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2019年1月

2019年1月31日 (木)

オリンピックは、金持ちの金儲けの道具

 今日の「とくダネ」のオープニングで、小倉さんが、東京オリンピックに腹が立っていると切り出した。

 陸上競技の決勝を午前中にやる予定になっているのはおかしいというのだ。

 朝早くやるのは、選手のコンディションを作るのも大変だし、日本で開催するのに、平日の午前中ではテレビで見るのも大変だ。

 小倉さんは、「東京でやるんだったら、東京で夜の一番いい時間帯。涼しくなってきたところで100メートルとか400メートルリレーとかやって欲しいじゃないですか」

 「我々だって学校行ったり、仕事行って帰りにですよ。今日は100メートルがあるから早く帰って家で楽しみだなぁって。朝10時にやってごらんなさいよ。仕事なんか手につかないよ」と疑問を投げかけた。

 さらには、「アメリカが高い放映権料を払っているから、アメリカのゴールデンタイムにアメリカの人気種目をやるんでしょ。それだったらオリンピック、アメリカでやれっていうんだよ、ずっと」と続けた。

 まったく同感!

 私は、そもそも、多額の費用と時間をかけて東京に誘致することに疑問を抱いていた。
 歴史的なコンパクトなオリンピックにできると言っていたが、嘘ばかり。

 数千億円でできる予算だったものが、みるみる予算が膨らみ、3兆円を超す規模になっているではない。

 番組にはコメンテーターとして、東京五輪パラリンピック組織委員会参与の夏野剛氏が出演していたが、小倉さんのコメントに対して、「だったら放映権もっと払え」即答で言い放った。

 放漫の極みのコメントである。

 これが主催者の本音。

 莫大な放映権料がないと成り立たないのであれば、ずっとアメリカでやれという小椋さんの意見は正論である。

 しかし、それではオリンピックを名目にした利権を手にすることはできない。

 オリンピックは、ビッグマネーを動かすブラックビッグモンスター、フィクサー達の金儲けの一大イベントなのだ。

 つまりは、金持ちの金儲けの道具だと、私は思っている。

 2020年五輪が東京に決まった日、日本中が喜びに湧いていたが、私は、日本が負けることを祈っていた。

 それは私の正義感ではなく、私はそのおこぼれにあずかれないのに、大儲けをする人がいるのが許せないからという、さもしい根性なのであるが。

 そう言いながら、私は、東京オリンピックをテレビで見るだろうが、日本中がオリンピック一色になってしまうことを想像すると鬱陶しい気もする。

2019年1月30日 (水)

明石市長の暴言の真相

 昨日ワイドショーで流れた、明石市長の暴言には唖然とした。

 道路拡張工事のための立退き交渉が、7年経っても解決していなかったことに対して、、市長が担当職員を責めたてているときの音声だった。

 「すみません」と謝る職員に対して、「すまんですむか。立ち退きさせてこい、お前らで。今日、火付けてこい」

「燃やしてしまえ。今から建物壊してこい」

「損害賠償は個人で負え」

「はよせーよ。誰や現場の責任者は」

 お前ら一人ずつ1千万円出せ。すぐ出ていってもらえ」

 「あほちゃうか。ほんま許さんから」

 「自分の家を売れ。その金はらえ。」

 そのとき私は、新聞を見ながらワイドショーの音声を聞いていた。

 テレビに目をやると、貧弱でひ弱そうに見える市長の静止画像が映っていた。

 てっきり、市長が不手際を起こして暴力団まがいの人に責められているのだろうと思った。

 何があったのかと、ワイドショーのコメンテーターの話を聞くと、この音声は市長のもののようだ。

 これは、言語道断、論外、言い訳無用。弁解の余地無し。

 責めたてる報道陣に対して市長は、パワハラを越えた許されざる行為で弁明のしようもないと責任を認めていた。
 
 ただ、辞任を迫るような報道陣の質問に対しては、4月に選挙をひかえているので、辞任はせず、選挙で市民の審判を仰ぐと答えていた。

 私は、これで選挙をやって通るはずはない。あと3カ月でも市長の座から下りたくないのかと、哀れに思った。

 ワイドショーのコメンテータたちも、続投は無理だろうという感想だった。

 私は「とくダネ」を見ていたのだが、MCの小倉さんが、この話題の最後に、ちらっと市長を擁護するような話をした。

 なぜかばうのか怪訝に思っていたら、このときの市長の続きの言葉が紹介された。

 それは市長の音声ではなく、ナレーションでの紹介だった。

 その内容はこうだ。

「何考えて仕事しとんねん。ごめんですむか、こんなもん。7年間放置して、たった1軒残ってもうて。どうする気やったん」

「とにかく今月中に頭下げて説得して判付いてもうてください。あと1軒だけです。

「ここは人が死にました。角で女性が死んで、それがきっかけでこの事業は進んでいます。そんな中でぜひご協力いただきたい、と。」

ほんまに何のためにやっとる工事や、安全対策でしょ。「」

 「この角で人が巻き込まれて死んだわけでしょ。だから拡幅するんでしょ。」

 「(あんた方)2人が行って難しければ、私が行きますけど。私が行って土下座でもしますわ。」

「市民の安全のためやろ、腹立ってんのわ。」

「何を仕事してんねん。しんどい仕事やから尊い、相手がややこしいから美しいんですよ。」

「後回しにしてどないすんねん、一番しんどい仕事からせえよ。」

 市民の安全のためやないか。言いたいのはそれや。」

「そのためにしんどい仕事するんや、役所は」

 この内容が、同時に大きく取り上げられていたら、市長の発言はまったく違う印象になる。

 私は、明石市長を指示する。

 市長の言葉をネットで確認したら、私と同じ考えの人がたくさんいてほっとしたが、一般庶民が一方的に世論操作されることを再確認させられる事件だった。

2019年1月28日 (月)

嵐の活動休止の記者会で、嵐の人気のわけがわかった。    でも、もう腹一杯。

 ワイドショーは、嵐の活動休止と大坂なおみの全豪オープン優勝でもちっきり。

 どちらも大きなニュースで、私も大いに気になるニュースだが、テレビのどのチャンネルも同じような報道で埋めつくされている。

 もう腹いっぱいで、テレビをつける気にならない。

 

