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2015年7月

2015年7月30日 (木)

悪徳不動産屋日記 訳あり物件 霊感と直感

 私は、突如として、不思議な直感が働くことがある。

 具体的な例はいくつもあるのだが、昨日、今商談をしている不動産会社のセールスレディさんと話の中でも、この直感にまつわる具体的な話になった。

 この女性社員さんは、まだ二十歳ちょっと。

 若くて可愛らしいのだが、楚々として今風の若い女の子のようなけばけばしい感じはない。

 礼儀正しくて、頭も良さそうで、なんとも感じがよい。

 要は、私好みの女の子なのだ。

 こんなことを面と向かって言うと、悪徳不動産屋にセクハラの冠がついてしまうので、そのなことはおくびにもださずに応対している。

 とはいえ、男の悲しいサガ。

 好みの女の子を前にすると、ついついお喋りになる。

 こう見えて(どう見えているかはわからないが)私は奥手で、若いころは好きな女を前にすると何も話せなかったのだが、この年になると恥じらいを無くしてしまったようだ。

 年寄りがおしゃべりになると、話題は昔話である。

 昨日はこんな話をした。

 今商談している物件の価格がちょっと安すぎるような気がして、訳ありの物件じゃないか確認したところからその話が始まった。

 訳あり物件というのは、自殺、殺人、事故死等のあった物件のこと。

 今商談している物件については、売主さんに確認したけど、いっさいそんな事実はないということであった。

 売主さんについては私も多少分かっているし、その話に嘘はないだろう。

 そんなやりとりをしていて、私が昔、訳あり物件を売らされそうになった話になった。

 随分昔のことだが、知り合いの紹介で中古住宅の売却の依頼を受けることになった。

 売主とあって話をしたところ、売りたいのは親の家で、引っ越しをしたがまだ中に荷物が残っているということであった。

 荷物は近日中に全部処分する予定だが、今忙しいので、私に鍵を預けておくので売却にかかってもらいたいということであった。

 場所も良く、売り易すそうな物件だった。

 しかも、もう必要がない家だし早く売りたいということで、売却希望価格も相場より安かった。

 それで、アパート経営を仕事にしているお客さんに貸家として勧めてみようと思って、まずは私が下見をすることにした。

 南向きの家で、土地の面積も建物の面積も広すぎず狭すぎず、建物の傷みも少ない。

 玄関の鍵を開け家の中を見て回っていたら、なんか、いやーな気分になった。

 嫌な気分というより、気持ちが不安になるといった感じといったほうが性格かもしれない。

 天気はいいし、家の中は整理されているのだが、なんだか晴れ晴れしくなくて落ちつかないのだ。

 長居はしたくないし、早々に玄関を出ると、隣家の人が庭いじりをしていた。

 引っ込み思案の私は、普通なら声もかけずに帰ってしまうはずなのに、隣家の人に近づき声をかけた。

 名刺を出して、この家の売却の依頼を受けた不動産屋だとご挨拶した。

 案内等でたびたび出入りすることになるので、ご迷惑をおかけしますという話もした。

 そんな話をしているうちに突然、「この家で、事故かなんかあってないですか?」と聞いてしまった。

 自分でも意識していなかったことだったのだが、勝手に言葉が飛び出したという感じだった。

 隣家の人は、「いや。なにもないよ。」と答えた。

 その後すぐに私は、想定していたお客様にこの物件を持ち込んだ。

 思った通り興味を示し、すぐに案内になった。

 即座に、買い付け価格を提示され、売主さんもその価格を了承し契約の日程も決まった。

 余りにもあっけない決まり方で、こんなことがあるのかと喜んでいたら、その2日後に買主からキャンセルの電話が入った。

 不動産仲介業をしていて、こんなドタキャンをされると窮地に追い込まれてしまう。

 取引の相手方からすると、不動産屋がいい加減な話をしていたと思われてしまうのだ。

 この買主は何度も取引しているお客さんで、そんなにいい加減な人ではない。

 どういう訳かと理由を聞いてみると、「あの家は自殺があったというじゃないか!」と言うではないか。

 私は、「誰がそんなことを言ったのですか?私は隣家の人に確認したけど、なんにもなかったと言ってたんですよ。」と答えた。

 その私の答えに対するお客さんの話を聞いてびっくりした。

 それを教えてくれたのは、私が聞いた隣家の人だというではないか。

 お客さんは、掘り出し物の良い買い物をしたと嬉しくて、奥さんに自慢しようと思って物件を見せに行った。

 車を止めて二人で家をながめていたら、隣家の人が庭いじりの手を休めて近づいて来て、声をかけてきた。

 「なにをしているのか」という問いに、「今度、この家を買おうと思っているのだ」と答えると、「この家では自殺があったのだ」と忠告してくれたのだそうだ。

 それも、この方が発見者で、玄関からすぐにつながる階段で首をつっていたと言うではないか。

 私が何もなかったかと聞いて、何もないと答えた人である。

 寒けが私の体をはしった。

 そのあとすぐに、「助けられた」という安堵感がわいてきた。

 取引の後に自殺したことがわかったら大騒動だった。

 私は、改めて自分の直感力を再認識した。

 私は、これを直感力と言っているが、これを職業にしている人が霊能力と言っている力と同等だと思っている。

 私は、これを霊能力と言えばお金になるかもしれないと思っているが、私は直感力だと思っている。

 私が理由も無く嫌だなと思う人がいるのだが、そんな人とはかかりあわないことにしている。

 昔、私の勤めている会社で、大事なお客さんとして会社をあげて大事にしていたお客さんがいた。

 私とは関係のない部署でのお客さんで、その人の内容を私は全然知らないかったのだが、すれ違った瞬間に私の直感力がその人を嫌だと感じさせた。

 会社をあげてそのお客さんをもてなしていたのだが、結果的にその人は会社に多大な損害を与える詐欺的な輩だった。

 こんな話を思い出させたのは、冒頭に登場した私好みの女性社員さん。

 そう、この女性社員さんの話からだった。

 ちなみに、説明のできない私の直感力。

 安倍総理の国会答弁を見ていて、私の直感力は私を不安におとしいれる。

2015年7月27日 (月)

一因? 原因そのものだろう!

 岩手県の中学生「いじめ自殺」事件で、学校側がいじめを認め、「いじめが自殺の一因と考えられる」と表明した。

 なぜか、いじめによる自殺があっても、学校側はそれを認めたがらない。

 状況証拠としては、いじめによる自殺が確定的な事件であっても、学校側が気がつかなかったことは不可抗力と言い張る。

 今回の事件は、生徒と担任とをつなぐ「生活記録ノート」に、いじめが原因で「死にたい」との記述が残っていたため、学校側が知らなかったとは言い張れなかった。

 しかし、ここにおよんでも、「いじめが自殺の一因と考えられる」と言っている。

 「一因」ではなく、「原因」だろう。

 「一因」という表現で、いじめが原因の主要因であることを曖昧にしようという魂胆が見え透いてしまう。

 13歳の少年が死を選択せざるを得ないほど苦しんでいたのだ。

 「生活記録ノート」には、その悲痛なる思いを書き綴っていたのだ。

 「死に結びつくような表情が見受けられなくて」「生活ノートとのギャップを感じた」いう担任の言葉。

 そんな担任を、「常に気遣い、配慮してきた」と擁護する学校。

 そして、学校みずからも、「からかいや、ちょっかい、けんかととらえ、いじめと認識することができなかった」と言い訳の弁。

 いじめを認識できなかったことをいまさら責めたてることはしたくはないが、せめて、死を選択するまで追い詰められた13歳の少年の気持ちを、もっと強く感じ取った言葉を述べることはできないものだろうか。

 

2015年7月25日 (土)

