、発癌性があり使用禁止になった食品添加物を食べて育ってきた。

 それでも、戦前よりはるかに寿命を延ばしているのだ。

 ということで、私は前々から食品添加物や防腐剤は人の寿命を延ばすのに貢献してきたと考えていた。

 人間の歴史は飢餓からの脱出だった。

 現在、人は豊かになって食べ過ぎを心配しなくてはいけない時代になった。

 贅沢になった人間は、食品添加物や防腐剤の入っていない食べ物を求めるようになった。

 ということで、「食品添加物、防腐剤礼賛理論」を改めて思いいたった、今日は6月21日。

2012年6月20日 (水)

若者はやる気が無い?1

 昨日の朝のワイドショーで、新入社員のここが許せないというアンケートをとっていた。

 新入社員イコール若い人ということでもある。

 やる気が無いだとか、口のきき方がなってないとか、常識がないとか、責任感が無いとか決まりきった感想が述べられていた。 

 2000年前のギリシャ時代の遺跡の象形文字を解読したら、「最近の若い者はダメだ」という言葉だったという有名な話がある。

 太古の昔から老人にとって若者はダメに見えるらしい。

 そう言っている老人も、数十年前には自分がそう言われる若者だったのだ。

 若い人がダメなのだとしたら、若い人を立派に育てることができなかったことを大人は反省するべきで、人間が地球に誕生してきて以来、ずっとそんなことをくり返しているわけで、これは人間が地球に存続する限り永遠に続いていくことなのだろう。

 それにしても、昨日のワイドショーで19歳の男性がインタビューに答えて、「最近の新入社員はなってない」と言っていたが、19歳の人にとっての若い人ってのは何歳の人なのだろう。

 

2012年6月19日 (火)

雨の日は天気が悪い?

 今年の梅雨は、梅雨らしい梅雨だ。

 このところ、ずーっと雨だ。

 おかげでバイクを乗り回せない。

 私が所有している建物は古いものばかりなので、ひどい雨だと雨漏りするものがある。

 それで、最近私は雨が嫌いになってしまった。

 以前は、雨は嫌いではなかった。

 子どもの頃から活動的でなかった私は、雨の日に家に閉じこもるのが、むしろ好きだった。

 だから、天気予報で「明日は天気が悪い」とか「天気がくずれる」という言葉に違和感を抱いていた。

 なんで、雨の日を天気が悪いというのだろうと思っていた。

 晴れの日が良い日で、雨の日を悪者扱いするのは間違いだと思っていた。

 日照りが続いて雨がまったく降らなければ、渇水で給水制限されたり、凶作になる。

 自然の天候だけに頼っていた昔は、日照りによる大飢饉もあった。

 そんなときは、雨乞いをした。

 神様を頼って、どうか雨を降らせてくださいとお願いすることになる。

 生きるのにかかせない水の供給を雨に頼っているはずなのに、どうして雨のことを「悪い天気」というのか、子どもの頃からの私の疑問だった。

 今朝のワイドショーで、外国仁は雨でも傘をささない人が多いという話をしていた。

 雨の日にどうしているかというと、少々の雨だとレインコートの襟をたてて雨をしのぐだけで傘をささない人が多いというのだ。

 日本に来ている外国人で、少々の雨では傘を射さずにいる人をインタビューしていた。

 雨が降ると涼しくて気持ちがいいと言って、平気で濡れている。

 それに、例えばアメリカは国土の半分くらいは雨がほとんど降らない地域があって、それに慣れているから、雨は空気をきれいにして草木をよみがえらせてくれる天からの恵みだと思っているのではないかという解説もあった。

 私がずっと思っていた、「雨」のことを「天気が悪い」というのは、なんか違うよなというのは、あながち間違いではないのではないなあと思ったワイドショーだった。

 

2012年6月18日 (月)

大飯原発再稼働決定。消費税増税、3党合意。

 大飯原発の再稼働が決定した。

 消費税増税案も3党の合意をみた。

 国民が望んでいないことが、説明無しに進められていく。

 国民は、望んではいないが、やむを得ないとは思っている。

 やむを得ないが、国民は今後の対策をどうするのかの説明を求めている。

 「国民のため」に決断したというが、どうして国民のためになるのかの説明はない。

 国民が望まないことを強引に進めているが、国民が望んでいることには手をつけない。

 原発再稼働も消費税増税も、国民全部に影響する重大事。

 国民全員を説得することはしないのに、企業の声には耳を傾け、小沢さんや党員の動向には細心の気配りをする。

 「国民のため」と言う言葉を発してほしくはない。

 もっと言葉に責任を持つべきだろう。

 大飯原発再稼働について、総理は地元の声を十分聞いて決断すると言っていた。

 地元、おおい町長は、国が安全と言うから再稼働を容認すると言う。

 その言葉をうけて、知事は、国の安全確保のいっそうの努力と支援の約束をいただいてので再稼働に同意すると言う。

 「何かあったら自分が責任をとる」と言っている者はいない。

 空虚な言葉の羅列に、さむざむしい気持ちになる。

 何度も言うが、そんな政治家を選んできたのは自分なのだということは決して忘れない。 

2012年6月17日 (日)

