« 2014年1月 | トップページ | 2014年3月 »

2014年2月

2014年2月28日 (金)

浅草の今、むかし。

 今年の正月、東京に行った。

 2日は、浅草花月。

 朝10時開演のチケットを予約していたので、9時ちょっと過ぎに浅草に出てきた。

 10時前だというのに、地下鉄の駅から結構な人出だった。

 仲見世は人がいっぱいだったが、浅草寺に向かう人ばかりだから混雑しているというほどではなかった。

 仲見世をぶらついて浅草寺でお参りをすませると、ちょうど開演時間の10時近くになっていた。

 浅草花月は浅草寺からあるいて3~4分のところにあった。

 博多華丸・大吉、キングコング、カウカウ等々、売れっ子芸人のお笑いを中央、前から2列目の席で大いに楽しんだ。

 1時間弱の講演が終わって浅草寺の方に戻ってくると、境内は大混雑だった。

 仲見世界隈のお店で昼食をとろうと思っていたのだが、仲見世通りは浅草寺へ向かう方向に一方通行に規制されていて、浅草寺からの戻りは仲見世通りと平行している裏道を歩かされた。

 当然、食べ物屋さんはどこも満席状態。

 私が予定していた有名店は、待ち時間1時間くらいはかかりそうな代行列。

 昼食は、次の予定の上野動物園周辺でとることに予定を変更して浅草を離れることにした。

 それにしても、想像を絶するまでの人の波。

 仲見世通りの裏道をあるいて雷門のところまで戻ってきたが、雷門の前は身動きできないほどの人の山であった。

 地下鉄えきから溢れ出てくる人の波がさばききれずに、人が歩道から車道まではみ出ていた。

 浅草寺に参るひとは仲見世通りを通っていくことになっているようだが、仲見世通りの入り口にある雷門をくぐるまでに1時間はかかりそうな人の数であった。

 地下鉄に通じる歩道は、とてもじゃないけど歩けなくて、ずっと違う方向を遠回りして地下鉄に向かった。

 私の記憶では、私が学生時代を過ごしたころの浅草はこんなじゃなかった。

 新宿、渋谷のにぎやかさに比べて、浅草はうらさびれた街だったような気がする。

 交通のアクセスも悪かった。

 上野方面からバスを利用するしかなかったような記憶である。

 今は、地下鉄が3路線も通っているから、そのせいでにぎやかになったのだろうか。

 それとも私の記憶違いなのだろうか。

 そんなことを思いながら浅草の街を歩いたのだった。

 しかし、私の記憶に間違いがなかったことがわかった。

 2、3日前の朝日新聞の「リレーオピニオン 老舗の流儀」に、浅草が取り上げられていた。

 「雷門は人でいっぱいね。あんなに雪が降っても、ありがたいことだわ。以前は中高年の人がおおかったけど、いまは若い人もおおい。あっちから中国語、こっちから英語が聞こえる。外国の人も増えたわあ。」で始まる特集記事に、浅草がピンチだったころの話があった。

 「1964年にあった東京五輪のころから、あれよあれよと人通りが消えていったわ。『新しいことはいいことだ』ってんで、新宿や渋谷に人が流れてしまったのよ。」

 「映画館や劇場があった浅草六区なんか、ゴーストタウンになっちゃった。1時間で通るのは人間5人と犬1匹」なんて揶揄(やゆ)されたわ。」

 やっぱり私の記憶は間違いではなかった。

 浅草六区なんか、なんか気持の悪い大人しか歩いてなかった。

 そんな浅草を、「このままでは浅草が死んでしまうということで、女将(おかみ)さんたちが集まっては、68年につくったのが、『浅草おかみさん会』」だ。

 「街おこしの基本は、イベントを続けることだと思う。1度来てもらうと、次に来やすくなるでしょ。2階建てバスを走らせたわ。故伴淳三郎さんの発案ではじめたサンバカーニバルは、30回を超えた。FIマシンに来てもらったこともある。」

 「浅草が斜陽になった原因は、伝統にあぐらをかいたことね。老舗だからこそ、時代の流れで変わらなければならない。つねにイノベーション(革新)をおこさなければならないの。」

 「仲見世にある店では、商売替えはざらよ。わたしのところも、もともとは和菓子屋だったけど、そば屋に変えたわ。暖簾(のれん)にこだわりつづけるのは、よくないことなのよ。」

 「もちろん、変わらないものも、いっぱいあるわ。義理人情や、お客さんへのサービス精神ね。親からもらった土地と家で、正直に商売しているだけなんだけどね。」

 「街おこしのリーダーには、四つの素養がいるわ。勇気、やる気、元気、そして、リスクを背負えること。企業に協力してもらうのに自分たちは一銭も出さない、というわけにはいかない。それが商人よ。わたしは、入りたくない生命保険に入ったし、個人保証で借金もした。肩書だけでリスクを背負わないリーダーなんか、いらないわ。」

 「世の中、肩書じゃあないのよ。でも肩書がないと、公式な場で発言するチャンスがないのも、現実。だから、『おかみさん会』を協同組合にして、わたしが理事長をしているわけ。愛する浅草のためよ、一生がんばるわ」

 なんとも含蓄のある話だった。

 私が昨日のブログに書いた、高速道路が抜けることによる人の流出を防ぐだけではなくて、人を呼び込むヒントがたくさん含まれている。

 そういえば私の師匠が、この「おかみさん会」のような運動を展開している。

 そのひとつが「延岡華物語」という町おこしの運動だ。

 そして私も、ほんのちょっとだけではあるが、その手助けをさせてもらっている。

 どこにもすごい人がいるのだなあ。

2014年2月27日 (木)

冬の一休み

 今日は暖かかった。

 昼間、当事務所内の温度計は25度を超えていた。

 春を通りすぎて初夏のような陽気で、きっとまた、今日の夕方からのニュースは日本中から「暑い」をかき集めて、テレビ各局で「暑い」競争をするのだろう。

 近くのツタヤにバイクを走らせたが、コート無しのジャケットのみで、切る風が心地よかった。

 ツタヤに行ったのは、2~3日前に新聞広告に出ていた「ランナーズ 4月号」の内容を見るため。

 去年、青島太平洋マラソン完走という目標を達成して、1度限りのフルマラソンのつもりだったが、今年もう一度挑戦してみようかなと思ってのことだ。

ツタヤに着いてヘルメットを脱いでいたら、そこに、去年土地をお世話させていただいたお客様の顔が見えた。

「新居はどうですか?」と声をかける。

 年末に着工してまだ完成していない。

「もうすぐ、やっと完成します」との答えが返ってきた。

 それに続けて、「青島太平洋マラソン完走おめでとうございます」との、嬉しいお言葉。

 そういえば、この奥さん、当社と土地の商談をする前から私のブログの読者だった。

 ブログは多くの人に読んでもらいたいのだが、知り合いに読まれるというのはなんだか気恥ずかしい。

 おめでとうと言われると嬉しいのだが、なぜか動揺してしまう。

 そして、動揺を隠すために、テンションを上げて話すことになる。

 「ありがとうございます。つくづくボクは体が丈夫なんだなと思います。」と、自慢話に入ってしまう。

 さらに、「こないだ、上岡龍太郎の話の続きで自慢話を書いていたのに、ブログの調子がおかしくて、書いたものが一瞬に消えちゃったんですよ」と、しゃべりを続ける。

 すると、「えーー。読みたかったー。また書いてくださいよ」なんて、嬉しいことをおっしゃるではないか。

 表面は平静をたもっているが、内心テンションは上がりまくり。

 「力を入れて長文を書いていたから、気が抜けて書く気にならないですよ」と、
とりとめのないことをしゃべりまくっていたら、「赤池さん、還暦すぎていたんですね。びっくりしました」との言葉。

