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2018年10月

2018年10月31日 (水)

マイボトルに水。

マイボトルに給水できる場所を増やそうという動きがある。

出かけるときに、自宅から飲み物をマイボトルに入れて出ると、ペットボトルの削減になる。

出先で水をボトルに補給できれば、さらにペットボトルの削減になるというわけだ。

高松市の手打ちうどん ひさ枝」の入り口には、「マイボトルOK!」のステッカーがはってある。

 店内の、水と湯を湯飲みに入れる給水器から、うどんを注文しなくても、ボトルを持っている人は、水や湯を無料で給水できる。

 ランニング中の人も立ち寄るそうである。

 同様のサービスをしている店や事業所が、市内に約40カ所ある。

始まったきっかけは、地元のNPO法人アーキペラゴの呼びかけから。

 同様のサービスをしている店や事業所は現在、同市内に約40カ所。始まったきっかけは、地元のNPO法人アーキペラゴの呼びかけから。

 アーキペラゴは、瀬戸内海の沿岸での海ごみ調査や地域交流をしている。

 「年々、プラスチックのごみ、特にペットボトルが増えている」と感じ、マイボトルの持参を呼びかけてきた。

 だが、マイボトルの飲み物が途中でなくなり、結局ペットボトルを外出先で買ってマイボトルに入れる人もいる。

 そこで、給水できる場所を「オアシススポット」と名付けて、広めるアイデアを思いついた。

 店内のセルフ給水器を利用させてもらえるのでは、と考え、「ひさ枝」さんに協力を求めたところ、快諾をもらっ。

 さらに、知り合いに呼びかけて、オアシススポットは現在、市内のカフェやオフィス、整体院など約40カ所に増加。

 今年度末までに200カ所を目指している。

 こうした取り組みは他の地域でも出ているそうだ。

 奈良県生駒市は2014年から「給水スポット」の協力店募集を始め、現在は23の飲食店が加わる。

 東京都内では、都水道局が有楽町の東京国際フォーラムの地上広場にボトル用給水器と水飲み場を設置している。

 武蔵野市開発公社も商業施設「コピス吉祥寺」にボトル用給水器を置いている。

 使い捨て飲料容器の削減と水道水の利用を進める複数のNPOによる「水Do!キャンペーン」事務局の瀬口亮子さんは「鉄道機関や商業施設、自治体などが水分補給できるインフラ整備を急いでほしい」と話している。

 英国ではボトルへの給水と直接飲める水飲み場が一体となったタイプが普及しているそうで、「東京五輪・パラリンピックまでに、日本各地に給水スポットを増やしたい」と協力を呼びかけている。

 私のマイボトルは、、使用済みのペットボトル。

 それに水を入れて持ち歩いている。
 
 ただし、私は社会貢献を意識した高邁なものではなく、水ごときに金を払いたくないというケチな了見からであるが。

 日本の水道水は、美味しい。

 飲み物に無駄なお金を使って、自分の環境を悪くするようなことはしないほうがいい

2018年10月30日 (火)

ギャラクシーノート9 機種切り換えに大苦戦

 昨日、スマートフォンの機種交換の設定にとりかかったのだが、ドコモオンラインショップで予約購入したのもので、切り替えの設定を全部自分でやらなくてはいけない。

 甘く見ていたが、これが想像をはるかに越えた大苦戦。

 SIMカードのサイズが同じだったら、SIMカードの差し替えだけで良い。

 しかし今回は、SIMカードのサイズが違っていたから大変。

 旧機種ギャラクシーノートエッジは「microSIM」。新機種のギャラクシーノート9は「nanoSIM」。

 届いた荷物を開いて呆然とした。

 送られてきたのはスマートフォン本体のみ。

 取り扱い説明書や切り替えの説明書は入っていない。

 取扱説明書はインターネットでダウンロードしなくてはいけなかった。

 これには機種交換の方法は書いていない。

 インターネットで、調べまくるのだが、これがなかなか簡単ではない。

 一時あきらめて、ショップに持って行って設定をしてもらおうかと思ったが、ネット購入したからにはショップを頼るわけにはいかない。

 インターネットで調べたて、わけのわからないままに、あれこれやっていたら、なんとか開通できたようだ。 

 お店で待たされても、ショップで購入するべきだったと、大いに後悔したドコモオンラインショップ購入だった。


2018年10月29日 (月)

ギャラクシーノート9 機種交換

 スマートフォンの機種交換をした。

 旧機種はギャラクシーノートエッジ。

 新機種はギャラクシーノート9。

 私のスマートフォン歴は、国産初のスマートフォン、エクスペリアから始まった。

 まだスマートフォンが一般には使われてなくて、国産のスマートフォンは出遅れていた。

 サムスンのギャラクシーの評判がいいので、ギャラクシーに乗り換えて以来、使い慣れたアプリを継続して使いたいので、ずっとギャラクシーシリーズを使い続けている。

 直前に使っていたものはギャラクシーノートエッジ。

 ギャラクシーを使い続けたのは、操作方法が変わらないですむことと、多くのメーカーが内蔵式バッテリーになって行く中、サムスンだけがバッテリー交換方式のスマホを作り続けていたこと。

