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2020年11月25日 (水)

三島由紀夫命日 没後50年

 1970年(昭和45年)11月25日。

 三島由紀夫が、市ヶ谷の自衛隊駐屯地で割腹自殺をした日だ。

 私は、そのニュースを学校から帰る電車の中で知った。

 事件が起こったのは、その日の午前11時くらいからのこと。

 三島由紀夫が自衛隊員を集めてバルコニーで演説したのが12時頃。

 演説をやめ割腹自殺をしたをしたのが12時20分くらいであった。

 私は何も知らないまま電車に乗った。

 まだ混雑前の3時か4時ころだったと思うのだが、吊革につかまり立っていた。

 すぐに、隣に立った人が開いている新聞の、バルコニーに立ち演説をする三島の写真と、「三島由紀夫官服自殺」の大きな見出しが目に飛び込んできた。

 私は、即座には実際に何が起こったのか理解できなかった。

 三島は憂国という彼の代表的な小説を、自ら監督・主演し映画化していた。

 壮絶な切腹シーンが話題となった映画で、これも私は見ていないが、切腹のシーンはグラビヤやポスターで何度も目にしていた。

 しかし、それも芸能人化した小説家のお遊びだと思ってた。

 本当にやってみろ。激痛に耐えて切腹などできるものか。

 私はそう思っていた。

 車内を見回すと、回りの乗客が手にしている新聞すべてが同じ写真と見出しだった。

 私は隣で新聞を開いている人の迷惑も顧みず、その新聞をあからさまに覗き込んだ。

 その人はいい人で、嫌な顔もせず私が読みやすいように新聞を開いたままにしてくれた。

 三島が軍服を着てビルの屋上で演説をしているのは市ヶ谷の自衛隊の建物のようだ。

 一瞬、次の映画の宣伝の写真家と思ったが、新聞を読ませてもらうと、市ヶ谷の自衛隊駐屯地で割腹自殺をしたことがわかった。

 私は、なぜか、「負けた」と思った。

 当時私が通っていた中央大学はお茶の水にあった。

 事件があった市ヶ谷はお茶の水から3つ目の駅である。

 こんなに近くで日本史に残るような大事件が起こっていたのに、私のまわりにはぜんぜんこのニュースは伝わってこなかった。

 電車が市ヶ谷駅を通過するとき自衛隊の建物の方を見たが、こんな大事件があったとはわからなかった。

 下宿のある高円寺駅を降りると、すぐに夕刊を買った。

 やはり三島由紀夫は自衛隊で演説した後、割腹自殺をしていた。

 部屋に帰ってテレビをつけると、すべてのチャンネルがこのニュースだった。

 私はなぜか混乱していた。

 そして意味の無い敗北感を感じた。

 三島由紀夫は、早熟の天才作家と言われ、ノーベル賞候補にもなった日本を代表する小説家だ。

 しかし、はずかしながら、私はいまだに三島由紀夫の小説を読んだことはない。

 読みもしないで、メディアに出まくる三島の言動を見聞きして、小説を書くことに行き詰って右翼的な過激な発言をしている目立ちたがり屋だと決めつけていた。

 割腹自殺という過激な幕引きを見せつけられ、私は三島の足の裏にも及ばない未熟な身で、なぜか「負けた」と思い、不遜にも敗北感を感じたのだ。

 その後も私は、三島の小説を読んだことはない。

 このところ新聞や週刊誌で三島由紀夫をとりあげた記事を目にすると思ったら、没後50年目の節目の年だった。

 遅ればせながら、三島由紀夫の代表作を二つ三つ読んでみようと思っている。

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