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2017年7月

2017年7月31日 (月)

天気予報は、ずーーーっと晴れ。 なのに大雨警戒情報

 スマホのお天気アプリの画面は、これから先1週間ずーっと晴れ。

 オレンジのお日さまマークが、ずらーりと並んでいる。

 思い起こせば、このところ、ずーっと雨らしい雨が降っていない。

 なのに大分県日田市には記録的短時間大雨情報が出ている。

 日田市も当地(宮崎県の北端の街・延岡市)から、そんなに遠くはない地。

 全体的な天気予報でも、雨が降っているのはその周辺のみ。

 記録的短時間大雨情報は日田市のみの一点集中。

 記録的水害が、いつ我が身に及ばないとも限らない。

 ただひたすら我が身の安全を祈ることは不遜か。

2017年7月30日 (日)

日経新聞らしい食レポ。 ウナギの代替品「ウナギもどき」のウナギ度は?

 夏のスタミナ食といえばウナギ。

 ウナギといえば土用の丑の日。

 今年は土用の丑の日が7月25日と8月6日の二回ある。

 そのウナギだが、世界の科学者らで組織する国際自然保護連合から絶滅危惧種に指定され、取引が規制される可能性が高くなっている。

 近畿大学の有路昌彦教授は「ヤンバルクイナを食べるようなものだ」とまで言っている。

 そうなると、今でも高級食材となっているウナギが、庶民にはまったく手の届かない存在になるかしれない。

 そこで、ウナギに代わる「ウナギもどき」が数多く出回っている。

 その「ウナギもどき」のウナギ度を試すとして、日経新聞の土曜日別版「プラス1」に食レポ記事が掲載されていた。

 完全養殖マグロで有名な近畿大学の「近大発ナマズ」。一正蒲鉾のウナギ風味蒲鉾「うな次郎」。野菜系の「ナスの蒲焼」。肉系から「豚肉の蒲焼」。ナマズ系の「パンガシアス」。

 テレビ大好きおじさんとしては、登場しているすべての「ウナギもどき」をテレビ番組で見ている。

 テレビの食レポレポーターによると、どれも「すごーーい。まるでウナギですねーー。」であった。

 テレビの食レポ番組を見ていて、私が一番食べてみたかったのが風味蒲鉾「うな次郎」。

 インターネットで調べたら、通販でも手に入りそうだったから、そのうち注文してみようと思っていた。

 「ナスの蒲焼」も、行列ができる有名店があった。

 「近代発ナマズ」は、養殖マグロに続いてウナギとばかりに、ウナギの肉質に近いナマズにたどりついたというふれこみだった。

 食レポレポーターは、「うわーー。ウナギと見分けがつかないですねー」と絶賛していた。

 「豚肉の蒲焼」も「パンガシア」というナマズも、みーーんな、「まるでウナギ」という感想であった。

 果たして、日経新聞の大久保潤記者の取材やいかに。

 まずは、「近大発のバチもん(ニセモノ)でんねん」と、自虐的に「ウナギ味のナマズ」をPRする「近大ナマズ」。

 近大の有路教授は、ブラックバスや雷魚まであらゆる淡水魚を蒲焼にしたが、「まずくて食えずことごとく失敗した」のだそうだ。

 養殖の現実味も考えてナマズに落ち着いたが、餌によって味が全くかわることがわかった。

 試行錯誤を重ね、6年かけて、泥臭さがなく脂が乗ったウナギの肉質に近いナマズにたどりついたというものだ。

 この「近大発ナマズ」は2016年にイオンが販売を始めている。

 「近畿大学有路教授監修なまずの蒲焼」として売られている。

 大久保記者は、この蒲焼を買って帰り、自宅で温めてご飯に乗せて食べてみた。

 その感想は、「食感と味は高級な白身魚という感じ。悪くはない。ただ、目をつぶって食べても、うな重と間違うことはない」というものだった。

 6年の試行錯誤を重ねた結果が、「うな重と間違うことはない」という代物だった。

 ベトナム産のナマズ「パンガシウス」というのも、イオンが販売している。

 近大ナマズよりもふっくらとした味わいで、記者の娘さんは「おいしい」と歓声をあげたらしい。

 記者による結論は、淡白な白身魚なら、甘辛いウナギのタレで蒲焼にするとウナギっぽい味になるということだった。

 次にスーパーのウナギコーナーで売られていた「炭火焼き風 豚蒲焼」については、こんな感想を述べていた。

 「豚肉がウナギの代替品?と思いつつ食べた。甘辛いタレで焼いた豚肉。うまいにきまっている。でもこれは豚丼だ。」

 じつにストレートでわかりやすい感想。

 「ナスの蒲焼」についての感想が、私がこの記事を取り上げたくなったものであった。
 「わくわくしながら食べる。食感も良いしご飯も進む。でもこれは甘辛いナスだ。目を閉じて食べる。ナスだ。夏のナスはうまい。」

