« 2019年11月 | トップページ | 2020年1月 »

2019年12月

2019年12月31日 (火)

夜明け前の静寂

 紅白歌合戦が始まると、人の通りも車の行き来も少なくなる。

 私は今、事務所のパソコンの前に座っている。

 私の会社は延岡駅から徒歩5分ちょっとのバス通りに面しているが、人の気配は無い。

 車も通らない。

 この時間から除夜の鐘がなるまでの間が、一年で一番人通りが無くなる時間帯ではないか。

 紅白が終わり、「行く年来る年」が始まり除夜の鐘がなり始めると、初詣に行く人や車が動きだす。

 夜明け前が一番暗い。

 希望に満ちた賑々しい新年を迎える前の、一年で一番の静寂。

 来年をいい年にしたい。

2019年12月30日 (月)

それなりに

 今年も、残すところ今日と明日だけ。

 なんとか新しい年を迎える準備が終った(感じ)。

 段取りよく整理が終ったのか、はたまた、あきらめが早くなって潔くなったのか。

 来年は、ちょっと頑張ってみようと思っている。

 

2019年12月29日 (日)

ごこにいたっては

 今年も残すところ2日余り。

 ここにいたっては、もう繰り言を言わぬことにする。

 年末年始の数日間は、前向きに過ごすことにしよう。

2019年12月28日 (土)

今年も、「去年今年貫く棒の如きもの」

 今年もの残すところ三日余り。

 やり残していることが山ほどあって、泣きたい気持ちで辻褄合わせの付け焼き刃。

 ここに至っては、もうじたばたしてもしょうがない。

 毎度のこと。馬鹿は死ななきゃ治らない。

 まあ、なんとか取り繕って、来年に持ち越すことができた。

 年末のじたばたで、持ち越しできた仕事で年明けは忙しくなりそうだ。

 例年のことではあるが、私流の解釈の「去年今年連なる棒の如きもの」。ふー。

 

 

2019年12月26日 (木)

12月26日 今年は、いつもに輪をかけて

 この1週間、いつもの年に輪をかけて、どたばたしていた。

 いつものごとくに、やり残している仕事の始末をして、お歳暮を配って、年賀状を書かなくてはいけないのだが、それに加えて新たな商談が始まって、これがまた小さな土地の買収だったりして、収入的には貸家並の仕事で、しかも至急話をまとめてもらいたいというすこぶるわがままな依頼。

 所有者が市外におられるため、時間をとられる。

 日ごろお世話になっている方からの依頼だから無下にもできず、2度ほど所有者宅にお伺いしたが、あえず、電話番号もわからないので、緊急にまとめてくれという依頼であれば「やれません」とお断りした。

 結局、時間の猶予は認めるから、なんとか仕上げてくれとの依頼。

 そんな矢先に、「ふるさと納税」の相談。

 私は、悪徳不動産屋であって税理士ではない。

 悪徳不動産屋といえど、こう見えて(どう見えているかはわからないが)不動産にまつわる税金についてはちょっと詳しい。

 ちっと税金に詳しいからといって、ふるさと納税の相談は分野外。

 しかし、これまた、日ごろお世話になっているお客さんからの相談。

 しかも、ふるさと納税の恩恵を受けるためには、12月31日までに納税を終わらせなくてはならない。

 今忙しいからひまになったときにやってあげるというのでは役に立たない。

 えーい。しかたがないと、ネットでふるさと納税のお手伝い。

 そんなこんなで、この1週間インターネットをゆっくり開く時間もなかった。

 今、やっつけ仕事になったが年賀状の印刷中。

 メールボックスを開いてみたら、800通以上もメールがたまっている。

 おそらく、750通以上は私にとっては迷惑メール。

 ウインドウズ10に変えて、以前使っていたウインドウズのライブメールが使えなくなって、迷惑メールを仕分けできないままなので、すべてのメールが仕分けされずにたまり続けていた。

 メールチェックが終って、ブログの更新をしていないことに気付いて、自分のブログを見てみたら、なんと1週間も更新していない。

 ということで、「生きてますよ」の更新とあいなった。

 今年の年の瀬は、いつもの年以上にどたばたしている。

 まさに「しってんばっとう」である。

2019年12月20日 (金)

出すのが遅くなった年賀状を元旦に届ける方法

年賀状を元旦に届けるで検索する

 年賀状の受付が始まっている。

 25日までに差し出されたハガキは、間違いなく元日に届けてもらえる。

 毎年、余裕をもって年賀状を作ろうと思っているのだが、毎年、25日目前になってあわててとりかかることになる。

 22日か23日になってとりかかり、なんとか25日か26日に間に合わせるようにしているが、28日とか29日になってしまうこともある。

 通常の郵便は、市内であれば次の日に届けてもらえるわけだから、市内であれば29日に出せば元旦に届くはずで、実際29日に出した年賀状は元旦に届いたかどうかを、仲のいい友だちに確認したところ元旦に届いていた。

 私は、何の役にもたたないことには異常に興味をがわいて時間を費やすところがある。

 東京にの友人に出した分は何日くらいに届いたのか?

 電話して確認したところ、これも元旦に届いていた。

 Why?なぜ?どうして?

