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2015年11月

2015年11月28日 (土)

「医は仁術」であってもらいたい

 一昨日の飲み会での話。

 ブラックジョークとも言える、実体験の話に恐怖と怒りを覚えた。

 この会は、月に一回の定例の飲み会。

 全員同じくらいの年で、病気自慢に花が咲くという話世代の集まりである。

 このメンバー、みんな元気で病気の話で盛り上がるようなことはなかったのだが、一昨日は違った。

 メンバーの一人が、生まれて初めてひどい腰痛になったという話から、医者談義になった。

 話の流れで、私は、三カ月まえくらいから匂いがなくなって、耳鼻科に行った話をした。

 最初に行った医者が、原因がわからないから、とりあえず点鼻薬を出すので様子を見てくれとのことだった。

 なんの変化もないので別の病院に行ったけど、この医者も原因はわからないということでだった。

 おまけに、原因がわからないから治療方法はない。どうしようもないですねと言いッきった。

 薬もでないし、一切病気に関する話はなかかった。

 痛くも痒くも、苦痛もないのだから、気にしなくてもいいじゃないかということなのだろうか。

 しかし、匂いが無いということは、食べ物の味がまったくわからなくて、何とも悲しいことなのだ。

 人間の三大欲の一つの「食べる」喜びを奪われるのだ。

 私は医者にいく前に、インターネットでいろいろ調べた。

 同じ経験をする人の悩みや、治ったひとの体験談、耳鼻科の医者のホームページでの助言と、多数の情報があった。

 それによると、早期治療が大事。時間が経ちすぎると治る可能性が下がるという意見が多かった。

 だから、あわてて耳鼻科にかかったのだ。

 その結果は、上記のごとくであった。

 (このことは一週間前のブログにも書いたのだが、 余りにも腹が立って、同じことを書いてしまった次第)

 私は飲み会のメンバーに怒りをぶちまけた。

 飲み会の話題が医者談義になってしまった。

 それぞれが医療の不満をぶちまけた。

 いろんな体験談が出ていたが、メンバーの一人のM氏の話にはメンバー全員後の言葉がなかった。

 M氏は、糖尿病から足の指が壊死したために、指を切断した。

 検査入院をして、詳細な検査の結果、親指だけの切断でいいという診断で親指を切断の手術をすることになった。

 単純な外科手術で、1カ月もしないで退院するという話だった。

 私は、手術の痛みが治まった1週間後に見舞いに行こうと思っていた。

 そんな折り、M氏と一番親しいYさんから「再手術になって、第二指まで切ったばかりなので、それが落ち着いてから見舞いに行った方がいいよ。」と言われた。

 それからしばらくして、YさんにM氏の様子を聞いてみたところ、術後の経過が悪いから、今は見舞いは無理だと言われた。

 その後、再々手術になったという話を聞いたが、様子を見ていても仕方がないので、見舞いに行った。

 結局、私が見舞いに行ったのは、入院してから1カ月以上経っていた。

 M氏は、根っからの明るい性格で、手術の状況を笑いを交えながら話してくれたが、私は、他人事ながら腹立たしい話だった。

 最初の診断では、壊死部分が親指のところのみでおさまっているので、親指のみの切断で良いということだった。

 その時の話では1カ月もせずに退院できるということで、不幸中の幸いだと思うことにした。

 手術が終り傷口の治療が始まり、しばらくすると医者が申し訳なさそうに再手術の必要性があると言ってきた。

 医者の話では、以後の生活になるべく支障をきたさないように、親指だけの手術でいいと判断したのだが、第二指まで切断の必要があるということだった。

 M氏は、指がなくなるのもショックだが、やっと手術の後の痛みも薄らいできていたのに、またあの痛みに耐えなくてはいけないのかと憂鬱になった。

 しかし命には変えられない。

 承諾するしかなかった。

 第二指の切除手術の後、今度はいつ退院できるのかと思って入院治療を続けていたら、また医療スタッフの様子がおかしい。

 すると、またしても、再手術の必要があるという話になった。

 私が見舞いに行ったのは、この3度目の手術の後だった。

 理由はどうあれ、痛い思いを3度もさせられたのだ。

 私であれば、怒り心頭、不満をぶちまけるところだが、M氏は、あきらめたように淡々と、笑いを交えて話をした。

 三度も痛い思いをしたけど、医者がなんとか指を残してあげようと思ってやった結果だからしかたがない。

 今度は大丈夫なようだけど、リハビリも必要で、まだ時間はかかるかもしれないけど、早めに復帰するよ。

 最初は、指一本なくなるだけで、退院後はゴルフもできるという話だったけど、第三指まで無くなって、ゴルフはできなくなりそうだ。

 ただ、命には別状ないし、なんとか自分の足で歩けるようになるようだから、それで良しとするしかないというような話をしていた。

 しかし、結局、M氏の入院は四カ月にも及んだ。

 三度の手術で終にはならず、結局、かかとを残して足のほとんどを切断した。

 その話は断片的に聞いていたのだが、今回は衝撃的で切実な話を聞かされた。

 手術は局部麻酔でやるのだが、M氏は最後の手術のときに、「全身麻酔でやってくれ」と言った。

 医者としては、全身麻酔は体に負担があるので局部麻酔でいいということだった。

 それに対してM氏は、「局部麻酔だと、手術中の医師の声が聞こえる。何度目か手術のとき、先生は笑いながら話をしていた。手術が成功したのなら笑い声も許せるが、何度も失敗しているのに手術中に笑っている声を聞くと精神上耐えられない」と言ってやったそうだ。

 M氏の気持ちは身にしみてわかった。

 医師はM氏の言葉を真摯に受け取ったのだろうか。

 以前、どこかの大学病院で、初体験の内視鏡手術で患者を殺した手術の際の録画映像に医師の笑い声が入っていたのを思い出した。

 M氏の体験に比べたら、私の匂いがないことなど、とるにたらないことかもしれないが、医者は患者の苦しみに真摯に対応してもらいたい。

 最初から生活の手段として医者を志したはずではない。

 「医は仁術」であってもらいたい。

2015年11月26日 (木)

白熱灯と蛍光灯製造禁止

 政府が、2020年度をめどに白熱灯と蛍光灯の国内での製造と国外からの輸入を禁止する。

 省エネ性能が高いLEDへの置き換えを促す狙いなのだが、製造のみならず輸入まで禁止という強硬な規制には違和感を感じる。

 対外的に、日本の温室効果ガス削減への取り組みをアピールするという意味合いもあるのだろうが、なぜ電球だけに規制をかぶせるのだろう。

 電球であれば器具の交換をせずに、電球タイプを付け替えるだけで良いが、蛍光灯だと照明器具の交換が必要になる。

 ずいぶん安くなったとはいえ、LEDは電球や蛍光灯よりはるかに高額だ。

 新聞やマスコミの報道によると、1日時間点灯するリビングルームで使用した場合の電気代の節約ですぐにペイできるようなデータが取り上げられていた。

 確かに、に、温室効果ガスの削減のためには、LEDへの切り換えは必要だと思う。

 しかし、トイレや階段廊下のように、短時間しか点灯しない場所ではどうなのだろう。
 私は、白熱灯の温もりのある光が一切無くなってしまうのには反対したい。

 利用者の選択を一切認めないというやり方には、なにか表に現れない理由があるように思えて仕方がない。

 LEDへの切り替えという些細に思えることを、安倍総理が自らテレビに向かって発表している姿が、私の違和感を助長するのだ。

2015年11月25日 (水)

