(有)不動産情報館

人と不動産の幸せな関係を築く

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2021年9月

2021年9月30日 (木)

進化はとどまるところを知らない

昨日、アスクルから届いたマックスのステープラー(ホッチキス)。

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右側の緑色の小ぶりな方が昨日届いた新しいホッチキス。

左側は何年も前に買っていたホッチキス。

古い方も、コピー用紙20枚を軽くとじることができるというもので、当時は新商品。

新しい方は、より軽い力で32枚をとじることができる、となっている。

ホッチキスが進化を続けているのは知っていたが、別にこれ以上新しい機能の必要性を感じなかったので今まで購入しなかった。

このところ、ちょっと厚めになるファイルをとじるのに古い方では針が届かないので購入した。

届いたホッチキスを見て、ちょっとがっかりした。

いかんせん、小さすぎて頼りない。

古い方はホッチキスの針が100本収容できた。

それでも、ちょくちょく針切れで不便な思いをした。

この大きさでは、針50本しか収容できないだろう。

針切れが増えて不便になる。

実物を見ないで買って失敗だったと、がっかりしつつパッケージを開いた。

すると、なんと本体が半分くらいの大きさになっているのに針は100本収容できる。

なぜ?

古い方と新しい方を比較してみた。

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仕組みはわからないが、コンパクトな本体に針が100本収まっている。

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おまけに、本体の背中?の部分に予備の針が100本収納できる。

これは実に便利がいい。

使っている途中に針切れになって、交換の針がすぐに見つからない時がある。

さらに便利な機能が、針の残量窓がついていること。

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今までは、いつ針切れになるかわからなかった。

ガチャガチャと紙を閉じている最中に針切れになって、突然紙が閉じれず、スカーーーッと無反応になったときの喪失感。

外から一目で残量がわかるのは実に便利がいい。

肝心の、紙をとじる性能も格段に進歩していた。

通販で本を購入した際に送られてくるプチプチのクッション緩衝材付きの封筒を4つ折りしたものを閉じてみた。

4つ折りしたクッション封筒は1cmくらいの厚みになった。

新しいホッチキスではきっちり閉じられたが古い方のホッチキスでは針が貫通しなかった。

同じ10号の針で、針の長さはいっしょなのにどういう仕組みなのだろう。

とにかく、素晴らしい進化だ。

 

数年ぶりに買った新しいホッチキス。

久しぶりのウキウキ感を感じた。

 

そういえば、拙は文房具が好きで新製品ができると、すぐに買って試していた。

しかしここ数年は新製品情報を見ても心がときめかなくなっていた。

もう充分便利でこれ以上の機能はいらないという気持ちもあったのだが、年のせいで新しいものに感動しなくなっているのかもしれないなという気もしていた。

新しいことに興味が亡くなるのは老化の進歩。(老化が進歩しているというのもおかしいなあ) 

まだ老いこんでしまってはいけないと、新しい文房具に教えられた気分。

すべてことに、進化はとどまることを知らないのだなあ。

 

 

 

 

 

 

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2021年9月29日 (水)

つくづくアスクル

 昨日、午後3時半過ぎにアスクルに注文した商品がもう届いた。

 ほんとに、明日来る。

 注文してまだ1日経っていない。

 こんなに早くなくてもかまわないのだけど。

 送料無料で、価格も安くて、タスカル。

 地元の小売店を応援したいのだけど、買いたいものが見つからなくて、ついネットショップで買ってしまう。

 小売店は大変だよなあ。

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2021年9月28日 (火)

どうでもいいことかもしれないけど、櫻井翔と相葉雅紀そろって結婚発表 

 嵐の櫻井翔と相葉雅紀が、そろって結婚を発表した。

 櫻井翔が39歳。相葉雅紀が38歳。

 むしろ晩婚。

 眞子様と小室さんの結婚報道にまぎれこまたかな。

 

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2021年9月26日 (日)

貧乏性の断捨離

 いらないものは捨てなさいというのが最近のトレンド。

 書店に溢れる、片付け本や断捨離本。

 しかし拙は、貧乏性で物を捨てることができなかった。

 今年、数ある片付け本の中の「必要になったら買えばいい」という言葉をすんなり受け入れることができた。

 「必要になったら買えばいい」という言葉に啓示を受けて、溜め込むばっかりだったモノを徐々に処分することができるようになった。

 このところ、タンスにしまい込んである服を捨てることができるようになった。

 とはいえ極度の貧乏性の拙としては、傷んでもいない服を焼却ゴミとして捨てることに大いに抵抗がある。

 その抵抗をとりはらえたのが、不用な服を「ティッシュクロス」として利用することだ。

 タンスにしまいこんだままになっている服を適当に切り裂いて、ティッシュペーパーボックスに詰め込んで、ティッシュペーパーがわりに使っている。

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 写真の切れの素材は着古したTシャツ。肌触りがよくてティッシュペーパーより感触がいい。

 ティッシュペーパーは、鼻をかむときだけではなく、埃や水滴をぬぐったり、簡単な掃除に使ったりと多様な用途で使われている。

 最近では、テーブルに飲み物をこぼしたときなど布巾などを使うことは無くなった。

 布巾という言葉は死語になっている感さえある。

 拙は貧乏性で、服をそのまま捨ててしまうのが惜しいからティッシュクロスとして再利用してみたのだが、これが実に快適なのだ。

 何度か洗濯した服は肌触りもいいし吸水性も良い。

 雑巾代わりに使うのならティッシュペーパーより、はるかに丈夫で役に立つ。

 

「1年使わなかったものは、これから先も使うことは無い」

「心がときめかないものは捨てましょう」

「物を捨てて空間が増えると心も軽くなる」

 ダンシャリスト(拙のオリジナルの造語)達は、口をそろえて捨てろ捨てろと言うが、多くの人が捨てられないのだ。

 捨てた方がいいとはわかっているけど捨てられない人が多いから、断捨離本や断捨離サイトが大繁盛して、ダンシャリスト達がリッチな生活を満喫できているのだ。

 捨てられない大衆たちは、自分が使うことは無いかもしれないとは思っていても、使えるものを捨ててしまうことに抵抗を感じるのだ。

 そんな大衆の一人である拙が、見つけた心の痛まない服の処分法がティシュクロス。

 ぜひ、お試しあれ。

 拙の行動をことごとく否定する拙のかみさんも、雑巾代わりに使う時は拙作のティッシュクロスを使ってくれている。

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2021年9月25日 (土)

古い記念切手活用法

   最近、古い記念切手を懸賞用はがきに使っている。

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 台紙は、これまた封筒の再利用。

 サイズ最小14cm×9cm、最大15.4cm×10.7cm、重量2g~6g でカットすればどんな紙でもOK。

 「切手裏面貼付」と書き添えて、裏面に切手を貼ればいい。

 葉書中央上部に、「郵便はがき」と書いておかないと、第一種郵便扱いになって料金不足になることもあるので注意。

 

