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2021年1月

2021年1月31日 (日)

睦月 晦日

 さすがに正月気分は抜けたが、今日で1月も終わり。

 月の終わりの日が晦日。

 ちなみに旧暦では1月は睦月。

 中学校の古文の時間をおもいだした。

 睦月、如月、弥生と続く。

 如月は、寒さが厳しくて着るものをさらに着る(重ね着をする季節)ということから如月となったという強烈な記憶があったが、なぜ1月が睦月なのかは記憶にない。

 ちょっと気になる。

 すると悪い癖で、即座に検索。

 1月は、正月に家族や親せきが集まり睦会うことから睦び月、睦月となったということらしい。

 明日からは、着更気の如月。

 暦に違って暖かになりそうだが、月の初日。ついたち。

 ついたちはご存じの方も多いことだろうが、「月立ち」からの言葉の変化。

 時間の素通りを、なんとか阻止せねば。

 まだまだ、倒れるまで現役。

 

 

2021年1月30日 (土)

言うまいと 思えど今日も コロナかな

 週末だもので、ワイドショーで今週のニュースランキングとか、検索キーワードランキングというものが発表されていた。

 いずれのランキングも、トップの半分以上をコロナに関連するニュースが占めていた。

 見まい、言うまい、考えまいと思っても、コロナの情報からは逃げられない。

 明日で1月も終わり。

 2月からは、コロナ以外の話をすることする。

 

 

2021年1月29日 (金)

昨日今日 貫く棒の 如きもの

昨日今日 貫く棒の 如きもの

今年も、早、一カ月が過ぎた

2021年1月28日 (木)

コロナぼけ?

私は、若いころは朝が苦手だったが、今は、何時に寝ても7時前には目が覚める。

今日も6時半くらいに起きた。

そして今、夜の11時35分。

ほとんど仕事らしいことはしていない。

といって、何をしていたのか。

朝起きてから18時間。

遊んでいたわけでもない。

すっかり時間が抜け落ちてしまった感じだ。

書きたいことはあるのだが、こんなこと書いたって仕方がないとおもってしまう。

なんだかんだで、全身コロナに翻弄されてはいまいか。

この3,4日、春のような暖かい日が続いていたが、外は急に冬の嵐のような風が吹き荒れている。

気温も急激に下がってきた。

厳しい冬はまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年1月27日 (水)

悪徳不動産屋日記 急ぎのはずだったのに

 一昨日の夕方、年末に退去したお客さんから電話が入った。

 このお客さんは、当初12月31日に退去したいという申し出のあった方だ。

 退去申し出の電話をもらったのは10月のことだった。

 早々の退去申し出だが、12月31日に退去立ち合いというのは私の40年の不動産業歴では初めてのこと。

 そもそも日本では、12月31日と1月1日は休日となっている事業所がほとんどだ。

 当地(宮崎県の北端の町・延岡市)の不動産会社のほとんどが、12月28日仕事納め、1月4日仕事始めにしている。

 当社も29日から休むことにしていた。

 そんな事情を説明して、28日までにはならないかとお願いしてみたが、予定は変えられないという。

 悪徳不動産屋としては頑として断りたいところであるが、賃貸借契約書に12月31日に退去してはいけないとは書いていない。

 ただ、退去立会だけなら、物件までの移動時間も入れても1時間もあれば終わる。

 どうしてもということであれば、お客さんの要望に合わせるしかない。

 退去の時間を聞いたら、まだはっきりしないが、夕方になるかもしれないとのこと。

 時間は、また後日連絡するとのこと。

 なんぼなんでも、それはないだろう。

 しかし、そこは悪徳不動産屋。退去立ち合いの一番の仕事は、鍵を返還してもらうこと。

 都合で原状回復については、後日見積もりをとってお客さんとの打ち合わせとなる。

 私は、退去後の流れを説明して、もし私が都合がつかない時は、鍵は玄関の郵便受けに落とし込んでおくように話をした。

 すると、後日電話があって、25日に退去となった。

 そのお客さんから一昨日電話が入ったのだ。

 まだ家主さんとの退去後の立ち合いができてなくて、敷金の清算が済んでいない。

 その件だろうと思ったのだが、違う要件だった。

 郵便物の転居届は出しているが、一部そのまま配達されている物があるので、取りに行きたいというのだ。

 年が明けて、7日にリフォーム業者さんにリフォームの見積もりを頼んだときに室内に入ったが、ダイレクトメール等には手をつけずそのままにしていた。

 その旨を伝えると、急ぐので、今から現地に来てもらえないかというのだ。

 そのお客さんの引越し先は退去した物件から比較的近いが、当社からは車で20分くらいかかる。

 夕方5時過ぎに電話してきて、いまからすぐにという依頼だが、私は夕方から出かける用事をひかえていた。

 今日、今からすぐというのは無理です。2~3日内に行って、届いている郵便物を持ってきておきますと答えると、すぐに欲しい配達物があると思うので、明日現地に来てもらえないかというのだ。

 悪い癖だと思うのだが、この言葉に私の悪徳不動産精神が沸き立った。

 「急ぎの書類なので、なんとかしていただけませんか」と言われていたら、明日時間を作って取りに行ったことだろう。

 退去後に自分の手続きが悪くて、どんな書類か知らないが、旧住所に届いてしまったのは当方の責任ではない。

 悪徳不動産屋といえども、頼みを断るのは苦手な性分なのだ。

 それを、自分の都合で、当然のようにあごの先で人を使うようなやり方には断固として協力することはできない。

 明日は、支払日の段取りで忙しいのだ。

 「申し訳ありませんが、明日は忙しくて時間をあわせられないと思います。お急ぎでしたら、鍵を預けますので取りに来てください。用意しておきます。ただし、取りに来る前に電話をしてから来てください。」と伝えた。

 果たして、次の日。電話もなく、鍵を取りには来なかった。

 そして今日、2日経ったが、連絡もなく鍵も取りに来ていない。

 急ぎの要件だったはずなのに、どうなっていることやら。

 また、悪徳不動産屋が善良なる消費者様を困らせてしまった。

 

2021年1月26日 (火)