「TAO(タオ) 宮崎公演」

 昨日、「TAO(タオ) 宮崎公演」に行ってきた。

 「TAO」というのは、和太鼓によるエンターテイメント集団だ。

 1部、三味線、琴、笛が加わったが、2時間の公演のほとんどが和太鼓の演奏だった。

 私は「TAO」を知らなかった。

 「TAO」の評判をインターネットで検索してみたが、道教の「タオ」という言葉の説明はあるが、宮崎公演に来た「TAO」についての記事は見つけられなかった。

 知らない私がなんで「TAO」の公演に行ったのかというと、懸賞でチケットが当たったからだ。

   当社の新入社員さんによると、チケットが手に入りにくいくらいの人気だという。

 懸賞で当たったものの、いまひとつ気乗りのしなかった公演だが、その一言で心置きなくいくことに決めた。

 会場は宮崎県立芸術劇場。

 5時会場の10分前に着いたのだが、駐車場がいっぱいで、駐車場所を探しす車が駐車場内をうろちょろしていた。

 それに混じって私もうろちょろすることになった。

 幸い空きが出て、なんとか開演前に車を停めることができた。

 会場に入ると、劇場の入口まで行列ができている。

 会場は、ほぼ満席。

 女性に人気があるようで、男女の比率は2:8といった感じ。

 直径2m以上もあるような大太鼓から、小太鼓まで、数多くの太鼓を取っかえ引っかえしての演奏だった。

 私の感想は、想像以下でもなかったが、想像以上のものでもなかった。

 2時間、音程の無い太鼓のリズムだけ。

 途中、コミカルな演技や、観客を演奏に巻き込む演出を取り入れて観客を飽きさせない。

 何年か前に全身青塗りにしてドラムだけのパフォーマンス劇団が話題になったが、その日本版といった感じを受けた。

 私の個人的な感想は、寿司屋で寿司を食ったあとのような気分に似ていた。

 私は、寿司は嫌いではない。

 嫌いではないというより、むしろ好きだと言える。

 だけど、寿司屋で寿司だけを腹一杯食べても、その後にハンバーグか焼肉みたいな物が食べたくなる。

 寿司は主人公は寿司米で、寿司ネタをいろいろ変えても、寿司米で腹が膨れることになる。

 結局、炭水化物だけの食事になるので、ハンバーグのようなタンパク質を身体が求めるのではないかと思っている。

 TAOに同じような感覚を覚えたのは、太鼓だけの演奏で満腹させられたからではないだろうか。

  来月開催される「シーガイヤ・ジャムナイト」の初日は「ジャズナイト」。

  なんと、日野皓正さんと渡辺貞夫さんが同じ舞台に立つのだ。

  野球で言えば、長嶋さんと王さんのような人だ。

  演歌でいえば、北島三郎さんと 八代亜紀さん。

  歌謡界だと、石原裕次郎さんと美空ひばりさん。

  少し若い人でたとえれば、B”sとグレー。

  もう少し若い人でたとえれば、浜崎あゆみさんと安室奈美恵さん。

  ジャズ界では、神様的な二人が宮崎に来る。

  是非とも行きたいと思っていたのだが、友達が少ない私は、いっしょに行く人がいない。

  野外コンサートに、おじさん一人というのはさびしいから、やめておこうかと迷っていたのだが、TAOの太鼓演奏を聞いていてジャムナイトに行くことに決めた。

 無性にジャズ ドラムの音が聞きたくなったからだ。

 TAOも悪くはないが、私はジャズドラムのスリリングな演奏の方が心がときめく。

 日野皓正さんのトランペットや渡辺貞夫さんのサキソフォンの演奏に、ドラムがリズムを刻む。

 それに、今年は11歳の天才ジャズドラマー鬼塚大我君も参加している。

 11歳が叩く、新鮮なドラムの音も楽しみだ。

 ジャズはなんとなく難しい音楽と誤解されているが、TAOと同じくらいか、もっと楽しめること間違いなし。

 ぜひ足を運ばれることをお勧めする。

 なんてったって、「ヒノテル」と「ナベサダ」だぜ~!

 

 

2012年6月16日 (土)

住宅街に古墳時代の田んぼの遺跡。当時の人の足跡も。調査期間、新築工事ストップ。

 一昨日、取引予定の土地の調査のため市の文化課に行ってきた。

 現在商談中の土地の近くで古墳時代の田んぼのあとが見つかって、その調査で新築工事が遅れるかもしれないという騒動があったからだ。

 当地(宮崎県の北端の街、延岡市)のみならず、各都道府県、市町村には「衆知の埋蔵文化財包蔵地」というものが備えられている。

 「埋蔵文化財包蔵地」として指定されている区域は、宅地建物取引業法による重要事項説明書で告知しておくべき事項でなのだ。

 「埋蔵文化財包蔵地」として指定されている区域で建設工事をする場合には、まず試掘調査を行なわなければならない。

 延岡市であれば、試掘調査は市の費用負担で行なわれる。

 試掘調査で重要な遺物、遺構が発見されて、本格調査を行なうことになると、その調査費用は地主の負担となる。

 工事がストップするというのも迷惑な話だが、調査費用まで地主の負担となるというのは納得がいかない。

 納得がいかないが、法律で定められているので従わざるを得ない。

 そんな土地を説明無しに売買してしまうと、売買に携わった不動産会社は損害賠償を問われることになる。

 私の経験では、今私が商談している土地は「埋蔵文化財包蔵地」では無いと思ってはいたが、念のために確認に行った次第。

 最近、古墳時代の田んぼの跡が見つかったというのは、当地(宮崎県の北端の街、延岡市)の日の出町というところだ。

 延岡駅から直線距離にして300m足らずの近隣商業地域で、商業地と住宅地が混在している地域。

 築30年以上経過した古い住宅が建っていた土地で、今更調査しても何にもでないだろうと思っていたところ、古墳時代の田んぼの跡が発掘されたというのだ。

 しかも田んぼに、古墳時代の人の足跡まで残っていたそうだ。

 幸い(というべきか)、3日間の試掘調査の後、住宅新築工事は再開された。

 これが、万が一重要文化財が発掘されて本格発掘となると、建築はできなくなり、調査費用まで地主の負担となるのだから、この土地の売買に関係した不動産屋を巻き込んだ大事件になる。

 冒頭にも言ったことだが、地主が費用を負担しなければならないというのは納得がいかない話だが、今回のように個人が住宅を建てるというような場合には、国からの補助金が使えるようだ。

2012年6月15日 (金)

6歳児の脳死による臓器移植

 6歳未満の子どもからの臓器提供が行なわれた。

 2010年7月の改正臓器移植法施行以来、初めてのことだ。

 改正臓器移植法施行により、15歳未満の子どもからの臓器移植が可能になった。

 私は、臓器提供を明確に拒否している。

 先週、自動二輪の免許をとって、新しい免許証を交付してもらったが、その免許証の裏側に臓器提供の意思表示をできるようになっていた。

 私は、「私は、臓器を提供しません」に丸をつけた。

 「臓器を提供しない」と明言することにためらいを感じ、明確な意思表示をできない人もいるのではないだろうか。

 かくいう私はといえば、「臓器を提供しない」に丸をつけるのには若干のためらいを感じた。

 臓器提供については、ブログで以前書いたことがあると思って、自分のブログを検索してみたところ、2010年8月10日のブログに改正臓器移植法について書いてあった。

 読みなおしてみたが、考えはまったく変わっていない。

 むしろ、あの時書いた意見に今の自分が納得させられる思いであった。

 今回、6歳未満の自分の子どもの臓器を提供する決断を下した親御さんの「息子が誰かの身体の一部になって生きてくれる。息子を誇りに思う」という言葉が、へそ曲がり的ともいえる私の心を不安にさせた。

 臓器移植が美談となって広まっていくことが、脳死状態の人の家族を無言の圧力で臓器移植を断りきれない環境をつくりださないかと心配になる。

 一昨年の8月10日のブログにあるように、

「あなたの息子さんは脳死状態です」 

「絶対に回復の見込みはありません」

「あなたの息子さんの臓器移植をすることによって助かる命がたくさんあるのです」

 と説得されて、断りきれなくなることがあってはならない。

 脳死は「ほぼ死亡した」状態ではあるが、「100%の死亡」だとは断言できないものがある。

 脳死状態と思えた人が、「奇跡的」に生き返ったという報道もあった。

 意識を取り戻すことも無く、身体にチューブを巻き付けられて、器械で生かされているだけの人も、身体に触れれば人の温もりが感じられる。

 そして、単なる筋肉の反射でしかないのかもしれないが、顔をしかめたり、ぴくつかせたりすることもある。

 それを命とするのであれば、移植で奪われる命があることを忘れてはならないと思う。

 臓器提供に多少でも迷いのある人が、「提供したくない」と言える環境作りをすることが、正常な臓器移植の発展のためにも必要なことだと思う。

 

2012年6月14日 (木)

一歩、一歩

  新しいスタッフが加わったのに併せて、ホームページを作成している。

  ブログでホームページを代用していたのだが、雑感は毎日更新しているのだが物件の更新が放置状態になっていた。

  これではいけないと重々自覚していたのだが、つい自分に甘えて放置してしまっていた。

  幸い、新しいスタッフはパソコンが好きみたいだから、新しいホームページに物件を入力してもらっている。

  大筋の雛型はホームページ作成会社に大筋のひな型は作成してもらっていたから、2、3日もあればある程度の形はできると思っていたのだが、いざやってみるとなかなか時間のかかる作業だ。

 写真を取り直したり、ホームページ用の間取り図を作成したり、やることは山ほどある。

 他社のホームページをながめているときにはわからなかったことだが、きちんとしたホームページを作るのは根気のいる作業だ。

 一気には進まない。

 一歩、一歩。足を前に出していくしかない。

 6月中には形を作って、7月には新しいホームページでお目見えしたい。

2012年6月13日 (水)

年の差婚と遺言

 年の差婚が大流行りのようにある。

 加藤茶さん、中本工事さん、ラサール石井さん。

 そのほかにも、年の差カップルの話は枚挙にいとまがない。

 男として、うれしいような話のようの気もするが、一般庶民男子にはあまり縁のない話だろう。

 加藤茶さんの奥さんも、ラサール石井さんの奥さんも、お金とは関係なく人柄や見た目がタイプだったって言ってるけど、やっぱり経済的な裏付けがあってこその人柄であり、容貌なのである。