 私は、隠すつもりはなかったが、あえて自分の年齢は明確にしていなかった。

 ブログを始めたとき、60歳過ぎのじいさんのブログだと、若い人は読者になってくれないだろうと思ったからだ。

 ブログを始めて2年半。格別にアクセスが多くはないが、このお客様のように、読者になっていただいている方もできてきた。

 ま、いいかと思い、青島太平洋マラソン完走にからめて、つい還暦過ぎランナーであることを表明してしまった。

 完走を経験して、もう一度だけ走ってみようかなと思っていたところだが、今日出遇ったこの奥様の「青島太平洋マラソンの話し、感動しました」の言葉が、私に今年の青島太平洋マラソン出場を決心させた。

 立ち読みするはずだった「ランナーズ 4月号」を買って帰ることになった。

 先週からの風邪も治ったようなので、3月から青島太平洋マラソンに向けて練習を再開することになるだろう。

 

福岡岩田屋三越

 ちまたでは、アベノミクス効果で景気が良くなっているらしい。

 昨年10月、福岡の岩田屋三越で開催された「世界の腕時計展」では、4日間の期間中に過去最高の3億円弱もの売り上げを達成した。

 多くの家族連れやカップルが来場した。

 新聞の取材に答えた70歳代の主婦は、古希の祝いにご主人から100万円のフランクミュラーを贈られて喜んでいた。

 さらに記事によると、このところ時計をはじめ、宝飾品、オーダーメイドの服など、高額商品の売り場がシニア層賑わっているとあった。

 同じくシニア層である私にはまったく無縁の世界で、つくづく妻には申し訳ないと反省しつつこの記事を読み進むことになった。

 去年、福岡市内の百貨店売り上げは前年比2.2%増。

 6年ぶりに前年を上回った。

 一方、福岡以外の九州沖縄の百貨店は1.1%減。

 こちらは、
8年連続の前年比割れ。

 さらに注目すべきは、岩田屋三越のカード会員の購入分析だ。

 カード会員が13年に購入した総額は前年比5%増だった。

 これを、顧客県別に見ると。鹿児島23%増、大分19%増、山口18%増となっている。

 鹿児島の伸びが大きいのは新幹線効果なのだろう。

 九州経済の福岡一極集中の流れを見事に表している。

 当地(宮崎県の北端の街、延岡市)は陸の孤島と呼ばれ、どんな交通機関を使っても博多までは約5時間。

 便利の悪さで宮崎の経済は守られていたのかもしれない。
 来る3月16日に、延岡市民が切望してた高速道路 東九州道路の延岡・宮崎間が開通する。

 延岡の魅力を引き出さないと、まずは宮崎に延岡が吸い上げられることになるかもしれない。
 
 不動産業の動きも変わってくるだろう。

 しかしわが社は、まだ対策はなんにもできていないなあ。

2014年2月26日 (水)

スピード出世の遠藤関、絵馬に「生きるのに必死」

 初土俵から1年で前頭筆頭というスピード出世を果たした大相撲の遠藤関。


 来月9日から始まる春場所の宿舎となっている百舌鳥(もず)八幡宮で、絵馬に「生きることに必死」と書いたことが話題になっていた。

 ワイドショーでその話を聞いて、衝撃をうけた。

 あの遠藤関にして「生きるのに必死」という言葉。

 必死とは無縁なままにここまで、なんとなく生きてきた我が来し方を、改めて振り返らされる。

 そして今日知ったことだが、この言葉は、テレビ土番組に出演の際に明石家さんまさんから贈られた言葉だそうだ。

 遠藤関はこの言葉に感銘し、絵馬にして奉納したというのだ。

 うーん。なんともヒトはすばらしいと思うばかりの今日この頃だなあ。

2014年2月25日 (火)

悪徳不動産屋日記 なぜか来客は重なる

 恥ずかしながら、当社は余り忙しい会社ではない。

 「仕事を頼むなら、忙しい者に頼め」という言葉があるから、こんなことを言うと仕事に差しつかえるのかもしれない。

 そんな当社なのだが、今日は朝から案内が重なって、いつもになく忙しかった。

 一番大事なのは、先日のオープンハウスで購入を希望しているお客様のローンの手続き。

 追加のリフォームのご要望がでたので、昨日リフォーム業者に見積りを依頼していて、リフォーム代もあわせて借入をすることになっている。

 銀行に仮審査の申し込みをすることが今日の最大の仕事だったのだが、午前中に、先日から問い合わせのあっていたお客様が急に来社された。

 今年、当地(宮崎県の北端の街、延岡市)の大学に入学予定の方で、遠方からお見えになった。

 賃貸業務を担当していた社員がやめて、入れ代わりにはいった新人さんではまだ仕事ができなくて、現在、案内要員は私一人しかいない。

 ご来社のお客様を優先するしかない。

 資料提供してた、3つの物件を案内。

  その中の1つを気に入って、一応これを候補にするという感じだった。

 ただ、今日は大学に行かなくてはいけない用事があるということで、申し込みにはいたらなかった。

 明後日まで当地に滞在するということで、また連絡しますとのことで分かれた。

 忙しいときは重なるもので、その後すぐにまた案内が入った。

 なぜかお客様は重なるものだ。

 このお客様のご要望の物件が当社になかったため、他の業者さんの物件を案内することになった。

 相手業者に連絡をとり、鍵と資料を取りに寄ったところ、なんと先程案内したばかりのお客様が、その業者さんのカウンターで物件の説明を受けていた。

 先程、学校に行かなければいけない時間があるのでということで、案内の後早々に分かれたのだが、予定の時間は学校の用事ではなく、この業者さんとの約束の時間だったようだ。

 不動産屋を二股三股かけるのはお客様の常。

 私は悪徳不動産屋ではあるが、そんなお客様に腹を立てたり、気分をこわしたりすることはない。

 「他の不動産屋さんにも物件を紹介してもらって、比較検討します」と言われても、全然かまわないのだが、なぜか他業者と二股かけているのを隠したがるお客様が多い。

 私は気にしていないから、「あっ、先程はどうも」と軽く会釈をしたが、お客様のほうはバツが悪い雰囲気だった。

 他業者と競合していると、張り合ってくる不動産屋さんも少なくないようだが、さてさてこの不動産屋さんの担当さんは、どうなんだろう?