悪徳不動産屋日記 「午前中」

 今日は、朝からずっとお客さんを待つことになった。

 このところ、メールで連絡をしてくるお客さんが多くて、昨日、商談中のおきゃくさんから「明日の午前中にお伺いします」というメールが入っていた。

 私は、この「午前中」というような言葉をすんなり理解できない。

 午前中というのは、朝から正午までの時間帯だ。

 「午前中」の始まりは、当社の開店時間の9時だろう。

 9時から12時までの3時間が「午前中」ということになる。

 当地(宮崎県の北端の街・延岡市)には、日向時間(ひゅうがじかん)という言葉があって、時間の約束がルーズな人が多い。

 午前中に行きますというのは、おそらく11時から12時のことを想定しての話であって、さらに12時半くらいまでは約束の時間の範囲内だと覚悟しておかなければならない。

 でも、ひょっしたら10時前後に来ることもあるかもしれないし、「午前中」とい約束をしてしまうと3時間半くらいを拘束されることになる。

 だから私は、「午前中の、だいたい何時くらいになりますか?」と念を押すことにしている。

 直接会話をしたり、電話だと、即座に聞き返すのだが、メールで通知されると、わざわざメールの返信では時間の確定を求めにくい。

 幸い(というか不幸にもというべきか)さしせまった重要な仕事は抱えていないし、午前中は事務所で雑用を片づけながら待つことにしていた。

 悪徳不動産屋の悪名が知れ渡っているせいか、今日に限らず、いつもヒマな日々を送っているのだ。

 しかし、こんなときに限って12時くらいに面談を求める電話が入った。

 午前中に来店するのは中古住宅の商談でリフォームの見積りの以来を受けているお客さんだ。

 リフォームの見積りができて、見積内容の説明をすることになっている。

 このお客さんの性格からすると、今日は見積りの内容を説明するだけで、購入決定は後日ということになるだろう。

 だから、大した時間はかからないと思われるので、11時半くらいまでにきてもらえれば、12時には時間がとれる。

 12時に面談希望のお客さんには、その旨の話をして、なんとか12時に時間がとれるとは思うけれど、少し時間に余裕をもっていただくよう了解をもらった。

 果たして、11時を過ぎてもお客さんはお見えにならない。

 この「午前中」のお客さんが12時ぎりぎりになってしまえば、次のお客さんと12時の約束には遅れてしまう。

 そこで、こちらから電話を入れることにした。

 「〇〇様ですか?午前中お見えになるということでしたが何時くらいになるでしょうか」と言うのを待たずに、「今、近くまで来ています」との返答が返ってきた。

 ということで、リフォームの見積りの説明を提示し、後は契約条件と契約日時を決めてくださいということで、今日の重要な予定は終了。

 その後、12時に約束したお客との仕事をすませ、再度パソコンに向かっている。

 ちなみに私は、「午前中」だけでなく、「朝一番」「昼一番」「午後の時間に」「夕方までに」という言葉をすんなり理解できないのだ。

 「朝一番」というが、「朝」というのは夜明けから10時くらいまでだろう。

 大工さんとかのような現場を持つ人の「朝一番」は8時前だし、一般的な事務職系の会社の「朝一番」は9時。

 小売業の方の「朝一番」は10時ということもある。

 一方、「昼一番」の昼の開始時間は正午に限定されるはずだ。

 だから、私の「昼一番」は12時過ぎのことだと理解していた。

 「一番」というのだから、緊急に対処することのように思うので「昼一番にやります」といったら、12時過ぎには片づけるべきだと思っているのだ。

 しかし、世間でいう「昼一番」は昼飯の時間をたっぷりとった後の1時半をいうことが多いようだ。

 昼飯は食べたいだろうが、「昼」に「一番」をつけるのであれば、昼食はそこそこにして12時半過ぎまでを昼一番にするべきだろう。

 一番困るのが「午後の時間に」という言葉だ。

 午後というのは、正確には、正午から夜中の12時までをさす。