 一刀両断。実に潔い食レポだ。

 テレビの食レポに何度だまされたことか。

 身をよじって、「うわーーー。おいしーーーい。まるでウナギですよねーー」となる。

 それで、私が一番気になっていたのが、テレビで紹介されていて、通販で買ってみようかと思っていた風味蒲焼「うな次郎」。

 テレビの食レポーターによると、言われなければウナギだとばかりに絶賛していた。

 風味かまぼこの象徴ともいえる「カニかま」のシェア1位の「一正蒲鉾」が、昨年の土曜の丑の日に合わせて発売しているものだ。

 大久保記者の「うな次郎」の感想はこうだ。

 「一口食べると(かぼぼこ特有の)ぷりっとした食感が無い。『かまぼこ感はないですね』というと、一正蒲鉾のマーケティングかの小林さんは『それは褒め言葉です。うなぐの独特の食感に近づけるのに7年かかりました』と言う。皮目もウナギに似せ、見た目のウナギ感は強い。ご飯との相性も浴、最後までおいしく食べられた。

 残念ながら食味についての記述がやや不明朗である。

 記述の中で「見た目のウナギ感は強い」と書いてあるが、味については「ご飯との相性が良く、最後までおいしく食べられた」という表現で、食味がウナギのようだとは言っていない。

 見た目はウナギ感が強いと強調していて、食味にそれがないのは、食味はウナギそのものとはいえないというところなのだろう。

 冷静になってみると、通販だと数量をまとめないといけないし送料もかかる。

 期待し過ぎて取り寄せてみて、食べてみたらがっかり、支払った金額考えると本物のウナギを食べた方が良かったということになっていただろう。

 ウナギが食べたければ、スーパーの蒲焼を買うか、ちょっと奮発してウナギ屋さんで食べることにして、「ウナギもどき」の「うな次郎」については、スーパーに出回ってくるのを待つことにしよう。
 
 それにつけても、こんな冷静な食レポ記事を書いてくれるから、日経新聞の記事が公正で正確に見えるんだなー。

2017年7月29日 (土)

まだ若いと思っている初老のおじさん

今朝、大変お世話になっているお客様の息子さんに偶然お会いした。
 
  実は、昨日もお会いした。
 
  この数カ月、顔を会わせることもなかったのだが、いったん会い出すとこんなものだ。

 昨日は私は自転車だったから、すれ違いざまに声をかけただけだった。

 今日は、歩いていてばったり出会って、立ち止まってのご挨拶。

 息子さんの第一声が、「赤池さん。すごくやせたですね。」

 案の定、その言葉の裏に、「どこか悪いんじゃないですか」という気持ちが見えた。

 私は、「年末の青島太平洋マラソンのために走っているからですよ。ここのところ一日に十㎞くらい走っているんですよ。それで2~3㎏はやせたかな。」と答えた。

 さらに、「年寄がやせると、体が悪いんじゃないかと心配になるでしょう?」と、笑いながら続けた。

 すると息子さん、「そうですね。急にやせたから、どこか悪いんじゃないかと心配しましたよ。」と安堵の顔を見せた。

 この息子さんがまだ高校生の頃からのお付き合いなのだが、子供の頃から本当に素直な息子さんだった。

 でも、「『年寄』がやせると心配でしょう?」には、素直に同意してもらいたくはなかったなあ。

2017年7月28日 (金)

やせていく悩み 

 「ずいぶんやせましたね」

 最近、よくこんな言葉をかけられる。

 今、年末の青島太平洋マラソンに向けて走っている。

  1月から走り始めて、体が慣れてきて、今月の走行距離は120㎞超。

 走り始めて半年になるが、先月までは、毎日計っている体重に顕著な減少傾向はみられなかった。

 というのも、私は、食い意地がはっていて、満腹でこれ以上は食べられないと思っても、スナック菓子やアイスクリームなんかを、「別腹」とばかりに、いじきたなくむさぼるという悪癖をもっている。