 経済的に困窮している老人の人柄を知ろうとするはずはないし、経済的に余裕のない老人の容姿容貌が女性の心を射止められるはずがない。

 私も気持ちだけは若いのだが、そんなチャンスに遭遇しそうになったことは皆無だ。

 どう見たって前期高齢者予備軍のおじさんでしかない。

 もっとも、長年いっしょに苦労を背負わせている妻がいる身で、そんな不遜なことを考えることはないと弁明しておこう。

 ただ、昨今のテレビや新聞でも、結婚相談諸などで10歳以上年上の男性との結婚を容認している女性が増えていると報じられている。

 年の離れた男性は経済的に余裕があり、女性に対して包容力があるというのがその理由のようだ。

 さらには、相手が再婚者でもいいという女性も少なくないそうだ。

 双方が幸せになることだから喜ばしい話ではあるが、子どもがいる再婚の場合は相続でもめごとが起こりがちだということに注意が必要だと思う。

 巨額の財産がある場合はもちろんのことだが、大した財産が無いと思っている家庭であっても、相続となるともめごとはつきものだ。

 父親が再婚した瞬間に、子どもの相続財産の半分になってしまうのだ。

 すなわち、新しい奥さんは結婚すると同時に夫(子どもにとって父親)の財産の2分の1の相続権者になるわけだ。

 自分の死後に争いをおこさないために、早めに遺言を作っておくことが必須事項だ。

 遺言は、残る人への最大の心遣いなのだ。

2012年6月12日 (火)

大飯原発の安全性

 「大飯原発3、4号機の安全性を検証してきた福井県原子力安全専門委員会は11日、政府が示した暫定的な安全基準を妥当と評価し、3、4号機の安全は確保できているとする報告書をまとめ、中川秀之委員長(福井大名誉教授)が西川一誠知事に提出した。知事は12日に大飯原発を視察し、修理いに再稼働に同意するとみられる」(朝日新聞 12.06.12)

 今日の朝日新聞の記事だが、なんともよく理解しがたい内容だ。

 「暫定的」な安全基準を妥当としたのはやむを得ないとしても、それをもって短絡的に「安全は確保できている」と結論に結びつける理論展開は、私には理解しがたい。

 妥当と評価したのは「暫定的」な評価基準であって、それから導き出す再稼働の理論としては、「(経済的問題を考慮して)『暫定的』な稼働を認める」という程度のものではないだろうか。

 報告書を手渡した中川委員長は、「ハード面、ソフト面とも十分な対策がされていると判断した」と説明。

 西川知事は「委員会の活動が全国のプラントの安全向上に大きな役割を果たした」とねぎらい、「報告書をしっかりと受けとめ、県議会やおおい町の意見を聞いて判断する」と述べた、という。

 知事は、12日に大飯原発を視察し、週内に再稼働に同意するとみられる、ということだ

 県議会は14日に全員協議会を開いて判断を知事に一任する予定。

 あおい町長も近く同意を表明する。

 しかし、「ハード面、ソフト面とも十分な対策がされていると判断した」らしいが、過酷な事故が起きた場合に拡大を防ぐ対策はほとんど手付かず。

 対象区域が拡大する住民の避難計画の充実などを急ぐ必要がある。

 これって、「十分な対策がされている」ってこと?

 総理大臣を主役として、県知事、安全専門委員会、県議会、町長、と大物俳優たちの演じる、再稼働に向けての地番劇は、怒りをとおりすぎて滑稽でさえある。

 くり返しの反省になるが、こんな政治家たちを選んでいるのは、私たち有権者なのだ。

 

 

2012年6月11日 (月)

大飯原発再開

 「国民生活を護るため再稼働すべきだというのが私の判断だ」

 大飯原発再開について、これが野田総理の見解だ。

 護るのは国民ではなく東電の経営ではないかと感じているのは私だけではない。

 国民の多くが、そう感じている。

 こういう結果になることは最初からわかっていた。

 「どうせ再開させるのだから、早く言えよ」と思っていた。

 この時間差がどういう意味を持つのかはわからない。

 総理は、去年の12月に「原発事故収束宣言」をした。

 終息宣言で掲げていた、除染、健康管理、損害賠償のどれも解決していない。

 常に、今をとりつくろう発言をするが、結果に責任はとらない。

 何を喋ったか、何を約束したか、過去の自分の発言の映像記録には目をつぶっているのだろうか。 

 政治家も科学者も技術者も、言ったことに責任をとらない人たちが、物事を動かす力を握っていることが国民の不幸だ。

 そんな無責任な権力者を作ってきたのも国民だと、私は怒りをこめて叫びたい。

2012年6月10日 (日)

想定外。爽快なバイク。

 免許取り立ての私は、ナンバープレートをつけたばかりのバイクで近くに買い物に出かけた。

 しばらく運転していたら、前輪に異音がある。

 インターネットオークションで落札したスクータで、整備状況には不安がある。

 その足でバイクショップに行く。

 前輪のブレーキの調整が必要だが、気にするような故障ではなかった。

 エンジンはしっかりしているとのお墨付きがでた。

 後輪ブレーキも部品を変えた方がいいが、乗っていて危険な状態ではないとのこと。

 本格的に乗り回す前に全体を整備してもらおうと思っていたのだが、このまま乗っていても大きな問題はないようだ。

 気をよくした私は、そのままドライブに出た。

 1時間くらい乗り回して、なんとか思ったとおりの運転ができるようになった。

 そして今日も1時間くらい、バイクを走らせてきた。

 郊外の交通量の少なくて広い道路で、スピードに慣れるための練習をしてきた。

 なんとも爽快だ。

 運転すること自体が楽しいものだ。

 バイクで遠出をするつもりはなかったのだが、バイクツーリングを楽しむ人の気持ちがわかるような気がする。

 気晴らしにバイクを飛ばして来ようという気持ちになるような予感もする。

 しばらくは、あれこれ理由をつけて、外出が多くなるかもしれない。

2012年6月 9日 (土)

待望の中年?(初老?)ライダー誕生!

ジャーーーン!

1

                 ホンダの「フォルツァ」
 昨日から、よだきんぼ(宮崎弁でなまけもの)おっさんが、このスクータライダーになったのだ。



 
一昨日、自動二輪実技検定に合格したことはご報告した。

 それで早速、昨日自動二輪の免許証交付を受けてきた。

  はれて自動二輪免許所持者の仲間入りだ。

 ただし、「自動二輪はAT車に限る」となっている。

 そもそも街乗りの足として使いたいというのが動機で、バイクですっ飛ばそうなって思っていないからAT車で充分なのだ。


 
夕方に、仲間の行政書士さんに依頼していたバイクの登録が終わってナンバープレートが届いた。

  即刻、ナンバープレートを取り付け、試乗してみる。

 エンジンキーをオンにして、セルボタンを押す。

 ブフォ、ブフォ。

 一発目は始動失敗。

 中古車だけに若干不安が走る。

 もう一度、セルボタンを押す。

 ブロ、ブロロン!

 かかった。

 しばしアイドリング。

 そこそこ快調なエンジン音だ。

 原付バイク用のヘルメットをかぶり、初ロード。

 日ごろ原付バイクで乗り慣れている道なのだが、怖い。

 原付バイクで、平気で時速50㎞から60㎞で走っていたのに、スピードを出すのが怖いのだ。

 まだ、バイクと身体が一体になっていなくて、瞬間的な操作に不安を感じる。

 日ごろ車を走らしている慣れた道を30分くらい走っていたら、なんとか不安はなくなった。

 まだ自賠責だけで任意保険に入っていないことを思い出し、事故ったら大変だから早々に試運転を切り上げた。

 来週は、知り合いのバイク屋さんに調整をしてもらうことにしているから、本格的なライダー誕生は、その後になる。

 楽しい1日だった。

 

2012年6月 8日 (金)

東電の公聴会は「やらせ」はないのかな?