 しかし、深夜の時間を約束することはないから、午後というと正午から夕方までをさすことになるのだろう。

 そうなると、「午後の時間にお伺いします」という約束を受けると、6時間くらいの時間差がでることになる。

 同じ理由で面倒なのが、「夕方までに」だ。

 夕方は、日没前から日没までの時間のことをさす。

 「夕方まで」と言ったときは、正午から2時くらいの時間は、その範囲に入らないのだろうが、3時くらいから6時過ぎくらいまでの時間差がある。

 ということで、私がお客さんに「午前中」的な時間を指定されたときは、必ず「だいたい何時くらいになるでしょうか?」と確認をする。

 そして、時間の約束を守らないお客さんには怒りを隠すことができない、わがままな悪徳不動産屋なのだ。

 

 

 

2015年7月24日 (金)

ブログ再構築を検討中

 このところ、立て続けに何人かに「最近ブログの更新がとぎれがちですね」と言われた。

 実際、最近少々スランプ気味で、書きたいことがあって書き始めるのだが、途中でこんなことを書いても仕方がないという思いがわいてきて、やめてしまうことがある。

 自分の存在を明らかにしているもので、これで結構気をつかって物を書いているのだ。

 それで、ちょっとストレスが溜まってきているのかもしれない。

 もうひとつは、ブログを引っ越して再構築を検討しているのだ。

 私のブログは、種々雑多な内容で、とりとめがない。

 思うつくままに書きつらねてきたのだが、ここいらで、テーマを定めたものにしようかなと、ログの構築を考えている。

 今、その準備をやっているもので、そちらのほうに手を取られていて、記事を書くことがおろそかになっている。

  もう一つの理由は、ずっとやってきた「ココログ」のアクセス解析が役立たずになってしまったこともある。

 ココログのアクセス解析は、非常に精密で、解析をながめているだけでも楽しかった。

 それが、今年になって、なんともつまらない解析に変わってしまったのだ。

 それで別なブログサービスへの引っ越しも検討している。

 とはいえ、(有)不動産情報館のブログも捨てがたいし、ちょっと思いあぐねている。

 ということで、しばらくは、ブログがとぎれがちになりますことをご報告申し上げます。

2015年7月21日 (火)

安保法案 国民の理解は深まっている

 どうあがいても、権力者のなすがまま。

 ましてや、なんにもしてない自分が口をはさむことではないと思い知らされている今日このごろ、ブログを書くことがいやになっている。

 突然、新国立競技場は、ゼロベースで見直すことになった。

 1カ月以上前から見直しを考えていたそうだ。

 10日くらい前に、絶対に間に合わないと断言していたことを忘れているのか。

 それとも見直し反対派を油断させる作戦だったのだろうか。

 森元総理は、「たった2500億円の金を出せないのかと」ぼやいていたが、一転、もともとザハさんのデザインは好きではなかったと言い出す。

 たった2500億円なんて金銭感覚の御方が総理大臣をやっていたのだから、借金が増えるのも当然なんて思ってしまったというのは誰もが感じたこと。

 それに、いくら金がかかろうと、世界に誇れる建物にしないとだめだと言ってたのに、本当はもともと好きではなかったと言い放つ。

 大昔なら、言った言葉を言っていないとシラをつき通せたかもしれないが、今は気言った言葉が全部映像記録で残っている。

 そんな映像記録などおかまいなしに、まったく矛盾する発言を平気でできるというのが政治家の資質のようである。

 そんな資質の人たちが、「絶対アメリカに巻き込まれることはない」と断言しても、そんな言葉なんて後になったら、どこへやら。

 このところ安保法案を否定する声が高まってきて、安保法案に否定的なマスコミが勢いづいているようだ。

 それにつけても、安保法案を成立させようとしている側も、反対する側も口を揃えて「国民の理解が深まっていない」と言っているが、私は「国民の理解は深まっている」と思っている。