 しかし、ギャラクーノートエッジから後は、サムスンもバッテリー交換式のスマホの販売をやめてしまった。

 でほとんどのスマートフォンが内蔵電池式になってしまって、ギャラクシーノートエッジが最後の電池交換式だった。

 防水機能が求められることで、電池交換方式は淘汰されたようだ。

 最近のスマートフォンはスペック的には数年前の機種でも不自由は感じない。

 私は、スマートフォンはハードユーザーの部類だと思うが、ギャラクシーノートエッジに大きな不満はなかった。

 それより、ハードユーザー故にバッテリーが不足することが多いもので、スペアーバッテリーがあればバッテリー切れを心配することのないノートエッジをずっと使い続けようと思っていた。

 それで、ここ数年スマートフォンの新機種には全然興味がなかった。

 そんな中、ギャラクシーノート9のCMに、ちょっと気を引かれ、インターネットで商品説明を見て、即座に、買い換えをしてしまった。

 一つは、現在最高のスペックであるということ。

 もう一つは、バッテリーが4000mAhという大容量で、ハードユーザーでも1日もつということ。

  さらには、急速充電で2時間で満充電できるということ。

  大きな不満は無いが、ノートエッジは動きが悪くなっていた。

  予約受け付け中だったので、衝動的にドコモオンラインショップで予約した。

  ドコモショップで購入した方が、ショップで切り替えをやってもらえるから楽なのだが、行きつけのショップはいつも混雑していて、下手すると2時間3時間待ちになる。

それもあってオンライン予約したのだが、予約したのは発売予定日の2日前。

  別に急いで交換しないといけないわけでもないし、いつ着くのかと思って舞っていたら、なんと、発売日の25日に本体が届いた。

  ネット購入だもので、新しい機種への切り替えは自分でしなくてはいけない。

  しかも届いたのは本体のみで、解説書がない。

  インターネットであれこれ新しい機種に切り換える方法を探してみたが、切り替えの設定はなかなか難しい。

  面倒なことは後回しにするのが私の信条。

  今日、ちょっとやってみたが、SIMカードのサイズが違っているから、簡単にはできない。

  あれこれインターネットで調べてみたが、わからない。

こんなことなら、近くのショップで買えば良かったと涙ぐみつつ悪戦苦闘している。

 

 

2018年10月27日 (土)

青島太平洋マラソン2018 ビリを貫く100歳ランナー

 今年の青島太平洋マラソンまで1カ月余りとなった。

 私はといえば、今になって、やっと10㎞走を始めた。

 この10㎞を、なかなか歩かずに完走することができない。

 今期は出場する気はなかったのだが、甲斐博さんの誘いに乗ってしまって申し込みをした。

 甲斐さんは、大のマラソン好き。

 フルマラソンだけでなく、100㎞のウルトラマラソンやら、山中を駆けめぐるトレイルランやらと、やたら駆け回っている。

 甲斐さんは、実に楽しそうにマラソンの話をする。

 嬉々として語る甲斐さんの話を聞いていて、もう一度だけ走ってみるかと思って申し込みをしてしまった。

 甲斐さんの、「楽しんで走れば良いじゃないですか。年齢とか、記録とか気にしないで楽しめばいいですよ」という言葉に甘えてしまって、今年は、5㎞をちんたらちんたら走ってきただけだった。