 家主さんや業者さんに連絡を取って案内の段取りをして、2時間近く時間の時間を割いて案内しても、借りない場合にご連絡をいただけるお客様はまずいない。

 案内の後に返事が無いのは借りないサインなのだが、借りないという返事をもらうために連絡をしなくてはいけない。

 悪徳不動産屋も、なかなかつらいものである。

2014年2月24日 (月)

ココログの具合が悪い

私は、ココログでブログを書いているんだが、このところ困った症状がたびたびおこっている。

記事を書いて、公開するというボタンを押したあと公開というボタンを押すと、記事が公開されるのだが、公開のボタンを押した瞬間「インターネットエクスプローラでは表示できません」という画面が出て、書いた記事が消えてしまうのだ。

私は、短い記事で5分か10分、長い記事だと40~50分かけている。

40分以上かけて書いたものが消えてしまうと、同じものを書く気にはならない。

2月になって、何度か投稿してない日があるが、そのうち3回は、書いた記事が消えてしまったときだ。

今日が、まさにそう。

45分もかけて書いた力作だったのに、見事に消えてしまった。

アクセス解析も使いにくく、内容も大幅にダウンしたし、どうなってるんだろう?



2014年2月23日 (日)

上岡龍太郎のマラソンは愛と勇気と練習量②

 今日も、休み返上でオープンハウス。

 昨日、2組の購入希望をいただいているので、今日は気持にゆるみがあった。

 そのせいか、来場客が少なかった。

 昨日、陣中見舞いに来てくれた同業者「不動産ネットワーク」の河野社長の言葉の通り、「上から神様が見ていた」のかもしれない。

 一所懸命やっていると、その姿を神様が見ていて助けてくれると言うのだ。

 昨日の商談で慢心して取り組んでいる私の姿を見られたのかもしれない。

 ということで、たっぷり余った時間で「上岡龍太郎のマラソンは愛と勇気と練習量」を読み終えた。

 上岡さんの初マラソンは49歳。

 ホノルルマラソンを6時間3分31秒で完走。

 きっかけは、「自然にやろうかなと思い、靴を買おうかなと思い、ちょっと歩いてみようかなというところから始まった」という。

 「当時レギュラー番組を持っていた毎日放送まで歩いて行ってみようと思い立ち、必要なものをリュック作に入れ、買ったばかりの靴をはいて歩いてみることから始まった」

 1カ月後に10㎞マラソンに出場。タイムは1時間1分。

 さらに、その1カ月後にハーフマラソン。タイムは2時間8分。

 たいしたものである。

 そこで、歌手の高石ともやに誘われてホノルルマラソンを走ることになった。

 ハーフマラソン2時間8分の倍の時間で走ったら4時間16分。

 帰りはもっと時間がかかっても5時間半という計画を立てた。

 多少脚力に自信のある49歳にして、6時間でやっと完走している。

 それでも立派なものだと称賛されている。

 40年間運動にまったく無縁だった還暦過ぎの私の、4時間58分の記録というのは驚異的な素晴らしい記録だったと、改めてひとり悦に入って読み進めた。

 上岡さんが交遊のある芸能人たちのマラソンに関するエピソードが紹介されていた。

 今はマラソンランナーとしても有名な、「そのまんま東」さん(東国原前宮崎県知事)は、「5時間で完走すると宣言してゴールドコースとマラソンに参加したが、口が避けるほどに開き、目は虚空を睨み、まさしく般若の形相でゴールを切った」そうだ。

 タイムは4時間58分。くしくも私と同タイムである。

 尾籠な話だが、ゴールしたときチンチンの先がパンツにすれて血まみれになったという。

 上岡さんの交遊者のエピソードは続く。

 桂雀々さんは、乳首がランシャツにすれて血まみれになった。

 放送作家の疋田哲夫さんは、毎回「膝が痛い!膝が痛い!」訴えながら走っている。

 ランナーに故障はつきものだそうで、半月板損傷、大腿四頭筋断裂などの漢字が並ぶ。

 面白かったのは、トミーズ雅さんの膝蓋骨骨折の話。

 ホノルルマラソンでのこと。

 「最後方からスタートすると10分以上遅れるのを嫌ったトミーズ雅さんは、高速のエントリーランナーがひしめく最前列に潜り込んですたーとを待った。

 ドンと鳴った瞬間、左足の膝に猛烈な痛み。猛スピードで飛び出したランナーに押されて転倒したのだ。

 0時間00分01秒でリタイアし救急車で運ばれた。」

 みんな、大変な思いをして走っているようだ。

 還暦過ぎた初マラソンで、故障することもなく、そんな苦しい思いもせずに4時間台で(4時間58分でも4時間台。つくづく5時間を切れて良かった)完走できた私は、超人なんじゃないかなあと自分に感心してしまった今日のオープンハウスだった。

 さあて、明日は銀行に走って、購入希望のお客様のローンの手続きにかからなくては!

2014年2月22日 (土)

上岡龍太郎のマラソンは愛と勇気と練習量

 先日の延岡西日本マラソンの応援に行って、苦しみに耐えてゴールする選手の姿を見ていたら、去年一度限りと思って出場した青島太平洋マラソンに、今年も出てみたくなった。

 あれから2週間。いつものことながら、思うだけで行動がともなわない。

 やる気を出すために、マラソンに関する本を探しに図書館に行った。

 去年、青島太平洋マラソン出場にあたっても、図書館のマラソン本のお世話になった。

 未経験者のためのフルマラソン指導本を5冊くらい借りてきて、練習メニューを作った。

 おかげで、40年以上も運動と縁のない生活をしてきた還暦過ぎたメタボの私が、フルマラソンを完走できた。

 記録は4時間55分。

 今年、出場するなら、少しは記録をのばしてみたい。

 それで、とりあえず練習メニューを作ろうと思って、去年同様、図書館に本を探しに行った。

 そして目についたのが、標記の「上岡龍太郎のマラソンは愛と勇気と練習量」という本。

 去年も目にしたのだが、目次で内容をみたところ練習方法については余り役にたたないと思って借りなかった。

 そんな印象があったけど、一応内容を見てみようと思って目次をみたが、やはり練習方法については参考にならないなと思った。

 しかし、目次に目を通して、次に書き出しの2行を読んでみて、がぜん興味がわいた。

 その書き出しはこうだ。

 「マラソンランナー上岡龍太郎が誕生したのは龍太郎4歳の夏である。場所は宮崎県延岡市近くのトトロ海岸と呼ばれている浜辺。正確に言えば、マラソンランナー上岡龍太郎の『魂』が生まれたのが、その日その場所であった」

 なな、なに?延岡市のトトロ?

 上岡龍太郎は当地(宮崎県の北端の街、延岡市)の出身だったのか?

 上岡龍太郎といっても、若い方はご存じないだろう。

 上岡は、お笑いから参議院議員になった横山ノックといっしょに、「漫画トリオ」として活躍していた。

 知性派と呼ばれる芸風で、最近亡くなられた「やしきたかじんさん」のような異彩を放つ芸人だった。

 芸能生活40周年を期に引退すると宣言して、宣言どおり2000年に58歳の若さで引退した。

 その後、芸能の表舞台には一切出てこない、知る人ぞ知る、伝説の芸人である。

 上岡龍太郎さんは、私の大好きな芸人の独りだった。

 その上岡さんが延岡市出身?