「ご苦労さま」論争

 今朝のワイドショーで、「ご苦労さま」が、ちょっとした紛争をまきおこしていた。

 ことのおこりは、大阪府知事、大阪市長のダブル選で、投票をしにきた男性が、投票管理をしていた男性に「ご苦労さん」と言われたことに対して、「ご苦労さんは、目上の者に使うことばじゃない」と激怒し、投票所の机をひっくり返し、投票管理者の頭を平手打ちし、「机の角を脳天に突き刺すぞ」と脅したというのだ。

 ワイドショーのコメンテーターたちの見解を総合すると、「ご苦労さま」は目上の人が目下に対して使う言葉で、同じ立場で声をかけるなら「お疲れさま」が一般的だろうということだった。

 それにしても、声をかけた投票管理者の男性は70歳。

 それに激怒した男性は47歳。

 私には、「ご苦労さま」の言葉の意味より、47歳の男性が何をもって、自分の親と同じ年代の年上の男性を自分より目下だと決めつけるのか。

 「長幼の序」という言葉がある。

 年下の者は年長者を敬い、年長者は年下の者を慈しむというような意味だ。

 47歳の男性が、どんなに社会的にお偉い立場の人かは知らないが、自分の親ほどの年齢の人を、悪しざまに目下呼ばわりするほうが無礼千万。

 言葉に対する感受性は人それぞれ。

 私が最近の流行り言葉で許せないのが、「やばい」という言葉。

 「やばい」は、悪いことが起きるときの言葉である。
 
数年前に若者の間で「美味しい」と表現するのが流行って、それをワイドショーで面白がって取り上げられた。

 ちゃらい芸能人たちが若者ぶって、「やばい」をバラエティーで使いだしたとき、これは定着しないでもらいたいと思っていたのだが、いまや完全に定着してしまった。

 言葉は時代とともに変遷を重ねていくもの。
 
 その結果が、万葉時代の言葉が、今や英語や中国語と同格の「古語」という語学の一ジャンルになっているわけだ。

 今日のワイドショーに、「声に出して読みたい日本語」の著者で、テレビでもおなじみの教育学者斉藤孝さんが出演しておられて、「ご苦労さま」は上から下にかける言葉で、目上の人や同じ立場の人には「お疲れさま」という言葉が一般的だという見解を延べられていた。

 しかし、この「お疲れさま」についても、今年の8月、ちょっとした論争になっていた。

 タレントのタモリさんの、「子役が誰彼かまわず『お疲れ様です』といって回るのはおかしい」という発言が大きな波紋を呼んだ。

 タモリさんは、7月26日放送の『ヨルタモリ』(フジテレビ系)で、「『お疲れ様』というのは、元来、目上の者が目下の者にいう言葉。これをわかっていないんですね」と力説した。

 さらには、民放連が子役に「お疲れ様」といわせないよう申し入れをすべきだとまで提言した。

 これに、中高年から賛同の声が上がった。

 ニュースポストセブンの記事によると、「先に帰る若手社員に『お疲れ様です』といわれるとカチンとくる。そこは『お先に失礼します』だろう!」(50代男性)

 「後輩に上から目線でいわれているようで、嫌だ」(40代男性)

 タモリさんに賛同する人たちにとっては、「お疲れ様」は不快に感じる言葉のようだ。

 一方、若い世代においては、「お疲れさま」は挨拶のスタンダードになっていて、「おはようございます」「さようなら」と同等な使われ方をしているという意見もある。

 私は、若者同様、「お疲れさま」を違和感なく常用していて、おじさんの風上にもおけないのである。

 実際そんな意見も少なくないようで、同じ記事の中に、「ビジネスマナー講習で『ご苦労様』は失礼だから、『お疲れ様』を使えと教わったのに」という20代男性の言葉もあった。

 人生いろいろ、言葉もいろいろ。

 世代によって言葉の使い方が変わっていくことに、めくじら立てても仕方がない。

 言葉の是非はとにかくとして、「机の角を脳天に突き刺すぞ」という言葉のほうが衝撃的だなあ。

 「机の角」をどうやって脳天に突き刺すのだろう。

 私の陳腐な脳味噌は、「机の角」には「頭を叩きつけるぞ」かなー。

2015年11月24日 (火)

悪徳不動産屋日記 田舎暮らし

  朝一番で、来客があった。
 
  事務所の前を2度ほど行ったり来たり、意を決したように入って来られた。
 
  「いらっしゃいませ」
 
  「ちょっと、辺鄙(へんぴ)なところの家賃の相場をおしえてもらいたいのだけど・・・」 
 
  (辺鄙なところの家賃相場とはどういうことだろう??)
 
 質問の意味が理解できないでいる私に、さらに、「郊外の辺鄙なところだと家賃は安いでしょう?」と聞いてくる。

  どうやら、地元の人ではないようだ。

  町の中心部から遠くなると家賃が安くなると思ってのことのようだ。

  電車やバスを交通手段としている都会では、交通の利便性が家賃に大きく影響を与える。
 
  しかし、公共交通機関が整備されていない、当地(宮崎県の北端の街・延岡市)のような地方都市では車だけが移動手段である。

  当地においては、普通に暮らす人の居住地は市内のどこに行くにも車で15分圏内にある。

 だから、駅までの距離やスーパーまでの距離は、家賃にあまり大きな違いがない。
 
  傾向としては、築歴の浅い新しい物件は高いし、古い物件は安くなる。
 
  そんな説明を簡単にしていたら、余り人が住まないような辺鄙なところなら安いんじゃないかと聞いてくる。
 
  延岡市も広いから、人家もないような辺鄙なとこで空家になってる物件を貸したいという人がいれば、極端に安くしなければならないだろうけど、安くしても借手がいないから物件として流通はしない。
 
  つい先日も、私の知人からの紹介で、周囲に民家のない辺鄙なところに家を探してくれという依頼があって、いろいろと探してみたが、希望条件に合う物件がないということでお断りした。
 
  山間部や海岸沿いの田舎であっても、人は集落の中で暮らしている。
 
  人が住むには、道路、電気・水道や排水といったインフラが必要で、ぽつりと一人ではは暮らせないもののようだ。
 
 今までにも、年をとったら田舎にひっこんで、のんびり畑でもやりながら住める家はないかという相談を何度も受けたことがある。

 