 大会の3カ月前から本格的に練習を始めようと思っていたのだが、気がつけば、2カ月を切っていた。

 急遽10㎞走に切り換えてみたのだが、10㎞完走ができない。

 呼吸が苦しくらないようなペースで走っているのだが、6㎞くらいから足が痛くなって歩いてしまう。

 5年前の初出場のときには、計画的に練習した。

 そのときの練習記録は残ってないが、当時のブログをチェックしてみたら、10月16日には15㎞走、21日に21㎞走、11月4日に30㎞走をやっている。

 とてもじゃないが、今からでは初出場当時の以上の走りはできない。

 ということで、今年の青島太平洋マラソンは棄権しようと思った。

 昨日、木村宅地建物の木村さんにあったので、今年は棄権しますと伝えて、棄権の意志は固まった。

 今年は出ない、そう決めていたのだが、やっぱり出ることにした。

 今日は朝から、机の周りにたまってしまった書類の整理をしていた。

 書類の山の中から古い新聞が出てきた。

 別府冷麺の特集記事があって、それを後でしっかり読もうと思ってそのページだけ切り取っていたものだった。

 別府は当地(宮崎県の北端の街・延岡市)の隣町といった距離の街。

 今度行ったときには冷麺の名店を訪ねてみようと思って、記事に目を通した。

 同じページにあった「100歳ランナー ビリ貫く」と言う見出しの記事が目に留まった。

 気になって記事に目をやる。

 記事の書き出しはこうである。「ビリで走って、人を追い越さないように・・・。この言葉を胸に走る100歳のランナーがいる」

 その人は、今年3月に100歳になった中園末夫さん。

 「運動神経は鈍かった」そうだ。

 還暦の記念に、誘われて天草パールマラソンに出場したのがきっかけ。

 初挑戦はパールラインマラソンの10㎞部門。

 翌年は記録を更新し、うれしくて毎年走るようになった。

 70歳で大腸ガンの手術をし、身体を動かす自身も失った。

 そんなとき目に留まったのが、健康マラソン愛好者が集る「熊本走ろう会」の新聞記事。

 自分も走れるだろうかと、会長会の会長の加地正隆さんに相談した。

 耳鼻科の医者の加藤さんは、こんな助言をした。

 「病み上がりだからタイムを競うのではなく、ビリで走って人を追い越さないようにしなさい」

 依頼、30年走り続けているそうだ。

 中園さんは語る。「最後の方だと、応援も多いんですよ」。

 今年の青島太平洋マラソンを棄権しようと決心した次の日に、4カ月くらい前のこんな記事が出てきた。

 これも、何かの縁。 

 甲斐博さんの言うように、楽しんで走ればいいかと思っている。

 (30㎞過ぎを走っているときは楽しめないが)

 

2018年10月26日 (金)

砂防ダムのイノシシ報道

 北九州の砂防ダムに落ちたイノシシの報道。

 私は、もう見たくも無いのだけど、報道は過熱する一方。

 見たくもないからチャンネルをすぐに変えるのだけど、そんなに見たい人が多いのかなあ。

 見たい視聴者が多いからテレビ局が取り上げているのだろうが、テレビ局が一斉に取り上げてブームを作り上げているのではないのかなあ。

 昨日も書いたが、そもそもは害獣。

 無責任な感情で、助けてやってという声に押されて、公務員が駆り出されているが、助けて野に放ったとたんに害獣となるわけだ。

 公務員さんが5人も10人も寄ってたかって、何日もイノシシにかかりっきり。

 お役所の仕事となると、民間の仕事に比べて予算がかかる。

 こんなことに、多大な時間と金をかけてはもったいない。

 テレビ局も、こんなことに多額の経費をかけて報道する問題なのか。

 日本中のテレビ局がとりあげているのは、意味わからん。

 テレビが無視すれば、日常になんの影響もないこと。

 メディアが、一斉に同じ方向に進むことが恐い。

 

 

2018年10月25日 (木)

砂防ダムに閉じ込められたイノシシ報道 雑感

 北九州の住宅街にある砂防ダムに、野生のイノシシ2頭が転落して出られなくなっている。

 どこか出口はないかとダムの中を走り回っているが、高さ6メートルのコンクリートの壁に阻まれて抜け出せない。

 このままでは死を待つしかない。

 途方に暮れた市の獅子の姿はかわいそうで、住民からは助けてやってくれとの声があがっている。

 他方、イノシシは農作物を荒らす害獣。

 最近では街中に現れて、住民に危害を及ぼす危険害獣である。

 毎年、何人もの人がイノシシに襲われて無くなっている猛獣でもある。

 このイノシシが被害を与えていて被害届けがでていれば駆除される立場である。

 猟銃で射殺したり、罠をしかけて捉えて処分するのが通常だ。

 
 狩猟をする人が少なくなったこともあって、イノシシや鹿が増えすぎて問題になっている。

 自分に被害のおよばない住民は、単純に「かわいそうだから助けてやってくれ」と言うが、助けて、そのまま自然に戻したら、住民に被害がおよぶかもしれない。

 住民からの救出要請を受けた行政は、鳥獣保護法では野生動物に手出しをしてはいけないのだと、法律を盾にして掛かり合いを拒んでいた。

 それに目をつけたのが、騒動が大好物のテレビ。

 テレビは騒動を大きくするのが仕事。

 助けないのは人道?にもとると言わんばかりかの報道。

 その策に負けて、行政がイノシシの捕獲にかかった。

 油断すれば役人さんの命にかかわる作業。

 それにしても、人はみがってなもの。

 冷静に考えたら、害獣であるイノシシは処分すべきだろう。

 殺すのがかわいそうというが、そもそも人間が他の生き物の生命を奪って生きていることから目を背けてはいけない。

 以前、人間は多くの命の犠牲の上に支えられているということを教えるために、ヒヨコを育てて解体して食べる授業が計画されたが、直前に保護者からの講義で中止になったことを思い出す。

 私も、自分が生徒だったら育てたヒヨコを殺すところを見たくは無いだろう。

 ましてや、牛や豚を殺せと言われたら、絶対にできない。

 結局、そんな嫌な役回りを誰かにおしつけ、善良な顔をして美味しく牛肉や豚肉を食べているのだ。

 だから、自分が他の命を奪っているという実感は無い。

 他の命を犠牲にして生きている。命をいただいて生きているということを思い知るべきだと思ったイノシシ報道であった。

2018年10月23日 (火)