 だから、毎日体重を計っているのだが、体重1㎏~2㎏の乱高下は珍しいことではない。

 ただ、上がったり下がったりを繰り返しながらも、全体的には体重が減ってきてはいた。

 1月の最頻出体重が77㎏くらいで、先月の最頻出体重は76㎏程度だった。

 半年足らずで1㎏しか減量できていないのだから、たいしたことではない。

 今月に入って、体が走ることになれてきて、走る日数も増え、走行距離が伸びてきた。

 夜走っているもので、走る日には、食べ過ぎになるまでは食べない。

 それで、今月は体重が右肩下がりの減少傾向になっている。

 体重が減るとき、お腹の脂肪から減ってくれたらいいのに、なぜか私は顔からやせる。

 それで、冒頭のように「やせましたね」と言われることになる。

 若い人は、やせると、「(やせて)きれいになったね」とか、「(やせて)かわいくなったね」と言われるのだが、私に対する「やせましたね」という言葉の裏には、「どこか悪いんじゃないですか」という気持ちが込められているのが伝わってくる。

 言葉をかけてくる人の表情が曇っているのだ。

 それで私は、即座に「マラソンに出るために毎日10㎞走っているからですね」と答えることにしている。

 すると相手は、明らかにほっとしたような顔になって、「そうなんですか、すごいですねー」となる。

 まだ今のところ、走り始めて半年で3㎏弱やせただけだが、これから先秋口になって走り込むと、さらに3~4㎏体重が減る。

 すると、年初からすると7㎏くらいの体重減となる。

 4年前に青島太平洋マラソンに初出場したときがそうだったのだが、癌か、ひどい糖尿病ではないかと心配された。

 自分でも自覚したのは、老けてみられること。

 健康のためにはやせることと言われるが、健康に見えるのは小太りのほうがいい。

 私は、これから12月の青島太平洋マラソン本番に向けて、記録と健康をとるか、見た目の若さをとるか、4This is a qustion」と悩みながら暮らすことになる。

 

2017年7月27日 (木)

「もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら」

 「もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら」という本が、ちょっと話題になっている。

 ちょっと話題になっているといっても、どのくらい話題になっているのかはわからない。

 ちょっとだから、誰でもが知っているというほどの人気はないのだろうが、知る人は知っているという程度なのだろう。

 さっそくアマゾンで調べてみると980円(+税)という手頃な価格だったので、速攻で購入した。

 どういう本かというと、「カップ焼きそばの作り方」国内作家、代表的な海外作家、歌手やエッセイストといった「文豪」たちがかいたらどうなるかというものである。

 「どの作家も自分だけの文体を確率しようと腕を磨いてる」のだそうで、その文体に注目して、文体を模倣して「カップ焼きそばの作り方」を書くというものなのだ。

 夏目漱石、太宰治、三島由紀夫といった文豪にかぎらず、物書きはそれぞれに独自の文体を確率しているというわけだ。

 目立たず、ひそやかにブログを書き綴っている私も、こう見えて(どう見えているかはわからないが)、文体を確立するという大層なものではないにせよ、多少は自分独自の文体(みたいなもの)気にしている。

 いわんや物を書くことを生業としている人たちの文体へのこだわりは大変なものなのだいうことは理解できる。

 そんな文豪たちの文体を模写して「カップ焼きそばの作り方」を書いてあるというわけだ。

 文体の模写というのはどういうことか。文体に特徴があるということで私が一番に思い出すのは野坂昭如さんの文体だ。

 野坂さんの文体は、文語体のようで、とにかく一文(センテンス)が長いくて助詞が無い。

 最初読みづらかったが、読んでいると文章にリズムがあって読まされてしまう文体だった。

 私は、あまり小説をよんで来なかったので、他の作家がどんな独特な文体をもっているのか思いつかなかったが、この本は文豪の文体をパロディー的に模倣しているというものだから、より文体の特徴がわかるだろうと思って本を購入してみたというわけだ。

 果たして、アマゾンから届いた本を開いた。
 
 まずは目次で100人の文豪の名前を眺めた。

 まったく知らない名前もあったが、大半は知ってる名前の作家だった。

 目次のとおりにいくと、太宰治、村上春樹、コナン・ドイル、ドストエフスキー、松尾芭蕉、田山花袋、大江健三郎、志賀直哉、と誰でも聞いたことがある作家の名前が並んでいる。

 100人全部の名前を眺め終わって、私は、はたと気がついた。

 名前は知っているけど、読んだことのある作家はごく少数なのだ。

 太宰治は2作くらい。

 村上春樹はまったく読んだことが無い。毎年ノーベル賞で話題になるので、一度図書館でノルウェーの森を借りてきたが5ページくらい読んで、自分にはあわないなと思って、そこでやめた。