 そのとき、私なりに得た回答は、年賀状を出すときには当地の中央局である延岡郵便局の窓口で投函していたからではないかということであった。

 市内にある郵便ポストに投函された年賀状は、中央局に集められて配達先ごとに仕分けられる。

 仕分作業にまわってしまえば、すぐに配達先の郵便局まで届けられる。

 ながながと大仰に書きなぐってきたが、出すのが25日過ぎになってしまったら、まずは地元の中央郵便局の年賀状専用受付にだすこと。

 年末ぎりぎりになってしまって、それでもどうしても元旦に届けたかったら、配達先の中央郵便局まで行ってだすこと。

 年末ぎりぎりで大晦日になってしまって、それでもどうしても元旦に届けたかったら、車を飛ばして受取人の玄関先の郵便受けに自分で投函すればいい。

 徹夜で車を走らせれば、当地(宮崎県の北端の街・延岡市)からでも東京くらいだったら間に合う。

 てなことにならないように、明日明後日の週末をつかって年賀状を作製して、25日までに投函しましょう。

 

2019年12月19日 (木)

2人を殺し9人に重傷を追わせた傷害致死犯罪人である飯塚幸三は、なぜいまだに容疑者と言われないのか

 今週の週刊文春に、「池袋暴走 飯塚容疑者が私に語った弁明」という見出しの記事があった。

 見出は「事実と違う報道は大変残念」と続いている。

 私が、飯塚署外致死傷犯罪人をマスコミで容疑者と扱っているのを見るのは初めてのことだった。

 事実と違う報道とは何か。どんな弁明をしているのか。すぐに記事に目を通した。

 「インターネットで事実と違う報道がだいぶされたようなんで、それは大変残念に思っております」と弁明しているが、何がどう事実と違うのかは明確には弁明していない。

 マスコミが、事実と違うことを報道しようがない。

 母と子をひき殺し、9人の人に大怪我をさせた。

 映像で捉えられ報道されている。

 加工された映像が流されたわけではなく、まぎれもなくそれが事実だ。

 飯塚犯罪人は、文春の事実認定についての質問に対しては「現時点では差し控えさせていただきます」と繰り返すばかり。

(私は飯塚加害者を、あえて犯罪人と呼びたい。容疑者と呼ぶのは、判決が出るまでは推定無罪の考え方によるものだが、飯塚の場合は、2人を殺して9人の人を撥ね飛ばした映像があるのだから犯罪者には間違いない)

 「いま私の体調は、このとおりなので非常に辛い毎日を送っております。その点はよろしくお願いします」との弁。

 奥さんと子どもを殺されて、自殺まで考えるような辛い日々を送ってる被害男性の身を思いやる気持ちはまったく感じられない。

 あきれたのは、「高齢者にも(車を)必要とされる方々はたくさんいらっしゃると思います。安全な車を開発するようにメーカーの方には心がけていただき、高齢者が安心して運転できるような、外出できるような世の中になって欲しいと願っています。万が一の場合に、危険を避ける、避けられる車であって欲しいと思っております」とほざいていたこと。

 車を運転すべきでない状態で運転をして、2人を殺し、9人に傷害を追わせておきながら、安全な車を作らなかったメーカーに責任転嫁するかのような言葉である。

 しかも、このセリフは語気を強めてほざいたらしい。

 許しがたい発言である。

 飯塚犯罪人が逮捕されないことについての相次ぐ非難に対して、多くの法律家が「逮捕するのは、逃亡の恐れや証拠隠滅の恐れがある場合に限られるのので別段特別扱ではない」と「弁明」しているが、これこそが特別扱い。

 死亡事故を起こした犯罪者を逮捕していない事例をみたことがない。

 飯塚犯罪人に対する特別優遇措置には、とてつもない大きな裏が隠されているのだろうと思わざるを得ない。

 

 

 

2019年12月18日 (水)

悪徳不動産屋日記 不要なカレンダー

 先程、生命保会社の営業さんがカレンダーを持ってきた。

 昨日も、別な保険会社さんがカレンダーを持ってきた。

 そういえば、一昨日、損害保険会社の担当者がお歳暮とカレンダーを持ってきていた。

 今週は保険会社の週かな。

 昨日の保険会社のカレンダーはディズニーのカレンダー。

 可愛くて綺麗だからどこかに飾りたいのだけど、行事予定的な書き込みができるカレンダーを使っている。

 部屋にカレンダーを掛けるスペースが少ないもので、小さい女の子のいる甥っ子にやることにしている。

 年末になるとたくさんいだくカレンダー。

 どこの家庭だって、カレンダーは2せいぜい2つか3つあれば間に合うもので、それ以上は始末に困るようで、いつもこのシーズンになると、不要なカレンダーの処分方法を書いた私のブログのにアクセスが増える

 そのとき書いた不要なカレンダーの処分方法は、店頭に並べておいて、通りがかりの人で欲しい人に自由に持っていってもらうというものだった。

 しかし、これだと風の強い日には置けない。

 それで今やっている、不要なカレンダーの処分方法は、当社のお隣にあるスーパーマーケット「サンフレッシュむしか」さんの敷地内に設置してある銀行のATMの中に置いておくという方法だ。

 宮崎太陽銀行と延岡信用金庫のATMがあるのだが、このシーズンはどちらにも「自由にお持ちください」と、自社のカレンダーが置いてある。

 私いただいた不要なカレンダーは延岡信用金庫のATMに置かせてもらっている。

 信用金庫には悪いが、私が置いたカレンダーは次の日にいくと必ず無くなっている。

 それはそのはず、銀行のカレンダーは、カレンダーの上半分が写真やイラストで、下半分が1年分のカレンダーになっている1枚ものだ。

 私が置かせてもらっているカレンダーは、1枚に1ヶ月分か2ヶ月分表示の12枚綴りか6枚綴りのもので、図柄も凝っていて銀行のカレンダーに比べるとはるかに上等だ。

 延岡信用金庫には了解はとっていないが、延岡信用金庫とは付き合いが深いので苦情を言われることはない。

 以前は、私はカレンダーを持って来られたとき、使わないからもったいないのでいらないですと率直に伝えて受け取らないようにしていた。

 カレンダーなんて1つか2つあれば充分で、あとは裏をメモとして使うしかない。

 資源の無駄だと思い受取りをお断りするのだが、みなさん「そう言わずにと」置いていく。

 私は、自分の会社で大型カレンダーをお届けしていて、これが大好評なのだが、あるとき「かけるところがないからいりません」と受取りを断られたお客さんがいた。

 毎年楽しみにしていますというお客さんが多いものだから、いらない人はいないと思っていたもので、いらないと言われたときには多少ショックを受けた。

 そのとき悲しい思いをしたから、それからは自分がカレンダーをもらうときには黙って受け取ることにした。

 そして、不要なカレンダーは密かに前述のような方法で、必用な人に差し上げている。

 さらに私は、当社のカレンダーを配る際には当社の宛て先を印刷したハガキつけて、今後も毎年カレンダーを希望されるお客さんにはカレンダー希望として投函してもらうことにしている。