 私とって初耳の話だった。

 これは借りて読まざるを得ない。

 ということで、今日のオープンハウスでのお客さん待ちの時間に読んでみた。

 長くなるので、その詳細については、また後日。

2014年2月21日 (金)

ソチオリンピックの最大のスター 浅田真央ちゃん

 浅田真央ちゃんのフリースケーティングを見た。

 最初の、トリプルアクセルを跳ぶ寸前は、私の心臓がきゅっと締めつけられるようだった。

 次の3回転、3回転もどきどきしながら見ていた。

 次々にジャンプをきれいに決めていく。

 そして最後までノーミスで、いろんな3回転ジャンプを跳んだ。

 メダルはとれなかったが、自分で思い描いていた通りの演技を演じ終えたその顔からは、満足の涙が溢れた。

 見ている観衆も、感動の涙を流した。

 テレビ観戦をしていたおじさんは,独り、号泣していた。

 メダルには届かないとわかっていたが、その演技には、世界中の人びとが感動させられた。

 メダルを獲れなかったのは残念だけど、その姿は、人びとの記憶に深く残こることだろう。

2014年2月19日 (水)

ラ王・豚骨・極細ストレート麺

 私は常々、インスタントラーメン研究者には敬意を表したいと思っている。

 ラーメン専門店、中華料理屋さんから町の大衆食堂まで、ラーメンを供する飲食店はたくさんある。

 その味もさまざま。

 そんな中には、不味いラーメンを出す店もある。

 しかし、不味いインスタントラーメンに出くわしたことはない。

 化学調味料の力も大きいのだろうが、ラーメン専門店や中華料理屋さんでも科学調味料は必須調味料となっている。

 とにかく、インスタントラーメンの味の進化には感激するしかない。

 そんな中で、私が今一番気に入っているのが、ラ王の豚骨・極細ストレート麺だ。

 今、流行りの袋入りの生めんタイプのラーメンの新製品のようだが、食べてみてて感激した。

 九州全域、ラーメンといったら豚骨ラーメンだが、各県で微妙な違いはある。

 ラ王豚骨極細ストレート麺は、まさに博多豚骨系ラーメン。

 スープも本格的九州の味。

 本格的すぎて、九州以外の人には臭いと思われるのではないかと思えるが、これぞ九州豚骨の味。

 麺は文字通りの極細ストレート麺。博多麺そのもの。

 ソーメンより細く感じる極細麺で、ゆで時間1分半というのもいい。

 ラーメンの標準ゆで時間の3分の半分で食べられるのだ。

 食間も博多麺そのもの。

 細麺なのだが麺が延びにくいようで、最後まで歯ごたえがいい。

 ごま油の味のきいたスープも本格的だし、スープに紅生姜が隠れているのには泣かされる

 当地(宮崎県の北端の街、延岡市)のラーメン専門店の中に入れても、4番目に美味いというのが私の感想。(というと、私のまずしい食生活がばれてしまいそうだが)

 この細麺が病みつきになって、月曜から3日間、昼飯はラ王なんだなあ。 

2014年2月18日 (火)

悪徳不動産屋日記 値切り交渉

 一昨日のオープンハウスでのこと。

 店じまい間際に、楽しいお客さんがお見えになった。

 一昨日の来場者は、全部で6組。

 そのうち1組は、ご近所の方で、まったくのひやかし。

 予想よりずいぶん来場者が少なかったが、オープンハウス前に購入見込みのお客さんがいたから、気持に余裕があった。

 アンケート用紙に氏名を記入してくれたお客さんは3人だけ。

 今回に限らず、私は無理にお客さんにアンケートを強要することはしない。

 アンケートに記入いただいて、お客様名簿を作ることも、展示会の大きな目的ではあるのだが、後にしつこく営業をかけられるのを嫌って氏名を書きたがらないお客さんも少なくない。

 こう見えて(どう見えているかわからないが)、私は非常に気が弱いもので、お客さんにアンケートをお願いして冷たく拒否されると傷ついてしまうのだ。

 傷つきたくないから、「アンケートに記入をお願いします」と言うことができない。

 お客さんが明らかに今後の商談をしたいのではないかと思えるときだけ、名前をお伺いするようにしている。

 アンケート用紙に名前を書いていただいた3組のうち、2組の方は、物件を非常に気に入ってほめてくれた。

 最初の方は、価格交渉をしてこられたが、感じのいい話しぶりだった。

 若いご夫婦だったが、奥さんが芸能人にも負けない美人。

 先のお客さんを無視して、このお客さんに買っていただきないななんて思ってしまう。(反省)。

 2組目のお客さんからも価格交渉の話が出た。先程のお客様と同じくらい価格交渉だったが、先客で気に入っている人がいるという話をすると、希望の値引き幅を引き下げてくれた。

 このお客様は、奥さんとお母さんでのご来場だったが、お二人とも感じのいい商談をされる方だった。

 お母さんはいかにも人のいい方のように見受けられ、奥さんが、これまた可愛い感じのいい方。

 3組目のお客様が、冒頭に書いた楽しいお客様だった。

 そろそろ店じまいしようかなと思っていたら、「ちょっと見せてもらって良いですか」と入ってこられた。

 通りがかりに看板を見て来場したと言う。

 広告を見ていないので価格がわからないけど、いくらなの?と聞いてきた。

 「1680万円です」と答えると、「高すぎる」と言う。

 購入のお客さんは安く買いたいから、気に入っても「少し安くならないか」と交渉をしてくるのが普通だ。

 さきの2組のお客さんも、価格交渉はできないか聞いてきている。

 しかし、「高すぎる」とは言っていない。

 私は、苦手なお客さんには余り近づかないようにしている。

 苦手意識が顔に出てしまうのだ。

 相手に言わせると、非常に無愛想でつっけんどんに見えるらしい。

 相手を深いにさせたくないから、余りくっつかないようにしているのだ。

 このお客さん、「高すぎる」という言葉に続けて、「これは1200万円くらいだわね」などという。

 2年半前に1250万円で買って700万円近いリフォームをしている家だ。

 土地価格のみで1200万円はする。

 気弱な悪徳不動産屋である私は、説明する勇気がでない。

 しかし、意を決して、小さな声で、「土地だけで1200万円の値打ちはありますよ。それに、もう売れかかってるんですよ」とつぶやいて、「ご自由に、ゆっくりごらんください」といって引き下がることにした。

 高い、土地が広い(約90坪)わりに、家の立て方が窮屈で日当たりが悪いなんて声が聞こえてくるが、聞こえないふりをしてうけながしていた。

 そこに、先程お母さんといっしょにこられていた若奥さんが、ご主人を同伴して再来場された。

 「いらっしゃいませ。先程はどうもありがとうございました。」と挨拶する。

 「私は気に入ったけど、主人に見てもらおうと思って連れてきました」と言う。

 先客がいることは説明していて、納得してもらっている。

 私は、わざと大きな声で、「気に入っていただいてありがとうございます」と言った。

 それを聞いた、「高い、日当たりが悪い」とけなしていた奥様が、私のところに来て、「私も気に入ったら、どうなるの?」と聞いてきた。

 気に入っていて、安く買うために家をけなしていたのだ。

 私は悪徳不動産屋。そんなことはお見通し。

 だから、再度ご来場したお客様に大きな声で挨拶をしていたのだ。

 このお客様、別れ際に、「何か他に良い物件があったら連絡して」とおっしゃって、みずから名前と連絡先を記入された。

 人の心の裏を見て、それを楽しんでいるから私は悪徳なのだなあ。


 さて
さて、今回の商談、ふんどしを引き締めて、しっかり確実に成約できるように進めなないといけない。

 お客さんは、他に買手がいると思っている間は気持が高まっているが、自分だけがお客さんになってしまうと、そこからまた腰をおとしてしまうことがある。

 実際、一番最初のお客さんに契約の話しに行ったところ、「契約前に家の調査を依頼したい」と言われていた。

 家に格別の瑕疵(欠点)はないと思うし、次にひかえたお客さんもいることだから、そんなに心配はしていないけど、では次のお客さんということになったとき、次のお客さんがすんなり買うとは限らない。