 私は、嵐が日本で最大の人気グループであることは知っていたが、なぜそんなに人気があるのかは理解ができなかった。

 とびっきりの美貌でもなく(マツジュンはちょっと別格のような気もするが)、歌も特別上手いわけでもなく、ダンスも驚くほどではなくて、普通の男の子なのがいいのかなというのが、私の嵐に対しての感想だった。

 嵐の突然の活動休止の記者会見を見ていて、嵐の人気のわけがわかったような気がした。

 なんとも、気持ちのいい活動休止の会見だったなあ。

2019年1月26日 (土)

大阪なおみが勝っている   琴恵光も勝ってふんばった

 全豪オープンの大阪なおみが、第一セットをとったようだ。

 勝てば、全米に続いてメジャーで連勝という偉業。

 達成しそうな予感。


 もうひとつ、今日は、当地(宮崎県の北端の街・延岡市)出身力士琴恵光が勝ち星をあげた。

 7勝7敗。

 明日に、幕の内初の勝ち越しをかける。

 これも、勝ちそうな予感。

 

 負けるな。 

2019年1月24日 (木)

冬の煖房はこたつというのは少数派

 新聞でのアンケート調査で、こたつを使っている人が32%、使ってない人が68%。
 
 私にとっては、おどろくべき結果だった。
 
 理由の1位は他の煖房具で充分というもの。

 

 一番使われているのはエアコン。

 

 次が石油ストーブ。

 

 我が家でも居間にエアコンをつけているが、エアコンを点けていても、こたつは欠かせない。

 

 冬の暖房といったら、なんといっても、こたつ。

 

 どの家庭もそうだろうと思っていたのだが、こたつを使っていない家庭が7割にもなっている。

 

 これは、住宅が洋風化して、和室の無い家が多くなったのも原因だろう。

 

 そういえば、新築のモデルハウスで畳の部屋が全然無いという家も多い。

 

 最近は、畳の部屋はせいぜい一間という家が多い。

 

 賃貸マンションやアパートを紹介していて、若いお客さんの中には、畳は気持ちが悪いという人もいる。

 

 畳の目に、埃やダニが溜まりそうだというのだ。

 

 畳の部屋でこたつが一番だと思うのは、高齢者の証という時代になりつつあるようだ。

 

2019年1月23日 (水)

飲み放題、食べ放題は、はずかしい場所

 私は酒が弱い。

 若いころは先輩や友だちに無理やり飲まされ、苦しみながら少しずつ飲めるようになってきていた。

 酒の席で酒を飲まないと、雰囲気が盛り上がらないので無理して飲んでいた。

 60歳を過ぎて、酒の席でも年長者の立場になることが多くなったこともあり、まわりに気を使って苦しいのを我慢してまで飲むのは止めた。

 ノンアルコールのビールがたくさん出てきたことも、私が食事会で酒を飲まなくてすむようになった原因でもある。

 食事会で、最初からお茶というのはちょっと寂しいから、ビールを1杯だけ飲むこともあったのだが、すぐに酔ってしまい食事が楽しめないこともあった。

 そんな私には、居酒屋さんの飲み放題というメニューは無縁のもの。

 ビールをジョッキ1杯以上飲むのは、私にとっては苦行。

 飲み放題プランで得することはない。

 飲み放題のプランのある居酒屋さんが多いってことは、それだけ需要があるのだろう。
 しかし、新聞で最近、こんなデータを見た。

 飲み放題と、飲み放題でない場合の飲酒量の調査結果だ。

 その調査によると、男子学生の飲み放題でない場合の平均酒量は、500?のビール換算で2.4本。

 それが、飲み放題となると4.3本で1.8倍。

 女子学生では、飲み放題でない場合が1.8本だが、飲み放題では3.2本の1.7倍となる。

 私は酒は飲めないから、飲み放題プランを注文したことはない。

 しかし、胃はいたって丈夫で、しかも、いやしくて、さもしいから、食べ放題は好きだった。

 ただ、食べ放題となると、もとをとろうと思って、というより、料金以上に食べて徳を使用と思って苦しいのをがまんして食べるので、人の3倍以上食べて島。

 食い放題の店は、そもそも味を売りにしている店ではないから、そんなに美味いものはないのだが、徳をしようという魂胆が勝ってしまって、途中からは胃の筋トレをしてるようなもの。
 
 時間が来て店を出るときには腹がはち切れそうで、苦しみながら店を出る。

 酒が好きな人の飲み放題も、私の食い放題と同じことなのだろう。

 食い放題、飲み放題は、人間がさもしい本性を暴露する、はずかしい場所なのだなあ。

2019年1月22日 (火)

おしどり夫婦の離婚

 面白い話を聞いた。

 鳥は、9割が一夫一婦制なのだそうである。

 しかし、巣作りや餌探しのときに風向が別行動を摂ると、すごい割合で浮気をするらしい。

 ちなみに、おしどり夫婦という言葉があるが、おしどりが同じパートナーと夫婦関係でいるのはせいぜい1年で、毎年のようにパートナーを変えている。

 おしどり夫婦と呼ばれる芸能人カップルが離婚すると世間は驚くが、おしどり夫婦だから離婚するのだとも言える、というつまらない話し。チャンチャン。

2019年1月21日 (月)

ギャー  今書いたブログが消えてしまった

 ギャー!!!