 電気料の値上げにあたっての東電の公聴会でのやりとりが報道されていた。

 市民・消費者代表の方々が、東電を厳しく糾弾していた。

 私がテレビ報道で見た限りでは、東電の「身の削り方」がまだまだ足りないといった、東電の経営努力について多くの追求がされていたようだった。

 私が見た限りでは、原発問題についての追求は、それほどではないように感じた。

 公聴会の出席者はどういう方法で選ばれたのだろうか。

 九州電力みたいな「やらせ」はないだろうが、反原発論者や東電の責任追及の急先鋒みたいな人々の出席を阻害することくらいはできるだろう。

 出席者は、東電を厳しく糾弾していたようだが、それは、巷で誰もが言っているような内容だった。

 すでに何度も言われているような意見をあびせられる姿を見せて、不満が膨れ上がっている国民のガス抜きをしているのではないだろうな、と思ってしまった猜疑心の強い「おじさんの今日のワイドショー」だった。

ずるずるの立法権者

 今の政治にあれこれ言ってもしょうがないと、国民の多くがあきらめてしまったのだろうか。

 増税について語るときだけ声は大きく、毅然とした態度で、「不退転の覚悟で」「政治生命をかけて」いるというが、総理大臣でありながら決断しない。

 そういえば、大飯原発問題も予想通りに再開を強行するのかと思っていたのだけど、「決断を示す」といったまま、鎮静化している。

 政治が決断できずに、官僚指導でうやむやのうちに物事は決まっていくのだろうか。

 21日が国会の会期末。

 国家・国民の行く末には目をやらず、自分らの生活にしか目をやらない政治屋が、政局だけでものごとを動かそうとしている。

 国民の期待を集めていた橋下市長も、大飯原発問題の幕引きを見ていると、その信念には疑問を感じさせた。

 人類全体が出口のない迷路に引き込まれようとしているのかもしれない。

2012年6月 7日 (木)

普通自動二輪免許取得、さんざんな軌跡⑥

 ⑥感激の検定合格

 このところ仕事が忙しくて、おまけに普通自動二輪の免許の教習にも行っていて、ブログに割く時間が少なくなっている。

 見直してみると、バイクの教習が2段階になったところで中断していた。

 教習二段階も、悲惨な毎日だった。

 一日二時間の講習でやっと慣れたと思うと、次の日は新しい課題が出る。

 最終的な検定コースは三コースあって、それだけを練習させてくれるといいのだが、毎日重点課題を追加される。

 初めてのことにでくわすと、どぎまぎしてしまうのだ。

 私の一番の問題はクランクコース。

 直角のカーブを曲がる技能コースだ。

 大の苦手で4度に3度はバイクを倒しそうになる。

 これは克服できそうにもないと弱気になってしまう。

 それで、自主的に補習をお願いして、1時間クランクコースを独占して練習させてもらった。

 それにもかかわらず、苦手意識が先に立ってしまって、1時間こればかり練習していたら、頭が混乱して前より下手になってしまった。

 走行中に足をついたらどうなるのかとたずねたてみたら、減点されるが失格ではないとのこと。

 そこで、私に妙案がわいた。

 合格点は100点満点で70点。

 クランクコース以外の通常コースで、極力減点のないように安全運転で走って、クランクコースでの減点は覚悟の上で行くというやり方だ。

 ということで、今日、検定を受けてきた。

 スタートの時の安全確認に始まり、走行中の左右確認等に最大の注意を払ってバイクを走らせた。

 そして最終間際、苦手のクランクコースが近づいた。

 昨日の練習では、3回まわって2回スムーズに回れて、若干自信をつけていたのだが、クランクコースに入るときに「あっダメだ」と思った。

 スピードの調整ができていない。

 このままではスピードが遅すぎて倒れてしまう。

 そう思ってアクセルを上げすぎる。

 今度はスピードが出すぎてコーンにぶつかりそうになる。

 コーンを倒したら失格。

 あわててブレーキで調整。

 ここを、覚悟の足つきで切り抜ける。

 もう頭はパニック。

 ハンドルを左から右に切り換えなくてはならない。

 またここで足をついてしまう。

 あーーーーー。失格か?

 頭は、さらにパニック。

 なんとかコーンは倒さずに通過したが、頭からコースがとんでしまった。

 次のコーナーを左折だったか、右折だったかわからない。

 こんな失敗も想定していた私は、こんなときの対処方法を先生に聞いていた。

 コース間違いは減点にはならない。

 コース間違いに気がついたら、エンジンを停めて本当のコースに戻ってやりなおせばいいのだ。

 混乱している頭の冷静な部分が、エンジンを停めることを指示してきた。

 エンジンを停めて、頭を冷やしてコースを思い出すことにした。

 冷静さを取り戻し、手をあげて再開を知らせ、再度出発する。

 次の難題は、一本橋。

 30㎝幅の橋をゆっくり進むという技能コースだが、これはなんなく成功。

 最後はS字コース。 

 これも、なにごともなく通過。

 そして終了地点に戻ることになる。

 クランクの失敗がなければ合格だったのに、クランクの失敗が致命的だっただろうなと思いながら終了地点に戻る。

 「だめだーーー。クランクで2度足をついてしまった。再検定だろうな」と明るくふるまう私に、いっしょに検定を受けた若者の一人が、「大丈夫っすよ。クランクだけの失敗だから合格っすよ」となぐさめの声をかけてくれた。

 今日の検定は3人のみ。

 試験官が来て、それぞれの好評をする。

 私以外の2人は、ほとんど問題ないようだ。

 私については、ハンドル操作とアクセルとブレーキのバランスをもう少し練習した方がいいと指摘を受けた。

 そして合格発表まで待合ロビーで待つように言われた。

 待合ロビーで待機していると、事務員さんが「今日の検定の方は、合格発表のあとに卒業式がありますのでしばらくここで待っていてください」と言われる。

 合格者は今後の説明が必要なのだろうけど、不合格の私までいっしょに待って卒業式をうけなくてはいけないのかと、少々不満だった。

 待つこと30分。

 ひょっとしたら私も合格なのかもしれないという淡い期待をいだいた。

 さらに待つこと15分。

 校長先生が書類を持って来られる。

 手に持っているA4の用紙が2枚しかないように見える。

 合格を発表します。

 「1番の○○さん」合格です。

 手持っている紙をめくり、「2番の△△さんも合格です」

 手に持っているA4の用紙は2枚。

 やっぱり私はダメだったんだと落胆していたら、重なっていたA4の用紙をぺろりとめくって、「赤池さん(私)も合格です」とおっしゃるではないか。

 な、な、なんと、合格!