 不動産はゲタをはくまでは、なにが起こるかわからないのだ。

 悪徳不動産屋の上手をいくお客さんがたくさんいるからなあ。

 

 

2014年2月16日 (日)

携帯保証お届けサービス

 調子の悪かったギャラクシーノートを、携帯保証お届けサービスで交換した。

 昨日、交換機が届いて、今日データの移動と、アプリの入れ直しをしようと思っていた。

 以前機種交換をしたときに、アプリの入れ直しが面倒だったような記憶があった。

 今日は、オープンハウスで朝から住宅展示会場につめっきりになる。

 展示会をする前に、買手がついてしまったので気持ちに余裕がある。

 お客待ちの時間に機種交換のデータの移動と、アプリの入れ直しをするのを楽しみにしていたのだが、Googleアカウントを入れたら、あっという間に使っていたアプリが移動してしまった。

 Googleに関連していないデータは手動で移動しなくてはいけないが、なんとも便利なこと。

 しかし、ある意味怖い気もする。

2014年2月15日 (土)

太陽光発電 672件取り消し

 経済産業省が、国の認定を受けながら実際には発電をしていない672件の認定を取り消す方針を発表した。

 2012年に始まった買取制度は、太陽光発電など5種類の再生可能エネルギーで作った電気を一定価格で買い取ることを義務付けている。

 太陽光発電の初年度の買取価格は1キロワット時あたり40円。

 非常に有利な買取価格であるため、異業種からも太陽光発電への新規参入が相次いだ。

 この制度で電力会社に電気を買い取ってもらうためには、事前に発電計画を提出して国の認可を受けておかなければならない。

 認定さえ受けておけば、いつ発電を始めても20年間は40円で電気を買い取ってもらえるということになっている。

 太陽光パネルは急激に値下がりが進んでいるため、、パネルの値下がりを待って発電開始を遅らせれば、事業利益が増えることになる。

 この制度での太陽光発電計画は、昨年10月までに2249万キロワットの認定を受けている。

 しかし、実際に発電を始めているのは383万㎞ワット。計画の2割にもならない。

 経産省は、意図的に着工を遅らせたケースもあるとみて昨秋から実態調査を進めていた。

 調査の結果、12年度に認定を受けながら発電を確認できなかった計画は4699件・1332キロワット。

 しかも、このうちの571件は土地も設備も確保していなかった。

 これに、無回答だった101件・15万キロワットを加えた、合計672件について、じぎょうしゃから事情を聴いたう上で認定取り消しに踏み切る予定だという。

 なんともはや、金儲けに長けた人々の事業活動には目を見張るしかない。

 医療、介護、高齢者対応住宅、再生エネルギー、リサイクル。よかれと思って新しい制度を始めても、頭の良い人たちが、よってたかって金儲けの手段として利用する。

 そういえば、ソフトバンクの孫さんが壇上に上がって、当時の菅総理に「頼みますよ」と言って握手をしていのはこれだったのか。

 今、私のまわりでも、勝ち組で金儲けの達人とおぼしき人びとは、太陽光発電と高齢者住宅事業に血道をあげているものなあ。

 

2014年2月14日 (金)

小泉潰し安倍総理

 安倍総理周辺で、都知事選で細川護煕を支援した反逆者、小泉純一郎元総理への報復の動きがあるという。

 「小泉親子をつぶす」という声もあるという。

 進次郎さんも報復の対象となっているようだが、人気者の進次郎氏をどうつぶそうというのだろうか。

 進次郎氏が、「除名した舛添氏を応援する大義がない」と応援を拒否したことに対して処罰するという。

 進次郎氏の意見は、私のような普通人にとってごくあたりまえの正論のように思えるのだがなあ。

 

2014年2月13日 (木)

団塊の世代の高齢化と診療報酬改定

 4月から診療報酬が改定されるそうだ。
 
 迫り来る超高齢多死社会に備えることを想定しての改定だ。

 2025年ごろまでに、団塊の世代が75歳に達する。

 後期高齢者人口が急激に増えることになる。
 
 それに伴い、医療介護の需要は急増する。

 また、25年の年間死者数は154万人になるという。
 
 これは10年時点の1.3倍である。

 今や8割の人が病院で亡くなっている。

 急増する高齢者と同じペースで病院を増やすことには無理がある。
 
 そのため、人生の最期を迎える安住の場所が足りなくなるのは目に見えている。

 そんな事情をふまえて、国がめざす高齢者医療の姿は「時々入院、ほぼ在宅」。

 患者が、自宅や施設で暮らすのを基本とし、入院が必要でも極力短期間とする形だ。

 今は、患者が病気になると病院に駆け込み面倒を見てもらう「病院完結型」。

 これを「かかりつけ医」や看護師が患者を訪ねて診療する「地域完結型」に変えていくという。

 この形に誘導するために診療報酬を改定するわけだそうだ。

 新聞にその内容が説明されていたが、読んでみても、私にその詳細は理解できなかった。
 往診の報酬を増やしたり、リハビリの実施で退院を促す場合にも報酬を増額することになっているようだ。

 考え方は正しいのだろうが、それはあくまでも性善説で人(医療関係者)が動くことを考えている。

 自宅介護を増やすことを目的として、往診報酬を増額したところ、医療機関が自ら高齢者施設を運営し、患者を囲い込んで効率的に往診を重ねたという実績がある。

 金儲けをすることが善である今の世の中では、制度を変えても、変わった制度を利用して金儲けする人たちが活躍することになるのだろうなあ。

2014年2月12日 (水)

ソチ冬季オリンピック

 ソチ冬季オリンピックの日本勢初のメダルが出た。

 それにしても、日本勢の不振がめだつ。

 というか、もともとこれが日本勢の実力なのかもしれない。

 テレビが受賞バブルとも言うべき大騒ぎをするから、不振と感じてしまうのだ。

 ひとつだけ残念だったのは高梨沙羅ちゃんのメダル無しの結果。

 これだって、「金だ金だ」とマスコミが騒ぎたてたせいもある。

 そのプレッシャーたるや、はかりしれないものがあっただろう。

 それにしても、負けた後のインタビューでの沙羅ちゃんの応対の見事なこと。

 それに比べて、インタビューアーのなんと下賤なこと。

 今回のオリンピック結果は、不振ではなく、これが実力。

 公費を使ってソチに押しかけている、選手の数より多い役員どもは、選手を育てることができなかったという結果責任をとって辞任するといい。

  

2014年2月10日 (月)