 今年は、ブログの更新を切らさないようにしようと思っている。

 書けなかった日は、後日埋め合わせをして更新しない日を無くしている。

 今日は、久々に悪徳不動産屋日記シリーズ物の記事を書いた。

 時間があったので、2000文字近くの長文になった。

 一旦書き終わって、下書き保存のボタンを押した。

 その瞬間、いつもにない表示が出て、書いた記事が消えてしまった。

 下書きに残っているかと、下書きのページを探してみたが、まったく残っていない。

 40分以上かかって書いた文章。

 同じことを書きたくはない。

 ココログを使っていて、何度か同じ経験をしているが、無料ブログだから文句は言えないが、いやになる。

2019年1月20日 (日)

若者に献血を義務づけるといい

 今日、献血に行ってきた。

 私は年に2回程度献血をしているが、人様のためという殊勝な心からではない。

 私は、この20年余り健康診断を受けたことがない。

 献血をすると、数日後に血液検査の結果が送られてくる。

 ALT γGTP 総蛋白TP アルブミンALB といった生化学検査項目が7項目。

 赤血球数、ヘモグロビン濃度、ヘマクリット値、といった血球計数項目が8項目。

 この血液検査が、かつてサラリーマン時代に受けていた日帰り人間ドッグでも血液検査をしていた。

 サラリーマンを辞めて、健康診断を受けることがなくなって気がついたのだが、献血をした後に送られてくる血液検査の内容は、人間ドッグでの血液検査と検査項目がほとんど同じなのだ(ような気がする)。

 幸い、私は親に丈夫に生んでもらったせいで、健康には恵まれている。

 それで大きな病気をしたことがないし、健康診断でひっかかったこともない。

 献血歴は30年以上になるが、ずっと、血液検査の各項目の数値が全部適正な基準値の範囲内に収まっている。

 たとえば、ALTってやつは基準値が8~49となっているのだが、私の数値は33から38。

 γGTPってのは基準値が9~68となっていて、私の数値は18~24。

 総蛋白TPってが、基準値が6.6~8.2。私の数値は6.6~7.5。

 これが、嬉しいくらいに安定していて、動かないのだ。

 前置きの話が長くなってしまったが、ということで、私は献血を健康診断代りにしている。

 献血の場所は、イオンの駐車場での献血バス。

 月に3回程度、日曜日に行われる。

 ライオンズクラブとかロータリークラブといったボランティアグループ等や企業の支援もあって、結構献血の協力者は多くて、いつも採血待ちの人が5~6いる。

 採血には10数分かかるから、1時間ちょっと待たされることになる。

 待たされていて思うのだが、並んでいる人の平均年齢は50歳から60歳ではないだろうか。

 若い人が少ないのだ。

 20代、30代の人を見かけることはめったにない。

 私の始めての献血は高校生のときだった。

 心臓弁膜症の手術をするのに24時間以内に採血した血液が何ℓかいるということで、高校に献血の協力要請がきた。

 今は

 昔は心臓移植までできるようになっていて、心臓弁膜症の手術などたいして難しい手術ではなくなっているようだが、当時はめったに行われない手術だったのだろう。

 爪楊枝くらいの太さの注射針をさされると聞いて、積極的に協力したいとは思わなかった。

 協力要請は、あくまでも任意で強制をするものではないという説明を受けたが、人命がかかっているという話を強調されて、断わり難い空気であった。

  私は、その後の高校生活中に、手術をするための献血協力要請を受けての献血を2度した。

 当時、具体的な手術を原因としたものではなく、保存血液が不足しているという理由で高校生の私たちに献血の協力要請が何度かあったような記憶がある。

 私の子供たちが高校生のときに、そんな話はなかった。

 たまたまなかったのか、それとも個人的な権利と保護者の意志を忖度して、学校として献血を強制するような話をしなくなっているのではないだろうか。

 それで思うことがある。

 はずかしながら私は、ボランティアとは無縁な役立たずではあるが、年に1回だけ、当地(宮崎県の北端の街・延岡市)の春の行事「延岡花物語」というイベントで、草刈隊として草刈を手伝わせてもらっている。

 この草刈に、地元に2つある大学の学生さんが多数参加しているのだ。

 その姿をみて、ボランティア活動をしていない私は、はずかしい思いをすると同時に、今の若者達は捨てたものではないと素直に尊敬の念を覚えた。

 その話を、私のまわりにいるボランティア無関係の役立たず達に話をしたところ、学生たちはボランティアをすると単位をとるのに加算されるという話をするヤツがいた。

 役立たずのヤツ等の話だから本当かどうかわからないが、もし本当であれば、献血に若者を呼び込む一つのアイデアがある。

 献血をした者については、成績に加算するとか、大学進学の際の内申書(なんてものが今はあるのかどうかわからないが)の加点事項とするという見返りをけつるといい。

 私のまわりにも献血未経験の者が少なくない。

 献血未経験の者は、あの、ぶっとい針を刺されるのが恐怖らしい。

 献血を経験してみると、採血の際の注射針は通常の注射針に比べるとずいぶん太く見えるけれど、痛みは通常の注射と変わらない。

 一度経験しておけば、献血に恐怖心はもたなくなるはずだ。

 高校の卒業記念献血とか、成人の日記念献血とか、若い内に1度献血を半強制するような制度を作ってはどうか。

 自主的な善意だけに頼っていると、そのうち必用な血液が枯渇することになりはしないか。

 献血車で採血の順番を待ちながら、そんなことを考えた。

 

 

 

 

2019年1月19日 (土)

薬に頼らずに血圧を下げる 薬を飲んだ方がいいのか飲まない方がいいのか どれが本当なのか  

 薬に頼らずに血圧を下げるためにジョギングをしていた。

 

 ジョギングの延長で青島太平洋マラソンで、フルマラソンを3度走った。

 

 3度とも、ジョギングを開始して3カ月で血圧が正常の高めに落ち着いた。

 

 去年、マラソンを走るのはやめることにして、ジョギングをウォーキングに変えた。

 

 去年、寒さが厳しくなってきてから血圧が高くなってきた。

 

 軽度高血圧の数値であるが、ときどき中度高血圧の数値になることもある。

 

 ジョギングをウォーキングに変えて、運動量が落ちたせいかと思ったりもするが、病院で治療を要するのかもしれない。

 

 高血圧は、動脈硬化、脳卒中、脳梗塞、心筋梗塞を引き起こすというのが医療界の定説である。

 

 しかし一方、血圧は気にせずほっておくほうがいいと唱える医者もいる。

 

 年をとれば、血管が固く細くなる。

 