 理解が深まった結果が、今国会での成立は時期尚早という世論調査の数字になっているのだろう。 

 

2015年7月17日 (金)

口惜しいけど安倍さんはついている

 安倍総理が新国立競技場の建設計画の見直しを正式表明したという。

 安保法案の強行採決で支持率低下は決定的だと思っていたが、建設見直しは支持率アップの要素となるだろう。

 支持率が下がると必ず、支持率を上げる事件が起こる。

 体調不調で短命におわった第一次安倍内閣のときに、悪運のすべてを洗い流したのかもしれない。

 口惜しいけど、とにかく今の安倍総理はついているのだなあ。

2015年7月16日 (木)

安保法案衆院通過

 想定通り、安保法案が衆議院で可決された。

 安倍さんは意志の人であることを痛感した。

 国会の質疑で、「残念ながら、まだ国民の理解が進んでいる状況ではない」と、国民が理解していないことを認めながら採決にふみきった。

 「国民は理解してないけど、ぼくはやるんだ。だってぼくは総理大臣だもんねー。」

 気象庁による季節区分では、夏は6月~8月。

 国民とは約束していたことではないが、アメリカの議会演説で「この夏までに成就させる」と約束してるのだ。

 国民は約束を破っても許してくれるけれど、アメリカからは許してもらえないのだよ。

 

2015年7月15日 (水)

悪徳不動産屋 いいかげんな仕事の報い

 今日は、青島太平洋マラソン出場申込み受付開始の日であった。

 一昨年、急に思い立って、初挑戦で完走した。

 小学校から高校まで、運動は苦手で、高校を卒業したときに一番嬉しかったのが、これで運動会がなくなることだった。

 そんな私が、死ぬまでに1度だけフルマラソンを走ってみたくなったのだ。

 結果は、なんと4時間台での完走。

 それを知っている知人たちの何人かから、去年も今年も、「今年は出ないのか」と聞かれることになった。

 来年からは前期高齢者になることだし、1度の経験でいいと思っていた。

 だけど去年、大会のニュースを見ていて、ちょっとさみしかった。

 今年も青島太平洋マラソンのシーズンが近づいて、このところ立て続けに「今年も走るんでしょう?」と声をかけられた。

 エントリーだけでもしておこうかなと思っていたところ、昨日和光産業の大平会長からも声がかかった。

 そのときは、まだ迷っていたのだが、結局それが最終的に私に出場を決心させた。

 申込みは今日の12時10分から。

 朝から何度もネットの申込みサイトを開いてみた。

 12時10分きっかりにならないと受付ができないようだ。

 12時10分前に電話が鳴った。

 私の勘違いで、明後日に契約と同時に入居の予定だったお客さんからだった。

 「今日、今からお伺いします」とのこと。

 日頃からいいかげんな悪徳不動産屋は準備が出来ていない。

 ここに及んで、言い訳しても仕方がない。

 勘違いしていたことを詫びて、1時間だけ猶予をいただいた。

 家主と連絡をとり、途中までになっていた契約書を大慌てで仕上げた。

 なんとか間に合わせて、青島太平洋マラソンのもう込み手続きにかかった。

 そのとき、お客様が来店。

 去年は4時間くらいで申込みが終了して、今年はもっと早くなるという予測だった。

 私は悪徳不動産屋だから、一瞬、お客さんにちょっと待たせて、申込みを済ませて契約の話をしようかと思ったのだが、ささっと済ませれば間に合うだろうと契約を先にした。

 契約を済ませ、鍵を渡して、通常ならこれで終わりなのだが、お客さんが足がないのでアパートまで私の車で送ってあげることになった。

 申込みが、気が気ではないのだが、これも仕事をぎりぎりまで先のばしにする手抜き仕事の報い。

 アパートに案内し、電気、ガス、水道の申込み手続きについて説明し、事務所に戻ったのは2時半。

 開いたままになっていた申込みサイトで、申込みの欄をクリックすると、ああどうしたことだろう!!

 そこには、「定員に達しましたので受付は終了しました」 の赤い文字。

 あーーー。

 最近、1日に10㎞走れるようになっていたのに、走り続ける目標を失ってしまった。

 これも全部、いいかげんな仕事をしている、身から出た錆。

 もともと持ち合わせていない気力が、体からすべて抜け出たような一日だった。

 はー。

2015年7月14日 (火)

資源ゴミの古紙

 突如として夏の太陽が顔を出した。

 スマホのお天気アプリでは、1週間前から今日は晴れと予測していた。

 6月に入ってずっと雨続きで、お天気アプリの晴れマークの予想に何度も裏切られた。
 どれだけ今日の晴天を心待ちしていたことか。

 今日は資源回収の日。

 私の「傘がない」問題は、溜まりに溜まった資源ゴミの古紙の処分のことだった。

 資源ゴミ回収は月に2回あるのだが、雨の日は古紙の回収はしてくれないのだ。

 6月は晴れた日が2日しかなくて、ずっと古紙が出せずにいた。

 1週間前から、スマホのお天気アプリで、今日の天気はずっと晴のままだった。

 昨日の夜はちょっと雲行きが心配な天気だったし、台風11号が近づいているというニューもあって、天気予報がはずれるのではないかと思っていた。

 それが、朝目を覚ますと、ドピリカンの青空。

 一気に夏になってしまって、朝から温度計は27度を示しているが、1カ月間ずっと水浸しの生活をしていた身には、暑さも嬉しい。

 無事、溜まっていた古紙を全部処分できた。

 明日には安保法案の採決が決行されるらしいし、ギリシャに11兆円の再支援をするらしいし、原発は再開されそうだし、任天堂の岩田市長が若くして亡くなられたけど、そんな問題があっても、今日、私にとって一番気がかりだったことは古紙回収のことだった。
 井上陽水さんの「傘がない」が、頭の中を駆け巡っている。

