私が嫌いな言葉の一つに、「なかったことにしてください」という言葉がある。
ブログを書くにあたって、広辞苑をひいてみたところ、広辞苑には「なかったことにしてください」はなかった。
ネットで検索してみたら、大辞林に解説があった。
「それまでの経緯や話し合いの内容を取り消す。『なかったことにしてください』の形で、契約の破棄、計画の中止をするときに使う言葉」とある。
この商売をしていて、お客に「なかったことにしてください」と言われたことが何度かある。
買うと言っていたお客や、売ると言っていたお客が、「なかったことにしてください」と言って突然キャンセルしてきたことが何度かある。
テレビのドラマなんかで、婚約に向けての話を「なかったことにしてください」と言って断るシーンなんかを見たことがある。
私は、「なかったことにしてください」というのは、相手側に非が無い場合には、許しがたい断り文句だと思っている。
それまでにかけてきた時間や、努力を、「なかったこと」にされてはたまらない。
昨日、「なかったことにしてください」と言われる事態があった。
一昨日夕方、二人連れの女性が来店された。
店頭に貼っている賃貸物件について詳細を聞きたいとのことでの来店だった。
賃貸係のスタッフは退社時間で帰るところだったのだが、快く応対してくれていた。
このスタッフが応対すると、私と違って、親切に応対するので、お客様の滞在時間が長い。
希望条件をじっくり聞き取り、条件にあう物件を3つにしぼって、次の日案内することになった。
結局、スタッフは1時間の残業。
次の日、案内予定の物件の確認をとったところ、一番気に入りそうだった新築マンションが前日に他社で契約になっていた。
新築マンションが一番の希望だったのだが、この新築マンションは、空き室が2階で隣接する建物の陰になって日当りが悪そうだということと、幹線道路沿いなので騒音も気になるということだった。
それで、新築ではないが比較的新しい賃貸マンションをあと2件紹介していた。
メインにしていた物件が決まっていたので、スタッフは市内の不動産業者に問いあわせて、もう一つ候補になる物件を見つけ、昨日案内予定だったものと合せて3つの物件の鍵の手配をした。
案内予定時間前に、お客様から電話が入ったので、新築マンションは先に決まってしまったことを伝えたところ、「新築マンションが一番気に入っていたので、今回の話はなかったことにしてください」ときた。
昨日は、現地を下見に行ったが、4階以上でないと隣接のビルの陰になって日当りが悪いと言っていたから、他の物件も紹介していたのだ。
そのために、応対したスタッフは1時間の残業をし(私は1時間の残業代を支払わなくてはならない)、次の日に数社の不動産業者への問い合わせに時間を割き、管理会社に物件の鍵を借りに行ってきている。
お客の気まぐれには慣れているから、「気が変わったので今回の商談は見合わせたい」という断り方は許せる。
○○○万円にしてくれたら買うと値切り倒していて、売主を説得して了解をとった後にキャンセルしてくるなんて話も少なくないが、そんなときに「これこれこうこういう事情でキャンセルしたい」という話になることもある。
しかし、そんなときには「申し訳ない」という言葉が付いてくるのが普通だ。
「なかったことにしてください」というのは、相手側が費やした時間や労力を、まったく無視した言葉だと、許しがたい失礼な話だと思う。
私は、過去に何度か、「私が費やしてきた時間と努力を『なかったこと』にはできないですよ」とお客さんに迫ったことがある。
「キャンセルするのは結構ですが、なかったことにするのではなく、『(あなたの)事情で買えなくなった』と、きちんと断るべきでしょう?」と言わずにいれないのが、私の度量の狭さなのだ。
ちなみに、当社の賃貸スタッフさんは「なかったことにしてください」という言葉の意味がわからないと言って、「どういう意味ですか?」と私に聞いてきた。
彼女は、「なかったことにしてください」という言葉を、人に言われたことも、自分が使ったこともないのだそうだ。
それで、冒頭のように、私が「広辞苑」や「大辞林」をひもとくことになったというオチになるという次第なのである。
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