  裏面がこちら。表面と合わせて、計63円の切手を貼っている。

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 1960年代、記念切手収集の大ブームがあった。

「見返り美人」に「月に雁」。

 現在50歳代以上の人なら、切手収集をしていなかった人でも聞いたことのある名前だろう。

 額面5円、8円の切手が数万円に高騰していた。

 小学生だった私にとっては手の届かない憧れの切手だった。

 今発売されている記念切手も、買っておけば将来値上がりすると思って、記念切手の発売日には郵便局に買いに走った。

 郵便局も、シリーズ化した記念切手を次々に発売してブームを煽った。

 かくして、記念切手収集の大ブームとなった。

 ブームは去り、私の収集した記念切手はストックブック4冊になった。

 ブームにあおられて、なけなしの小遣をはたいて買い込んだ切手だったが、何年たっても値段は上がらない。

 それもそのはず、当時値上がりしていたのは昭和30年以前の切手。

 昭和31年くらいから切手収集ブームが始まり、それに便乗して郵便局が次々に記念切手を売り出した。

 それまでは、日本では切手収集のブームは無かった。

 日本は貧しい時代で、実際に使うための切手だけを刷っていたので発行枚数が少なかった。

 そこに舞い起きた切手収集ブーム。

 記念切手の発売日には郵便局に行列ができるほどで、刷れば刷るほど売れるので郵便局は大量に発行した。

 以来、現在にいたるまで記念切手は巷に溢れかえっている。

 かくして、昭和31年以降の切手が値上がりすることは無い。

 あれから60年。完全にブームは去った。

 インターネットオークションで額面で出品されていても、ほとんど落札されていない。

 買取価格の相場は額面の5、6割程度。 

 当時5円だった葉書の価格は現在63円。

 他の物価を考えても当時に比べて10倍は値上がりしている。

 それなのに買い取り業者の買取価格が額面の5、6割とは悔しい。

 古切手の最大の有効利用は郵便物に貼って使うこと。

 私は、額面50円とか30円の比較的高額の切手を、比較的親しいお客様への郵便物や、ゆうパック用に利用して処分してきた。

 そして、さらに残る大量の10円未満の切手の処分法が冒頭の「切手裏面貼付」の懸賞はがきだ。

 どうせ当たることはないだろうと思いつつも、出し続けている懸賞葉書。

 余らせた年賀状を使っていたのだが、使い道のなかった記念切手がその役割を担うことになった。

 最近楽しんでやっている、古い切手の活用法である。

 

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2021年9月23日 (木)

小さな習慣 これならできると思ったのだけどなあ

「小さな習慣」というちょっと話題になった本がある。

 それによると、〈毎日これだけはやると決めて必ず実行する、たとえば腕立て伏せ1回だけ〉

 1回だけなら、やれる。

 1回だけと決めていても、やれば5回、6回はやる。

 大事なのは習慣にしてしまうこと。

 10年間も運動不足だった著者は、そこからスタートして今では、本格的な筋トレをこなすようになったという。

 ハードルの低い目標を立てて実行し、習慣化するという教えだった。

 「なるほど1回だけなら続けられる」

 そう思って1週間やってみた。

 これなら続けられると思って、その本はメルカリで売ってしまった。

 しかし、これが続かないのだなあ。


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2021年9月16日 (木)

悪徳不動産屋日記 国有地売却現地説明会

 今日は、国有地売却の現地説明会に行ってきた。

 数日前の朝刊に、「財務省九州財務局 国有地新聞のお知らせ」という折り込み広告チラシが入っていた。

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 国有財産に限らず、県や市といった公有財産の売却は原則的には競争入札による競売(公売)が行われる。

 人気のある地域に売り物が出ていたので、参考までに説明会に参加してみた。

 道路付もよい物件だったので、思いのほか参加者が多かった。

 顔見知りの不動産業者が2社、建築関連会社が3社、一般消費者(素人さん)が4,5人といったところ。

 参加者には立派な「国有財産の一般競争入札案内」という立派な冊子が渡された。

 さすがは財務省。一冊数千円はかけているような立派な冊子である。

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 案内書には物件の内容の詳細が説明されており、それをもとに物件の現地説明を受けた。

 古い住宅を取り壊して土地としての利用が妥当な物件だから、取壊し費用や車の乗り入れを考えた整地費用を計算すると、最低入札価格で購入したとしても、相場より1割から2割弱安いだけだろう。

 拙は不動産屋だから商品としての仕入れ、わかりやすく言うと転売が目的である。

 一見して、不動産屋としてはあまりうまみのある商品ではないと感じた。

 一般消費者が直接購入するのであれば相場より安いには安いが、建物解体、整地を自力でやる労力を考えるとそんなに安い買い物ではないと思う。

 物件調査説明には、隣接地の建物が越境しており、またこの土地のブロック塀が隣地を越境しているが、この件に関して売主である国にはそれを理由とする損害賠償責任は負わない。

 また、本件土地は道路より1.2mから1.8m高く擁壁が築かれているが、擁壁が建築基準法に適合しているかは不明で調査はしていない。

 この件についても、売主である国は一切の損害賠償責任を負わないということになっている。

 つまり、時価よりちょっと安く販売するけど、買った後に物件に問題点があることが分かっても、売主たる国は物件に対する責任は一切ないということである。

 無責任なようだが、売主である国は宅地建物取引業者ではないので、法律的に売主が物件に対する責任は負いませんよと明確に説明して販売することはなんら問題は無いのである。

 入札で落札した人は、財務局が作成する売買契約書により売買契約を締結することになるが、その売買契約書にはくどいくらいに売主は物件に対して一切責任はないですよという内容になっているはずです。

 一方、拙ら不動産屋は宅地建物取引業で、このように、売主に一切責任は無いという売り方は許されていない。

 もし、物件に-表面的にはわからない欠陥があることが後に判明した場合には、その責任を取らなくてはならないのだ。

 だから、1割程度の利益しか見込めないようでは商品としては仕入れられない。

 拙の判断では今回の物件は転売目的の商品としての購入するには能わないから入札はしないという結論になった。

 不動産屋は、土地ころがしだ、安く買いたたいて暴利をむさぼる悪徳不動産屋のそしりをうけるが、見えない苦労を背負わされている。

 仲介業務においても同じこと。

 仲介物件にあとで欠陥が見つかった場合、調査義務を怠ったということで損害賠償責任を負うことがある。

 不動産屋は人のふんどしで仕事をして高い仲介料をとると思われている善良なるお客さんがいるが、裁判を起こされ、調査ミスを指摘されて手数料以上の損害賠償を負わされることもある。

 今回の国のように、見たままのものを売るので後の責任は一切取らないという売買で、もし問題があってもすべて買主の費用負担で処理しなければならない。

 手数料がいらないというと、ものすごく得をしたと思うお客さんが少ないくないように感じるが、手数料を払って仲介してもらうほうが結果的に安い買い物になることもある。

 これは悪徳不動産屋の切なるため息の言葉である。

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2021年9月15日 (水)

池袋暴走母子殺害事故の飯塚幸三が控訴しないことを表明 収監されることなく幕引き

池袋暴走母子殺害事故で禁錮5年の実刑判決を受けていた飯塚塚幸三が控訴しないことを明らかにした。

高齢と病気を理由に、実刑判決が確定しても収監されないとの見方もあるが、判決が懲役ではなく、刑務作業をしなくてもいい「禁固」のため刑務所に入っても問題ないという見方が強く、刑の執行停止は考えにくいという見方が多いようだ。

執行停止ならば、母子2人を殺害し9人に重軽傷を負わせた重大事件を起こしたにも関わらず、一度も身体を拘束されることの無いままの決着になる。

なんとしてでも、1度は収監するべきだろう。

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2021年9月12日 (日)

自分でやってみよう 水回り、修理トラブル

 トイレの詰まりや水道の水漏れといった、水回りの修理に関するトラブルが急増している。

 数年前から、水回りの修理に関するテレビCMや新聞の折り込み広告が目に付く。

 「水漏れ、トイレのつまり、5,000円から」などと言った、安い、早いを売りにしているようだが、実際の工事のあとに次々と追加料金を請求され数十万円請求されたという話しも少なくないそうだ。

 国民消費者センターへの2020年の相談件数は前年度の約2倍と過去最多の3421件となっている。

 今や、インターネットでも安い業者を見つけようとする消費者が多いのだろうが、あわてず地元の信頼のおける業者を探したほうがいい。

 水道の水漏れの場合は、まずは止水栓を閉めることだ。

 止水栓は戸建て住宅なら道路から敷地にいたる、庭や駐車場などに設置されている水道メーターボックス内、集合住宅の場合は、玄関横のメーターボックスの中にあることが多い。

 工事代を安くあげたいのであれば、簡単に自分でできることも多い。

 インターネットで激安の工事店を調べるのではなく、「水道水漏れ 修理」「トイレ つまり 修理」なんて検索ワードでインターネットを検索すれば、簡単に直せる修理も多い。