鳥中華 1年待って食べてみた 想像通り 普通に美味かった。

「マツコの知らない世界」の棒麺ランキングで1位をとった「山形 鳥中華」が今日届いた。

               P1030728

                3袋 1220円送料込み 

 1年くらい前に、この世にこれほど美味いラーメンはないとばかりに、マツコ氏が大絶賛していた棒状麺の即席ラーメンだ。

 「マツコの知らない世界」でマツコ氏が絶賛した商品は、放送後すぐに品切れになってしまう。

 紹介された会社は大特需が起きる。

 どこぞの片田舎でほそぼそやっていた、製麺店の若社長はその後も売れ続けていてフェラリーを乗り回していた。

 とにかく、マツコ氏のコメント力がすごすぎる。

 それに加えて、マツコ氏の食べっぷり。

 絶賛しながら、あっという間に完食。

 私はいつも番組を見ながら、通信販売で手に入らないかスマートフォンで調べている。

 紹介されたほとんど全部の商品が通信販売をしている。

 しかし、これがまた、ほとんどの商品が品切れである。

 運よく、まだ売っていたよと思うと、通常価格の3倍、5倍の価格になっている。

 鳥中華もそうだった。

 通常の販売価格は一袋300円程度と思われるものが3袋で3000円とかで売りに出されている。しかも送料は別だ。

 これがすべて転売ヤーの所業かと思えば、そうとも言えない。

 目の前で放送中なのに、「『マツコの知らない世界』で1位になった」だとか「マツコ・デラックスさん大絶賛」だとかのキャッチコピーが付いて売りに出されてるのだ。

 取材は数カ月まえのことだろうから、それを知った関係者がここぞとばかりに高値で販売しているのだろう。

 送料分プラスちょっと高いだけなら心が動くかもしれないが、そんなべらぼーな値段の物は私は買わない。

 過去の経験から、私はマツコ氏が絶賛するほど感激しないことを思い知らされている。

 まずくはないが、番組出演者全員が大騒ぎするほど上手くはない。

 どうせ半年もすれば、騒ぎは収まる。

 落ち着いたころに、普通の値段で試してみればいい。

 何カ月も待ってようやく実食となる。

 しかし、毎度のことながら、マツコ氏のような感動を覚えたことはない。

 まずくはないが、若い人の言葉を借りて言えば「普通に美味い」だけだ。

 普通に美味ければまだましで、「普通に普通」と思うことも少なくない。

 マツコ氏や出演している芸人たちは、たったこれほどのものを天地がひっくり返るほど感激できる感受性を持っているのだろう。

 だからこその芸人(芸能人)として成功しているのだろう。

 そんな感動を感じる感性が無いから、私なんぞは、市井の民で終わるのだろうなあ。

 10カ月待って食べてみた「鳥中華」も、「普通に美味かった」。

 あえて言えば、麺のモチモチ感は良かった。

 

 

 

 

2021年1月25日 (月)

菅総理、確固たる意志を明確に表明するのはGoToトラベル事業の継続のみ

 菅総理、コロナ対策についての対策は不透明だが、GoToトラベル事業を続行することだけは明確に表明するなあ。

2021年1月24日 (日)

終活に流されるな

 一昨日の終活の話の続きだが、私も「終活」の流れに乗せられかけた。

 しかし私の仕事に定年はない。

 重い物を持つわけではないし、8時間ずっと体を動かして働き詰めでいるわけではない。

 お客さんが絶えず店を訪れてくるわけでもないし、一日に何件もの商談をするわけでもない。

 ボールペンで文字を書いたりパソコンノキーボードを叩く程度の力と、新聞を読んだりインターネットの情報を読み取れる程度の脳力と、人の言葉を理解し自分の考えを伝える程度の能力があればいい。

 できたら自由に歩くことができて、車の運転もできたほうがいい。

 つまり健康であれば何歳まででもできる仕事である。

 ただ、定年はないと自慢気に言っているが、早期リタイヤして遊んで暮らせるような余裕がないというのが本当のところ。

 一流企業に勤めていて定年退職を迎えて、生活のために働くことから解放されて「終活」にいそしむなんて贅沢な生活はやってられない。

 まだまだ現役で仕事をやらざるを得ないというのが現実なのではある。

 とてもとても、「終活」を趣味というか、生きがいという、とにかく終活を中心に生きていくことなどできない。

 一瞬、世間の流行りに乗せられて「終活」の勧めに乗せられかけたこともあるが、参考にすべきところはあるがすぐに「終活本」は「終活屋」さんのための本だと思いいたった。

 私は、20年前に独立して不動産屋始めた。

 そのときは、不動産の知識と行政書士の知識を使って、相続・遺言・健康、高齢対策についてのブログも書こうと思っていた。

 それでこのブログのカテゴリーにも、相続・遺言、高齢・介護、健康という項目を設けている。

 だから私、突然私が死ぬようなことがあった場合、家族が路頭にに迷うことの無いように必要最小限のことをエンディングノートに記載している。

 商売上の借金内容。その返済方法。

 対する資産の内容。登記識別情報(権利書)や銀行の通帳、印鑑。生命保険証書。

 クレジットカード、インターネットのID とパスワード。

 相続支援ブログで書きたかった大事なことは書き残している。

 「終活断捨離」を説くことを仕事としている人が、残される家族に迷惑をかけないように、んらない物を捨てることを残る人生の大目標にしているような本を書いているが、捨てることに全精力をつぎ込むのは愚の骨頂。

 負債と資産、クレジットカード、インターネットの情報ななど大事なものを明確にしておいて、残りの物は全部捨てもいいと割り切っておけばいい。

 時間が余っていれば不要なものを見直して捨てる作業をしてもいいが、まずはまだ残っている未来のために自分の時間を割くことの方が大事だ。

 終活断捨離本の餌食になっているご同輩の方々、趣味や好きな仕事があれば、そちらに時間をとって生きた方がいいですぞ。

 終活断捨離本に洗脳されて、趣味や好きな仕事を見失っておられる諸兄は、もう一度自分の趣味や、やりたい事を思い出して、長くはない将来にむかって楽しく生きた方がいいですぞ。

 

 

 のありかを明確にしておいて、それ以外の物は迷わず廃棄物業者にまとめて捨ててもらえばいい。

 私はブランド物や高級な時計や装飾品には興味がなかったし、またそんなものを変えるような経済状態でもなかったから、衣類や、身の回りの品は金目になるものはない。

 まめてゴミとして処分しなさいという指示はしている。

2021年1月23日 (土)

バイデン新大統領の就任演説が良かった

 トランプさんにズタズタにされたアメリカ合衆国。

 新大統領についたバイデンさんの就任演説が良かった。

 朝日新聞では2面を割いて、英文と日本語訳の両方を掲載していた。

 78歳と言うお年寄りで、認知も入っているのではないかと言う噂が飛び交ったりしていて大丈夫かと思っていたが、すばらしい内容のスピーチだった。

 オバマさんは、核無き平和を目指すというスピーチだけでノーベル平和賞をもらった。

 しかしオバマさんは、アメリカ大統領として自国の核を減らすことさえできなかった。

 バイデンさんのスピーチが生きることを願う。

2021年1月22日 (金)

 倒れるまで、年賀状

 ここ数年、いただく年賀状の中に、「寄る年波を感じるに至り 今年をもちまして 新年のご挨拶状を最後とさせていただきます 」という年賀状が1通2通と混じるようになった。

 今年は、最後通知の年賀状は4通だった。

 昨今の「終活」の流行で、年賀状のやり取りも整理しようという流れが広まっているようだ。

 本が売れない時代、インターネット、スマートフォンの普及で活字離れが加速している。

 インターネットの普及は、若者にとって情報は無料で手に入るものだから、わざわざ雑誌にお金を払って手に入れるものではなくなってしまった。

 終活まっただなかの団塊の世代が、出版業会の大きな消費を担っている。

 当然出版業界のターゲットは団塊の世代となる。

 ことに総合週刊誌の購買層は団塊の世代がその大半なのではないか。

 数年前までは、大衆週刊誌の代表である週刊現代と週刊ポストが「死ぬまでセックス」といった内容の中高齢者向けのセックス記事を競い合っていた。

 「70歳を過ぎても現役でいましょう」と煽っていたが、団塊の世代の多くが後期高齢者の年齢目前となり、セックス記事では売れなくなって、次に特集になったのが健康問題と相続。

 そして今とりあげられている最終的な特集が「終活」だ。

 不要なものはじゃんじゃん処分しなさいという指導の中で、「お付き合いも整理しなさい。お中前お歳暮をやめ、年賀状もやめなさい。」という指導もしてくれている。

 寄る年波で年賀状を作成するのも難しくなったという例文などが掲載されている。

 一枚一枚手書きで年賀状を作っている人にとっては、年賀状の宛名を書くことは大変な作業なのだろう。

 しかし、私がいただく年賀状のうち手書きは数通でしかない。

 年賀状ソフトに住所録を入力しておけば、パソコンが年賀状も宛名も自動的に印刷してくれる。

 年賀状作成を凝ったものにしないのであれば、年賀状作成の時間は宛名印刷までしても1時間もあればできてします。

 そんな心のこもっていない年賀状なんて意味がありませんよ。

 親しい友達だったら、スマホやパソコンを使ってメールやSNSのほうがいいですよ、というのが終活の教え。

 しかし、それは終活を指導することを商売としている人の弁だ。

 私は虚礼でも年賀状は続ける。

 虚礼であるからこそ、人の気持ちの中に深入りしなくて、気安く年賀状を出せる。

 そんな気持で出しているから、返信をもらわなくてもかまわず出し続ける相手もいるし、ストップしてしまう相手もいる。

 中には、30年来顔を合わせたことのないまま年賀状だけでつながっている友達が数人いる。

 「元気でやってますか」とか「いつかそちらに行ったら会おう」とか、学生時代そのままの見覚えのある文字が一言添えられただけの年賀状だけでの付き合いだが、30年振りにあったら、「やー。久しぶりだね。」と言えそうな気がする。

