« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »

2012年10月

2012年10月31日 (水)

まちなか循環バス

 当社の目の前にあるバス停に、突然、見慣れない標識が立った。

Img_0028

 写真の右側のオレンジの標識がそれだ。

 左側の赤・白・青の三色の標識が、従来からある宮崎交通の標識だ。

 当地(宮崎県の北端の街、延岡市)の市内の交通網としては、宮崎交通のバスのみだった。

 いつの間にか立っていた新しい標識は、文字が大きくて見やすい。

 宮崎交通の標示が無いのに疑問を感じて近づいてみると、「まちなか循環バス」とある。

 うっすらと想像はついたが、その日の夕方のローカル新聞「夕刊デイリー」に、詳細が報じられていた。

 交通弱者のために、市と市バス利用促進協議会というのと、宮崎交通が共同で運営するらしい。

 既存のバス路線と重複しないで、市内を一周するルートになっている。

 もともとある市内の路線バスの料金は190円から250円だが、「まちなか循環バス」は一周均一200円。

 平日の午前8時から午後5時まで、1時間に1本の運行で、市内を約45分で1周する。

 当面は一方向のルートしかないから、このバスで出かけると帰りは必ず45分かかることになる。

 ちなみに、私の事務所は延岡駅から徒歩5分の旧中心市街地のバス通りにあるのだが、目の前の「恵比須町バス停から、私がしょっちゅう出かける「ジャスコ」へのルートを見てみると、とんでもなく遠回りになっている。

 所要時間、約20分。

 直線で、自分の車で行けば3~4分で、従来の路線バスでも6~7分だろう。

 交通弱者を救済しようという趣旨は尊重したいが、交通弱者を喜ばせる計画にはなっていない。

 お役所に足並みを揃えて、日曜祭日は運休。車だと市内のどこにいくのにも15分しかかからないような小さな町なのに、1周45分もかかったのでは便利さを感じないだろう。

 1便17人の利用が再三ラインというから、絶対に採算は成り立たないと断言しても良い。

 従来の路線は、利潤を追求する民間会社が一番利用率が高いと思われるルートになっているはずだ。

 それなのに、当社の目の前を通過するバスに、通勤時間帯でも、20人も乗客が載っているのを見たことがない。

 今回始まるのは、実証運転。利用者にアンケートをとりつつ、本格運行ができるかどうか実証・研究するものだというからひと安心した。

 採算を考えなくていい役所がやることだから、始めたことは、採算が採れなくても強行することのないようにしてもらいたい。

 私見を述べさせていただければ、弱者救済を目的とするのなら、弱者とされる方々に割引券を支給したほうが効果があるだろうし、その方が安上がりだと思う。

 それでも、バスの利用率は、そんなに増えないだろうけど。

 

2012年10月30日 (火)

不法な家賃値上げ

 何度も言ったことであるが、身勝手お客さんは少なくない。

 と言っても、私は自分が合わないなと思った人とは商談をしないようにしているので、身勝手な人をお客さんにすることはほとんど無い。

  今日、来店した方はお客様と呼ばなくてはいけない方だった。

  今年の3月に店舗の賃貸借契約をした家主さんだ。

 家主の近所にいる、私の知人からの紹介で、長い間空いたままの店舗の、入居募集をしてくれという依頼を受けたものだった。

 その物件の存在は私も知っていて、ここ数年、いろんな不動産屋が貸し店舗として募集したり、売り物件として情報がまわってきたこともある。

 場所が繁華街からはずれているし、交差点内の3角形の地形で客止まりが悪い。

 しかも、建物は築後38年で老朽化している。

 折角の紹介だが、依頼を受けても決める自信がないと、率直に紹介者に答えたところ、「こんなご時世でなかなか決まらないだろうけど、とりあえず募集ポスターを貼ってほしい。家主が年寄りの女性で、何度も頼みに来るので、とにかくポスターを貼ってもらいたい」と言われた。

 それで、募集ポスターを貼ることにして、家主さんを訪問した。

 物件を見て、想像より、その条件の悪さにおどろいた。

 2階建の建物で、2階が家主の住まい。1階の店舗部分を貸したいという話だが1階の店舗部分のトイレが家主と共用。さらに家主の風呂まで店舗とつながっていて、店舗が完全には独立していない。

 このままの状態で借りる人を見つけるのは難しい。

 いろんな不動産屋が入居者募集のポスターを貼ったり、はずしたりしていたのにも納得がいった。

 家賃を安くして貸すにしても、店舗と家主の居住スペースを分離しないと借り手はいないだろう。

 それで私は、まずその点の改修を提案した。

 家主がトイレや風呂を使うときには店舗を通らないように、壁を作って通路を設けないといけない。

 ごく簡単な工事にしても10万円程度はかかるだろう。

 家主は、そのくらいの工事はしてもいいと快く了承してくれた。

 家賃について、どのように考えているか聞いてみたところ、都会では考えられないだろうが、月額3万円くらいでいいとおっしゃる。

 当市に限ったことではないのだろうが、中心街も入り手のいない空き店舗がゴロゴロしていている。

 私は、3万円という家賃は妥当。これなら借り手もいないことはないと思った。

 5万円や6万円を希望したのでは、今まで通り空き店舗のまま、無駄に月日が流れていくだけだろう。

 3万円であれば、家賃にひかれて検討する人もいるかもしれない。

 そんなことを考えながら、募集ポスターを貼った。

 するとどうしたことか1カ月もしないうちに、ポスターを見た方から電話で問い合わせが入った。

 3万円という家賃を気に入ったようだが、一度中を見ておいてもらってから検討してくださいと伝えた。

 すぐに中を見ることになって、2階に住んでいる家主がいっしょに立ち会っての案内になった。

 おでん屋をやっていた店舗でカウンター等が残っていた。

 借り手はそれを知っていて、その店舗を利用して焼鳥屋をしたいという。

 いっしょにいた家主が私以上に熱心にセールスをしていた。

  焼鳥屋さんなら絶対に良い場所だ(私はそんなに良い場所とは思わない)、私は独り身だから時間があるときは店も手伝うなどと、私では言えないようなセールストークを繰り出していた。

 私は、家主に提案している改修予定を説明し、借り手は店舗改装見積りをしてみて検討するということになった。

 そこでいったん分かれたのだが、家主からすぐに私に電話が入る。

 借りてくれることを期待している電話だった。

 「結構前向きみたいですよね」と答えると、「家賃を29,000円にしてもいい」という申し出だった。

 「3万円でも借りると思うから、これ以上値下げはしなくていいですよ」と答え、借り手さんからの返事を待った。

  想定通り、借りたいという返事がきて、無事賃貸借成約を締結。

  私も非常に感謝してもらったが、紹介者もいたく感謝されたと言って喜んでくれた。

  めでたしめでたしで終わったと思っていた1カ月後、借主から相談があるとの電話が入った。

  なにごとかと思ったら、家主が焼き鳥の臭いと煙を出さないようにしてくれと苦情を言われる。

 夜11時を過ぎてお客さんが入っていると、お客さんの声がやかましいから静かにしてくれとも言われるという。

 焼鳥屋だから煙が出ないようにはできないし、お客さんにしゃべるなとも言えない。

 どうしたものかという相談だった。

 焼き鳥をやるということを了解して貸したのだからそれはおかしい。私から家主に話をしておきますということで家主にその旨を伝えた。

 私が話をすると納得したようだが、その後また相談があって、家主さんからいろいろ注文が出て困っているとのこと。

 あげくのはては、便器に傷をつけたといって裁判所を通じた調停の呼出しまで受けた。

 調停員がどう思ったかはわからないが、こんなとき年寄りの女性は強い。

 弱者ということになるからだろうが、今回の調停は傷をつけたのが誰かわからないので、修理代は折半ということで落ち着いた。

 なんとか解決してよかったと思っていたら、今回の来訪になった。

 今度はどんなことかと思って話を聞くことにした。

 今まで自分がどんなに嫌な目にあっているかを、とうとうと話す。

 焼鳥屋の煙で喘息になった。臭いし、うるさいし、眠れない。便器をこわされたのに半分負担させられたetc etc 不満はつきない。

 それで、どうしたいのかというと、結局は、そんな不満を我慢するかわりに、家賃を上げてもらえないかという。

 そして、私に、「3万円の家賃は安すぎると思わないか」と聞いてきた。

 私は、聞かれたことに即答する悪い癖がある。(私は長所であると自負しているのだが)