 カレンダーが不要な場合はハガキを出さなければ、そのお客さんにはカレンダーはお届けしないようにしている。

 私は悪徳不動産屋。不要なカレンダーをもらったら、とっとと人にやってしまう。

 カレンダーを希望しないお客さんにはカレンダーは差し上げない。だって当社の大型カレンダー、結構高いんですよ。

2019年12月16日 (月)

薬に頼らずに血圧を下げる ついに破れさることになった

 「薬に頼らずに血圧を下げる」ために奮闘努力していたが、ついに薬に頼ることになった。

 2年前に、血圧が高めであることに気がつき、運動と食事で血圧を下げてみることにした。

 ブログ内検索をしてみると、2017年2月1日にスタートしている。

 ジョギングを開始し、食事にも気をつけた。

 ブログのタイトルを見てみると、当初の2、3ヶ月は血圧が下がらずに弱気てなタイトルになっている。

 その後、成果が上がっていることを思わせるタイトルになり、5月2日に「一応の完結」のタイトルで、血圧が正常化したと書いている。

 その後、少々血圧が高くても気にしないでいたのだか、今年1月、久しぶりに血圧を測ってみたら、中度の高血圧の数値になっていた。

 それで、1月からウォーキングを始めた。

 過去に3度、血圧を下げるためにジョギングを始め、その延長で青島太平洋マラソンでフルマラソンを3度走ることになった。

 ハードな運動は体に悪いという節もあるので、寄る年波、今年はジョギングはやめてウォーキングにした。

 フルマラソンの練習をかねてのジョギングだと、足に負担がきて週に3度程度しか走れなかったが、ウォーキングだと体の負担が軽いので、週に4回から5回歩くようになった。

 しかし、今年はなかなか血圧が下がらなかった。

 それでも夏になると気候のせいもあって、正常値と軽度の高血圧の数値をいったりきたりする程度までは下がった。

 これならなんとか薬に頼らなくてもいいと思い、ウォーキングを続けてきた。

 ウォーキングだけでなく、血圧を下げるのにいいということをいろいろやった。

 食事では減塩。

 納豆。

 毎朝、黒酢を野菜ジュースにまぜたスムージー。

 アマニ油にオリーブオイル。

 DHAにEPA。

 血圧に良いというサプリメントもいろいろ試した。

 タオルグリップ体操。

 ふくらはぎ叩き。

 ふくらはぎ伸ばし。

 血圧にいいと言われることをは片っ端からやってみたので、血圧が下がったのはどれが効果があったのかわからない。た。

 しかし11月ころから、血圧が高止まりしてしてしまった。

 150台の後半と90台の後半ということが多くなってしまった。

 寒くなったせいだと思って、なんとか薬に頼らずに血圧を下げようと努力を続けてきた。

 しかし、5日前のこと、起床時の血圧がついに180を超す記録を出してしまった。

 したの血圧も110。

 何度も測り直したが、169の108程度しかならない。

 180を超す数値は1度きりだったが、その後も170前後と100前後の数値が頻発している。

 今朝も、起床時の最初の記録は179の110。

 血圧を下げる薬を飲むと脳梗塞になりやすいという節を説く医師もいるので、なんとか薬を飲まないで血圧を下げようと思っていたのだが、ここにいたっては薬の軍門に下るしかない。

 お付き合いいただいている先生に電話で相談したところ、すぐに来院しなさいとのことであった

 果たして、人生初めての定期的な服薬を受けることになった。

 人生で初めて、身体的に歳を感じた出来事だった。(思えばここまで病気知らずで、幸せなことだと変な実感)

 病院とは無縁の丈夫な体だけが自慢であっただけに、なんとも悲しい思いである。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年12月14日 (土)

裁判員は拒否する

 このところ裁判員裁判での判決が高裁で次々と破棄されている。

 裁判員制度は、「市民が持つ日常感覚や常識といったものを裁判に反映する」ことが大きな目的の一つであった。

 高等裁判所で、職業裁判官が、判例を超えた判決をすべて否定するのであれば裁判員制度は廃止するべきだ。

 裁判員裁判において死刑判決を下すにあたって、昨日まで一般市民として暮らしてた者が、裁判員という職責を押しつけられて、人を殺す作業を強要されているわけだ。

 悩やみに悩み抜いて死刑という判決に賛成した結果が、これはやりすぎだよと職業専門家に覆されたとき、裁判員は不法な殺人をすることになっていたのかもしれないと重ねて心に傷を負うことになりはしないか。

 私だったらそう思う。

 判決が判例を超えられないのであれば、判例を知り尽くした職業裁判官が裁判の責務を担うべきだ。

 前に書いたこともあるが私は、裁判員制度には大反対である。

 人の命を一般市民に人の命を奪うことを共用することは憲法違反ではないかとさえ思っている。

 裁判員制度は、自分から強い意志をもって超難関の試験を突破して職業として法曹の世界に身を置いている職業法律家が、その重責を一般市民にも担わせて、みずから責任を軽くしようという魂胆ではないのか。

