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2017年12月

2017年12月31日 (日)

大晦日

 大晦日。

 この時間になると、心が改まる。

2017年12月28日 (木)

いつもよりひどい、今年の年末

 今年も残すところあと、3日。

 例年のごとく、じたばたしている。

 もう、じたばたするにもあとが無い年代になってしまったが、懲りもせずじたばたを続けている。

 馬鹿は死ななきゃなおらないというのは森の石松だが、グズは馬鹿より質が悪いかもしれない。

 本当の馬鹿は、自分が馬鹿であることを気がつかないから、馬鹿を不幸とは思わないかもしれないが、グズはグズであることを反省し後悔する。

 後悔先に立たずで、グズから抜け出すのは至難の業で、失敗しては反省の繰り返しの半生である。

 半生が文字通り人生の半分であるのならば、私はとっくに半生は過ぎているわけで、人生の大半を反省と伴に生きてきた。

 しかし、今年は例年よりも反省の強度が落ちていて、じたばたもできず茫然自失と佇んでいるような体たらく。

 気がかりな重大な案件を2つ抱えて、どうしようかと思いあぐねている。

 

2017年12月26日 (火)

年末の恒例行事

 この時期になると、高浜虚子「去年今年(こぞことし)貫く棒の如きもの」の句が、私の脳味噌の中を駆け回る。

 この句については、毎年毎年、懲りもせず同じことを書いている。

 私には、句の意味する真理は未だに理解できず、私にとっては自戒の句としてって来る。

 今年は、早めに年末の仕事の片づけにかかった。

 11月の下旬にお歳暮の注文もすませ、見残しの仕事をチェックし、余裕をもって年の瀬を向かえることができる。

 と思っていた。

 順調すぎて、ほっとしたのがいけなかった。

 いつもの悪いクセがでた。

 ちゃっちゃと全部すませてしまえば良いものを、このくらいならすぐに終ると、気が緩んでしまった。

 気がつけば、12月20日。

 この10日間、なにをやっていたのかも思い出せないほど、ボーッとしていた。

 そして連休前から今日まで、例年のごとく仕事に追われていた。

 寂しい墓標が立ちかけている。

 

 

 

2017年12月23日 (土)

善良なる消費者様の悪意の無い相談

 今日は、忙しかった。

 
 忙しいといっても、実のある忙しさではなくて、さっさとやっておけばいい仕事を先延ばしにしていて、ぎりぎりになって追い込まれての忙しさ。
 
 先程から、年賀状の作成にとりかかっていた。

 そこへ、電話。
 
 電話の内容は、リフォームの費用の相場と、購入する物件の価格の妥当性の相談。

 なんと、他の不動産屋で購入することにしている物件の相談なのである。

 なんとも、はや。

 悪徳不動産屋日記に詳しく書きたい内容だったのだが、年賀状を仕上げなくてはいけないので時間がない。

2017年12月20日 (水)

スマートフォンを紛失 泣きたいくらいに困る

 今日は最悪だった。

 今日は朝10時に取引の予定があって、出かけようとしたらスマートフォンが見当たらない。

 出勤したときには持っていたという記憶があったのだが、探すけど見つからない。

 どこかに置き忘れているはずだから、事務所からは電話をしてみたが、「おかけになった電話番号は、電源が入っていないか電波の届かないところにあるのでつながりません」とのアナウンス。

 間の悪いときは間の悪いものだ。

 予定の時間が迫ったので、後で探せばいいと思い、取引場所の司法書士事務所に出かけた。

 取引はスムーズに終わり、会社に戻ってスマートフォンを探すが、見つからない。

 出勤して出かけるまでに自分が歩いたところをたどって探してみるのだが、見つからない。

 事務所に持ってきたと思っていたが、記憶違いで自宅に置き忘れてきたのかもしれないと思って自宅を探したけど見つからない。

 出勤して、取引先に出かける前に市役所に住民票を取りにいったので、市役所に置き忘れたのかもしれない。

 市役所に電話したが、落とし物の届はないとのこと。

 絶対に自宅か事務所のどちらかにあるはずなので、すみからすみまで探したのだが見つからない。

 私はスマホにあらゆるデータを入れてある。

 人に拾われたら大変なことになる。

 ドコモにはロックサービスがあったはずだ。

 携帯を紛失したときなどに、ドコモに電話するだけで、携帯に保存してある電話帳などの個人データや、スマホの画面、おさいふケータイ昨日にロックをかけることができる。

 見つかるまで、携帯にロックしてもらったほうがいい。

 初めてのことで、どうしていいかわからなかったが、ドコモに電話して事情を話すと、丁寧に説明してくれて即座にロックの手続きをしてくれた。

 これで、一安心。

 しかし、電話が使えないと困る。

 こちらから電話する分には固定電話を使えば済むことだが、携帯にかかってきた電話に対応ができない。

 そこで思いついたのが、使っていない予備のスマートフォンがあったので、SIMカードを再発行してもらえば、失くしたスマートフォンの番号がつかえるのではないかということ。

 ドコモショップに電話してみたら、できるとのこと。

 すぐにドコモショップに行き、事情を説明すると、その場でSIMカードの再発行をしてくれた。

 再発行してもらったSIMカードを代替のスマートフォンに差し込んだら、なんということでしょう、もともとの電話番号で電話ができる。

 電話が使えるようになったのが午後の2時。

 不在着信の相手に電話し、とりあえずは危機脱出。

 しかし、電話は使えるようになったが、のべつまくなしに放り込んであるデータは使えない。

 どんな支障が出てくるかは、これからのこと。

 使っていく内に、いろいろ支障がでてくるはずだ。

 それを思うと、とにかく鬱陶しい。

 万が一を考えて警察にも紛失届を出したが、絶対に社内か自宅のどこかにあるはず。

 仕事が手につかず、その後、何度も社内と自宅を探すことになった。

 事務所も自宅も、すみからすみまで、くまなく探し回ったのだが見つからない。

 失くし物をするときは、とんでもないところに、ぽっと置いてしまってわからなくなって、探しても探しても見つからなくて、あきらめたときに、ひょっかり見つかったりするもの。

