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2021年11月

2021年11月30日 (火)

明日から師走

 明日から師走。

 毎年のことだが、1年が過ぎるのがなんと速いこと。

 師走。師が走る。

 師走は、普段落ちついているお坊さんでさえも、この月は多忙で走り回るようになるという意味から名付けられたという説がある。

 拙は、「しわす」という言葉の響きも、慌ただしく追いまくられるように感じる。

 「しわす」。しわす。しわすー。しーわす。せわしい。

 何とも語感から、せわしく感じてしまうのだ。

 

 年の瀬が迫ると、師走とセットになるのが「泣いても笑っても」。

 「泣いても笑っても」今年も、あと一カ月。

 毎年、師走は、やり残したことが多すぎて、悔やみとあきらめの一カ月になるのだが、今年はまだまだやれることがたくさんあるような気がしている。

 明日の今年最後の一日(ついたち)は、例年より明るく迎えられそうだ。

2021年11月29日 (月)

コロナは許してくれない

 終息していくのかと思っていた新型コロナだが、新たに発見された新型変異株オミクロンは感染力が強く、ワクチンの効果を破るのではないかと不安視されている。

 自然はまだまだ人間を許してくれないようだ。

 

2021年11月28日 (日)

朝倉市の「公務員ネコ」

 福岡県朝倉市の環境課に、2匹の「公務員ネコ」がいるそうだ。
 
 実は、ごみ収集車の車庫では、ネズミがゴミ収集車の配線などをかじり、故障するのが悩みの種。
 
 そこで、家庭ごみの収集などが業務の環境課では、1985年ころからネズミ対策としてネコを飼ってきたのだそうだ。

 現在、2匹のネコがいるが、これは今年6月に拾われた3匹の捨てネコのうち、引き取り手のなかった2匹。
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 2019年12月からネコがいなくなってたので、2匹がその後釜として職についた。(よかったね!)

 ネズミ対策費としてネコの餌代1万円が市の予算として計上されている。

 2匹がいる平日は、「猫 勤務中」の札が掲げられる。

 週末は環境課の中村課長が自宅に連れ帰るので、その間は札を裏返しして「猫 外泊中」になる。

 まだネズミを捕まえた実績は無いが、ネコの存在で、その任務は充分に果たされているようだ。

 なんとも嬉しい話を聞いた今日の出来事。

2021年11月27日 (土)

帽子サイズ拡張機

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 いきなりの写真。何のことかわからないだろう。

 はずかしながら、拙の写真である。

 実は、ごらんのとおり拙は顔がでかい。

 拙は写真が苦手で、まじまじと自分の写真を見るのは久しぶりだが、思っていた以上に顔が大きいことを思い知らされ、年甲斐もなく悲嘆にくれている。

 

 話が飛ぶようだが、拙の師匠は若いころモテなかった。

 当時は師匠も拙もまだ若く、師匠と一緒に出歩くことがあったが、拙の方が少しモテた。

 そんな時師匠は拙のことを、「こいつはダイガン会の会長よ。わかるけ?」と女の子たちを煙に巻くようなセリフを発した

 すると「ダイガン会ってどんな会?」って聞いてくる。

 そう聞かれると師匠はうれしそうに、「この男は顔が大きいじゃろー。こんな大きな顔はめったにないよ。おそらく延岡市(当地(宮崎県の北端の町)で一番でかい顔じゃわ。だから大顔会というのを作って、その会長になれと言っちょるとよ」と笑いをとるのがいつものことであった。