 私は裁判員候補になったとしたら、強い意志をもって断固として拒否しようと思っている。。

 

2019年12月13日 (金)

馬鹿は死ななきゃ治らない 今年も残り半月

 なんだか夢の中を歩いているようである。

 気がつけば今年も残すことろ半月余り。

 なんとなく今年が終わりに近づいているなという感覚はあったのだが、今日お歳暮を配り始めて、あと半月しかないという現実が肌身に凍みて思い知った。

 なんとやり残していることの多いこと。

 将来に向ってやらなけれこばならないことも山積している。

 今年も残すところ、今日を含めて19日。

 馬鹿は死ななきゃ治らない。

 

 

2019年12月12日 (木)

萩生田文科大臣の大お手柄に感謝

 萩生田文科大臣の「身の丈」発言から、英語の民間試験活用が見送られた。

 そして、センター試験に代わる「大学入学共通テスト」の国語と数学で予定されていた記述式問題は導入延期が決まった。

 すべては萩生田文科大臣の「身の丈」発言に端を発した結果だ。

 複数の民間会社がそれぞれに行う試験の結果を、どうやって大学入試の採点基準を整える のか。

 もともと大学側からも多くの問題点が指摘されていたが、お上が決めたことを問答無用で押し進めていたことがあらわになってきた。

 騒ぎは広まる一方で、民間試験を試験を請け負う民間会社との政治家のキナ臭い話まで噴出してきた。

 どうみても仕事を受ける民間会社主導の構図が透けて見える。

 まずいと思ったのか、すぐに今年の導入の見送りがすぐに決定した。

 そんな騒ぎの中で問題が顕在化してきたのがセンター試験にかわる「大学入学共通テスト」の国語と数学の記述式問題。

 記述式の採点業務はベネッセホールディングスの子会社が受託している。

 騒ぎは大きくなり、記述式試験の採点基準について、採点者によって点数のばらつきがでるという、ごく当然の問題が指摘され、見送りが決定的になった。

 複数の試験実施機関が行う異なる40万人以上の試験結果を、どう扱えば公正な結果として反映できるのか。

 40万人以上の記述式試験の回答を、複数の採点者が採点すれば、どうやったってばらつきがでる。

 問題山積なのは素人が考えても明白。

 萩生田さんの「身の丈」発言がなかったら、こんな問題のある試験制度が実施されていたわけだ。

 萩生田さんの「身の丈」発言は、失言ではなく、最近稀に見るお手柄だといえる。

 いまや日本のマスコミは「総芸能レポーター」と化している。

 大衆の下世話な好奇心を煽る報道に身をやつしていないで、今回のでたらめな受験制度のように、知らない間に「粛々と」進められている、もっと本質の出来事を掘り起こして、大衆の注意喚起を促すべきだ。

 なぜかマスコミが大きく取り上げないが、日米貿易協定は絶対におかしい。

 

2019年12月11日 (水)

神隠し

 なぜか最近、物が無くなる。

 私は物を捨てられない性分で、不要な物も捨てることはない。

 今の、世のの趨勢は断舎利。

 不要な物は、とっとと捨ててしまえ。不要なものを溜め込んでいると必用な物がそれに紛れて見つからない。

 さらには運気も悪くなるらしい。

 わかっちゃいるけど、やめられない。

 私の場合は、何でも先送りしてしまうので、必用なものか不必要なものかを判断するのも先送りしてしまい、とりあえず何でも捨てないでとっているのだが、必用な物に限って見つからない。

 そして最近、頻発するのが神隠し。

 今も、ちょっと机の上に置いたはずの書類が見つからない。

 仕事上の書類に目を通していたのだが、内容がちょっと複雑だったので、あとでゆっくり見ようと思って先に簡単な片づけをした。

 そのあと、ちょっと置いたはずの書類を見直そうとしたのだが、見つからない。

 この間、数分なのだが、どこをどう探しても見つからない

 机の上、引出しの中、机のまわりの書棚と探し回るが見つからない。

 最近、たびたび起こる神隠し。

 一日の内、物を探している時間が何時間もあるかもしれない。

 探しても探しても見つからなくて、疲れ果てて、もういいやとあきらめてしまうと、なぜかふっと姿を表す。

 これは絶対に、神隠しなんだよなあ。

2019年12月10日 (火)

自分らしいオリジナルを作ることができるかな

 朝日新聞で子ども時代に性暴力被害を受け、深く傷つきながらも回復の旅を続けている当事者の方々が自ら語るという連載特集記事があった

 勇気をもって実名、それぞれの体験や思いを語っておられた。

 彼女(彼)等の心に受けた傷は、何十年経っても乗り越えられない記憶として心をむしばみ続けている。

 そんな一人から、こんな言葉があった。

 「ガラスが割れたら元には戻らない。でも、接着剤でくっつけたり、リボンを付けたりしてして、自分らしくオリジナルを作ることはできる。私の傷もそうやってつきあっていきたい」

 他人から心に大きな傷を負わされた人の言葉だが、人生の軌道をちょっと踏み外してしまったり、道に迷って彷徨っている人にも、力を与えてくれる言葉だ。

 「そのうち、そのうち
 できない理由をくりかえしているうちに
 結局は何もやらなかった
 空しい人生の幕がおりて
 頭の上に 淋しい墓標が立つ」
 相田みつおの言葉だ。
 私は30代のときに言葉に出会い、この言葉が脳味噌の中心に染みついている。
 