 スマートフォン一つに膨大なデータが保存できるもので、なんでもかんでもスマートフォンに放り込んでいた。

 だから、いつも手元において失くさないように気をつけていた。

 しかし、失くしてみると、思っていた以上に大変。

 茫然自失。一瞬立ち直れないようなショックを感じた。

 すべては時が解決する。

 店を閉める時間には、、時間の経過でショックも少し薄らいできた。

 通勤着に着替えるためロッカーを開けた。

 このロッカーも、何度も調べたはずなのに、なんといつも開けない方のドアの方の棚の書類ケースの陰にスマートフォンのカバーが見えたではないか。

 びっくり仰天有頂天。

 もう、嬉しいったらない。

 ドコモと警察に見つかったことの連絡を取り。

 再発行してもらったSIMカードを、使っていたスマートフォンに差し込んでみた。

 念のために電話してみると、あたりまえだが、ちゃんとつながった。

 ということで、私の、最近でいちばん長い日、は終った。

 これを機会に、スマートフォン依存を見直さなければ。

 ところで、これを読んでもらった皆さまに質問があります。

 私は、手帳には「拾われた方にお願い。 この手帳は私にとって非常に大事な手帳です。 拾われた方は、誠にお手数ですがお知らせくださいますようお願いします。 感謝の気持ちとして5000円差し上げます。」という文章と同時に、私の連絡先を記載したシールを張っている。

 実際、2度、失くした手帳が戻ってきた。

 手帳よりはるかに大事なスマートフォンにも、このシールをつけようと思っているのだが、拾ってくれた人の立場として、謝礼はどのくらに設定するのが効果的か、ご意見をいただけたら幸いです。

 ブログの記事の下にある、「コメント」という文字をクリックするとコメントを記入する欄が開きます。

 名前やアドレスは記入しなくてもコメントできますので、〇〇〇〇円が妥当というふうに、ご意見をいただければ幸いに存じます。

 

2017年12月18日 (月)

悪徳不動産屋日記 相談という名の自己弁護

 家賃管理をしている賃貸物件のことで、家主さんから相談の電話が入った。

 戸建ての貸家の樹木とツタが伸び放題になっていて、近隣の方から伐採してくれと言われているのだけど、それは「法的に」家主の責任なのかという質問だった。

 家主さんの質問は、「法的に」どうかということについての質問であった。

 法的にというと、民法233条第1項に、「隣地の竹木の枝が境界線を越えるときは、その竹木の所有者をして、その枝を剪除せしむることを得」とある。

 なんとも、おどろおどろしい文章だが、隣地の樹木の枝が境界線を越えて侵入してきたら、その樹木の所有者に枝を切ってくれと言うことができる、ということである。

 家主さんの貸家の樹木は、何年も放置していたので太い枝が隣接地との境界線をはるかに越境している。

 法的には、家主さんは枝払いをしなければならない。

 法的には家主さんが切らなくてはならないことになる。

 私は、民法の条文の説明をし、その旨を家主さんに説明した。

 「家主さんが切らなくてはいけないということになるでしょうね」

 すると家主さんは、「貸家の入居人が切るべきじゃないのか」と突っ込んできた。

 入居の際に、そのことを条件にして、それを入居者が了解して賃貸借契約を結んだのであれば、それもあり得るだろうが、あらかじめ取り決めをしていなのであれば家主の責任だろう。

 よほど良い物件で格安な物件であれば、手のかかる庭木の手入れを条件にしても借り手があるかもしれないが、この物件は余り良い物件とは言えず、長期に空家になって放置状態になっていたような物件である。

 庭木は大きくなりすぎて、剪定を庭師に頼めば五万円ではできないかもしれない。

 それを借主に求めるのは無理な話しだ。

 「借主に切ってくれということはできないでしょうね」

 私は、法的にどうなるかと聞かれたので、法律の条文も伝え、法的に家主さんに責任かがあると思うと説明した。

 なのに、家主さんは、すんなりとは納得しない。

 借家人が家を使っているのだから、庭木の枝が伸びる前に借家人が切るべきじゃなかったのかだとか、この土地は家主さんのものではなく借地なので、地主の責任ではないのかと、なかなか自分の責任だとは認めない。 

 おそらく家主さんは、近所づきあいという道義的には切らなくてはいけないかもしれないが、法的な義務まであるとは思っていなかったのだろう。

 それで、その裏付けを私に求めてきたのだろう。

 私は、一部の人たちから法律に詳しいと思われているようで、よくこの手の相談を受ける。

 すなわち、「法的にどうか?」という相談である。

 しかし、「法的にはどうか?」と聞きながら、相談者は法的には自分に責任は無いという答えを求めていることが多い。

 相談者に不利になる見解を伝えると、みなさん、私の意見に異論をとなえる。

 相談者は、自分の都合のいいように法律を曲げて解釈し、それについて私に同意を求めいるのだ。

 一般的な社会人としての対応は、目の前の人に同調して波風が立てないようにする。

 普通は、「そうですね」と曖昧に答えることになるのだろう。

 しかし私は、空気を読めないアスペルガー。

 相手の言葉にストレートに反応してしまう。

 「法的にどうか?」と聞かれたら、私の法律的知識をフル動員して法的な見解をのべる。

 それが、たとえ相談者に不利な答えであっても、そのまま伝える。

 間違っているものは間違っていると答えてしまう。

 そんなとき、相談者との間にいやーな空気が流れる。

 だから、相談者に不利になる答えをしなくてはいけないような相談を受けたら、曖昧にと答えようと思っているのだが、相談を受けると、つい反射的に反応してしまう。

 今日の相談も、そうだった。

 家主さんは、自分が庭木を切らなくてはいけないということを最後まで納得しなかった。

 今日の相談は民法に規定がありますよと説明したのだけど、自分に不利な答えを出す私に、あきらかに不快感を覚えたことだろう。

 斯くして、私はまた悪徳不動産屋と呼ばれることになる。

2017年12月16日 (土)