 それで、「安いとは思いませんね」と即座に答えてしまった。

 すると、「そんなことを頭ごなしに言われたのでは、私はどうしようもない」と怒りだしすではないか。

 私は、年甲斐もなく、逆切れしてしまった。

 自分の意見に同意を求めようとして質問する人が多い。

 そんなことはおかまいなしに、自分の思ったままを答える私は、ときとして人に嫌われる。

 逆切れして口調が激しくなっていたことを反省し、「安いか高いか聞かれたら、私は安いと思うから、何度聞かれても安いと答える。だけど、家賃を上げてもらえないか賃借人に話をしてしくれというのなら、話を伝えることはする」と言って、話を納めることにした。

 それにしても、まだ入居して半年余り、店舗改装にお金を使い(極力改装には金をかけてないようだが)、やっとお客さんがついてきたところで、家賃の値上げ。

 あり得ない話だから、そんなことはできないと説き伏せたかったのだが、年寄りの女性だけに、いったん話を受けとめて、賃借人に話だけつたえることにした。

 賃借人は承諾しないだろうから、そのときはその旨を伝えるて私の役目は終わりたい。

 話を、短くまとめようと思ったのだが、短くまとめる方が難しい。

 愚痴が溢れてしまった、今日は10月30日。

 げに、年寄りの女性(女性とは言い難く、「ば○あ」と言いたいのだが、活字にすると女性と表現するしかないのが口惜しい)の扱いには難儀する。

2012年10月29日 (月)

石原新党と、橋下さんの維新の会。

 突然の石原新党立ち上げ会見。

 そして、石原さんは橋下さんと手を組みたいという。

 今日は時間がないから、気持ちの詳細を書けないが、石原さんと橋下さんに天下をとらせたら怖い。

 小泉さんのときのような風が吹いたら、小泉さんのとき以上に怖いものがある。

 

2012年10月28日 (日)

誤報「市職員が下半身を露出」

 先日、当地(宮崎県の北端の街、延岡市)のローカル夕刊紙「夕刊デイリー」に、延岡市職員が女子高生の前で下半身を露出して逮捕されたという記事が掲載された。

 マスコミは、大新聞といえども、ピンク系の事件は大きく取り上げる傾向がある。

 読者の要望がそうさせるのだろう。

 大新聞というと正義の代弁者みたい錯覚してしまうが、しょせん新聞も3流エロ週刊誌も人の好奇心を満たすことで読者をつかむということでは同じ。

 昨日の記事では、当市(延岡市)の職員が、隣県の大分県豊後大野市の公共施設内で、女子高生3人に対し、正当な理由がないのに、人を著しく羞恥させ、または不安を覚えさせるような方法で卑猥な言動をしたもので、大分県迷惑防止条例違反の疑いで逮捕されたというものだった。

 逮捕の発表の際、「女子高生に対し、自分の下半身を示し、卑猥な言葉をかけた」との説明を受けた記者は、「下半身を示した」という言葉を「見せた」と間違って解釈をし、冒頭の「下半身を露出した」との記事になった。

 ところが、その後の再取材で、実際には「着衣の上から手で下半身を示した」ものであることがわかった。

 迷惑条例防止法については、セクハラといっしょで、嫌な思いをした人がどう思うかで犯罪になるのだろうが、はたして「着衣の上から下半身を指し示した」ということでの逮捕だったら、あれほど大きな記事になっていただろうか。

 私は、誤認逮捕とその報道によって人生を大きく狂わせた人間を身近に見ている。

 誤認逮捕はやむを得ない場合もあるだろう。

 誤認逮捕で一番恐いのは、逮捕されて罪を認めないと1ヶ月以上釈放されないことが多いことだ。

 それに加えて恐いのは、マスコミは容疑者を犯人と決めつけて報道することだ。

 それもやむを得ないこともあるだろう。

 しかし、誤認であったことがわかったら、今回の当地の「夕刊デイリー新聞」のように、大きな取扱で訂正記事を掲載してもらいたい。
(夕刊デイリー新聞は、白抜きの大きな見出しで「24日付の延岡市職員逮捕の記事 お詫びと取り消し」とし、4段のおおきなスペースの訂正記事を掲載していた)

 次々と情報が流れる中で、事件に直接関係のない人は一つ一つの記事なんて気にしていないのだろうが、犯人として報道された人の人生剥奪していることも少なくないはずだ。

 誤認逮捕、誤報道を完全に無くすことはできないだろうが、間違いを訂正することは完全にできることだ。

 人の人生にかかわることなのだから、手間と経費を惜しまずに、訂正記事報道に責任をもってもらいたいものだ。

 

2012年10月27日 (土)

プラス思考は逆効果

 「プラス思考」「ポジティブシンキング」を勧める話は多い。

 我が敬愛するW産業のK社長は、プラス思考がスーツを着て喋りまくる、さしづめ全身プラス思考乃塊人間。

 ある自己啓発セミナーで、自分がどういう人間であるか発表しなさいと言われて、彼は「私は地球のシンである」と答えた。

 「シン?」

 セミナーの講師は、地球のシンであるの「シン」の意味がわからず問い返した。

 するとかのK社長、曰く。「『鉛筆の芯』の『芯『」ですよ。地球は私を中心に回っているんです」

 それを本気で言っているのだから、講師は面食らった。

 このK社長、事業欲、名声欲が強い。

 金儲けも上手い。

 一方の私は、しごく常識的で内気でネガティブシンキング。

 事業欲も名声欲も無く、金儲けがからっきしダメ。

 まるっきり反対の性格だが、なぜかK社長とは馬が合う。

 K社長に言わせると、私の金にころばないところが好きだそうだ。

  当然にK社長から、「マイナス思考はダメですよ」「ついてる、ついてる、ついてる、と毎日唱えなさい」などと言われる。

  「マイナス思考で生きていこう」なんて本にはお目にかかったこともない。

  しかし、最近読んだ雑誌に「ポジティブシンキング」が逆効果になるという記事があった。

  カナダのある大学で、マイナスの感情が起きたとき、無理にポジティブ思考をする実験をしたところ、ネガティブ思考が強まり逆効果だったという結果が出ている。

  顕在意識でいくらポジティブになろうとしても潜在意識にマイナス感情があると、整合性がとれなくなり、かえって精神的な不調を招くのだそうだ。

  マイナスの感情に目をそらさず、ありのままを認めて、自分はつらいんだと受け入れることも大切だと言っている。

  納得のいく説明だ。

 

2012年10月26日 (金)

延岡市の秋の風物詩「鮎やな」で懇親会

 今日は、当地(宮崎県の北端の街、延岡市)の秋の風物詩「鮎やな」で、同業者の会(宮崎県宅地建物取引業協会県北支店)の懇親会。

 「鮎やな」というのは、ご存じの方もおられるでしょうが、川をせき止めて竹のすのこで鮎を獲るというもの。

 うーーん、うまく説明ができない。

 延岡観光協会のホームページでうまく説明しているので、そこにある写真と説明を流用させていただく。

Ayu0   

Ayu5_4 

「鮎やな」とは、川をせき止めて、その一部に流れ口を作り、成長して産卵のために川を下る、鮎の習性を利用して竹のすのこの上に落ちた鮎を採る伝統的な漁法です

Ayu7_2

写真の右端に、当地の基幹企業・旭化成の煙突が見えている。

 こんな市街地に、「鮎やな」が作られるのは非常に珍しい。

 清流・五ヶ瀬川の鮎はその姿が良く、色、香り、味とも最高ですよ~(^0^)!