 そして今、まさに頭の上に淋しい墓標が立ちかけている。
 もう、淋しい墓標が立てられることから逃れられない年代になってしまっと、うちひしがれそうになることもある。

 そんな私に、性被害を受けて深く傷ついた人の言葉が力を与えてくれた。

 今からでも、「接着剤でくっつけたり、リボンを付けたりしてして、自分らしくオリジナルを作ることはできる」かな。

2019年12月 9日 (月)

悪徳不動産屋日記 ハードディスク流出 人間は性悪

 大量の個人情報の入った、神奈川県のハードリスク流出事件。

 悪徳不動産屋の私からみたら、関係者の考えは甘すぎる。

 人間を性善説で考えてはダメだ。

 人間の本質は性悪であると考えて、すべてのことに対処することによって、人間は平穏な生活ができる。

 マイナンバー制度が出来る過程で、個人情報の流出を心配する声に対して、当時の担当大臣が「公務員には守秘義務があるから絶対に個人情報が漏れることはない」なほざいていたのを忘れたことがない。

 人の口に戸は立てられないという言葉のとおり、噂話をしたり話をもらしたりすることは防ぎようがないのだ。

 さらには、人間は金の前には良心をかなぐりすてる。

 金目当てでの官製談合、公務員の情報漏洩なんて事件は掃いて捨てるほどある。

 日本国の一番偉い人だって、金の力には勝てない。

 私が物心ついてからの数十年の間にも、何人もの偉い人たちがお金のために情報を流したり便宜を図って、そして消え去って行った。

 最近では、まずい情報はシュレッダーで処分したり、電子データは削除したり、あるときは改ざんしたりすることもあるが、すべては人間の性悪に起因する。

 では、今回のハードディスク流出のような犯罪を起こさないようにするにはどうしたらいいのか。

 人間を信用してはいけない。

 絶対に犯罪を犯させないためには、二重三重のチェック態勢をとることだ。

 ただし、形式だけのチェック態勢ではだめ。

 人間は性悪だという強い認識のもとにチェック態勢を構築しなければならない。

 悪徳不動産屋の私を管理顧問に採用するといいのだ。

 

2019年12月 8日 (日)

沢尻エリカ 保釈 謝罪会見無し

 麻薬取締法違反で起訴された沢尻エリカ被告が保釈された。

 東京湾岸署の前には、保釈を待って200人以上のの報道陣が押しかけていたが、沢尻被告は署の地下から車に乗り込み、報道陣の前に姿を見せることなく走り去った。

 ワイドショーでは、沢尻被告に対して、「これだけ世間を騒がせたのに、報道陣を避けるようにこっそりと裏門から出るのはイメージ的に良くない」だとか、「誠意のある対応をとった方が、本人にとってもプラスに働いたのではなか」などという非難の声が多かった。

 しかし、そんなことを気にする必用はない。

 「これだけ世間を騒がせた」というが、テレビが世間を騒がせるように騒ぎ立てたのであって、世間が騒いだわけではない。

 謝罪会見をしたからといってテレビ局がかばってくれるわけではない。

 みんなで寄ってたかってなぶり殺しにするだけ。

 ーギャラで、犠牲を払ってマスコミの飯のタネになる必用はない。

 「イメージ的によくない」といっているが、謝罪してイメージがよくなるわけではない。

 「誠意のある対応をしたほうが、本人にとってもプラス働く」ことはない。

 テレビのってやつは正義の使者ではない。

 なかでも、ワイドショーってやつは、質の悪い悪の権化である。

 悪人が悪人づらして悪をするのならまだしも、正義面をして悪さをするから質が悪い。

 沢尻さんの今回の行動は正解だと思う。

 テレビの慰み者になるのは愚の骨頂。

  

 

 

 

 

2019年12月 7日 (土)

美容医療相談 男性2割 包茎手術・薄毛治療 女性より高額契約の傾向

 昨日のこと、朝日新聞の生活欄の「美容医療相談 男性2割」の大きな見出しに目がとまった。

 男も美容整形を時代になったんだ、と思って目をやると、「包茎手術・薄毛治療…女性より高額契約の傾向」とある。

 なに、朝から「包茎手術」の話題なんかするんかい。

 と思いつつも、人の不幸は蜜の味。包茎や薄毛で悩んでいる男がどんな被害に遭っているのだろう。

 記事に目を通してみた。

 「全国の消費生活センターに寄せられる美容医療に関する相談は、毎年2千件前後。その約2割が男性から」。

 「包茎手術や薄毛治療、ひげの脱毛などの相談が多く、契約金額が女性より高額になる傾向」なのだそうだ。

 中見出しに「強引な勧誘 検討慎重に」とあり、国民生活センターに寄せられた被害例が紹介されていた。

 20代男性は、7万円で包茎手術が受けられるとするインターネット広告を見て受診した。「今日施術しないと子どもができづらくなる。広告の施術だと手術痕が目立ち、術後にひどい腫れが出るおそれがある」と言われ、施術を追加した約140万円の契約を勧められた。

 断ろうとしたが減額を持ちかけられ、失敗例の写真を見せられて「写真のようにはなりたくないでしょ」とも言われた。強引な勧誘に男性は頭が真っ白になり、その日に施術を受け、計約130万円を支払うことになったという。

 この話を聞いて、私は数年前に私の友人がひっかかった詐欺まがいの蟹の押し売りを思い出した。

 友人が国道で車を走らせていたら、「カニ直売」「激安」のぼり旗と立て看板が、ずらりと並んでいた。

 数十メートルにわたって数十本ののぼり旗と手書きの立て看板。

 美味しそうな大きな蟹の写真の看板もある。

 なにごとかと思いつつ車を進めて行くと、路肩の広くなったところにトラックが停まっていて、縁台に生の蟹が並べられいた。

 大きな立派なカニの横には、「3杯(3匹)1000円」の大きな手書きの看板。

 こんなに大きなカニが1杯(1匹)300円?