 取引をしたお客さんでも、こちらが勝手に思い入れのあるお客さんには、20年以上わたって勝手に年賀状を送り続けている人もいる。

 そんなお客さんに十数年ぶりにばったり出あって、こちらは思い入れがあるもので、「お久しぶりです。ご無沙汰しております。お変わりになりませんね。」と懐かしく声をかけたのに、相手は私のことを全然覚えてなくて、けげんな顔をして「どちらさまでしたかね」などと言われることもあるが、それもかまわない。

 年に1度、パソコンのプリンターが打ち出す時間が30秒余計にかかるだけの手間と、わずか63円の出費なのだから、自分がキーボードを叩ける間は、私は年賀状を出し続ける。

 こちらが義理と惰性で出している年賀状には返信が来ることは少ない。

 返信の手間をかけないのだから、迷惑をかけているわけではない。

 だから私は、「倒れるまで現役」を続けている間は年賀状も出し続けようと思っている。

 倒れたらそれまで。

 そもそも、まだ元気なのに、死んだ後の「終活」を残る人生の生きがいにして生きることに私は疑問を呈したい。

 やりたいことや、やらなくてはいけないことをやることが大事。

 終活はその合間に、残す家族やお世話になった方、そして数少ない友人たちのために、迷惑をかけないためのことだけをやればいい。

 

 

 

 

 

2021年1月21日 (木)

石破さんの悪口を言っていた私だが

 石破さんのふぐ会食を非難していた私だが、今日は断り切れなかった飲み会に出かることになっている。

 毎月1度、仲の良い同業者4人で食事会をしている。(他の3人は酒豪だが、私はアルコールは飲まないので、私は食事会である)

 今日の飲み会は一か月前に決まっていたのだが、宮崎県は1月9日から、宮崎県独自の緊急事態宣言が発令された。

 原則外出を自粛すること。飲食店の営業は8時の営業短縮を要請されている。

 当然飲み会は中止か延期になるだろうと今月の飲み会の幹事に電話したのだが、「なんで?何か中止にしなくてはいけない理由がある?」と一蹴に付されてしまった。

 「8時に店が閉まるわけだし、延期にしたほうがいいんじゃねえ」という私の言葉に、「開始時間を少し早めて8時で解散すればいい」と言って相手にしてもらえなかった。

 4人だからまだ言い訳もきくが、そんなもんじゃない。

 気の置けない間柄なので、「それなら俺は欠席するよ」と突っぱねてもよかったのだけど、4人だし8時までの1時間半くらいだから、まあいいかと出席することにした。

 先日石破さんを非難しているので、ちょっと気が引ける。

 断り切れないってこともあるのだなあ。

 納得していてはいかんよなあ。

 

2021年1月20日 (水)

トランプは地雷を敷設した。

 今日、日本時間では明日未明。

 アメリカ大統領が交代する。

 トランプ氏のモンスターぶりは辞めるときまで変わらなかった。

 彼の退任演説で一番気がかりなのは、「自分は大統領としての4年間でアメリカを回復させた。経済も、コロナ問題も私が再生の土台を築いた。それを引き継ぐ次の政権はアメリカをよみがえらせてくれるだろう」というような意味の演説をしていたことだ。

 そして彼は、「必ず、なんらかの形で帰ってくる」とも宣言していた。

 バイデンさんが新大統領になったが、トランプさんがかきまわしたあとのアメリカには問題が山積している。

 コロナ問題の解決の道は厳しく、世界経済がコロナ前に戻すことは誰が大統領になろうとも容易ではない。

 劇的な解決などあるはずがない。

 4年後。劇的な解決をはかれなかったことを指摘して、トランプさんが再生の土台を築いてバイデンさんに引き継いだのに、バイデンさんはなんにもできなかった。自分なら劇的な回復を成し遂げていたと、もう一度自分にやらせろ。という理屈で大統領選に出馬したら再度当選するのではないか。

 そんなことを想定しての演説ではなかったのか。

 心配性の私を不安に陥れるトランプさんの演説だった。

 

 

2021年1月19日 (火)

コロナワクチンの接種が始まる

 新型コロナワクチン接種開始が具体化してきている。

 来月下旬からの開始を目指して、新型コロナウイルスのワクチン接種を円滑に進めるために、新型コロナワクチン接種の担当大臣ポストを設けて河野行政改革担当大臣が起用されることになった。

 河野さんは医療の専門家ではないのだけど、特任大臣を新設しないとワクチン接種がスムーズに運営できないのかなあ。

 

2021年1月18日 (月)

「オリンピックは、なにがなんでもやる」しかないんだよなあ

 「オリンピックは、なにがなんでもやる「」って、森元総理が言ってるらしいけど、そりゃあやらんといかんよなあ。

 だって、オリンピックというのは莫大な金が動いているんだから。

 森さんは、「オリンピックを目指して厳しい練習を続けてきた選手がかわいそう」だというようなことも言っていたが、それはオリンピックを強行するための口実だろう。

 1980年にソ連で行われたモスクワオリンピックは、前年1979年12月に起きたソ連のアフガニスタン侵攻を非難するアメリカが各国にボイコットを呼びかけ、日本もそれに応じてボイコットに加わった。

 あのときの、金メダル間違いなしといわれていた柔道の山下選手が涙ながらに参加を訴える姿が忘れられない。

 選手のためというのは、権力者の権力行使に都合のいい時にだけ認められる小さな権利でしかない。

 そもそも選手のことを第一に考えるのであれば、夏の猛暑の中での開催はありえないだろう。

 選手のため、国民のため、あなたのため、と言う言葉は、すべて権利者の利益のためにある言葉。

 利権のためになるのであれば、無観客であっても、参加できない選手が多数出たとしても、オリンピックは強行開催されるのだろうなあ。

 コロナが終息しないままの開催となって強豪選手が棄権する大会になったら、地元開催の日本にとっては歴史的なメダル獲得数のチャンスになるかもしれない。

2021年1月17日 (日)

鼻出しマスクで共通テスト失格 なぜか鼻を洟だと勘違いしてしまった私

 夕方のテレビのニュースで、共通テストの会場で、マスクからハナを出していた受験生が、6回もの注意を無視してテストが失格となってという報道を聞いて、私はなぜか、「ハナ」というのを「洟」(鼻水)のことだと勘違いしてしまった。

 マスクから鼻水を垂らしっぱなしというのはどんな状態なのか。

 私はその姿を想像できなかった。

 第一、鼻水をたらしっぱなしでは気持ちが悪いだろう。

 注意されるまでもなく、なぜ鼻をかまないのか。

 マスクの中で垂れ続ける鼻水が顎の方から流れ出す姿を想像して、私の頭は混乱してしまった。

 ネットのニュースを見て、ようやく私の勘違いに気が付いた。

 夕方のニュースは、スマートフォンで調べ物をしながらテレビの音声だけ聞いていたのだが、それにしてもなんで「ハナをだしたまま」というのを「洟を出したまま」と勘違いしてしまった。