知らない間に

 年収850万円以上のサラリーマンが増税になるらしい。

 企業については減税になるらしい。

 第3のビールといわれる、安いビールの酒税は大幅に増税されるらしい。

 貴乃花の自己中が大きくした日馬富士暴力事件とか、自己中の女王松井和代さんの離婚劇とか、心の広い太川陽介さんの記者会見を始めとした不倫報道だとかを騒ぎ立て、愚民の目をそちらのほうに向かわせている間に、平民が暮らしにくい国になっているのではないだろうなあ。

2017年12月13日 (水)

人の嫉妬は自分と似た生活レベルの人にだけ向う

 最近私は、惰性でなんとなくブログを続けている状態で、どうにも力が入らない。

 そんな折、佐藤愛子さんのベストセラー「90歳なにがめでたい」を読んで、自分の非力な文章力を思い知らされた。

 そして私は、自分の力のなさを思い知らされただけでではなく、佐藤さんの筆力に嫉妬した。

 いままで、小説やエッセイを読んで、すばらしいなと思ったことはあっても、その作家に嫉妬したことは無い。

 物書きを生業としている人は、自分とは別次元の雲の上の人であって、その文章が嫉妬の対象になることは無なかった。

 佐藤さんの力量に嫉妬を感じたとき、ふと頭に浮かんだのが、中学生で小説家デビューした鈴木るりかさんが、その著書の中で言っていた「人の嫉妬は、自分と似た生活レベルの人にだけ向う」という言葉。

 中学生だけど小説家デビューするだけあって、これまた言い得て妙。

 そのとおりだ。

 私も前々からそう思っていたのだが、実に適格な表現をするものだと鈴木るりかさんの才能に感心させられた。

 平均的な所得しか稼がず、醜悪ではないと思うが決して自慢できる容姿容貌を持たず、、格別自慢できる才能を持たない私が、

 年収数百億円の高額所得者に嫉妬することはない。

 福山正治のような良い男が女性にもてまくるのにも、人気俳優やタレントが良い女と浮名を流しても嫉妬はしない。

 野球のイチローさんにも、日本人初の100m9秒代の桐生祥秀選手にも、テニスの錦織選手にも、ゴルフの松山選手にも、水泳の松田選手にも、将棋の羽生永世七冠にも、中学生の天才棋士藤井翔太四段の才能にも嫉妬はしない。

 彼らは遠く及ばない存在で、羨望の対象であって彼らに嫉妬することはない。

 その私が、なんで佐藤愛子さんに嫉妬してしまったのか。

 自分の雑文の力を過信していたのかもしれない。

 はずかしい限りである。

2017年12月12日 (火)

悪徳不動産日記 青島太平洋マラソン2017 番外編  JRの利用者無視の体質か?

 昨日は、フルマラソンを走った後遺症で体中がきしんでいた。

 足には激痛が走り、歩くのもままならなかった。

 4年前、去年、今年と3度目のマラソン。

 初マラソンが一番練習期間が短かったが、4時間台での完走。

 2回目の去年は、今年と、続けて記録は落ちた。

 寄る年波で体力が落ちているのだと、年を素直に受け取っていた。

 しかし、今朝、目覚めて布団から抜け出し、体を動かしても痛みが少ない。

 階段も、筋肉痛は残っているが、両足交互に踏み出して降りることができる。

 4年前は、大会後3日目までは、まともに歩けなかった。

 42㎞を体が記憶しているのかもしれない。

 というところで、青島太平洋マラソンに関連して、JRの利用者のことを考えていない対応について一言申し上げたい。

  余談だが、そもそも私は日本旅客鉄道がJRと呼称するのも気に入らない。

  日本郵便はJP、日本たばこはJT、農協はJA。

 安倍総理はじめ国粋主義者の方々は、これをいかがお考えなのだろうか。

 日本の国粋主義者の覇権争いの先は、東南アジアには向うが、欧米には追従するという潜在意識を露呈しているようでならない。

 ところで、今日話題にするJR九州の正式な社名は九州旅客鉄道である。

 JR九州という呼称をやめろとはいわないが、九鉄という呼称もいいではないか。

 話しを本題に戻して、私が経験した、一昨日の青島太平洋マラソンにおけるJR九州の職員さんの対応について問題提起と改善提案をひとつ。

 まずは、一昨日のブログに書いた出来事。

 それはこんな内容だった。

 一角日、私の勘違いで列車をひとつ乗り遅れた。

 5時15分の電車に乗らなくてはいけなかったのに、5時33分の電車だと勘違いしていた。

 去年、甲斐博さんといっしょに行ったのは5時15分初の電車だった。

 この電車で宮崎駅に着いたら、待機している日南線の電車がすぐに出発というスケジュールだった。

 都会と違って、当地・宮崎県では、通勤時間帯でも電車は1時間2、3本しか走っていない。

 5時33分の電車に乗ると宮崎駅着は7時4分。

 マラソンの受付締め切り時間は、8時。

 宮崎駅からマラソン会場の最寄り駅の木花駅までの所要時間は15分。

 7時4分到着で、すぐに乗換電車があれば間に合う。

 それで私は、駅員さんに聞いた。

 「今日、青島太平洋マラソンに出る予定だったのですが、去年はひとつ前の電車で行ったからゆっくりまにあったんですけど、5時33分の電車で行って乗り換えで行くと、木花駅着は何時になりますか?」