 コナン・ドイルは名前は充分存じあげているが未読。

 ドストエフスキーは、高校生のときに図書館で読んでみようと思ったが、登場人物の名前が頭に入らずに、これまた数頁で断念。

 松尾芭蕉は教科書に出ていた俳句しか知らない。

 田山花袋は、中学か高校の国語の時間に「蒲団」を書いた作家として出てきたのを覚えているだけ。

 大江健三郎は全8巻か10巻の全集を購入して一応全部読んだ記憶がある。

 といっても自分から大江健三郎の小説が好きで全集を買ったわけではない。

 大学の日本文学の教授が大江の研究者で、講義の中で「大江、大江」とやたら名前を連発していた。

 私は、それまで大江健三郎の名前も知らなかったくらいで、もちろん大江を読んだことはなかった。

 ただ、先生があまりにも「大江、大江」というのを聞いて、どんな小説なのだろうと興味をもたされた。

 あるとき学校の近くの古本屋街をのぞいていたら、大江健三郎全集が格安で売られていた。

 格安といっても、仕送りをうける身にはちょっときびしいが、1日に何度か行っていた喫茶店代を節約すれば買える値段だったので、その場で購入した。

 下宿に帰って、さっそく読んでみたが、これが面白くない。

 先生の話では面白い小説のように感じたが、私には文章が無機質に思えて、すんなり頭に入ってこなかった。

 これまた数頁で挫折。

 しかし、買ってしまっているもので、その後ヒマのつぶしようが無いときに読んで行った。

 大江健三郎には、そんな思い出があって長くなったが、志賀直哉は「夜明け前」の教科書に出た部分だけを読んだ程度。

 残りの文豪群も、名前は知っているが、その作品は読んだことのない人ばかり。

 いろいろ小説を読み込んでいる人には面白いのだろうが、私には面白さがさっぱりわからない。

 テレビの物真似だって、知らない人の物真似を見ても、似ているんだか似ていないんだかわからないと全然面白くない。

 ただ、知らない人の物真似でも、デフォルメしてオーバーに表現しているから、面白さはほのかにはつたわる。

 文体の物真似も同じことで、デフォルメして大袈裟な表現になっているから、「あ、この作家はこんな文章をかくんだな」というのはわかる。

 著者が前書きで、「この本は軽く読んで、はははと笑って、ページを閉じた瞬間にすべてを忘れるような本を目指して書かれた。好むと好まざるとにかかわらず、どのページにも冗談が書かれている。ある種のくだらなさだけを書こうと、僕は決意していた。そういう類のものだ。」と述べている。

 この前書きで、私は本を読み進める気力がたもてたというものだ。

 評判になるだけの面白さは感じられた本であった。

 本好きの方にはおすすめですよ。

2017年7月26日 (水)

記録的短時間大雨による災害 ひとごとではない

 スマートフォンにヤフーニュースから熊本市に短時間大雨情報が出ているとの情報が流れてきた。

 当地(宮崎県の北端の街・延岡市)は、ドピリカンの晴天。

 熊本と言えば当地の西のお隣の県。

 西の空をながめても、当地に大雨が来そうな気配はない。

 最近の天気は、文字通りの「ゲリラ」豪雨。

 いつ自分が集中豪雨にみまわれるかわかったものではない。

 明日は我が身。

 お大師さん(当地、今山に建立されている、地元では日本一との弘法大師銅像)

さんに当地が被災しないようにとお祈りしている。

 

2017年7月25日 (火)

テレビは怖い。 天に唾する、稲田さんが野党議院時代に一川防衛大臣を攻める映像。

 本当にテレビは怖い。

 思わぬ映像が飛び出してくる。

 民主党政権時に稲田朋美氏が野党議員として一川保男夫・元防衛相を追求した時の国会答弁の映像を見てつくづくそう思った。

 一川氏に対して稲田氏は、「部下に厳しくて自分に甘い!決して責任を取らない!不用意な発言が多すぎる」など、罵声を浴びせていた。

 さらには、「防衛大臣、あなたは自分の役割を分かっているんですか?あなたの役目は国を守ることであって、あなたの身の保身を守ることではありませんよ!いい加減にしてください」続けていた。