 ハナを出したままというのは、マスクで鼻を覆っていないということで、そんなことで失格にしてしまうなんて厳しすぎるという意見が飛び交っているのを見て自分の勘違いに気が付いた。

 「鼻出しマスクで失格」という見出しだけだと、「鼻出しマスクですぐ不正行為が認定され失格となった」と誤解した人も少なくなかったようだ。

 実際、フェイスシールドや鼻出しマスクの政治家の画像を張り付けて、「これは許されるのに受験生がダメなのはおかしい」と主張する人もいた。

 しかし、鼻出しマスクがすぐに不正行為と認定されたわけではないようだ。

 試験の注意事項には、試験会場においては監督者の指示に従わないことは不正行為になると明記されている。

 試験の注意事項には、試験会場においては監督者の指示に従わないことは不正行為になると明記されている。

 受験生は、地理歴史・公民、国語、外国語を受験していて、それぞれの監督者から鼻を覆うよう計6回注意され、成績が無効になるとも伝えられたが従わず、理由の説明もしなかった。

 6回目には、「次に注意された段階で無効になる」と告げられたが、それにも応じなかったため、「試験場で監督者などの指示に従わない」という要件に当てはまるとして、7回目に不正行為と認定すると伝えられ、すべての成績が無効になったということだ。

 マスクをすると息苦しいとか、なにか特別な理由があったにせよ、再三にわたる監督官の注意をひたすら無視し続けたということでは同情する余地はない。

 飛行機の乗客が、マスクを着けてくださいという乗務員の注意に従わず、飛行機が緊急着陸をしたという事件があったが、自己主張が強すぎてルールに従えないという、ややこしい希少種の存在は迷惑だよなあ。

 

 

 

 

 

2021年1月16日 (土)

人も車も見えない

 現在、夕方6時半。

 事務所のシャッターを降ろそうと外に出たが、人の姿が見えない。

 お隣の、スーパー「サンフレッシュむしか」さんと、斜め前のパチンコ屋さんの明かりだけが灯っている。

 どちらの店も、いつもより駐車場の車が少ない。

 周りのお店はシャッターを降ろしている。

 人が消え、車の通りも少なくなった町。

 夜の飲食街はまったくお客さんがいなくて、多くの店が休業している。

 宮崎県は今年にはってコロナの感染が急拡大して、県独自の緊急事態宣言が発令されている。

 ただ、幸いにも当地(宮崎県の北端の町・延岡市)では感染者の発生は、一日に二人か三人に抑えられている。

 発症者が少ないのは、当地が宮崎県の中心都市宮崎市や隣接権の大分県、熊本県との接続が悪いこと。

 そして、あらゆる交通の便が悪く、大都会からの人の流入が少ないこと。

 そして、外出自粛に従順に従うという当地の住民性によるところが大きいのだろう。

 はなはだ狭い了見だとは思うが、このまま感染が広がらないことを願っている。

 

2021年1月15日 (金)

坂上忍さんのコメントの炎上について思う

 15日放送の『バイキングMORE』での坂上忍さんの言動が話題になっている。

 この日、番組では長野市の加藤久雄市長が今月9日に市内のホテルで200人規模の企業の新年会に出席していたことをとりあげ、大人数の会食自粛などが求められているこのタイミングでの新年会出席にを批判していた。

 加藤市長は13日の会見の中で、600人の会場に200人の入場者だったことや、出入り口にサーキュレーターが置いていたこと、マスクを外すのは飲食の時だけだったとして、「非常に徹底した見本的な会食だった」と、感染対策がなされていたと説明していた。

 この加藤市長の発言に対し、坂上さんは苦々しい表情を見せ、「みなさんそうですけど、みんな言いわけ言うからね。その言いわけがまたみっともないんだよ!」と激怒していた。

「非常に徹底した、見本的な200人規模の会食だったそうです」と嫌味も飛ばしていた。

 しかし、その前に番組ではサッカー元日本代表で、ボタフォゴを退団した本田圭佑選手が、昨年末にブラジル・リオデジャネイロで自身の送別会を主催していたことを報道した。

 これに対し坂上さんは「(ブラジルの)国民の皆様も神経質になっていることは確か」と指摘しつつ、「(SNS上で)『後悔はしてない』と言いつつも謝罪はしてるんですよね」と発言していた。

 この坂上さんの対応の違いに、「人によって態度違い過ぎる」「政治家とスポーツ選手の違いはあるけど、コメントがまったく違うているではないか」「本田にはなんで甘いのか」と疑問の声が上がっていた。

 坂上さんの態度が、相手によって違うことはこれまでにもたびたび指摘されていることらしいが、坂上さんはジャーナリストでも政治経済評論家でもない。

 坂上さんは芸人だということを忘れてはいけない。

 彼は知識人としてコメントしているわけではない。

 強い者にも噛みつくという演技をしているけど、ちゃんと計算していて、本当に強い人とは仲良くお付き合いしているのだ。

 彼の言動は、お笑い芸人が常識外の暴言をはいたり、暴れまわったりして大衆を面白がらせているのと結局は同じなんだよなあ。

2021年1月14日 (木)

輸血の血液が足りない

 11日に、最後の献血という記事を書いた。

 来月、献血制限を受ける年になるのだが、ちょうど11日に私の自宅兼事務所のお隣の「サンフレッシュむしか」に献血者が来ていたので最後の献血をしたという話だった。

 本当は、献血についてもっといろいろな内容を書いていたのだが、書き終わって更新しようとしたときに操作を間違って記事を消してしまった。

 それで、書きなおしたのが11日のブログで、献血が最後になったことだけを書いていた。

 あのあと、全国版のテレビのニュースで輸血の血液が不足していると報じられていた。

 当地(宮崎県の北端の町・延岡市)の地元限定ローカル新聞「夕刊デイリー新聞」にも血液の在庫が不足している記事が1面で報じられていた。

 宮崎県でも、新型コロナウィルス感染拡大の影響で不足が常態化しているところに先週の大寒波で、開設できない献血会場が相次ぎ、在庫が急減し1100人分がふそくしているそうだ。

 献血に行くのは不要不急ではありません。

 「宮崎県 献血スケジュール」で検索すると献血車のスケジュールがわかります。

 若い人、(若くない人も)、献血に行きましょう。

 こわくない。こわくない。採血の針は、普通の注射針より少し太くてちょっとこわいけど、射すときチクっとするだけ。

 痛くない。痛くない。

 射した後は、注射液が入っ繰るわけでもないから無痛です。

 そして無料で健康診断もできますよ。

 何にも人のためにしていない私ができる、小さなボランティアと思ってやってきたただ一つのボランティア。

 若い人、若くない人、献血に行きましょう。

 なんかいいことしたみたいで、やみつきになるよ。

 

 

 

2021年1月13日 (水)

石破さん、あんたもかい。

 国民に外出自粛を強く要請している最中、石破さんが福岡で飲酒をともなう他人数の会食に参加していたと文春に報じられた。

 私は、石破さんは国民的感覚の常識の分かる政治家だと思っていた。

 大勢に流されず正論を主張する政治家だと思っていた。

 しかし、やはり特権の環境の中で目が見えなくなっている政治家でしかなかった。

 一人4万円のふぐ会席。

 文春の取材に対して、「それはだってあれでしょ。たくさん集まって酒を飲んで大騒ぎみたいなものは、今そんなことやっちゃいかんでしょうな。普通であれば、これから『じゃあもう一軒行くか』みたいな話だけど、そういうのは一切やらないと。みんな気をつけてますもん。集まって酒飲んで、わーわー大騒ぎなんてこともないでしょうよ」と、なんとも情けない応対をしている。