2015年7月13日 (月)

新国立競技場の不思議

今日、昼飯時間のワイドショーで久しぶりに麻生さんを見た。
 
  今回の安倍政権は、民主が安倍さんに強烈な追い風を吹かせた。
 
  そのおかげで、安倍さんは絶対君主と化したが、安倍さん以外の閣僚や役員の影が薄い。
 
  麻生さんは副総理で財務大臣でもあるのだけど、安倍政権が成立してからは、めっきり露出が少なくなっている。
 
  テレビに出るのは安倍さんと菅官房長官ばかりで、他の役員閣僚はどうているのだろうと思ってしまう。
 
 麻生さんがテレビに出るときは、問題発言をとりあげられるときが多い。

 今日も、今大きな話題になっている新国立競技場について、「あのデザインは民衆党政権時代に決めたんだろう?」とうそぶいていた。

 民主党政権時代に決まったことだから、現政権には責任は無いと言わんばかりの口ぶりだった。

 自分らに不都合な政策は直ちに止めせたのに、自分たちがやりたいからやっているのに世論の非難をあびること、民主党整形時代にやったことだと言い訳をする。

 民衆党時代に決めた脱原発も、 辺野古移設の見直しも、八ッ場ダム工事も、民主党の政策の間違いだからといってすぐに方向転換した。

 憲法違反だと言われても安保関連法案を強行採決するのに比べれば、民主党政権崩壊のごたごたの最中に決まった、たかだか競技場の案をやり直すのは、いとも簡単なことではないか。

 国会でも、強権の安倍さんも新国立競技場の計画がおかしいと認めていた。

 でも、いまさら間に合わないのでしかたがない、とも言っていた。

 新国立競技場については、国民の大多数が反対で、しかも反対の意思は固く明確に現れている。
 
 だから、いつもなら詭弁を弄して反対意見を受け流す安倍さんも、おかしいと認ざるを得なかった。

 そして、安倍さんも、麻生さんも民主党のせいにして工事の見直しはしようとはしない。

 不思議なことに、工事はストップしそうにないが、この計画が正しいと言う意見を出す人は誰もいない。

 絶対与党である自民党の誰一人として、この案の正しさを主張する人はいない。

 国民が反対、野党はもちろん反対。与党も正しいと思っている人はいない。

 「やるべき」と言う者が一人もいないのに、止めることができないという不思議な事態だ。

 ここは、安倍総理が英断を下して、「おかしいから止めます」と言えばすむのではないか。

 下がりかけている安倍さんの人気も上昇するかもしれない。

 なにか不都合な真実が隠れているのかなあ。

2015年7月11日 (土)

新幹線持ち込み禁止品

  次々に凶悪事件が起こって、大衆の興味を煽り立て、新たな事件の登場で古い事件は忘れ去られる。
 
  新幹線焼身自殺事件も、このところ話題から遠ざかりつつある。
 
  想像もしなかった事件で、事件の背景やら今後の防止策やら、さまざまな議論が飛び交った。
 
  そんな中で、新幹線内に持ち込めない荷物が取り上げられていた。
 
   国鉄時代からの規定のようで、その内容を見直してはどうかと思うものがある。
   
   規定はこうなっている。
   
  「 危険品、暖炉・コンロ、暖炉、コンロ、動物(少量の小鳥、小虫類、初生ひな、魚介類でケースに入れたものや下記の有料で持ち込めるものを除きます)となっているが、 死体、不潔なもの、臭気を発するもの、他のお客様に危害を及ぼすおそれのあるもの、車内などを破損するおそれのあるもの」
 
  旧国鉄時代に作られたままの規定なのだろう。
 
  空調設備が無かったので、冬季には暖をとるために暖炉やコンロを持ち込む人がいたのだろう。
 
  目を引いたのが「死体」。
 
  死体は新幹線に限らず、許可なく運んではダメでしょう!。

   

2015年7月10日 (金)

老後

 今年のサマージャンボ宝くじは1等前後賞あわせて7億円。

 当たったら何に使うかという街頭インタビューに、85歳の女性が「老後のために使います」と答えていた。

 85歳には見えない、きれいで若々しい女性だったけど、にこっと笑って答えていた。
 なかなかウィットにとんだジョークだったが、一瞬頭が混乱してしまった。

 「老後のために」「老後の蓄え」「老後に備える」などと、なにげなく「老後」という言葉を使っているのだけれど、「老」の後は「あの世」ではないのかと思ってしまったのだ。

 年をとった状態は、「老」の「真っ只中」なのだから、「老後」ではなくて「老中」とでも言うべきか、などと思ってしまった。

 しかし「老中」は江戸時代の役職名に使われている。

 それで、辞書を引いてみた。

 「老後」=年をとってからのち、とあった。

 納得。

 頭がすっきりした。

2015年7月 9日 (木)

原発 国立競技場 安保

 どうにもこうにも無力感。

 権力を手にした人の意向を阻止することができない。

 原発は再開。

 国立競技場には3,000億円。

 安保関連法案も安倍さんのおもう通りに可決されるのだろう。

2015年7月 8日 (水)

たった1週間がなんだ! こちらは1カ月だ!

