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2015年2月

2015年2月28日 (土)

女性の乳や尻は人の生命より重いのか   川崎リンチ殺人事件  

 川崎の中学生リンチ殺人事件。なぜ容疑者逮捕まで1週間もかけたのか。

 
 ネットの世界では早々に真犯人の実名、画像が出回っていた。

 被害者の上村良太くんの友人たちの証言からも容疑者の推測は容易だったはずなのに、なぜ逮捕まで1週間も要したのか。

 容疑者が未成年だったから捜査を慎重にしたというのは間違いだろう。

 
 時間が経てば経つほど、証拠隠滅、口裏合わせ、アリバイ工作と、事件の真相が遠ざかってしまう。

 容疑者たちは、取り調べに対する対策をじっくり練ることもできる。

 実際、容疑者は弁護士同伴で出頭している。

 逮捕状をとるのに1週間。

 逮捕状をとったと思ったら、容疑者が弁護士同伴で出頭。

 なにか、警察が踏み込めない要因があったのかと、誰しもおもうことではないのだろうか。

 折しも昨日、2004年の強姦事件で実刑判決が確定した男性の無実が事実上確定している。

 事件は、当時11歳の少女を強姦し、その少女が14歳になった08年にも強姦したというものだ。

 男性は捜査段階から一貫して否認したが、大阪地裁は09年に懲役12年の判決を言い渡した。

 男性は無実を訴え控訴したが、11年に最高裁が上告を棄却して刑が確定した。

 少女の被害証言と家族の目撃証言だけをもとに逮捕され、実刑が確定したのだ。

 服役中に被害者の証言が虚偽だったことが判明し、3年半後に釈放された。

 刑が確定したあと、弁護士が女性側から虚偽証言の言質をとり、大阪地裁に再審を請求した。

 「再捜査した大阪地検は、女性らの虚偽証言に加え、男性が事件に関与していなかったことを示す『客観証拠』を確認した」として男性を釈放したというのだ。

 この「客観的証拠」というのは、「『体内に性的被害の痕跡はない』」とする医師の見解が記され、女性に性的被害の痕跡が無いことを示す診療記録があったということ」だというから驚きだ。

 被害を受けたという少女(当時)らの証言とは矛盾する診療記録があったのに、証言だけをもとに起訴をされ、裁判では審理対象になっていなかったというのだ。

 おまけに、「控訴審段階で弁護側が検察側に診療記録の提出を求めたが、検察側は(そういった診療記録は)無いと回答していた。

 男性は捜査段階から一貫して否認しており、どう考えてもおかしい事実がいくつもあった。

 その訴えを、裁判所は、14歳の少女が嘘をつくはずがないとして退けた。

 以前ブログに書いたことだが、私の友人の知人が同様な虚偽の証言で強姦犯として逮捕され、人生をだいなしにされている。

 この事件に限らず、電車内での痴漢事件などの性的犯罪は、被害者の証言のみで逮捕拘留される。

 「尻を触られた」という証言のみで逮捕され、逮捕されると罪を認めるまでは、2週間も3週間も拘留される。

 今回の事件は殺人である。

 人の生命が奪われている。

 それも人間とは思えない残酷な殺し方だ。

 殺人犯としての逮捕には慎重であるべきなのかもしれないが、どうみても真犯人に間違いないという情報がとびかっていた。

 尻にさわられたという証言だけで拘留するではないか。

 今回のような重大事件の場合に、任意同行という形で拘束することはできないものなのだろうか。

 殺人犯として逮捕することによる影響は大きいのかもしれないが、痴漢冤罪事件でたいされた人の多くが人生の軌道からはずされている。

 女性の性的被害を軽視するわけではないが、生命がお尻をさわられることより軽いものだとは思えない。

 このことについてはまた考えることにしたいが、今回の事件での逮捕までの1週間は、他の事件とは違うなにか複雑なわけがあるのではないかとかんぐってしまう時間である。

2015年2月27日 (金)

 川崎 中学生リンチ殺人事件

 川崎の中学生リンチ殺人事件の容疑者が、やっとのことで逮捕された。

 テレビでは残酷な殺害方法が小出しに報道されている。

 私はもう、テレビの報道を見続けることができない。

 リンチをうけている上村遼太くんの苦痛と、恐怖と、悲しみを思うと、胸が苦しくなって涙がとまらなくなる。

 何度聞いても、いや、聞けば聞くほどに、その思いが強くなってしまって、遼太くんの殺害状況になるとテレビのチャンネルを変えている。

 憎むべきは加害者グループだ。

 同時にテレビ局のやり方にも、同様の憎悪を覚える。

 善人ぶって被害者の悲惨さを伝え、被害者や遺族に同除するようにみせかけているが、視聴率がとれるドラマを撮影しているかのような番組造りで、それは人の不幸を楽しんでいるようにしか私には思えない。

 せめて、遺族や遼太くんの友人は、そっとしてあげれないものだろうか。

2015年2月25日 (水)

川崎市中学生殺人事件 テレビも犯罪者

 テレビは悲惨な事件を防止するために動け!