 常識のない、そこいらの飲み助が酔っ払って言い訳しているような回答ではないか。

 その後の文春が改めて石破氏に書面で事実関係の確認を求めたところ、参加人数や会合の目的などについて、「全体で約3名ずつの席が3つあった。」などと、馬鹿な飲み助が考えそうな子供じみた言い訳をしていた。

 私は、主流派に苦言を呈してきた石破さんは国民のことを見ているのだろうと思っていたが、石破さんのこれまでの発言も石破さん流の権力取得のための策謀でしかないことを知らされ、つくづく政治には期待できないと落胆させられた。

2021年1月12日 (火)

宮崎県 独自の緊急事態宣言

  宮崎県では、新型コロナウイルスの感染拡大を抑え込むため県独自の緊急事態宣言を発令している。

 9日から県内全域で外出の自粛や飲食店の営業時間短縮を要請している。


 宮崎県内では、7日、105人の感染が発表されるなど、今月に入って新型コロナウイルスの感染者が急増してる。

 宮崎県によると、8日までの直近1週間の、人口10万人あたりの新規の感染者数は、36.4人と首都圏に匹敵する状況となっている。

 こうしたことから宮崎県は県独自の緊急事態宣言を出し、9日から今月22日まで県内全域で通勤・通学や生活必需品の買い出しなどを除いて、原則、外出を自粛することや飲食店の営業時間を午後8時までに短縮するよう要請を始めた。

 JR宮崎駅前の大型商業施設は、通常の週末とは異なり、9日は3連休の初日にもかかわらず、人出は少なく閑散としていたということだが、当地(宮崎県の北端の町・延岡市)でも人出がめっきり少ないことを感じる。

 県は営業時間短縮に協力した飲食店については1日4万円の補助金を支給するというが、飲食店で働く人や飲食店に関連する業種への補助金は無い。

 当地の経済事情を考えると、店主一人、店主の家族だけでの飲食店だと、1日4万円以下の売り上げの店もある。

 そんな店にとっては十分な補助だといえる。

 しかし、数人、数十人の従業員をかかえる飲食店にとっては十分とは言えない補助金だ。

 当地の状況を見ると、店主一人もしくは配偶者での経営や、従業員は数人という店が多い。

 十数人、数十人の従業員のいる飲食店もあるが、そこに働く従業員のほとんどは、時給・日給のアルバイト、パートだ。

 接待をともなう飲食店といわれる、クラブ、ラウンジに勤務する女性は子供を抱えた単身女性が多い。

 飲食店の経営者も大変だが、そんな一番弱い立場の人を救う対策は考えられていない。

 食材を納入している、肉屋さん、魚屋さん、八百屋さん。酒屋さん、おしぼり屋さん、氷屋さん。

 飲食店時短の影響をうける商店への補助はない。

 かといって、県の財政にも限りがある。

 そんな中で、菅政権の迷走するコロナ対策に比べ、河野宮崎県知事の政策運営には覚悟を感じる。

 一番覚悟を持つべきは菅総理大臣。

 日本をどう救うのか。

 菅総理に覚悟を見せてもらいたい。

2021年1月11日 (月)

最後の献血

 今日、書いていたブログが書き終わる直前に、操作ミスで消えてしまった。

 結構な長文だったので、気力を失い、再度書き直す気にはなれず、かといって元旦から毎日更新していたので、更新をとぎらすのも業腹だ。

 ということで、書き出しと、締めの部分だけでも書いて更新することにした。

 

 ふと窓の外を見ると、我が家のお隣にあるスーパー「サンフレッシュむしか」の駐車場に献血車が見えた。

 私は、この1月中の献血が最後の献血となる。

 来月の誕生日が来ると、年齢制限で献血できなくなる。

 私が高校生のころに、心臓手術をする子供のための輸血が必要となり、当地(宮崎県の北端の町・延岡市)市内の高校生に献血要請があって、その要請に応じて献血をしたのが最初の献血。

 高校在学中に、もう一度同じく献血の要請があって献血した。

 以来、献血には抵抗がなくなって、いろんな団体からの呼びかけがあると献血に応じてきた。

 10年前、母が手術で輸血を受けたもので、その後はお礼のつもりで年に2,3回献血を続けてきた。

 それも今回が最後。

 私が最後の献血だというと、献血の受付をする人も、採血をする看護師さんも、「エーーー!ほんとうですか?」と、大げさに驚いて見せてくれた。

 この年(実年齢は伏せさせていただきますが、と言ってきたが、今回の件ではっきりしてしまいました)になると、お世辞でも若く見られるとなぜかうれしい。

 ともあれ、献血においては有終の美をかざらせていただきました。

 

 書きかけで消してしまったブログには、献血活動をしている赤十字社に最後の苦言を書いていたのだが、またの機会に提言させていただくことにする。

  

 今年からは、定期検診を受けることにするか。

2021年1月10日 (日)

悪徳不動産屋日記 専門家としての意見を聞きたい

 不動産の仕事に限らず、利害が対立する人が争いになるということは少なくない。

 昨日の、水道管の凍結による水道管破損の問題は、記録的な寒波が原因であって家主に過失があるとは言えないし、もちろん入居者の過失はない。

 私の頭の構造は非常に客観的に物を考えてしまうのが特徴で、入居者の立場になれば賃貸建物の修繕は当然家主がするべきものだから、家主が修理して当然だといえる。

 しかし、家主の立場で考えれると、テレビ等で記録的な寒波が到来するので水道管の凍結が予想されることは報じられていた。

 凍結を予防するために、水道の水をほんの少量でいいので出しっぱなし(鉛筆の芯くらいの細さでいいという意見もあった)すると凍らないという話が、あちこちの番組で紹介されていた。

 法律的には、入居者は善良なる管理者としての注意義務がある。(善管注意義務という)

 だから、水道の水を出しっぱなしにして、水道管凍結を防ぐ義務がある。それを行わなかったのは前回注意義務違反になるので、修理代は入居者が負担してしかるべきではないか。 

 修理代を払いたくない家主は、そう主張するかもしれない。

 私が相談を受けた場合、相談者の立場の意見と相談者の利益に反する相手方の立場の意見の両方の考え方を伝えてしまうからだ。

 その上で、どちらの意見に分があるかを説いていくことになる。

 ほとんどの人は、目の前の相談者の利益になる答えしかしない。

 相談というのは、ほとんどの場合自分の立場を肯定してもらいたくてするもののようで、反対意見を出すと不愉快な顔をされる。

 私が人に好かれないのは、私のそうした癖によるところが多い。

 賃貸借関係で、家主の負担になるか借主の負担になるか、契約書の内容や法律では決めきれないものがたくさんある。

 近隣トラブルや、人間関係でのトラブルも同じだ。

 相談は、スムーズに解決できない時にもちかけられる。

 そんなときよく使われる言葉が、「(私はこう思いますけど)専門家として、これが正しいですよね。」と言う言葉だ。

 私は悪徳不動産屋と自負しているが、少なくとも当地(宮崎県の北端の町・延岡市)では一番法律に詳しい不動産屋だという自負がある。

 だから、専門家として「これが正しいですよね」という質問に対しては、「専門家としては、あなたの話だけでは正しいとか、正しくないとかは答えられない」という答えしかない。

 しかし、「専門家として、あなたはどう考えますか」という質問に対しては、即答で私の考えをしゃべってしまう。

 これがまた、私が人に嫌われる原因なのだ。

 相談する人は、自分の考えが正しいという肯定意見を求めているだけなのだ。

 その意見に反する意見を伝えると、相談者は突如法律の権威者のごとくに豹変する。

 「それは間違っている。こうこうこうで。かくかくしかじかだから、私の考えが正しい」と自分の意見を認めないと許さないぞとばかりに私を責め立ててくる。

 その瞬間、私はすぐにブチ切れる。

 「私は、私の意見が正しいとは一言も言っていない。あなたの質問は『私がどう思うか』ということだったから、私はこう思うと答えたたけのこと。自分の意見を押し通したいだけなら、『どう思うか』という相談はしないことだ」と大声をだしてしまうことになる。