 今朝の「とくダネ」で、東京が7月に入って1週間雨続きだと騒いでいた。

 7月に1週間雨が続くのは何十年ぶりか(正確には聴いていなかったが)の記録だと言っていた。

 いつものごとく、長雨の被害を大盛りにして報じていた。

 街頭インタビューに出て、歩行者にマイクをむけると東京住民たちは大仰に大仰に鬱陶しいだの洗濯物が乾かないだと嘆く。

 ビアガーデンでは開店休業だと泣き言を言わせ、商店街では夏物が売れないと商店主に嘆かせる。

 1週間の雨で朝のワイドショーの1コーナーが成り立っていた。

 たった1週間だろう?

 当地(宮崎県の北端の街・延岡市)では、5月31日以来、ずっと雨が降り続いている。

 この1カ月と9日間で、晴天はたったの2日。

 ぐずついた空の合間から、ちょとだけお日さまを拝めたのが3度。

 あとは、ずっと雨だ。

 天気の記録では曇りで表示されている日だって、合間に小雨が降った日もあるのだ。

 日頃私は、雨の日以外はバイクで動き回っているのだけど、この1カ月でバイクで動けた日は3、4日しかない。

 すべての目線が東京中心になっているというわけだ。

 幸い当地では、人命にかかわるような被害はないが、1カ月も雨が続いているのだから、東京どころではない大きなな影響がでているはずだ。

 ことに農作物には大きな被害が出ているだろうし、ビアガーデンも衣料品店も東京の比ではないだろう。

 なにせこの1カ月、まったく日差しが無いせいで気温が上がらない。

 南国九州だというのに、今年はまだエアコンをつけたことがないし、半袖のシャツの出番も無い。

 1カ月以上の長雨は異常事態であって、それは当地・宮崎だけのことではなく、鹿児島、熊本はもっと大きな被害が出ている。

 それに比べると東京の1週間の雨など、長雨というには値しない。

 1カ月の長雨の被害を受けた身には、今朝のワイドショーに、東京中心主義社会を感じてしまう。

 そう感じると同時に、福島の被災者の方々の思いは,いかばかりかと思い至った。

 安保情勢も、世界の景気も、国立競技場も、大変なことであるけれど、改めて福島の原発はどうなっているかを思ってしまった。

 くしくも、鹿児島県の川内原発の再稼働が「粛々」と進められている。

 

 

2015年7月 7日 (火)

