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2013年4月29日 (月)

映画「リンカーン」と憲法改正

 安倍政権は高支持率を維持している。

 その高い支持率に乗じて、このところの安倍政権には暴走の予感を感じてしまう。

 一番の不安は憲法改正。

 憲法改正で今まで一番の争点になっていた9条の改正ではなく、96条を改正するということについて、私たちは大いに注目をしなければならない。

 安倍さんは、「国民の過半数が賛成しているものを、たった数百人の国会議員の3分の1の反対で否決されるのはおかしい」と主張している。

 一見正統な理論のようにも思える。

 私も、なんだか釈然とはしないが、その理論に流されそうになった。

 私は法律家ではないので、他国の憲法についてまったく知らなかった。

 憲法改正論者の人の話では、先進諸国ではたびたび憲法が改正されていて、日本のように憲法改正をタブー視することのほうが間違っていると言う。

 そんな知識を埋め込まれたな中で、憲法改正には国会議員の3分の2の賛成を必要とするという高すぎるハードルがあって、憲法改正がままならないという理論を聞かされて、なるほどなと納得しそうになっていた。

 そんな最中に、先日映画「リンカーン」を観たのだが、リンカーンの偉業とされるのは憲法改正による奴隷解放だった。

 映画は、リンカーンが憲法改正を達成するまでの苦労を描いていた。

 そこで問題になっていたのが、憲法改正のためには、上・下、両議院の3分の2の賛成を必要とするということだった。

 今、安倍政権下での憲法改正の理論を聞いていると、日本の憲法が他国の憲法より改正の手続きのハードルが高いので、まずは96条の改正の手続きを改定しなければならないかのような錯覚を与える。

 しかし、リンカーンが苦労していたのは、上・下、両議院の3分の2という票集めだった。

 無知な私は、安倍さんの話を聞いていて、憲法改正に衆参両議院の3分の2の賛成を要するという日本の憲法が、他国の憲法に比べて憲法改正を困難にしていると思っていた。

 「リンカーン」を見て、他諸国の憲法改正手続き調べてみると、憲法改正は国会議員の3分の2以上を必要とする国がほとんどである。

 アメリカでは、連邦議会の両院での3分の2の賛成によって憲法改正を発議できることになっている。

 発議された改正案は、州議会の4分の3が承認するか、または憲法会議で4分の3の州の賛成を得て初めて効力を持つことになる。

 カナダでは、連邦議会の上院・下院で議決され、さらに3分の2以上の州議会の議決、ただし議決した州人口が全体の過半数あること、によって憲法改正ができる。

 ロシアでは、連邦議会上院の4分の3、下院の3分の2の承認を必要とし、さらに、共和国・州・地方などの連邦構成体議会の3分の2の承認が必要となっている。

 ドイツでも3分の2、スペインでは5分の3。

 デンマーク、スウェーデンでは、憲法改正議決にあったっては、その間に総選挙を実施しなければならない。

 その他、国会で承認された後も、国民投票や州議会での承認等の煩雑で厳密な手続きをようすることになっている。

 他国の憲法改正の手続きを知り、安倍政権は国民の無知につけこんで、容易に為政者の都合のいい憲法改正を可能にすることを目指しているように思えてきた

 安倍さんは、「多くの国民が望んでいることだから、国会議員の過半数の賛成で承認してもいい」と言っている。

 それならば、もしや国会議員の過半数で憲法改正を発議することが可能になったとしたら、その後の国民投票では「有権者の過半数の賛成を要する」と規定すべきだろう。

 昨日の山口県選挙区での参議院補欠選挙で、投票率38%で自民党圧勝と騒いでいるが、このような低投票率の国民投票で憲法が改正可能となってはいけない。

 憲法改正を論じるのであれば、民意が確実に繁栄できるような国民投票の方法をわすれてはならない。

 それよりも、私たちは、憲法96条の改正について、もっと真剣に考えるべきだろう。




 恐いと思ったのは、「リンカーン」を観ていなかったら、私も安倍さんの理論をうのみにしたままだったかもしれないということだ。

 

 

 

 

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コメント

憲法改正についてはもっと世界の実情を知る必要があると思います。
あなたの考えはマスコミの影響をかなり受けているように思えます。
ご自分でインターネットで調べて下さい。
あなたがデータに基づく情報発信をされることを期待しています。

一読者より

延岡に行くこともありますので、その時は直接、議論させていただきたいと思います。

因みに、映画のリンカーンは本当のリンカーンの何パーセントを表現していたのでしょうか?
映画と実態は一致しているのでしょうか?
映画に基づく判断は信頼出来るのでしょうか?
あなたに対する素朴な質問です。