 (一つ教えておこう。私の法律知識を利用しようと思うのであれば、「こんな問題でもめているのだけど、私が有利に解決するにはどうしたらいいか教えてください」と相談をかけることだ。

 そうすれば、私は私の知識を総動員して相談者が有利になる解決方法を考える。

 私は、正義の使者となるべく法律を勉強したわけではない。私を悪徳不動産屋と呼ぶ善良なる消費者様が、身勝手で中途半端な法律知識で自分のミスを私に転嫁してくる。そんなとき自分の身を守るべく法律を勉強してきただけのこと。

 だから私は、自分に有利な法律的考え方を主張すると同時に、利害が対立する立場の人の考え方を同時に想定する癖があるから、相手の攻めてくるところを跳ね返す理論も構築する。

 「民事の問題は、利害が対立それぞれが身勝手に自分の意見を主張するわけで、主張を通したければ押し通せばいいだけのこと」

 「最終的に正しいかどうかを求めるのなら裁判で争うこと」だが、裁判となると相手からどう攻められるかも想定しておかないといけない。

 これは、若い時にディベート大会に出場させられて、学習ディベートのやり方を学んだことが役に立っている。

 つい自慢話になってしまったが本題に戻ろう。

 往々にして相談というのは自分が求めている答えを肯定してもらうためのものが多い。

 それは、不動産業に携わっていて常々感じること。

 政権政府の専門家会議の使い方も似ている。

 自分の都合の悪い意見は無視してとりいれず、自分の都合のいい提言は「専門家の意見にしたがって」とやってきた。

 さすがに、このところの新型コロナ感染の爆発的な拡大に後押しされて、専門家が政府の意向に反して強い反発をするようになったが、もっと早くやるべきだった。

 私が専門家委員会の一員だったら、委員会長や総理やそのた偉い人たちの立場を無視して、マスコミに自分の意見を喋りまくっただろう。

 何せ私は、悪徳不動産屋なんだから。

 

 

2021年1月 9日 (土)

悪徳不動産屋日記。水道管凍結。

 朝、出勤して、お湯を沸かそうとしたら水道の水が出ない。

 すぐに、水道管が凍結したのだなと思った。

 我が家は鉄筋コンクリート造4階建。3,4階が自宅で、1,2階を会社事務所として使っている。

 今朝は、ここ数年感じたこともない寒さで、布団から起き出すのがちょっとつらかった。

 朝のルーティンのシャワーを浴びて、コーヒーを飲んで事務所に降りてきたのだが、事務所の水が出ないのだ。

 事務所部分と自宅の水道管は別にしているので、事務所の水道管だけが凍結したのだろう。

 隣の店は、店の外に散水栓をつけているので、その蛇口を回してみたが、やはり水が出ない。

 やはり水道管の凍結だ。

 蛇口をひねるまでもなく、散水栓に置いてあるバケツに溜まっている水が凍っている。

 バケツは直径30センチくらいなのだが、溜まった水が全部氷になっている。その厚さ40センチくらい。

 今朝の寒さは記録的な寒さだったようだ。

 対策は、ひたすら凍結した氷が解けるのを待つしかないのだが、午前中の回復は無理だろう。

 我が家は、延岡市(九州・宮崎県の北端の町。北隣は大分県)の中心駅である延岡駅から徒歩で5,6分の街中にある。

 南国九州といっても雪が降ることもあるが、当地・延岡市は雪が降ることはない。

 市街地で水道管が凍結することは数年に1度のことだ。

 私は、長年不動産屋をやっているから、蛇口をひねって水が出ない事態に、すぐに凍結だと思ったが、凍結を経験したことの無い若い人は、水が出ない理由がわからず、うろたえることになる。

 今、9時半。

 そろそろ、水道が出ないという電話が入り出すことだろう。

 水が使えるようになるのは、水道管の氷が溶けるのを待つしかない。

 心配なのは、水道管の破裂だ。

 水が凍っている間は、凍結で水道管が破裂していてもわからない。

 氷が溶けると、破裂した水道管から水が噴き出すことになる。

 私は悪徳不動産屋。水道管の破裂は不動産屋の責任じゃないよ。

 なにごともないといいのだけど。

 

 作ったような話だけど、今、書き終わって更新ボタンを押そうとした瞬間に電話が入った。 

 家の外の散水栓の水道管から水が噴き出したているとのこと。

 最悪の事態。水道管の破裂だ。

 50歳代の方なのだけど、水道管の凍結は初めての経験らしい。

 元栓を閉めて止めるということも考え付かないようだ。

 考え付かないのことを責める気はさらさらない。水道管の凍結を経験したことがないというのだからした仕方がないこと。

 ただ、家のことでトラブルが起こったら、すべて、いきなり不動産屋に電話するという人が多い現実に対しては一言いいたい。

 ひどい例は、台風等で停電したときに、「電気が切れて使えない」と苦情を言ってくる人がいた。(1例ではない。過去に数例ある)

 停電は一部地域的だけの場合があるので、当方の電気はついていることもあって、電気が切れた原因がわからないときもある。

 それで、「窓の外を見て回りを見てください。隣の家や街路灯の電気はついてますか」と聞いてみると、「まわりの家も、街路灯もついていない」と平然と答えてくる。

 周りの家も電気が消えているということで停電の意味を納得できただろうと思ったのだが、それでも停電の意味が分からない。

 そんなときは、「それは、テレビのニュースなんかで報道している、停電というやつで、電力会社が修理して復旧するのを待たないとどうしようもないんですよ」と教えてあげなくてはいけない。

 私は悪徳不動産屋。そこまで言わなくてはいけないときには、実に厭味ったらしくなっているはずだ。

 

 でもねえ、これからさきの人生も、大小さまざまなトラブルはつきものですよ。

 家のことに限らず、トラブルに遭遇したら、まず自分で、何が起きて、どう処理したらいいかを考える習慣をつけないと生きていけませんよ。

 

 と、さっきブログを更新したのだけど、その後にもう一件水道管が破れて水漏れしているという電話が入ったので、コメント追加。

 

 その方は、まるで自分が被害者で管理者や家主が加害者であるかのような物言い。

 何度も言うが私は悪徳不動産屋。

 こんな言い方をされると、反撃したくなる。

 「お客さん。それは違うよ。水道凍結は自然災害。災害から身を守るのは自分の責任だよ。」とストレートに言いたいが、まずはぐっと我慢して、同様の内容を言葉を柔らかくして同じ意味を伝える。

 

 皆の衆。降りかかる災害のすべてを人任せではいかんよ。

 このことについては、私も菅総理の言葉にある「自助」の考え方が大事だなと菅総理を支持する。

 

 

 

2021年1月 8日 (金)

国民には外出自粛 飲食店には休業や営業は自粛を強要。 国民に犠牲を強いて、国会議員は自粛はしない。これが権力者の実態。

 緊急事態宣言で、対象地域の飲食店は休業や時短を強要されている。

 市民も外出自粛の要請を求められている。

 それなのに自民党の森山国対委員長は、国会議員が人と会わないことは無理。だから会食を止めることはできないが、会食する際は4人以内とすることが望ましいと発言した。

 「望ましい」とは、なんともゆるい規制。

 そして国会は休会。コロナ対策はストップさせるけど、個人的な会食は止めることができないというのか。

 国民に犠牲を強いているのだから、国会議員は範を示して「会食禁止。違反したら罰則。」とするべきだろう。

 こんな理屈が許されるのであれば、私は生活のために店を開けなけばならないから休業はしない。

 私は、どうしても友人との付き合いが大事だから会食はやめられない。

 それぞれが、それぞれの理屈で、好き勝手にしてもいいことになる。

 太平洋戦争の時も、戦争を指揮している偉い人たちは弾の飛んでこない安全な所にいて、兵隊や国民たちには「お国のために死んで来い」と砲火の中に飛び込むことを命じた。

 今はまだ、自由に物が言える時代。

 物が言える内に、権力者たちに怒りの声をぶつけ、権力者の思いのままの世の中になるのを阻止しよう。

2021年1月 7日 (木)