 1000円なら不味くったってあきらめられる。そう思って、トラックのそばに車を横付けにした。

 漁師さんなのか、日焼けした迫力のある顔をした男性が「カニかい?」と声をかけてきた。

 こわい雰囲気を漂わせている。ちょっとまずいなと思ったが、1000円なら捨てても良い。

「このカニが1000円なの?」と聞いてみる。

 「ああ、そうだよ。でもねお兄さん。こんなカニ、身ははいっていないし、不味いし臭くて食べられないよ。どうせなら、これを買いなよ」と言って、荷台の中から別なカニを取り出し、「これは店で買えば10,000円くらいするけど、3000円でいいよ。どうせ食べるなら、美味いもん食わなくちゃ損だよ」と、紙袋に入れて差し出してきた。

 友人は、その迫力に、断ることもできずにそのカニを買ってきた。

 なんか騙された気分で、家に持って帰ったら奥さんに怒られるので、ここでみんなで食っちゃおうと私にも足を1本くれた。

 10,000円するカニだというのは嘘に決まっているが、それなりの味はするだろうと思いつつ、殻を割ってカニの身を取り出した。

 すると、異臭がする。

 腐ったチーズのような匂いというか、足の裏の匂いというか、臭くてとても口に入れる気にはなら
ない代物だった。

 結局、一口も食べずにゴミ箱直行となった。

 このときの被害は3000円。

 3匹1000円でつって3000円の搾取。

 新聞記事の医者の所業は、包茎手術7万円でつって130万円の搾取。

 インチキ医者に比べたら、インチキな蟹売り業者なんてかわいいものだ。

 3,000円なんて屁みたいなものだ。

 新聞でいくら注意喚起したところで、こんなときこそSNSを利用して、実名で公表すればいいのだ。

 嘘を書いたり誹謗中傷をするのはよくないが事実を公表するのはなんら問題ないだろう。

 その病院はホームページで宣伝しているのだから、その宣伝を拡散してあげるのは法的に問題ないだろう。

 そして被害者は、自分の体験を書けばいい。

 「7万円の広告につられて行ったけど、こんな経緯で、結局130万円かかりましたよ」と、自分の体験したことを事実のままに書けばいい。

 ただし、事実を決して歪曲してはいけない。

 敵は、詐欺まがい師といえども、一応医学部を卒業して国家試験に受かる頭脳をもっている。

 事実を歪曲したり、個人的感情で実際よりひどい表現をすると偽形業務妨害罪やら名誉棄損罪で訴えかねないですからね。

 こんな奴をのさばらしてはいけない。

 

2019年12月 6日 (金)

柿の種とピーナツの比率は何対何?

 柿の種とピーナツの理想の比率は何対何?

 亀田製菓がこんなアンケートを実施した。

 最多回答は「7対3」。25万5903票のうち約3割の7万5598票を集めた。

 第2位が「8対2」。4万8505票(19・0%)。

 第3位が「6対4」。4万5693票(17・9%)という結果だった。

 この結果を受けて、亀田製菓は長年続けてきた「6対4」の割合を改め、柿の種の比率を上げる検討に入るそうだ。

 私にとって、憂うべき結果だった。

 私は、「5対5」くらいがいいと思っている。

 だから、バターピーナッツの小袋を買って、柿ピーにピーナツを加えて食べることもある。

 柿ピーのカロリーは6袋入りの小袋1個が157キロカロリー。

 6袋入りの柿ピーを食べ始めると、全部食べきるまでやめられない。寝る前に

 そして必ず、飲み物は牛乳。1リットルパックを全部飲む。

 柿ピーが942キロカロリー。牛乳が大体660キロカロリーくらい。

 合計1600キロカロリー。

 これを晩御飯を腹一杯食べた後に食べるのだから、完全なカロリーオーバー。

 これにピーナツを加えると1000キロカロリーを超してしま。

 だから、「6対4」で我慢するようにしているのだ。

 私の好みからすると、「7対3」では辛すぎる。

 世の潮流に従って「7対3」で我慢をするか、それとも我慢できずにバターピーを買って加えて食べるか。

 私にとっては結構重大な判断なのである。

 でも本当は、この際柿ピー依存症から脱却すること。

 晩御飯の後、1600キロカロリーを摂取していては太るにきまっている。

 ちょっと油断すると2、3㎏太ってしまう。

 それに塩分の取り過ぎにもなってしまう。

 これじゃーいかんと、糖質制限食と摂食で元の体重に戻す。

 急に太った分はすぐにもとに戻るのだが、そうするとまた柿ピー&牛乳の日々。

このところ、そんなことの繰り返しをしてきていたが、「7対3」になったら、それを機会に禁柿ピーをするのも一計。

2019年12月 5日 (木)

寝てはいけないと眠い。寝て良いときは眠れない。

 今日は、公認 不動産コンサルティングマスターの専門教習で宮崎に来ている。


 不動産コンサルティングマスターとは、「不動産の有効活用や投資等について、高い専門知識と豊富な経験に基づいたコンサルティングを行うための一定水準以上の知識及び技術を有すると認められて、財団法人不動産流通推進センターに登録された人たちである」という資格だ。


 不動産業者は、どんなに経験や知識をお客さんに提供しても不動産の

売買や賃貸を成立させないと報酬が得られないというところから、コンサルティングでも報酬を得るために知識や能力を研鑽させるために作られた資格だ。


 資格を活用してコンサルティングで莫大な報酬を得ている資格者いるようだが、私は相変わらず無料で知識やアイデアを提供させられるだけのボランティアコンサルティングマスターである。