 固く細くなった血管に血液を流すために血圧が高くなるのは必然的なこと。

 

 薬で無理に血圧を下げると脳梗塞を引き起こすという理論である。

 

 複数の臨床医師が、経験上の理論として、そんな本を出している。

 

 そんな意見を知ってしまうと、安易に薬を飲むのが怖くなる。

 

 政治の世界では、政界のトップである安倍総理にからむ、森友、加計問題での官僚の偽装報告があった。

 

 最近では厚労省の偽装統計。

 

 スズキ、トヨタ、イスズ、日産といった自動車トップ企業の偽装検査報告。

 

 原発事故では、メルトダウンをずっと隠蔽していた。

 

 耐震装置偽装問題。

 

 偉い人や、権限のある人の言葉が、インチキすぎで信じられない。

 

 しかし、医療のことは直接人の生き死ににかかわること。

 

 血圧の薬を飲んだ方がいいのか、飲まない方がいいのか、これが今日の私の「傘が無い」である。

 

 

2019年1月18日 (金)

なるほど いい曲 レモン 米津玄師 

 「レモン」という歌。

 えらい流行っているらしくて、最近の流行歌には疎遠になっている私ではあるが、耳にしたことはある。

 さらさらと流れるメロディーは心地いい。

「ゆめならば どれほど よかったでしょう  いまだにあなたのことを夢に見る」というフレーズは何度も聞いているのだが、それ以後の、歌詞が耳に入って来なくて、なにがいいのかわからなかった。

 昔みたいに歌番組が無くなって、どんな歌が流行っているのか知る術が無くなっている。

 それに、玄師っていう名前を、私が感覚的に受け付けなくて、まるまる聴いたことはなかった。

 夕方のニュースで、ニュースとして「レモン」のことが取り上げられていた。

 アナウンサーたちも、みんな絶賛していたもので、ユーチューブにあるかなと開いてみたら、あった。

 全曲聴いてみたが、メロディーはさらりとしていて気持ちがいいが、いかんせん歌詞がなんだか聞き取れない。

 それで、「レモン 歌詞」で検索すると、歌詞がパソコンの画面に現れる。

 パソコンの画面でレモンの歌詞をみながら、ユーチューブでレモンを聴く。

 なるほど、流行るはずだ。

 自分でも歌えそうなところもいい。

 ユーチューブで、右クリック、ループ再生にして、何度も聴いた。

 米津玄師の他の歌も聴いてみようと思っている。

 申し訳ないけどユーチューブで。

 

2019年1月17日 (木)

お疲れさま、横綱稀勢の里 感動をありがとう

 稀勢の里が引退を表明した。

 まことに残念。

 ネットニュースで、最弱の横綱なんて不埒なことを言う輩がいるが、ケガがなければ立派な横綱になっていた。

 冷静に、思い出してみるといい。

 横綱に昇進して初の場所、12日まで他を寄せつけない12連勝だった。

 横綱になって初の場所での12連勝は、歴代2位の記録だった。

 13日目の日馬富士との取組で寄り倒され黒星となったが、そのときに左方を負傷した。

 外見からもわかる大怪我だった。

 休場を勧める声もあったが、大きなテーピングをして強行出場。

 14日目の対戦相手、横綱鶴竜には一方的に寄り切られた。

 この時点で、一敗で並んでいた照ノ富士に逆転を許した。

 千秋楽は、ケガが悪化し、左の二の腕が内出血で黒ずんだ姿で照の富士との直接対決を迎えた。

 本割の相撲で勝って優勝決定戦に持込、優勝決定戦でも勝つことが優勝の条件だった。

 誰もが不可能と思っていた。

 ところが、本割では左への変化から突き落として勝利。

 決定戦では、双差しを許して土俵際まで押し込まれたが、身体を入れ換えて小手投げで、奇跡的な逆転優勝をした。

 新横綱傷心場所での優勝は、22年ぶり史上9人目の偉業だった。

 文字通り奇跡的な勝利は、日本中を感動させた。

 あの時の無理がたたったのだ。大胸筋断裂という大怪我をしていたのだ。

 次の場所から休めばよかったものを、その責任感の強さから、日本出身横綱への期待を背負い出場を続けた。

 それが、取り返しのつかないほど横綱の身体を痛めていた。

 最弱の横綱だのという不埒なことを言うヤツがいるが、稀勢の里が横綱となって初の場所の15日間を、冷静に思い出せば、自分の言葉を恥じるはずだ。

 稀勢の里関、お疲れさま。そして感動をありがとう。

2019年1月16日 (水)

稀勢の里 引退

 稀勢の里が引退。

 おつかれさまでした。

2019年1月15日 (火)

稀勢の里まさかの3連敗

 稀勢の里が3連敗。

 どうしてしまったのだろう。

 もう無理だろう。

 応援していたのだが。

2019年1月14日 (月)

成人の日

 正月が来たと思ったら、もう成人の日。

 私の世代では、いまだに、成人式は1月15日だというのが肌感覚。

 20年ほど前から、ハッピーマンデーなんて変な制度ができて、1月の第2日曜が成人式になった。

 何の利権があるのか、政治屋さんと官僚さんの意向で連休を増やす法律を創り出した結果だ。

 それでなくてもよだきんぼ(宮崎弁で、なまけもの) の私だから、正月ぼけが抜ける前に連休が来てしまう感じで、仕事に差し支えることになる。

 調子が戻る前に2月になって、あっというまに2月が終わり、ぼやぼやしているとすぐに次の正月が来てしまう。

 一休さんの正月は 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」が身につまされる。

 

2019年1月13日 (日)

際入幕の琴恵光白星発信はうれしい  稀勢の里は心配 ぼろぼろになって辞めることになっても拍手を贈りたい

 大相撲一月場所が始まった。

 今場所は、当地(宮崎県の北端の街・延岡市)出身の琴恵光が再入幕、そして稀勢の里の力士生命のかかる場所。

 相撲の放映時間は私は勤務中。

 いつもは、夕方のニュースで結果を見ることになるのだが、今日は、初日ということで生視聴

 郷土力士琴恵光は、いい相撲で勝ち星をあげた。

 初入幕のときと比べて、格段に力をつけているようで嬉しい結果。

 結びの一番が稀勢の里。

 しきりのときには、いつもより気合が入っているように見えた。

 結果は、惨敗。

 残念ではあるが、横綱の相撲には見えなかった。

 真面目な人柄で、人物的には好きな力士だから、悲しい。

 