マスコミは、どちらかというと改憲推進の流れに乗っているのではないですかね。

私は、マスコミの報道を聞いていて、日本の3分の2条項は、世界的に見て異常に高いハードルだと思っていたのです。

リンカーンは映画だから、そのまま内容を鵜呑みにしているわけではありませんが、映画の中でリンカーンが、上・下両議院の3分の2の票をかき集めている姿を見て、逆にマスコミ報道に疑問を持ったのです。

それで、ネットで他国の憲法改正手続きを調べてみて、このブログの内容になったという次第です。

ウィキペディアの内容を主な情報源にしていて、詳細を研究したわけではないことは認めます。

ウィキペディアの内容でも、両議院の過半数という国もありますが、可決後、州議会での投票、さらには州の過半数の賛成を要するとか、その後の手続きに厳密な縛りを設けていますよね。

私が危惧するのは、国民投票の方法を議論しないまま、衆参両議院の過半数で承認すことの危うさです。

一昨日の山口県の補欠選のように、38%の投票率で大勝なんてとらえ方になってはいかんと思うのです。

投票率80%に達しないときは再投票にするといったような、国民投票の手続きを、絶対に先に決めるべきです。

国民投票のやり方については、憲法改正と違って、3分の2条項はありませんから、大いに国会で議論すれば良いことです。

ちなみに、私は憲法は改正するべきだと思っています。

「3分の2条項」は世界の流れからは常識的なハードルです。
2分の1というのは世界の流れからは逸脱しています。

日本の憲法の改正ハードルが高いというのは(それこそマスコミが作り上げた)デマゴーグです。
ハードルが高いのではなく日本人という国民性は改正を好まないと捉えた方が正しいでしょう。

だから2分の1であろうが3分の2であろうが改正されるときは改正されます。改正されないときはされない。

さて、ここではそういった硬軟の話ではなくもっと本質的な点に触れてみます。

ほんらい96条は他の条項に対して憲法制定権者が立てた条項です。この条項の改正に96条は根拠とはなりません。よって、96条の改正は一つの条文改正ということ以上に憲法制定権にまで及んでしまい憲法そのものの信頼を傷つけるものになってしまいます。だから改正するというのは憲法にとっては余り良いことではありません。

改正をするのならば96条の条件に則って他の条項を改正するのが憲法の権威(国家の品性)を今後も維持する上では大切です。


また96条改正の場合は、それこそ3分の2の多数決では十分ではありません。3分の1の反対者がいるからです。この場合は全会一致が好ましい。しかしそんなことはあり得ません。だから、96条を改正するということは革命に近いことなのです。それくらい重いことであって他の条項(他の条項は3分の2での改正の予め法規によって定められているので問題はありません)の改正とは意味が異なって来るのです。


前のコメントが読みつらいので以下へ訂正下さい。

--------

改正要件が「3分の2」というのは世界の流れからは常識的なハードルです。
「2分の1」というのは世界の流れからは逸脱しています。

日本の憲法の改正ハードルが高いというのは(それこそマスコミが作り上げた)デマゴーグです。
ハードルが高いのではなく日本人という国民性は改正を好まないと捉えた方が正しいでしょう。

だから「2分の1」であろうが「3分の2」であろうが改正されるときは改正されます。改正されないときはされない。

さて、ここではそういった硬軟の話ではなくもっと本質的な点に触れてみます。

本来96条は他の条項を改正するために憲法制定権者が立てた条項です。この条項そのものの改正には96条は根拠にはなりません。よって、96条の改正は他の条文改正とは違って憲法制定権そのものにまで根拠を求めねばならず憲法そのものの信頼を傷つけることになってしまいます。だからこの条文を改正するというのことは憲法にとって自殺行為になってしまいます。改正後の憲法が信頼を失う。

憲法をどこか改正するのならば96条の条件に則って96条以外の条項を改正するというのが憲法の権威(国家の品性、信頼、憲法条文の信頼性)を守る上では必要です。

また96条そのものの改正は、それこそ3分の2の多数決では十分ではありません。3分の1の反対者がいるからです。この場合は全会一致が好ましい。しかしそんなことはあり得ません。だから、96条を改正するということは革命に近いことなのです。それくらい重いことであって他の条項(他の条項は3分の2での改正予め憲法規によって定められている)の改正とは全く意味が異なってきます。次元の違う問題です。

国民から権力を委ねられている政治家が発議出来るのは96条以外の法律の改正であって憲法96条ではありません。96条削除、あるいは受験変更は国民自身が革命を起こすしか方法はありません。その場合はいまの政治家は政治たる根拠をいったん失います。

誤字訂正

   受験変更 →  条件変更

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