 この資格は5年に1度の更新があって、更新用件として専門教育研修が義務づけられ

ている。


 朝9時から夕方5時までの長時間にわたる講習で、今、昼食休憩である。


 朝9時からの講習のため、私は通常通り6時半に起き、8時の電車で宮崎に来た。


 昨日、日向延岡宅建協会の忘年会で帰りが遅くなって、寝たのが夜中の2時過ぎだってもので、午前中の講義は睡魔との戦いだった。


 不覚にも知らぬ間に、何度か寝てしまった。

 

 さて、昼休み。早々に食事を済ませ、昼寝をしようと思っていたの

だが、眠っていいよとなると眠くない。


 こんなものだなあ。


2019年12月 4日 (水)

悪徳不動産屋日記 同じ敷地内の家主と賃貸人②

 昨日の今日のことである。

 家主さんから電話があった。

 この家主さんは自宅の隣に2軒の一戸建の貸家を所有している。

 自宅も、貸家にしている2軒とも、それぞれ専用の駐車スペースがあり、庭付き立派な一戸建である。

 貸家にしている2軒とも別な所有者の持ち家だったが、家を買い換えて不要になったものをこの家主さんが買い取ったものだ。

 この3軒の家が利用している道路があって、家主さんの家が一番奥に建っている。

 最近、隣の借家人が車をもう一台買ったらしくて、その1台の車が少し道路にはみ出ていることがあって、自分の車の出し入れがしにくいので注意してもらえないかというのである。

 契約のときには車は1台しかとめられないということでせつめいしていたのだが、庭付きの1戸建ての家だから、少しつめて2台停めているのだそうだ。

 隣に暮らしている家主と店子である。

 自分の車が出しにくいときに、ちょっと移動してくださいと言えばすむ話である。

 相手が悪いのだから、注意すれば相手が恐縮して移動するだけのことだ。

 自分が困っているのだから、困ったときに、ちょっと移動してくださいと軽く声をかけられないのだろうか。

 相手も家主が迷惑しているとは思わなくて、悪気がないから停めているのだろうから、もう少しつめて停めてねと言えばいいのだ。

 相手に何かをお願いするとき、自分が強い不快感や怒りを抱いていなければ、さらっと口に出せるもの。

 この家主さんは、自分が車の出し入れをするたびに、腹立たしい思いをしていたのだろう。

 私は悪徳不動産屋。厭味たっぷりにそう言いたいところなのだが、電話で済む話。

 「伝えときます」と快く承った。

 こんな仕事を頼まれて一番面倒なことは、角を立てずに用件を伝えること。

 不動産屋から伝えると、そんなこと直接言ってくれればいいのにと、逆に腹を立てる人もいる。

 かくして家主と店子が不仲になり、またしても意図していない私が悪徳不動産屋の誹りを受けることになるのだ。

 さあさあ、気をつけて、角がたたないようにお伝えしなくては。

 ちなみに、こんなに気を使って、たまには逆ネジ逆恨みされて、当然のように依頼の仕事は無報酬なのである。

悪徳不動産屋日記 同じ敷地内の家主と賃貸人②

 昨日の今日のことである。

 家主さんから電話があった。

 この家主さんは自宅の隣に2軒の一戸建の貸家を所有している。

 自宅も、貸家にしている2軒とも、それぞれ専用の駐車スペースがあり、庭付き立派な一戸建である。

 貸家にしている2軒とも別な所有者の持ち家だったが、家を買い換えて不要になったものをこの家主さんが買い取ったものだ。

 この3軒の家が利用している道路があって、家主さんの家が一番奥に建っている。

 最近、隣の借家人が車をもう一台買ったらしくて、その1台の車が少し道路にはみ出ていることがあって、自分の車の出し入れがしにくいので注意してもらえないかというのである。

 契約のときには車は1台しかとめられないということでせつめいしていたのだが、庭付きの1戸建ての家だから、少しつめて2台停めているのだそうだ。

 隣に暮らしている家主と店子である。

 自分の車が出しにくいときに、ちょっと移動してくださいと言えばすむ話である。

 相手が悪いのだから、注意すれば相手が恐縮して移動するだけのことだ。

 自分が困っているのだから、困ったときに、ちょっと移動してくださいと軽く声をかけられないのだろうか。

 相手も家主が迷惑しているとは思わなくて、悪気がないから停めているのだろうから、もう少しつめて停めてねと言えばいいのだ。

 相手に何かをお願いするとき、自分が強い不快感や怒りを抱いていなければ、さらっと口に出せるもの。

 この家主さんは、自分が車の出し入れをするたびに、腹立たしい思いをしていたのだろう。

 私は悪徳不動産屋。厭味たっぷりにそう言いたいところなのだが、電話で済む話。

 「伝えときます」と快く承った。

 こんな仕事を頼まれて一番面倒なことは、角を立てずに用件を伝えること。

 不動産屋から伝えると、そんなこと直接言ってくれればいいのにと、逆に腹を立てる人もいる。

 かくして家主と店子が不仲になり、またしても意図していない私が悪徳不動産屋の誹りを受けることになるのだ。

 さあさあ、気をつけて、門がたたないよにお伝えしなくては。

 ちなみに当然、無報酬。 

 

 

 

 

2019年12月 3日 (火)

悪徳不動産屋日記 同じ敷地内の家主と賃貸人

 つい先日賃貸借契約をしたお客さんから、電話があった。

 12月1日から入居の契約だったので、入居が終ったばかりのお客さんだ。

 このアパートは家主さんの自宅と同じ敷地内にある。

 案内の際にも家主さんが立ち会って説明をされるもので、不動産屋は出る幕がなかった。

 家賃も家主持参で管理も家主さん自らが管理されるという

 家主さんが私の高校のときの部活の先生で、先日部活のOB会で数十年ぶりにお会いした際に、所有しているアパートがずっと開いたままになっているということで入居者募集の依頼を受けたものだった。