 残りは14日もある。

 明日からの再起を祈る。

 ボロ負けしてずたずたになって辞めるのも、真面目な稀勢の里にふさわしい辞め方かもしれない。

 ボロボロになって辞めることになっても、拍手を贈りたい。

2019年1月12日 (土)

東京オリンピック招致 贈賄疑惑問題  久米宏さんは、2年前に贈賄だよねと笑っていた

 東京オリンピック招致贈賄疑惑問題。

 2年前に贈賄疑惑が話題になっていた。

 そのとき、「久米宏のラジオなんですけど」で、久米さんは「これは贈賄だよね。ヒァー ヒァー ヒァー(独特の笑い声)」と茶化していたよね。

 オリンピック招致に賄賂が飛び交っているのは、公然の秘密じゃないの?

2019年1月11日 (金)

パワータンクが製造中止になっていた

 巷では、ジェットストリームが一番人気のボールペンになっているようだが、私の一番のおすすめは「パワータンク」だ。 

 私が常用しているのは、持ち歩きに便利な「パワータンクスマート」

 よく見つからなくなるので、3本くらい常備してそれを併用して使っている。

 このところ2本なくして、1本しかなくなっていたので、追加購入をしようと思ってヨドバシカメラのネット店を開いてみたのだが、在庫がない。

 ヨドバシカメラは在庫がなくても取り寄せ注文ができるはずなのだが、取り寄せもない。

 パワータンクスタンダードはあるのだが、パワータンクスマートは無い。

 おかしいなと思ってAmazonを見てみた。

 あるのはあるのだが、価格がおかしい。

 一番安いものが2,117円。次が2,313円。その次が3,665円。

 なんと、19,124円。26,714円という出品もある。

 パワータンクスマートの定価200円だったはずだ。

 ひょっとして、製造中止になっているのか?

 三菱鉛筆のホームページを見てみたら、パワータンクスマートの掲載が無い。

 ただ、パワータンクスマートは生産中止にしましたという表示も無い。

 ググッてみたら、どうやら、一昨年の終わりくらいに生産中止になってしまったようだ。

 困ったことになった。私にとって、これに代わるボールペンは無い。

 生産中止になることを知っていたら、20本くらいまとめ買いをしていた。

 それにしても、金儲けに目敏い人がいるものだ。

 200円のボールペンが2万円もの値段で出品されている。

 2,000円ちょっとでの出品もあるが、1年前に200円だったものを2,000円で買う気はしない。

 でも、口惜しいけど、今持っているものが無くなったら2,000円でも買うかもしれない。

 とりあえず今持っているものを絶対に失くさないようにしよう。

 そんなことを思っていたが、ふとひらめいた。

 私が最後に、当地(宮崎県の北端の街・延岡市)の文房具専門店デサキで購入したのは去年のこと。

 まだ軸のカラーもいろいろあった。

 格別人気のあった商品ではないから、ひょっとしてまだ売れ残りがあるかもしれない。

 そう思って、すぐにデサキに行った。

 なんという幸運。ボールペンコーナーにパワータンクスマートが4本もあるではないか。

 デサキは常に2割引の店。

 1本160円。消費税込みで172円。

 当地のパワータンクスマートファンの方には悪いが、当然4本まとめ買い。

 無くしたら次は無いと心して、失くさないように気をつけて使えば、私の残りの人生には不自由しないことだろうと一安心。

 それにしても、ネットで商売している人の商魂のたくましさ。

 

 私も真似して、1本2万円で売りに出してみようかな。

 

2019年1月10日 (木)

隠しん坊

 我が家には隠しん坊がいる。

 一日に3時間から4時間は物探しをしているような気がする。

 私の物忘れのせいだと思っていたのだが、どうやら「隠しん坊」が私をからかっているようなのだ。

 使おうと思ったときに、使おうと思ったものが必ず見つからない。

 必用なときに必用なものが見つからないのは、私は、片づけが下手で、いるものいらないものも一緒くたにしてしまい込んでしまうし、なんでもポンとそこいらに置いてしまうせいだと思っていた。

