あたりまえのように炎上 女子体操パワハラ問題
女子体操、塚原夫妻のパワハラ問題が、あたりまえのように炎上している。
決死の覚悟で告発した宮原選手の発言に対して、塚原光男氏の「全部ウソ」と言う言葉は最悪だとだれもが感じたはずだ。
案の定、マスコミ野獣たちが襲いかかっている。
このところ、いろいろ似たような騒動があっているのに学習していないものだなあ。
独裁の座に長く居すわっていると、正常な世界が見えなくなるのだろう。
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女子体操、塚原夫妻のパワハラ問題が、あたりまえのように炎上している。
決死の覚悟で告発した宮原選手の発言に対して、塚原光男氏の「全部ウソ」と言う言葉は最悪だとだれもが感じたはずだ。
案の定、マスコミ野獣たちが襲いかかっている。
このところ、いろいろ似たような騒動があっているのに学習していないものだなあ。
独裁の座に長く居すわっていると、正常な世界が見えなくなるのだろう。
体操協会の塚原光男副会長が、マスコミが大喜びしそうな発言をしてくれた。
宮川選手の記者会見でパワハラを告発されたことについて群がる記者への質問に対して「なぜ彼女が嘘をつくのかわからない」と答えた。
さらに突っ込む記者の質問に、「(彼女の話は)全部嘘」とまで言い切った。
なんともまずい発言だ。
18歳の少女が覚悟を決めて訴えかける言葉と、訴えられた権力者の言葉と、どちらが真実なのか。
ハイエナのようなゴシップレポーターからボロボロにされるのはどちらだろう。
二歳男児を発見したスーパーボランティアの尾畠春夫さん。
テレビ、雑誌の報道で見る尾畠さんのボランティアへの取り組み方には、ただただ頭が下がる。
尾畠さんのボランティアの心得は、いろんなところで報じられているが、児童を発見した後、児童の祖父に風呂を勧められたとき、頑に拒否する尾畠さんの対応には、尾畠さんのボランティア精神の神髄を見る思いした。
すばらしいのは、尾畠さんが自分のボランティアのやり方について、「皆が皆、私のようにやらないといけない、なんてことはありません。あくまでも私はこういう考えです」という発言だ。
もうひとつ、心にしみた言葉は、尾畠さんが被災者にかける言葉だ。
尾畠さんが被災者にかける言葉は、「お怪我はなかったですか」と「私にできることなら、なんでもお手伝いさせてください」の2つ。それ以上のことは被災者に聞かない。
「怖かったか、辛かったか、家は、家族は、なんて聞かれ快く思う人はいませんから」というのだ。
至言。
家族を失った被災者に、家を失くした被災者に、「今、どんなお気持ちですか?」とマイクを突きつけるマスコミよ、尾畠さんの言葉を強く心に刻め。
もう1本、投稿もれになっていた記事。
8月16日のものだ。
8月11日から16日まで6日連続で更新してなかったは、このせい。
読み直してみて、これは公開しておきたいような記事だから、今日も手抜きで、これを投稿。
あの、マドンナが60歳の誕生日を迎えたそうだ。
最近の映像もみたが、なんたる60歳。
セクシーさは30代のときと変わらない。
30歳以上年下の男たちとつきあっているのもむべなるかな。
60代も捨てたもんではない。
マドンナの70歳も見てみたい。
きっと、捨てたもんではない70歳になっているだろう。
60代の身には心強い60歳。
こんな感想を抱く私は、身の程知らずの60代。
ブログの管理ページを開いてみたら、書いたけど下書きのままになっている記事があった。
大した内容ではないが、このまま投稿すれば新規に書く手間がはぶけるので、新規の記事として投稿する。
ちなみにこれは、7月24日に書いた記事である。
トランプ大統領がツイッターに、「イランのロウハニ大統領へ:米国を脅すことは絶対にするな。でないと史上まれにみるような結果に苦しむことになる。我々は、お前の暴力と死のたわごとを許すような国ではもうない。気を付けろ!」と投稿した。