 鮎やなが掛けられると、秋も本番。

 このシーズンは、いろいろな会合が鮎やなで行なわれる。

 先日も、行政書士会の懇親会で鮎やなにきたばかりだ。

 あと2度くらいは鮎やなにくることになるだろう。

 ということで、予定の時間になったので、行ってきます。

2012年10月25日 (木)

デジタル家電、半年で半額。

デジタルカメラや薄型テレビなどのデジタル家電が大きく値下がりしているそうだ。

今週んに発売された製品の多くが、半年で50%前後下落しているらしい。

  消費者にとってはうれしい話だが、こんなことで日本の産業界が生きていけるのか心配になる。

  パソコンなんか昔に比べると格段に安くなっている。

  私のパソコン歴は20年ちょっとになる。

  ウインドウズはまだ無くて、MSDOSで動く NECの9801シリーズが全盛だった。

  記録媒体は紙に入った5インチのフロッピーディスクで、データを保存するときにはフロッピーディスクドライブがゴキゴキ音を立てていた。

200メガ(たった200メガですぞ)の外付けのハードディスクを大枚4万円くらい払って購入した記憶がある。

  当時私は、パソコンオタクみたいに思われていた。

  それから20年。

  パソコンは鉛筆代わりの文具になり、テレビを操作するような簡単になってしまった。

  そして驚くのは、価格の安くなったこと。

  当時のスーパーコンピュータ並の性能になって、価格は玩具みたいな価格になった。

   普及率が8割を超して、売るために性能は上がり続ける。

   私にとってこれ以上の性能はいらないなあと思っているし、そう思っている人が多いから売上が伸びなくて価格が下がるのだろう。

    一体、成長し続けなくてはいけない経済なんて成り立つのだろうか。

 

2012年10月24日 (水)

赤信号でも渡っても良い場合がある。中山教授。

 写真に写っているのは、当地(宮崎県の北端の街、延岡市)の商業ビル「ココレッタ延岡」。

Img_0023_2

 中心街活性化のため、閉まったままになっていたデパートの跡地に、市の肝入りで作られた商業集合ビルだ。

 今日の話は、このビルのことではない。

 この写真に写っている横断歩道についてだ。

 前々から書こうと思っていつつ書きそびれていたのだが、ノーベル賞をもらった山中教授の高校生時代のエピソードを聞いてことが、これを書くきっかけになった。

 この横断歩道、ご覧の通り、一番狭いところは2メートル半くらいしかない。

Img_0022

Img_0026  しかも、画面の左側に向かう道路は、ご覧の通りカラー舗装で、歩行者優先道路になっている。(見事に人の姿が見えないが(゚ー゚;  )

 短い私の足でも3歩半で渡れるくらいの短い横断歩道なのだ。

 この横断歩道には歩行者専用の信号機がついているのだが、私はいつもそれを無視している。

 歩行者専用道路で車が進入して来ない横断歩道だから、まったく危険はない。

 それなのに、この信号を待つ人が、少なからずいるのだ。

 そして、そんな人たちは信号を無視して渡る私に、ならず者を見るような視線を送ってくる。

 気の弱い私は、引かれ者になったような気持ちで、早足でその場を立ち去ることになる。

 いつだったか、この道路を中学校の同級生と歩くことがあった。

 例によって私は赤信号を無視してこの横断歩道を渡ったのだが、かの同級生は立ち止まっている。

 「ここは車が来ないから信号は待たなくてもいいよ」という私に、「法律に携わる行政書士でもある君が(私は行政書士の看板もあげている)法律を破るとはなにごとか!」といって立腹していた。

 この友人のように律儀に法律を守って赤信待ちをする人が、実に多いのだ。

 私は、信号ってのは安全に通行するためにあるであって、まったく車が来ていないときは無視していいいんじゃないかと思っている。

 車を運転していても、信号を無視していいと思うような状況もあるけど、巡りさんが飛び出してくるような気がして、いらいらしながら信号を待つ。

 停車する意味もない信号とか一端停止の箇所に限って、お巡りさんが潜んでいて、善良な市民を犯罪者にしたて上げようとしている。

 つかまると罰金はとられるし、点数も引かれるので、しかたなく意味もなく信号が変わるのを待つことにしている。

 こんな不埒な考えを持つのは、自分がへそ曲がりなのかもと思っていた私にとって、ノーベル賞の山中教授の嬉しいエピソードを知った。

 山中教授は、「赤信号で車が来ていないのに待っている人になってほしくない」という、高校の時の先生の言葉を胸に刻みつけていると言うのだ。

 法律を守るのは大事だが、杓子定規の判断しかできないような人間になってもらいたくないということなのだろう。

 私が言うと屁理屈だが、山中教授が言うと真理だなあ。

 私に苦言を呈した同級生にも、この話を聞かせるつもりだ。

 

2012年10月23日 (火)

パソコンの遠隔操作事件の誤認逮捕。問題は誤認より、自白の強要だ。

 遠隔操作されたパソコンからインターネットに犯行予告が書き込まれた事件で、警視庁をはじめ4都府県警が誤認逮捕を認めて、謝罪した。

 検察も謝罪し、起訴を取り消すことしている。

 なぜ誤認逮捕にいたったか、私は誤認も恐いが、もっと恐いと思ったのは、警察が誤認逮捕した人から自白を取りつけていることだ。

 テレビ報道では、誤認にいたった犯行の手口に大きな注目を集めようとする報道ばかりだが、私は、自白調書の中に犯人しか知り得ない内容が含まれていたという報道を見た。

 犯人と決めつけられて逮捕されると、容疑を認めるまで拘束を解かないというのが日本の司法制度だ。

 代用監獄という言葉があり、これは憲法で禁止されているはずなのだけど、法の万人である司法が、それをやっている。

 私は、誤認逮捕は仕方がないこともあると思う。

 しかし、自白の誘導や強要があってはならないと思っている。

 この事件についても、自白の強要や誘導があったに違いないというような事実がある。

 犯人しか知り得ないはずの内容を、無実の人が自白しているのだ。

 このことについて騒ぎ立てているテレビ報道には、お目にかかっていない。

 アメリカ映画を見ていると、逮捕された容疑者が「弁護士を呼んでくれ」と叫ぶ姿をよく見かける。

 そんなことは日本の警察には通用しない。

 一般庶民が、疑われて逮捕されたら、それでその人の人生が終りになるということは珍しくない。

 いつ自分がそうなるか、誰にもわからないことなのだ。

 容疑を認めるまで釈放しないというやり方を、是非やめてもらいたいものだ。 

2012年10月22日 (月)