 こんな方が希望する物件はというのは、自然に囲まれて、近所づきあいをしなくていいように近くに人が住んでいなくて、手入れせずに住めるようなきれいな家がついていて、格安で、市街地に出ようと思ったら20分くらいでいけるような広い道路のついてアクセスのいい場所なのだ。

 

 自然に囲まれた辺鄙なところは、便利が悪くて暮らしにくいから人が出て行くから辺鄙なままなのだ。

 

 不便を嫌って出て行く町に、新しい家なんてあるわけない。

 

 住む人がいない道路を、わざわざ整備する予算なんてあるわけない。

 

 風光明媚な自然環境の中で利便性の良い生活をしたいのだったら、リゾートマンションの会員にでもなればいいのだ。

 

 ブームとしての「田舎暮らし」は、それで金儲けをしようとする人のための手段であることが多い。

 

 本当の意味での「田舎暮らし」を教えてくれる本や新聞情報には、田舎暮らしは決して快適なことばかりではない。本気で田舎暮らしをするなら、まず地元の人とコミニュケーションをとって、地元に溶け込むことがひつようだと説いている。

 

 悪徳不動産屋の私は、かつては、そんなことを教説してお客さんを不快にさせてしまっていた。

 

 その私も年をとって少しはまるくなった。

 

 今日のお客さんにも、余り強引に自分の意見を押しつけることはせず、お客さんに聞かれるままに不動産の相場や状況を教えて差しあげるだけにした。

 

 そんな私の話を聞いていて、「延岡は田舎だから(不動産が)安いと思っていたのに、そんなんやったら大阪と変わらんわ」と言っていた。

 

 田舎は人口が減ってきて、空家がたくさんあって、タダみたいに安くあふれていると思っていたらしい。

 

 本当に田舎暮らしがしたいのだったら、過疎で高齢化した限界集落といわれるところに行くことだろうなあ。

 

 病院は無いし、バスも電車も通わなくて、助けを呼ぼうにも人がいないところだったら、それこそタダ見たいな値段で家が買えるかもしれないですぞ。

2015年11月21日 (土)

匂いがなくなった

 フランスではテロによる大量殺戮。

 

 マリのホテルでもテロ。

 

 フランス、アメリカの報復空爆。

 

 安倍さんが強行採決した集団自衛権で日本はどう進むのか。

 

 南シナ海。尖閣。きな臭い動き。

 

 昭和の大横綱、北の湖理事長死去。

 

 今日から当地(宮崎県の北端の街・延岡市)で開催される「エンジン01文化戦略会議オープンカレッジ」

 

 「エンジン01オープンカレッジ」?

 

 なんじゃーー、コリャーーーー!!

 

 秋元 康(敬称略・順不同)堀江貴文 三枝 成彰 勝間和代
 茂木健一郎  林 真理子 山本益博 姜尚中 和田秀樹 
 辰巳琢郎 ケント・ギルバート 啓湯川れい子 有森裕子
 竹原啓二 江原啓之 岩井志麻子 奥田瑛二 池坊美佳

 

 まだまだいる。有名著名分化芸能人が100人くらい結集している。

 

 昼は大学の教室全部を貸し切って、夜は市内の飲食店で膝を交えての懇談会をするらしい。

 

 はずかしながら、人口13万人の、県庁所在地でもない小さな町にだ。

 

 

 なんとも、世の中は大きく動いている。

 

 だけども、「問題は今日の雨 傘がない」

 

 わたしにとっての「雨と傘」は、数カ月前から失ってしまった「匂いだ」

 

 7月(だったと思うのだが)に風邪をひいて、熱と鼻づまりで匂いがしなくなった。

 

 熱はすぐにさがったのだが、咳が止まらず、病院にかかった。

 

 それでも咳がとまらず、別な病気ではないかと気がかりだった。

 

 1カ月くらいで咳は止まって、変な病気ではなかったと安心したら、ずっと匂いがないことに気がついた。

 

 風邪が治れば匂いも戻るだろうと匂いがないことは気にしていなかったのだが、臭覚がなくなったままなのだ。

 

 舌で感じる味覚は正常なのだが、味は味覚と臭覚で感じるもの。

 

 食べ物の風味というものをまったく感じない。

 

 大好物のカレーライスのスパイスの香りもまったくわからない。

 

 味覚はあるので、食べ物が不味くはないのだが、美味くはない。

 

 甘い、ショッパイ、酸っぱい、苦い、辛いだけでしかない。

 

 このまま匂いが戻らなかったら、なんとも悲しい。

 

 インターネットで調べてみたら、同じ経験者や耳鼻科のお医者さんが情報をたくさんあった。

 

 それによると、なかなか治りにくい病気で、時間を置くほど治りにいらしい。

 

 医者も、経験者も、とにかく早期治療を勧めている。

 

 3カ月を過ぎると、治るチャンスを失うという記述を見て、あわてて耳鼻科に駆け込んだ。

 

 レントゲンを撮り、内視鏡で検査をしてくれたが、原因はわからないと言う。

 

 原因がわからないから具体的な治療法はないとの見解。

 

 私は高校生時代に一度匂いが無くなる経験をしていて、そのときの医者はアリナミンノ注射をした。

 

 アリナミンの注射をすると鼻の奥でニンニク臭を感じて、臭覚神経は生きているということで、鼻に薬を塗布し、アリナミンの注射を続ける治療をして治ったことを医者に告げた。

 

 素人が治療法をあれこれ言うと医者は嫌うのを知っていたけど、治療法がないからしかたがないでは困る。

 

 だから、医者が気分を壊さないように、恐る恐る、気をつかって、さりげなく話をしてみた。

 

 しかし、診断はかわらなかった。

 

 点鼻薬を出すので、それで様子をみてください。

 

 それで治らないときは、また考えましょうか、ということだった。

 

 インターネットで、耳鼻科の医者の多くが、3カ月以内に治療を始めないと治りにくいと書いていた。

 

 私が匂いをなくしてまだ3カ月足らずだった。

 

 私は意を決して、医者にインターネットにあった3カ月を越すと治りにくいとあった旨を、おずおずと伝えた。

 

 私にとっては死活問題ともいえるできごとなのだ。

 

 それに対しては、医師はまったくの無反応。

 

 2週間分の薬をもらって使用したが、症状はまったく変化がない。

 

 私は、他の耳鼻科を訪問することにした。

 

 次の耳鼻科では、アリナミン注射による検査をしてくれた。

 

 アリナミン注射を受けると、まもなく鼻の奥でニンニク臭を感じた。

 

 私は、期待して医者の診断結果を待った。

 

 医師は、ニンニク臭を感じるということは臭覚神経は生きている。

 

 それなのに匂いを感じないということは、鼻の奥にある味覚を感じて神経に伝える部分に損傷があるのだろうけ。
 
 しかし、その原因はわからないし治療方法ないと断定した。

 

 そして、検査したのみで、一切の治療も投薬もしてくれなかった。

 