 川崎市中学生殺人事件のニュースには、本当に心が痛む。

 ニュースで報じられる被害者の上村遼太くんの写真が、私の息子の子供の頃の顔とにているものだから、人ごとのように思えない。

 友達に送った写真なのだろうか、眼の周りに黒く大きなあざをつくっているのに、悲しそうな顔なのに無理して笑おうとしているように見える。

 額に傷を負った写真もあったが、照れくさそうにな表情をしている。

 恐かっただろう。悲しかっただろう。泣きたい気持ちだっただろう。

 それなのに、誰にも助けを求めることができなかったのだ。

 殺されるかもしれないと思っているのに、逃げることができない。

 呼び出されると、ついていかざるを得ない。

 親には心配をかけたくない。

 先生に相談すると、さらにひどい暴行を受ける。

 恐怖が逃げることをあきらめさせるのだ。

 テレビは、事件の悲惨さをかき集めてきて報道している。

 それは、被害者に対する同情ではない。

 視聴者の興味をかきたてる格好の材料として取り上げているだけだ。

 島根の隠岐から出てきたお祖母さんにマイクをつきつけて、「(殺された)現場を見て、どういうお気持ちですか」と問いかけた馬鹿なレポーたがいた。

 いつものことだが、殺された家族の気持ちがわからないようなヤツが、事件についてあれこれ断じる資格なんかない。

 そんな映像を流すテレビ局も同罪だ。

 テレビは興味本位で事件を報じるだけでなく、自らが持つ強大な力を、このような悲しい被害者を無くすために振り向けるべきだ。

 遼太くんのような被害者はたくさんいる。

 いじめにあって自殺する子供もたくさんいる。

 そのような子供たちは、助けてと声を出すことさえできない。

 誰も助けてくれないとあきらめている。

 死んでしまうと、なぜ気づいてやれなっかったのかと反省の言葉を吐く。

 しかし、先生に相談しても解決できないと思っているから先生に相談できないのだ。

 先生だって恐いのだ。見て見ぬふりをする場合もある。

 警察に相談してたら解決できただろうか。

 警察に相談していたのに、相手にしてもらえなくて殺されてしまったという事件もたくさんある。

 こんな事件を起こすようなヤツは、警察でさえもてあますヤツなのだ。

 みんな、やっかいなことには首をつっこみたくないのだ。

 昔は、子供が悪いことをすると先生から殴られた。

 親も、悪いことをしたら殴ってくださいと言っていた。

 先生から殴られたというと、「殴られるような悪いことをしたのだろう」と、親からよけいに怒られた。

 悪いことをすると、怒鳴りつけたり、げんこつで頭を殴るような大人がいた。

 悪さをする子供に、「悪いことをすると、おまわりさんに怒られるよ」というお母さんがいた。

 そんな先生や、大人や、恐いおまわりさんがいなくなってしまった。

 今、そんなことをしようものなら、体罰先生と言われたり、暴力事件として逮捕されたり、暴行警察官として非難されることになる。

 意味のない暴力は許されないが、許される体罰はあると思う。

 いつからか体罰が絶対悪になってしまった。

 そして、悪いやつがのさばってしまった。

 テレビ界にぜひお願いしたい。

 いじめられたり、暴力で支配されている人に、助けを求めることを、何度も何度も、繰り返し繰り返し報道し続けてもらいたい。

 「助けを求めなさい」「助けを求める声をあげなさい」「絶対にあなたを助けてあげます」と。

 助けるために、行き過ぎがあってもいいはずだ。

 助けを求める子供を、まずは抱きしめて守ってやる。

 おかしいと感じたら、有無を言わさず立ち入って行ける絶対的な権限を持つ機関が必要だ。

 いつも幼児虐待を見逃す児童相談所なんかいらない。

 多くの子供たちが、いじめがあったと証言しても、いじめの事実は見つからなかったという教育委員会もいらない。

 助けるため行き過ぎがあっても、マスコミは大騒ぎしないことだ。

 マスコミには、とにかく「絶対にあなたを助けてあげる」と、大きな声をあげ続けてもらいたい。

 ゴシップ週刊誌のような報道ばかりするテレビは、犯罪の加害者以上の犯罪者であることを認識すべきだ。

 テレビがもつ強大な力で、悪をこらしめてもらいたいと切に願っている。

2015年2月24日 (火)

老化で理解力低下を実感させられる日々

 政治資金問題で、西川公也農相が辞任した。

 確か、直前までは絶対に辞めない、辞める理由がないとおっしゃっていた。

 それなのに、昨日の夕方、首相官邸で安倍首相と会談し、国会審議に影響を与えたくないと言って辞表を提出した。

 記者団に取り込まれる中で辞意を表明するのは、西川さんのプライドが許さなかったのだろうか。

 西村さんは、辞任表明の最後に、「いくら説明しても、わからん人にはわからん」とぼやいておられた。

 安倍首相は記者団に、「ぜひとどまって職をまっとうしていただきたいとお願いしたが、本人の辞意は固かった」と述べておられる。

 さらに首相は、「任命責任は私にある。国民の皆様におわび申し上げたい」と陳謝の弁も述べおられる。

 西川さんがおっゃる、「説明してもわからん人」というのは、どこにいたのか。

 記者団を前に「辞める意志はない」と言って、官邸に向かうまでの間に、「説明をしてもわからん人」達が押しかけてきて、辞めろと迫ったのか。

 首相は「ぜひとどまってほしい」と懇願したというのだから、首相よりも影響力ある人たちがいたのだろうか。

 首相の言葉もわからない。

 任命責任があって、国民にお詫びしたいということだが、それは野党が責めたてている任命責任の意味とは違う任命責任なのか。

 老化のせいで理解力の低下が著しく、言葉の意味が理解できなくて不安な日々である。

 

2015年2月23日 (月)

テロ対策万全の東京マラソン

 昨日は東京マラソンだった。

 去年私は、青島太平洋マラソンを走って、そのいきおいで東京マラソンにも申し込みをした。

 東京のど真ん中を大勢の観衆の声援を浴びながら走ってみたいと思ったものだ。

 マラソンをやる人はもちろん、マラソンを走ったことのない人も走ってみたくなるのが東京マラソンだった。

 参加者3万6千人超のお祭騒ぎ。

 毎年、コスプレや着ぐるみをまとって走る人が話題になる。

 話題になってテレビで大きく取り上げられるもので、コスプレや着ぐるみがますますエスカレートして、これがまた東京マラソンの楽しみだ。

 しかし今年はちょっと違っていた。

 イスラム国による邦人人質殺害事件等がもたらした緊迫した国際情勢の中で、今までにない厳戒態勢が敷かれていた。

 
 漠々物の持ち込み対策として、スタート地点では、去年4台だった金属探知機を50台に増やした。

 さらに、ペットボトル、水筒、缶の持ち込みを禁止した。

 市民マラソンランナーにとって、ペットボトルとエネルギー補給用のゼリーは必需品ともいえる。

 私も去年の青島太平洋マラソンにペットボトルとゼリーを携帯した。

 
 補水所だけの補水では心もとないのだ。

 64人の「ランニングポリス」が10㎞ずつを分担して走り、沿道の観衆の不振な動きに対してランナー目線で警備あたった。

 
 警視庁の警察官4500人。警備誘導員が6千人。

 監視カメラも昨年の11台を21台に倍増させた。

 コスプレや着ぐるみも、顔が隠れるものはダメ。

 あきらめきれずに、着ぐるみをかついで走る人もいた。

 緊張感ビリビリで、去年までの東京マラソンとはすっかり様変変わりしてしまった。

 安倍総理は、「国民の生命と安全を守る」と常々のたまわれておられる。

 「国民の生命と安全のために」、積極的平和主義を唱えられる。

 イスラム国の邦人殺害という暴挙に対しては、「テロリストたちを許さない。その罪を償わせる」と強弁された。

 安倍総理の元、緊張は高まったようにも見えるが、それにも増して防衛態勢は強化されている。

 げに安倍総理は、国民にとって心強い宰相である。

2015年2月21日 (土)

悪徳不動産屋日記 10年ぶりの電話②

次の日、先輩から電話があった。

 「(亡くなった)入居者の関係者に、いろいろ聞かれるけど、なにせ初めてのこことでどうしていいのかわからないので、君の電話番号を教えておいたのでよろしく」とのことだった。