余命宣告なし。遺族が提訴。

 乳がんで今年1月に死亡した大分市の女性の遺族が、余命1カ月との宣告受けなかったことに対して、通院先の病院を運営する市医師会と担当医を相手に、慰謝料3190万円を求める訴訟を起こした。

 本人も家族も余命宣告を受けなかったために、「余命が充実したものになるよう手厚い配慮ができなかった」というのが訴因。

 訴状などによると、女性は2005年ごろに乳がんを患った。09年ごろに再発して肺などに転移。

 主治医は「余命1カ月」と判断していたことが、病院側は「余命告知の義務はない」と述べたという。

 遺族側は「医師や病院には診断結果の説明義務がある」とし、医師らが余命宣告の告知を検討するために家族との接触も図っていなかったため「診療契約に付随する家族への告知義務に違反した」という主張である。

 余命宣告を巡って、最高裁は2002年、余命1年のがんと診断したのに患者や家族に余命宣告しなかった医師について、「告知が適当だと判断した場合、診断結果を説明しなければならない」と告知義務違反があったと認定している。

 しかし、病気の告知を受けた患者が自殺した例もあり、がんの告知を受けて自殺した男性患者の遺族が「医師の配慮が欠けていた」として主治医らを相手取り、損害賠償を求めて提訴したケースもある。

 また、余命宣告を受けて仕事や財産を整理したのに、余命を超えて長く生きて生活設計が狂ってしまって困惑している人もいる。

 終末期医療に詳しい「にのさかクリニック」(福岡市)の二ノ坂保喜院長は、余命宣告は同様の病状で亡くなった人たちの統計データなどに基づくもので、患者個々の余命を断定することはできないと言っている。

 今回の訴訟は、なんとも医療機関には厳しい時代になったものだ。

2018年10月22日 (月)

沢田研二さんドタキャン 僕にも意地があるからね。意地があるなら、やせてください。

 中尾ミエさんが、沢田研二さんのコンサートドタキャンについて、「ぜいたく言っんじゃない」「維持があるならもっとやせろ。やせたら、まだ見られる。いい男だもの」と一喝していたが、そのとーーーり。
 
  沢田さんは、「昔のキーで歌えなくなったら引退する」と言っていたが、沢田さんの売りは、そのルックスと甘い歌声だったはず。
 
  キーは苦しい努力無でキープできているから「昔のキーができなくなったら引退する」と強調していながら、苦しい努力の必用な体型維持については「なすがままの今を見てもらいたい」なんて都合のいい言い訳をしている。
 
  3、4年前、沢田さんの宮崎公演があって、うちのかみさんがそれを見に行った。
 
  うちのかみさんは、沢田さんのファンだったというわけではないが、私らの世代の誰もが知っている大スター。

 それで、あの「ジュリー」を見てみたいということで、ワザワザ宮崎まで行ったのだが、帰って来ての第一声は、「行かなきゃよかった」だった。

 舞台を走り回って、飛び跳ねたりしているつもりなのだろうが、太りすぎで、走り回るというよりドタドタと動き回って、飛び跳ねたつもりのジャンプは、床から10㎝くらいしか飛び上がらず、太って腕が短く見えるもので着ぐるみの豚を想像してしまって、笑ってしまったというのだ。

 あの「ジュリー」の面影は微塵もなかったというのだ。

 若いころから追っかけをやっているようなファンは、ずっと見続けているからこそわからないのだろうけど、昔のジュリーをイメージして見に行った昔のファンは、その変貌ぶりに失望させられるのだ。

 「僕にも意地がありますから」と何度も言っていたが、「意地があるなら、やせろ」。
 中尾さんの喝は、実にそのとーーーーり!どうかーーーーーん!なのであーーーる。

2018年10月20日 (土)

イアホンコードが絡まない巻き方

 イヤホンを使おうと思って取り出すと、なぜかコードが絡まっている。

 イヤホンをはずした後、バッグやポケットに入れたまま、一切いじってないのだけど、なぜかコードが絡まっている。

 それも、どうしてこんなに複雑に絡まるのかというくらいに絡まっている。

 見えない小人がいたずらをしているとしか思えないように、ぐちゃぐゃにこんがらがっている。

 毎回、知恵の輪を解くように、絡まったコードをほどかなくてはならない。

 それを解決する、絡まないイアホンコードの巻き方を見付けた。

 まず、イアホンピースを中指と薬指に挟む。

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 次に、挟んだ中指と薬指を折り曲げて、伸びた人指し指と小指に8の字に巻き付ける。

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 コードを10㎝くらい残したところで、コードを指から抜き取って、余ったコードで8の字の中心部分を巻きつける。

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 最後に、巻き付けたケーブルにプラグを差し込む。

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 イヤホンを使うときは、差し込んだプラグを抜いてコードを伸ばすと、からまることなくスムーズに使えます。

 巻き取りには5秒くらいしかかからない。

 不精者の私だが、この巻き方を知ってからは、コードは必ず8の字巻でしまっている。

 きっと、いたずら者の小人さんが悔しがっていることだろう。

 

2018年10月19日 (金)