 なんたること。

 

 私は、二人の医者に、ともに治療方法はわからないと放置されてしまった。

 

 あと十数年の人生かもしれないが、匂い無しのままでは、食べる楽しみが奪われたようなものだ。

 

 インターネットの世界では、私と同じ悩みを相談する人が大勢いる。

 

 それに答える医師もまた大勢いる。

 

 そして、さまざまな治療方法も紹介されている。

 

 それが全部正しい情報であったり、解決方法であると盲信はしないが、せめて医療を職とするのであれば、真摯に治療方法を探る努力をする医師であってもらいたい。

 

 インターネットの普及で、莫大な情報が手に入る時代になっているのだ。

 

 ということで、私の当面の「傘がない」は「私の匂いをとりもどしてくれる医者」を見つけること。

 

 「けれども 問題は 今日の雨 傘がない」(井上陽水「傘がない」)

 どなたか、良いお医者さんがいたら教えてください。

2015年11月20日 (金)

テロリストへ――「君たちに憎しみという贈り物はあげない」

 パリ同時多発テロで妻を亡くした仏人ジャーナリストのアントワーヌ・レリスさんが、フェイスブックにつづった、テロリストへの文章に共感が広がっているという。

 リレスさんの妻リレンさんは、コンサートホール「ルバタクラン」のテロで命を奪われた。

 以下の文章は、リレスさんが妻の遺体と対面した直後に書いたものだそうだ。
 
 

 「君たちに私の憎しみはあげない」

 金曜の夜、君たちは素晴らしい人の命を奪った。
  私の最愛の人であり、息子の母親だった。
 でも君たちを憎むつもりはない。
  君たちが誰かも知らないし、知りたくもない。
  君たちは死んだ魂だ。君たちは、神の名において無差別な殺戮(さつりく)をした。
  もし神が自らの姿に似せて我々人間をつくったのだとしたら、妻の体に撃ち込まれた銃弾の一つ一つは神の心の傷となっているだろう。

 だから、決して君たちに憎しみという贈り物はあげない。
 君たちの望み通りに怒りで応じることは、君たちと同じ無知に屈することになる。
 君たちは、私が恐れ、隣人を疑いの目で見つめ、安全のために自由を犠牲にすることを望んだ。
 だが君たちの負けだ。(私という)プレーヤーはまだここにいる。

 今朝、ついに妻と再会した。何日も待ち続けた末に。彼女は金曜の夜に出かけた時のまま、そして私が恋に落ちた12年以上前と同じように美しかった。
 もちろん悲しみに打ちのめされている。君たちの小さな勝利を認めよう。
 でもそれはごくわずかな時間だけだ。妻はいつも私たちとともにあり、再び巡り合うだろう。
 君たちが決してたどり着けない自由な魂たちの天国で。

 私と息子は2人になった。
 でも世界中の軍隊よりも強い。
 そして君たちのために割く時間はこれ以上ない。
 昼寝から目覚めたメルビルのところに行かなければいけない。
 彼は生後17カ月で、いつものようにおやつを食べ、私たちはいつものように遊ぶ。
 そして幼い彼の人生が幸せで自由であり続けることが君たちを辱めるだろう。
 彼の憎しみを勝ち取ることもないのだから。



 わたしは、こんなに強い言葉を聞いたことがない。

 多くの市民は残忍なテロを憎み、怒りの声をあげる。

 少し冷静になって、憎しみの連鎖に陥ってはいけないと声を発する人もいる。

 だが、憎しみや怒りの声は、声高にほかの声をかき消してしまう。

 世界の指導者たちは、大きな声にしか耳を貸さない。

 戦争。空爆。

 テロ。空爆に対する報復。

 私は、憎しみの連鎖に陥ってはいけないと思う。

 血の報復合戦になってはいけないと思う。

 かしし、妻や子供や友人を殺された人々が、命を奪った相手に命で償わせようとする気持ちもわかる。

 報復をいさめるのは傍観者としての私であって、自分の妻や子の命が奪われたら、私もその相手を殺したいと思うだろうし、その家族を殺して同じ悲しみを与えたいと思うだろう。

 最愛の人を奪われたレリスさんの言葉は衝撃的だ。

 「君たちを憎むつもりない 君たちが誰かもしれないし、知りたくもない」

 「だから、決して君たちに憎しみという贈り物はあげない」

 「久美たちの望み通りに怒りで応じることは、君たちと同じ無知に屈することになる」
 「君たちは、私が恐れ、隣人を疑いの目で見つめ、安全のために自由を犠牲にすることを望んだ。だが、君たちの負けだ。(私と言う)プレーヤーはまだここにいる。」

 残虐なテロに対して、こんなに強い言葉を始めて聞いた。

 世の指導者たちが同じ気持ちになれば、憎しみの連鎖を断ち切れるかもしれないと感じさせられた。
 
 人類から争いごとを除くのは、無理なことだとは思うが。

2015年11月19日 (木)

「沈黙の共有」に効果あり

 精神科医の香山リカさんのエッセイに、こんな話があった。

 その、ほぼ全部を書き写させてもらう。

 「先生、つらいことがあったんですよ」「そうでしたか」

 診察室で患者さんとこんな会話を交わした後、話が途切れることがある。

 理由はいろいろだが、とにかくそこから音が消えてしまう。

 診察室での沈黙の時間。数十秒かせいぜい一分ほどであっても、それはとてつもなく長く感じられる。

 つい、「それでどうしたんですか」と促してしまったり、「あなたくらいの年齢だといろいろありますよね」などと、こちらが説明を始めてしまったりする。

 でも、「これでは精神科医として失格」なのだそうだ。

 研修医のための医療面接の教科書には「沈黙を共有するようにしましょう」と書かれている。

 なるべくこちらも話したり動いたりせず、いっしょにその時間を過ごす。

 患者さんの方に手を添えたりする必要はなく、ただいっしょに沈黙すればよい。

 緊張感を与えないために、リラックスした姿勢でぼんやりしているくらいがちょうどよいかもしれない。

 この「沈黙の共有」には、なめらかな対話や安定剤よりずっと心を落ち着かせる効果ある。

 五分ほどお互い何も話さない時間がすぎ、「また、がんばってみます」「まあ、無理をしないで」とだけ言葉を交わして面接が終ったことがあった。

 カルテに記載するような会話は何もなかったが、患者さんは笑顔で診察室を出て行った。

 「沈黙の共有」に意味があるのは、診察室の中だけではない。

 本当に落ち込んでいるときや悲しいとき、人は言葉を失ってしまう。

 そんなとき、近くにいる人は「話してごらん」と無理やり口を開かせる必要も、自分の経験を話して聞かせる必要もない。

 「つらいよね」とひとこと声をかけ、あとはいっしょに沈黙の時間をすごす。

 手持ちぶさたなら、ぼんやり別のことを考えていてもよいのだ。

 「沈黙の共有」は、気のきいた言葉よりずっと気持ちをなぐさめる効果がある。

 
 この話を読んで、私は二つのこと教えてもらった。

 一つは、悩み事をかかえて落ち込んでいる人をそばにしたときは、「つらいね」と一声かけて、あとは何も言わずにだまってそばにいてあげることが一番の慰めになるということを教えてもらった。