養老孟司さんの悟り

 「池上彰の宗教がわかれば世界が見える」を読んだ。

 キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、仏教、神道と、それぞれの宗教に詳しい人との対談も交えて偏ることなく解説している。

 テレビでの解説と同じく、非常にわかりやすい説明になっている。

 歳のせいか宗教興味を覚えていた私にとって、非常に意義のある本であった。

 池上さんは、私の考えと同じ歩幅をもっているのではないかと感じ、すっきり読めた。

 そのことについては、いつか書きたいと思っている。

 そんな中で今日は、この本で池上さんと対談していた養老孟司さんの話は、おおいに共感するところがあった。

 養老さんは、「人間の致死率は100%」なのに、日常生活で死は「あってはならないもの」になっている状態を、異常だと言っている。

 それなのに、年をとってから急に「自分が死んだときどうする」って慌てると指摘している。

 養老さんは職業がら、年がら年中死体を相手にしてしきたから、「いずれ俺もこうなるって嫌でもわかっていた、と言う。

 それについて、池上さんが「若いころから死について考える習慣をもった方がいいということですか」と聞くと、「私の場合は、自分が死んだ後のことまで知ったこっちゃないと思っているから参考にならないかもしれない」と言い切っている。

 「死んだあとのことは知ったこっちゃない」

 「死んでしまえば、あれこれ悩む必要がなくなる」とも言っている。

 これはもう、お釈迦様の悟りの境地だ。

 解剖学者として日常的に死体を見続けてきた結果の悟りなのだろうか。

 私は、とても養老さんみたいに達観した境地にはなれないが、死んだあとは「無」ではないかと思っているところなのだ。

 ただ、「葬式を自分の思い通りにしたいなんてのは私にはわからない。生き残る人間が考えればいいことだ」

 「(葬式は)結局は『世間の都合』で、そこを日本の文化は上手に残してあるし、今後も社会的な構造として残すしかない」という考えには諸手を挙げての賛成はできない。

 養老さんほどの名声のある人は、それここ「世間の都合」で葬儀は執り行われることになるだろう。

 それを思っての養老さんの発言になったのだろう。

 しかし、一庶民である私は、自分の葬式が、残る者にとって負担のないものになる遺言は書いておきたいと思っている。

 

2012年10月21日 (日)

政治屋の特質

 昨日、うんざりしているという気持ちを吐露して、同じことを書くのも嫌なのだが、それにしても、政治屋とは絶対自分の非を認めず、自分の発した言葉を忘れてしまうことができないとやってられないものなのだろうな。

2012年10月20日 (土)

拉致家族「うんざり」

 今朝の日経新聞社会面の見出しに、「拉致家族『うんざり』」「法相辞任へ『解決する気あるのか』」とあった。

 拉致被害者家族の気持ちはいかばかりかと、こちらまで強い憤りを覚える。

 しかし、これは拉致問題に限ったことではない。

 国民は、日本の政治に「うんざり」している。

 ようやくのことで開かれた自公民の党首会談は、震災の処理も、憲法違反状態の国会議員の定数も、予算執行のための赤字国債発行法案も、崖っぷちまで追いやられている懸案の法案はそっちのけで衆議院解散をいつするのかということだけに終止して、そして結局は物別れ。

 体に爆弾を巻き付けて国会に乗り込んで政治屋を粛清したいと思っている国民は少なくないんじゃないだろうか。

 国民は黙って「うんざり」しているしかない。

 桃太郎侍が「許さん!」といって国会に乗り込んで、「ひと~つ、人の世の生き血をすすり、ふた~つ、不埒な悪行三昧、みーっつ、醜い浮世の鬼を、退治てくれよう桃太郎」なんて、生き血をすすって、悪行三昧の醜い浮世の政治屋たちを、ばったばったと切り捨ててくれないかしらんと思ってしまった、今日は10月20日。

 

2012年10月19日 (金)

デンジャラス・ラン

 昨晩、「デンジャラス・ラン」を観に行ってきた。

 当地(宮崎県の北端の街、延岡市)の地元のみのローカル紙「夕刊デイリー新聞」の映画欄を見たら、「デンジャラス・ラン」の上映が今日までになっていたもので、あわてて観に行った次第。

 たしか、全国封切りから一カ月遅れの今月13日からの上映だったのに、もう打ち切りになるのだろうか。

 最終上映時間の7時10分をちょっと過ぎてから入場した。

 私は映画の本編の前に上映される、「盗撮は犯罪です」というCMが大嫌いなのだ。

 毎度毎度、映画を見るたびに流されるこのCMは、お客に対して失敬千万である。

 盗撮なんてことをやるのは、ほんの一握りの輩でしかない。

 大多数の、お金を払って、わざわざ足を運んでいただいているお客様に対して、楽しい映画を観る前に冷や水をぶっかけるようなCMを強制的に見せられることに、私は耐えられないのだ。

 こんなCMを流しても、盗撮をやるような輩が思い止まるはずはない。

 どうしてもCMを流したいのなら、CMを毎回撮り直すくらいの工夫をしろ、と言いたい。

 映画好きが観ても楽しめるようなCMなら観てやってもいい。

 と、話がそれているが、とにかく私はこのCMが観たくないから、上映の予定時間の5分遅れで入場するようにしている。

 ということで、本編上映時間ぴったりに入場した。

 なんと、お客さんは私をいれて3人だった。

 これじゃー、観たい映画が来ないのも仕方がない。

 どうか、延岡市を撤退しないでもらいたいと、感謝の気持ちを抱きつつ「デンジャラス・ラン」を観た。

 いつものことだが、映画の感想の詳細は書かないことにする。

 観て良かったと思う映画だった。

 映画館からの帰り道、水野晴郎さん(知らない人が多いだろうけど)の、「映画って、ほんとうに面白いもんですね」という言葉が口をついて出た。

参議院も違憲状態。

 衆議院に続いて2010年の参議院も違憲状態にあるとの最高裁の判決が出た。

 解散を迫る野党と、解散に怯えて逃げ回る民主党の、みっともない姿ばかりが目につく。

 しかし、定数是正をしないままの総選挙は無効になるのではないか。

 復興予算の乱用についてもそうだが、国会を開かない国会に対しても、マスコミは、毎日、毎日、手を休めることなく追求の声を上げ続けてほしい。

 とりわけ、世論作りに一番影響力のあるテレビに責任を感じてもらいたい。

2012年10月18日 (木)

復興予算名目で予算乱用。叫び続けろよマスコミ。

 なぜかしら、このところ全部のマスコミが復興予算名目での予算乱用を追求している。

 震災から1年半以上立つというのに、被災者からは復興の手が被災地に及んでいないという悲鳴があがり続けていた。

 しかし、マスコミから聞こえてくる被災者の声は小さかった。

 それが、どういうわけか、各省庁の復興予算の便乗消費をマスコミがいっせいに非難の声をあげている。

 マスコミも船団方式で、同じことを同じ取扱かたで報道する。

 東日本震災の復興のための増税を反対する国民はいない。

 しかし、復興名目で増税した税金を、省庁の利益のため乱用することを許す国民はいない。

 被災地の人々の気持ちを思うと、許しがたい悪行だ。

 マスコミは一過性の報道に終わることなく、役人や政治家が改めるまで、毎日毎日報道を続けるべし。

 

  

2012年10月17日 (水)