延岡西日本マラソン

 昨日(2月9日)、延岡西日本マラソンが開催された。

 延岡西日本マラソンは、1963年に始まり今年52回目を迎える。

 福岡国際マラソン、別府大分マラソンと並ぶ、日本陸連公認の九州三大マラソンのひとつで、防府マラソンとともに新人の登竜門となる大会となっている。

 青島太平洋マラソンのような、誰でも参加できる市民マラソンと違って、日本陸連の3時間半の公認記録を持つ選手しか参加できない。

 昨日の大会は、去年12月の青島太平洋マラソンで私がお世話になった、和光産業の甲斐旭君が出場するとあって、スタートとゴールで応援してきた。

 スタート時刻の12時前に行ったところ、スタート地点はすでに応援の人でいっぱい。

 甲斐旭君は、最前列から3列目に陣取っていた。

 初のサブスリー(3時間未満、2時間台で走ること)と、100位以内を目標にしているとあって、やる気満々の様子。

 私は甲斐君の応援を目的にしていたので、トップランナーのゴールシーンを見ることは念頭になく、40㎞地点で甲斐君の来るのを待っていた。

 3時間前後の記録の選手が次々に駆け抜けていく。

 足を引きずるように走る選手や、苦痛に顔をゆがめている選手もいる。

 しかし、みんなサブスリーを目指して最後の力を振り絞っている。

 その姿を見ていると、去年、青島太平洋マラソンを走った時の自分の苦しみが思いだされて、感動で涙が出そうになった。

 40㎞走ってきて足の筋肉は悲鳴を上げている。

 それでも足を動かし続けている。

 それが分かっているから、私は、「がんばれ!」と声をかけることはできない。

 頑張っているのはわかっている。頑張ってここまではしってきたのだ

 涙腺がうるうるする。油断すると涙が落ちそうになる。

 それに耐えて、それでも声援を送りたくて、「ナイスラン!」「ナイスファイト!」と声をかけた。

 待つことしばし、待望の甲斐君が来た。

 「ナイスラン!ナイスファイト!」「サブスリーいけるぞ!」と声をかける。

 甲斐君は、ちらっとこちらに視線を送って答えてくれたが、さすがにそれ以上の反応はできなかった。

 3時間を切るには微妙なタイムだった。

 なんとか3時間を切らせたい。

 そう思いつつ、40㎞地点を離れて、ゴール地点に戻ることにした。

 残念なことに、通行規制にかかって私は甲斐君のゴールを見ることができなかったが、2時間58分でゴールしていた。

 おめでとう甲斐旭君!

 私は、去年の青島太平洋マラソンを初出場ながら完走することができた。

 生涯に1度だけフルマラソンを完走してみたいという思いからだった。

 その目的は達成した。

 1度だけでやめようと思っていたが、もう1度走ってみたいとも思っていた。

 しかし、その後まったく走っておらず、今年の青島太平洋マラソンはどうしようかと思っていたのだが、もう1度走ってみようかと思っているところである。

 

2014年2月 9日 (日)

糖質制限食は危険?

 私は去年、糖質制限食を実践して、そのの絶大なる効果に満足した。

 そもそも糖質制限食は、医師が糖尿病の治療食として提唱したものだ。

 従来の食事療法とは違い、摂取カロリーはまったく気にしなくていい。

 糖質制限食の理論は、血糖値を上昇させるのは糖質であり、糖質を摂取しなければ血糖値は上昇しない。

 従って、糖質制限をすれば血糖値は上昇せず、糖尿病は改善するというものである。

 血糖値を上げないということがダイエット効果もあって、カロリーを気にせずにすむダイエットとしてブームをよんだ。

 炭水化物を食べなければ、カロリーは気にせず腹一杯食べてもやせるというのだ。

 そんな馬鹿な話はあり得ないと思ったものの、試してみると確かにやせる。

 朝は野菜と卵。昼、夜は、肉を満腹するまで食べた。

 家計を考慮して、トリ肉を中心にした。

 糖質制限では、油は摂ってもいい食品なので、皮つきのモモ肉を多用した。

 私は、日頃、大きな茶碗に2杯は食べるご飯好きだったもので、3日だけやろうと思って始めたもので、なんとか我慢ができた。

 3日間、ご飯を絶っていたら、ご飯を食べないことには慣れたが、その後はご飯の量を少なくして糖質制限食を続けた。

 やってみて、その効果はびっくりするものだった。

 今までやった他のダイエットと違って、空腹を我慢しなくてもいい。

 バナナダイエットとか、トマトダイエットみたいに、1つの食品だけを食べ続けることもない。

 炭水化物以外なら、肉、魚、野菜と、なんでも食べてもいい。

 メニューもいろいろ変化をつけることができる。

 それなのに、目に見えてやせる。

 最高のダイエット法だと、いろんな人にも勧めた。

 (その後、私は青島太平洋マラソン出場をめざして練習を始め、1日に10㎞くらい走るようになってからは、食事制限はやめている)

 そもそも医師が糖尿病の治療にも実践していることだから、糖質制限食に対する批判的な意見も気にしていなかった。

 というのも、糖質制限を否定する医師は、明確な論拠無しに、「偏った食事は、先々弊害が出る」というのみだったからだ。

 肯定する医師には理論があった。

 だから私は、糖質制限食を全面的に信じていた

 しかし、最近読んだ週刊誌によると、弊害がデータとして数字で示されていた。

 糖質制限を否定するために集めたデータだろうから、週刊誌のデータをそのまま信じるわけではないが、長期間の極端な糖質制限はよくないのだろうと思う。

 私は、糖質制限を全面的に良いとは思わないが、かといって全部悪いとも思わない。

 糖質制限は、空腹の苦痛なくやせることができる画期的なダイエット効果は体験済みである。

 糖質制限も、まったく炭水化物をとらないスーパー糖質軽減から、夕食だけ主食を抜くプチ糖質制限まで、幅広い選択肢がある。

 私は1週間スーパー糖質制限をやって、主食抜きの食事慣れた。

 その経験で、その後も、野菜から先に食べ、おかず中心にゆっくり食べて、最後の方に軽くご飯を食べるという習慣が身についた。

 おかげで、周りの人よりはたくさん食べているが、大きなリバウンドをすることなく体重を維持している。

 極端な糖質制限も、短期間(1カ月程度まで)の糖質制限なら、体にそんなに悪影響は与えないだろう。

 それを経験して、その後も主食を減らすというのは、理想的なダイエット法だと思う。

 炭水化物は体に悪いかのような糖質制限を提唱したり、軽い糖質制限まで批判するような意見がでたり、ゼロか百かのような争いばかりが続くが、もっと冷静な解説をする良心のあるお医者さんはいないものかなあ。

2014年2月 7日 (金)

佐村河内守さんの楽曲ゴーストライター問題

 佐村河内守さん楽曲ゴーストライター問題が大きな話題になっている。

 この件があるまで、私は佐村河内さんのことはまったく知らなかったが、全聾で、絶対音階で作曲しているということで、現代のベートーベンと称される有名なひとだったらしい。