 でも、今使っていたボールペンや、今はずしたばかりのメガネや、さっき机の上に置いたはずの車の鍵が、突然無くなってしまう。

 ボールペンを使っていて、それをちょっと置いて、パソコンに向って調べ物をして、もう一度ボールペンを使おうと思うと見つからない

 机から離れたことはないし、絶対机の上のどこかにあるはずなのだが、探しても見つからない。

 キーボードをどかしてみたり、机の上に散乱している書類や本の下になっていないか、書類や本を片づけたり、机の引出しの中も全部探してみるが見つからない。

 あきらめて、別なボールペンを使って、しばらくしてふっと気がつくと、探していたボールペンが目の前に現れる。

 物を隠す妖精や神様がいるという話があるが、そのせいにしたくなる。

 だけど、そんな妖精や神様がいるわけなくて、ようは私のうっかり置き忘れや、物忘れが原因だと思っていた。

 しかし今日は、物を隠す妖精か神様のせいではないかと思わざるを得ない体験をした。

 朝、事務所のシャッターを開けようとしたのだが、シャッター棒がない。

 シャッターを閉めたあと、シャッター棒はいつも同じところに置く。

 ただ、今までにも、ちょっと違う場所に置くことはあったが、それも大体いつも同じような場所で、すぐに見つかった。

 今日の場合は、ちょっと違っていた。

 事務所内を探し廻ってみたのだが、見つからない。

 そんなに広くもない事務所を、隅から隅まで探し回ったが、見つからない。

 夕方帰りにシャッターを閉めるときは、シャッター棒は事務所の入口に置いて、そのまま帰る。

 朝、シャッターを開けるときは、シャッター棒は事務所内のロッカーの脇に置くようにしている。

 シャッター棒を置くのはこのどちらかだ。

 この2カ所は、何度も何度も探したのだが無かった。

 当社はたかだか10坪ちょっとの小さな事務所。

 あるはずもないのだが、机の脇や、机の下まで探し回ったが見つからない。

 シャッター棒がないとシャッターを降ろすのには不便するので、ムキになって探しまくったが、どこにもない。

 とりわけ、いつもの定位置であるロッカーの脇は何度も調べた。

 ロッカーの脇には、箒や塵取り、掃除機、脚立も置いてあるので、その裏に隠れてないか何度も念入りに探した。

 見つからないことが無性に腹が立って、絶対に見つけるぞと思って40分くらい探し回ったが結局見つからなかった。

 ここまで探しても見つからないということは、シャッターを閉めた後、ぼーっとしていて事務所の外にシャッター棒を置いたままにしてして、通行人が持ち去ったとしか思えない。

 大層な道具ではないが、無いと困る。

 今日の帰りは、シャッターを閉めるときには脚立を使って閉めればいいけど、1日2日様子をみて、見つからないときはシャッター棒を買わないといけない。

 そう思って、あきらめて仕事についた。

 そして、夕方の閉店時。

 シャッターを閉めるために脚立を取りにいったら、脚立の手前にシャッター棒が立っているではないか。

 朝、3度も4度も探した場所。

 脚立の裏になっていないか脚立もどけて探した。

 その脚立の前にシャッター棒がたてかけられている。

 もう、これは、物を隠す妖精か神様のいたずらとしか思えない。

 私は、この妖精か神様を「隠しん坊」と名付けて、これから仲良くつきあっていこうと思っている。 

2019年1月 9日 (水)

悪徳不動産屋日記 力不足で説明できなかった

 昨日、今年年初の売買契約をした。

 中古マンションの売買だった。

 マンションは、区分所有の建物である。

 マンションというのは、1棟の建物に区分された数個の独立した住居、店舗、事務所があって、その各部分をそれぞれの目的としていて、専門用語では区分所有の建物と言う。

 一戸建の住宅と違って、占有部分と共有部分があり、区分所有者の権利義務については「区分所有の建物等に関する法律」という法律で厳密に定義されている。

 不動産の売買にあたっては、売買契約締結前に行う重要事項説明、売買契約書とも「区分所有の建物等に関する法律」の規定に沿った書面になるため、一戸建の住宅より記載項目が多くなる。

 管理費、管理規約等の説明も必用で、調査項目も多い。

 今回の契約は、当社は元付け業者(売主さん側の不動産会社)で、客付け業者さん(買主側の不動産会社)が買手さんについていて、買主さんとお会いするのは昨日が始めてであった。

 40歳前後の若い方で、銀行ローンも自分でネット銀行で借入を計画されているということ。

 おそらく、インターネット等で調べまくって、不動産の取引についても知識が豊富なお客さんだと思われる。

 それで、説明不足があると、厳しい指摘を受けることになるかもしれないと思い、重要事項説明も売買契約の読み合わせも、通常より時間をかけて丁寧に説明した。

 通常は1時間弱で説明を終え、書名捺印となるのだが、昨日は1時間半くらいかかった。

 お客さんは不動産の取引は始めてという人がほとんどで、詳細を丁寧に説明しても内容はよくわからないという人が多い。

 私は、特に金額と、取引の行程、それと解約条項だけは充分に理解していただくように説明をしている。

 説明が終って、「なにか疑問な点はありませんか」と質問はするのだが、質問されるお客さんは少なく、引き続き調印となる。

 しかし、昨日は違った。

 売買契約書の署名欄をひらき、「署名、捺印をお願いします」と署名をお願いしたところ、「えっ!この紙に署名するんですか?」と、署名しようとしない。

 、「はい。売買契約の内容の説明が終りましたので、ご納得いただければ署名をお願いします。なにか疑問がありますか。」と尋ねた。

 すると、「こんな普通の紙が契約書なんですか?」と言う。

 私にはお客さんの言葉の意味が理解できなかった。

 「はい。今説明したこの書類が売買契約書です。」と再度署名をお願いする。

 すると、不動産という高額の買い物の売買契約をするのに、契約書がこんなに普通のコピー用紙なのかと言うのだ。

 私の、37年の不動産歴で始めてのこと。

 「契約書の紙は、もっと特別なものではないのか」というのだ。

 特別な紙という意味が私にはわからない。

 お客さんのおっしゃっている言葉の趣旨がわからないから、答えようが無い。

 私が不動産業に入った30年以上前は、重要事項説明も売買契約書もB4の紙1枚に契約条項のすべてが記載されている簡素なものだった。

 それにカーボン紙をひいて複写していた。

 今の取引に比べると、不動産の取引はおおざっぱだった。

 その後、顧客保護と、顧客の権利意識の高まりで、不動産取引は年々厳しくなってきた。

 その結果、かつて1枚か2枚の書面ですませていたものが、重要事項説明はA4の用紙で9枚から10枚。売買契約書はA4で8枚から9枚という詳しく記載された書面に変わってきている。

 取引ごとに特約があったり、特別な取り決めも明記する。

 それをパソコンでプリントアウトしたものが売買契約書である。

 売買契約書だからといって特別な紙を使うことはない。

 お客さんの言わんとすることが理解できないもので、お客さんを納得させる説明ができない。

 それで、20年前に使っていた契約書を引っ張りだし、「昔は、契約書がこんな紙1枚で、契約条項もこんなに少なかったけど、今は契約条項が膨大で複数枚に及ぶのでコピー用紙になるんですよ」と説明した。