 この映像を見たら、その言葉をそっくり稲田氏に返してやりたいものだと、誰しも思うことだろう。

 相手の非をせめるときは勇猛だが、非を攻められるとしどろもどろ。

 テレビカメラは、そんな姿をすべて映像に残してしまう。

 そして、そんな映像を見つけ出して、さらし者にする。

 げにテレビは怖いもの。映像で、すべての者の生殺与奪の権を握っているのだから。


 それにしても稲田さん、つらいだろうな。

2017年7月24日 (月)

スマホ歩きの女性に体当たりして、頭蓋骨骨折の重傷。

 駅のホームでスマートフォンを見ながら歩いていた女性に体当たりして転倒させ、大けがさるという事件があった。

 容疑者は「スマホ見ながら歩いている相手が悪い」などと容疑を否認しているという。
 転倒させるほどの体当たりをしたのであったらやり過ぎだが、容疑者の気持ちも分かる。

 私も、スマホの画面を見ながら歩いている人が、ぶつかりそうになってもそのままこちらに向って進んでくるという経験を度々している。

 ほとんど合は、こちらにも気がついていることが多く、こちらがよける気配を見せないと、相手が避けるときもある。

 しかし、こちらがよけなければぶつかりそうになることがおおく、結局私の方がよけることが多い。

 ぶつかりそうになったら相手がよけてくれるのが当然といった態度は不愉快だから、こちらもよけずに歩いていってぶつかってやろうかと思うことも多々ある。

 ただ、こう見えて(どう見えているかはわからないが)気が弱いおじさんは、実力行使に訴えるどころか、どなりつけることもできない。

 しかし、悪くもないのにこちらだけがよける側にまわるというのも、どうにもしゃくにさわる。

 それで、ぶつかる直前まで、こちらもよけないぞとばかりに進んで行って、それでもよけようとせずに歩いてくる者に対しては、直前で「あぶない!」と注意喚起の声をかけたことがある。

 びっくりして「すみません」という者もいるが、ほとんどのヤツは、私を変なおじさんだと不快な顔をするだけだ。

 あちらが悪いと思うのだが、言ってもわからないヤツを相手にするだけ無駄なことだとあきらめた。

 自分の正義を押し通そうとすると、今回のような問題を起こすことになってしまう。

 だから私は、スマホ歩きをしているヤツに出くわしたら、さっさと道を譲るようにしている。

2017年7月20日 (木)

「延岡まちゼミ」で、髪を短く切ってきた。

 当地(宮崎県の北端の街・延岡市)の商店が、街の活性化のひとつとして「まちゼミ」というイベントをやっている。

 「まちゼミ」というのは、「延岡市内のお店の方が講師となって、専門店ならではの知識や情報、プロの技などを無料でお伝えする少人数制のミニです。安心して受講して頂くため、お店からの販売・勧誘は一切ございません。」というものである。

 「まちゼミ」については、地元限定ローカル紙「夕刊デイリー新聞」やら、市の広報誌などで講座の内容紹介をみかけていて、面白い企画だなーと思っていた。

 どんな講座があるか、ちょっと列挙してみる。

 
 「フェイシャル・デコルテ・リンパマッサージ?」
 「毛穴エステ&簡単つやハリマッサージレッスン」
 「顔立ちを生かす美眉づくりレッスン」
 「男の薄毛をかっこよくみせる方法」
これらは化粧品店や美容室理容室が講師になっているのだろう。

 「家族でかんたん!頭のマッサージ教室」
 「肩こりに効く!自宅でカンタントレーニング」
 「ツライ腰を動ける腰に大変身!」
 これは整骨院が講師なのだろう。

 「子供から大人まで正しいシューズの選び方講座」
 これは靴屋さんかな?

 
 「ドライマーク衣類の洗い方」
 「プロが教える『シミ抜きのコツ」
 これはクリーニング屋さん。

 こんな感じで、たくさんの講座がある。

 この広告が私の記憶に焼きついていたのは、「男の薄毛をかっこよく見せる方法」というやつ。

 年には逆らえず、私の髪が薄くなってきている。

 家族の指摘で知らされたのだが、自分では気がつかないのだが、頭頂部が自分が思っているよりも随分薄くなっているらしい。

 生え際も随分後退しているのは自覚していて、前髪をたらして隠しているつもりになっていたのだが、家内に言わせると、それがかえって生え際の後退が目立つ結果になるというのだ。

 家内は、「薄毛の人は逆に髪を短く切って薄毛にみあったヘアスタイルにした方がいいのよ。ブルース・ウィリスでもニコラスケイジでも薄毛が素敵に見えるヘアスタイルにしているでしょう!」と、ことあるごとに言っていた。

