青島太平洋マラソン 後遺症
さんざんだった青島太平洋マラソンだったが、前回の初出場のときより進歩したことが一つあった。
それは、今日歩けること。
前回は、次の日は酷い筋肉痛。
激痛で歩けなかった。階段を降りるのも、一段一段を両足を使わないと降りれなかった。
そのときのブログを確認してみたのだが、前回のマラソン後の2日目の状態より今日の状態の方が後遺症は軽いようだ。
前回は、和光産業の若手社員さんたちの計画に乗っかり、前日に宮崎市のホテルに入った。
大会当日は、会場まで和光産業若手グループの車で行き、帰りは当地(宮崎県の北端の街・延岡市)まで乗せて帰ってもらった。
しかし、その後テレビで、フルマラソンを走ったあとのケアについての話しをしている番組を見て、それがマラソン後の手当としては悪かったかもしれないと思った。
その番組によると、フルマラソンを走りきった直後が大事で、つらくても軽くウォーキングをしたり、なるべく足を動かすようにしたほうがいいということだった。
前回私は、4時間55分で完走して、そのまま座り込んで約1時間半、和光産業のメンバーの帰りを待った。
そして、そのまま車で延岡まで運んでもらった。
今年は電車で行った。
行きは甲斐博さんと一緒だったが、甲斐さんはサブ4(4時間以内で完走すること)を目指すランナー。
私の帰りを1時間以上も待ってもらっては恐縮なので、帰りは別々ということにしていた。
ということで、帰りは私ひとり。
会場の最寄り駅木花駅までは徒歩15分。
痛む足をこらえて、普通のスピードで歩いた。
帰りの電車の中では、足をまげたりのばしたりするストレッチを。
延岡駅から自宅までも徒歩で。
自宅で寝るまでの時間も、座りっぱなしにならないように心がけた。
その成果か、朝は、立ち上がるときに足に痛みを感じたが、前回のように布団から抜け出すのも一苦労、というほどではなかった。
階段も一段ごとに左右の足で降りれた。
今日一日は、ちょっとひどい筋肉痛程度はがまんしなければならないようだが、あすはちょっと筋肉痛という程度になるだろう。
と、思っていたのだが。
朝出勤して、ずっと座ったままで、今ブログを書き終わって立ち上がったら、激痛で立ち上がれない。
やっぱりマラソンは過酷なスポーツだった。
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