 今は、昔と違って契約を厳密にしているという説明をしたつもりだったのだが、昔の契約書を見せたことでお客さんの言っている意味がわかった。

 お客さんが昔、賃貸借契約をしたときの賃貸借契約書が、不動産会社が独自に作った賃貸借契約書で、印刷済みのものであった。

 昔のことで、カーボン紙をひいてつかうため、ツヤのある蝋紙みたいな用紙である。

 そのことだった。

 契約条項が少ないからページ数も少なく、画一的に作るので印刷屋で印刷して製本している。

 印刷屋で印刷しているというところを高級に感じているのだろう。

 そう思い込んでおられるものを、覆すことはなかなか困難。

 今回、売主さんは遠方におられて、私を全面的に信頼していただいているので私が売主の代理人としての契約。

 買主さんは私は今日が始めての面談で、私に信頼感が無いのも一つの原因かもしれない。

 どうしたものかと、客付け業者さん顔をみるが、用紙が納得できないということに対しての適格な説明はできないようす。

 私と同じく、売買契約書は、特別な用紙を使うことはないんですよという説明を繰り返すのみ。

 インターネットにも、契約書の紙の種類のことは説明されてなかったのだろう。

 お客さんを完全に納得させる説明は思いつかなかったが、なんとか署名、捺印をいただき契約終了。

 私の頭は大混乱。

 勉強不足の悪徳不動産屋であった。

 

2019年1月 8日 (火)

西野カナ、突然の無期限活動休止

 西野カナが突然の活動休止を発表した。

 はずかしながら、私は西野カナの、ささやかなファンである。

 年のせいで、最近の若い人の流行り歌は理解できない歌が多い。

 たとえば、去年引退が大きな話題になった安室奈美恵の歌の良さは、私には理解できない。

 もちろん、安室さんの歌が悪いのではなく、私の音楽力では安室さんの良さがわからないのだ。

 でも、なぜか西野カナの歌は素直に耳に入ってきた。

 私は、若いボーカリストで、いのものがかりも好きなのだが、西野さんの歌と、いきものがかりの歌は、私には同類項に聞こえる。


 西野カナの歌は、自身が作詞している。

 曲が、またいい。

 歌詞とうまく交わっている。

 おじいさんの域にある私の実生活にはまったく関係のない詞だが、その直接的な歌詞は、自分が若い女の子だったら、大ファンになるだろうなという内容だ。

 歌も上手い

 ユーチューブでだが、コンサートも口パクではない。

 顔も、美人過ぎず、けばくなくてかわいい。

 実は、こんなことを言ったら気持ち悪がられる話なのだが、初老のおじさんの私が、ときどき、密かに、乙女チックに、西野カナの歌を口ずさむことがあるのだ。

 こんなこと、唐突でどうでもいい話だけど、私にとって西野カナさんの突然の活動休止は、衝撃的なできごとだった。 

 

2019年1月 7日 (月)

1週間で美しい字が書ける

 新年は習い事を始める、良いタイミングでもある。

 きれいな字の手書きの年賀状をもらうと、自分も、「今年の年賀状には間に合わなかったが、来年の年賀状は手書きで」なんて思ったりする。

 そんな人をターゲットにした習い事の通信講座の広告も目につく。

 今日、目についた広告は、「1日10分 90日で美しい文字が書ける」というもの。

 アマゾンで、「美しい文字が書ける」で検索してみると、あるわあるわ。

 「7日間で」「1週間で」「30日で」「40日で」。

 期間はいろいろ。

 中には「一瞬で」というものさえある。

 私も字が下手なのが悩みで、過去に、「美しい字が書ける」本を何冊も買っている。

 しかし指にしみついた悪筆は、本の題名みたいに簡単には直るものではない。

 通信教育もやったが、手本をなぞって書くだけのことだから、本を買って練習するのと同じこと。

 書道教室に通って、その場で先生から添削を受ければ少しは上手になるのかもしれないが、この年になって子供たちといっしょに始動を受けるのもはずかしい。

 「1日3分で」「1日5分で」「1日10分で」というのはなんと魅力的なフレーズだろう。

 それは、「きれいな文字が書ける」というだけではない、「1日3分で」「1日5分で」「1日10分」で」「お腹すっきり」「やせる」し、「腰痛がなくなるし」「ひざが痛くなる」「血圧が下がり」「血糖値も下がる」

 架空請求詐欺ばかりが糾弾されるけど、医療・健康・美容業界は大手を振って闊歩している詐欺集団じゃないのかな、なんて思っちまう。

 

2019年1月 6日 (日)

まだまだ、気持ちは新た。

 去年の暮れ、バタバタと商談が進んで、年明けの8日にマンションの売買契約が決まっていた。

 年末、正月で役所も休みだったこともあって、と、役所のせいにしているが、自分がちゃんとしていないのが本当のところで、まだ契約書を仕上げてなかった。

 今日やっておこうと、事務所にでたのだが、不足の資料が多々あって、仕上げはできない。

 マンションの契約だから、管理会社に聞かなくてはいけないこともあるのだが、管理会社の担当者は休み。

 いつものことだが、私の怠慢を思い知る。

 ただ今年は、気持ちはまだ新た。

 まだ救いのある怠慢。

 明日、もれなく整えることにする。

 

 

2019年1月 5日 (土)

ボヘミアン・ラプソディ

 今日は、仕事を抜け出して、ボヘミアン・ラプソディを観に行った。

 

 ボヘミアン・ラプソディは言うまでもなく、クイーンのリードボーカル、フレディ・マーキュリーの伝記映画。

 

 クイーンが絶頂の時代、私は20代。

 

 高校生まで歌謡曲にしか興味がなくて、洋楽には一切興味がなかった。

 

 ビートルズが来日したときも、世界中が大騒ぎしているバンドが日本に来たというていどの認識だった。

 

 英語が苦手で、歌詞のわからない歌に興味が持てなかった。

 

ビートルズの良さもわからないまま卒業した。

 

 その後、ビートルズの良さはわかったが、他の洋楽には余り興味を持てなかった。

 

 ただ、深夜放送全盛の時代で、好きではなくても大ヒット曲は何度も耳にすることになって、多少は好きな曲もあった。

 

 クイーンもそんな時代に大人気のバンドだったが、私はオンタイムではファンではなかった。

 

 しかし、彼らのヒット曲はいたるところで耳にし、好き嫌いにかかわらず耳に残っている。

 