 それはそうなのだろうけど、「敵は世界に冠たる大スター。ものが違うよ」とは思いつつも、「なるほどそうだなあ」と納得するところもあった。

 こう見えて(どう見えているかはわからないが)、私は納得すれば人の意見にすなおに従う純な心を大いに持ち合わせているのだ。

 それで、行きつけの床屋さんに話をして、「すぱっと短く切ってくれ」と頼んだこともあるのだが、いつもより1センチくらい短くするだけで、すぱっとは切ってくれない。

 それで、「かっこよくカットしてもらうなら美容室の方がいい」という家内の意見をきいて、意を決して美容室に行って「スポーツ刈りくらい短く切ってもらえませんか」と申し出たこともある。
 
 すると、「お客さんの髪の流れでは短くすると頭側部の髪の流れがうまくおさまらないから、長くしたままでいるか、短くするのなら坊主にするしかないですよ」と言われた。
 こう見えて(どう見えているかはわからないが)私は小心者だから、もうヘアスタイルについてあれこれ迷うのは金輪際やめようと決意したのだった。

 そんな私に光明のように現れたのが、「まちゼミ」の講座案内にあった「男の薄毛をかっこくよく見せる方法」。

 講師は「スマイルヘアーヨシダ」なる理容室の経営者のようだ。

 ネットで確認してみると、「延岡の男性をカッコ良くするのが使命だと思っております」とある。

 ホームページの写真を見ると、この店主はまだ30歳代の若さのようだが、髪が薄い。
 しかし、「男の薄毛をかっこよく見せる方法」の講師をかってでるだけのことはあって、薄毛ではあるがかっこいい。

 これなら私をなんとかしてくれるかもしれない。

 しかし、私らの年代の男にとって、いきつけの床屋以外の床屋さんに行くのには、相当な勇気を要する。

 鏡越しに「どういう髪形にしますか」などときかれて、「こうこう、こんな髪形にしてください」などと言うのは実に恥ずかしい。

 だから、かたくなに行きつけの床屋さんにしか行かず、数十年来ずっと同じ髪形を維持し続けていくことになる。

 ここ数日、どうしようかと、いじいじ迷っていたが、昨日、意を決してこの店をたずねた。

 来てしまえば、まかせるしかない。

 「『まちゼミ』」の記事を見て来ました。髪形については、すべておまかせします」と言って椅子にすわった。

 希望は髪を短くしたいのだが、行きつけの床屋さんも、飛び込みで言ってお願いしたパーマ屋さんも、短い髪にはしてくれなかった、という話をした。

 すると、店主曰く。「ベリーショートでいきますか?」ときた。

 「ベリーショート」。「極短い」だ。

 最近のブルース・ウィリスを思い浮かべた。

 ほとんど坊主頭だが、それなりにかっこいい。

 「やってください。短くしても髪は伸びる。もし短い髪が似合わなくても、2カ月も辛抱すればもとにもどるし、あなたの腕を信用してます。おもうぞんぶん切ってください」とお願いした。