古い記念切手の利用法

 部屋を片づけていたら、古い記念切手のストックブックが出てきた。

 私が小学校のころ切手ブームがあって、お小遣いで買い集めたものだ。

 あのころの憧れの切手は、「月に雁」とか「見返り美人」。

 葉書が5円で、封書が10円の時代に、2000円か3000円もした。

 小学生の平均的な小遣いは、1日10円といったところだったから、手の届かない雲の上の切手だった。

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 東京オリンピックシリーズ。国宝シリーズ。国立公園。国定公園。鳥。魚。まつり。浮世絵。

 切手ブームを煽るかのように、郵便局(郵政省)もシリーズ物の記念切手を連発していた。

 通常の小遣いでは手が回らず、母親に頼み込んで切手代を別建で出してもらっていた。

 子供ながらに、「切手が値上がりしたら売って返すから」などと言って、母親を口説いていた。

 私の生家は商店街で靴屋をやってて、 今思えば、商売人がみんな儲かっていた時代で、ちょっとしつこくねだるとなんでも買ってもらえた。

 ブームが去り、期待していた値上がりも無く、そのままになっていたストックブックだ。

 額面は5円、10円のものが多い。

 今、葉書は62円。

 当時、葉書は5円。

 物価上昇のままだと、10倍以上になっているのだろうか。

 多少でも値上がりしていたら処分してしまおうかなと思って、ネットで調べてみた。

 なんと、ネットオークションでも額面で売りに出されているものが多い。

 さらに、落札されている実績がほとんどない。

 業者に買取をしてもらうとなると、程度のいい切手の場合には額面での買取。

 私の物のようにバラバラの単品で保存状態の良くない物は額面以下での買取になる様だ。

 額面以下はいやだ。

 それなら使ってしまった方が良い。

 しかし、額面が少額なので、貼るjとこういう状態になる。

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 遠慮のある相手には使えない。

 ゆうパック(小包便)の料金の支払にも使えるそうだから、どんどん使ってしまおうと思っている。

 こんな年になって、自分は親にはずいぶんわがままを言ってきたものだと、思いをはせている。

2018年10月15日 (月)

もう食傷 豊洲至上報道

 すったもんだしていた豊洲市場が、やっと開業した。

 すったもんだは、18年以上。

 それぞれが自分に都合による理由で反対したり、賛成したり、妨害したり、推進したり。

 加えて、それにかかわる人々の利権も絡んでいるから、スムーズにいかないのは当たり前。

 そんな紛争をなんとか乗り切って、2年前にやっとオープンに漕ぎついたとおもったら、都知事に就任した小池さんが自分の政治稼業の戦略で、オープンにいちゃもんをつけた。

 テレビがわっと寄りつき、一時は次期総理大臣になるのかという勢いだったが、スタンドプレーは続かず、存在感を失った。

 結局、開業が2年遅れただけで、改善改良はないまま、混乱だけを残してのオープンだった。

 オープンに際しては、騒動をもっと大きくしようとテレビが騒ぎ立てた。

 ヒマをもてあましている庶民たちの注目をあつめる結果となり、人が殺到した。

 テレビが騒ぎ立てるもので、4万人以上の来場があった。

 スカイツリーの来場客が1万人数千人で、4万人というのはユニバーサルスタジオの来場者数と同じだった。

 その数字を聞いて、豊洲市場はそんなに魅力があるのかな、なんてとぼけたことを言っているコメンテーターがいた。

 あんたらが、そうやって騒ぎ立てるから、時間をもてあましていて、なんか面白いことないかなと思っている輩が集まってくるんじゃないか!

 私のように九州の片田舎(宮崎県の北端の街・延岡市)に住んでいる者は、豊洲市場を見に行くことは、ずっとない。

 国民の9割くらいの人は、豊洲市場に行きたいなんて思わないんじゃないか。

 豊洲市場報道は、もうたくさん。

 株が急落したり、消費税10%の実施が確定したり、大きな話題が盛り沢山の今日このごろ。

 

2018年10月13日 (土)

年をとると筋肉痛が遅れてやってくる?

今朝起きると、身体全体に強い筋肉痛。
 
  昨日、軽い筋肉痛を感じていたが、昨日の5倍くらい痛い。
 
  特に、足と腰が痛くて身体を真っ直ぐにするのに時間がかかる。
 
  年をとると、筋肉痛が遅れてやってくるというが、そのせいだろうか。
 
  ずいぶん前のことだが、テレビの番組でこのことについて解説していたのは覚えているが、どういう理論だったかを思い出さない。
 
  それで、ネットで調べてみた。
 
  結論は、年をとると筋肉痛が遅れてやってくるというのは、正しくもあり誤りでもある。
 
  筋肉痛には、筋肉痛には、運動中から運動直後に発生する「急性筋肉痛」と、運動後数時間~1日経過してから痛み始める「遅発性筋肉痛」の2つがある。
 
  今回問題にしているのは、遅発性筋肉痛のことである。
 
  筋肉痛の原因は、運動による筋損傷とする説や、筋損傷を治そうと発生する炎症によって痛みを引き起こす説があるが、明確な原因は、いまだにわかっていないというのが正確な情報のようだ。
 