しかも、アルファベットの文字はすべて大文字で強調されたものになっている。
世界の最強国アメリカの大統領が、ツイッターですべてを動かしている。
言いっ放しで反論を許さず、自分の意見を恐慌に主張するだけ。自分の意にそぐわない者に対しては恫喝。
アメリカは、イラクや北朝鮮を、ならず者国家と批判していくが、今やアメリカこそが、自国の利益のためらななんでもありの、ならず者国家に変容している。
イラクや北朝鮮と異なるのは、アメリカは世界の最強国であることだ。
自分の意見に従わないものについては、力でねじ伏せようとして、世界の秩序を崩壊させようとしている。
私にはトランプ大統領は、無法で下品で、受け入れがたい人物だ。
世界中がトランプを大統領の迷走政治に不安を覚えている。
しかし、米国内でのトランプさんの支持率は上昇している。
トランプさんの、傲慢と言えるツイッターの言葉に、やんやの喝采の声を上げる人々が多数いるようだ。
トランプさんは、その群衆を意識して、ことさらに過激な発言を続けているのだ。
この現象は、橋下徹前大阪府知事がやっていた手法を彷彿とさせる。
私は当時、橋下政治に不安と不信と不快感を抱いていたが、大衆の過半数は橋下さんを指示していた。
その現象にそっくりだ。
ポピュリズム政治というのだろうが、ヒトラーが権力を手にしていった過程と同じようで、不安と不信と不快感は増すばかり。
3月3日はひな祭りで女の子の日。
5月5日は端午の節句で男の子の日。
4月4日は、その間だから「オカマの日」なんだって。
うれしい便利グッズを見付けた。
こんなのが欲しかったというコンセントタップ。
差込み口ごとにスペースを取っていなくて、差込み口がすき間なく、ずらりと並んでいる。
どの差込み口にコンセントを差し込んでもいいのだ。
便利な電子機器を使うのに、不便なのがACアダプターのコンセント。
大きなアダプターが差込み口を占領してしまって、多口のコンセントやコンセントタップが有効に使えない。
コンセントが足りなくなって、インターネット通販で買おうと思って探していて、偶然見付けたのがこれ。
商品が届いて早速試してみたが、従来のものだったら3つか4つしか差せないサイズだが、なんと6つも差せてしまった。
私は、薬に頼らずに血圧を下げるために、あれこれやっている。 そのために2月からジョギングを始めて、そのほかにも良いとうことは、どんどんやっている。 減塩。酢。オクラ水。アマニ油にオリーブオイル。DHAにEPA。血圧を下げるというサプリメント。 ジョギング以外は苦労を伴うもんでもないものだから、適当に続けている。 その成果で、上は140下は90を下回るようになった。 時々は至適と言われる数値にもなって、時々102の98なんてこともあって、こんなときは下がり過ぎではないかと不安になったりする。 とはいえ、大体においては、135の85という数値に落ち着いているといったところである。 それが今日は、上が98で下が65 。 毎朝、3回測った平均値を記録しているのだが、今日は5回測り直したが、上が100を超すことはなかった。 今、一時間経過した今、測り直したら111の75。至適の数値である。 情報過多に振り回されそうな前期高齢者である。
1週間ぶりにジョギングをした。
このところずっと雨模様の天気のせいではしってなかった。
ジョギングアプリで記録するためスマートフォンを携帯して走っているのだが、私のスマホは防水機能がないもので、雨の日は走らないことにしているからだ。
それで1週間走らずに、持て余した時間つぶしに無駄食いを続けていたら3kgも体重が増えてしまった。
たっぷり晩飯を食ったあとに、ポテトチップを一袋、6パック入りの柿ピーを一袋、黒糖たっぷりのかりんとうを一袋、1リットルの牛乳とともに完食する。
そんなことを一週間続けていたら太るのはあたりまえ。
走ると、体が重いのを痛感できる。
ひざを傷めないように、ゆるゆるとはしってきた。
今年の青島太平洋マラソンはどうしよう?