 初めてのことは、私にとっても同じことだ。

 何が問題点になっているのかもわからない。

 この先輩に悪徳不動産屋呼ばわりされたこともあるのだが、こんなときは不動産のプロあつかいになる。

 プロというのであれば報酬を支払っていただきたい。

 その仕事において報酬をもらえるのがプロ。

 無報酬でやれっていうことは、私をアマチュアと思っているのだろう。

 入居で報酬をいただいているから、そのサービスだと思ってひきうけた。

 退去に際しての清算で利害が対立するから、ちょっとはもめるかもしれないが、私はお互いの言い分を聞いてやるだけだ。

 そう決めて流にまかせることにした。

 まもなく、(亡くなった)入居者の子供さんが来社された。

 入居の際の契約書を手にしておられる。

 自己紹介もそこそこに、「家主さんから聞いておられるでしょうけど、あとのしょりのことで来たのですが・・・」と言われる。

 そんなことを言われても、なにがどうなっているのやら私にはさっぱりわからない。

 まずは、「この度は突然のことで大変でしたね。少しは落ち着かれましたか?へやの片づけも大変でしたでしょう」と挨拶を兼ねて状況を探ってみる。

 すると、「部屋の荷物も全部運び出して、一応掃除も終わりました。だから、あとの処理をしてもらいたいのですが・・・」

 事件性はなく病死ということで、どうやら葬儀もすませたようだ。

 あとの処理というが、なにをどうしてほしいというのだろう。

 それで、「おたくのご希望は、どういうことですか。」と単刀直入に聞いてみた。

 「すると、今月分の家賃は入れているんでしょうか?」と言う。

 敷金をかえしてもらいたいということではなく、未納家賃を心配しているのか。

 すこぶる善良な方じゃないか。

 これは、もめる話ではない。

 ほっとした思いで、「家主からは家賃の滞納の話は出てなかったですよ。」と答えた。

 すると、「滞納がないのなら、敷金は戻してもらえるんでしょうね」ときた。

 やっぱり、敷金の返還が目的のひとつだったのだ。

 当社は、12年前に1人だけ入居の斡旋をしただけ。

 その後、まったくご縁がなかった。

 家賃の管理を家主がしているのやら、他社に管理を頼んでいるのかもわからない。

 「敷金の話でしたら家主さんに直接聞いてみてください」と答えると、「おたくの会社で入れたのだから、お宅が敷金を返す手続きをしてくれるんじゃないですか」と言う。

 当社から敷金を返してもらえるものと思っている様子だった。

 「いえいえ。家賃の管理をしていれば手続きをしますけど、このアパートの家賃の集金がどうなっているか私は見わからないんですよ。恐らく敷金は家主さんが預っているわけで、当社が敷金を返す筋合いではないんですよ。」と説明した。方。