 その答えは、「8時8分ですね」であった。

 木花駅から会場まで10分はかかる。

 アウト。

 それであきらめて帰りかけたのだが、私が駅を出ようとしたときに、駅に駆け込んできた女性がいた。

 その女性がマラソンに出るような雰囲気だったので、たずねてみたら思った通り青島太平洋マラソンに出場するとのことであった。

 それで、私もあわてて切符を買って、彼女らの後を追いかけるように、出発待機をしていた電車に飛び乗った。

 電車内には、いかにもマラソンに出そうな人が10人以上はいた。

 近くの席の人に声をかけたら、やはり青島太平洋マラソンに出るという。

 宮崎駅からマラソン会場まで臨時バスが出ていて、充分間に合うとのことだった。

 青島太平洋マラソンは、年々人気があがり、県内外から申込みが殺到し、今年は申込み開始からわずか数十分でフルマラソン9000人の定員がいっぱいになってしまった。

 全レースの参加者は1万2千人。

 その半数近くは県外からの参加者。

 大会前日の宿初施設は、どこも満室状況。

 大会がもたらす経済効果はいかばかりか。

 県知事みずからテレビCMに出演。

 大会申込の数カ月前から大会参加のCM。

 大会申込み締め切りのあとからは、運営ボランティアのよびかけのCMを流している。

 駅員さんは、こんな大きなイベントの開催をご存じないのだろうか。

 一昨日、駅に駆け込んできた女性に出会わなければ、私は大会参加を断念していた。

 大会申し込み当日、申し込み受付開始15分前からパソコンの前に座り、インターネットの申し込みサイトを立ち上げて待機し、受付開始と同時にインターネットの申し込みボタンをクリックしたけど、申し込みが殺到していてつながったのは6分後。

 参加料8500円の支払いも済ませていたけど、それも水の泡。

 乗り継ぎを調べてもらった駅員さんにも、その事情は重々説明したのに、バス便に乗り換えれば間に合うなんて情報はもらえなかった。

 しかしこのときは、JRの通常業務とは関係ないことだろうから、駅員さんを責める気持ちにはならなくて、女性二人に出会った幸運に感謝した。

 果たして、宮崎駅に到着。

 私の席の近くに座っていた人の後をついていけばいいと思っていたのだが、その方はトイレの方に行ってしまった。

 それで、改札でお客さんを誘導していた駅員さんに、「マラソン会場に行くためのバス停はどちらになりますか?」と聞いてみた。

 東口から出た方がいいのか、西口から出た方がいいのかという程度のことを確認するつもりの質問であった。

 その質問に対する駅員さんの答えに、私は仰天した。

 「(私は鉄道員だから)バスのことはわからないですよね」と言うのだ。

 宮崎市には、県外からのお客さんが5000人以上は来ているはず。

 県外からマラソンに出るために宮崎にきてくれているお客さんに、こんな応対をしているのだろうか。

 駅員は、電車に乗るお客さんの応対で手がいっぱいだよといわんばかりの態度。

 私は、いっしゅん途方にくれそうになったが、まわりを見回してマラソンに出そうな人を探した。

 何人かそれらしい人がバッグを抱えて、早足で出口に向っている。

 その人の後を追いかける。

 駅をでると、すぐのところに人のスポーツバッグを抱えた人の行列があった。

 誘導員の方がマイクで案内していた。

 どうやら、臨時バスが10分おきに出ているようだ。

 バス乗り場は、宮崎駅西口を出た目の前。

 おそらく6時前からバスが動き、そのバスに乗り換える乗降客が駅構内を行き交っていたはずだ。

 それなのに、あの駅員は、バスのことなどまったく気がつかなかったのだろうか。

 県外からのお客さんが5000人以上。

 それらお客さんの旅費、宿泊費、飲食代だけでも経済効果は数億円になるはずだ。

 旅行客の足を担うJRも、その恩恵を授かっている代表的な業種のはずだ。

 青島太平洋マラソンは、見返りを求めないボランティアの力に支えられて大きく育ってきた。

 それなのに、直接的にその恩恵を授かっている交通機関であるJRの職員の無関心さには怒りを感じた。

 宮崎は観光を地域活性化の重要な柱のひとつとして、観光客の誘致に頭をひねっている。

 だが、県内に多くの観光名所があっても、残念ながら公共交通機関が整っていない。

 公共交通というハードを整備するのには莫大な費用と時間がかかるが、お客さんのおもてなしというソフトを整えるのにはお金も時間もかからない。

 ひとりJRだけのことではなく、県民こぞって来訪客への親切な対応を心がけたいものだ。

 これは、日頃悪徳不動産を標榜して、愛想の悪い私への自戒を込めた提案でもある。

 

2017年12月11日 (月)