 私は、人から相談を受けることが多かった。

 そして相談を受けると、その解決方法を考えられる限り真剣に考え助言するようにしてきた。

 多くは、不動産の取引に関することだったり相続にかかわることで、私なりの解決方法をお答えし、相談者の方には感謝された。

 しかし、相談者が私に悪感情をもってしまわれるように思えるときが、ままあった。

 人間関係や悩み事の相談のときに、その傾向があった。

 私は、相談を受ける限り、答えをださなくてはいけないという義務感がふつふつと沸いてきて、自分の持てる知識と知恵をフル動員して答えをみつけ、真剣に答えていたる。

 私にとって一番いい解決方法だと思っているもので、相手がそれをすんなり納得しないと、なんとか説き伏せようという感じになる。

 ときに相手はそれを拒絶し、あるときは反論してくる。

 果たして、私と相談者の間には気まずい空気が流れる。

 ときとして「人の気持ちがわからない人だ」と言われてしまう。

 相談者にとってどうするのが一番の解決方法かを真剣に考えぬいて答えた結果、こんなことを言われたのでは割が合わない。

 そんなとき愚痴をこぼす私に、家内は「あなたが真剣に答えるからいけないのよ。『大変だね』とだけ言っておけばいいのよ」と言う。

 その言葉にかちんときて、私と家内の口げんかになった事がある。

 「そうはいうけど、相手が『どう思いますか』って聞いてくるから答えているんじゃないか。お前は結局、自分がいい人になりたいから相手にとって嫌なことを言わないだけだ」

 「それは間違ってるわ。人は、ただ悩みや不満を聞いてもらうだけですっきりするものなのよ。だから黙って聞いてやればいいのよ。」

 「不平不満を黙って聞けというのか?延々と愚痴を聞いていて鬱陶しくないのか?」

 「私は、相手の話が長くなるときは、他の事を考えながら適当に『ふん、ふん』『そうなの』『大変ね』と相槌をうっているときもあるよ」

 「ひとは俺の事を、人の気持ちがわからない人間で優しさがないというけど、俺は相手の事を真剣に考えてやってるんだ。ほんとはお前の方が人が悪いじゃないか。相手の悩みはなんにも考えてやってなんだから。」

 「違うのよ。人は愚痴を黙って聞いてもらいたいだけなのよ。不平不満を発散させてやれば、それで気が済むのよ。」

 こんな喧嘩を何度もした。

 そして私は、絶対自分が正しいと思っていた。

 しかし、家内の言っていた事は、「ぼんやり別の事を考えてもいいのだ」という香山さんの言葉の通りではないか。

 黙って相手の話を聞く、これがなかなか難しいのである。

 家内が人の評判がいいのはそういうことか。

 口惜しいけれど、家内に脱帽である。

 脱帽しながらこんな話をするのは良くないが、この話で思いあたった別の反省も書いておこう。

 かつて、女性から悩み事の相談があったとき、私はあれこれ人生訓をならべたり、自分の経験や知識から解決方法を考え、あれこれ助言をしてやったものだ。

 相談相手が私の話に素直に従わないと、むきになって自分のやり方を押しつけるようなことをした。

 あのとき、ひとこと「たいへんだね」と言って、黙ってずっと相手の悩みを聞いてあげていたら、ひょっとすると彼女のハートをつかんでいたのかもしれない。

 と、つまらぬことはさておき、香山さんの話でもう一つ教えてもらった事は。

 誰だって、沈黙は苦手だってこと。

 香山さんのように、テレビにも頻繁に出て、人との付き合いを苦にしないように人であっても、「数十秒かせいぜい一分ほどであっても、それはとてつもなく長く感じられる」ものなのだ。

 私はこう見えて(どう見えているかはわからないが)、非常に人見知りで対人恐怖症的なところがある。

 こんなことを言うと、人は「そんなことはないと」一笑に付すが、私がしゃべりまくるのは、劣等感の裏返しなのだ。

 人と平気で話ができるように、いろんな本を読んできた。

 「会話がとぎれない話し方」「内向型の雑談術」「雑談力があがる話し方」「雑談力ノート」

 沈黙が異常に怖くて、反動でしゃべりまくっているのだ。

 一番最近読んだ本は「超一流の雑談力」だが、香山さんの「沈黙の共有」は、普通の人との付き合いでも使えることだと教えられた。

 自然に会話ができることが一番いいが、無理して喋り続けることはしなくてもいい。

 沈黙が生まれたときは、「沈黙の共有」にひたってみようかと思っている。

2015年11月18日 (水)

言うまいと思えどテロの怖さかな

  多くの見識のある方々が、さまざまに論評していることだから、自分の頭の蠅も追えない我が輩が、論じることはおこがましいので、なにも言うまいと思っていたが、思えどテロの怖さかなである。

2015年11月17日 (火)

がんで死ぬのは悪くない

 俳優の阿藤快さんが亡くなった。
 
 69歳。突然の死だった。

 所属事務所が、14日の誕生日に祝福メールを送っても返信がないため、15日午後、阿藤さんの妹さんと自宅マンションへ様子を見に行ったところ、ベッドにあおむけで眠るように亡くなっていた。