 しかし、なんとも釈然としない事件?である。

 私の直感は、佐村河内さんの容貌・言動にも違和感を感じるが、ゴーストライターであることを告白している新垣隆さんにも違和感を覚える。

 18年にもわたってゴーストライターをしていて、なぜ今?と思うのである。

 その真偽のほどはさておいて、マスコミの騒ぎ方にも違和感がある。

 人に作らせた作品を自分のものだとしたことは良くない。

 だから、これまでの佐村河内氏に対する称賛の声や、佐村河内氏に与えた栄誉は取り消されて当然のことだろう。

 著作権料の問題は、法的にも判然としないものがあるようだが、佐村河内氏と新垣氏間の問題ではないのだろうか。

 そもそも大騒動の原因は、全聾という大きな障害を持つ作曲家という話題性にとびつき、よってたかって英雄に仕立てたマスコミの行状の結果だろう。

 きちんと検証をせず、偉人に仕立て上げた自らの失態を、佐村河内さん独りの罪に押しつけているように見えてしまう。

 マスコミは、どうあれ、話題が沸き立てばいい。

 自分の失態をさておいて、異常な事件として佐村河内さんを市中引き回しの刑よろしく、みんなで石をぶつけている。

 ワイドショーで、あるコメンテーターが、演奏した人やプロデュースした人に迷惑をかけるという意見を吐いていた。

 また、佐村河内さんの作曲じゃないとCD買わなかったという人にとっては詐欺罪が成立するんじゃないかという意見もあった。

 しかし、それは、どういう理屈なのだろう。

 演奏者は、楽曲を認めて演奏していたのではないのか。

 CDを買った人も、楽曲が好きで買ってたんじゃないのか。

 音楽性そのものを評価するのではなく、障害を乗り越えて活動していることへの称賛だったら、それはある意味障害者への差別ではないか。

 象の鼻に絵筆をとらせて、絵の具をなすりつけたものを、象がすばらしい絵を描いたと大喜びして騒ぎたてるのにも似ている。

 そんな大衆の気質を利用して、名を売り、名誉を受け、そして多額の報酬を受けたことは非難されても仕方がない。

 彼のウソにだまされ、与えた栄誉は剥奪されてもしかたがない。

 ただし、現在のベートーベンとまで称賛した楽曲が、障害のない人が作ったものであれば駄作だというのは、ちょっとおかしいと思うなあ。

2014年2月 6日 (木)

入浴中の死亡事故 詳細

 先月、入浴中の死亡事故が交通事故死より多いという記事を書いたが、数字がちょっとちがっていた。

 2011年のデータによると、1年間の入浴中の死亡者数は17000人。

 交通事故死亡者数は、6412人。

 いやはや、びっくりである。

おもしろい歯医者さんの続き

 昨日の「おもしろい歯医者さん」の本題となる「たかの歯科通信」なるリーフレットを持ち帰ってひろげてみると、これが実に面白かった。

 季刊のようで、私が持ち帰ったのは2013年秋号と2014年冬号。

 2013年秋号の、たかの歯科通信は「またまた時間のお話(2)」とあり、相対性理論の話し。

 アインシュタインの相対性理論の話を、高野先生が独自の理論展開で現実に持ち込んだ話し。

 わかったような、わからないような、結局私の頭では理解できない話だったが、高野先生が物理が好きで、物理の理論を思うだけで楽しいんだろうなということはわかった。

 また、前置きの話がながくなっているが、2014年冬号が今日の本題。

 題名は、「強い枝葉折れるということ」

 この話が、実に良い。

 話は、高野先生が15年ほどを暮らした金沢の「雪吊り」の話から始まる。

 「雪吊り」というのは、積雪で木の枝が折れるのを防ぐために、木の周りに立てた柱の上から放射線状に縄で木の枝をつるものだ。

 兼六園の雪吊りが有名で、季節の話題として毎年テレビでも報じられている。

 たかの通信は、どんな枝に雪吊りが必要かという話しに話題を展開していた。

 雪吊りが必要なのは、細くて弱い枝ではなくて、固い、丈夫な、太い枝だというのだ。

 「笹や柳のように、よくしなう枝は、雪が降り積もると次第にしなって、するりと雪を振り落とし、ふたたびふわりともとへ戻る。その繰り返しで春を待つのです。」というのだ。

 考えてみなかったが、そういうことかと納得させられた。

 ここからが、「たかの通信」で高野先生は含蓄のあるお話を展開する。

 そのお話をそのまま転記させていただく。

 「人の心も同じことではないかと思うのです。

 日々の暮らしの中で、いろんな重さがころと体にのしかかります。その負荷たるや相当です。私たちはときおり、なんとも言いようのない鬱な気分に落ち込むことがあるでしょう。

 昔の人は、それを『こころ萎えたり』と表現しました。萎えるというのは野菜や、植物がぐたっとなっている様子です。

 それは、こころが屈している状態、しなっている時のことだろう。

 よくしなうということは、簡単には折れないということだ。降り積もった雪野重さを、じんわりと曲がることで耐える。

 やがてゆきするりと滑り落として、ゆっくりともとへもどる。

 屈しない心は折れる。よく萎える心は折れない。

 あーあ、とため息をつきたくなる瞬間、私たちのこころがかげって、屈してしなっているのだ。

 曲がることのない枝は、どんなに強くても折れる。

 自殺者の数は、ポッキリ折れた心の数だと思う。」と書いておられた。

 私には、救われる思いのする話だった。

 私は、ちょっとのことでも、グチや泣き言を言ってしまう。

 そんなとき、「男は黙って、サッポロビール」 (古い!わかる人は古い人)のキャッチコピーが頭をよぎる。

 いい年して(いくつになったか言いたくはないが)、男らしくないものだと自分が嫌になるときもある。

 だけど、高野先生の話を読んで、私はこれで心のバランスをとってきたんではないかと、自分を許せる思いになった。

 常々私は、政治家を筆頭に、世の中の頂点に立つ人たちは、よくも弱音をはくことなく自分の意見を押し通せるものだと感心していた。

 あれでよく、心が折れないものだと尊敬していた。

 彼らの心は鉄筋コンクリートでできているのだろう。

 そうでない、普通の人たちは、弱音をはいて、心にのしかかる負荷を振り落とした方が良い。

 普通に生きる人に対しては、「がんばれ!」とはげますより、「がんばらなくていいんだよ。弱音をはいてもいいんだよ。」といっしょに泣いてやる方が、ずっといい。

 負け組になりそうなおじさんの、自己弁護の遠吠えかもしれないけど、「たかの通信」のお話を読んで、私はそう思った。

 あっ、余談ですが、延岡駅から徒歩3分。「高野歯科」さんは、歯医者嫌いの私がお勧めしたい名歯科ですよ。

 私が唯一自慢だった前歯が折れて、差し歯にしたのですが、保険診療でやすく手早く、きれいに仕上げてもらいました。

 

2014年2月 5日 (水)

おもしろい歯医者さん

 ちょっとおもしろい歯医者さんがいる。

 おもしろいというのは、滑稽だとか、おかしいという意味ではなく、興味をひかれるというおもしろさである。

 去年までは、当社でお世話した歯医者さんがかかりつけの歯医者さんだったのだが、突然若くして亡くなられた。

 私は、子供のころから歯医者さんが大の苦手で、虫歯の治療をしてこなかった。

 おかげで、歯は悲惨な状況となり、それを見られたくないから、また歯医者さんから遠ざかるということになっていた。

 そんな私であるが、数年前、土地のお世話をしたのをご縁に、歯の治療をしてもらっていた。

 非常に人柄のいい先生で、気兼ねなく相談ができた。

 その先生が、突然亡くなられた。

 亡くなるちょっと前に町で出会って、「先生、また見てもらわないといけないところがあるので、近々行きます」と言っていた矢先の訃報だった。

 急を要するような不具合ではなかったが、放っておくと少しずつ悪くなっていくのを感じていた。

 私の口中は、自分の性格のだらしなさを如実に晒し出していて、人に見せるのがはばかられる。

 それで、また以前のごとく数カ月放置していたのだが、気になっていた歯とは別な歯が大きくかけてしまった。

 それで、意を決して近くにある歯医者さんに飛び込むことになった。

 その歯医者さんが、実にいい歯医者さんだった。

 格別愛想がいいわけではないが、無愛想でもない。

 淡々と、なんとも的確で私の感性にあった説明をしてくれる。

 2~3回は通うことになると想像していたら、即日治療は終了。

 今後はずっとお世話になろうと思った。

 そのせいか、その後すぐに歯を欠いてしまって、再度治療。

 そして、また昨日、詰め物が取れて治療に行った。

 またしても納得の治療を受けた。

 料金を支払って帰ろうとして、入り口にあるパンフレットに目がとまった。

 「たかの歯科通信」とある。

 このパンフレットが、冒頭の「おもしろい歯医者」さんの本題なのだが、前置きが長くなってしまったので、詳細は次回書くことにする。

 (私のブログを、ときどき読んでいるというW産業のO会長が、「あんたのブログは長すぎる」と言うもので)