100回記念の、今年の高校野球。
記念大会を祝うような、劇的な展開になった。
日頃野球に無縁の人までも引き込んでいった。
私も、引き込まれた一人。
人が魅せられるのは、限界を越えた努力が生み出したドラマだ。
最近、根気がなくてブログの更新が滞っている。
この2、3日、更新してなかったという意識があって、ブログの管理ページを開いてみた。
この2、3日更新してなかったという記憶は正しかった。
しかし、5日から8日までの4日間、そして11日から16日までの6日間もの期間も更新していないという自覚はなかった。
今月初日、今月から、ともかく毎日更新しようと思っていた。
その気持ちが継続したのは、たった4日間だったようだ。
5日から4日間休んだ記憶はあった。
だが、11日から6日間も休んだという、確たる記憶がない。
この間、仕事が忙しかったのかというと、これという仕事もしていない。
手帳も真っ白で、何をしていたのか全く記憶にない。
ブログの更新が少なくなっているは、年のせいで根気がなくなって長文を書くのが面倒になったせいだと思っていた。
確かに、それは一つの要因だが、それでも書きたいという心を揺さぶられるものがなくなったせいではないかとも思う。
老化現象のひとつに、いろんなことに興味を失うという事象があるようだが、それは認知症の初期の症状でもある。
昨日のTBSの朝の番組「からだのきもち」で、初期認知症について取り上げていた。
私は、最近人の名前が出ないことが気になっているのだが、人の名前が出なくなるのは、それは加齢から来る物忘れである場合が多いということだった。
物を取りに隣の部屋に来て、何を取りに来たのかわからないというのも、加齢による物忘れだということだった。
しかし、「あれ?今、何をしようとしていたのかな?」というのは初期の認知症の疑いがあるということだった。
つらつらと、自分を省みるに、「あれ?」ということが度々あるのだ。
スマートフォンを便利に使いこなしているつもりで、ちょっとわからないことがあるとすぐにスマートフォンで検索することが習慣になっている。
私が不安になるのは、何かを調べようと思ってスマートフォンを取り出し、検索画面を開いている間に、何を調べようと思っていたかを忘れてしまうことが度々あることだ。
単なる老化なのか、初期認知症なのか。
単なる老化による物忘れも悲しいことだが、初期認知症ではないかと不安になる今日この頃である。
こんなことを書きつづっていて、認知症予防のためにもブログの更新を続けていこうと決意した。
2歳男児救出で注目を集めている尾畠春夫さん。
ワイドショーに出まくっている。
テレビでの質問は同じことばかり。
尾畠さんはそれを苦にすることもなく、すべて応対する。
性根の曲がった私は、目立ちたがり屋の変なおじさんだと思って見ていた。
しかし、インターネットを見てみて、尾畠さんのボランティア、「はんぱない」ものだと知らされた。
人手を要する大きな事故があると、全国に馳せ参じる。
その活動は「はんぱない」もので、行く先々でボランティーのリーダー的存在になっている。
彼は人間が好きで、話好き。
彼がテレビにデマ来るのは、生来の人の良さから来るもののようだ。
今朝の「とくダネ」で尾畠さんの半生を特集していた。
尾畠さんは、7人兄弟の4番目として生まれた。
小学5年生からは近くの農家へ手伝いに行かされた。
勉強は好きだったが、中学3年間のうち、学校へ行けたのは4か月程度だったという。
中学を卒業するとすぐ、働きに出された。
いろんな職業を経験し、鮮魚店で働き始め、その後独立して鮮魚店を開いた。
学校にも行けず、小さいときから仕事に駆り出されていたことにたいして、一切の恨み言は言わない。
それより、仕事を通じて、感謝することの大切さを学んだという。
65歳で鮮魚店を閉め、九州の最南端、鹿児島県の佐多岬から日本の最北端宗谷三崎まで、徒歩で日本縦断をした。
そのときに多くの人から受けた親切に感謝し、人に恩返しをしていきたいと思い、2011年の東日本大震災にボランティアとしてかけつけた。
このときには、南三陸町に500日も入っていたそうだ。
その後、全国各地にボランティアとして出向いて活動している。
「とくダネ」では、25分くらい尾畠さんを特集していたのだが、その中で尾畠さんの将来の夢を紹介するコーナーがあった。
尾畠さんの回答を付箋紙で隠した「将来の夢」と題したパネルがアップになる。
78歳でも夢はあるだろうが、私は、78歳の人に「将来」という言葉を使うことに違和感を感じた。