 相手は私を不親切な不動産屋観たいに思っているようだった。

 悪徳不動産屋としてしてはおとなしくしているわけにはいかない。

 だから、少々語気が強くなっていた。

 「入居の際に手数料をいただいていますが、それは入居のお世話に対する報酬ですよ。

 退去について、今回お話を聞いているのは、サービス業務ですよ。

 敷金を返してもらいたいのでしょうけど、家主としては室内で孤独死されているから、迷惑料をいただきたいと思っているかもしれないですよ。

 今回は亡くなって時間が経っていないからまだしも、亡くなって日にちが経ったり、自殺したりした場合は、高額な損害賠償を請求する家主もいますよ。

 それぞれ言い分があるでしょうが、私がどちらが正しいとは言えません。

 もめたら裁判所に解決を依頼する問題です。

 あとは家主との話し合いでやってください。」

 裁判の事例等もとりまぜて詳しく説明していると、少し不安そうな顔になってきた。

 そこに家主から電話が入った。

 家主からの話は、私の想像通りだった。

 孤独死状態だったから、あとの入居者がなかなか決まらないことが考えられる。

 ついては迷惑料をもらってもいいのではないかということだった。

 私のスタンスは、家主がそう思うのは勝手。

 そう思うのだったら自分で請求すればいいこと。

 それを私に言わせようなんて、悪徳不動産屋を甘く見てもらっては困る。

 「〇〇さん、今、ご親族の方が私の目の前におられますからスピーカーホーンに切り換えました。〇〇さんの希望をそのまま伝えます。」と、電話をスピーカーホン切り換えた。

 すると、少し口調が和らいだ。

 「あとの入居者がなかなか決まらないことになるだろうし、家賃を値下げしなくてはいけないかもしれない。だから、それに対する補償を考えてもらいたい。

 それに10年以上いたから、壁紙とか床の補修にも費用がかかる」という話しだった。

 おまけに、途中で家賃を5000円下げたので、契約書の家賃との差額もらいたいという、理屈のとおらない話しもする。

 入居者が亡くなったのは病死。

 看取る人がいなくて亡くなったが、幸いすぐに発見された。

 借りている人の立場では、すんなり損害金をはらうことはないだろう。

 長々と家主の立場を訴えられる。

 気持ちはわかるが、双方が満足する解決方法はない。

 公平に裁いても、どちらかに多少の不満が残るものだ。

 そんな中ではたらいているのが不動産屋なのだ。

 だから、不満に思う方は不動産屋を悪徳呼ばわりする。

 家主の話をいくら聞いてもしかたがないので、「〇〇さんがそう思われるのわかります。

 ただ、最近の傾向は敷金はすべて戻すというのが原則です。相手の方は、私のところに敷金を戻してもらいたいと言って来ていますよ。

 実際、最近の傾向は敷金は全額戻すという流になってきてますしね。

 今回、家賃の入金状況も、敷金のことも、家賃を下げた件も、私のあずかりしらなないことですので、金銭の処理については直接話し合って決めてください」ということにした。

 家主は、10年以上いて部屋が傷んでいるから、リフォーム費用も要求したいみたいだったが、これがおかしい。

 10年にわたって500万円以上の金をもらっていることをまったく感謝していない。

 500万円もらっているのだから、補修費が20万円や30万円かかっても安いものだ。

 そう思っているものだから、家主に対してもの言葉もつい荒っぽくなる。

 電話の内容は、目の前の借主の親族の方もいっしょに聞いていた。

 それで、電話を切ると、「お聞きのとおりです。私が想像していた通り、家主は敷金を返すどころか損害金までもらいたいということだったでしょう。

 私たちの商売は、いつもこんな人たちの間にはいって仲裁しているのですよ。

 あなたたちが敷金を戻してくれと思うのも、ごもっとも。

 しかし、家主が返せないというのも、これまた当然のこと。

 今回は、ちょうど電話がかかってきて、いっしょに聞いていたからわかったでしょ。

 とういうことで、あとは家主さんと話し合って、お互い納得できるような処理にしてもらってください。

 ここで私の仕事は終わらせていただきます。

 どちらの味方をしても、反対側の人から嫌われるますからね。

 1円にもならなくて、人のもめごとにははいりたくないですからね。」と、突き放した。

 目の前の人は、ただ納得するしかなかった。

 しおらしいその姿を見て、「私はね、今回の話は敷金を全部放棄して、それ以上の損害金を猶予してもらうように納めるのがお互い最良解決方法だと思っているのですよ。

 実際、家主さんが言っていたように次の入居者はなかなか決まらないと思いますよ。おそらく少し家賃をさげることになるでしょう。

 だから、家主が損害金を要求したい気持ちもわかる。

 だけど、あなたに何の落ち度があったわけでもないし、亡くなったお母さんを責める問題でもない。

 それに、失礼だけど、、あなたも損害金を払うような余裕はないでしょう。

 だからですね、そこいらを念頭に置いて、敷金を放棄して、敷金の範囲ですべてを納めるつもりで折衝するといいと思います。

 払えないような損害金を請求されて困ったときは、相談にきてもいいですから。」と言って、御夫婦を見送った。

 ついつい、賃借人にも賃貸人にも、大きな声を出してどなりつける悪徳不動産屋だった。

2015年2月20日 (金)

悪徳不動産屋日記 10年ぶりの電話

 十数年ぶりの電話だった。

 「久しぶり。元気でやってますか?」

 その声に、ちょっと嫌な予感がした。

 電話の主は高校の先輩だった。

 同窓会で挨拶をすることはあったが、親しく言葉を交わすほどの付き合いはなかった。

 古いアパートを持っておられるが、ここ10年余り声がかかったことはない。

 なにかトラブルでもあったのかと思いつつ、言葉を返した。

 「なんとかやってます。ほんとうにお久しぶりですね」

 あいさつの言葉もそこそこに、先輩はすぐに用件に入った。

 「君がお世話してくれた入居者が、室内で亡くなっているのが昨日見つかってね・・・」

 嫌な予感が当たってしまった。

 孤独死?立会い?遺品整理?

 不安がよぎる。

 
 つきあいのある同業者からも、管理物件内での孤独死の経験談を聞いたことはあるが、35年になる私の不動産業生活の中で、そんな経験は一度もない。

 私に何をしてくれというのだろう。

 こんな仕事をしているのだから、遺品整理の立会いをしてくれと言われたら、やるしかない。

 そう覚悟を決めていたのだが、用件は、賃貸借契約書控えがあったら内容を見てもらいたいという、簡単なないようだった。

 孤独死ではあるが、亡くなったその日に発見されていた。

 友達と夕食をいっしょに食べようと約束していたのだが、約束の時間になっても来なかった。

 それで、電話で連絡をしたのだけど電話に出ないので、何かあったのではないかと部屋に来てみたら亡くなっていたということらしい。

 その日にも連絡を取り合っていたので、本当に突然のことだったようだ。

 部屋に内鍵がかかっていたので、警察を連絡をして、警察が窓から入って遺体を確認していた。

 亡くなってすぐに発見された事も、内鍵がかかっていて部屋に入れず、警察から鍵を開けてもらったことも、不幸中の幸いといえる。

 亡くなって数日たって発見されると死臭がひどいらしい。

 同業者が経験した話しでは、匂いがとれずに床も壁もぜんぶ張り替えたそうだ。

 孤独死して日数が立って発見されたことは、仲介するときの説明事項になるので、後の入居者がなかなか決まらないことになる。

 警察の立会い前に部屋に立ち入ると事件性を疑われることになって、面倒なことになる。

 ある意味不幸中の幸いな出来事で、すでに遺体も運び出されていて、親族との連絡もとれている。

 「〇〇さん。大変でしたけど、不幸中の幸いだったですね。」

 と、私も安堵した思いだった。

 随分昔のことだし、社員が決めた仕事だったので、入居のやりとりについては私はまったく記憶していなかった。

 契約書の控えを調べると、契約したのは13年前のことだった。

 法的には書類の保管義務の期間もとうに過ぎている。

 退去の立会いの義務もないのだが、むげに断るわけにもいかない。

 契約書をコピーして届けに行った。

 事後の処理についていろいろ相談があるのかと思って時間を伝えていたのだが、留守だった。

 遺族との話しもとれて、契約書さえあれば済む話なのだろう。

 心配することはなかったと、郵便受けに契約書を入れて帰って来た。

 数時間後にお礼の電話が入り、「時間をとらせないから、もう一度寄ってくれないか」とのこと。

 やっぱり事後の相談事かな?それとも、お礼の品をくれるのかな?と思いつつ訪問する。

 いずれにしても、まったくのサービス業務だ。

 果たして、用件は「ほんの気持ち」ということで、焼酎(紙パック1.8L)をいただいた。

 私はアルコールは飲まないのだが、気持ちがありがたい。

 ありがたく頂戴したが、この焼酎で、もう一仕事させられるのかもしれないという予感がまたまたよぎった。

 予感はあたった。

 そして悪徳不動産屋の本領を発揮することになる。

 その悪行所業は、明日のブログに書かせていただくことにする。

2015年2月19日 (木)

入来祐作氏 ソフトバンクホークス投手コーチに就任

 DeNA1軍用具担当の入来祐作氏の、ソフトバンクホークスの投手コーチ就任が決まった。

 入来さんは、我が県、宮崎県の都城出身。

 96年にドラフト1位で巨人に入団。

 その後、日本ハムに移籍。

 06年に大リーグをめざしニューヨーク・メッツとメジャー契約をするも、マイナー生活に終わる。

 08年横浜に入団するが、結局この年に現役を引退した。

 「野球選手じゃなくなった時にやりたいことが全く見つからず、野球界から離れて、自分がやりたいことって 何もなかった」そうだ。

 「何をやっていいかわからない状態でも、野球の世界を離れることは考えられず」、志願して09年から横浜の打撃投手になった。

 しかし、制球難のせいで打撃投手の任もはずされてしまい、用具係として4年間を過ごしてきた。

 ドラフト1位指名の経歴をもちながら、用具係としての生活。

 野球の世界から離れたくない思いだった。

 いつかはコーチにと思っていたが、実際はあきらめていた。

 そんな入来さんに、ソフトバンクホークスの工藤監督から「いっしょにやらないか」との声がかかった。

 工藤監督とは、巨人で4年、横浜で1年間ともにプレーしている。

 この時の入来さんの野球に対する熱い思いが、工藤監督のコーチ要請になったのだろう。

 奈落の底からの蘇生。

 このところ、ちょっと打ちのめされていて、気力が萎え気味だった私を励ましてくれるニュースだった。

2015年2月13日 (金)