 苦しんだ様子もなく、布団をかぶって横になっていた。

 声をかけたら起きそうな安らかなをしていたそうだ。

 「ピンピンコロリ」運動というのがある。

 元気に年をとって、病気で寝込むことなくコロリと死にたいというものだ。

 寝たっきりになって何年も生きたくない。

 自分が苦しむのはいやだし、家族に迷惑をかけることなく、コロリと逝きたいということだ。

 69歳は早すぎるが、阿藤さんのように、寝ている最中に苦しむことなく逝くなは理想の死に方だという人もいる。

 しかし、「ピンピンコロリ」が目指すのは、阿藤さんのような死に方ではない。

 80歳くらいまで元気に長生きして、長期間寝込むことはなく大往生をとげるのを理想としているのだ。

 だが、そうはうまくはいかない。

 食事に気をつけたり、適度な運動をして、80歳前までは元気で暮らすことはできるかもしれないが、永遠に元気でいることはできない。

 病気や老化で病の床につくことは防ぎようがない。

 治すことが難しい、積極的な治療法がない病ならば、延命治療を拒否して意味のない延命を避けることはできる。

 そのために私は、「尊厳死の宣言書」を書き、延命治療を望まないことを書面にして常に携帯している。

 だからといって、生きるのがいやだから死期を早めてもらうことはできない。

 病気によっては、延命治療にいたらずとも、長期間ベッドの上で生きていかなくてはいけないこともあるだろう。

 げに、人の死に方は難しい。

 とういう意味で、阿藤さんの死にかたを理想的だと言う人もいるわけだが、私は、知らぬ間に死んでいたという死にかたはしたくない。

 きれいごとを言えば、死ぬ前に心から感謝の言葉を伝えたい人がいる。

 お詫びをしたい人もいる。

 もうひとつ、急に死にたくない大きな理由は、死ぬ前に、誰にも知られることなく処分したいものが山ほどあるからだ。

 パソコンやスマートフォンの仕事のデータ以外のものは全部処分したいくらいだ。

 机や本棚の中にも捨ててしまいたいものがたくさんある。

 処分しようと思いつつ処分してない、人に見られたくないものがある。

 まだしばらくは死にたくはないけれど、死ぬとしたら、死期を知ることができたほうがいい。

 3カ月や半年は短すぎるが、2年か3年前、せめて1年前に死期を知るのがいい。

 こんなことを言っているが、死期を告げられた瞬間はパニックに陥るだろう。

 しばらくは落ち込んでしまって立ち直れないかもしれない。

 その時期は70歳過ぎにしてほしいが、その時を受け入れる心の準備をしておこうと思っている。

 こんなことを考えていたら、ガンという病気は悪くはないと思うようになった。

 むしろガンでしぬというのは理想的な死に方かもしれない。

 ただし、ガン宣告を受ける際、できれば余命は1年はほしい。

 勝手を言えば余命3年くらいにしてもらいたいが、がんで余命3年の診断はあまり聞かない。

 余命1年を宣告されたら、まずは身辺整理をし、思う人にお別れと感謝の挨拶をする。

 手術や抗ガン剤は、十分に検討してから受けるか受けないかを決める。

 さてさて、できるものやら。

2015年11月16日 (月)

ごみ屋敷 行政代執行 京都市が全国初

 先週京都市で、ごみ屋敷対策条例に基づく行政代執行で、同市内の住宅周辺の私道上のごみを撤去した。

 住宅の所有者は50代の男性で、住宅前の私道にごみがあふれ、この住宅の奥にある数件の家の住人の通行に支障を及ぼしていた。

 老朽化したベランダにも、物があふれていて、ベランダが崩壊した場合の危険性もあった。

 この住宅については、12年に市道上にあふれたゴミについては、道路法基づき撤去していたが、私道上や私有するベランダについては法的権限が無いので撤去できなかった。
 今回のゴミ撤去は、昨年11月、京都市が制定施行した、私有地においても代執行できる条例に基づくものである。

 条例が施行された後だけでも、市は124回訪問し、59回接触している。

 清掃や防火指導、健康相談や福祉制度の情報提供等、支援を基本に対応してきたが、所有者は一向に応じなかった。

 今年10月、市は条例に基づき強制撤去命令を出したが、それにも応じなかったため強制代執行となったそうだ。

 明らかなる迷惑行為であっても、法律にのっとるとなかなか大変なものである。

 当日は、市職員20人が、私道上にあふれた新聞、雑誌、衣類等を撤去した。

 約2時間の撤去作業となったというから、市職員の熱意ある奮闘ぶりが想像できる。

 このごみ屋敷に限らず、全国にごみ屋敷はたくさんあるようで、定期的にワイドショーを賑わしている。

 自分の隣にゴミ屋敷があったら迷惑千万な話である。

 迷惑をこうむる近隣住人は、行政に強制的な撤去を要請するが、行政としては適応する法律がないことには、どうにもできない。
 
 それで京都市においては「ごみ対策条例」を制定したのだろう。

 同様な条例は大阪市や、東京足立区、新宿区など8市区で制定されているそうだ。

 しかし、今回の京都市の行政代執行が全国初だとのこと。

 ごみ屋敷を作り出すような変わった人間と交渉を重ね続け、そのあげくにゴミを片づけなくてはいけないなんて、市役所の職員さんも嫌ですよね。

 京都の市職員さんには、他人事ながら、心から称賛の言葉をお送りしたい。

 全国の市区町村が京都に続くことを祈っている。

2015年11月14日 (土)

ひ頭の上の蠅 1年ぶりに遇った同級生女子

 猫の餌を買いに行ったスーバーで、1年ぶりに同級生の女史にあった。

 女性は何歳になっても女子というのだろうけど、女子という言葉を使うのはなんだか恥ずかしくて、女史とさせてもらう。

 「久しぶりだね」と声をかけると、「最近、お疲れモードなの?」と聞かれた。

 その言葉の意味は、私にはわかる。

 この女史、かつて、私のブログを愛読していると言っていた。

 今も、読んでくれているのだろう。

 最近の私のブログを見ての言葉が、「お疲れモードなの?」なのだろう。

 「最近も見てくれてるの?」

 「1週間に1度くらいね。最近あまり更新していないでしょ。」

 彼女の言葉で、今日の更新をしている。

 今日も、ブログを書きかけて中断していた。

 その内容は次のようなこと。

 

 『先日、池田師のことを書いた。

 その師から、最近、私のブログが面白くないし、更新が少ないことを指摘された。

 それは、私も自覚していたこと。

 今まで、思いついたことを思いつくままにかいてきたのだか、このところ、自分の頭の上の蠅も追えないのに、「ふとごつ」(延岡市弁で「大きなこと」)を言うのもおこがましいという気持ちがよぎって、書き始めても中断してしまうことが多いのだ。

 たとえば今日だと、ミャンマーのスーチーさん。

 総選挙でスーチーさんが率いる野党が圧勝し、過半数を上回る議席を獲得したあとのスーチーさんの発言。

 ミャンマーの憲法では、外国籍の家族がいるものは大統領になれない。

 従って、スーチーさんは、英国籍の息子さんのいるスーチーさんは大統領になれない。

 その件に関して、スーチーさんは「新政権は自分がすべてを決め、大統領に権限はない」と言った。

 なんたる強権的発言。

 完全なる独裁者的発想の言葉である。

 見かけから受けていた印象は、一瞬にして飛び去り、その顔に安倍総理の顔が重なった。

 ともに偉大な政治家の親の後を継いだ、サラブレッド政治家。

 整った優しそうな顔だちは、温厚で争いごととは無縁なイメージを与える。

 「人は中身」なんていうが、現実には「人は見かけ」である。

 スーチーさんが権力を手にしたとき、ミャンマーは国民が期待する民主国家として発展できるのだろうか。

 「私が国を動かす」という意志のしたには、「私がすべて正しい」という思いが潜んで見える。

 安倍さんが「私が総理大臣ですよ!」という言葉と似ている。』

 今日も、ここまで書いてきて、「自分の頭の蠅も追えない奴が、何を言う」という言葉が降りてきた。

 それでボツにしていたブログだが、久しぶりに出会った同級生女史の言葉で復活させてもらった。

 これもなにかの縁。

 

 

2015年11月12日 (木)