手製のスリムペンスタンド

 最近のお気に入り文具、手製の「スリム・ペンスタンド」。 Rimg0098

 「スリム・ペンスタンド」なんて洒落た名前だが、必要にかられてボール紙で自作したもの。

 しかし、その便利さ度は秀逸で、最近手に入れた文具の中で最高に気に入っている。

 私は、一日に1時間以上、もの探しに時間を費やしているような按配なのだ。

 中でも、今使っていたボールペンが行方不明というのが一番多い。

 デスクワーク中に、、なにげなくポッと置いてしまったボールペンが机の上の書類にまぎれて行方不明なんてことがしょっちゅうだ。

 円筒形のペンスタンドに何本もの筆記具を入れると、重なり合って使いたいものがすぐには見つからない。

 それで、ひらめいたのがこれ。

 空き箱のボール紙を利用して作ってみた。

 使用頻度の高い筆記具と、物差し、カッターナイフを収納するために最適なスリムな寸法にしている。

 それを両面テープで、デスクトップパソコンの本体の壁面にくっつけている。

仕事にとっかかるのは遅いが、こんなことをする時間は至極の時間なのだ。

 作ってみたが、これがすこぶるいい。

 欲しい道具が一目瞭然で見つかるし、かさばらなくて机上が広く使える。

 必要から生み出したもので、私と相性がよく、使用後には必ずここに入れている。

 おかげで、ここ数日、筆記具を探すことがなくなった。

 こんなささやかなことで、大喜びしている単純おじさんなのだ

2012年10月16日 (火)

いい加減にしろ。虚偽iPS心筋移植報道。

 朝、テレビのスイッチを入れるとiPS虚偽移植の森口氏のアップの顔が映し出された。

 目を閉じて嬉しげにインタビューに答える姿に、私は生理的な嫌悪感を覚える。

 不快で見たくないからチャンネルを回したのだが、ここも森口報道をやっている。

 なぜか私は、この顔を見ると気分が悪くなる。

 インチキの塊にしか見えない。

 こんな輩に真相追求する意味はない。

 昨日のブログで話がそれてしまったが、肝心の山中教授の取材報道にもっと時間を割くべきだろう。

 iPS細胞を作って、たった6年でノーベル賞受賞なんてことは過去になかった。

 それほどまでに、山中教授の生み出したiPS細胞は、人類の歴史を変える大発明だという期待をもたれているのだ。

  不治といわれた病気を治せるようになるかもしれない。

  死を待つだけの人が救われるかもしれない。

  世界中がそんな期待をもっている。

  しかし、実際の治療に使うための研究には、これから膨大な費用を要する。

  世界中が、多額のお金を投入して研究競争をしている。

  山中教授は、予算をひねり出すために、完走を寄付の条件にしてマラソンに出場したこともある。

   見ただけでいかがわしい森口某氏をあばきたてて何になるのだろう。

  テレビは人心を惑わせ、人の不幸を喜び、スキャンダルを煽るのが役目とはいえ、ノーベル賞の山中教授をほったらかしに.して、ペテン師のイカサマ野郎を主役にするような報道は即刻やめてもらいたい。

   キャスターと自称する人やら、弁護士、医者、政治経済評論家先生の方々も、3流ゴシップ週刊誌みたいな番組作りに加担するのはおやめになっていただきたい。

   多くの視聴者は、森口報道に辟易している。 

2012年10月15日 (月)

虚偽のiPS心筋移植報道の馬鹿騒ぎ

 ここ数日、ワイドショーを賑わせているのは、虚偽のiPS細胞を使った臨床応用を発表した森口尚史氏の報道だ。

  11日、読売新聞が「iPS心筋移植」との誤報道を流していた。

 山中教授のノーベル賞受賞が発表になったのが8日。

 その日からワイドショーを始めとするマスコミは、連日中山教授の偉業を称賛する報道合戦をしていた。

 楽しい話題の少ない今の世の中を明るくしてくれる話題で、お祭騒ぎ大いに結構と思っていた。

 そんな喜ばしいお祭騒ぎもたった3日で終わった。

 4日目の12日に森口尚史氏の虚偽移植報道疑惑報道が始まるや、マスコミは山中教授そっちのけで森永氏の嘘を暴きたてることに血道をあげている。

 この3日間、テレビのどのチャンネルを回してもこの報道ばかりだということの意味がわからない。

 森口氏の話はすぐにばれるような嘘でしかなく、読売新聞他いつくかの報道機関で報道された内容はまったく根も葉もない虚偽の発表で「誤報道」だったということで済ませていい問題だ。

 それ以上取り上げる意味はなんにもない。

 頭のおかしくなったペテン師が有名になりたくて嘘をついた、それだけのことだ。

 たくさんのテレビカメラの前で記者会見をしていることに喜びを感じているようにしか見えない。

 こんなインチキ野郎は相手にする値打ちはない。

 こんなインチキ野郎の嘘の動機なんてものをさぐる意味はない。

 インチキ野郎がインチキな嘘をついた、それだけのこと。

 嘘だったことを白状した時点で、この話は終りだ。

 こんなインチキに時間を割くより、もっとやることはあるだろう。

 インチキな政治屋や、インチキな官僚や、それに群がるインチキ企業や、インチキ法人のことを、これでもかって追求すればいいのだ。

 今朝の「朝ズバ」で北朝鮮の拉致事件について、みのもんたさんが「政府が真剣に取り組まないなら、取り組むまで毎日番組で追求する」なんて言っていたが、拉致問題だけのことではない。

 大震災の被災者救済、福島、原発処理、尖閣、竹島、早急にやらなければならないことが山ほどあるのに、政治屋は自分の身の振り方のことしか考えないない。

 第一、もう10月だというのに、今年度の国家予算の手当も宙ぶらりんにしたままではないか。

 早く国会を開けと、マスコミが、とくにテレビが毎日報道合戦を繰り広げることだ。

 政府を追い込むような迫力で、そんな番組を作ったら、きっと視聴率も上がるはずだ。

 そう思っている国民は少なくない。

 

 

2012年10月14日 (日)

へそまがりおじさんの献血。

 今日、献血に行ってきた。

 私は、ここ数年年に2、3回の頻度で献血をしている。

 何の社会貢献もしていない私にとって、献血は、まったく何の自己犠牲のない小さなボランティアなのだ。

 私の献血回数は20数回になる。

 最初の献血は高校生のときだった。

 当時は、緊急に大量の血液が必要な場合に高校に献血の要請があった。

 実際、私は高校生活3年間で2回の献血は、いずれも学校に対して献血要請があってのことだった。

 また、当時は輸血用の血液が不足したとき高校に協力の要請があっていたような記憶がある。

 それは強制的なものではなかったが、献血に対する意識づけがされていたように思う。

 最近は高校に対して献血協力を求めることもなくなっているようだ。

 献血の意義を知らされていないから、献血の会場で若い人の献血が少なくなっているように感じる。

 そのせいか慢性的な血液不足状態にあるようで、数年前から、献血すると次の献血可能期日が到来すると、毎月献血協力要請の葉書が来るようになっている。

 次の献血に行くまでは、毎月その葉書が来る。

 献血会場は、イオンの駐車場での赤十字の献血車だから、買い物ついでに献血をしている。

 人集めに努力をしているせいか、毎回大勢の人が献血に来ている。

 しかし、来ている人の年代は高い。

 50代60代の人が多く、20代の人はめったに見かけないような気がする。

 とにかく私は、ささやかなボランティアで献血を続けていこうと主んている。

 しかし、へそまがりおじさんとして献血スタッフにお願いしたいことがある。

 献血カードが磁気カードになり、献血歴は瞬時にわかるのだから、私のように3、4ヶ月に一度、定期的に献血している者に初めて献血する人と同じような質問や説明はやめてもらえないものだろうか。