 例えば、水道の水漏れで一番多いのがゴムパッキンの老朽化による痛み。

 ゴムパッキンはホームセンターに行けば100円か200円で売っている。

 レンチやペンチ、ドライバーがあれば簡単にできる。

 YouTubeで検索すれば、動画でていねいに修理方法を教えてくれるチャンネルが簡単に見つかる。

 

 なんでもかんでも悪徳不動産屋や悪徳業者任せにするんじゃなくて、自分でできることを調べてみることをお勧めします。

 

 

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2021年9月10日 (金)

最近、「拙」と名乗っている。

 このところ、このブログでもプライベートのメールなんかでも自分のことを「拙」と称している。

 拙は、日常、家族や友人などプライベートな場では「オレ」、仕事や正式な場では「ワタシ」と言っている。

 しかし、メールや手紙となるとプライベートな相手であっても「オレ」とは書きにくい。

 かといってプライベートな場で「私」も似合わない。

 日本には数えきれないほどの一人称名詞があるのだが、プライベートメールなんかで使う一人称名詞に迷い続けてきた。

 このことをずいぶん前にブログに書いた記憶があって、自分のブログを「一人称代名詞」でブログ内検索をみたところ2010年15日のブログに書いていた。

 読んでみたら、今よりずっといい文章を書いていた。

 そのブログについては上の行内にリンクを貼ったが、リンク先をクリックしてくれる人は少ないだろうから、その日のブログをそのままコピーして貼り付けてみた。

【私(わたくし)(わたし)、僕、ボク、俺、オレ、小生、わし、余、吾輩、我が輩、拙者・・・。

日本語には無数の一人称名詞がある。

 私は、「私は」と書くことが多いが、私が使う「私」は、「わたし」であって「わたくし」ではない。

 日頃、家族や友人と話すときは「オレ」と言っているのだが、「オレ」も「俺」も、文字にすると、悪ぶっているようでもあり、なんだかふさわしくない。

 「ボク」や「僕」は、私は日頃余り使わないのだが、テレビなんかを見ていると政治家や一流会社の社長さん、芸能人も「ぼく」と言う人が多い。

 大人が会話の中で使う「ぼく」はなんとも品がいい。

 会話の中だと、「わたし」も「わたくし」も少し固い感じがして、「ぼく」のほうがやわらかくて格好がいい。

 それで、私も意識して人と喋るときは「ぼく」を使うこともあるのだが、プライベートでは「おれ」を使うことが多く、仕事では「わたし」を使う。

 日本語は主語抜きでも成り立つ言語なのに、どうして使わなくてもいい一人名詞だけでもこんなにたくさんあるのだろう。

 方言を加えるとその数は膨大なものだろう。

 ともあれ、私はブログを書くようになって、一人称名詞にしっくりくるものがないことに気がついた。

 「わし」は週刊誌やスポーツ紙に登場する清原さんくらいしか使わない言葉だろう。

 実際には清原さんは上品に「ぼく」と言ってるのに、なぜか週刊誌やスポーツ紙での清原さんのコメントは「わし」になっているのだ。

 テレビ番組で清原さんが「ぼくは『わし』なんて言ったこと一度もないですよ。そもそも今どき『わし』なんて言う人いないでしょう。」と笑いながら話していた。

 「吾輩」はネコが独占使用している感のある言葉だが、日経新聞のコラム「食あれば楽あり」で小泉武夫さんが「我が輩」と自称している。

 小泉武夫さんは見た目も風格があり、洒脱な文章の流れの中で「我が輩」と称されることに違和感はない。

 他に、なかなか「我が輩」の似合う人はいない。

 「小生」はいかがなものかと迷うところもあったが、謙遜さがわざとらしい。

 「余」はお殿様みたいだし、「拙者」はちょんまげでもつけたくなるし、結局は「私」と称することになるのだが、主語をつけなくてすむところは主語無しでいいのだと思い直した、とりとめのない今日の出来事でした。
  2010年9月15日 (水) 】




 「拙」は、最近何かで読んだ本だったか、雑誌だったか、ネット記事だったか、誰かが一人称代名詞として使っているのを見て、これを使わせてもらうことにした次第。

 一人称名詞は、私にとって結構重要な事項であって、2010年の9月15日のブログに書いた時もその後も、何か私の腑に落ちる一人称代名詞はないものか、たびたびネットで検索してきていた。

 方言まで合わせると無数にあったが、私にとってしっくりくるものが無かった。

 「拙」に遭遇した時、すぐには「拙」が一人称代名詞であるとの確信は持てなかったが、文章の流れで「拙」を一人称名詞として使っているようだったので、すぐにネット検索してみるとまぎれもなく一人称代名詞であった。

 ということで、以来私は、プライベートな場では「拙」を一人称代名詞として使うことにした。

 

 

 どうでもいいことではありますが、ごく個人的な問題ではあるが拙にとっての重要事項が、 これにて一件落着!

2021年9月10日 (金) 日記・コラム・つぶやき | 固定リンク | 0 | コメント (0)

2021年9月 9日 (木)

ずっと空いたままだった物件を取り置きしたとたんに内覧希望

 不動産に限ったことではないのだろうが、重なるときには重なるもの。

 長い間商談のなかった賃貸物件や、売り物件に、次々と問い合わせが入ったり商談が進みだすことがある。

 拙の、不動産仲介の姿勢は、早く買わせようとして急かすことはしない。

 一勝に一度の大きな買い物だから、迷われるのは当たり前のこと。

 決断に時間がかかるのは当然のことだと思っている。

 そのかわり、気に入られたお客さんが、検討するのでしばらく取り置きしてくれませんかと言われても、原則的には取り置きはしない。

 これは拙が不動産業に入りたての頃師匠に教えられたことで、全然商談のかからなかった物件でも一つ商談がかかると不思議と別な商談がかかる。

 先に商談をしているお客様が取り置きしてくれといって取り置きしている時に限って、買いたいというお客さんが現れる。

 そんなとき、取り置きしているお客さんが結局買わないという結論になった後に、待たせていたお客さんと商談を進めようとすると、待っていたお客さんが買う気を無くしていたということが多いというのだ。

 拙は、依頼40年余り不動産業に携わっているが実にその通りである。

 商談の無かった物件でも、商談がかかると不思議と別な商談がかかるのだ。

 この他にも、拙は、師匠の10か条を金科玉条として不動産屋を続けている。

 この不動産の取り置きをしないということもしっかり肝に銘じているのだが、ついついお客様の頼みに負けて取り置きの了解をしてしまうことがある。

 とりわけ、長い間商談のかからなかった物件については、よもや別な商談がかかるわけはないと、了解してしまうことがある。

 しかし、この「よもや」が、たびたび起こるのだ。

 今日も、この「よもや」が起こった。

 6戸の小さい貸家が建つ賃貸物件があった。

 普通車が止められないような狭い駐車場が1台分しかないせいで、3軒が半年以上空き家になっている物件があった。

 そのうち一番最初に空き家になった物件は簡単にリフォームをすませ、すぐに入居できる状態にしていた。

 その物件が半年たっても次の入居者がみつからないまま、2軒目、3軒目と退去が続いた。

 2軒目、3軒目の物件は入居期間が10年以上の物件のため、リフォーム費用が1軒目の空き家が半年も決まらなかったので、2軒目、3軒目のリフォームは保留していた。

 そこに先週、予約が入った。

 内覧した方が気に入って借りたいという申し出があったのだが、入居は10月中旬を予定していて、今まだ入居金が足りないのでそれまで取っておいてもらえないかということであった。