 西川公也農相に政治資金規正法違反の疑い

 西川農相の政党支部が、国の補助金を受ける会社から300万円の献金を受けていた。

 これは、政治資金規正法違反の疑いが強い。

 西川農相は、「取材を受けるまで補助金のことは知らなかった。(問題があることに)議論の余地がないのですぐにお返しした」と答えている。

 またまた発覚した政治献金問題。

 いつものことではあるが、政治資金規正法違反の謡いのある献金を受けた政治家は、「すぐにお返しした」と言って、平然としておられる。

 日本の法律は、泥棒しても、盗んだものを返せば罪にならないのだろうか。

 万引きが見つかって、金を払えば罪にならないわけではない。

 献金を受けた時点で犯罪を犯しているのではないか。

 なぜ、官権やマスコミは政治家には寛容なのだろう。

 万引きするふりをして動画を撮影した少年が、建造物侵入容疑で逮捕された。

 コンビニは買い物をする場所であるのに、買い物をする目的ではなく動画を撮影する目的で不法侵入したということなのだそうだ。

 この少年の犯した罪と農相が犯したかもしれない罪と、どちらが重い罪なのだろう。

 万引きしようとして捕まったら、「お金を払おうと思っていたけど、うっかり品物をもったまま外に出てしまった。すぐにお支払いします。」と言えば、窃盗罪には問われないかもしれないなあ。

2015年2月12日 (木)

悪徳不動産屋日記 120年ぶりの民法改正と不動産取引

 民法改正の最終案が固まった。

 民法は5編にわかれているが、今回改正されるのは主に契約に関する部分で、「債権法」と呼ばれている部分だ。

 民法の内容が改正されるのは、1896年に民法が制定されて以来120年の歴史の中で初めてのことである。

改正は200項目にも及ぶそうだが、不動産取引にかかわる注目すべき改正がいくつか行われている。


まず、賃貸借契約の敷金の定義が明文化された。


これまでは敷金の定義については民法では明確にされていなかった。


改正案では敷金について、「いかなる名義をもってするかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。」と明文化されている。


また敷金返還時期についても、「賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき」と明文化される予定である。


さらに、賃貸借契約終了時の原状回復義務について、「通常損耗あるいは経年劣化原状回復義務の範囲には含まれない」というこれまでの判例が明文化される予定だ。


 通常の生活で傷めたり日焼けしたりした畳・襖・壁紙の張り替え代の請求を拒むことができることになるわけだ。

 これで、契約終了時に家主との間でトラブルの多かった敷金返還について交渉がやりやすくなる。

 一部ではあるが、何だかんだと難癖をつけて敷金を返そうとしなかったり、現状回復と称して室内のリフォーム費用を請求する家主がいた。

 そんな家主には、私は30年前から戦いを挑んできた。

 そんなとき「悪徳不動産屋」呼ばわりされたが、やっと私の理論が法制化された思いだ。

 不動産の賃貸借で、もう一つ気をつけなくていけない改正点は、連帯保証人についての改正だ。

 連体保証人も大きな改正がされる。

 このことについては、また別の機会にとりあげたいと思うが、賃貸借契約にあたって「個人根保証契約について極度額設定の義務化」については、従来の賃貸借契約書を見直す必要のある重要な改正点になる。

 「個人根保証契約について極度額設定の義務化」というのは、「一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約(「根保証契約」)であって保証人が法人でないもの(「個人根保証契約」)の保証人は、極度額を限度として保証債務を負う(その範囲でしか負わない)ことが規定され、かつ、書面により極度額を定めないと保証契約自体が無効となる」という規定だ。

 賃貸借契約の連帯保証契約は「根補償契約」になるので、極度額を定めてない契約では補償契約が無効となる。

 改正後は、宅建協会等で基本となる契約書が提供されることになるだろう。

 考えられるのは、契約書の連帯保証人の条項に極度額を明記することになるのだろうが、巨額の極度額を設定すると、保証人のなりてを見つけることが難しくなるかもしれない。

 かといって、定額の極度額を設定したのでは債務不履行の担保ができないことになり、極度額の設定については、なかなか悩ましい問題になるかもしれない。

 悪徳不動産屋の私が心配するまでもなく、加盟している宅建協会が民法改正の対策は指導してくれるだろう。

 善良なる消費者の皆様も自分にかかわる改正点には、くれぐれもご注意ください。

2015年2月11日 (水)

悪徳不動産屋日記 悪質滞納者

先週のこと。
 
  「おひさしぶりー。ここに店を出しちょったっちゃねー。」
 

  威勢の良い声を発しながら、なつかしい女性がドアをあけて入ってきた。
 
 
  なつかしいといっても、色恋沙汰とはまったく無関係の女性だ。
 
 
 20数年前に仕事がらみで知り合った方だ。

 不動産が好きで、結構不動産の売り買いをしておられた。

 その当時ちょくちょく不動産のことで相談を受けたが、私の仕事につながったことはなかった。

 その後ご縁がなくて、顔を合わせることもなかった。

 もう80歳を迎えているはずなのに、見た目も立ち居振る舞いも、以前お会いしたころと変わりが無い。

 ときどきこんなスーパー年寄りがいる。

 私がここに事務所を構えて15年になる。

 「ちょっと寄ってみた」と言っているが、なにか相談事があってのことなのだろう。

 私にとって、あまり楽しい相談ではないことは想像できた。

 というのも、賃貸不動産の管理は他社に依頼しているし、弟さんも個人で不動産業をやっているからだ。

 なにかもめごとをかかえて、私に解決方法の知恵を借りようというところだろう。

 「ほんと、ひさしぶりですね。しかし、まったくお変わり無いですねー。びっくりしますよ」と、お世辞ぬきで挨拶して椅子をすすめる。

 
 「そんなことないわよ。すっかりおばあさんちゃんよ」と、以前と変わらない大きな声で話をされる。

 「隣(のスーパーに)買い物に来たら、あなたの店が目に留まったから、ちょっと寄ってみたのよ」とおっしゃる。

 私がここに事務所を構えて16年になる。

 隣のスーパーは繁盛店だから、この方がここに買い物に来たのが初めてということはないだろう。

 なにか用件があってのことに違いないのだが、しばらくは昔話にお付き合いする。

 「ところでね・・・」

 きたきた。肝心の要件に入るみたいだ。

 「あなたも知っているだろうけど、〇〇町の貸店舗だけどね、家賃が1年以上入っていなくて100万円以上も滞納しているのよ」

 1年以上も滞納させているというのはひどい。

 最悪の悪質借家人だ。

 1年以上滞納していて平気で営業を続けているような借家人は、追い出すにしてもなかなか面倒なことが多い。

 思わず、「なぜ1年以上も滞納させたんですか。1年以上も滞納させるというのは、家主にも責任がありますよ。」と言ってしまった。

 女性は、被害者だと思っている自分が攻められたのだから面白くない。

 管理を息子にまかせていたものだから、こんなことになったのだという。

 滞納に気がついて、女性が直接督促に行ったこともあるようだ。

 「頭にきていたものだからね、督促に行って、店の中で大きな声を出して叫びまくったのねよね。そうしたら、私を年寄りだと思って、近所に惚けておかしくなって大声をだしているなんて言ってるのよ」と、ちょっと興奮気味に話しだした。