青島太平洋マラソン 最後のマラソンはボロボロ

 私の、最後のフルマラソンはボロボロだった

 昨日、会場に向う電車の中で書いたブログのとおり、出だしからつまずいた。

 会場に到着して受付をすませたのは締め切り5分前。

 更衣室に向っていると、開会式のアナウンスが流れてきた。

 早々に着替えを済ませ手荷物を預けて外に出ると、開会式は終わり、選手はスタートの場所に集合を始めていた。

 ランニング用のウォークマンをバッグの中に忘れてきたのに気がついたが、取りに戻る時間はない。

 スタート2時間前の電車の中で食べるつもりでおにぎりを用意していたのだが、それも食べ忘れていた。

 気がついてしまうと、心なしか空腹感を感じる。

 出発の電車から間違ってしまって、なんとかなったと思っていたら、またしても忘れ物。

 まあ、いいさ、これくらいは。大勢に影響は無い。ぎりぎりに到着したせいで、スタートまでの待ち時間は短くてよかったと、前向きに考える。

 「スタート5分前」スタートまでのカウントダウンが始まった。

 ウエストポーチからスマートフォンを取り出し、ランニングアプリ起動させる。

 1㎞ごとに通過を音で報せてくれて、ラップタイムと累計タイムを表示してくれる、使い勝手のいいアプリだ。

 練習では、このアプリで毎回記録をとりながら走ってきた。

 ところが、ここでまたしてもトラブル発生。
 
 今まで具合が悪くなったことのなかったアプリが起動しないのだ。

 何度やっても起動しない。

 スマートフォンを再起動してみたが、やっぱり起動しない。

 GPSと連動しているので、GPSを確認したがGPSは正常に動いている。

 これは困ったことになった。

 あれこれやってみたが起動しない。

 そうこうしているうちにスタートの合図。

 4000番目くらいのスタート位置にいたので、スタート合図から2~3分してじわじわとスタート。

 スポーツタイプの腕時計をストップウォッチモードにしてスタートした。

 腕時計は操作が複雑すぎて使いこなせないので、アプリをスタンバイの状態にして、人の流れに乗って走り出した。

 走り出してからも、何度もスマートフォンをウエスとポーチから取り出し確認するが、やっぱりアプリは動かない。

 何度も取り出していたら、非常用で入れていた小銭をばらまいてしまったという、おまけ付き。

 音で、500円玉と100円玉数枚だとわかったが、スタートして余り時間が経ってなくて、混雑の中で走っている状態で拾うことなど出来やしない。

 なんだかんだと小さいトラブルはあったが、とにかくスタートした。

 1週間前から風邪をひいて、まだ少し咳も出るので心配だったけど、走り出してみると調子は悪くない。

 1週間練習を休んだせいで、疲労がとれたのかもしれない。

 ストップウォッチでの1㎞のタイムは予定より少し早い。

 ストップウォッチでのラップタイムの測り方はわからないので、㎞表示後とのタイムを記憶していて、頭の中でラップタイムを計算しながら走っていたが、5㎞を過ぎたときもラップが少し早いような気がした。

 それから先は計算が複雑になって計算できなくなったが、やはりちょっとペースがちょっと早いような気がした。

 今日の目標は、歩かないでゴールすること。

 初マラソンのときに比べてスピードが遅くなっているので、歩かないことを目標に定めた。

 果たして20㎞。

 ストップウォッチを確認すると、2時間7分台。

 初マラソンのときの20㎞のタイムは2時間10分ちょっとだったはず。

 それより3分も早い。

 直前の1週間、練習ができなかったことが、疲労がとれていい結果になったのかもしれない。

 多少スピードを落として、このまま歩かずにゴールできたら記録更新は間違いない。

 新記録で有終の美をかざれるかもしれない。

 風邪をひいたことが、怪我の功名になるかもしれないなんて、うれしい想像をしながら走っていた。

 ところが、20㎞地点を過ぎて上り坂になる橘橋の途中くらいから、ふくらはぎに違和感を感じる。

 去年は、15㎞過ぎから足に違和感を感じだして、20㎞過ぎから足がつりだした。

 あのときの感覚なのだ。

 去年は練習不足で、退会前の練習中にも何度か足がつった。

 今年は、10月11月は130㎞くらいは走って、足がつったことなどなかった。

 足がつるなどという不安はなかった。

 それで、今年は歩かずにゴールすることを目標にしていた。

 去年のような状態になったら、とても走りきることはできない。

 それで少しペースを落として様子をみることにした。

 なんとなく違和感が和らいだような気がしてきた。

 なんとかこのままいけたらいいなと思いながら走っていたのだが、橋を登り切ったあたりで、ついに足がつり始めた。

 スピードを落としてなんとか乗り切ろうとしたが、激痛で走れなくなってしまった。

 平坦コースといわれる青島太平洋マラソンの中で、一番の急勾配が、ここ橘橋なのだ。
 疲れが出始める20㎞過ぎでの上り坂が大きな関門になっているのかもしれない。

 路肩に寄って、ストレッチをして痙攣をおさめ、気を取り直してこわごわと走り出した。

 なんとか走れそうだ。

 そう思って走っていたが、またしても違和感。

 これ以上ひどくならないように、さらにスピードを落とす。

 足の様子をみながらの走り。

 しかし、それも長くは続かなかった。

 また足がつってしまった。

 痛くて走れない。

 路肩によってストレッチしては走るということの繰り返し。

 今日になってコースの案内図を確認してみたら、23㎞地点から、ごくゆるやかではあるが長い上り坂が続くのだ。

 2㎞メートルで20mの勾配差というごくゆるやかな坂で、走っているときは気がつかなかったのだが、後半に入いっての上り坂なので、私のような走り込みの足りない者にとっての大きな障害になっていたのかもしれない。

 とにかく、25㎞過ぎからは200mから300m走ると、足が痙攣。

 休んでストレッチして、走り出すと、また痙攣。

 その繰り返しだった。

 30㎞からは、走っているよりも、立ち止まったり歩いたりする時間の方が多かった。
 とにかく足が痛くて、泣きたい気持ちになって、心が折れそうだった。

 それを救ってくれたのは、沿道の声援。

 逃げ出そうと思うこともあったのだけど、とぎれない声援が背中を押してくれた。

 高校生のボランティアグループが、励ましのハイタッチの手を差し出している横を通るときには、力を振り絞ってハイタッチを受けながら走った。

 最後の5㎞は、それもできなくなってしまって、足を引きずりながらのゴールイン。

 結果は、5時間33分50秒。

 明らかな練習不足だった去年より悪いタイム。

 なんとか完走したが、完走というより完歩とでも言うべき記録だった。
 
 ともあれ、今回で私の青島太平洋マラソンは終了。

 青島太平洋マラソンは多くのボランティアに支えられて、日本に誇れるいい大会だと思う。

 青島太平洋マラソンがいつまでも続いていくことを願いつつ、私の青島太平洋マラソンは終った。

2017年12月10日 (日)

青島太平洋マラソン2017 受付時間に間に合わない!

 4時20分起床。

 

 念のために5分おきにアラームをセットしておいたのだが1発目のアラームで起床。

 

 いよいよ今日が青島太平洋マラソン。

 

 トイレをすませ、身仕度を整える。

 

 そして、昨日買っておいた、おにぎりで腹ごしらえ。

 

 用意しておいた手荷物を点検。

 

 準備万端おこたりなし。

 

 電車の時間にあわせてそろそろ家を出ようとしていたその時に、甲斐博さんから電話の着信。

 

 心配してくれてるのかと、感謝しつつ電話に出る。

 

 すると「赤池さん、電車に乗ってます?」と言うではないか。

 

 私が乗る予定にしてたのは5時33分の普通電車。

 

 その一つ前に5時15分の特急が甲斐さんの言っていた電車だったのだという。

 

 去年もその電車で行ったのだが、一本後の電車だと勘違いしていた。

 

 宮崎駅着が40分くらい違う。

 

 マラソンの受付締切時間は8時。

 

 間に合うだろうかと思いつつ延岡駅に行く。

 

 マラソンの会場の最寄り駅までは宮崎駅から乗り継ぎで行かなくてはならない。

 

 駅員さんに電車の乗り継ぎ時間を聞くと、最寄り駅着は8時55分とのこと。

 

 悲しいかな、間に合わない。

 

 多少なりとも練習してきたから、ちょっと心残りではあったが、まだ少し咳が出てるし、出るなということだとあきらめることにした。

 

 とぼとぼと駅から出ようとしたとき、スポーツバッグを背負った二人組の女性が駅に走り込んできた。

 

 スポーツウエアを着ている。

 

 見ると、あわただしく自動券売機で切符を買っている。

 

 間に合う方法があるのだろうか?