 今年の繁忙期に決まらず、このところまったく商談がかかっていなかったので、家主に了解をとり10月まで待つことにした。

 この物件がリフォーム済みの物件だったので、ついてはもう2軒の空き家のリフォームの段取りしなければならない。

 その旨家主に連絡をして、リフォームの見積もりにかかることしたが、10月中旬までまだ1カ月半ある。

 入居金が少し足りないからちょっと待ってくださいということで正式契約まではしていない。

 絶対に借りるので、この物件は押さえておいてくださいということだったが、拙は悪徳不動産屋。

 善良なるお客様の約束を真に受けないという性癖がある。

 残りの2軒にすぐ商談がかかるわけはないと思い、いつでもリフォームにかかれるように段取りはしたが、着工は少し先に延ばしていた。

 そんな矢先、昨日、ホームページを見て内覧希望のメールが入った。

 他の2軒があるので、この物件写真を削除していなかったのを見ての電話だった。

 問い合わせのあったお客さんには、事情を説明し、まったく同じ間取りの物件があってリフォームをする段取りをしているところなので、ホームページ掲載分と、リフォーム前の物件を一緒に見てもらうことにした。

 予約のお客さんは、絶対間違いなく借りるから取っておいてくれと言っていたので、よもや借りないことはないとは思っていたが、キャンセルがあればホームページ掲載の物件を借りてもらってもいいという説明もした。

 私の説明を納得してくれたお客さんは、今週の土曜日に内覧させてくださいということになった。

 果たして、予約を入れてきたお客さんに確認の電話をしたところ、私の悪い予感の方があたってしまったようだ。

 借りようと思っているけど、はっきりした返事はちょっと待ってくださいとの返事。

 番迷惑な回答だった。

 内覧をしたいというお客さんがいるので、案内してもいいかと聞くと、自分が借りるか借りないかはっきり決めるまで待ってくれという。

 これが善良なるお客さんの正当なる要求なのだ。

 借りるかどうかわからない状態で一か月以上の取り置きはできないことを丁寧に説明する。

 理解してもらえるように丁寧に説明しないと、「待ってくれると言ったじゃないか!」と逆切れする善良なる消費者様もいらっしゃるからだ。

 私の説明を理解されたこの善良なる予約者様は、「いつまでに返答すればいいのか」と聞いてこられた。

 間違いなく借りるから10月まで取り置きにしてくれという申し込みだったわけで、借りるかどうか迷っている状況であれば取り置きはできませんと言いたいところであったのだが、内覧したお客さんが借りるかどうかはわからない。

 借りる可能性のあるお客さんとの関係を打ち切るのももったいない。

 内覧希望のお客さんは次の土曜・日曜日の内覧を希望している。

 それで、土曜日まで待つことで話しはついた。

 やはり師匠の10か条は守らなきゃいけないと、またしても反省。

 ただ、拙は、師匠の10か条を忘れたことは無いのだ。

 今回も、ふっとこんなこともあるのではないかという思いが頭をよぎった。

 しかし、お客さんと話をしていると、みんな善良なる消費者様に見えてくる。

 こう見えて(どう見えているかはわからないが)拙は善良なる消費者様の味方。

 頼まれればなんとかしてあげたい。

 そんなとき、情にほだされ、悪徳不動産屋の看板をとりはらい、師匠の10か条にそむいて善良なる消費者様ごお願いを聞いてしまうことが少なからずあるのだ。

 そんな思いも知らないで、善良なる消費者様は平気で自分から約束を反故にしてくる時がある。

 そんなときは、常に自分に正当なる事由があると主張されて悪びれることは無い。

 そんな時不動産業者が窮地に陥るのは、不動産の取引が双務契約であること。

 双務の言葉通り、買主(借主)に対して、売主(貸主)がいるのだ。

 約束を反故にされた相手方のお客さんからみると、間に立っている不動産屋がいい加減な話をしていたのだと思うお客さまもいらっしゃる。

 かくして、またしても悪徳不動産屋が涙することになるのだ。

 

 

 

 

 

 

2021年9月 9日 (木) 05不動産情報館日記 | 固定リンク | 0 | コメント (0)

2021年9月 8日 (水)

悪徳不動産屋日記 事故物件をリノベーション販売

 今月3日の、被相続人死亡日推定の記事をきっかけに、この数日長文のブログが続いている。

 似たことが重なるときは重なるもので、今日も長文になりそうだ。


 今朝、スマホに、朝日新聞デジタルの「事故物件 リノベーション販売」という記事が流れてきた。

 事件・事故、孤独死などで、いわゆる“事故物件”になった部屋をリノベーションし販売している不動産会社がある。

 なんと、社名は「成仏不動産」。

 殺人、事故死、孤独死した家をフルリノベーションして販売している。

 きちんとおはらいをしたうえで、壁紙や床、天井に至るまですべて張り替えている。

 白を基調とした、明るい部屋になるよう意識しているのだそうだ。

 ニュースでは、成仏不動産がリノベーションした部屋に住む人が取材に応じていた。

 その住人は都内在住の20代男性。

 「抵抗は全くなかったですね。衣食住の住って、コストになる部分だが、安価で生活のコストが抑えられるのでありがたい」と世論込んでいた。

 当然、安く仕入れた分安く販売しているのだろう。

 拙は、タダであっても住みたくないし、お金をもらっても住み続けることはできない。

 気にしない人にとっては、綺麗にリノベーションした家が安く手に入るお買い得物件なのだろう。

 

 そういえば、去年だったか週刊誌に信じられない記事があった。

 「座間 男女9人連続強盗殺人、強制性交、遺体損壊、遺体遺棄事件の部屋に住む住人」というような見出しだった。

 「座間、9人連続殺人事件」と言えば、忘れることもない凶悪事件だ。

 3年前の8月から10月のわずか2カ月の間に、SNSを通じて知り合あった男女を誘い出した9人を次々に殺害し、現金を奪うという事件だ。

 9人のうち男性は一人。女性には性的暴行を加えた後で殺害。

 9人の遺体は頭部のみが部屋に残され、頭部以外の遺体の他の部分は風呂場で解体し、密閉容器に入れてアパートから離れたゴミ置き場に捨てるという、猟奇的な凶悪犯罪で、今も記憶に新しい。

 想像するだに身の毛もよだつ、拙の常識では、さすがにこんな部屋を借りる人はいない。

 それどころかアパートの他の部屋も空きが多いだろう。

 ひょっとしたら建物を取り壊したのではないか。

 家主さんも被害者だと、家主さんに同情していた。

 その部屋を借りて住んでいるという人がいるというのだ。

 信じられずに週刊誌を買って読んでみた。

 なんと住人は顔出しで取材に答えていた。

 住人の回答は、「事件は気にならないから、家賃が安いので借りた。家賃が安いから助かっている」というような内容だった。

 拙の記憶では、安いというのは、家賃が7割引きか8割引きになっているのかと思ったのだが、3万円だった家賃を2万2千円くらいにしたというくらいの値引きだった。

 部屋全体をリノベーションして、遺体を解体した風呂場は取り壊して新しくしたのだろうが、恥ずかしながら拙は、その部屋に入ることは断固拒否する。

 拙が、家主さんに入居者募集の依頼を受けるようなことがあったら謹んでお断りする。

 こんな部屋でも、3割引きくらいすれば借りる人がいるのだから、これに比べたら孤独死なんてどうってことはないし、自殺した部屋だってこれよりましだ。

 

 成仏不動産の社長さんは「事故物件で困っているオーナー様を助けたいというテーマで事業していて、悪いイメージを持たれているケースがあるので、イメージを一新するようなリノベーションをして、世の中に発信していきたい」とおっしゃっていたが、おみごとだと敬服する。

 

 でも、「困っているオーナーを助けたい」というのはきれいごとすぎやしないかなとは感じます。

 やりたがる人の少ないビジネスだから、独占的にしっかり儲けておられることだと思います。

 かといって拙は、どんなに儲かるとしても、絶対にできない仕事です。

 それを一手に引き受けようという取り組みには頭が下がります。

 

 ビジネスの成功者たるもの「世の中のお役に立ちたい。困っている人を助けたい」というのがセオリー。

 決して、「誰もやらないから儲かると思って始めた」などと言ってはいけない。

 拙は、お客さんから「こんなに希望どおりの物件を紹介していただいてありがとうございます」とか感謝の言葉をもらっても、「いえいえ、私もしっかり手数料をいただいて儲からせていただいてますので」なんて言ってしまう。

