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2012年11月22日 (木)

指導死

 今日の朝日新聞に、初めて聞く言葉があった。

 その言葉は「指導死」。

 先生にしかられたり、体罰を受けたりしたのがきっかけで命を絶った子どもたちの死を「指導死」というそうだ。

 子どものため、よりよい指導を先生たちにしてほしいという思いを背景に、親たちが動き始めているという。

 17日に、東京都内で「指導死親の会」が主催したシンポジウムで、7人の報告があった。

 その一つに、中学2年生の息子さんを亡くした方の話がある。

 その子は、たばことライターを持っているのを担任に見つかり、吸った友だちの名を言わされた。そして、一人になった間に校舎4階から飛び降りた。

 家族は、「学校側の安全配慮義務違反があった」と訴えた。損害賠償は棄却されたが、「教諭の指導がなければ自殺はなかったこと明らか」と、判決は自殺との因果関係を認めた。

 「子どもは間違いながら成長していく。密告の強要や連帯責任は指導ではない」というのが親御さんの考えだ。

 もう一つの例は、カンニングを疑われて先生5人に話を2時間聴かれ、自宅近くの立体駐車場から飛び降りたというものだ。

 「狭い部屋で入れ代わり立ち代わり聴かれ、追い詰められていたと思う」「きちんと指導するのは当然だが、結果的に子どもが死を選んでしまう指導は妥当なのだろうか」というのが親御さんの意見だ。

 「過労死」という言葉が、労働環境に目を向けさせたことをヒントに、生徒指導を考えてもらおうと「指導死」という言葉を使い始めたそうだ。

 最愛の子どもさんを亡くした親御さんたちが、直接の原因になってしまった「指導」をやり玉にあげたいのはわかる。

 しかし、指導した先生の心中も察してさしあげたい。

 中学校の校内でたばこを吸う生徒がたくさんいるのを知ったとき、先生にどういう指導すればいいのだろう。

 生徒が、疑うに足るカンニングをしていたのだとしたら、そして注意してもその罪を認めなようとしなかったとしたら、どう指導したらいいのだろう。

 見て見ぬふりをすると批判を受ける。

 悪いことをした子どもを正そうとして、その子どもが自殺すると、指導方法が悪いと糾弾される。

 体罰や暴力的な言葉が原因なら、それは許せない。

 しかし、記事にある子どもさんたちの死はどうなんだろう。

 新聞は子どもを亡くした親の立場で、「指導死」という言葉を解説していた。

 しかし、「指導死」を引き起こさないような「指導」のやり方については、一切触れられていなかった。

 悩ましい記事であった。

 

  

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