人間性が露呈される東九州道路

 弾丸フェリーの話の余録。

 弾丸フェリーは強行軍のようにあって、実はなかなか合理的な移動手段だということは説明した。

 今年、東九州道路が大分までつながって、当地(宮崎県の北端の街・延岡市)から別府まで1時間40分くらいで行けるようになったので、さらに便利になったと感じた。

 東九州道路がつながってないときは、別府まで2時間半くらいかかった。

 40~50分の時間の短縮は貴重である。

 ということで別府発の弾丸フェリーを利用したのだが、帰路でちょっと困った事態に陥った。

 東九州道路が開通して、陸の孤島と言われていた当地も、ようやく各地と陸続きになった。

 それは大変嬉しいことで、車での移動がずいぶん便利になった。

 しかし高速道路とはいうものの、現在はまだ片側1車線で70㎞の最高時速制限なのだ。

 追い越し車線がないので、のろのろ走っている車がいると、ずっとその後をついて行かなくてはいけない。

 一般道路でも時速制限の1割増くらいだったら、取り締まりにあうことはない。

 だから、みんな、ほんとのところは、いけないことだけど、ちょっと速度オーバーして走っている。

 しかし、ここは日本。

 規律を守る国民性の国である。

 絶対法律違反は許さないとばかりに、70㎞きっかりで走る方がいらっしゃるのだ。

 私は人間ができていないもので、急ぐから高速料金を払って高速道路を使っているのに一般道路並みのスピードでもたもた走られるとイライラしてしまう。

 10数㎞ごとに数百mの追い越し区間を設けているので、そこで一気に追い越しをかけることになる。

 不思議でならないのは、追い越し区間になると、いままでのろのろ走っていた車が急にスピードをあげることだ。

 直前まで70㎞を死守していた御方が、ピューっとスピードを上げてくる。

 ゆっくり自分のペースを守って走ればいいのに、抜かれたくはないのだろう。

 またまた不思議でならないのが、これを抜き損なって追い越し区間が終わると、この順法の御方は制限速度にスピードを落とすのだ。

 いまだかつて、それまで制限速度で走っていた御方が、追い越し区間でそのままのスピードで走る姿を見たことはない。

 みなさん追い越し区間になると、抜かれまいとスピードを上げる。

 それを知っている私は、追い越しをかける場合は一気に100㎞以上のスピードにあげることにしている。

 それでも簡単に追い越せないときもあるので、順法走行をされている方も追い越し車線では90㎞以上にスピードをあげているようだ。

 ときには100㎞でも追い越せないときがあるから、そんなときは120㎞以上まで加速して追い越すことにしている。

 追い越しをためらっていると、順法走行の御方は、追い越し車線以外では70㎞以上では走らないのだ。

 昨日の私の困った事態というのが、異常なまでの順法走行の車に行く手をおさえられたことだ。

 70㎞の時速制限で走っているのであれば、我慢できない自分を反省したりするのだが、昨日の順法の御方は60㎞から65㎞で走るのだ。

 これは違法ではない。

 最高速度の制限が70㎞だから、それ以下なら違反ではない。

 しかし、人間のできていない私にとっては極悪犯ともいいたい許しがたいヤツである。
 こいつのせいで、私の前には5台もの車が連なっている。

 悪いことは重なるもので、追い越し区間になったのだが、私の直前の車が、これまたおとなしい方で、追い越し車線には入ったものの、スピードを上げきらずに追い越しできないままに終わった。

 この人が前にいたのでは、次の追い越し区間でも追い越せない。

 重ねて言うが、人間のできていない私は、そう考えただけで怒りで心臓が張り裂けそうになった。

 イライラしながら走ること数十分。

 やっとのことで追い越し区間が近づいた。

 私の直前の車が追い越しをかける前に、追い越さないと下手すると延岡までこのままノロノロ運転に付き合わされかねない。

 私は、追い越し車線にかかる直前に一気にスピードを上げて追い越し体制に入った。

 追い越し車線に入ったときは、直前の車と同時に順法走行の御方の車を抜き去った。

 案の定、順法走行の車もスピードを上げてきたが、思い切りアクセルを踏み込んでいる私の車の敵ではなかった。

 ざまーみやがれと罵声を浴びせながら順法走行の車を抜き去った。

 抜き去ったあとも、私の直前を走っていた車がどうなるか気になってバックミラーで確かめながら走っていたのだが、追い越し車線には入ったものの、結局追い越せずに順法走行の車の後ろについてしまった。

 追い越し車線が終わって、バックミラーを見ると、2台の車はあっという間に小さくなってしまった。

 順法の御方は、追い越し区間が終わると同時に順法走行に切り換えたようだ。

 私は自分の人間性の悪さを重々承知している。

 法律違反をしていることも自覚している。

 しかし、法律を遵守する実直を自覚している御方の人間性の方が、私より性悪ではないのだろうか。

 性悪人間の勝手な言い分を言わせていただいた次第である。

2015年7月 6日 (月)

お勧めの弾丸フェリー

 ということで、今朝、大阪から帰って来て、定時に事務所を開けた。

 いつもの業務に差し支えたのは、土曜日の2時間だけ。

 帰りの便はちょっと疲れていたのか、夜11時前に早々に寝てしまった。

 いつもは12時半過ぎに就寝、6時半起床というパターンなのだが、早く寝たせいで5時半に目が覚めた。

 すっきりした目覚めだった。

 いつもは夜中に1度か2度目が覚めるのだが、朝まで前後不覚で眠っていたようだ。

 トイレをすませ、船内に備えられている大浴場に向かう。

 海をながめながらの入浴もおつなもの。

 シャワーの水圧(湯圧)も強く、湯量もたっぷりなのもいい。

 風呂上がりにはモーニングコーヒー。

 そうこうしているうちに、予定通り6時55分、別府港着。

 ことし開通したばかりの高速道路を使って、自宅に着いたのが8時半過ぎ。

 ゆっくり着替える時間があった。

 関西方面で1日だけの仕事であれば、一番効率的な手段ではないだろうか

 当地(宮崎県の北端の街・延岡市)から飛行機の日帰りで大阪に行こうとしたら、当日の朝は4時半起きということになる。

 そして帰りは、夜中の12時前だ。

 毎晩夜の町で飲み歩くのが日課になっている人にとっては、2日間も趣味を奪われるのはつらいかもしれない。

 そうでないのであれば、「弾丸フェリー」は、寝ている時間に運んでくれるのだから、すこぶる効率のいい移動手段だ。

 それなのに、結構空いているのが気がかりであった。

 考え方次第なんだけどなー。

 

 

 

 

 

2015年7月 5日 (日)