ヘビ好き女子

 ヘビ好き女子が増殖中だという。

 8月に東京・原宿で「東京スネークセンター」なる店が開業した。

 「東京スネークセンター」という名前からは、動物園みたいなところを想像してしまうが、実は、ヘビを鑑賞したり触ったりできるカフェだ。

 ネコカフェならぬ、ヘビカフェである。

 家賃の高い原宿で成り立つものかと思ってしまうか、いまのところ結構繁盛しているようで、ケースの中のヘビを見ながらスイーツを食べる女性客であふれている。

 1日平均50人が来店していて、その8割は女性だそうだ。

 ヘビを触って楽しむ女性客や、ケースから出して手や首に巻いている女性もいる。

 「触感が気持ちよく、つぶらな瞳に癒やされる」という女性の談もあった。

 餌は週に1回程度で手間がかからないし、鳴きもしないし、臭いもない。

 植物を育てるのと似ている」のだそうだ。

 ただ、犬や猫のように人になつくことはないらしい。

 そんなサバサバした距離感がいいのだともいう。

 どうあれ、ヘビが大の苦手の私には信じられない話である。

 飼ってるヘビが逃げ出したら、どうしてくれるのだ。

 私のうちの隣にヘビカフェができたら、真剣に引っ越しを考えてしまう。

 変なブームになって、真似した店が当地(宮崎県の北端の街・延岡市)にできないことを祈っている。

2015年11月11日 (水)

悪徳不動産屋日記 値下げ交渉

 電話が鳴った。

 受話器を取ると、いきなり、「店舗じゃけどよね」と聞いてきた。

 始めて受ける電話で、どの店舗のことかわかない。

 「どちらの店舗のことですか」と尋ねたところ、「おたくが貸し店舗の看板をつけているところよ」との返答。

 小さい不動産会屋とはいえ、預っている貸し店舗は1件だけではない。

 悪徳不動産屋としては、「ちゃんと質問に答えんかい」と言いたいところをぐっと我慢して、「何町にある店舗ですか」と聞く。

 すると、「直ちゃん通よ!」と言う。

 「直ちゃん通り」という町名は無い。

 町名がわからないのだろう。

 「直ちゃん」というのは、当地(宮崎県の北端の街・延岡市)の有名店。

 当地延岡は、チキン南蛮の発祥の地である。

 発祥は、「直ちゃん」と「おぐら」の2店。

 一方の雄の「直ちゃん」は、開店の11時前から行列ができる店なのだが、味を変えたくないということで、かたくなに、店の拡張もせずに本店のみでの経営を続けている。

 問い合わせをしてきた方は、町名を知らないから「直ちゃん通り」と言ったのだろう。
 その通りに当社が募集看板をつけているのは1店。

 当社から100mくらいのところにある。

 「あ、わかりました。〇〇というお店の隣ですね。お聞きになりたいのはどういうことですか?」

 「家賃はいくらけ?(いくらですか?)」

 募集家賃は5万円。

 それを伝えると、「3万円にしてくれたら借りるけどね」と言う。

 全国の例にたがうことなく、大型店出店の影響で地盤沈下してしまった商店街の小さな店舗で、空いたまま数年が経っている。

 それにしても、いきなり3万円とは、家主はどう思うだろう。

 単なる冷やかしであれば失礼な話。

 相手の名前を聞いたところ、近くで店をやっている者だという。

 「どちらですか?」と具体的に聞いてみても、「すぐ近くよ」と、のらりくらり。
 
 「自分の名前も名乗りもせずに、人様の財産の価値を勝手に決めてきて、無礼千万!」といいたいところだが、ぐっとこらえて話を続ける。

 結局、どこのどなたかはわかった。

 数年空いたままなのを承知で価格交渉をしてきたのだろう。

 3万円という数字に家主は抵抗があるかもしれないが、現状のまま借りてもらうのであれば一考を要する条件である。

 なんとか説得してでも了解をとろうと思ったが、往々にして値切っただけで借りない人が多い。

 悪徳不動産屋はさまざまな法規制に縛られているが、善良なる消費者は、なんでもありなのだ。

 「買うから・借りるから、価格交渉をしてくれ」と言われて、売主・家主をやっとのことで説得したと思ったら、「はっきり買う・借りるとは言ってないよ」と平然としている善良なる消費者は少なくない。

 法制度に保護を受けている善良なる消費者は、何をやっても許されるのだ。

 そんな経験を山ほどしているから、迂闊に善良なる消費者の言葉は真に受けないことにしているのだが、善良に見える人を相手にした場合つい油断をして、苦い思いをすることになる。

 今日の電話のようなお客さんだと、うっかりものの悪徳不動産屋も警戒をおこたらない。

 そこで、「3万円で交渉してみますが、了解をとったら絶対に借りてもらわないと困りますよ」と、ちっと口調を強くして念を押してみた。

 すると、「うーん。また電話するわ。」と言って電話を切った。

 それから2時間になるが、いまだ電話はない。

2015年11月10日 (火)

スカートの中の魅惑

 女性のスカートの中をのぞき見するために、道路の側溝に5時間も潜んでいた男が逮捕された。

 いやはや、なんとも珍妙な事件だが、この男の気持ちは分かる。

 こんなことを言うと、私も変態野郎と思われるのだろうが、男とは、悲しいけど、そういう動物なのである。

 とはいえ側溝に何時間も潜んでまでスカートの中をのぞこうとは思わないし、犯罪者になるようなことまでしてスカートの中をのぞこうとは思わない。

 この年になると、スカートの中の三角形の布が見えたところで、ちっとも嬉しくないし、ましてや興奮することは無い。

 しかし、電車で前の座席に若い足のきれいな女性が座ると、自分の腰をずらして、ちょっとだけ視線を下の方にもっていくくらいのことはしてしまう。

 相手や周りの人に気づかれることの無いように、さりげなくそれを行う。

 不幸にも気づかれてしまって睨み付けられたりすると、心がいたく傷ついてしまう。

 その心の痛みと欲望を天秤にかけて、自制して生きているのが男という生き物なのだ。
 そこを女性は理解しなくてはいけない。

 聖人君子みたいな顔をしていても、すべての男は、抑えきれない本能と必死で戦いながら生きているのだ。

 その葛藤に破れた男が犯罪者となる。

 今回の事件は、側溝に5時間も潜んでいたという特異なできごとが面白くて大きく取り上げられたわけで、そんなに深刻な被害を与えたわけではない。

 この男、2年前にも逮捕されているということだが、そのとき「生まれ変わったら道路になりたい」と言っていたそうだ。

 スカートの中を見たいだけで、欲望がそれ以上にはエスカレートしていないんだから、許してやってもいいという気がする。

 警察も、こんな気の弱い犯罪者はいとも簡単に捕まえるが、身の回りにはもっと深刻な事件がある。

 ストーカー被害やDV。そして子供への虐待。

 被害者や周りが助けを求めても、それを取り締まる側の人が慎重になりすぎて、手遅れにしてしまう事件が後をたたない。

 マスコミも、ピンク事件を喜んでないで、もっと大事なことを報道してほしいとおもう、今日の「ふとごとおじさん」だった。

2015年11月 9日 (月)