 いつものことだが、床屋さんで髪を切られる自分の顔を見るのは気恥ずかしい。それで、いつものごとく目を閉じて眠っておくことにした。

 気になって、ちらっと目を開けると、ばっさばっさと、髪がいさぎよく刈りとられている。

 首にかけられたエプロンにたまっている髪の量もすごい。

 どれくらいたったのだろう。「頭をあらいますよ」と言う声に起こされた。

 いつのまにか寝てしまっていたようだ。

 洗髪のために起こされたものの、なんとなく気恥ずかしくて鏡で自分の姿を見ることはできない。

 洗髪後、整髪。

 ここで、髪を切り終えた自分の顔とご対面。

 整髪といっても、ドライヤーで乾かす必用もないくらい短い髪になっていた。

 坊主頭といっても良いくらいの「ベリーショート」なのだが、なぜか、ちょっとかっこいい。

 M字後退している額を隠す髪が無くなって、M字の額があらわになっているのだが、ハゲという感じはしない。

 「延岡の男性をカッコ良くするのが使命だと思っております」という言葉も、あながち誇大広告ではなかったようだ。

 おっかなびっくりで、度胸を決めてやってきたのだが、満足の結果であった。

 ところがどっこい、家内は、家に帰った私を見るなり、大爆笑。

 自己満足はしているものの、人からどう見えるのか不安を抱えていた私の心はいたく傷ついた。

 切ってしまったものは、すぐには戻らないが、恥ずかしい思いをするのは1、2カ月のこと。

 そう思って覚悟を決めた。

 それからまる1日がたった。

 人付き合いが少ないとはいえ、仕事で数人の人に合った。

 会った人の全員から、「髪を切ったんですね」と言われた。

 おどおどしていることに気づかれないように、「夏向きに短くしたんですよ」とさらっと返事を返す。

 いつも思うことだが、自分が気にするほど、人は他人のことを気にかけてはいない。

 人の髪形が変わったたことなんか、どうでもいいことで、髪形について、話題が広がることは少ない。

 私の新しい髪形で話題を拡げてくる人は、「随分短くしたんですね。似合ってますよ」と社交辞令のほめ言葉をかけてくれる。

 話題にするとすれば、褒めるしかないからだろう。

 ついでの褒め言葉をかけない人は、似合わないと思っていてのことだろう。

 ともあれ、あと数日は人の目が気にして暮らすことになる。

 どうでもいいけとだけど、私にとっては大きなできごとであった。

2017年7月18日 (火)

105歳の医師 日野原重明さんが亡くなられた。

 今朝、105歳で現役のお医者さんをしておられた、日野原重明さんの訃報がとびこんできた。

 つい先日まで、朝日新聞土曜日版に「105歳 私の証・あるがままに行く」という連載コラムを書いておられた。

 私の不確かになった記憶では、先週もコラム掲載はされていたような気がして、その死はあまりにも突然のことのように感じられた。

 ネットで新聞を確認してみたら、7月8日付の土曜版には掲載があったが、先週は掲載がなかった。

 深く気にとめていなかったから気がつかなかったのだけど、6月日10日の「入院 そして我が家へ 療養日記」という小題の文章を読み返すと、今日を予測できるような内容が書かれていた。

 死に至る直前まで、「私の証・あるがままに行く」を生きて来られたのだなあと、ただただ敬服するしかない。

 敬服の念とともにご冥福をお祈りします。

 

2017年7月17日 (月)

バターのり        久々にときめいた文房グッズ

 楽しい! 

 マーガリンではない。

 Photo


 久々にときめきを感じた文具。

 見慣れたマーガリンに見えるが、「バターのり」という名称。

 「マーガリンのり」ではゴロが悪い。

 バターを塗るように、のりを塗る。

 ほんのりバターの香りもつけてある。

 色は接着後は透明になる。

 写真は、「文房具アイデアコンテスト」の優秀賞をサンスター文具が形にしたもの。

 まだ商品化はされていないようだ。

 「やられたなー」という感じ。

 商品化されたら絶対に買う! 

 

2017年7月15日 (土)

薬に頼らずに血圧を下げる その後① と、青島太平洋マラソン

 今日もなんだか忙しくて、ブログの更新に取り組む時間がなかった。

 更新しないことに慣れてしまうと、書くことまで失ってしまう。

 それでなんでもいいから何かを書こうと思ってパソコンを立ち上げた。

 さーて、今日一日、何が忙しかったのか。

 振り返ってみても、格別に何をしたということもない。

 従って、これといって書きたいこともない。

 そんな中で思いいたったのが、今朝の血圧のこと。

 今年になって血圧が高いことに気づき、薬に頼らずに血圧を下げようと思った。

 それで、1月16日からジョギングを始めた。

 3カ月の期間限定でやってみて、下がらなければ医者にかかろうと思っていた。

 結果は、ちょうど3カ月で効果が見え始めた。

 そのままジョギングを続けて、5月に入ると正常値で安定したもので、「薬に頼らずに血圧を下げる」シリーズを完結させた。

 しかし、ほぼ正常値になったとはいえ、しばらくは、たまに140を超すこともあった。

 その後今日にいたるまで、起床後に血圧を計るのが週刊になっているが、このとろは140を超すことはなくなっている。

 それなのに今日、ふいに血圧の話題を出したのは、今朝の血圧が下が63、上が110だったから。

 この数週間で2、3度、こんな数値が出ている。

 低過ぎるということではないようだが、急激に下がりすぎると、これもまた心配になる。

 あるお医者さんが、「歩いて死ぬ人はいないが、走っていて死んだ人は多い」と言っていた。

 今年は、流れから青島太平洋マラソンを走ることにしたが、来年からはウォーキングに切り換えることにしている。

 

2017年7月14日 (金)

安倍内閣支持率急落 29.9%

 時事通信が7~10日に実施した7月の世論調査で、安倍内閣の支持率は前月比15.2ポイント減の29.9%となった。

 支持率30%割れは、政権維持の危険水域といわれている。

 「This is 敗因」と称して、都議選における自民党の敗因を、豊田真由子(T)羽生田(H)、稲田(I)、下村(S)のせいにする話があったが、このところの急激な支持率の低下は、敗因の一番の張本人が安倍総理にあったことを如実にあらわしている。