 それが、拙が悪徳不動産屋であるゆえんなんだなあ。

2021年9月 8日 (水) 05不動産情報館日記 | 固定リンク | 0 | コメント (0)

2021年9月 7日 (火)

マスコミは自民党政権を応援 失策を追及されていたはずの自民党に追い風

 今朝の新聞の見出しに驚いた。

 「株価急騰 総裁選に高まる期待」とあるではないか。

 菅総理が総裁選に出ないと表明した後、株価が急騰しているというのだ。

 コロナ禍対応などをめぐる停滞感の打破を期待し、新総裁選びの動向に注目が集まっているからだ。

 テレビのワイドショーニュースは自民党の総裁選一色。

 コロナもパラリンピックもすっ飛んでしまった。

 ここにきて大谷翔平選手のバットも湿りがち。

 テレビは一斉に総裁選報道にかじを切った。

 

 菅内閣が国民の信頼を失ったのはコロナ対策の失敗だった。

 菅総理は安倍総前理の体調不良を理由にした突然の辞任の後を引き受け、コロナ対策の責任を一身に負わされた。

 コロナはおさまらないまま、自民党総裁と衆議院の任期満了を迎えることになった。

 ここにきて、菅総理の政権継続に向けての運営が迷走する。

 与野党・国民から菅総理ではコロナからの脱出はできないとの合唱。

 ここにきて最初に次期総裁選出馬に名乗りを上げたのが岸田前政調会長。

 二階幹事長、阿部前総理、麻生財務大臣は、そろって菅総理の支援を表明てしていた。

 この2人の戦いであれば、次の総選挙で自民党は大敗していただろう。

 しかし、菅さんではだめだの国民世論を前にして、自民党から菅さんでは選挙に勝てないとの声が出てきた。

 世論が大きな力となるのは、テレビが世論の後押しをするときに限る。

 テレビの後押しによる菅さんじゃダメだの流れが奔流となるや、菅さんは総裁選出馬を断念。

 それからというもの、群雄割拠。

 総裁選をめぐって、権謀術数、腹の探り合い、騙しあい。

 魑魅魍魎が跋扈する。

 テレビは視聴率のとれる格好のネタが登場とばかりに、混乱の渦をかき混ぜて騒ぎを大きくする。

 国民の目は、次期政権のなりゆきに釘づけ。

 株価急騰に代表されるように、コロナ対策の停滞感打破に期待する。

 しかし、そもそも菅政権が誕生したのは安倍前総理が安易なコロナ感からオリンピック開催を強行し、その失敗を問われそうになって病気を理由に退陣したことから始まっている。

 コロナ対策の失敗は前政権の安倍政権にある。

 安倍政権の最高責任者である安倍前総理、二階幹事長、麻生財務大臣をはじめとするすべての閣僚・役員は、その責任をすべて菅総理に押し付け逃げ切ろうとしている。

 

 時期総理として急に浮上してきた河野太郎さんにしては、現コロナ対策の担当大臣ではないか。

 それに気がついてか気づかずか、国民が時期総理として期待する第一位が河野さんとなっている。

 地方で人気のあるという石破さんにおいては、総裁選に勝てないとみるや河野さんの支援にまわるという。

 それに、これまた芸能人的人気者の小泉さんも河野さんを応援するとのこと。

 そんな噂もあいまって、次期自民党総裁選はワイドショーはお祭り騒ぎに仕立て上げようとしている。

 まるで、小泉政権が「郵政民営化」のみを掲げ総選挙に突入。

 今となって、郵政民営化がなんだったのか。

 そんな疑問の残る政策だったが、テレビ報道にあやつられ、あのとき国民は小泉さんに熱狂した。

 結果は、自民党の歴史的な大勝利。

 あのときから日本の選挙が大きく変わった。

 選挙がワイドショーのネタになった。

 そして、悪夢の民主党政権の誕生。

 このとき、戦後ずっと続いてきた自民党政権を倒し政権交代することで日本が変わると錯覚させたのはテレビを代表とするマスコミだった。

 あのときの悪夢がまだ続いている。

 野党第一党の立憲民主党に政権はまかせられない。

 だから、自民党にはお灸をすえる意味で議員数を減らし、独裁与党の横暴は許さない。

 拙は、それが国民の多数の意見だったのではないかと感じていた。

 ああ、それなのに、それなのに、テレビマスコミは、自民党総裁選を報道ネタにして総裁選を盛り上げている。

 テレビへの露出は戦初戦にとって非常なる援護射撃となる。

 野党のブツブツと小さな声で政権批判しているだけ姿はテレビ的にはまったく魅力がない。

 野党の、なんの面白みもない泣き言を取り上げるマスコミはないだろう。

 批判されようが指示されようが、テレビに出ただけ票は集まる。

 盛り上がったまま総裁選を終えて総選挙にかかれば、自民党の痛手は最小で済むことになるだろう。

 それどころか、小泉さんの郵政民営化選挙の再来にもなりかねない。

 結果的に(ひょっとしたら利権所有者のステルスさくせんで)、マスコミの総裁選報道は総選挙で自民党を応援する結果になることだろう。

 総裁選の混乱は、自民党にとって向かい風だったはずの総選挙が、強い追い風にかわりそうだ。


 でも、国民はそんなに馬鹿ではないだろうなあ。

 

 

2021年9月 7日 (火) 日記・コラム・つぶやき, 経済・政治・国際 | 固定リンク | 0 | コメント (0)

悪徳不動産屋日記  自宅で死ぬために知っておきたいこと

 日本では8割以上の人が病院で亡くなっているという事実がある。

 一方、「人生の最期をどこで迎えたいか」というアンケート調査の結果は、自宅で最期を希望する回答が圧倒的に多い。

 どの調査でも6割くらいの人が、最期は自宅で過ごしたいと希望している。

 それにもかかわらず、実際に自宅で最期を迎えられるのは2割未満の人しかいない。

 そのギャップはどうして生まれてしまうのか。

 実は、今の日本ではなかなか自宅で死なせてはもらえないのだ。

 また、最近よく耳にする尊厳死で死なせてもらうのも簡単ではない。

 尊厳死とは終末期の医療について、死期が近づいたときに人工呼吸器や生かすためだけの胃ろう等の延命治療は施さないでほしいという意思表示をすること。

 尊厳死を希望する人は、自分の意思を文字に書いて明示し、家族にも自分の意思を伝えて意思を明確にしておくことが大事だとされている。

 しかし、自宅で死ぬためにも尊厳死を実行するためにも、一番重要なことは、重篤な状態に陥ったときに救急車を呼ばないことなのだ。

 自宅で終末期の医療を受けている人が延命治療を望まないと意思表示していても、その人が突然重篤な状況に陥ってしまうと、人はどうしても救急車を呼んでしまう。

 救急車を呼んでしまうと、こうなる。

 救急隊員は救命することを職務としている。

 心臓が止まっていたら、直ちに心臓マッサージを施す。

 心臓は動き出す。

 心停止時間が長くて脳の機能は戻らないかもしれないが心臓は動き出すことがある。

 救急隊は患者を救急病院に運び込む。

 救急病院は患者の命を救うのが第一だから、即座に延命長にかかることになる。

 今は、救急病院に運び込まれた患者が高齢者の場合、器官内挿入や人工呼吸器の装着を望むかを聞いてくることもあるが、多くの場合、家族は「最善の処置をお願いします」と答えることになるだろう。