2014年2月 4日 (火)

石塚英彦さん(石ちゃん)推薦、日本一の宮崎牛

 今日の昼食の時間、「笑っていいとも」のテレフォンショッキングでのこと。

 ゲストは石塚英彦さん。

 石塚英彦さんといっても、わからないかもしれない。

 デブキャラタレントの石ちゃんと言えばわかる人も多いだろう。

 グルメ番組の出演が多く、1年の半分以上、全国を食べ歩いているという。

 今日の「笑っていいとも」でも、日本全国3週くらいしていると言っていた。

 グルメタレント石ちゃんは、いろんな番組で、とりわけ肉が好物だと公言している。

 今日の「笑っていいとも」でも、タモリさんと肉談義に花を咲かせていた。

 とにかく肉が好き。

 好きな順番は、牛、豚、鳥。

 全国のありとあらゆるブランド牛を食べたという石ちゃん。

 タモリさんの美味い牛肉のトップ3は?との問いに。

 3位は米沢牛。脂がしつこくなくて、いくらでも食べられる。

 2位が飛騨牛。私には理解できないのだが、飛騨牛は酸味が良いと言っていた。

 そして、1位が、文句無しに「宮崎牛」だと断言した。

 タモリさんの、どう美味いんだという質問には、「チョー、まいう~」ですよとの答え。

 石ちゃんの言葉で、「超、美味い!」ということなのだ。

 「かみしめる喜びを感じる」とも言っていた。

 宮崎県民として、うれしい限りである。

 宮崎牛は、まだ、他のブランド牛に比べて少々遅れをとっている感があるが、「和牛のオリンピック」といわれる全国和牛能力共進会で2連覇中なのである。

 全国和牛能力共進会は、5年に1度、全国の優秀な和牛を一同に集めて優劣を競う全国規模の和牛の品評会のこと。

 6年前の9回大会で1位をとり、俄然注目を集めていた。

 その後、口蹄疫で種牛を含む多くの牛を失うという厳しい環境の中、畜産業の廃業も相次ぎ、宮崎牛の存続が危ぶまれたじきもあった。

 それを乗り越えての2連覇。

 東京に住む友人に聞いても、宮崎牛のネームブランドは高くなっているという。

 昔から、宮崎県内では、宮崎で育てた牛が、他県に買われて行って、神戸牛になったり、近江牛になるのだという話は聞いていた。

 長年の宮崎の畜産農家の苦労が、ようやく宮崎牛となって表舞台にたてるようになった。

 今日の石ちゃんの、「宮崎牛がダントツ一番」の評価で、さらなる飛躍をするだろう。

 しかしなあ、余り人気がですぎて宮崎牛の値段があがり過ぎると困るなあ。

 我が家では、宮崎牛販売店がサービス価格で提供している一番安い宮崎牛での焼き肉を家庭で楽しんでいる。

 この肉を知ってからというもの、焼き肉屋さんには行かなくなった。

 調味料は塩のみ。

 塩胡椒の胡椒も余計に感じる。

 味に変化をつけるために焼き肉のタレも少しは使うが、もっぱら軽く塩をつけるだけがいい。

 石ちゃんの言うとおり、かみしめる喜びを感じつつ、肉の脂の美味さが、口と喉と食道、そして胃袋まで満足させてくれる。

 焼き肉屋で支払う1人前の代金で、家族3人全員の全身が満足できる。

 人気が出すぎて価格が高騰すると、我が家の食卓から宮崎牛が消えてしまうのではないかと、嬉しい反面不安な、今日の「いいとも」だった。

2014年2月 3日 (月)

節分 豆まき・恵方巻き・立春大福 

 今日は立春。

 毎年、立春には、お客様から恵方巻きと立春大福をいただいている。

 恵方巻きは、その年の恵方(縁起のいい方角)を向いて、無言でまるかじりしないといけないと言われている。

 もともとは関西にあった習慣のようだが、数年前からコンビニが販促のイベントとして宣伝を始めて全国に広まった習慣のようだ。

 バレンタインデーのチョコレートに次ぐ、大成功の販促イベントとなった。

 バレンタインデーのチョコレートは、森永製菓説を始めとしていろんな説があるが、原因はともあれ、1年間のチョコレートの売り上げの20%くらいをバレンタインデーで売り上げるらしい。

 恵方巻きの売り上げは、いろんな形でまだまだ伸びていくだろう。

 当地(宮崎県の北端の街、延岡市)では、恵方巻きが流行る前から、地元のお菓子屋さんが、節分の3日かん限定で「立春大福」という名の塩大福を売り出していて、結構定着してきていた。

 10数年前から、お客さんに、この「立春大福」をいただいていた。

 数年前からは、立春大福に加えて恵方巻きをいただくようになった。

 最初にいただいたときに、「恵方を向いて、無言で、一本まるかじりをしないといけない」と教えられたのを忠実に守ってきた。

 しかし、私は太巻きは好きなのだが、無言で1本まるかじりでは、折角の美味しい太巻き寿司を味わうことができないのが不満である。

 小食の家内は、1本全部は食べきれない。

 それで、今年は、一本を2つに切り分けて、その一つを無言でまるかじりして、残りは切り分けて味わって食べようと思っている。

 神様がお怒りにならないように、食べる前にきちんと許しを乞うてから、いただこうと思っている。

  

2014年2月 1日 (土)

世の中、景気がよくなっているらしい。

 上場企業の業績回復が力強さをもっていると今日の日経新聞が報じていた。

 2014年3月期の予測では、売上高は前年比1割増、経常利益は3割増となる見通し。

 円安による海外需要のみではなく、国内需要の復調もめだっている。

 増収増益型の企業が7割近くに達し、リストラで利益を捻出してきた局面から、売上高を伸ばして利益も拡大する「脱でふれ型」の収益成長へ、「着実に」移行している。(以上、日経新聞2月1日)

 私の周りでは、景気の良い話をする人が少ないが、私の会社が不景気なので、みんな私に気をつかって景気の良い話を遠慮しているのかもしれない。

 ぼーっとしていて、取り残されているのではないかという不安に襲われる今日の出来事だった。

 

上場企業の業績回復ガス力強さを待っている
2010年3月期の予測では売上高は前期比1割増え、経常利益は3割増となる見通しだそうだ

« 2014年1月 | トップページ | 2014年3月 »