 預ったばかりの物件で、まだ物件の内容は承知していない。

 引越早々の電話ということは、なにか不都合があったか不明なことがあったのだろう。

 案の定、トイレの電球が点かないという。電球が切れているのだと思い、電球は変えてみたが点かないということだった。

 契約の際、当社は管理については依頼を受けておらず、管理は家主さんがしていることは説明してた。

 その際、、家主さんがすぐ隣におられるので、不具合がある時は直接家主さんに依頼してもらえばいいと伝えているつもりだったのだが、なかなか直接は頼みにくいのだろう。

 すぐに家主に連絡をとり、状況を伝え家主からの指示を待った。

 家主さんがかかりつけの工務店や電気屋さんがあるかもしれないが、手配できなければ私がお手伝いをするつもりであった。

 結局、家主が見に行って、近くの知り合いの電気屋さんに依頼するということであった。

 入居者さんには、その旨伝えて一件落着と思っていたら、その後また電話があった。

 今度はトイレの水が出ないというのだ。他にも、修理をしてもらいたい箇所があると言う。

 電球の件で電話をもらったときに、すぐに連絡をしておきますけど、家主さんが管理しているから、家主さんに直接言ってもらえばいいですよと伝えていたのだけど、不動産屋のほうが言いやすいのだろう。

 不動産屋というと、悪徳不動産という言葉もある通り、うさん臭い海千山千の山師的な職業のように言われてきた。

 だから、私は悪徳不動産屋と公言してきたのだが、いまや不動産屋は一番話しやすいスーパー便利屋さんに格上げ?されたようでお客さんの使い走りをさせられている。

 電気が点かない。

 エアコンがきかない。

 水の出が悪い。

 水漏れがある。

 トイレがつまった。

 隣の騒音がうるさい。

 隣の部屋ならまだしも、近所に騒音を出す人がいるので注意してくれというのもある。

 どこからか匂いがする。

 近所の犬の鳴き声がうるさい。

 道路の側溝の蓋がこわれている。

 近所に変な人がいるんじゃないか。

 虫が多い。

 セミがうるさい。

 私は電気屋さんでもないし水道屋さんでもない。

 市役所の環境課の職員でも無いし、土木課の職員でもない。

 市会議員でも、警察官でも、保健所の職員でもない。

 私は悪徳不動産屋なのだ。

 なんでもかんでもやらせないでくれ。

 そう思いつつ、すぐに対応してしまう情け無い悪徳不動産屋だから、これからもなんでも私の方に言ってくるのだろうなあ。

 

 

2019年12月 2日 (月)

道路交通法改正 ながらスマホ罰則強化

 今日、昼のテレビのローカルニュースで、当地(宮崎県の北端の街・延岡市)国道10号線で、軽乗用車が前を走っていた自転車に追突する事故を起こし、自転車に乗っていた女性が意識不明の重体になっていると報じていた。

 事故現場が放映されていたが、道路は国道で、通行量は多いが見通しのいい片側4車線の道路。

 自転車の飛び出しでの事故ならありえる処だが、普通に前方に注意を払って運転していたら、追突するような狭い道ではない。

 一瞬ひらめいた事故原因は、運転者がスマートフォンに気を取られていての前方不注意ではないかということだった。

 折しも、昨日から道路交通法の改正で「ながらスマホ」の罰則が強化されたばかりである。

 かくいう私も、車の運転中にスマートフォンを操作したことはある。

 事故は起こしたことはないが、数秒ずれていたら事故を起こしたかもしれないという経験はある。

 自分は事故は起こさないと思ってスマートフォン操作していたのだが、他の人のながら運転には危険性を感じていた。

 後続車や平行して走っている車の運転者ががスマートフォンを操作しながら運転しているのに気付いて恐怖を感じることが少なからずあった。

 勝手なもので人の運転には危険を感じるわけで、こう見えて(どう見えているかはわからないが)私は、自分を客観的に見ることができて、自制心が強い。

 人の振り見て我が身を正す。

 ここ数年私は、運転中にスマートフォンを操作することはしていない。

 私は、毎日ウォーキングをしているのだが、道路を歩いていてすれ違う車を注視していると、運転中にスマートフォンを操作していない人の方が少ない気もするくらいだ。

 歩いている人のながらスマホも多い。

 こちらが避けないとぶつかってしまいそうになることが度々である。

 人類に対するスマートフォンの浸食は尋常ではない。

 この度のながら運転に対する罰則強化で、罰金も違反点数も数倍に引き上げられている。

 しかし、内容はまだまだ手ぬるい。

 ながらスマホは即座に免許停止処分という規定にしてしまうべきだ。

 スマホゲームをしていた奴に殺されてしまった人が何人もいる。

 人の命に係わることだ。決して重すぎる罰則ではない。

 

2019年12月 1日 (日)

12月1日 今年最後の月の初日につき、とりあえず書く

 毎年、毎月のことではあるが、私にとって1日は特別な日。

 いいかげんに生きているが、いや、いいかげんに生きているからこそ、1日を特別な日に感じてしまうのだ。

 いいかげんに過ごしてきたことを反省し、新しい年、新しい月を迎えて、今年こそは、今月からはと気持ちを新たにするひなのだ。

 だけどいつも、三日坊主で終わるが、三日だけでも生活を改める方がいい。

 敗北感にまみれて、ブログを書くことから離れていたが、昨日、義務的に毎日書こうと思ったのに、早速初日の今日、穴を開けそうになってきた。

 気を取り直しての、瀬戸際での更新をする。

« 2019年11月 | トップページ | 2020年1月 »

2020年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
無料ブログはココログ