 こんなときに、「父(母)は延命措置を望んでおりません。なにもしないで死なせてください。」などと言える人はいない。

  「最善の治療をお願いします」となる。

 そうして生命維持装置がとりつけれる。

 そして、一度取り付けられた生命維持装置をはずすことは簡単ではない。

 かくして尊厳死の希望は叶わず、点滴、人工呼吸器、尿をとる管、脈拍や血圧を調べるためのチューブ類を体にとりつけられ、意識のないまま生かされ続けることになる。

 ましてや自宅に戻ることなどできやしない。

 もう一つ、やっかいなのは、救急車が到着したときに、あきらかに死亡している状態の場合だ。

 すでに死亡している状態のときは、救急隊は警察に連絡してなにもせずに帰ってしまう。

 警察が来ると、警察はまず事件性を疑う。

 遺族は事情聴取され、現場検証が行われる。

 通常は、医師の立ち合いもと、検視官が事件性の有無を検証し、事件性がないと判断された場合には、病院に引き渡され、医師が死体検案書を作成することになる。

 遺体検案書は死亡診断書と同じようなもので、これがないと葬儀を行うことはできない。

 ここで大事なことは、遺体には一切触れず、そのままにしておくことだ。

 たとえば風呂場で亡くなっていたような場合でも、裸のままではかわいそうだからと、服を着せたりベッドに運んだりすると面倒なことになる。

 遺体を動かしたことで事件性を疑われ、取り調べを受けることになり、遺体が司法解剖に回されることもある。

 とはいえ、通常は大きな問題にはならず遺体検案書を作成してもらえるのだが、肉親を失い気も動転している最中に警察の事情聴取を受けたのでは、亡くなった故人に思いをはせて見送ることなどできやしない。

 かくのごとく、今の日本で病院以外で死ぬというのは、なかなか面倒なことなのだ。

 病院で死ぬは易く、自宅で死ぬは難いのである。 



 おもいおこせば、
私が子供の頃は、医者の往診があたりまえだった。

 夜、急に子供が熱を出すと、家までかけつけてくれるかかりつけのお医者さんがいた。

 往診鞄を持って自宅まで駆けつけて診てくれる、かかりつけのお医者さんがいた。

 3世帯同居が当たり前で、具合の悪い年寄りを抱える家庭には、往診の医者が訪れて診てくれてていた。

 年老いたおじいちゃん(おばあちゃん)は、食事を受け付けなくなり水も飲まなくなる。

 そのころには、食べることも水をほしがることもなくなる。

 医者は、「そろそろ身内の方に連絡を取っていた方がいいでしょう。水を欲しがるときは少しだけ飲ませてください。無理に食事をさせることはありません。」などと言う。

 医者は、いわゆる老衰で亡くなりそうになった患者を、安らかに死ぬための手伝いをしてくれていたのだろう。(これは、今、拙が思うことであって、当時は病気を治しにお医者さんが来てくれているのだと思っていた)

 おじいちゃん(おばあちゃん)は苦しむこともなく、静かに眠り続ける。

 知らせを受けた身内の者や親戚・知人が家に集まり出す。

 それぞれが、「じいちゃん、俺だよわかるかい」「がんばりなさいよ」などと声をかける。

 ある日、往診に来た医者は聴診器を胸に当て、「今晩が山ですね」などとつぶやく。

 家族は覚悟を定め、おじいちゃん(おばあちゃん)の寝ている布団の周りに集まり、「おじいちゃん、わかる?」「おじいちゃん死なないで!」「おじいちゃん、がっばって!」などと声をかける。

 その声が聞こえているのか、おじいちゃんはうなずくように頭を動かしたりする。

 いよいよ最期を迎えそうになると、かかりつけのお医者さんに電話する。

 夜の遅い時間であっても、お医者さんが駆けつけてくれる。

 医者は、寝ているおじいちゃんの脈をとる。

 おじいちゃんの寝ている布団の周りには家族や親せきが集まって、「おじいちゃん、死なないで!」などと泣き叫んでいる。

 脈をみていた医師は、ふっと脈を測っていた手をはずす。

 聴診器を胸に当て、瞳孔を確認し、「〇時〇分」御臨終です。ご愁傷さまです。」と死を告げる。

 その声に家族や親せきは、さらに号泣する。

 これが普通の見送り方だった。

 そして看取ってくれた医者が死亡診断書を発行してくれて、葬儀にかかることになる。

 

 病院以外で亡くなると面倒なことになってしまう今、無事?自宅で死ぬためにはどうしたらいいのか。

 まずやるべきことは、かかりつけ医を持つこと。

 そして大事なことは、自宅で急に容態が悪くなって亡くなったような場合や、朝起こしに言ったら亡くなっていたような場合には、絶対に救急車を呼んではいけない。

 なかなか難しいことだが、救急車を呼ぶのをぐっとこらえて、かかりつけ医に連絡をすることだ。

 亡くなって24時間以内であれば、医師が到着する前に失くなっていたとしても、かかりつけの医師が病気による死亡だと確認すれば死亡宣告できることになっている。

 そうして、医師が死亡診断書を発行して葬儀の準備にかかれるようになる。

 「終活」だなんだと、どう死ぬかの手ほどきの本や雑誌がたくさん出回っているご時世、本気で死を意識しているのなら、まずは、かかりつけのお医者さんを持ちましょう。

 そして、自宅で最期を迎えるための手伝や、万一突然亡くなった場合の処置をやってもらえるのかを相談しておくとよい。

 24時間対応してくれるお医者さんは見つからないと思います。

 市町村で、在宅療養支援病院の設置を進めているようですが、なかなか受け入れ病院が少ないようです。

 

 ちなみに、拙は、日本尊厳死協会の「終末期医療の事前指示書」をそのまま書き写し、署名捺印日付をいれたものを財布に入れて常に携帯している。

 そして、そのことは家族にも伝えてあるし、ことあるごとに周りの人にも話をしている。

 それは、とりもなおさず自分のためであり、次に家族のためだと思っている。

 しかし、現実的には死んだ後のことは自分ではどうにもならない。

 死んだ後のことは、なるようにしかならないと思っている。

 

 

 この2,3日、悪徳不動産屋の、おせっかいなウンチクでした。

 

 

2021年9月 7日 (火) 05不動産情報館日記 | 固定リンク | 0 | コメント (0)

2021年9月 6日 (月)

悪徳不動産屋日記 100年住宅で死んではいけない

 長いこと、まともにブログの更新をしていなかったもので、何を書いたらいいかわからなくなっていた。

 一昨日、珍しい不動産登記に出くわし、登記簿から想像する出来事を書いた。

 久しぶりに楽しみながらブログを更新した。

 

 ここ最近の世の中を見ていると、世の中を動かしている権力者や利権者に対して、つい愚痴や文句を言いたくなる。

 ただ、愚痴や文句をいっても世の中を変えることはできない。

 そんな無力感を感じ、だから書きたくなってしまっていたのだ。

 一昨日は久しぶりに書きたいことがあふれ出して、その勢いでブログを書いた。

 書きながら、もう一つ続きが書きたくなったことがあって、それは昨日書いた。

 昨日、それを書いていたら、関連して書きたい記事が出てきた。

 結局、昨日一昨日と、「宅地建物取引業者による人の死に関する心理的瑕疵の取扱いについて」に関連して思うことを書いた。

 それに関連してもう一つ。

 ここ十数年、安さを売り物にした住宅宣伝は影を潜めてきている。

 今は、住宅は性能や設備の良さがセールスポイントとなっている。

 100年住宅といったキャッチコピーで売り出している住宅もある。

 しかし、昨日のブログに書いたことだが、現在の不動産取引において住宅の中で人が亡くなった中古住宅を問題にしない買手は皆無に近いくらい少ない。

 ほとんどの人が、家の中で人が亡くなっていないかを気にして聞いてくる。

 本人の希望で、平穏に自宅で亡くなった場合であっても、家の中で人が亡くなっていると購入を見あわせてくるお客さんが圧倒的に多い。

 一方で日本の核家族化は進んでいる。

 二世帯、三世帯が一緒に暮らすことは少ない。

 親と同居していて、亡くなった親の家に暮らし続けるならいいのだが、多くの場合親と別世帯をかまえているケースが多い。

 この場合、親の家を売却することになる。

 親の希望で、親が自宅で亡くなっていると、中古住宅としては売れにくい物件になる。

 そんな場合、建物を解体して更地にしての売却になる。

 自殺や殺人と言った事件があった場合は、建物を取りこわして更地にしても売れにくいが、自然死の場合は更地になれば大きな問題にはならない。

 日本は死を忌み嫌う文化があるから、割高の建築費を使って100年住宅なんて丈夫な家を作っても、その中で人が死んだら売るに売れない家になってしまう。

 100年住宅を作るのなら、残す子供のことを考えて自分の家で死んではいけない。

 死ぬ前に施設か病院に入って死ぬことだ。

 自宅で死にたいのであれば、100年住宅なんて丈夫な家は作らないことだ。


 こんなことを言うから、拙は、悪徳不動産屋といわれてしまうのだろうなあ。

 