ついに緊急事態宣言

 地域限定ではあるが緊急事態宣言が発令された。

 年末から現在に至る感染拡大急増は、医療関係者が口を酸っぱくして停止を求めたGO TOキャンペーンを続けた結果だとかしか思えない。

 医療関係者が求めていたGO TOキャンペーン停止は、一切の旅行を禁止しろ、一切飲み食いには出るなということではなかった。

 国民に国がお金を出すからどんどん旅行に行ってください。みんなで飲み食いに出歩いてくださいという政策はやめるべきだということだった。

 こうなってしまうと、GO TO政策を批判するかのような報道をしているテレビも、GO TO キャンペーンによって普通泊まることできない高級旅館にこんなに安く泊まることができるという報道を繰り広げ、GO TOの後押しをしていた。

 人々は、実質半額を補助してもらえるのであれば、旅行に行かないと損だという気になった。

 東京や大阪から多くの人が地方に流れ、地方からは多くの人が東京に入ってきた。

 GOTOの実施によって、前年度より売上が上がったホテルや旅館がたくさんでていた。

 医療関係者が言っていたのは、そうなるから補助金を出して人を旅行に駆り出すことはやめてくれということだった。

 医療専門家の悲痛な叫びを無視して、「GO TO を停止するほどの感染状況にはない」といって人々を旅行に送り出し、飲食に駆り出す政策をやめなかった菅総理の言葉を忘れてはいけない。

 そして、それにテレビも加担していたんだということも忘れてはいけない。

 

 

2021年1月 6日 (水)

喪中の友人に年賀状を出していた

 今年になって初めて会った友人から、「年賀状をもらってたけど、うちは喪中だったから年賀状をださなかったよ」と言われた。

 そういえば、彼から年賀状が来ていなかった。

 「喪中だったから年賀状が来てなかったのか」。私は、友人の言葉を聞いた瞬間は、単純にそう受け取っただけだった。

 しかしすぐに、友人の言葉の真意がわかった。

 喪中なのに私から年賀状が届いたことを注意してのことだ。

 「ごめん。俺、年賀状出してた?」。うろたえて確認する私に、彼は「今年は、自分には年賀状が全然来てなかった。年賀状が来てたのは、あんたと〇〇先輩からだけだったよ」と返してきた。

 例年、いただいた喪中の葉書の置き場所を決めて保管しているのだが、今年は保管があいまいになっていた。

 それで、年賀状を作成するときになって、あちこちに散乱していた葉書を取りまとめたのだが、うっかり年賀状をだしてしまったようだ。

 ひょっとしたら、他にも間違って出しているものがあるかもしれない。

 この友人は、喪中に年賀状をもらって多少気分を壊したようだ。

 同じように気分を壊している人もいるのかもしれない。

 私は、彼には素直にお詫びしつつ、私が年末(12月10日)のブログで取り上げさせてもらった喪中の葉書の話を聞いてもらった。

 12月10日に書いたブログはこんな内容だった。

  『喪中の葉書は、身内に不幸があったので喪に服するために新年の挨拶をご遠慮いたしますという、年賀状欠礼の挨拶状である。

 つまり、「喪中なので年賀状はだしませんよ」ということなのだが、喪中の葉書を受け取った相手には年賀状は出さないというのが普通になっている。

 だから、喪中の葉書をもらっていた相手に年賀状を出してしまうと、お詫びの連絡をしなくてはならないのではないかと悩むことになる。

 今年いただいた喪中の葉書の中に、いただく年賀状は楽しみにお待ちしてます、という添え書きのあるものがあった。

 私が親を亡くした年は、年賀状は数通しか来なかった。

 毎年300通近くもらっていて、お正月はその全部に目を通すのを楽しみにしていたから寂しかった。

 次の年の年賀状も前に比べて少し少なくなっていた。

 前年にもらった年賀状を見ながら次の年の年賀状を出している人がいるのだろう。

 私が、「いただく年賀状は楽しみにしています」というアイデアを知っていたら、そうしただろう。

 この添え書きの良いところは、間違って喪中の相手に年賀状を出してしまった人の救いにもなることだ。』

 友人からの喪中の葉書に、「いただく年賀状は楽しみにしてます」の添え書きがあればどんなに救われたことか。

 私は、「いただく年賀状は楽しみにしてます」という喪中の葉書の添え書きを普及させたい。

 早く深く普及するように、日本郵便に提案したい。

 喪中の葉書に、「いただく年賀状は楽しみにしてます」という言葉を添えるのを広まらせて新たな慣習にしてしまえば、、年賀状の発行枚数が数十万、数百万と増えることになるのではないだろうか。

「嵐」に高いギャラを払って、年賀状を出す習慣のない人たちを取り込もうというCMを流すのも悪くはないが、年賀状を出す習慣のある人に喪中の人にも年賀状を出すことは失礼じゃないんですよというCMを作った方がはるかに効率はいいはずだ。

 日本では年間に150万人くらいの人が無くなっている。

 人が亡くなることによって、その人の親子、孫、兄弟姉妹、配偶者や配偶者の親子まで広げると、喪中となる人はその5倍以上の人数になるだろう。

 仮に5倍だと仮定すると、750万人もの人が喪中となるわけだ。

 それぞれの人が20通の年賀状をもらっているのであれば、喪中の人に年賀状を出してもいいという習慣を普及させることによって年賀状の売り上げは1億5000万通分、金額にすると100億円もの売り上げ増になる。

  郵便局の関係者の方が、私のこのブログを参考にして売り上げを伸ばしたときは、増えた売り上げの1%払ってくれてもいいのではないかなあ。

 せめて、「嵐」のCM出演料の10分の1くらいでももらえないかなあ。

 

 

 

2021年1月 5日 (火)

要注意!! 今年のカレンダーと手帳は自分で祝日を書き直さなければならない

 なんとなく聞いていたことだが、こんなことになっているとは思わなかった。

 今年のカレンダーは、自分で祝日を書き直さないといけない。

 今年のオリンピック開催に合わせて、7月と8月の祝日が変更になっているのだが、カレンダーや手帳には祝日の変更が反映されていないのだ。

 祝日を移動するためには法改正が必要なのだが、新型コロナのために急遽延期となった今年のオリンピックに合わせた法改正が成立したのが11月にまでずれ込んだからだ。

 カレンダーは前年の10月末くらいが納期となっている。

 前年の春くらいから政策に入っていることが多いから、11月になっての成立では間に合っていないケースがほとんどなのだ。

 去年もオリンピックのために祝日の移動を行っていたのだが、去年は予定通りのオリンピック開催だったため、すべてのカレンダーが祝日の移動を反映したものになっていた。(私は、そのことを今日はじめて確認した)

 新型コロナの影響でオリンピックの延期が決定したのが去年の3月末。

 祝日の移動については5月29日に国会に提出されていたのだが、6月までの通常国会で新型コロナ対策に関する法案を成立させると、引き続き国会を開いておくべきだという国民の声を無視して政府は国会を閉会した。