 

 意を決して「青島太平洋マラソンに出るんですか?」と聞いてみた。

 

 やはり、出るのだという。

 

 女性たちは切符を買ってあわただしく改札に向かう。

 

 私も、切符を買って後に続いた。

 

 ホームに待機していた電車に乗り込むと、マラソンを走るんだろうなと思われる人がを何人か乗車していた。

 

 近くの席の人に聞いてみると、やはり青島太平洋マラソンに出るのだという。

 

 この電車で間に合うんですか?と聞くと、宮崎駅から会場まで臨時バスが出ているので間に合うらしい。

 

 ということで、今、電車の中です。  

2017年12月 9日 (土)

劇場型事件多発

 飽きもせず、日馬富士暴力事件騒動は収束をみない。

 そこに躍り出たのが、富岡八幡宮宮司刺殺事件。

 富岡八幡宮といえば、新横綱の奉納相撲で聞き覚えのある由緒ある神社。

 宮司である姉を弟が姉を刺し殺し、その後に自分の妻を殺して、自分は自殺するという、マスコミ垂涎の劇場型事件が起きた。

 今朝のワイドショーは、この事件で大盛り上がり。

 息子の同級生の小学校2年の女の子を刺した殺人未遂事件も報じられていて、これも普通であれば大騒ぎされる話しであったが、富岡八幡宮殺人事件の下に霞んでしまっていた。

 トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定するという、世界がひっくりかえるような大問題発言もあったのだけど、それすら富岡八幡宮が吹っ飛ばしてしまった。

 そんな騒動の中で、ひそやかに国会が閉幕。

 騒動を、こっそり喜んでいる人がいるはず。

 もういくつ寝るとお正月。

 富岡八幡宮に初詣に行く人はいるのかな。

青島太平洋マラソン 明日号砲 出場して終ります

 ここ数日、何人かの人から、青島太平洋マラソンには出られるんですか?と聞かれた。

 私のブログを読んでくれている方々だ。

 ありがたいことです。

 その方々へのご報告です。

 明日は出場します。

 まだ完全には咳は止まってはいないけど、頻繁に出るわけではなくて、体調は悪くない。

 気がかりなのは、最後の1週間の調整をしていないこと。

 とはいえ、もともと退会前の4日間は完全休養の予定にしていたから、完全休養が3日増えただけのこと。

 かえって、疲労が抜けていい結果になるやもしれない。

 今回が、3度目で最後のフルマラソン。

 初出場の記録を更新することを目標にしていたのだが、練習の記録からすると、それは無理。

 弱り目にたたり目で、1週間前になっての風邪。

 マラソン先輩の甲斐博さんの言葉のとおり、楽しんで走ることにしよう。

 とは言うものの私の脚力では、とても42㎞を楽しんで走ることなどできやしない。

 沿道の温かい声援に感謝と感動を感じながら走ることにします。

 

 

2017年12月 8日 (金)

青島太平洋マラソン2017 こまったことに体調微妙

 青島太平洋マラソンが明後日に迫っている。

 風邪を口実に欠場しようと思っていたけど、甲斐博さんから激励を受け、出れたら出ようと思いなおしたのだが、風邪の具合が微妙。

 今日も咳が出る。

 昨日に比べるとずいぶんよくなったような気もするが、ひょっとしたはずみに咳がとまらなくなる。

 明後日は大丈夫なのではないかとも思うのだけど、なんともはっきりしない今日の病状。

2017年12月 7日 (木)

太平洋マラソン2017

 昨日、ぐだぐだとしたブログを書いた。

 くだぐだとあれこれ書いているが、要は、風邪を理由に欠場しようと思っていたけど、甲斐博さんから電話をもらって、やっぱり出場しようかなというだけの内容。

 あーそれなのに、それなのに、昨日の夜から咳がひどくなってしまった。

 夜、咳で何度か目が覚めたし、咳が止まらなくて、今の状態では走れない。

 やっぱり無理かなー。

 よだきんぼ(宮崎弁で、なまけもの) の虫も、また頭をもたげている。

2017年12月 6日 (水)

青島太平洋マラソン2017  出ないと思っていたのに

  一昨日のブログで、今年の青島太平洋マラソンを欠場するかもしれないと書いたのを見て、行政書士の甲斐博さんから電話をもらった。
 
  甲斐博さんは、行政書士で社会保険労務士。
 
  私と違って、職員さんを何人かかかえて、多忙な日々を送っておられる。
 
  その一方で、強烈なマラソンマニア(失礼)でもある。
 
  もちろん青島太平洋マラソンは走るのだが、それ以外にも年に二、三本、フルマラソンを走る。
 
 それのみならず、100㎞のウルトラマラソンまで走るという、強烈なマラソンマニアなのだ。

 

 今年私が青島太平洋マラソンを走ることになったのは、甲斐さんの度々の誘いがあったせいでもある。

 

 私が欠場するかもしれないと書いてあったので、心配して電話をしてくれたのだ。

 

 実は、ブログには欠場するかもしれないと書いたのだが、気持ちは出ないことに傾いていた。

 

 風邪気味なのは本当なのだが、鼻水がとまらないだけで、熱は無いし咳もそんなにひどくない。

 

