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2021年10月

2021年10月10日 (日)

悪徳不動産屋日記 定年後の居場所がない?

私には定年はない。

昨年の年頭に「倒れるまで現役」の目標を掲げた。

倒れたときが定年だ。

仕事にこれと言った趣味もないし、一緒に遊ぶ友人もいないから、仕事をやめるとすることがない。

仕事も、お客様は神様です的な仕事はご遠慮させていただいて、お客様にお金をいただきながら、さらに感謝していただきたいと言った感じで自分の気に入った仕事をマイペースでやらせてもらっている。

お金のために働くとストレスも多いのだろうが、金では動かないよと決めてしまうとストレスは少ない。 

今や世の中は情報が混とんとしている時代。

一部で話題になっている「FIRE」という言葉がある。

「FIRE」とは、Financial Independence, Retire Earlyの頭文字をとったもの

直訳すれば、経済的に独立して早期にリタイヤするということだ。

これまでの、一生遊んで暮らせるような大金を稼いでリタイヤするという考えとは違って、倹しく暮らせば生活できるだけの資産を作って、自分の生活や家族との時間を優先したシンプルな暮らしをめざすというものだ。

一方で、70歳まで働らいて老後に備えるために、定年後70歳まで働きなさいという教えもある。

ネット世界では前者の考え方がトレンド。

新聞や週刊誌は、その購買層が高齢者であるせいか、後者の考え方の特集記事があふれている。


そんな中、こんな新聞の出版広告の見出しが目に留まった。

「定年後の居場所」「家でゴロゴロ、仕方なく図書館になる人、ならない人の差とは」とある。

どんな話かと思って、楽天マガジンでその週刊誌の記事を読んでみた。

いわく、「人生の幸福度を決定的に左右するのは『居場所』の有無。

仕事、趣味、地域活動など花咲く場を得た定年世代を豊富に取材。

人との『縁』の育て方、自分の活かし方、心の整え方を指南。」とある。

家の中にも、家の外にも「居場所」が無い人が図書館で時間をつぶす人になるという理論なのだ。

図書館で時間をつぶす人と、拙が仕事場で時間を過ごすのとは同じことなに見えた。

しかし、そんなことはいらん世話だ。

空調のきいた図書館で読書三昧の生活を楽しんでいる人もいるだろう。

人生いろいろ。

早期リタイヤの生活を楽しむのも、倒れるまで仕事を続けるのも、人それぞれ。

ノーベル賞の真鍋さんの言葉を借りれば、「周囲に同調して定年後の人生を送ることはない」

なんてことを言うのが悪徳不動産屋の所以だろう。

2021年10月 8日 (金)

久しぶりの外界 なにごとも無きに感謝

 このところ、自分がなにごともなく生きてこられたのは奇跡じゃないかと感じている。

 とくにこの2、3年、ポーっとしたまま気が付くと一日が過ぎてしまっていたという日々を過ごしてきていた。

 そのことについては、またじっくり見つめてみたいが、そんな中、今日、拙が加盟している宅建協会の仕事に借りだされた。

 宅建協会というのはという説明も省略。

 拙は、日ごろ宅建協会の仕事には一切協力していなくて、協力の要請があったら手伝うといったスタンス。

 今日は、宅建協会の延岡支部長の要請に応じて役員数名と宮崎市まで行ってきた。

 支部長とは古い付き合いで、年に何度か顔を合わせているが、他の役員さんとは1年ぶりくらいの顔合わせだった。

 そこで驚いたのが、今日久しぶりに顔を合わせた5人のうち2人がこの1年の間に大きな病気をしていたことだ。

 1人は心臓の手術。

 やつれた感じはまったくなかったから、心臓手術といっても、心筋梗塞でカテーテルを動脈から入れて、バルーンとステントを使って詰まった冠動脈を広げる手術だろうと思ったのだが、海峡手術で心臓の弁を人工弁にとりかえるという大手術だったとのこと。

 彼は学生時代にサッカーをやっていて、今も子供たちにサッカーを教えていたし、サッカーの審判もしていたのだが、最近疲れがひどくて息切れをすることもあった。

 しかしそれは、年のせいだろうと思ってそんなに気にも留めていたのだが、体調に異変を感じて検査してもらったところ、検査した医師が顔色を変えるような重症だったそうだ。

 もう少し発見が遅れていたら命にかかわるような状態だったらしい。

 そんな話をしていたら、ちょうど同じ時期にもう1人の役員も胆のうの大手術をしたという。

 この役員は、胆のうの手術をしたところ術後に化膿したとかで、再手術となって2カ月も入院していたとのこと。

 2つの話とも、拙にとってはまったくの初耳であった。

 拙は、人付き合いが苦手で自分から人のところに出かけることがない自覚はあったのだが、こんなことがあって気が付かされたのは、拙のところに来てくれる人もいないということだ。

 だから、こんな情報が入ってこないのだ。

 拙は、かといって顧客や仕事を探すために歩き回ることもないし、人に逢いに出かけるわけでもない。

 つくづく、どうやって仕事ができているのだろうと我ながらわけがわからない。

 ともあれ、なんとか人並みにいきているし、人並みの生活はできている。

 それにつけても、このところ久しぶりに人と会うと、まず病気のことが話題になることが多い。 

 時には共通の知人の訃報。

 今日、久々に外界に引っ張り出され、拙と同世代の大病の話を聞かされて、なによりも、拙の唯一の相棒というか同志というか、連れ合いともども、これまで大きな病気をしないで生きてこれたことに改めて感謝した。

 

2021年10月 7日 (木)

佐藤愛子さん、瀬戸内寂聴さんまではまだ30年

 佐藤愛子さんが最新刊「98歳戦いやまず日は暮れず」で断筆を宣言されていた。

 佐藤愛子さんは来月98歳を迎える。

 瀬戸内寂聴さんは99歳。

 朝日新聞に毎月第二木曜日「寂聴 残された日々」というエッセイを続けておられて、まだまだ書きたいことがあると言っておられる。

 超人とは比較にならないが、お二人の年まではまだ30年あると思って自分をなぐさめている。

2021年10月 3日 (日)

人生の無駄遣い

 今日も人生の無駄遣い。

 「将来に目を向ければ、今が一番若い」なんて言葉を、都合よく取り入れたって、将来はもう長い時間は残っていない。

 死ぬまで人生の無駄遣い。

2021年10月 2日 (土)

過去に目を向ければ、今の自分が一番年老いているが、未来に目を向ければ、今の自分が一番若い

「過去に目を向ければ、今の自分が一番年老いているが、未来に目を向ければ、今の自分が一番若い」

88歳になられた森村誠一さんの最新刊「老いる意味」にあった言葉だ。

森村さんは80歳を過ぎにうつ病を発症し、苦しみを乗り越えられて作家活動を再開されている。

今の拙の気持ちを後押ししてもらった。

拙の年頭の思い、「倒れるまで現役」。

倒れるまで、今の自分を一番若くあれ。

 

 

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2021年10月 1日 (金)

10月1日 月立

10月1日。

今年10回目の朔日。月立。

新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が解除された。

我慢を強いられていた人々が一気に外に繰り出すことだろう。

早速マスコミはそれを煽ろうとしている。

感染が急減してきた原因はワクチンのせいか?

感染急減の正確な理由はわかっていない。

人が繰り出すことによる感染再燃を不安視する声もある。

何もなければよし。

再拡大したとしても、コロナウィルスと共存する道を探すべきではないか。

 

ともあれ、今日は月立。

拙は、ひさびさに充実した1日になった。

 


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