 思わず、私のみ「ありがとうございました」と大きな声でお礼を言ってしまった。

 ということで、自動二輪免許取得 さんざんな軌跡でしたが無事合格をしました。

 規定よの時間を4時間もオーバーしましたが、うれしい限りの今日は6月7日。

2012年6月 6日 (水)

「金星の太陽面通過」「金環日食」と日食メガネ

 待ちに待った6月6日。そして晴天。

 私は、金環日食に備えて早々に日食メガネ購入していた。

 それも家族にも見せてやりたくて、2個も。

 しかし、当日はあいにくの雨。

 薄日も射さなかった。

 メガネは無用の長物と化したが、少しの救いが今日の金星の太陽面通過だった。

 
 いつもどおり6時半に覚めて窓に目をやると、明るい。

 晴天のようだ。

 窓を開けて日食メガネをかけて太陽を見る。

 小さな太陽が見えるだけ。

 テレビをつけてみると、金星が太陽にかかるのは7時過ぎらしい。

 そのまま眺めていたテレビが、金星の太陽面通過が始まったことを報じ始めた。

 私は、再度窓に立って太陽を見るが、見えない。

 当地(宮崎県)は東京より南にあるから、少し時間が遅れるのだろうと思って、引き続きテレビをながめていた。

 7時半。8時。何度も太陽を見てみるのだが、見えない。

 日食メガネを通して見る太陽は思ったよりずっと小さい。

 1円玉よりちょっと小さく感じる。

 オレンジ色に輝いているが、黒い点は見えない。

 じっと目を凝らして見つめていると、オレンジの太陽の中のあちこちに黒い点が見えるような錯覚を覚える。

 悲しいかな、老眼のせいかもしれない。

 金環日食のために買っておいた日食メガネは、結局無駄になってしまったとがっかりした。

 がっかりしたものの、せっかく買った日食メガネ。

 あきらめきれずに、事務所に出勤してからも、外に出て何度か太陽を見上げてみた。

 しかし、やっぱり見えない。

 そこに、当社の大型新人さんが出勤してきた。

 「金星見た?」

 「見てません」

 「日食メガネがあるから見てみる?オレは老眼で見えなかったよ」

 と、日食メガネを手渡した。

 大型新人さんは太陽を見るや「見える!」

 日食メガネが無駄にならずにすんだと、少し嬉しい気持ちになる。

 そして、どこに見えるのかを教えてもらってもう一度太陽を見つめてみた。

 教えてもらった位置に、ちいさな黒い点が確かに見える。

 市内に在住で、私のブログを見てくれている同業者方々で(それ以外の方々も可)、金星通過が観たい方は、当社に寄ってもらえれば日食メガネをお貸ししますよ。

 日食メガネを、わざわざ購入して見るまではないかなと思うから。

追加更新
 
現在、午前11時25分。 金星の影が太陽の上弦方向に見える。

 目の焦点の合せ方のコツがわかって、小さな黒い点だが、はっきり見えている。

 太陽の前を金星が通過しているのだと思うと、感慨深いものがある。

  

2012年6月 5日 (火)

普通自動二輪免許取得、さんざんな軌跡⑤

 ⑤悲哀は続く第2段階 

 相変わらずバイクと一体になれないまま、なんとか第2段階の教習に入った。

 第2段階は検定コースを走ることになっている。

 老化した身体と極度の緊張性で、第2段階になってもバイクを思うように動かせない。

 身体が反応してバイクを操作するようになれるといいのだが、頭で考えて身体を動かしている状態が続く。

 右折左折は、時速10㎞の徐行。大回りをしてはいけない。曲がる前には右よし、左よし、と大きく首を動かして安全確認。

 車線を変更するときは、3秒前に指示器を出す。

 頭の中で、イチ・ニッ・サンと数えながら、車線を変更する。

 そんなことを考えながらバイクを動かしているから、一夜漬けで覚えてきた積もりの検定コースがすっかりとんでしまう。

 次は右折だったかな、左折だったかなと思い出しながら運転しているから、車体がふらつく。

 そもそも、「明日までに覚えてきて」と渡されたコース図が非常に不親切なもなのだ。

 検定コースは3コースあるのだが、A4サイズのコピー用紙に3コースがざっと手書きで書いてある。

 バイクが走るコースは赤のボールペンで描かれているのだが、同じ箇所を重複して通過するところなんかは、赤い線と線の間が1㎜もないところがある。

 「これを鉛筆かなんかでなぞって見ればわかりますよ」と言われて渡されたが、鉛筆でなぞっていっているうちに、同じところに戻ってきたりする。

 老眼のおじさんには、どうやっても判別できない。

 私はいたって気の弱いおじさんなのだが、勇気をふりしぼって事務所に行き「もっとわかりやすい図面はないんでしょうか?」と、おずおずと聞いてみた。

 受付の若い女性は、「これしかありません」と、そっけない。

 「目が悪くてこれじゃあ、ぜんぜんわからないんですけど。せめてもう少し大きい図面はないんでしょうか」

 「みなさんこれでわかるんですけどねぇ」

 若い人だって、こんな小さい図面ではわかりにくいんじゃないかなあと思うのだが、この事務員さんを怒らせたら私を好くってくれる人はいない。

 私は、日ごろ、不動産業においての知識においては人から頼られることも多い。

 パソコンも鉛筆や電卓を扱うのと同様に使いこなしている。

 AKBも好きだし、いきものがかりも好きだ。

   ミーハで、若い人たちと話をしていても話題にはことかかない。

 年齢を自覚したことは無かったが、初老の域に入ってしまっているのかもしれない。

 検定コースの図面は、コース図は黒の線、バイクの導線は赤い線で描かれている。

 カラーコピー機があれば、拡大コピーすればいいのだが、白黒のコピー機では線の区別ができない。

 悲しいことに私の会社にはカラーコピー機がないのだ。

 怒りと、悲しみの気持ちを抑えて、「すみません。ご迷惑でしょうが、これを拡大コピーしてもらえませんか?」と懇願し、A4サイズをB4サイズに拡大コピーしてもらった。

    私には、それでも見にくくて、できたらA3サイズに拡大してもらいたかったのだが、「みなさんこれでわかるんですけどね」という言葉に、それ以上の頼みをすることはできなかった。

 覚えが悪い頭に、わざと覚えにくくしていると思ってしまう図面。

 加齢にともなう体力の低下は認めざるを得ないが、脳みそは若い人にも負けていないと思っていた私の自尊心はずたずたに引き裂かれたのだ。

 そうこうしているうちに、第2段階も今日で終了。

 明後日は検定を受けることになる。

 まったく自信は無いと、自信をもって断言できる。

 先生も、「今日で既定の講習時間は終わるけど、明日は練習しなくてもいいですか?」と聞いてきた。

 すかさず、試験前の追加補習を申し込んだ。

 早く、合格の喜びの記を書きたいものだ。

2012年6月 4日 (月)

なんでこうなるマスコミ報道。東尾理子さん胎児にダウン症候群の可能性。

 なんでこうなるんだろう。

 夕方のニューを見ていたら、「東尾理子さんの第一子にダウン症候群の可能性」という見出し。

 高齢での結婚で、やっとさずかった赤ちゃんがダウン症だったというニュースに、私は同情の念を抱いた。

 知らないままであったなら生まれてきただろう子どもの命を断つことを決断するのか、障害をもって生まれてくる子どもと一生をともにするのか。

 どう決断することになるのだろうと、ニュースに注目した。

 テレビの画面に、石田純一さんと東尾理子さん夫妻が大きく映し出されている。

 東尾さんは、「(子どもが)どんなにユニークでも、私達を選んでくれた大切な我が子だから最初から全ての運命を受け入れる覚悟も出来てるしね」と笑顔でインタビューに答えていた。

 すばらしい人だなと感心してしまった。

 そして、さらに詳しい状況説明が続く。

 血液検査で、80分の1の可能性でダウン症候群の可能性があるということ。

 血液検査ではあくまでも確率的な可能性を診断する。

 羊水検査をすれば確定的にダウン症候群の診断ができる。

 血液検査で80分の1の確率でダウン症候群の可能性があると診断されたというが、これは35歳過ぎ女性の出産におけるダウン症候群の出生率の比率に等しい。

 ニュースの見出しだけ聞くと、ダウン症で生まれる可能性が高いのにもかかわらず、障害をもって生まれる子どもと運命をともにする覚悟を示したというように受け取ってしまった。