 たいしたことではないから、私が我慢すればいいことなのだろうが、事務的に誰に対しても同じことを聞くのでは芸がない。

 買い物だって、食べもの屋さんや飲み屋さんだって、お店の人に常連扱いされると嬉しいものだ。

 今は、買い物はスーパーやコンビニ、食べもの屋はファミリーレストラン。

 そんな店では、何度行っても常連さんとしては扱ってくれない。

 今の世の中、それが当たり前なってきているのだろうけど、まったくの初心者と同じあつかいには、へそまがりおじさんとしては辟易しているのだ。

 せめて、[おわかりのことを重ねてお伺いしますが・・」と一言付け加えてもらえるだけでも気分良く答えられるのだが。

 こんなことを思うから、へそまがりと言われるのだろうな。

2012年10月13日 (土)

忙しいときは、さらに忙しく。

 今日は賃貸スタッフが休日。

 午前中に決まっている予定が2件。午後からが1件。

 さらに、夕方は知人の息子さんの結婚式に参列することになっている。

 いつもは来客も、電話も少ない当社(不動産情報館)なのだが、こんなときに限って忙しくなった。

 朝の内に集金1件。

 その途中に転送電話が入り、土地の問い合わせで、資料を揃えて送ってくれとの依頼。

 資料を揃えていたら、家族連れのお客様が来店し、そのまま一戸建貸家を案内し、仮予約。

 中断していた土地資料を送っていたら、先日新築完工前の賃貸マンションを契約していたお客様から連絡が入り、今から契約金を持ってくるとのこと。

 そのお客様が、ついでに家具の配置をしたいので室内を見せて欲しいという。

 建築会社に連絡、段取り。

 その電話中に、飛込みの来店客。

 そのお客様は、要望にあう物件がなく、すぐに帰られた。

 ぎりぎりにならないと行動を起こさないという悪癖のある私は、結婚式用の服を準備していない。

 平服でということだが、今着ている仕事用のジャケットで出席するわけにも行かない。

 クールビズでしばらくスーツを着ることがなくて、自宅のタンスにはクリーニングから返ってきたままのスーツがあるのだが、このところ2㎏くらい肥えたので試着してきつくないものを選ばないといけない。

 で、自宅の3階に上がろうとすると、来客。

 なんと、立て続けに2組の来客。

 接客をして、今日のところは該当物件無しということでお帰りいただくしかない。

 そんなこんなしていたら、またしても土地の問い合わせ。

 今日は、一つの土地に集中して3件の問い合わせ。

 いずれも、建築屋さんからの問い合わせだ。

 建築屋さんが競合させられていて、同じお客様にふりまわされているのかもしれない、などと思いつつ資料をFAX送付。

 いつもは来客ゼロ、問い合わせゼロという日も珍しくないのに、人手が少なくてスケジュールがつまっている日に限ってこんなことになる。

 今、やっとひとだんらくしてスーツを試着してみた。

 幸い、ちょっときついだけで着られるものが何着もあった。

 結婚式の時間まであと1時間。

 今日は、そろそろ早仕舞いすることにしよう。

 

 

2012年10月12日 (金)

国民よ怒ろう

 政治屋の妄挙を見ると、怒りで脳みそが爆発しそうになる。

 だから、政治のことには触れないようにしているのだけど、腹が立つやら、情け無いやら、なんとも言い難い気持ちである。

 今、国民を平気で見殺しにするような政治屋をどうにかしないといけないと、国民のほとんどが感じているはずだ。

 自分たちが、こんな政治屋を生んだんだということを自覚しないといけない。

 復興予算の名目で無駄遣いが横行しているようだが、それにたかっているのは、政治屋にむらがっている国民なのだ。

 人の無駄遣いは厳しく糾弾するが、自分のための無駄遣いはじゃんじゃんやってくれという国民が多いから、こんな政治屋ばっかりになったのだということに思い至らなければならない。

2012年10月11日 (木)

行政書士広報月刊

 日本行政書士会連合会では、毎年10月1日から31日を「行政書士制度広報月間」と定め、行政書士制度の普及浸透を目的として全国一斉に広報、監察活動を行っている。

 ということで、今日、私は当地(宮崎県の北端の街、延岡市)北川町地区の無料相談会担当で、終日延岡市北川町総合支所に待機することになっている。

 私の本業は不動産(仲介)業で、行政書士は看板をあげているだけ状態だ。

 この10年ちょっと、ライフワークとして、元気な内に遺言書を書いておくことを広めていきたいと思っているのだが、そのスタートをしないままに゛自分の遺言を書くのに速すぎない年代になってしまった。

 んーーーー。

 ということで、とにかく無料相談に出かけてきます。

 ご相談のある方は、延岡市北川総合支所にお越しください。

2012年10月10日 (水)

エンディングドレス

 エンディングノートという、気軽に書き込める簡易遺言帳が各社から発売されてて、いずれも結構ヒットしているようだ。

 自分のお葬式を自分で演出するという人も増えていて、遺影の生前撮影は珍しくなくなっている。

 そんな中で、結婚式の「ウエディングドレス」ならぬ、「エンディングドレス」というものも登場している。

 棺桶に入るときに着る服のことだが、遺体に着せやすいように、背中や脇、袖が大きく開くデザインになっているらしい。

 金子哲雄さんもさぞかりしというところだが、金子さんと違って、普通の人には、まだ死が現実的ではない時でないと冷静には準備できない話だろう。

 ちなみに、エンディングドレスはウエディングドレスで一般的なレンタルは無いことにご注意。

2012年10月 9日 (火)

サイバー犯罪と冤罪の恐怖

 大阪市のホームページに無差別殺人を予告する書き込みをしたとして逮捕されていた男性が、「何者かが男性のパソコンを遠隔操作して書き込みをした可能性がある」ということで釈放されていた。

 男性のパソコンがウイルスに感染し、第三者が遠隔操作できる状態だったということだ。

 サイバー犯罪によって誰もが容疑者にされる恐れがあるという不安を覚えるニュースだ。

 ウィルスは、メールに添付されたファイルやファイル交換ソフト、そして怪しいホームページに接続することで感染する。

 だから私は、怪しいメールは一切開かないようにしているし、怪しいホームページは見ないようにしている。

 今回の事件で、サイバー犯罪によって犯罪者に間違われることが誰にでも起こり得るという恐さを改めて思い知らされた。

 それと同時に、一度容疑者として逮捕されると、無実であっても無傷ではいられないということに恐怖を覚える。

 この男性は起訴後に釈放されたのだが、「何者かが男性のパソコンを遠隔操作して書き込みをしていた可能性がある」ので「処分保留」で釈放された。

 大阪地検の発表は、容疑者の男性は、「白」と断定されたわけではなくて、「黒」とは言えないというとこでの釈放でしかないとも受け取れる。

 この男性はマスコミが大きく取り上げてくれたから、まだ救われていると言える。

 間違えられて逮捕されるとマスコミは報道する。

 無実の人が逮捕されても、無実が判明するまでは、長期間拘留されることもある。

 しかし、幸いにも無実が判明して釈放されても、そのことをマスコミが改めて報道してくれることは少ない。

 私の身近でも、無実で逮捕された経験がある。

 誤認逮捕なので報道しないでくれと新聞社に頼んだが、警察で記者発表があったものは報道しなくてはいけないという理由で、報道された。

 まったく身に覚えがないことなので、警察の取り調べに対して否認を続けるのだが、否認をしている期間は誰とも面談もできず、拘留期間は1ヶ月あまりに及んだ。

 結局、無実とわかり釈放されたが、そのことについて新聞社がとりあげることは、当然になかった。

 今回の事件で釈放されたのは9月21日のことである。

 事件がサイバー犯罪にからんでいて、誰にでも起こり得るという話題性のある内容だったから、マスコミがとりあげてくれた。

 これが、話題性の無い事件だったら、この男性が釈放された事実を報道してくれるマスコミはいないのだ。

 次々に起こる事件をいちいちとりあげている時間は無いのだろうが、マスコミが正義を掲げるのであれば、報道した誤認事件については3行記事でもいいから報道できないものだろうか。

 

2012年10月 8日 (月)

断食で寿命が延びる?

