予定通り安保法案は成立した。
安保法案に反対してデモをする人がいる。
安保法案は国民の安全を守るために必要な法律だという人もいる。
安保法案は、あたらしく作られる「国際支援法案」と自衛隊法改正案をはじめとする10の法律の改正案をひとつにまとめた「平和安全法整備法案」からなるものだそうだ。
私は法案の条文を読んではいないので、この法案について論じることはできない。
この法案を合憲だとする憲法学者は少数で、多くの憲法学者が違憲だとしている。
それについて安倍総理は、「憲法学者の役割や責任と私たち政治家の責任は違う」「国民の生命を守り、国を守る責任は政治家にある」と主張しておられる。
多くの閣僚や自民党国会議員の方々が、安倍阿部総理と同様な意見を述べておられる。
私に法律を読み取る力はないし、ましてや条文を読んでもいないから、この法案の是非を論じることはできない。
しかし憲法の解釈変更で法律を制定することを認めてしまうことには恐怖を感じる。
安倍総理はことあるごとに、「国民の生命を守るために」と言うが、その言葉は私の心にはまったく響かない。
「国民の生命を守るために」とセットになっている「国を守る責任」という言葉があるが、安倍総理の本丸は「国家を守ること」ではないのだろうか。
私は、改めて憲法を読み直してみた。
憲法前文は、平和憲法を象徴する立派な文章だと思った。
第一章は天皇。
第一条から第八条まで、天皇の地位、行為について規定している。
第二章 第九条が戦争の放棄。
条文には、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」
これが憲法改正の最重要案件である。
何度読んでも、なんともなんともわかりにくい文章である。
「戦争と、武力により威嚇又は武力の行使は永久にこれを放棄する」という文章なら、単純明解である。
「戦争」に「国権の発動たる」という接頭語と「武力の行使」は「国際紛争を解決する手段としては」というただし書きが、解釈を複雑にしている。
私の低能の解釈力では、法律の解釈うんぬんの前に日本語としても理解しがたい。
二項に、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」とある。
単純に読めば自衛隊は憲法違反となるが、「憲法解釈」で、「「自衛のための武力行使については憲法違反にならない」としているわけだ。
そして歴代内閣は、この「自衛のための武力行使」において「集団自衛権は」認められないとしていたわけだ。
しかし、安倍内閣においては「集団自衛権」も許されるとしたわけだ。
国際情勢の変化により、近隣国により我が国の安全が脅かされている状況にあって、「国民の生命を守り、国を守る」ためには集団自衛権が許されるというわけだ。
「国民の生命を守り、国を守る」ことを考えるのは政治家の責務であって、法律学者の学問的な意見は無用だというのだ。
冒頭に認めていることではあるが、私にこの法案の是非はわからない。
私が危惧するのは安保関連法案の是非ではなく、憲法解釈の変更でこの法律を制定したという事実である。
憲法の第三章は「国民の権利と義務」
第十条から第四十条まで、全百三条の憲法の中で一番多くの条文を占めている。
条文にはこうある。
第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
国民は、基本的人権を保証され、それは侵すことのできないない永久の権利としている。
ただし、国民が保証された自由と権利の乱用は禁止されており、公共の福祉のために利用する責任を負うとされている。
そして、生命、自由及び幸福追求に対する権利については、『公共の福祉に反しない限り』『立法その他の国政の上で』最大に尊重されるのだ。
私が、憲法解釈の変更で簡単に法律が制定できることを認めてしまうことに恐怖を覚えるのは、それが可能なのであれば、公共の福祉の解釈次第で基本的人権、国民の自由と権利、幸福追求の権利を制限することができることになることである。
安保法案が可決されたあと、法案の内容について言及する人は多いが、それが解釈変更によって成立したことについて批判している声が小さいことだ。
法律が制定され、早速違憲訴訟が起こされることになるだろうが、解釈変更の無効性も大きく取り上げてもらいたい。
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