 

2021年9月 6日 (月) 05不動産情報館日記 | 固定リンク | 0 | コメント (0)

2021年9月 5日 (日)

悪徳不動産屋日記 人の死にかかる心理的瑕疵について

 昨日書いた「人の死に関する心理的瑕疵の取扱いについて」の話に関連してもう一つお話したいことがある。

 国交省のガイドラインでは、老衰や病死等の自然死には告知義務はない。

 しかし現実には、中古住宅の売買の際に、家の中で亡くなった人はいないかと聞かれることが多々ある。

 自殺や孤独死だけでなく、自然死であっても家の中で人が亡くなっていることを忌み嫌うお客さんが多数派である。

 それで、拙は、親の家を相続した物件の売却の依頼を受けた際には、親御さんがどこで亡くなられたかを確認するようにしている。

 現在、日本では8割以上の人が病院(医療施設)で亡くなっている。

 この統計のとおり、家の中で亡くなったかとたずねてみても、ほとんどの場合、親御さんは病院で亡くなっている。

 突然様態が悪くなって亡くなるような場合でも、救急車で病院に運ばれて亡くなっていて、家で看取ったというケースはめったにない。

 自宅で死にたいと希望しても、なかなか自宅では死なしてもらえない時代なのだ。

 めったにはないことではあるが、自宅で亡くなられていた場合は、悪徳不動産屋たる拙は、事実をそのまま告げる。

 事故死、自殺ではなく自然死で家で亡くなるというのは、ほとんどの場合老衰にともなう大往生である。

 だから、その通りに説明することにしている。

 

 ただ、日本は死を忌み嫌う文化があるようで、どういう理由であれ人が亡くなった家を気にしないというお客さんは100人に1人いるかどうかといった感じである。

 国交省のガイドラインで、自然死は告知義務がないと明示されていても、善良なる消費者様が「人が死んだ家だと知っていたら買わなかった。金を返せ」と怒鳴り込んでこられたら、名の売れた不動産会社や、一般不動産屋さんであれば「法的に告知義務はない」と、歯牙にもかけないのだろうけど 、情けないかな気弱な悪徳不動産屋は身の縮む思いで夜も眠られなくなる。

 だから拙は、中古住宅の売却の依頼を受ける場合には、家の中で亡くなられた人はいないかを核にするようにしている。

 そんなことを聞くのは大変心苦しいのだが、後で夜も眠れないような憂いを抱え込むよりはましと、意を決して確かめることにしている。

 

2021年9月 5日 (日) 05不動産情報館日記 | 固定リンク | 0 | コメント (0)

2021年9月 4日 (土)

悪徳不動産屋日記 孤独死の物件

 昨日の話の続きをする。

 昨日のブログで書いた、推定死亡日時で相続登記されていた家(死亡日が推定日付であったから、孤独死だったと推測できる)は、相続登記後2カ月足らず後には売却されていた。

 変な縁があるもので、買主は、拙のつきあいのある不動産業のAさんだった。

 Aさんは好人物。足元をみて買いたたくような人ではない。

 孤独死物件だと一般には売れにくい。

 Aさんは恐らく相続人とは知り合いだったのだろう。

 早く処分をしたいというような相談を受け、お互いの利益を見出し、相応の価格で買い受けたのだろう。

 ここで問題になるのは、この物件の告知義務の取り扱いだ。

 死亡日が推定日付であるのは、孤独死をされたのことは間違いないだろう。

 その死亡原因は何だったのだろう。

 突発的な病死だったのか。

 事故死だったのか。

 はたまた自殺だったのか。

 亡くなられて何日目に発見されたのか。

 Aさんはこの家を貸すにしても売るにしても告知義務を負うことになる。

 

 告知義務とは、他殺・自殺・事故死などがあった不動産を売却または賃貸するときには、売主・貸主は、その事実を買主・借主に対して伝えなければいけないという義務である。

 不動産業者も、その事実を知っていれば告知義務を負う。

 事実を知らずに告知しなくても、あとでそのような事実が発覚すると、不動産業者は調査を怠ったとして損害賠償責任を訴えられる場合がある。

 だから、多くの不動産業者は売主、買主に、そのような事実はないかを確認し、確認した内容を必ず告知するようにしている。

 ただし、この告知の基準には法的な定めがなく、多くのトラブルを起こしてきた。

 
 それで国交省は、今年5月20日に「宅地建物取引業者による人の死に関する心理的瑕疵の取扱いについて」と題するガイドラインを公表した。

 ガイドラインでは、事故物件の告知義務の範囲や期間がかなり詳細に明示されており、今後この基準が周知されることにより、心理的瑕疵に関するトラブルを未然に防ぐことが期待される。

 今回ガイドラインで示された基準は以下のようになっている。

 殺人や自殺、事故による死亡発生は告知義務があり、その期間については、賃貸の場合、事故の発生からおおむね3年間としている。

 つまり、事故から3年経過すれば宅建業法上の告知義務はなくなることになる。

 また、これらの事故は、専有部分や室内で発生することを想定しており、隣地や建物前の道路など外部で発生した事故は対象外なっている。

 ただし、アパートのような集合住宅の場合は、ベランダ、共用玄関、エレベータ、階段、廊下などのうち日常使用する場所は告知義務の対象に含まれている。

 なお、事故死か自然死かが明らかでない場合でも告知義務はあるとしました。

 ここで残念なのは、期限を設定したのは賃貸の場合のみである。

 売買は賃貸に比べてトラブルになった場合の損害額が大きいという理由で、告知義務の期限は設けられていない。

 つまり事故の発生が何年前であっても告知義務はなくならないことになる。

 

 次に、老衰や病気などの自然死は、告知義務の必要はないとされた。

 また、事故死であっても、自宅の階段からの転落や入浴中の転倒、食事中の誤嚥など、日常生活の中で起こった不慮の事故による死亡の場合については、告知義務の必要はないとされた。

 ただし、発見が遅れたことにより遺体の腐乱が進み臭気や害虫が発生するなどして特殊清掃が必要になった場合には、事故物件として3年間の告知義務を負うことになる。

 今回ガイダンスの制定により、告知義務の期間が明確になったことや自然死の告知義務がないことが確認された。

 賃貸人や通常の不動産屋にとっては、自然死には告知義務がないことや告知義務の期間が3年に限定されたことにより、賃貸の運営対策がたてやすくなったと喜んでいることだろう。

 しかし、拙のような悪徳不動産屋にとっては、まだまだ朗報とは言えない規定だ。

 通常の美徳不動産会社は、今回の国交省のガイドラインを錦の御旗にして、物件や事件・事故から3年が経てば告知しないという方針を設定することだろう。

 入居後のお客さんから、「自殺があった物件と知っていたら借りなかった。何とかしろ!」というようなクレームが来ても、美徳不動産の看板を後ろ盾に、国交省のガイドラインという錦の御旗をふりかざし「国が定めた基準で告知の義務はございません」と善良なる消費者様を押し返すことができる。