 不思議なもので、高齢者と呼ばれる年に近づいて、若いときにはさして興味をもたなかった楽曲を聴くようになった。

 

 クイーンもその一つだ。

 

 今は、ユーチューブで映像付の演奏が聴ける。

 

 なぜか、若いとき受け入れられなかった、ハードロック、ヘビーメタルが聞きたくなるときもある。

 

 そんなときは、ユーチューブでハードロック、ヘビメタで検索すると懐かしいグループがわんさか表示される。

 

 クイーン、レッドツェッペリン、キッス、セックスピストルズ。

 

 なかでもクイーンの曲は聴きやすい曲が多くて、ときどきユーチューブでかけっぱなしにしていることもある。

 

 そんな取り扱いをしていたクイーンの伝説的な映画が、当地(宮崎県の北端の街・延岡市)の映画館でも上映されている。

 

 去年から上映されているのだが、当初は日に4回上映されていた。

 

 封切りから一カ月以上経過しており、もう終っているのではないかと気になっていた。

 

 調べてみると、まだやっている。

 

 ただし、日に1回のみの上映になっている。

 

 まだ気持ちは正月気分。

 

 今日は土曜日だし、仕事にエンジンがかからないし、さっさと見ておこうと思って映画館に足を運んだ。

 

 何度か書いたことだが、当地には3スクリーンの映画館が1つあるだけ。

 

 邦画の話題作は比較的かかるのだが、洋画は話題になっている作品でもかからないことが多々ある。 

 

 私は、年に何度かは映画館に行くのだが、封切り勅語の超話題作でも、観客が数人ということが多い。

 

 ボヘミアン・ラプソディは封切りから1カ月以上経過している。

 

 上映開始時間は16時20分と微妙な時間帯だ。

 

 今までの経験から、観客はゼロに近いだろうと思いながら、場内に入って驚いた。

 

 なんと、ざっと20人以上の観客。

 

 ほとんど私と同年代。

 

 邦画でテレビCMで宣伝しまくった映画以外で、こんな観客数は経験がない。

 

 クイーンってのはこんなに人気のあったバンドだったのかと、今さらながらに思い知らされた。

 

 内容は、想像をうらぎる感動もの。

 

 全身を揺さぶられるような感動を覚えた。

 

 オンタイムではクイーンのファンではなかったのだが、なぜだか私の目から涙があふれた。

 

 とても内容を伝えることはできないが、絶対に、劇場でなければ良さを味わえない映画だ。

 

 上映されているうちにもう一度観に行きたいと思っている。

 

2019年1月 4日 (金)

仕事始め

 今日から仕事始め。

 去年の年末に、例年よりちょっと丁寧に大掃除をしていたので事務所がきれいで気持ちが良い。

 いつもより気分が新たな正月である。

 年末に計画していた仕事にとりかかる。

 溜め込んでいたしごとが多いもので、予定はぎっしりつまっている。

 頭の中では、ちゃっちゃと片づいていくと思っている簡単な仕事も、実際にかかってみると想定より手間がかかる。

 仕事がはかどらずに、年始早々ブログも切らしそうになる。

 新たな気持ちを切らさずに、まずはブログも切らさずに行くことを心がける。

2019年1月 3日 (木)

穏やかな三が日

 天気予報では、三が日は厳しい寒さに襲われるということであったが、予想に反して穏やかなお正月であった。

 風が無かったので、余り寒さを感じなかったのかもしれない。

 ともあれ、持って行った手袋は使わないまま正月旅行を終えた。

 通常なら天気予報がはずれたことに一言あるところだが、はずしてくれたことをありがたく思おう。

 今年は、年が変わった午前0時に地元の今山八幡宮に参拝。

 元旦は明治神宮にも参拝。

 2日は日光東照宮。

 3日は浅草寺。

 初詣三昧(ざんまい)のお正月。

 いい年にしよう。

2019年1月 2日 (水)

元旦の富士山

あけましておめでとうございます。

元旦の富士山です。

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2019年1月 1日 (火)

明治神宮 想定外の大混雑

現在4時。
この時間ならすいてるだろうと思って、明治神宮に来たのだが、想定外の大混雑。
原宿駅から明治神宮に入って、しばらくはスムーズだった。
途中でプツリ、一歩も進めなくなった。
人が多くて入場規制をしているようだ。
前も後ろもこの行列。
1546331066250.jpg
引き返すこともできない。
行列に並んでから、かれこれ45分。
あと30分くらいはかかりそうだ、
しっかりお参りしてこよう。

それにしても東京一極集中は加速しているようだ。

平成三十一年 元旦

 平成三十一年 元旦。

 あけましておめでとうございます。

 今、私の住む地の今山八幡宮に参拝してきた。

 毎年正月に旅行しているもので、初詣は旅行先の神社に参拝することが多かった。

 今年も、元日の朝の飛行機で東京に行き、明日は日光東照宮を参拝することにしている。

 日本の神様は心が広いので、どの神社に参拝しても罰は与えられないが、産土(うぶすな)神をおまつりしている地元の神社に参拝するのが礼儀だという話しを聞いたもので、年が明けると同時に今山八幡宮に初詣に行った。

 今山八幡宮は、我が家から歩いて五分くらいのところにある。

 十二時になる寸前に家を出たのだが、神社には参拝客が行列を作っていた。

 参拝客を整理する係の方に知り合いがいたので聞いてみたら、十二時から三十分くらいまで行列ができるが、一時には空いてくるとのこと。

 一番忙しいときに、おまいりに行ってしまって、ゆっくりお願いができなかった。

 去年は、一年が夢幻のごとく過ぎてしまった。

 一年の記憶がすっかり抜け落ちているような気がする。

 去年の年末に三日くらいかけて事務所の整理をしたが、放置したままの書類や仕事がわんさかでてきた。

 記憶喪失になっていた患者が記憶を取り戻したような感じである。

 年始は、いつも今年こそはと思うのであるが、今年はさらに強くそう思っている。

 「今年こそは」と言う年齢ではないが、「今年こそは」

 

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