 悪質滞納者はよくないけど、店舗の場合、中の設備や造作は入居者のものだし、退去させると収入がなくなってしまうし、なかなか簡単にはいかないですよ。それにしても1年以上とはひどい」

 私には、まったく関係の無い話だし、滞納家賃の集金も退去についてもかかりあいたくはない。

 当然、入居させた不動産業者や弟さんにも相談した上の話なのだろう。

 仕事として私に依頼したいと言うことでもないようで、私ならなにかいい方法が聞けるのではないかというところだろう。

 本音は早くお引き取りねがいたいのだが、昔なじみなのでそうもいかない。

 「1カ月分の家賃を払えない人に、まとめて1年分払えといってもなかなか難しい話でしょうね。滞納分をまとめて回収するのは不可能にちかいですよ。」

 「もうひとつは、法的に手続きをとって退去させることもですが、法的にやると時間も費用もかかりますよ。

 なんとか退去させたとしても、次の入居者が決まるのには相当時間がかかりますよ。
現実問題としては、根気よく請求を続けて滞納分を少しずつ追いつかせるしかないですね。」

 余り深入りしたくなかったが、まったく無視するわけにはいかない。

 一定の助言をしてあげようと思って、「1年以上も滞納していて、額が100万円を越しているというけど、一カ月の家賃はいくらですか?」と聞いてみた。

 すると、なんと、「家賃はいくらか知らないわよ」と言うではないか。

 家賃も知らないということは、滞納額も性格ではないだろう。

 敷金や礼金とかの契約の内容もまったく承知していない。

 こんな話しに掛かり合ってはいられない。

 「入居者に話をするのに、家賃も知らないのでは話しにならないですよ」と、少し口調を荒らげることになった。

 そんな私の気持ちを察したのか、「はらが立つから売ってしまおうかとも思うのよ」などと言う。

 なかなか微妙な言い回しである。売るという話を餌に、私に食いつかせようというのだろうか。

 売ることを前提として解決を依頼されるのであれば、不動産屋としての仕事になる。

 1年以上もの滞納があって、督促しても家賃を入れないというのであれば、賃貸借契約を維持できないだろう。

 法的にも退去を求めることができる。

 家主がそこまで決心してかかれば、悪質入居者も家賃を入れだすかもしれない。

 仕事として依頼をされるのであれば、楽しい仕事ではないが受けることも考えなくてはならない。

 「売却を前提にして交渉してみますか?」と打診してみると、案の定「今売ると大した値段では売れないものね・・」と、歯切れの悪い言葉。

 やはり、知恵だけ拝借ということなのだろう。

 それとも、不満やグチをきいてもらいたいだけなのだろうか。

 悪徳不動産屋としては、そろそろお引き取り願いたい。

 そこで、「不動産をやっている弟さんに、集金を依頼したらどうですか」と言ってみる。

 「あの子は頼りないから」と言う。

 私を頼りにしては欲しくないから、「集金に関しては、私より弟さんの方が迫力があって適役だと思いますよ」と、話を切り上げることにした。

 その雰囲気を察して、「弟に話をしてみようかね」と言って、お引き取りくださった。

 不思議なもので、20年間1度も会うことのなかったこの女性に、買い物に行った文房具店でお会いした。

 
 「こんにちは。会いだすと逢うものですねー。」と声をかけてみた。

 「ほんとにねー。不思議だわねー。」と彼女。

 「ところで、先日の話し、弟さんに相談されましたか?」と聞いてみた。

 すると、「あーー。あの件ね。あの後、会社に戻って事務員に家賃のことを聞いたら、このところ2カ月分ずつ家賃を入れてきているということだったわ」と、平然と言うではないか。

 私に対するお詫びの気持ちは全くない。

 あの時、確認もせず家賃督促の仕事を引き受けていたら大変な自体に追い込まれていた。

 またしても、善良なる消費者の所業のに脅かされる悪徳不動産屋なのであった。

2015年2月 8日 (日)

悪徳不動産屋日記 自分にやさしく(その2)

 昨日のブログの続き。

 売主が所有権移転登記に必要な権利書を持参していなかった。

 

 丁々発止で私と渡り合っていた売主だが、こうなるととたんに素人に変身する。 

 素人だから権利書の見分けがつかないのは当然なのだ。

 ということで、司法書士が売主宅に同行して権利書を確認してくれることになった。

 司法書士も、いい迷惑なのである。

 12月に開業したばかりで、(失礼ながら)まだ忙しくないから同行してくれたけど、通常は司法書士がこんなことまでしてくれない。

 車で片道15分。往復30分。書類を探す時間をいれると小1時間かかる。

 権利書があれば、それで良し、なければ司法書士の本人確認情報での登記の手続きの準備が整ったら代金を支払うということで、私は事務所でたいすすることになった。

 50分くらい経っただろうか、いきなり売主が当社の事務所に入ってきた。

 結局、権利書はなくて司法書士の本人確認情報で手続きを頼んだとのこと。

 だから、「お金(売買代金)をもらいに来た」と言うのだ。

 司法書士からの連絡はない。

 「司法書士に確認しないと代金は渡せませんよ」と言うと、 「そこで頼んで来っちゃが」と、悪びれずに代金を要求する。

 間違いないでしょうけど、ちょっと確認しますので待ってください、と言って司法書士に電話で確認をとった。

 確認がとれて、用意していた代金を支払うことにした。

 シロウトさんだから当然領収書なんぞ用意していないだろうから、領収書はこちらで用意していた。

 その領収書に署名と印鑑をお願いすると、「印鑑は持ってないよ」と言う。

 司法書士に印鑑をついたから、印鑑は家に置いてきたというのだ。

 まったくマイペース。

 「印鑑がないとお金は渡せませんね・・」と、ちょっといじわるをしてみる。

 すると即座に、「拇印でいいじゃろ」と、自分に都合の良い知識はお持ちになっている。

 凄腕のシロウトさんにかかると、気の弱い悪徳不動産屋は手も足もでない。

 またしても素人さんに翻弄される、情けない悪徳不動産屋なのであった。

 

2015年2月 7日 (土)