 その後、緊急時の対応について国会を開催するよう求める国民の声や野党の要請に、なぜか政権は対応しようとせず、体調不調を理由に安倍総理が辞任。

 辞任にともなう菅総理氏名のために臨時国会が召集されたが、これも3日で終了。

 やっとのことで10月に臨時国会を召集して、祝日を移動する法案が11月に成立、12月4日に公布された。

 新型コロナ対策を真剣に考えているのであれば、国会を閉じるべきではないというのは愚民でもわかること。

 それなのにあえて国民の声を無視して国会を開かないのは、つくじられたくないなにかに蓋をすることの方が大切だという判断からだったとしか感じられない。

 かくのごとくに、新型コロナという未曽有の緊急事態においても、その対策より政権運営に重きをおいた政策運営が、現在の日本の政治だということを改めて思い知らされた。

 ちなみに今年の祝日は、本来の7月19日の「海の日」がオリンピック開催日の前日の7月22日(木)に、10月11日の「スポーツの日」が7月23日(金)に移動。続く24日の土曜日と25日の日曜日とあわせて4連休となる。

 さらに、本来8月11日の「山の日」がオンリンピック閉会の8月8日(日)に移動し、9日(月)が振替休日となり、7日の土曜日から3連休となる。

 このことをご存じなかった方は、すぐにカレンダーを確認してください。

 7月19日、8月11日、10月11日は祝日の赤い文字で表記されているはずです。

 それぞれ「海の日」「山の日」「スポーツの日」の表示を消し、赤文字の数字を黒い文字で書き変えておきましょう。

 そうしておかないと、うっかり休んでしまうことになりますよ。

 次に、7月22日と23日、そして8月9日は赤い丸を付けるなり、別な赤い文字で日にちを書いた紙を張り付けるなりして休日とわかるようにしておいたほうがいいです。(なんの祝日かを知りたい人は、それぞれ祝日名も書き加えるといいです)

 そうしないと、祝日を忘れていて出勤してしまって、会社が閉まっていたということになりますよ。

 

 カレンダー書き換えは、とんだことで、臭いものに蓋の政権運営をさらしてしまったよなあ。

2021年1月 4日 (月)

緊急事態宣言「発出」

 菅総理が今日、年頭にあたっての記者会見で、新型コロナウィルス対策の一環として緊急事態宣言を発出することを検討すると表明した。

 いつもながらキレの悪い発言だ。

 経済を止めることをなんとか先延ばししたいという意向が見え見えで、またしても、感染拡大により追い込まれてやむを得ずの緊急事態宣言発出となった。

 多くの専門家からの早めの緊急事態宣言をするべきだという声を無視し続けていて、経済活動を止めてはならないという意思が固いのかなと思っていたら、急激な支持率低下の流れに押されて緊急事態宣言を「発出」することになりそうだ。

 専門家と言われる人たちも、新型コロナを扱うことについては初めての経験で、こと新型コロナに対しての専門家と言える人はいないのではないないのだろうか。

 従来の感染病の専門家たちが、従来の知識の中から新型コロナについての対策を予測しているのであって、確定的な正解を導ける専門家はいない。

 そんな中で政策のかじ取りをすることは大変なことだが、政権が、利権集団の意見や大衆世論のことばかりを気にしての政策運営をしているように見えるから国民の不満が積もるのではないか。

 私の素人考えでは、新型コロナの感染拡大地域からの移動と、感染拡大地域への移動を制限することが重要課題ではないのか。

 実際、当地のような地方都市では感染者数は低い水準のままで推移している。

 感染者が発生した場合、その大半が感染拡大地域からの移動、若しくは感染拡大地域へ訪問したことによるものだ。

 全国を一律に緊急事態下に置くのではなく、感染拡大地域からの移動と感染拡大地域への移動について検査体制を集中することが解決の策ではないのだろうか。

 一方、国内での外出自粛を強調しながら、外国からの流入についての制限が甘いのではないか。

 変異種のウィルス拡大が問題視されているイギリスからの帰国者が、帰国後数日たって発症してる例が散見されている。

 外国からの入国については、空港での検査で陰性の場合はそのまま入国となり、その後は自己観察にまかされている。

 驚くべきは未症状の陽性の場合、2週間の隔離を要請するが生活については強制していないことだ。

 陽性患者の行動は自由である。

 一律に緊急事態宣言を「発出」し、すべての国民の行動を規制し経済活動を止めてしまうべきではない。

 ただし、人に感染させる恐れがある事態に対しては厳格に隔離対策をとるといった、めりはりのある対策が必要だと素人の私は考える。

 

 それにつけても、突然発出された「発出」という言葉。

 従来であれば緊急事態宣言は「発令」されるものであった。

 辞書を引いても、「発出」は緊急事態宣言を「出す」という意味に使うにはそぐわない言葉である。

 新型コロナ感染拡大の緊急事態に及んで、「発出」などという意味の分からない言葉を使うという姿勢は、問題の本質をはぐらかしているようにしか私には見えない。

 やはり、緊急事態は「発令」という言葉がふさわしいと、私は思う。

 

 

2021年1月 3日 (日)

再び、「倒れるまで現役」

 去年、年頭の目標に掲げた「倒れるまで現役」。

 気を新たにして新しい年を迎えたことろに、新型コロナ騒動が勃発した。

 毎年、毎年、新年に掲げた目標も一カ月もすると見失ってしまってきたが、去年は新型コロナで例年に増して迷宮に迷い込んでしまった。

 「倒れまるで現役」を続けるのは簡単なことではない。

 新年、明日が仕事初め。

 再び、「倒れるまで現役」。

 

 

2021年1月 2日 (土)

人のいないお正月

 元旦二日と、お正月の番組編成のせいで、いつもの番組が無いせいで曜日の感覚がない。

 いつも見ている、朝、昼のワイドショーも、夕方と夜のニュースショーも見ていないので、静かなお正月だなという気になっていた。

 しかし、年末から新型コロナの感染者数が拡大しているというニュースが飛び交っていたせいで、当地(宮崎県の北の街、延岡市)も人通りが少ないのだろうとは思っていた。

 ニュース番組を見ていないせいもあって、感染者の少ない当地ではまったく緊迫感はなかったのだが、ケーブルテレビのニュースチャンネルを見てびっくりした。

 なんと、東京、神奈川、千葉、埼玉の1都3県の知事が、政府に緊急事態戦前を要請している。

 医療提供体制がひっ迫しているとのこと。

 しかし、年末からの感染者急増の報道のせいで、帰省者で混雑する新幹線や飛行機の乗車率は50%も減り、拡大地域の大都市での人出は激減している。

 心配していた有名寺社の参拝客も激減しているようで、毎年300万人以上の参拝客がつめかける明治神宮、成田山の参拝者数は80%も減少しているようだ。

 この年末年始、国民が自主的に外出を控えているようだから、これから少しは感染拡大が収まるのではないのだろうか。

 感染拡大抑制については政府の無策を感じる。

 国民の自主統治能力が優れているから、政府が積極的な対策をしないのだろうな。

2021年1月 1日 (金)

2021年新年 去年今年(こぞことし)貫く棒の如きもの

 新年。

 深く読み解く人とは違う解釈をしているのかもしれないが、高浜虚子の「去年今年貫く棒の如きもの」の句が私の頭の中を年中駆けまわっている。

 年の瀬から正月にかけては、その句が頭の中で大騒動する。

 この句については、たびたび話題にしているのだが、私の解釈は軽すぎると感じ、大みそかに、もう書くまいと思っていた。

 だけど、年が明けても頭の中が収まらない。

 そんなとき、今朝の朝日新聞天声人語の最後にこの句が登場していた。

 私の解釈も間違いとは言えない。

 去年今年(こぞことし)貫く棒の如きもの」

 今年こそは。

 

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