 これが、マスコミの実情。

 不安を煽り立て人心を動揺させる。

 3流週刊誌やスポーツ新聞であれば、読者も報道にそれなりのフィルターをかけてて読む。

 しかし、視聴者はテレビに、正義をふりかざす公共機関的な錯覚を感じている。

 そこがテレビの持つ大きな弊害なのだ。 

 東尾さんの胎児の症候群報道はその典型だと感じた、今日は6月4日。

 もう今年も残すところ半年余りになってしまった。

普通自動二輪免許取得、さんざんな軌跡④

 ④涙と屈辱の第一段階をなんとか終了

 涙と屈辱の初日の講習が終わった。

 このままでは、第一段階を終了するのに何時間かかるかわからない。

 本気でそう思った私に妙案がわいた。

 日曜日は私の会社の隣のスーパーマーケット「ユーホー」が休みだ。

 その広い駐車場なら、免許がなくても、すでに届いている「フォルツァ」で練習することができる。

 「フォルツァ」は250cc。400ccに比べると小さいが練習にはなるだろう。

 私は日曜日に、「ユーホー」の駐車場で2時間タップリ練習した。

 250ccのバイクは、見た目は400ccのバイクと似ている。

 町で良く見かけるビッグスクータの多くが250ccのバイクだ。

 原付バイクにくらべると、車体ははるかに大きい。

 「ユーホー」の広い駐車場までバイクを押して行く。

 結構重いが400ccスクータと比べると自在に操れる。

 駐車場に入ってから、バイクにまたがりエンジンをかけてみた。

 始動。

 一台の車も無い広い駐車場の中を走り回ってみる。

 最初の内はできなかったが、車体を倒してカーブを曲がるコツをつかんでいった。

 車体を大きく傾けることも怖くなくなった。

 回転方向に車体をぐっと傾けて、時速35㎞くらいでカーブを切ることができるようになった。

 これが車と身体が一体になるんだなという感覚もつかめた。

 次の日、私は自信をつけて学校に向かった。

 教習カードを教官室に提出し、準備を早々に済ませて先生を待った。

 先生が出てきて、いっしょにバイク置き場に向かう。

 バイク置き場の出口でエンジンをかけ、コースに向かう。

 こころなしかバイクが身体に馴染んでいるように感じられた。

 コースに出ると、先生がいつものように、「私のあとについて来て」と言ってスタートして行った。

 私は自信に満ちて、その後を追う。

 外周コース。昨日の練習の成果で、初日のような不安はない。

 一日でなぜこんなに上手くなったのかと、先生が不思議に思うことだろうと、秘か微笑んでさえいた。

 しかし、そのも微笑みも長くは続かなかった。

 徐々に先生が右折、左折を繰り返すようになると、私に不安が沸き上がってきた。

 微笑みが痙攣に変わっていく。

 思うようにハンドル操作ができないのだ。

 先生がクランクコースに進入していく。

 私はその後に続く。

 しかしだ、入った途端にコースを外れてしまった。

 あわてて大きくハンドルを切ろうとしてバイロンを倒してしまう。

 それを立て直そうとして、今度はバイクを倒してしまった。

 倒したバイクを持ち上げられずにおたおたしていると、先生が手伝いに来てくれた。

 400ccバイクは250ccとはまったく別物。

   昨日の練習はほとんど役にたたなかった。

   この日もつらくて長い2時間になった。

   先生にばれないように腕時計に目をやり、講習時間の長さを恨みつつ先生のあとをついて回ることになった。

  終了の時間が来て、先生に「明日はみきわめだけど、(第1段階の終了試験みたいなもの)、その前に1時間補習をしてからにしましょう」と言われた。

  ところで、自慢ではないが、 私は福田康夫元首相に負けないくらい自分を客観的に見ることができるのだ。

   今のままでは、とても「みきわめは」合格できないだろうことは火をみるよりあ明らか。

自分から2時間の補習を申し出た。

  2時間の補習の後、次の日にみきわめを受け、無事第1段階を終了した。

  ということで、第2段階の教習に入っているが、まだまだ「さんざんな講習」は続いている。

  第2段階の悲哀は、また明日書くことにしよう。

2012年6月 3日 (日)

大飯原発再開、一斉にやむなし発言の怪

 大飯原発再開については何があったのか。

 大飯原発再開は野田政権にとって、既定路線だってことは感じていた。

 しかし、大飯原発に関連する地方自治体の首長たちは再開には慎重な発言をしていた。

 特に橋下大阪市長は、再開反対を強く表明していた。

 滋賀県、京都府も再開については慎重だったはずだ。

 それらの関係自治体の首長が、このところいっせいに「大飯原発再開やむなし」と表明している。

 私には、突然、しかも一斉に「やむなし」となったことの意味がまったく理解できない。

 特に橋下さんはたびたびテレビに登場し、つい先日まで原発再開についてさまざまな意見を述べていたはずだ。

 強い首長を感じさせている橋下さんにも、あがらえない見えない力が水面下でうごめいているのだろう。

 大きな既得権益者の力が、最終決断の時限を決定したのだろう。

 あまりにもあっけない幕切れではないか。

 国民の安全や幸せよりもっと大事な何かが世界を動かしているのだということを、私は再確認した。

 そんな既得権益に影響されない、決断する首長と思われていた橋下さんや、知性と理性ある知事と思っていた滋賀県知事が、平然と当たり前のように大飯原発再開を認める姿を見ていると、私の頭は混乱してしまう。

 原発なしで今夏の電力が間に合ってしまったら、原発再開の道は永遠に閉ざされる。

 そうなっては困る既得権益者集団が、タイムリミットのボタンを押したのだと考えるのは、私の考えすぎだろうか。

普通自動二輪免許取得、さんざんな軌跡③

 ③実技講習第1段階

 入校式は5月16日水曜日。

 オートマ限定の普通自動二輪は、自動車の免許があれば実技のみ講習でいい。(学科は1時間だけ)

 実技は、第1段階と第2段階にわかれていて、第1段階5時間、第2段階8時間の計13時間。

 実技校長先生が2週間もあれば免許が取れると言っていたが、1日2時間ずつ講習を受ければ確実に2週間で免許がとれると思っていた。

 しかし、そんな思惑は見事にくずれることになるのだ。

 次の日、私の担当になったという先生から電話が入り、次の金曜日から講習をスタートするということになった。

 先生たちは週休2日になっているし、月曜日まではスケジュールがつまっているらしい。

 それを考慮すると、1日に2時間ずつ講習を受けても2週間ちょっとかかるかもしれない。。

 しかし、これも私の甘い考えだった。

 待ちに待った月曜日、浮き浮きした気分で自動車学校の受付へ向かった。

 受付で、「今日から講習の、赤池です」と告げると、クリアーファイルに入った受講カードを渡された。

 「これからは、受付をしたらこれを教官室の入口のケースに入れて、待合所で待機していてください」

 言われた通り教官室に行き受講カードを受付のケースに入れて、待合所にて待機する。

 講習の始まりと終りにはチャイムで知らせるようになっているようだ。

 講習始めのチャイムと同時に先生が現れる。

 「今日からオートマ自動二輪の講習をされる赤池さんですね」

 「はい、よろしくお願いします」

 挨拶が終わると説明に入る。

 「まず、ここで(待合所の片隅の棚)準備をしておいてください」

 そこには、ヘルメット、プロテクター(胴体、スネ、ヒザを防護する)、軍手、ゼッケンが置かれている。

 ころんだときに身体を護るためだろう。

 「おおげさだな」と思いながら、それらを身につてけいく。

 ゼッケンは赤と黄色のものがあって、赤は第1段階、黄色が第2段階に色分けされている。

 全ての装備を身につけ、最後に赤のゼッケンをつけて、先生の後についてバイク置き場まで歩いて行く。

 黒く輝くビッグスクータが2台鎮座している。

 憧れのビッグスクータ。

 しかし、「でかい!」

 オークションで落札して届いている中古の「ホンダ フォルツァ」より一回り大きい。

 バイクを前にして、車体の説明を受ける。

 まずはサイドスタンドをもどして見るように言われる。

 サイドスタンドは足でパットはね上げるだけ。

 そんなこと簡単だと思ってハンドルを握ってサイドスタンドをはね上げる。

 ハンドルを握ってみて、私は若干うろたえた。

 「重い!」そうぞうしていた3倍以上重い!