 一番有力なのは、運動によって傷ついた筋繊維を修復するときに起こる炎症が筋肉痛の原因という説だ。

 普段、行わない運動をした場合に筋繊維に傷がついたり、一部が壊れる。

 そのとき、筋繊維が壊れるが、痛みを感じる筋膜には異常が起こっていないので、そのときは痛みは感じない。

 そして次の日や二日後に、身体は傷ついた筋繊維を修復させるように働く。

 この修復作業で、血液中の白血球が集まってきて炎症が起こり、炎症が筋膜にまで波及するため痛みが起こる。

 では、歳をとると筋肉痛は遅れてくるのか?

 これは、年をとったからではない。

 運動の種類や普段から運動しているかどうかで変わってくるのだ。

 普段から運動をしていると、筋肉の修復が早くなるので、すぐに筋肉痛になる。

 運動不足の場合は、なかなか筋繊維の損傷を回復しようとしない。

 だから、筋肉痛が遅くなるというわけだ。

 また、運動の種類によっても筋肉痛が早くなったり遅くなったりする。

 ハードな筋トレなどを行った場合には、早く筋肉痛になる。

 急激に筋肉がダメージを受けると、それを治すための炎症が強いので、痛みに気づきやすくなるせいでもある。

 若くても、筋肉に緩めの負荷をかけた場合には二日後に筋肉痛がやって来たりする。

 年をとってやる運動は、比較的緩めに筋肉に負荷をかけるような運動になることが多い。

 また、強い負荷をかけようとしても、筋力が低下していて、中途半端な負荷しかかけることができない。

 つまり、年をとったから筋肉痛が遅くなるというわけでは無く、運動不足から来る君肉の回復の遅さ、運動負荷の弱さが、筋肉痛が来るのを遅くしているというわけだ。

 冒頭で結論づけた、「年をとると筋肉痛が遅れてやってくるというのは、正しくもあり誤りでもある」というのは、こういう理由からである。

 年をとっても、普段から運動をしていて、強い負荷をかけると筋肉は早くやってくる。
 徒然なるまま、何の役にもたたないことを、結構な時間を浪費して調べていていいのかなあ。

2018年10月12日 (金)

青島太平洋マラソン2108 走らないかもしれない

 エントリーはしたものの、走ろうか、走るまいか、曖昧なまま時間が過ぎて、気がつけば大会まであと2カ月。

 6月くらいからジョギングはしていたが、フルマラソン完走に向けての練習はしてなかった。

 果たして完走できるものやら。

 このところ歩かずに5㎞は走っているが、5㎞走さえ苦痛に感じることがある。

 高齢者の域に入り、週刊誌のお得意様の年齢層である高齢者向けの記事によると、過激な練習は命にかかわるという説が定説になりつつある。

 さもありなんと思って苦しい練習はしないようにしていた。

 このままでは、惨めな結果になるかもしれない。

 昨日、10㎞を走ってみることにした。

 設定目標は、歩かずに10㎞走りきること。

 結果は、走ることはできた。

 時間は、1時間13分弱。

 今から1カ月、走り込みを続ければ完走はできるという自信はついた。

 だけど、今日、足は軽い筋肉痛。

 ことさらに年齢を強調したくはないのだが、4年前とは確実に違ってきている。

 今年の青島太平洋マラソン出場は、まだ不安定である。

 

 

2018年10月10日 (水)

青島太平洋マラソン 間が悪い天気

 夕方から雨模様である。

 青島太平洋マラソンに向けて、走り込みをしておかなくてはいけない時期なのだが、間が悪くて、練習できない日々が続いている。

 走るのは晩御飯の後ということにしているのだが、タイミング悪くちょっとした用事が入ったり、雨が降ったり、降りそうだったり。

 雨の日は練習は休みにしているのだが、雨が降りそうだけど大丈夫だろうと思って練習に出ると、雨が激しくなることがおおい。

 私は相対的にはついているのだが、ちょっとしたことで間が悪い。

 今日は一日曇り空だったが、バイクで出ると雨がぱらぱらと降り出す。

 夜も、練習に出ると雨が降りだすんではないかと思って、今日も練習は休み。

 ということで、練習ができない今年の青島太平洋マラソンである。

 ハー

2018年10月 8日 (月)