弾丸フェリー

 今、大阪である。

 昨夜7時35分、フェリーで別府を発って、朝7時35分大阪南港着。

 別府・大阪間を就航している「さんふらわー号」の「弾丸フェリー」というプランである。

 行きも帰りも船中泊。

 船上に片道12時間という強行軍のように感じるようで、みんな嫌がるのだが、私は実に無駄の無い効率的な移動手段だと思っている。

 いつもの私の生活は、夜7時に店を閉め、7時からテレビを眺めながら夕食。

 合間に風呂に入ったり、たまにはジョギングで汗を流す。

 しかし、ほとんどの時間をテレビを眺めながらゲームをしたり本を読んだりしているだけ。

 そして12時過ぎに就寝。

 だから、冷静に判断すると、夜7時半発・朝7時半着というのは、家で寝ている時間に大阪まで移動できるという計算になる。

 帰りの便は、今日の夜7時5分大阪南港発、朝6時55分別府着である。

 別府から当地(宮崎県の北端の街・延岡市)まで車で1時間45分。

 月曜日の9時に支障なく仕事につける。

 本業の仕事に影響するのは、当地出発の日の閉店時間が2時間ほど早まるだけ。

 それでもって往復の料金は1万円ぽっきり。

 ただし、これは大部屋のざこ寝の時の料金。

 私は相部屋のベット(ツーリストプラン)での利用だが、そのときの料金は12,340円である。

 個室もあるが、部屋数が少ないし料金も高くなるので、安く効率的に移動するのならツーリストプランまでがお勧め。

 ということで、今、大阪の淀屋橋。

 さっと用件を済ませて、ちょっと難波でもふらついてみようと思っている。

2015年7月 4日 (土)

かわいいおじさん 永六輔

 82歳の永六輔さんが、84歳の八千草薫さんを目の前にして浮き足立っている。

 私は、土曜日のTBSラジオ「永六輔その新世界」を毎週聴いている。

 永さんは、テレビの創成期に放送作家として大活躍した人だ。

 作詞家としても多くのヒット曲を残している。

 永さんを知らない若い人も、「上を向いて歩こう」の作詞者といえばわかるだろうか。

 年齢的なものとパーキンソン病という難病が原因で、お見かけしなくなっていた。

 そんな永さんと再び出会ったのは、スマホのラジオアプリで全国のラジオが聴けるようになったからだ。

 東京TBSラジオ「永六輔その新世界」に永さんが出演していた。

 野坂昭如さん、北山修さん、中山千夏さんといった、私の世代にはなつかしい面々がゲスト出演するのも楽しみだ。

 今日のゲストは八千草薫さんだった。

 永さんは八千草さんの大のファンだそうで、先週のゲスト紹介のときから大喜びしていた。

 そのときは社交辞令かなと思っていたのだが、どうやら本気だったらしい。

 若いときからの憧れの人だったそうだが、これまで直接話をする機会がなかったらしい。

 ラジオではあるのだが、八千草さんの登場に82歳のおじいさん(失礼!)が、照れて、うきうきして、大はしゃぎをしているのが伝わってくる。

 パーキンソン病のせいで滑舌が悪くて、普段は喋るのを遠慮している節もあるのだが、今日はそれをおして、一所懸命に話をしている。

 男って、かわいいものだなあと、自分の身も振り返りつつ、つくづく思わされた今日の「六輔その新世界」であった。

2015年7月 3日 (金)

おいおい、いい加減にしてくれよ。

 午前中、久しぶりに太陽を見た。

 ほんとうに久しぶりだった。

 ネットで天気の記録を見てみたら、6月は「晴」の日はたった2日。

 ちょっとだと太陽が顔を出す「曇りときどき晴れ」の日が3日。

 あとはずっと雨か曇りときどき雨だ。

 やっと晴れたと思っていたのに、午後から曇ってきて、今はまた雨が降っている。

 こんなに見事な梅雨も珍しい。

 昨日の週間天気予報では、来週は晴の日が2日もあるという予報だったのに、今見たら晴の予想は1日だけになっている。

 おまけに台風が来るかもしれないという予報も出ていて、台風が梅雨前線を刺激して大雨になるかもしれないと言っている。

 鹿児島では大きな被害が出ているのだが、1カ月も同じ状況が続いていると興味をかきたてなくなってしまって、このところ全然報道されない。

 台風が被害をもたらせないことを心底祈っている。

2015年7月 2日 (木)

新幹線放火殺人報道

 人の不幸はテレビ業界の飯の種。

 いっせいに、被害者遺族や関係者に襲いかかる。

 亡くなられた桑原さんのご主人が、弁護士を通じ「今は突然のことなので、何もお話しすることができません。せめて、葬儀が終わるまでは、そっとしておいて下さい」とコメントを発表していた。

 自宅マンション1階の入り口や部屋の玄関に、「突然のことなので、何もお話しできる心境ではありません。時期が来たら、こちらからお話しさせていただくことがあるかもしれません」と記された紙を貼り出している。

 こんな貼り紙をさせるマスコミこそ凶悪犯罪者だ。

2015年7月 1日 (水)

1年の折り返し

 7月1日。

 なぜか今までこんなことを考えたことはなかったのだが、月割りで考えると今日が1年の折り返しの日になるわけだ。

 そう思うと同時に、高浜虚子の「去年今年(こぞことし)貫く棒の如きもの」の句が頭をよぎった。

 この句は私の年末には恒例になっている句でもあるが、年末に限らずちょくちょく私の頭をよぎる句である。

 今日が1年の折り返しだと気がついた瞬間、同時にこの句も頭にうかんだ。

 私の生活は、「去年今年」を「先月今月」に変えても、「昨日今日」に変えても、同じく「貫く棒の如き」である。

 ともあれ、今日は1年の折り返し。

 ちょっと気持ちを新たにしてみた。

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