悪徳不動産屋日記 自分にやさしく

 昨日、当社が買主での取引があった。

 売主さんは、現在住んでいる家は2軒めの家で、最初に買った家を息子さんを住まわせていた。

 息子さんが住んでいた家を売りたいという依頼だった。

 営業職のせいか、この人の性格なのか、自分のペースで商談をすすめてくる。

 過去に不動産取引を2度経験しているせいもあってか、悪徳不動産屋の私が、まったく自分のペースをつかめない。

 結局、売主のペースで契約が決まった。

 もう少し価格交渉をしたかったのだが、結局売主の希望の価格で契約になった。

 不動産取引は3度目とはいえ、相手は素人。

 取引の手続きについて書面で説明をするのだが、話を軽く聞き流す感じがして、なんだか不安を覚える。

 取引について必要な書類等については、前もって文書で案内している。

 必要書類は、権利書、印鑑証明書、住所変更登記用の住民票。

 書面を見ながら、口頭でも説明したのだが、「そんなことわかっているよ」というように、さらっと聞いている。

 「ほんとにわかっているのかいな」と、なぜか不安がよぎる。

 2日前に念のために電話で確認すると、「わかっている」と言う。

 話は調子がいいのだが、不安がぬぐえない。

 それで、前日にも最終確認の電話をいれた。

 しつこいと思われるかもしれないから「明日の取引の件ですが、予定通りでいいでしょうか?」と、話を切り出す。

 「書類の準備はできてますか」という言葉をハッスル前に、「いいよ。書類も全部揃っている。」と言う。

 はたして、昨日の取引となった。

 少し早めに銀行に行って、すぐに代金を支払えるように段取りをすませて売主さんを待った。

 司法書士と、売主さんが同時に銀行に入ってきた。

 代金の準備はできている。

中に 応接室で、司法書士に必要書類の確認をしてもらう。

 「書類をお願いします」と言うと、大きな書類封筒の中から書類を取り出した。

 家にある重要書類入れにしていた大きな封筒をそのまま持って来たようで、いろんな書類が入っているようだ。

 「これでいいんでしょう?」と言って、書類を取り出す。

 印鑑証明書、住民票はあるが肝心の権利書がない。

 「権利書がないですよ」と言うと、「これでしょ」と指し示したのは、購入時の売買契約書だった。

 「これではないですね」と、封筒に入っている書類を確認させてもらう。

 ごちゃごちゃと書類はあるが、肝心の権利書はない。

 あったのは抵当権抹消の登記済証や、登記簿謄本や、売買契約書のコピー。

 「これは意味のない書類で、全部捨ててしまっても良かった書類ですね。肝心の権利書はありません」というと、

 不安が的中してしまった。

 不安のあるお客さんの場合、事前に権利書の確認をするのだが、この方の自信満々な態度に確認を省略してしまった。

 人は自分にミスについては寛大だ。

 そして、お客さんは突然、素人になる。

 「素人だから、どれが権利書かわからんよね」と、まったく悪びれたところがない。

 権利書が無い場合は、司法書士の本人確認情報作成してもらうことによって取引はできる。

 ただし、本人確認情報作成については2万から3万円の費用がかかる。

 費用がもったいないので、司法書士がお客さん宅に行って権利書をいっしょに探してみるということで、時間をあらためての取引になった。(この顛末については後日お話したいと思っている)

 
 当然ではあるが、お客さんから「申し訳ない」という言葉は発せられなかった。

 今回、当社が買主だったから良かったものの、買主が普通のお客さんだったら激怒されたことだろう。

 かくして、またしても悪徳不動産屋が誕生することになるのである。

2015年2月 6日 (金)

ヨルダン空爆と雪

 イスラム国によるヨルダン軍パイロット殺害への報復として、ヨルダン軍は5日、イスラム国の拠点に大規な模空爆を実施した。

 その後、「(空爆は)序章に過ぎない。このテロ集団を壊滅させる」との声明を発表した。

 「復讐する」という言葉がとびかっている。

 報復の連鎖が広がっている。

 安倍総理も、「(イスラム国に)罪は償わせる」と声高に叫んだ。

 閣議決定での集団自衛権行使の憲法解釈の変更。

 イスラム国は、日本を敵国として名指しした。

 なんだか不穏な空気が流れている。

 だけども問題は今日の天気。

 東京に雪が降るのか降らないのか。

 昨日も、今日も、ワイドショーニュースは、各局とも、こぞって東京の大雪予想に時間を割いていた。

 昨日は、東京に大雪が振るぞ、振るぞと大騒ぎ。

 大雪で交通が乱れ、生活が混乱するぞと驚かす。

 予想がはずれて雪が降らなかったら、何で予想がはずれたかを、長々と説明する。

 チャンネルを変えても、変えても、どの局も天気の解説に、いやになるほど時間を割いている。

 
 日本の国民は、そんなに天気に興味があるのだろうか。

 井上陽水の「傘が無い」が頭の中をかけめぐる。

2015年2月 4日 (水)

安倍総理は報復を誓った?

 後藤健二さん殺害をうけて、安倍総理は「テロリストたちを絶対に許さない。その罪を償わせるために、国際社会と連携してまいります」と、強い怒りを表明した。

 私はその言葉を聞いて不安を感じた。

 そのことは一昨日のブログに書いた。

 やられたら、やりかえす。

 「罪を償わせる」という言葉は、宣戦布告そのものの言葉。

 憎しみの連鎖に突入してしまう。

 その不安は当たった。

 ニューヨークタイムスは、「日本の平和主義から離れ、安倍晋三首相は殺害への報復を誓う」という見出しで、安倍首相の談話を「テロリストに代償を払わせる」と紹介した。

 ニューヨークタイムスだけではなくワシントンポストもBBSも、同様の報道をしている。

 安倍総理は、歩みをとどまることはしない。

 安倍総理は、「国民の生命、安全を守るのは政府の責任。その最高責任者は私」だと言っている。

 総理は、海外で暮らす日本国民からは「総理の発言は私たちの安全を危うくしてまった」と不安の声があがっている。

 総理は、その不安にどう答えるのだろう。

 

 

2015年2月 3日 (火)

後藤氏に対する疑問

 後藤健二氏殺害にマスコミが小躍りしているように見える。

 持ち上げるもの、疑問を呈するもの、とにかく視聴率がとれるのだろう、お騒ぎである。

 想像していたことだが、後藤氏を英雄扱いする流が主流になりつつある。

 Amazonでは後藤氏が著していた本のすべてが売り切れ、入荷待ちになっている。

 しかし、後藤氏のイスラム渡航は、3度に及ぶ外務省の渡航中止要請をふりきって行われたもの。

 私は、後藤氏の死については、自己責任であり同情には値しないと思っている。

 後藤氏が自ら動画で覚悟のほどを語っている。

 本人にとっては本望を遂げたのだと言うべきだろう。

 本人は本望であろうが、まわりに多大なる迷惑を及ぼした。

 それは、スキー場の場外滑走による遭難事故の数万倍の大迷惑である。

 スキーの場外滑走で遭難して、救助隊に厳しくしかられる映像が何度も流されていた。

 場外滑走での死亡事故のニュースも流れたが、同情の声はまったくなかった。

 後藤氏の渡航は、外務省からの再三の中止要請を無視してのもの。

 空気を読んだマスメディアは、後藤氏をジャーナリストの鏡のように持ち上げているが、後藤氏がひきおこした迷惑ははかりしれない。

 話題性のある犯罪が話題になると必ず模倣犯が現れるが、今回の事件で模倣ジャーナリストが現れないことを祈りたいものだ。

 