回答を隠した付箋紙をはがすと、「夜間の高校に行って勉強したい」とあった。
なぜか、私は、不覚にも涙すると同時に、力を与えられた。
「とくダネ」のスタッフ一同も、私同様、感動をもらったようだった。
「やっぱし夢を持ち続けるっちゅうことじゃないですかね。夢を持ったらそれを目標に立てて、計画を立てて、迷うことなく実行するのがいいんじゃないですか。私はそうしてるんです」
尾畠さんが別な番組で、定年を迎えて仕事を引退する世代に向けたメッセージだ。
「迷うことなく実行するのがいい」という言葉が、私の胸に刺さった。
今、生命保険のセールスウーマンが来社した。
久々の来訪である。
以前は月に1度は来店していたのだが、最近は、めったに顔を会わせることがなくなっていた。
年齢的に、私が勧める生命保険がなくなったせいなのだろう。
今日はなんの用事なのだろうと思って応対に出ると、「連休明けに、今入っている保険の状況確認の調査に来ます」という挨拶であった。
「連休」という言葉に、カレンダーに目をやると、明日は赤い字で表示されている。
「山の日」ができて以来ずっと、この日にはなじめない。
去年もそうだった。
ずっと「山の日」を認識してなくて、突然祝日を迎える。
そして同時に、13日から盆休みになることに気づくということを繰り返している。
毎日めりはりのない緊張感のない生活をしているせいで、祝日の存在を忘れがちである。
とりわけ、「山の日」は私にとって唐突に出現した祝日のままである。
今年は、一人だけ御中元をお届けしていないお客さんがいて、明日の土曜日に届ければいいかなんて思っていた。
このお客さんは留守にしていることが多くて、今年も、2度お伺いしたのだが2度とも会えずにそのままになっていた。
この時間から行くのもちょっと気が引けるし、祝日のほうが家におられていいかななどと都合のいい言い訳をしている。
4日前の日曜日から2日間、東京から帰って来ていた友人の接待に時間をとられたせいでブログの更新を休んでしまった。
ちょっと休んでしまうと、休み癖がついてしまって、気がつくと4日も更新していない。
最近、じっくり文章をかくことが億劫になってしまって、更新を休むと、ずるずると更新しない日が続いてしまう。
これも老化かと、なんでも年のせいにしてしまう。
なにかにつけ、年が気になる今日この頃で、本や雑誌の記事も老人関連のものばかりが目につく。
そんな流れの中で、今日、図書館から「すごいトシヨリBook」という本を借りてきた。
ずいぶん前に新聞の書籍広告で見て気になった本だった。
私は、新聞の広告で気になった本は、アマゾンで検索して、まず目次を見て、つぎに読者レビューを見て、買って読んでみたいと思った本はそのまま注文する。
以前は、気になった本は即座にアマゾンで購入していたのだが、立ち読みして確認していたら買わなかっただろうなという本が少なくない。
それで、最近は、気になる本で、即購入してもいいと思うほどではない本については、まず当地(宮崎県の北端の街・延岡市)の図書館にないか調べてみる。
図書館の蔵書がインターネット検索できるようになっているからだ。
新刊本は、貸し出されていることが多いが、インターネットで検索して、そのまま予約ができる。
話題になっている人気の本は10人待ちとか20人待ちということもあるが、インターネットで予約しておけば、借りれる順番が来るとメールで連絡が入る。
「すごいトシヨリBook6」も、そんな流れで、今日図書館から借りてきた本である。
目次を見て、気になるページを拾い読みしていたら、なかなか面白い。
あまり期待していた本ではなかったのだが、いままで読んだ「老人本」とはちょっと趣の違う内容で、じつに面白い。
今日、最初に自省したように、「最近、ジックリ文章を書くことが億劫」だもので、実にその通りと思った、ほんいちぶを紹介する。
<一冊の本を探していて、「あの本はたしか、本棚の三段目の一番右端」なんて思って探すと、その本だけが無い>
<若いときには探すまでもなく、「どこだっけ。この辺か」、手をのばすとぱっと出る。ちくゃんと一発で見付けられました。でも年をとると物が隠れるようになります>
<たった今、ここに置いたメガネがない。カレンダーを留めていた画鋲がぱーんと飛んで、一瞬にして姿を消す。メガネや画鋲が、隠れて笑っているんです。>
実につまされる現象なのである。
今、使っていたボールペンが、一瞬で姿を消す。
重要だからいつでも取り出せるようにしていたはずの書類が消える。