 今回のマラソンは、初マラソンの記録を破ることを目標にしていたのだが、練習タイムからすると、どうやらそれが難しそうなのだ。

 

 目標を見失って、大会を目前にして走りたくないなあという気持ちがわいてきていた。 
 実は一昨日、熱は無いし体調は悪くないから最後の練習をしてみた。

 

 走っていたら、風邪をひいたの理由に欠場しようという悪魔のささやきが聞こえてきた。

 

 「あんなに苦しい思いをして走って、なんになるんだ。病気なんだから走らなくてもいいじゃないか」

 

 お粗末なドラマなら、ここで天使の「せっかく練習をしてきたじゃないか。なんでもほうりなげるのが、悪いところだよ。いっしょに走ろうという仲間のためにも走ったほうがいいよ。」という声が聞こえて来るのだろうが、いいかげんな私に、天使の声は聞こえて来なかった。

 

 「よし、風邪を理由に休もう」

 

 楽な方に逃げるのが、いつもの私の生き方。

 

 欠場を決心した。

 

 しかし、甲斐さんの電話は、実に心優しいものだった。

 

 「せっかく練習を続けてきたのに残念ですね。でも、無理はしない方がいいですよ」
と言ってくれた。

 

 いっしょに電車で行く予定だったで、「前日の具合で、行けそうか行けそうにないか連絡してください」とも言われた。

 

 私はつい、その言葉に、おもねるような言葉を発してしまった。

 

 「鼻水が出て少し咳も出るけど、ぜんぜん熱はないからね。当日走れそうだったら出ようと思っているけど、前日まで様子を見て、連絡します」と答えた。

 

 本当は、出ないと決めていたのにである。

 

 すると甲斐さん、「熱が無いんだったら、あと4日もあるから、きっとよくなりますよ。咳が出なくなれば走れますよ。記録は気にせず楽しんで走ればいいですよ。せっかく練習してきたのだから、楽しまないと損ですよ。」なんてことを言う。

 

 甲斐さんはフルマラソンが楽しいのだ。42㎞走っている間ずっと楽しいようなのだ。
 私の経験では、完走したときに喜びを感じたが、走っている間は苦しみしかない。

 

 10㎞まではいいが、20㎞くらいから足が痛くなってくる。
 
 20㎞を過ぎると足はさらに痛くなり、呼吸も苦しくなってくる。

 

 30㎞を過ぎると足は激痛。走ったり歩いたりだから呼吸は苦しくはないが、ひたすら痛みに耐えて走り続けなくてはいけない。

 

 それは、まさに苦行。

 

 私は、それから逃げるために、ずる休みを決め込んでいた。

 

 なんだかんだと出れそうに無い理由を並べていた。

 

 それに気がつかない甲斐さんは、私をなぐさめ、はげましてくれる。

 

 最後にもう一度、「記録は気にせず、楽しんで走ればいいですよ。きっと出れますよ。」との言葉。

 

 そうだなあ。記録は気にせず、最後のフルマラソンを走ってみようかな。

 

 今日も熱は平熱。

2017年12月 5日 (火)

いつまで続く日馬富士騒動 元凶は貴乃花

  まだまだ続く日馬富士騒動。
   
  少なくとも、私のまわりの人は、もういいかげんに辞めてほしいと言っている。
 
  チャンネルをまわしても、この報道しかやっていなくて、見たくないものを無理やり見せつけられているのだ。
 
  この騒動の一番の元凶は貴乃花だ。
 
  私が子供の頃、大相撲の花形力士は若乃花と栃錦。
 
  私は、若乃花ファンであった。
 
  それで、その弟である初代貴乃花のファンになった。
 
  その子供の2代目貴乃花と2代目若乃花も大好きだった。
 
  とりわけ、初代若乃花の相撲に対するひたむきさを引き継いだ二代目貴乃花は、私にとって相撲界で一番好きな人物だった。
 
  しかし、日馬富士騒動劇を見ていて、その思いは霧散してしまった。
 
  貴乃花は偏執狂ではないのか。
 
  自分の思う相撲道を一途に追い続けるというのは結構なことだが、自分の思う相撲道が絶対でそれに反するものは一切認めないというのでは、ナチスのヒットラー、ウガンダのアミン大統領、カンボジアのポル・ポト、そして最近の金正雲にも匹敵する独裁者でしかない。
 
  貴乃花は、小学校卒業と同時に相撲界に入り、偉大な叔父と父親を目標にひたすら相撲に取り組んできた。
 
  その結果、相撲では歴史に残る大横綱になった。
 
  私が一番好きな相撲取りであったし、私が知る限りでは3本の指に入る大横綱だと思う。
 
  しかし、それは相撲においてのみのこと。
 
   貴乃花は立派な横綱になったと自負しているようだが、貴乃花が人間の完成形ではない。
 
  彼れは、自分が一点の欠点もない完全な人間であると勘違いしているのではないか。
 
  理事会での彼の姿は、礼儀知らずのあんちゃんといった感じだった。
 
 他の理事たちが背筋を正して座っているのに、貴乃花のみが浅く腰をかけ、だらりと姿勢をくずしていた。

 ふてぶてしく、ふてくされているようでもあった。

 人間として礼儀礼節を重んじなければならないと言う言葉とは裏腹な態度だ。

 この姿を見て、貴乃花は自分の思うどおりにならないから駄々をこねているだけにしか見えなくなってしまった。

 怪我を負ったとされる貴ノ岩を軟禁状態で閉じ込めている。

 閉じ込めたまま初場所も休場させるという話しもある。

 初場所を休場すれば、幕下に陥落してしまう。

 暴力を振るった日馬富士のみならず、自分の目的達成のために、貴ノ岩花の力士生命まで奪おうというのか。

 貴乃花の思う正義は、相撲界全体を思うものではなく、自己の固執した正義を達成するだけのものでしかない。

 私は、貴乃花が歴代の相撲取りで一番大好きだった。

 可愛さ余って憎さ百倍という言葉があるが、今、私にとって貴乃花は最悪の親方に成り下がってしまった。

 