青島太平洋マラソン2018 暗雲

 今年の青島太平洋マラソンまで、あと2カ月余りとなった。

 去年、3度目の青島太平洋マラソンを走って、もう2度とフルマラソンは走らないと決めていた。

 マラソンは身体に悪いというのは、走った経験で感じている。

 去年の青島太平洋マラソン後、ピッタリ運動をやめていた。

 今年、血圧を測ってみたら上が160~170という、みごとな高血圧の数値だった。

 すぐに病院の門をくぐるべき数値だが、もう一度食事と運動をやって様子をみて、だめなら病院に行こうと思ってウォーキングを始めた。

 そもそも、青島太平洋マラソンを走ることになったのも血圧を下げるためにジョギングを始めたことからだった。

 しかし近年、激しい運動も身体に悪いというのが定説になっていて、健康のために運動するならウォーキングがいいというのも定説。

 それでウォーキングを始めたのだが、3カ月弱で血圧は改善がみられた。

 そして、ウォーキングでは物足りなくなって、ジョギングを始めた。

 そこに送られてきたのが、青島太平洋マラソンからの招待状。

 過去の参加者には前もってエントリーのお知らせが届く。

 今年のエントリー開始は6月20日だった。

 今年は出ないと決めていたから、私にとっては無用な案内だった.....はずなのだが出場申し込みをしてしまった。

 ここ数年、申し込み開始時間から数十分で募集定員がいっぱいになる。

 知り合いやマラソン仲間の何人からか、「今年も出ましょう」と誘いがかかっていなかったら迷いはなかったのだろうが、もう一度走って有終の美を飾りたい気持ちもわいてきていた。

 後で、出たいなと思っても、出場できない。

 それで、とりあえず申し込みをしてしまった。

 あれから3カ月余り。週に3回くらい、5㎞の軽いジョギングは続けてきた。

 そのうちに、マラソンの練習に切り換えようと思っていたのだが、身体が苦しい練習には向っていかない。

 大会まで、あと2カ月足らずになってしまって、これからどんな練習をしたらいいのか。

 昨日、4年前の初出場の時の練習はどうだったか、4年前のブログで確認してみた。

 4年前は、何十年も運動をしていない状態で、5月から始めて、最初は100メートルも走れなかった。

 それに比べると、今年の方がまだましだろうと思ってブログを見たのだが、4年前は初出場とあって、真摯に練習に取り組んでいたようだ。

 9月からは10㎞走っていた。

 10月には10㎞を58分で走っていた。

 1㎞あたり6分弱のペースだ。

 今、私にとって10㎞を走るのは苦難の技。

 1㎞6分を切ることはできないだろう。

 昨日、試しに1㎞6分を目指して走ってみた。

 ゼーゼーと息をきらして頑張ってみたが、6分30秒を切るのが精一杯だった。

 5㎞でダウン。

  私の最悪の癖。そのうち、そのうちと、先延ばししてしまう癖。

 去年の今頃は、体重が、走り始めたころからすると5kg近く落ちていた。

 今年は、体重はまったく落ちていない。

 後2カ月。

 このままだと、今年の青島太平洋マラソンは、参加費用を払っただけに終るかもしれない。

 

2018年10月 6日 (土)

台風25号 被害がなくて良かったが

 台風25号が去った。

 心配していたが、私のまわりでは被害はなかった。

 天気予報の進路予想図が出るたびに、自分の住んでいる地域に影響がない方向に逸れることを祈ってしまう。

 進路は逸れても、台風が消滅することはない。

 自分に被害が及ばないように進路が逸れることを祈ることは、他の人の不幸を祈ることになっている。

 そのジレンマ。

 

 

 

2018年10月 5日 (金)

台風25号

 台風24号に続いて台風25号。

 24号も週末、25号もまったく同じ週末。

 進路も似たような進路になりそうだ。

 先程から、突然の雨。

 道路には水たまりができ、前方が霞むくらいの豪雨。

 このまま降り続ければ浸水被害も出るのではないかと不安になる。

 土嚢の用意をした方がいいかな、などと思っていたら、雨は急停止。

 嵐の前の不気味さです。

2018年10月 3日 (水)

悪徳不動産屋日記 先送りの悪癖  そして何時も天罰

 常々反省するのだけど、私の最悪の欠点は、何につけ、ぎりぎりまで先送りすること。

 そして、ぎりぎりまで放置していたことを片づけようとすると、新たな仕事が飛び込んでくるのも、いつものこと。

 昨日、今日と、9月30日までに終る予定だった仕事が終ってなくて、2、3日猶予をもらって片づけているのだが、昨日も、今日も、来店が相次いで、片づけることができない。

 日頃は、1日中来客が無く、まったく電話もかからないということも珍しくない(これはこれで心配するべきこと)のだが、昨日も、今日も、朝から夕方まで来客と電話に時間をとられている。

 反省だけなら猿でもできる。つくづく猿並だなーと、反省の昨日・今日。

 

2018年10月 2日 (火)