 断食で寿命が延びるという。

 京都大学生命科学研究所の実験の結果だというから、ちょっと信用できるかもしれない話だ。

 線虫という虫を使って遺伝子の働きを調べる実験で明らかになったという話なのだ。

 餌を減らしてカロリー制限をすると約1.2倍寿命が延びる。

 2日間好きなだけ食べさせて、2日間断食させるというサイクルを繰り返すと、寿命が1.5倍延びたというのだ。

 私は、1日1食しか食べないことが多く、そのかわり夕食で食べたいだけ食べている。通常の人の2倍から3倍くらい食べる。

 そんな生活だが、なんとか体重は一定している。

 しかし、ときどき異常に食欲が増し、夕食を人の倍ぐらい食べたあとにスナック菓子3袋、菓子パン3個、アイスクリーム5個をいっぺんに食べるというような事態におちいることがある。

 そんなことを数日続けていると、あっというまに2~3㎏体重が増える。

 その後、ミニ断食と称して1日、2日断食をすることがある。

 そんな私の話を聞くと、ほとんどの人は、1日3食しっかり食べないと体に悪いと忠告する。

 一般的にも、1日3食きちんと食事をとることが健康の秘訣ということになっている。

 断食は健康に良いという理論もあっるし、私は、直感的にではあるが、断食は体に悪くはないと思っているのだが、世の大勢から1日3食を唱えられると、少々不安になることもあった。

 そんな私にとって、京都大学の実験結果はちょっと心が休まる話だった。

 しかし、線虫の実験がそのまま人間に当てはまるかは疑問が残るところだ。    

2012年10月 7日 (日)

金子哲雄さんの逝き方

 死を目前にして平然と仕事を続けながら去った金子哲雄さんだったが、その後の報道には、さらに驚かされた。

 斎場の予約、柩、霊柩車そして仕出しの手配まで、すべて自分で決めておられた。

 参列者への挨拶状も作っていて、それが参列者に配られたそうだ。

 死を冷静に受けとめられるのであれば、前もって死期がわかることは悪くはないと思わされた。

 私は、金子さんのように冷静に死を受け入れることはできないだろう。

 しかし、金子さんの逝き方を心の片隅に保管しておこうと思っている。 

2012年10月 6日 (土)

日本維新の会、支持率急落。

 日本維新の会の支持率が急落しているらしい。

 橋下さんの人気は、官僚型政治を国民主導の政治に変えてくれるような気がするという期待からであった。

 私も期待する一人だったが、強い政治、決断できる政治を前面に押し出すあまり、他の意見を一切聞き入れない橋下さんの手法に、このところ危惧を抱いていた。

 特に維新の会が国政に乗り出すということになって、その不安はさらに大きくなっていた。

 そのことは、一昨日のブログに書いた。

 しかし、国民はそんなに馬鹿ではなかった。

 多くの人が、橋下さんの政治手法に疑問を感じていたようだ。

 

2012年10月 5日 (金)

今日は、ビートルズのレコードレビューの日。

 50年前の今日、ビートルズのファースト・シングル「ラブ・ミー・ドゥ/PSアイ・ラブ・ユー」が発売された。

 1962年10月にデビュー。またたく間に世界中を熱狂させる人気バンドになった。

 コンサートでファンの女性が失神する騒ぎが相次ぎ、ビートルズの音楽を理解してなくても、その名を知らない者はなかった。

 1966年には日本武道館での日本公演はテレビ中継され、ビートルズがわかるものもわからない者も、深夜のテレビを見ることになった。

 私は、当時ビートルズの歌をまったく知らなかったが、大騒ぎのテレビ報道につられて、眠い目をこすりながらテレビを見ることになった。

 羽田に着いたビートルズが飛行機から降りてくるところから、ホテルに入るところ、そしてホテルでファンの声援に答える様子、そして武道館での公演がドキュメンタリータッチで放送された。

 この時の映像は1度限りの放映しかできないという契約だということで、2度と見られないということが話題に拍車をかけて、興味のなかった私まで深夜のテレビを見たものだった。

 武道館での公演は、熱狂的なファンの歓声というか絶叫にかき消されて全然聞きとれなかった。

 音楽に興味のなかった私は、感激のあまり泣き叫んでいる女性の姿や、失神して会場から運び出される姿を好奇の目でながめていた記憶だけがある。

 結局ビートルズがどんな歌を歌っていたかはわからないまま放送は終わった。

 ビートルズの音楽は、当初は、その風体と、それまでになかった曲作りが、知識人には受け入れられなかった。

 しかし、新しいスタイルの曲作りと洗練されていく音作りには、誰もがその音楽スタイルを認めるところになった。

 そして、ビートルズが音楽の歴史を変えたということに、今は誰も異論を唱える者はいないまでになった。

 それは、今年開催されたロンドンオリンピックの開会式で、ビートルズのメンバー ポール・マッカートニーがビートルズのナンバー「ヘイジュード」を歌ったことでも明らかだ。

 私がビートルズを理解したのは、ビートルズのレコードデビューから8年後のことだった。

  それまで歌謡曲しか聞かなかった私だったが、お茶の水駅の近くの喫茶店で流れていた「ミシェル」と「アンド・アイ・ラブ・ハー」のきれいなメロディーに衝撃を受けた。

  いっしょにお茶を飲んでいた同級生に、「これ誰が歌ってるの?」と聞くと、「何言ってるんだよ。ビートルズだよ。」と言われた。

  私にとってのビートルズは、観客が髪を振り乱して、大声で泣き叫んで、演奏が聞こえないアイドルバンドでしかなかった。

  私は、その時からビートルズを聴くようになり、そしてポップス(洋楽)の良さがわかるようになった。

  今日は夕食のあとは、テレビはやめてビートルズを聴くことにしよう。

 

2012年10月 4日 (木)

橋下独裁への不安

 「橋下独裁にはしない」という見出しの、松波健太衆議院議員のブログが波瀾をよんでいる。

 誰が見たって、橋下人気にあやかろうと離合集散した感のある維新新党の国会議員団9人だが、橋下市長が国政課題についての積極的な発言には懸念を抱いている。

 それは、国政課題については自分たちの方が経験豊富だという自負があるからだろう。

 国政については自分たちの意向を通したい、しかし選挙では橋下さんの人気に乗っかりたいという矛盾におちいっているようだ。

 一方の橋下さんは、この過激な見出しのブログに対して、「国会議員団の方針に有権者がついてきてくれるなら、日本維新の会に所属しなくてもいい」「大きな戦略については、今の国会議員よりも僕のほうがたけている」と強く反発していた。

 橋下さんは、まったく悪びれることもなく、「維新の党は、俺の党だ。俺に言うことに従えないのなら、出て行け!」と言っているわけだ。

 これに対して、維新の会の国会議員からは、「今回のことは松波氏の個人的な意見で、国会議員団のコンセンサスじゃない」という弱気な発言や、「橋下さんが決めるのは当然。我々は彼のやりたいことを実現する使途みたいなもの」と前面降伏ともいえる発言まででている。