捨ててもいいような書類が山ほどあるのに、重要な書類に限って姿を消すのだ。
私だけかと思っていたが、みんなそうなのか。
「すごいとしよりBook」の著者は、そういう現象を、本や、メガネや、書類が、年寄をからかって、隠れて笑っているのだというのだ。
そして、その対策が面白い。
<そういう時の秘訣は、「まあ、いいや、勝手にせえ」って諦めた振りをします。年寄は振りが上手ですから。そうして、戸をぱっと開けたりすると見つかったりします。不意打ちをかける。そういう、物との知恵比べが増えました。>
なるほどうまい方法だ。
試してみよう。
目次には、興味のある内容があふれている。
今晩は、テレビを見る時間を短縮して、本を読んでみよう。
すぐに読み終えて図書館に返却しますので、ご同輩の方々に一読することをお勧めします。
住みたい街ランキングで大人気の街が、実際には住みにくい街になっている。
HOME”Sで、今年、定年後に住みたい街ランキング第一位になったのは鎌倉。
古い町並みや、それを生かした、お洒落な雑貨店や飲食店が立ち並び人気を集めているようだ。
観光客にも人気で、毎年国内外から2000万人以上の観光客が訪れる。
そのせいで、道は車道も歩道も大混雑。
街は観光客に占領されてしまった感じで、地元住民は、あふれる観光客のせいで土曜日曜は外出もできない。
また、店がお土産物屋や観光客用の店ばかりになって、日用品を扱うスーパーマーケットが少なくて、鎌倉を住みづらい街にしている。
週刊現代が作成した「住みづらい街ランキング」では、鎌倉は三位にランキングしている。
観光で訪れるには楽しい街かもしれないが、生活するには不便な街になっているようだ。
鎌倉同様、住みづらい待ちになっているが浅草。
浅草は住みたい街ランキングで十三位にランクされているが、住みづらい街ランキングでは十一位にランキングされている。
日本中で観光客誘致策を図っているが、観光客が増えすぎると困ることもあるのだなあ。
最近、物忘れがひどい。
これは子供のころからのことで、私は、うっかり物忘れが多い。
忘れっぱなしになることは無いのだが、一瞬ポッと記憶が抜けてしまうことが多々ある。
しかし、小中高と試験はできたほうで、記憶力に障害があるわけではないと、気にしてはしていなかったのだが、最近の物忘れは、我ながらちょっと心配になる。
顔はわかるのだが名前が出て来ないということが、しょっちゅうある。
これは誰もが経験するようだが、このところ、それがちょっとひどい。
もっとひどいのは、わからないことがあって、スマートフォンで検索してみようと思ってスマートフォンを開いたら、何を調べようと思っていたのかがわからなくなったりする。
最近私のブログが面白くないのは、物忘れのせい。
「あッ。これ面白い。ブログに書こう!」と思うことはあるのだが、時間が空いてブログを書こうとしたときには、すっかり忘れてしまっているのだ。
これって、老化以上の問題ではないのだろうかなあ。
日大アメリカンフットボール、女子レスリングに続いて、今度は日本ボクシング協会の問題。
この2、3日、テレビは日本ボクシング協会の問題一色。
ワイドショーはもちろん、ニュースの時間も1時間以上の時間を割いて日本ボクシング協会の問題を取り上げている。
日本ボクシング協会の山根会長が協会を私物化しているという流れの報道で、証人、証言、映像、ありとあらゆる事象をかきあつめて、徹底的な真相追求に時間を割いている。
もし、仮に山根会長が、報道から想像されるように、ボクシング協会を私物化しているとしても、直接的に影響を受けたのはボクシングの関係者だけのこと。
フットボール、レスリングに続くボクシング。
いずれの問題も、キャラの強い最高権力者が独裁的な運営をしていて、テレビはその権力者に石をなげつけて棒でたたきまわして、視聴者の興味をかきたてている。
テレビ各局とも、ワイドショーニュースで大幅に時間をさいての報道合戦を繰り広げているが、さりとてこれらは、国民の生活に大した影響を与える問題ではない。
報道は、これと同じ熱意を国の最高権力者の蛮行にも傾けるべきではないのかなあ。
毎度毎度のことではあるが、初日はちょっと気持ちが改まる。
今日は8月の初日。
もう8月かと、時の経過の速さに驚きを感じるが、さて、今日から頑張ってみるかという気持ちになる。
気持ちを新たにすると同時に、残りの時間が少なくなっていることも感じる。
まずは、前向きに初日を迎えた。
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