日馬富士 断髪式

 昨年11月に引退した元横綱日馬富士の引退披露大相撲が9月30日、東京・両国国技館で開かれていた。
 
 テレビおじさんのわたしであるが、私がこの話題をテレビで見たのは、今朝のワイドショーで短く紹介された映像のみ。

 貴ノ岩への暴行を加えたことによる引退ということで、単純に晴れやかなニュースとはならなかったのだろう。

 それにしても横綱を勤めた力士の断髪式。

 もう少し取り上げられてもよかったはずだが、同じ日に日本を直撃した台風24号と、貴乃花引退のニュースやった。

 間が悪くなると、こんなものだ。

 私は日馬富士は余り好きではなかったのだが、こうまで間が悪いと同情もしたくなったが、報じられている式の様子をみて安堵した。

 なんといっても元横綱である。

 ハサミを入れてもらった人は約400人。

 日馬富士に涙はなく、「第二の人生が始まる。泣くわけにいかないので」と笑顔で踏み出していった。

 さらにインタビューに答えた日馬富士の言葉に、私は感銘を受けた。

 「悔いのない素晴らしい18年間だったなと思います」と、第二の人生へ向けた前向きな発言。

 恨み言は一切なし。

 「誰かを恨んだり、何かしたかったとか全く思いません」

 「感謝とはこんな素晴らしいのか、と思うくらい感謝している。全てのことに」

 と、すがすがしい表情で語った。

 退職騒動の貴乃花についての質問に対しても、「私は相撲協会から離れてますので、しゃべる権利はありません」と穏やかに対応した。

 今後は見識を広げるため、ヨーロッパやアジアの歴史ある国を旅する計画を立てているそうだ。

 9月には、幼稚園から高校まで一貫の「新モンゴル日馬富士学園」を開校。教育者としてもスタートしているともいう。

 その学校では、あいさつも日本語を取り入れていて、「のちに、僕の高校から相撲取りが生まれれば」と夢を語った。

 起こした事件は褒められるべくもない出来事だったが、なんと見事な去り際。

 私は、好きではなかった日馬富士をいっぺんに見直した。

  日馬富士は、モンゴルと日本の友好の輪を拡げ、きっとすばらしい相撲取りを育ててくれるだろう。

 お疲れさま。日馬富士。

 そして、よろしく。日馬富士。

2018年10月 1日 (月)

悪徳不動産屋日記 台風一過

 台風一過。

 当地(宮崎県の北端の街・延岡市)は、朝から気持ちのいい青空が広がっていた。

 私は、所有する建物3件で被害を被ったが、案じていた、管理している物件の入居者さんたちからの被災相談の連絡はなかった。

 自分が所有する物件は、家主として自分で費用負担すればいいことで、処理は簡単なこと。

 ところが管理物件だと、家主さんが負担すべきか入居者が負担するのかでもめることが多々ある。

 皆さん、お金を出すのは好きではないから、自分が出さなくていい理論を展開される。

 不動産屋は、その間で調整しなくてはいけない。

 かならず、どちらかに不利な判断をすることになる。

 そして、不利な判断を下された側のお客さんからは嫌われることになる。

 私は、物言いがぶっきらぼうで、ストレートに結論を伝える性癖がある。

 自分が正しいと思うと、相手の気持ちを考えずに自分の意見を強引に押し通す悪癖がある。

 最初は優しく説得しているつもりなのだが、相手が私の意見に納得しないと強引に自分の意見を押しつけるような感じがある。

 私は、言葉を言葉どおりにしか受け付けないという習性がある。

 それで、お客さんが私に対して、「あなたはどう思いますか?」という傾向の質問をしたときに、非常に嫌われてしまうことが多い。

 相手が私に対して「あなたはどう思うか」という質問だと、私は一切ためらうことなく「私はこう思う」と自分の思うことを答えてしまうのだ。

 それかだ質問者に不利な答えだったとしても、相手がどう思うかは考えないのだ。

 相手の質問が、「こんな場合は法律的にはどちらが正しいのか」という質問であれば即答はできない。

 ことに民事の問題に関して、私は、確定的な正答はないと思っている。

 どちらが正しいのかとか、私が正しいですよねという質問を受けた場合、私は常に、テレビ番組の「行列ができる法律相談所」の話をする。

 「行列ができる法律相談所」という番組で、法律問題について出演する3人の弁護士の意見がそろうことは皆無である。

 この番組の話をして、民事の問題は弁護士さんでも判断がまちまちになるので、一概に「これが正しい」という判断はできないのですと、複数の判断を示すことになる。

 しかし、質問が「あなたはどう思いますか」となると、「私はこう思います」という返答をしてしまうのだ。

 私は、自分が当事者で、どちらが負担すべきか確たる判断ができない場合、相手が金銭を負担する気がなくて、争っても水掛け論になって相手が納得しないと思ったら、自分が金銭を負担することで収まるのなら、自ら金銭を負担して処理することが多い。

 いいかげんな性格なのである。

 かくして、「あなたならどうするか」と言われると、自分ならこうすると思うことを答えるわけである。

 その私の答えが自分に不利な回答であった場合、質問者は私の意見はおかしいと憤って反論してくる。

 「私が間違っていると言うのか」と。

 私は怯むどころか、相手にくってかかることになる。

 「私は、あなたが私ならどうするかと聞いてきたから、私ならこうすると答えただけで、あたがそうしなければならないとは言ってない」と。

 かくして私はその方にとって悪徳不動産屋となるのだ。

 台風一過が変な話に進展したが、ともあれ今度の台風は私の身の回りについては大きな被害もなく過ぎてくれて胸をなでおろしている。

 多大な被害を受けた方々にお見舞い申し上げます。 

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