2015年2月 2日 (月)

憲法9条の活用

 後藤健二氏が殺害されてしまった。、

 ひざまづかされた後藤さんの後ろに、ナイフを手にした黒装束の男が立ち、「日本政府に告ぐ」と、次のようなメッセージを発していた。

 「日本政府へ。おまえたちは邪悪な有志国連合の愚かな参加国と同じように、われわれがアラー(神)の恵みによって権威と力を備え、おまえたちの血に飢えた軍隊を持つ「イスラム国」だということを理解していない。

 アベよ、勝ち目のない戦いに参加するというおまえの無謀な決断のために、このナイフはケンジを殺すだけでなく、おまえの国民を場所を問わずに殺りくする。日本にとっての悪夢が始まるのだ。」(共同)

 そして黒装束の男は後藤氏の首にナイフを当てた。

 画像は中断し、次に、横たわる遺体の上に切断された首が置かれている画像が流されていた。

 私は、あからさまに日本を敵視したメッセージに驚きを覚えた。

 今まで、中東は日本には好意的だと思っていた。

 どうしてイスラム国はこんなに日本を敵視するのだろう。

 その矛先は安倍総理に向かっているようで、実際、「アベ」と名指しで批判している。

 この暴挙に対して安倍総理は、次のように強く批判している。

 「テロリストたちを絶対に許さない。その罪を償わせるために国際社会と連携していく。」

 これは、憎しみの連鎖が始りだ。

 気の弱い私は、安倍さんの強い言葉に恐れを感じた。

 安倍総理は、後藤氏が拘束されている情報を知っていながら、イスラエルを訪問し、イスラエルの国旗を背に、「イスラム国と戦う周辺諸国を支援する」と宣言した。

 それに呼応するように、人質殺害予告の動画がネットに公開された。

 安倍総理は、「支援」は「人道的支援」に限るものだと、繰り返しくりかえし説明をしているが、「イスラム国と闘う周辺諸国を支援する」という言葉を、私も落ち着かない気持ちで聞いていた。

 敵対する「イスラム国」には、それが自分たちに対する挑発に聞こえても仕方がないことだろう。

 安倍政権は、「積極的自衛権」という名の平和外交、閣議決定による集団的自衛権の憲法解釈の変更と、自衛権の強化をはかっている。

 私も、武力無き平和はありえないと思っている。

 実社会においても、腕力のある者は相手が弱いと見ると無理難題を押しつけてくる。

 私は喧嘩はからっきしだめだから、暴力的な相手に対して引き下がってしまう口惜しさを数知れず経験している。

 だから、日本が強力な武力を持つことには大賛成だ。

 そして、自国の主権を侵す者に対しては断固として闘うという姿勢は明確にするべきだと思う。

 その意味において、憲法9条の改正は必要だと思っていた。

 しかし今回の事件で、憲法9条を残して、うまく使うといいと思った。

 だれだって、他人の喧嘩にまきこまれたくはない。

 自分がやられたら助けてほしい。

 だけど、自分は人の喧嘩の手助けはしない。

 そんなむしのいいことは、国際社会は許してくれないだろう。

 そこで憲法9条を盾にするのだ。

 憲法により、国際紛争を解決する手段として武力は使えないということで許してもらうのだ。

 日本は、憲法9条により「自分から戦争をしかけない国」であり、「多国間の紛争にも介入しない国」だと理解されいた。

 ずるいやりかたではあるが、アメリカが作ってくれた憲法9条を、日本の都合のいい解釈で押し通すことだ。

 平和憲法を押しつけてきてのはアメリカなのに、今、アメリカの都合で日本の憲法解釈を変えようとしているように思える。

 「テロには屈しない」と声高に叫び、テロ組織を壊滅するためなら、なにをやっても許されるというのはおかしい。

 テロ組織は自爆テロで、罪のない多くの市民の生命を奪っている。

 そのテロ組織を壊滅するために、砲撃や空爆で犠牲になる民間人は、テロ集団の自爆テロ以上の数になるのではないか。

 「テロに屈しない」「テロとは断固として闘う」と大きな声をあげる人は、戦いの前線には立たない。

 前線に立たされるのも、巻き添えになって犠牲になるののも、全部一般市民だ。

 「テロに屈せず、闘え!」と命令する人は、安全なところに身を置く立場の人だ。

 テロへの憎しみの炎に油をそそぐことはやめることだ。

 憎しみの連鎖からは平和は取り戻せない。

 テロ集団が分別の無い暴徒だというのであれば、分別のある国家の主導者たちこそ冷静になって、憎しみの連鎖を絶つ方法を考えるべきだろう。

 憲法9条の改正をやるべきだと思っていたけど、ずるい大人になって憲法9条を利用することが日本の歩む道ではないかと思ったりしている。

 憲法9条をうまく身にまとえば、国際紛争の仲裁役になれたのではないか。

 それも、今となればかなわぬことになってしまった。

2015年2月 1日 (日)

寂しい墓標

 25年以上も前のこと、お客さんの職場にかかっていたカレンダーを目にして、私は衝撃を受けた。

 「そのうち そのうち べんかいしながら 日がくれる」

 下手くそな筆文字に見えたが、なぜか惹かれるものがあった。

 「みつお」という署名と落款がある。

 お客さんの名前も「みつお(三男)」だった。

 先生と呼ばれる職業の方で、若くして人から尊敬を集めていた。

 私は、この先生の書をカレンダーにしているのかと思った。

 職員さんにたずねてみたら、市販のカレンダーだとのこと。

 インターネットの無い時代で、「みつお」なる人の正体を調べるすべがなかった。

 しかし、下手くそに見える文字が気になってしかたがなかった。

 カレンダーをよく見ると、大きな筆文字の下に小さな活字で詩のようなものが書いてあった。

 そのうち…
 そのうち…
 そのうち…   と

 できない理由を
 くりかえしているうちに

 結局はなにもやらなかった
 空しい人生の幕が下りて
 頭の上に 寂しい墓標が立つ

 私は、このままでは「寂しい墓標」が立ってしまうと感じた。

 寂しい墓標が立たないように、「今、やろう」と思った。

 しかし、「今、やろう」は、「そのうちに」「そのうちに」と、25年余り手つかずのままだった。

 今まさに、自分の頭の上に「寂しい墓標」が立ちつつある。

 もうそれは、避けようもないことかもしれない。

 そう感じて、何も言えなくなってしまいそうになっている。

 まだ、なんとかしたいとは思っているが。

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