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2016年4月12日 (火)

養女殺害事件に思うこと

 前回の記事の関連だが、殺人事件の被害者遺族の全部の方々が、容疑者に対して、「 真実を知りたい」「真実を語ってもらいたい」と訴える。

 しかし、容疑者が真犯人ではなかったとしたら、容疑者に対して真実を語ってくれというのは無理な話だ。

 遺族の方々の心中を思えば、子供を殺したかもしれない犯人は許し難き憎むべき対象でしかない。
 
 被害者遺族の、「真実を語ってほしい」という言葉は、早く犯行を認めろという意味合いが強いように思える。

 それは、容疑者が犯人であると決めつけた上での言葉でる。

 容疑者が無実であるならば、「真実を知りたい」「真実を語ってほしい」と求めても、「真実」を語りようがない。

 無実の者をつかまえて、真実を語れと要求するのは、警察が自白を強要するのと同じことである。

 もし真犯人であったとしても、殺人をするような異常者の精神状態は、正常人が理解できるものではないのではないだろうか。

 異常者は、人を傷つけて苦しむ姿に快感を覚えたり、悲しむ人をみて喜びを感じているのかもしれない。

 「人が苦しむ姿がみたかったのだ」「殺すと、すかっとするから殺したのだ」というのが真実であるとしたら、その真実を聞かされても、正常な人間はそれを納得することはないだろう。

 「なにがあったのか、本当のことが知りたい」という言葉も、よく聞く言葉だか、子供を切り刻み、もがき苦しむ様を楽しんでいたのだという「真実」を語ったとしたら、それを聞いて心が安まるのだろうか。

 人を殺すことは、常人では、なせぬ技。

 異常者の「真実」など理解のしようがないことだろう。

 被害者遺族のもとを、人の気持ちのわからぬマスコミが押し掛け、心の傷に指をつっこんで、かきますし、「どういうお気持ちですか」と感情のかけらもない言葉を投げつけてくる。

 私が遺族の立場であったら、そっとしておいてもらいたい。

 私が遺族に対してやってあげれることといえば、黙っていっしょに泣いてあげることぐらいしか思いつかない。

 マスコミのハイエナ野郎にとって、人の不幸は飯の種。

 遺族の気持ちなど、まったく考えてはいない。

 遺族の気持ちがわかっていたら、子供を殺されて悲嘆にくれている遺族に「どういうお気持ちですか」などとマイクを突きつけたりはできなはずだ。

 遺族に同情してしているふりをして、悲しみの底におぼれかけている遺族マイクをつきつける。

 人のいい遺族は、マスコミが心配してくれていると感謝し、それに答えようとする。

 悲しみと怒りに気が動転していて、言葉が見つからない。

 そんなときに、口をついて出るのは、いつか聞いたことのある「真実知りたい」「真実を話してもらいた」という言葉ではないのだろうか。

 理不尽に命を奪われたことへの怒りの矛先が、容疑者に向かうのはしかたがないこと。

 マスコミは、その怒りに油を注ぎ、風を送り、炎を煽り立てる。

 容疑者を真犯人に違いないかのように仕立て上げ、憎しみを増幅させるように話を作り上げ、その極悪非道の犯人をどう思いますかとマイクをつきつける。

 真犯人であれば、遺族としては殺してやりたい相手であろう。

 そんな言葉を引き出して、事件を劇的に盛り上げるのがマスコミの目的なのだ。

 犯罪に対する怒りも、被害者や遺族への同情も、すべて報道というドラマもりあげるためのものでしかない。

 真に事件の真実を求めるのであれば、被害者遺族の生活を踏みにじるのはやめることだ。

 「真実」は短兵急に求めても、見つかるものではないのだから。

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