 拙のような悪徳不動産屋がそんなことを言っても、善良なる消費者様は引き下がってはくれない。

 「知っていて貸したのだろう。教えてくれれば借りなかった。引っ越し代を出せ。次の物件を探す費用を払え。」と怒りまくって許してはくれないだろう。

 それに応じず、裁判にでもしてもらえれば、当社が責任を問われることはないだろう。

 しかし悲しいかな悪徳不動産屋は、争いごとは大の苦手なのだ。

 かくして、事故物件は3年を過ぎても告知を続けていく。

 

 

 

 

2021年9月 4日 (土) 05不動産情報館日記 | 固定リンク | 0 | コメント (0)

2021年9月 3日 (金)

悪徳不動産屋日記 推定年月日相続

 ずっと気になっている住宅があった。

 人気のある住宅地域の住宅で、売却の依頼を受ければすぐに売れそうな物件である。

 しばらく庭の手入れもされていないようで、空き家になっているようだ。

 玄関で声をかけてみたが、人が住んでいる気配はない。

 インターフォンを押してみたが、インターフォンも切れているようで反応がない。

 近所の人に聞いてみたら、やはり空家のようだがどうなっているのかはわからなかった。

 それで、登記簿で所有者の調査をしてみた。

 不動産登記簿というのは誰でも見ることができる。

 不動産取引にあたって、誰でも土地の権利関係を確認できるようになっているわけだ。

 拙は、長年不動産業をやっているから、不動産登記簿を見れば権利関係はすぐに理解できるのは当たり前のことで、不動産の所有者の生活まで見えてくる。

 この家の登記内容を調査してみたのだが、なかなか興味深い内容だった。

 平成6年に建築業者から土地を購入しその建築業者で注文住宅を建築したようだ。

 ご主人と奥様、各2分の1の共有名義になっている。

 抵当権の欄で借り入れ状況が分かる。

 住宅金融公庫(現在の住宅金融支援機構)から2000万円の借り入れをしている。

 ご主人と奥様が連帯債務者となっている。

 共働きの若い(30代~40代?)ご夫婦で、ご主人の年収と奥様の年収が同じくらいだったのだろう。

 当地(宮崎県の北端の町・延岡市)においては、上クラスのお客さんで、堅実な生活をしておられて自己資金を500万円から800万円くらいは使っているのではないか。

 子供さんはまだ小さくて、夢いっぱいのマイホームを建てられたのだろう。

 しかし、令和2年に奥様の住所が変更登記されている。

 住所移転の日(住民票の住所が変わった日)は平成23年となっている。

 そして同時に、奥様の持ち分がご主人に所有権移転。

 所有権移転の原因は財産分与。

 財産分与による所有権移転ということは、ご夫婦は離婚されたのだろう。

 令和2年に正式に離婚して、それを原因に財産分与ということで奥様の持ち分がご主人に所有権移転登記されているわけだ。

 登記簿では、奥様が住所を変わったのは平成23年となっているから、このときから夫婦は別居していたのだろうか。

 この後の登記が拙の想像を超える内容になっていた。

 奥様の持ち分を財産贈与でご主人に移転したのが令和2年の8月。

 なんとその半年余り後の令和3年3月に、相続による所有権移転登記がされている。

 単独所有者となったご主人が亡くなられて、県外在住の子供さんが相続してした。

 そして、ここで拙が初めて目にする登記事項があった。

 相続による所有権移転登記の原因日は被相続人が死亡した日時になる。

 登記簿の記載では、通常「原因 令和〇年〇〇月〇〇日 相続」となる。

 それが、この物件の登記では「原因 推定令和3年2月〇日」となっていた。

 相続の原因日、すなわち亡くなられた日が推定令和3年2月〇日なのである。

 推定とはなにか。

 すぐに私は、司法書士に確認した。

 司法書士は即答で答えてくれた。

 「孤独死でしょうね」

 その答えで拙はすべて理解できた。

 なるほどである。

 被相続人となる方が孤独死された場合、正確な死亡年月日がわからないことがある。

 このようなときに、推定年月日と記載されるのだろう。

 被相続人の戸籍にも「推定年月日死亡」と記載されることがあるそうだ。

 不動産は奥が深い、40年以上やっていて初めての登記事項だった。

 

 この登記簿にはすごいドラマが展開されていたわけだ。

 平成6年にあこがれのマイホームを手に入れた。

 子供さんは小学生だったのだろうか、中学生だったのだろうか。

 あこがれのマイホームで楽しい生活が始まり、子供たちの笑い声が響いていたことだろう。

 それから17年後、子供たちは大学を出て独り立ちをし、そしてなにかの理由があって奥様も家を出た。

 長い別居生活が続き、令和2年に正式に離婚。

 皮肉にもその半年後にご主人は誰にも看取られることなく亡くなられた。

 さらに登記簿は語る。

 相続人の息子さんの住所は大分県になっている。

 大学を出て立派な大人になり、大分県に自分の家庭を構えておられるのだろう。

 そして恐らく、お父さんはまだお元気だったのだろう。

 お元気だったからこそ、お一人で生活していたのだろう。

 別れた奥様の持つ持ち分を自分に移転させたのも、お元気でまだこの家で生活を続けるつもりだった故だろう。

 もう一つ登記で気になったのは、所有権移転の原因が財産分与ということ。

 奥様の持ち分を財産分与するということは、離婚の原因はご主人によるものではなかった可能性が高いのではないか?


 どういう理由であれ土地建物共にご主人のものになった。

 その半年後にご主人は他界。

 死亡の日が推定期日になっているというのは、看取られることなく亡くなられたということ。

 亡くなられてすぐに気づいてもらえたのだろうか。

 それとも、数日たって見つけてもらったのだろうか。

 死亡原因は、自然死だったのか?事故死だったのか?自殺だったのか?

 亡くなられてから1カ月半余り後に相続登記の申請がされている。

 

 そして、息子さんが相続登記をした2カ月後、この家は売却されていた。

 登記簿にはいろんなドラマが垣間見える。

 

 かくして、悪徳不動産屋の仕事の種は消えてしまった。

 「推定死亡年月日」。倒れるまで学習を続けなくてはいけないのだなあ。

 

 

2021年9月 3日 (金) 05不動産情報館日記 | 固定リンク | 0 | コメント (0)

2021年9月 2日 (木)

継続   女性は強い

 継続は大事。

 ここ数年ブログの更新がなおざりになってきていた。

 先月にいたっては、ほとんど更新していない。

 とにかく書き続けることが大事。

 空白が続いてしまうと、脳味噌までスカスカになってしまいそうだ。

 これからは、老化防止のためにも空白を埋める作業を継続することが大事かもしれない。

 まずは空白を埋める作業から再出発。

 断筆宣言された佐藤藍子さんは97歳。

 瀬戸内寂聴さんは数えで100歳(満で99歳)。

 拙がお二人の年になるまでは、まだ30年くらいある。

 それにしてもご長寿のお二人とも女性。

 男性は誰かいなかったか。

 拙の好きな作家でご高齢で思い出した筒井康隆さんは84歳で現役の姿を拝見する。

 大江健三郎さんは86歳のはず。拙の行動範囲の中ではしばらくお見掛けしないが活動されておられるのか。

 ジェンダーとやらで男女差をつけることはよろしくないことのようだが、女性の方がしたたかで強いのかもしれないなあ。

 

2021年9月 2日 (木) 日記・コラム・つぶやき | 固定リンク | 0 | コメント (0)

2021年9月 1日 (水)

9月1日

 気が付けば9月。

 当社は、夕方7時を閉店時間にしている。

 今日、店を閉めようとシャッターを降ろそうとしたら、外は薄闇であった。

 昨日と今日で、日の入り時間にたいした違いはないはずなのだが、昨日は気が付かなかった。

 1年半以上も、コロナ、コロナ。オリンピック。パラリンピック。アメリカのアフガニスタン撤退。

 総選挙を控えている日本。

 あわただしい時間の中で、大事件が人ごとのように流れて行ったが、時間は確実に進んでいた。

 1日は、夢遊病者の私が覚醒する日。

 今日が大事。

 明日が大事。

 

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