大人の世界の師

 このところブログの更新が途切れていることを、指摘されることが多い。

 

 先日も、大人の世界での師ともいえる池田君にも指摘された。

 

 「師」といいながら、「君」づけで呼ぶのは失礼なようだが、高校の時の同級生であるからして「さん」とは呼びづらい。

 

 師に教わったのは、大人の世界は本音と建前があるということである。

 

 彼とは、10年以上同じ職場で働いていた。

 

 私は、相手がお客さんであっても筋が通らないことをすると、真っ向から歯向かっていた。

 

 私が思う正論(私の思い込みであることが多いのだが)を強引に押し通して、お客さんと諍い起こすことがあった。

 

 そんなとき、師から何度となく注意を受けた。

 

 注意というと優しい響きがあるが、同級生という遠慮の無さもあって、怒鳴りつけられた。

 

 「あんたね。自分の正義をお客さんに押しつけたらいかんよ。お客さんは、あんたの者じゃなくて、会社のお客さんなんだからね。今のお客は、もう二度とウチのカイシャには戻って来ないよ。」

 

 「本音ばかりだと門立つ。相手を不愉快にしてなんになる。あんたのは中学生の正義感だよ」と何度も叱られた。

 

 そして彼は、「楽しいのはアソビだよ。アソビは楽しいから自分で金を出すのだ。」

 

 と言った。

 

 私は、同級生ということもあって、そんな彼の言葉に素直には従わなかった。

 

 それどころか、当時私は彼のことを、陰ひなたの、嘘つき野郎と思っていた。

 しかし今は、全面的に彼が正しかったと思っている。

 だから、ここで、師と呼ばせてもらっているのだ。

 私に批判的な師ではあったが、私の欠点をとがめながらも、一部私の正義を認めてくれるところもあると勝手に感じていた。

 

 そんな彼が、随分前から私のブログを読んでいることを知った。

 

 私と対極にいて、批判的に見られているのではないかと思いつつ、ブログを書くことも少なくなかった。

 

 その師が先日、私が仕事に絡むことで電話したところ、「電話を借りて悪いのだが、ちょっと言いたいことがある」と言われた。

 

 ちょっと口調が荒い。

 

 私は、どんな小言を言われるのかと身をすくめて続く師の言葉を聞いた。

 

 いつもお叱りを受けることが多くて、条件反射的に心臓が不整になる。

 

 師の言葉は、「最近ブログが面白く無いバイ。全然更新しないし、内容も面白くないわ」

 

 というものだった。

 

 私は、ほっとした。

 

 師特有の、気持ちの裏返しの言葉だと解釈した。

 

 「面白いから読んでいたのだから、弛まず更新せよ」と言っているのだと、勝手な解釈をして師の言葉をとらえた。

 

 師が私によく言ってたセリフの一つに、「ふとごつ言うな」というのもある。

 

 当地(宮崎県の北端の街・延岡市)の方言で、「(何もできないくせに)大きなことを言うな」というような意味である。

 

 私は、こんなことを書くと、師は「ふとごつ言うな」と思うだろうなと思いつつブログを更新することが少なからずあった。

 

 その師から、「ブログを更新せよ」という、お墨付きをもらったのである。

 

 それで私は、気持ちを取り直してブログの更新をしようと思ったのだが、どうにも休み癖がついてしまって、更新の手が進まないでいる。

2015年11月 2日 (月)

胃カメラと公正証書遺言

 私の友人と、その同級生の医者の会話。

 「最近胃の調子が悪いので意の薬をだしてくれないか」

 「ずっと胃の検査をしていないようだから、胃カメラで検査をしたほうがいいよ」

 「胃カメラはいやだよ。苦しいから。」

 「今はね、鼻からいれる胃カメラがあるんだよ。従来の胃カメラより、ずっと細くなって、ぜんぜんきつくないよ。」

 「へー。そうなんだ。自分で試してみて、楽だった?」

 「いや。まだ僕はやったことは無いんだけど……」

 「なあんだ。ぜんぜんきつくないよなんて言ってたけど、自分がやったことはないのか。それじゃ、どのくらい楽なのかわからんじゃないけ」

 この医者を悪く思うわけではないが、往々にしてあり得る話である。

 この話を聞いて、私も、思い当たることがあった。

 私は日頃から、遺言の必要性を説いている。

 ことあるごとに、遺言は元気なうちに書いておくことを勧めている。

 そして、遺言書を書くなら公正証書遺言にすることを提言している。

 かくいう私はといえば、遺言書は毎年書き替えているのだが、公正証書遺言にしてはいない。

 公正証書が一番威力を発揮するのが遺言だ。

 相続というと、不動産や預貯金の相続でもめることが想像できる。

 実際相続登記では、相続人の戸籍を集めるのが大変な作業で、遺産分割をどのようにするかスムーズにいかないこともある。

 しかし、公正証書の遺言書があれば、直ちに相続登記が完了する。

 このことにもまして公正証書遺言が力を発揮するのは、故人の預貯金の取り扱いだ。

 金融機関は、預貯金の名義人が亡くなった事実を知ると、故人名義の預貯金を凍結する。

 故人が入院していた病院や施設の入院費等を支払おうと思っても、故人名義の預貯金には手をつけられなくなるのだ。

 遺産をどうわけるかということより、まず問題になるのはこのことの方だ。

 預貯金の処分方法と遺言執行任を指定した公正証書遺言があれば、預貯金を降ろすことができる。

 だから、公正証書遺言を勧めるのだけど、私も公正証書遺言はつくっていなかった。

 友人の話の胃カメラの医者を笑えた立場ではない。

 お客さんに、「あなたは遺言書を作ってますか」と聞かれたら、一言もない。

 早速、今書いてある遺言書を見直して公正証書遺言を作成しなくてはならないと思っている。

2015年11月 1日 (日)

11月の憂鬱

  10月のカレンダーを切り取った。
 
  現れたのは11月のカレンダー。
 
  今年も残すところ2カ月。
 
  わかっていたことだが、薄くなってしまったカレンダーに、改めて時間の経つ速さを思い知らされた。
   
  TPPで日本の農業・産業はどうなるか、沖縄の辺野古新基地問題での沖縄県知事と国の争いごとはどうなるのか、尖閣でのアメリカと中国は衝突しないのか、集団自衛権で日本はどう動くのか、中国経済は大丈夫なのか、一人っ子政策をとっていた中国も高齢化をしてただとか、アメリカの大統領選はどうなるのかだとか、来年の参議院選はどうなるのかだとか、そんなことは、自分のいい加減極まりない来し方と、先の見えない行く末を思いしると、自分にとってまったく重要な問題ではないことを思い知らされる。

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