 当の松波さんも、おたおたと言い訳しているし、なんと情けのないこと。

 それにしても、前々から感じていたことだが、橋下さんの原理主義的な自信には大いに不安を感じる。

 これはタレント弁護士としてテレビのトーク番組に出演していたときから感じていたことだが、自分の意見が否定されるとムキになって反撃する傾向がある。

 相手が降参するまでその手を緩めないという傾向があった。

 責任のない娯楽番組としての政策論ならそれも趣向だが、実際に国政を担う責任者としての発言は、もっと相手の意見も尊重する余裕をもってもらいたい。

 松波氏の意見についても、「私は独裁者にはなりませんよ。党内で意見を闘わせて、最終的には私が判断します」というような、大人の対応はできないのだろうか。

 現在の閉塞状況の中で、過激でわかりやすい橋下さんを支持する人も多いようだが、私は、このところの橋下さんの言動を見ていると、この人に権力を握らせることには大いに疑問に思っている。

 

2012年10月 3日 (水)

訃報 金子哲雄さん。 刮目すべき尊厳死

 わかりやすく、ユーモラスな解説で人気のあった流通ジャーナリストの金子哲雄さんが41歳の若さで亡くなられた。

 ぽっちゃりした体系で、見るからに人の良さそうな容貌で、芸人にしてもいいような楽しい話し方で解説をされていた。

 数カ月前にテレビでお見かけしたが、激やせした姿は病気からのものに思えた。

 しかし病気といっても、体系的に糖尿病か高血圧での食事制限だろうと思っていた。

 死因は、肺カルチノイドという悪性腫瘍のひとつだった。

 あまりの激痩せぶりに心配する声に、「睡眠時無呼吸症候群を会税するためにダイエットし、13㎏のダイエットに成功した」と言って病気を隠していたそうだ。

 1年半前に病気が判明したときには、すでに手術ができない状態だったらしい。

 それを知っていながら、病名をかくして仕事を続けていた。

 さすがに、このところはテレビで見かけることはなかったが、ツイッターの更新を続け、なくなる数時間前も原稿を書いていたという。

 死期を知りながら、それを誰にも話すことなく平然と仕事を続けていたというわけだが、あの愛嬌のある顔のどこにそんな力を秘めていたのだろう。

 私は、尊厳死を選択する遺言書を常に携帯している。

 死期がわかって、それが改善の予知のないものだったら、延命治療を望まないという意志を明記したものを持ち歩いている。

 しかし、それはまだ10年以上先のことだと思ってのことだ。

 今、余命数カ月で治療法はないと宣告されたとしたら、私はうろたえまくって治療法を探しまくることだろう。

 私の覚悟は、普通の寿命と思える歳まで生きていられた結果のこと。

 金子さんの訃報に接し、尊厳死の遺言を読みなおしてみようと思っている。

2012年10月 2日 (火)

赤い羽根共同募金の真実

 赤い羽根共同募金が始まった。

 私は、赤い羽の街頭募金が大嫌いだ。

 赤い羽根の街頭募金のやり方は卑劣に思えるからだ。

 デパートやスーパーマーケットの入り口に、小・中・高校生を立たせて募金を呼びかけさせる。

 今日の地元テレビのローカルニュースでは、幼稚園生をずらっと並ばせていた。

 微塵の邪心もなく、困った人の役に立とうと思って大きな声で募金を呼びかける子供を無視して通り過ぎることに、全然心が痛まない人は少ないだろう。

 それが募金を食い物にしている輩のねらいなのだろう。

 ひにくれ者おじさんの私は、共同募金にいかがわしさを感じているのだ。

 共同募金の始まりは、まったくの善意からだったのだろうけど、組織が大きくなって大きな金が動き出すと、それに群がる利権者たちがうごめいているように思ってしまうのは私の考えすぎなのだろうか

 各都道府県に共同募金会が組織され、それを社会福祉法人中央共同募金会がとりまとめている。

 ちなみに、特殊行政法人とか独立行政法人とか、官製の法人は信用できないものが多いでしょ?

 純真な、小中高校生や幼稚園生を、鵜飼いの鵜みたいにしてかき集めた貴重なお金は、そのすべてが高齢者や障害者のためだけに使われているのだろうか。

 募金が募金会の人件費にはまわされていないのか。

 善意で始まった募金も、組織が巨大になってくると、組織の運営に巨額のお金がかかるようになる。

 理事長や、たくさんの役員さんたちの給料はボランティア的な額なのだろうか。

 天下りはいないのか。

 無垢な子供を無報酬で駆り立てて集金させるのだから、理事や役員は定年退職した人たちがボランティア的にやるべきだろう。

 ひにくれ物おじさんの私は、天下りの理事や役員が高額の報酬をとっているのではないかと疑っている。

 だから、私は募金には協力したくないのだ。

 そうは言っても、スーパーの入り口に張り付けさせられている子供たちの、悲痛とも思える募金の呼びかけの声と、すがるような視線を無視する勇気はない。

 困った人を助けたいと思って、声をからして募金を呼びかけている子の前を素通りして、子どもを悲しい気持ちにさせたくはない。

 通り過ぎる大人たちは、職場でも募金をさせられ、町内会にも募金をしている。

 スーパーの入り口でも、1度や2度は募金箱に硬貨を入れている。

 そんなつらい気持ちをこらえて、子どもから逃げるようにスーパーに駆け込まなければならない。

 もういいかげんに、子どもたちを使って脅迫するような募金活動はやめてもらいたい。

 加えて、共同募金会の役員と幹部職員の給与明細書を公開してもらって、私の猜疑心を沈めてもらいたい。

 

2012年10月 1日 (月)

医療の電子化で医療費削減。理想と現実。

 総務省は、医療の電子化で医療費の削減効果が約1000億円にとどまると試算しているというニュースが目にとまった。

 医療は総務省の管轄外ではないかと思ったが、情報通信の旗振りをしている総務省が情報通信技術で医療費の削減を目指していたらしい。

 計画では、電子カルテや遠隔医療を活用をすることによって、最大3兆円の削減効果があるという計画からすると30分の1の効果しかないというわけだ。

 電子カルテの導入により、医療機関が患者の情報を共有し重複した検査や投薬を回避することによって2200億円の削減ができるとしていたようだが、情報通信を使った医療を実践する病院はごく少数派だという。

 遠隔医療の実現という中に、保険指導を充実させて疾病の悪化を防ぐことによって3300億円の医療費の削減効果を期待していた。

 私は、医療も政治もずぶの素人だが、ずぶの素人の考えでは、総務省の理想の計画は実現不能の計画に思える。

 だってそうでしょう。3兆円の医療費の削減をするってことは、医療業界の収入を3兆円少なくなること。

 病院巡りをするお客さん(患者さん)の検診を削減することは、すなわち病院の売り上げを減らすってことにナルンじゃないかな。

 遠隔医療だかなんだか知らないけど、保険指導ってのは医者がするのか、保健士みたいな資格者がするのか知らないけれど、病人を減らすってことは、これまた病院の売り上げ減でしょう?

 そんな計画に協力するような開業医は、それは少数派に決まっているでしょ。

 と、単細胞で頭が悪くて、俗世間のあかにまみれているおじさんには、総務省のエリート官僚の計画は机上の理想論であって、そんな実現できない計画のために情報通信技術導入に数千億円の予算をぶち込むんではないかと気がかりで、考えていると眠れなくなりそうだから、これ以上考えないことにして早めに寝ることにしよう。

« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