 自宅の駐車場に置いてある「フォルツァ」の比ではない。

 「フォルツァ」は250cc。原付バイクよりは重いが、大きな違和感は感じなかった。

 しかし、これ(教習用バイク)は違う。まったくベツモノだ。

 400ccのバイクとはこんなに重いのか。

 想像していなかった事態に、私は大いに動揺していた。

 「では、バイクを押して私についてきてください」

 私はバイクを押して、コースに向かって行く先生の後を追いかける。

 思い通りに進まない。

 動揺を先生に悟られないように、平然とした顔でついていく。

 次に、コースの入口で8の字にバイクを押す練習。

 重さは半端ではない。

 平然とバイクを押そうとするのだが、バランスを崩してバイクを倒しそうになる。

 これを「車のとりまわし」と言うらしい。

 身体を動かしていることによる汗に加えて、冷や汗も混じる。

 「では、バイクを起こしてセンタースタンドを立てて」と言われる。

 「来た、来た」自動二輪大型の免許は、車体を起こせないと受験もできないという。

 大の大人が中型ごときを動かせないと恥ずかしい、と思いつつバイクをスタンドを起こしにかかる。

 むむ。なんとも重くてバイクが起きない。

 先生から、「力任せに引っ張るんじゃなくて、テコの原理をつかってタイミングで持ち上げるんですよ」と言われるが、できない。

 テコの原理というが、どこが支店でどこが力点なんだ。と中学校の理科の教科書の図が頭をよぎる。

 四苦八苦、七転八起、内心おろおろするのを隠して、平然を装って、やっとのことでこれもできた。

 次に、バイクを倒して持ち上げろと言う。

 まずは手前に倒して持ち上げ、次に反対側に倒して押し上げることをやらされる。

 簡単に免許が取れるという目論見が徐々に狂ってきている。

 そこまで終わると、「バイクにまたがって」と言われた。

 エンジンのかけ方を教えてもらってエンジンをかける。

 これは原付バイクと大差ない。

 しかし、またがったバイクは重い。

 油断するとバイクを倒してしまいそうだ。

 「では私についてきてください」

 いよいよ出発進行。

 教習用の400ccのバイクは私の想像の倍以上の大きさで、3倍以上の重量だ。

 まずは直進。

 これは問題ない。

 次にゆっくりカーブを曲がる。

 これも問題ない、と思っていたが、思ったよりふくれて大回りになってしまう。

 ふらつく。

 想定外の感覚。

 原付バイクとはまったく違う乗り物。

 自分の重いが車体に伝えられない。

 悠然と先を進む先生に、なんとかついて行く。

 先生は8の字コースに進入する。

 「えっ、いきなり8の字かよ」と思いつつ、必死の思いでついて行く。

 しかし、ハンドルが切れない!

 バランスを崩して、たまらず足を着いてしまう。

 先生は8の字コースをくるぐると周回しながら、私について来いという。

 「目の前に視線を置くのではなくて、進行方向の先の方を見るようにしてください」と言う。

 理論はわかるのだが、車体を倒さないようにするだけで精いっぱいの状況なのだ。

 8の字コースを3周くらい回って、次に広い道路に出た。

 ほっとする間もなく、先生は広い道路をゆっくりUターンをする。

 スムーズなハンドル操作の練習らしいが。

 その後をついて行かなくてはいけないのだが、できない。

 曲がれない。

 先生から「バイクを傾ければバイクが自然に曲がるんですよ」「バイクと一体になって」と何度も言われる。

 「はい」と答えるが、「こちとら今日が初日だぞ。できるわけないじゃん」と心で叫ぶ。

 歳はくっているが、いたずらでバイクを動かしたこともないのだ。

 2時間の講習で、S字コース、クランク(直角にクネクネ曲がったコース」、一本橋(幅30㎝、高さ5㎝くらいの橋の上をゆっくり渡るというもの)、スラローム(道路工事の時に道路に置いてある円錐形のコーンを置いて、じぐざぐに通り抜けるというもの)と一通りの技能訓練を強要される。

 そんな技能コースを、「私の後を着いてきてください」と言ってずんずん進んでいく。

 私はうろたえつつ、その後をおたおたとついて行く。

 「無理!」これは無理だ。

 S字コース、クランクコースではコーンをバタバタ倒しまくり、脱輪しまくり、足を着く。

 さらにはバイクを倒してしまう。

 一本橋は、橋に乗ることさえできない。 

 見かねた先生が、広い道路に私を誘導して、ここで丸い円を描くようにスムーズに回る練習をしましょうという。

 「こうですよ」ときれいな円を描いて回転するが、私はふらふらと波うった円しか描けない。

 「前を見ないで、回る方向の先をみて」「身体を回転方向にねじって」と叱咤する。

 できない。まったくできない。

 なんにもできないまま2時間が過ぎた。

 この歳になるまで自分の年齢を意識したことがなかった私だったが、生まれて初めて歳を感じてしまった。

 歳のせいか、運動神経の問題か。

 どちらにしても、規定の時間での免許取得は無理とあきらめた。

 それどころか、永遠にバイクを思い通りに操作できるようにはならないのではないかという絶望感さえ感じていた。

 対面を機にする私は、気をとりなおして、「先生。10時間の補習は覚悟しましたよ。免許が取れるまでよろしくお願いします」と明るく言い放ったが、心は闇だった。

 この自動車学校始まって以来の記録的劣等生になるのではないだろうか。

 補習の料金がかさむのも大きな問題だが、自尊心の強い私としては、運転能力の低さを見透かされることの方がつらいのだ。

 帰りに受付カウンターの職員さんに「10時間以上補習しなくてはいけないようだよ」なんて言い訳しながら学校を後にした。

 次の講習は、先生の都合で次週の月曜日に決まった。

 土曜、日曜日と2日間の休み。

 間が空くことの不安と、バイクに乗らなくても良い喜びが混ざり合った、なんとも不思議な心境だった。

 長くなりましたので、あとは明日に続く。

 

2012年6月 2日 (土)

普通自動二輪免許取得、さんざんな軌跡②

 ②入校式

 ということで、(ということまでを知らない方は昨日のブログをご覧いただきたい)昼休みに自動車学校に普通自動二輪の入学申込みに行った。

 申込みの書類に必要事項を記入し、講習料を前払いして手続きを済ませた。

 受付の職員さんに「今日5時半から入校式がありますけど、来られますか?」と聞かれた。 

 なんのこっちゃ?と思ったら、入校日は週に3日しかなくて、今日が入校日だとのこと。

 早く免許が取りたい私は、迷わず「はい」と答えて、いったん会社に戻って時間まで通常通りに仕事をしていた。

 夕方、携帯に登録無しの電話が入った。

 だれだろうと思って電話に出ると、「延陵学園(自動車学校)ですけど、赤池さん(私)ですか?」

 私は、一瞬に事態を理解した。

 入校式の時間を5分ほど過ぎている。

 「すみません。すぐに出ますけど、いいですか?」

 「いいですよ。すぐに来てください。」

 あわてて駆けつける。

 私の事務所から自動車学校までは、車で5分。

 15分の遅刻。

 校長が挨拶と簡単な説明をしているところに走り込んだ。

 入校者は、私以外には2人。

 簡単な説明が終り、先に来ていた2人の方といっしょに適正テストを受けることになった。

 このテストは運転免許の合否には関係ないというもので、知能テストのようなものだった。

 1問目の問題は、図形の問題。

 似たような図形が沢山並んでいて、そのなかから設問と同じ図形を探しなさいというものだったが、遅刻して動揺していたのか、正解が見つからない。

 あれーー?と思って見つめていたら、一問だけわかったところで、「次の問題をを開けてください」と来た。

 「思っていたより時間が短い」私は、すっかり気が動転してしまった。

 ペーパーテストを得意としている私としては、こんなテストで低い点数をとってしまうとプライドが傷ついてしまう。

 あせった私は最後までペースをつかめなかった。

 知能テストだったとしたら、幼児並の点数になったかもしれない。

 私の試験経歴に汚点を残すテストになってしまった。

 そのテストが入校式の主行事だったようで、他の2人の人はそれにて終了。

 遅れて来た私だけ、校長先生から申込み内容の確認と、これからの講習についての説明を受けた。

 「赤池さんは、オートマチック限定の普通自動二輪ですね?普通自動車の免許をもっているから、実技だけですね。オートマチックで簡単だから、誰でも2週間で免許がとれますよ」と言われた。