 国会で、友学園問題を追求されても答弁を拒否し、「内閣支持率は53%で、自民党の支持率、民進党の支持率はご承知の通り」などとうそぶいていた。

 安倍さんが嫌だと思っても、国政では反安倍の受け皿になる野党がなかったから、安倍政権の支持率は急落しようがなかった

 支持率の急落をうけて、菅官房長官は「支持率に一喜一憂はしない」と支持率低下の時の政治屋の常套句を発していたが、支持率が高いときには「私は国民に指示を受けている「と傍若無人な横柄な態度をとるのが、また政治屋の常。

 受け皿となったのが、脳ある鋭い爪をもった鷹派の小池さんでは、安倍独裁政権の歯止めにはなり得ないのだが、とりあえず安倍さんの暴走は止まることになるかもしれない。

 

2017年7月12日 (水)

すっからかんな日々

 北九州では記録的豪雨による大災害。

 都議会議院選挙で自民党が大敗して、安倍政権に激震。

 船越英一郎夫妻の泥沼離婚劇。

 etc.etc.

 大変なことが起こっているのに、私はなにをしているんだろう。

 気がつけばブログの更新も1週間とぎれている。

 忙しいわけではない。

 この1週間、すっからかんな日々を送ってきた。

 なにごともないわけではない。

 なにしないでいると、悲惨な日々を迎えることになる。

 今日は、今から月に1回の定例の飲み会。

 予定の時間が迫っているので、とりあえず更新。

 とりあえずやることが肝心。

 

2017年7月 5日 (水)

大雨特別警報

 当地(宮崎県の北端の街・延岡市)では今、薄日がさしている。

 テレビをつけたら、同じ九州の福岡では集中豪雨で大変な被害が出ているようだ。

 すぐお隣の大分も豪雨。

 どこか雨の境目なのか。

 大雨特別警報は、台風や集中豪雨により数十年に1度の降雨量となる大雨が予想される場合に発表される。

 しかし、ここ数年、数十年に一度のといわれる大雨特別警報がしょっちゅう発表されているような気がする。

 地球が変化しているのではないか。

 申し訳ないのは、被害にあわれた方々はお気の毒だと思うのだけど、自分がすんでいるところに災害が来ないことを祈ること。

 自然も、人間が作り出している世界も、何か大きな変換点を迎えているようで不気味だ。

 

2017年7月 3日 (月)

小池さんは好きではなかったが、小池さんの都議選大勝はうれしい。

  東京都議選は自民党の惨敗だった。
 
  歴史的な大敗なのだそうだ。

 
  選挙期間に、萩生田光一官房副長官の新文書、豊田真由子衆院議員の暴言・暴行疑惑、稲田朋美防衛相の応援演説、下村博文・党都連会長をめぐる献金疑惑などが惨敗の要因にあがっている。
 
  しかし一番の原因は安倍政権の驕りだろう。
 
  不祥事を追求されても、知らぬ存ぜぬ、調査はしない、答えないを押し通してきた。
 
  こっかいでも、野党の追及に対して、「そうは言っても、我が党の支持率は高いんですよ。あなたがた(ことに野党第一党の民進党)の支持率は低いじゃないですか」と傲慢な応対をしていた。

 しかし、誰もが思っていたことだが、安倍政権の支持率が高いのは他に政権をまかせられる受け皿がないからだ。

 安倍さんがいいというより、他に選択肢がないという結果だった。

 こんな世の中にしてしまった張本人は民進党。

 週刊誌の記事を手にして、政権を批判するだけ。

 なにがやりたいのか、なにがやれるのか、ちっとも伝わって来ない。

 それを如実に表したのが、今回の都議選だ。

 小池さんが大勝したのは、小池さんが安倍政権の批判票の受け皿になったからに他ならない。

 小池新党なくしては、自民党の大敗はなかっただろう。

 小池新党の大勝で、安倍さんも安易な解散もできなくなった。

 とにかく安倍一強政権はダメ。

 しかし、小池さんの政治手法には大いに疑問を感じる。

 小池さんには、「都民ファースト」ではなく、「小池ファースト」が見て取れる。

 いまこそ民進党は解体し、「数」を捨てて野党の再編をはかるべきなのではないか。
 
 まずは、小池新党の誕生で安倍一強の政治に歯止めがかかることに期待をしている。

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