2017年12月 4日 (月)

青島太平洋マラソン2017 暗雲 欠場するかもしれない

 昨日の福岡国際マラソン。よかったですねー。

 見どころ満載。

 私個人的には、自己2回目のマラソンで国内初マラソンの大迫選手と、初マラソンの神野大地の走りに興味があった。

 大迫選手は国内の企業に所属しないプロのマラソンランナー。

 どこから資金を得ているのか私は知らないのだが、とにかくプロのランナーということで自己2回目、国内初マラソンということだけど記録が期待される選手ということだった。

 神野選手は、箱根駅伝の3代目山の神といわれた選手。

 卒業後、コニタミノルカに入社してマラソンに転向しての初マラソン。

 どこかで遭遇した小出監督の影響を受けて、80㎞走をやったという過酷な練習に取り組んでいるという話しを聞いた。

 私が期待するのは、この2人ともイケメンでスター性を感じることだ。

 昨日の結果は、大迫選手は将来に期待できるようなすばらしい走り。

 2時間7分19秒で3位。日本人1位。

 プロと言うにふさわしい見事な走り。

 今後が大いに期待される。

 残念ながら神野選手は、早々に遅れはじめてテレビの画面で見られなくなったが、初マラソンとしては上出来の13位。

 当地(宮崎県の北端の街・延岡市)地元旭化成から出場の、深津、佐々木両選手も10位12位と健闘。

 マラソン放送は、2時間余ただ走る姿が映っているだけで、テレビ画面に大きな変化は無い。

 トイレに立って帰って来ても、テレビの画面は変わっていない。

 それなのに、なぜか目を離せない。

 視聴率がすべてのテレビが2時間余の時間枠を取って放送するということは、私と同じ思いのファンがいるのだろう。

 私は、何十年もマラソン放送を見ていて、一生に一度は経験してみたいと思っていた。

 そして4年前に、青島太平洋マラソンに初出場。

 一度経験するだけのつもりでの参加だったが、去年、再度の出場。

 去年は、苦しくて、もう2度とは走らないと思っていたのだが、何人かの若い人から誘われて、今年も出ることになった。

 マラソンは体に悪いと感じているから、絶対に今年が最後と宣言しての出場だった。

 その最後の青島太平洋マラソンが来週の日曜日(10日)。

 残すところ1週間となったのだが、一昨日の朝、起きると鼻の奥が痛い。

 風邪かなと思っていたが、熱もなく咳もでない。

 急に寒くなったせいで、鼻炎の症状が出たのだろうと思っていたのだが、昨日は、ちょっと喉に違和感を感じた。

 そして、今日。ちょっと咳が出だした。

 日頃、人込みに出ることもないし、人と接触することも少ないのに、どこで風邪をもらったのだろう。

 そういえば、ちょっと気になっていたことがある。

 先週の木曜日に宅建協会の忘年会があった。

 その2次会で行ったスナックのマスターが、鼻声で風邪をひいているのではないかとちょっと不安に思った。

 それで、意識してそのマスターから離れた位置に座っていたのだが、やっぱり彼が風邪をひいていたのかもしれない。

 大会まであと1週間。

 42㎞は過酷なのだ。

 悪化するようだったら迷わず棄権するつもりだ。

 最後のマラソンに暗雲が漂っている。

  

2017年12月 2日 (土)

国民の最大の関心事

 11月14日に勃発した日馬富士騒動。
 
 あの日以来、森友問題も、加計問題も、民進党崩壊も、小池さんの変節も、9人連続殺人も、4人の子供を殺した母親の事件も、沖縄女性殺害米兵の無期判決も、ぜんぶ隅に追いやられた感じだ。

 そして、日馬富士騒動はまだまだ収まる気配がない。

 日本国民の何パーセントの人が相撲に興味をもっていて、この事件にそれほどまでの関心を持っている人が、そんなにいるのだろうか。

 少なくとも私のまわりの人間は、日馬富士報道には辟易している。

 テレビは大衆の下衆な感情を煽り立てることで成り立っているのは承知だが、すべての局が日馬富士一色というのはひどすぎる。

 こんなに視聴者をなめていては、テレビ離れが加速するってもんだよ。

2017年12月 1日 (金)

12月1日 ちょっと元気を取り戻した月の始まり

 12月1日。

 今年もあと一カ月で終わり。

 だけど、1日は今月の始まりの日でもある。

 始まりの日ではあるし、昨日、宅建協会の忘年会で久しぶりに合った女史から「ブログ。更新無いですね」と言われたこともあって、今日はなにがあっても更新しなくてはと思っていたのだか、今日も残すところあと6時間。

 老体にむち打ってキーボードを叩いている。

 最近私がブログの更新に向かえないひとつの原因が、佐藤愛子さんの「90歳なにがめでたい」に打ちのめされたこと。

 「90歳なにがめでたい」の、そこかしこに、日頃私が思っていることが、私では表現尽くせなったことが実に面白く書き綴られている。

 「こんなふうに書きたかったんだよなー」と、感動した反動で、「もう書きたくない」と、比べるべく相手ではない人を相手にうちひしがれていたのだ。

 今月の始まりの日に、穴をあけそうになったのを、なんとかおしとどめてくれたのが瀬戸内寂聴さん。

 今日の新聞に、寂聴さんが「体力的に、これが最後の長編小説になるかもしれない」とおっしゃる長編小説「いのち」を出したという記事があった。

 寂聴さんは95歳。

 確か、3年くらい前に、圧迫骨折や胆嚢がんの手術をして、そのとき「こんなに痛い思いをしたのは初めて。死んでしまった方が良いと思うような苦しみだった」と言っておられたのを聞いた覚えがある。

 その後だったか、「死に支度」という長編を出されて、そのときも最後の長編小説になるかもしれないと言っていたような気もする。

 佐藤愛子さんも94歳。

 老人の域に足を入れかけたと自覚をしている今日この頃ではあるが、私がご両人の年になるまでは、あと30年。

 ちょっと元気を取り戻した、新しい月の始まりの日である。

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