 私は、日ごろから原付バイクを乗り回しているから、オートマチック限定ならバイクの車体がちょっと大きくなるだけだから簡単に取れると思っていた。

 校長先生の言葉は、私の考えを後押ししてくれるものだった。

 しかし、実技講習の初日、この校長先生の言葉を恨みに思うことになるとは、その時には気づかなかった。

 実技講習は、私にとって実に悲惨なものとなるのだった。

 またまた長話になってしまったので、おじさんの悲惨なる実技講習については続編にて話をさせてもらいたい。

   

2012年6月 1日 (金)

普通自動二輪免許取得、さんざんな軌跡①

 ①自動二輪の免許を取る動機

 普通自動二輪の免許を取るために教習所に通い始めて10日になる。 

 この歳で(といっても年齢は公表していないが)自動二輪免許の教習に行っているという話をすると、みんな一様におどろく。

 そして、口を揃えて「その年でどうして?」と質問される。

 どうしてって、自動二輪に乗りたいからに決まっている。

 どうやら一般的には、おじさんが自動二輪に乗ってはいけないようなのだ。

 「おじさんが自動二輪に乗ったら悪いのか?!」と聞くと、「いや、その歳でバイクに乗りたいという気持ちがすばらしい」と言う。

 概ね、ほとんどの方がこのような反応を示すのだ。

 その反応を私は、感嘆と称賛されているのだと思っている。

 

 ところで、どうして自動二輪の免許を取ろうと思ったのか。

 突然、自動二輪に乗りたいと思ったわけではない。

 私は、長年、原付バイクを利用している。

 仕事で一人で動くときに、バイクの方が便利な場面が少なくない。

 仕事がら市役所に行くことも多いのだが、こんなときはバイクに限る。

 市役所の駐車場が狭いので、駐車場待ちになることも少なくない。

 私の会社は、歩いても10分ちょっとの距離しかないので、わざわざ大きな車(愛車はハリアー)で行くよりバイクの方が手軽でいいのだ。

 お客様のお宅にお伺いして商談するときも、駐車場の心配をしなくて済む。

 売買の取引(決済)は銀行で行なうことになるが、この場合、売主・買主・当社・相手方の不動産会社・司法書士のそれぞれが車で来ると4台になる。

 銀行の駐車場に余裕がなくて、すぐに車が停めにくいときも多い。

 それで、駐車場の狭い銀行で取引をする場合には、私はバイクで行くようにしている。

 そんなわけで、私は長年バイクを愛用しているのだが、20年ほど前から、原付バイクは交差点で2段階右折をしなければいけなくなった。

Nidanusetu  2段階右折というのは、右折しようと思う交差点にさしかかったら右のウインカーをあげてそのまま直進する。

 直進するのにウインカーをつけるのは後続の車が戸惑うんではないかと思うんだが、右折のウインカーをつけたまま直進して交差点を渡り、単体側の待機枠まで行ったら、そこでバイクを右に方向転換する。

 当然、目の前の信号は赤。

 その信号が青に変わるのを待って、青になったら直進する。

 という、2段階の手順をふんで右折するという方法。

 無視して違反をしようと思ったこともあるのだが、違反キップがこわくて真面目に2段階右折を実行している。

 交差点の反対側まで行って向きを変えて、信号が変わるのを待っている時間は、私にとってなかなか屈辱的な時間なのだ。

 自意識過剰の私は、待機している私のすぐわきを次々と通過していく車が、窓越しに侮蔑の視線を投げ掛けているように感じる。

 そして、方向転換した自分の後で信号待ちをしている車から、「かったるいことをしているよな」とバカにされているように感じるのだ。

 もう一つの原付バイクの不満は、制限速度30㎞ということ。

 車を運転していて、30㎞制限を守っている原付バイクの後ろを走るといらいらする。

 道路が狭いと追い越せなくて、ずっと追い越すタイミングをはかることになる。

 そして、対向車の切れ間を見計らっていっきに追い越すのだが、次の対向車のことを考えるとすれすれで追い抜くこともある。

 そんな経験をしているから、ほとんどの原付バイクが車の流れに乗って走っている。

 ただ、運悪く白バイに遭遇してしまったら、すぐに20㎞以上の速度違反になる。

 私も、白バイに後ろにつかれた経験がある。

 その白バイの警察官さんがいい人で、次の赤信号で私の横に白バイを並べ、「お兄さん35㎞オーバーだよ」とメータを指さした。

 私は内心観念していたが、「えっ?」ととぼけた。

 「お兄さん。原付バイクの制限速度は30㎞だよ。あんたのバイクは65㎞以上でちょった。35㎞オーバーは1ヶ月の免停だよ」と言う。

 「えー。免停?どうしよう」と困りかけていた私に、「安全運転で行きなよ」といって白バイは去った。

 なんという、意気で人のいい警察官なんだろうと感謝したものだ。

 それ以来、スピードは控えめにしている。

 2段階右折と、制限速度30㎞。

 この二つの理由で、私はこの5年間自動二輪を取りたいと思っていた。

 車の免許をとるときに、私を悩ませたのがクラッチ操作。

 バイクのクラッチ操作でまた悩むのはいやだと思って、自動二輪を取るのをあきらめていた。

 それがだ、5年前に自動二輪者オートマ限定免許というのができた。

 私は、それ以来ずっと自動二輪免許を取りたいと思っていた。

 それに、町を走るビッグスクータは私の美的感覚を刺激するのだ。

 原付バイクをビッグスクータに乗り換えて自分の足にして、うろちょろしたい。

 と、思い続けること5年。

 このところのガソリン高騰も、きっかけのひとつ。

 私のハリアーの燃費が悪く、リッター6㎞くらいしかはしらない。

 お客様を乗せないときにバイクで動くようにすれば、ガソリン代が浮いた分でバイク代がでるのではないかと思うようになった。

 人気のビッグスクータは70万円くらいする。

 安い中古バイクはないかと探していて、インターネットオークションを見つけた。

 ビッグスクータもたくさん出品されていた。

 10万円ちょっとで買えないかなとおもって、何回か入札してみたが、当然のごとく落札できない。

 ほとんどのバイクが、落札価格30万円超。

 そんなことをして遊んでいたら、なんと12万円ちょっとで落札してしまった。

 免許もないのにバイクが届いてしまうはめになった。

 そこで、あわてて自動車学校に行って入学申込みをしたという次第。

 本当は、自動二輪の教習の悲哀を書こうと思って書き始めたのだが、入学動機だけでこんなに長くなってしまった。

 引き続き続編として、おじさんの自動二輪教習秘話を書くので、興味のある方は読んでいただきたい。

 

 

 

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