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2014年2月22日 (土)

上岡龍太郎のマラソンは愛と勇気と練習量

 先日の延岡西日本マラソンの応援に行って、苦しみに耐えてゴールする選手の姿を見ていたら、去年一度限りと思って出場した青島太平洋マラソンに、今年も出てみたくなった。

 あれから2週間。いつものことながら、思うだけで行動がともなわない。

 やる気を出すために、マラソンに関する本を探しに図書館に行った。

 去年、青島太平洋マラソン出場にあたっても、図書館のマラソン本のお世話になった。

 未経験者のためのフルマラソン指導本を5冊くらい借りてきて、練習メニューを作った。

 おかげで、40年以上も運動と縁のない生活をしてきた還暦過ぎたメタボの私が、フルマラソンを完走できた。

 記録は4時間55分。

 今年、出場するなら、少しは記録をのばしてみたい。

 それで、とりあえず練習メニューを作ろうと思って、去年同様、図書館に本を探しに行った。

 そして目についたのが、標記の「上岡龍太郎のマラソンは愛と勇気と練習量」という本。

 去年も目にしたのだが、目次で内容をみたところ練習方法については余り役にたたないと思って借りなかった。

 そんな印象があったけど、一応内容を見てみようと思って目次をみたが、やはり練習方法については参考にならないなと思った。

 しかし、目次に目を通して、次に書き出しの2行を読んでみて、がぜん興味がわいた。

 その書き出しはこうだ。

 「マラソンランナー上岡龍太郎が誕生したのは龍太郎4歳の夏である。場所は宮崎県延岡市近くのトトロ海岸と呼ばれている浜辺。正確に言えば、マラソンランナー上岡龍太郎の『魂』が生まれたのが、その日その場所であった」

 なな、なに?延岡市のトトロ?

 上岡龍太郎は当地(宮崎県の北端の街、延岡市)の出身だったのか?

 上岡龍太郎といっても、若い方はご存じないだろう。

 上岡は、お笑いから参議院議員になった横山ノックといっしょに、「漫画トリオ」として活躍していた。

 知性派と呼ばれる芸風で、最近亡くなられた「やしきたかじんさん」のような異彩を放つ芸人だった。

 芸能生活40周年を期に引退すると宣言して、宣言どおり2000年に58歳の若さで引退した。

 その後、芸能の表舞台には一切出てこない、知る人ぞ知る、伝説の芸人である。

 上岡龍太郎さんは、私の大好きな芸人の独りだった。

 その上岡さんが延岡市出身?

 私とって初耳の話だった。

 これは借りて読まざるを得ない。

 ということで、今日のオープンハウスでのお客さん待ちの時間に読んでみた。

 長くなるので、その詳細については、また後日。

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