 きっと、拙がもてるのをやっかんでいたのだろうと拙は思っている。

 ただ、客観的に物を見ることができる拙は、自分の顔が大きいのは認めている。

 拙は子供のころから、年寄りには「男前じゃね」と言わることが多かった。

 しかし、肝心の、拙がもてたい年代の女の子には「かっこいい」「すてき」なんて言われることはなかった。

 きっと、ずっと昔は、歌舞伎役者や舞台俳優は顔が大きくないと観客に見えにくいので顔の大きい方が男ぶりも良いということだったのだろう。

 だから、昔の俳優は顔が大きくて、それでお年寄りからは「男前じゃね」と言われたのだろう。

 そういえば、お年寄りからも、「男前じゃね」とか「男ぶりがいい」とは言ってくれたが、「ハンサムじゃね」と言われることは無かった。

 昨今は、顔が小さいのがイケメン、イケジョの基準の一つとなっている。

 テレビを見ていると、女性タレントだけではなく、男性タレントに対しても、「うわーー。顔がちっちゃいー」というのが誉め言葉となっている。

 小顔のイケメン俳優・タレントに「うわーーーーー。顔がちっちゃーーいーー」と賛美の声をあげる。

 一世を風靡した男性タレント、速水もこみちさんがその典型として思い出される。

 もこみちさんは、180㎝以上の長身で小顔。

 ほんとにちっちゃかった。

 他のタレントと並んでも、その顔の小ささが際立っていた。

 ずっと変わらず美形俳優の座にいる福山雅治さんも小顔の代表だろう。

 しかし、顔が小さければ小さいほどいいともてはやす者がいるが、そうではない。

 拙が子供のころ、当地(宮崎県の北端の町・延岡市)には「ミーヤン」と呼ばれるみたいな男がいた。

 本名が、ミツオだとか、ミツトシだとかいうことで、みんなから「ミーヤン」と呼ばていた有名な男だった。

 今思えば小頭症という奇形の病気だったようで、頭が大人の握りこぶしを二回り大きくしたくらいしかなく、知能の発達障害があった。

 生活保護を受けていたのだろうが、ホームレスのような感じで町を彷徨していた。

 こころない子供たちは「ミーヤン」が来ると、「ミーヤン」「ミーヤン」といって「ミーヤン」を取り囲み、からかっていた。

 そんなとき、知恵遅れではあるのだろうが一人の人間。やはり傷つくのかなきながら、そんな子供たちを追いかけまわしていた。

 拙は、子供ながらに、自分の周りの友達たちがそんなことをするとき、怒って諫めていたことを思い出す。

 ずいぶん話はそれたが、顔が小っちゃければ良いってものじゃない。

 ようはバランスなのだ。

 
 話は変わるが、家内は顔が小さい。

 身内をほめるようで恐縮だが、若いころ家内と一緒にいると、みんなに「きれいな奥さんですね」と言われていた。

 家内は年をとったが今もなかなかなもので、上品なご婦人になっている。

 拙が不甲斐ないもので高い服が買えるような生活はさせていないもので、もっぱらメルカリなんぞで格安の服を買っては、掘り出し物を見つけたと喜んでいる。

 ま、親バカならぬ、亭主バカとでもいうのか、家内は素材がいいのかセンスがいいのか、そんな安い服をきていてもなかなかイカシタ(古い!)女に見える(亭主の欲目)。

 

 冒頭の写真で拙がかぶっているのは、家内がメルカリで買った帽子である。

 そこそこのメーカー品で、新品未使用ということでタグもついていたそうだ。

 家内は、試着しながら「これ、サイズがちっちゃいから普通の人にはきついはず。だからサイズが合わないから売りに出したんろうね」と言っていた。

 拙は、「ほらみたことか。安物買いの銭失いじゃないか」と言おうかと思ったが、そんなことをしては一大事。

 その百倍くらい罵られるだろうから、口には出さずに家内の方を見たが、かぶっている帽子はきつそうには見えなかった。

 家内は、拙に「あなた、しばらくこの帽子をかぶっていてくれんけ?」と言ってきた。

 そこで拙は、「服や帽子なんかはサイズがあわなかったりするから、新品を店で買った方がいいんじゃないと」と言ってやった。

 すると家内は、「私のサイズにはぴったりなんだけど、さっと被るには少しゆるめのほうが使いやすいのよね」とのこと。

 なんかこんなのあったよなとネットで調べてみたら、帽子拡張機というものがあった。

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(ブログ「帽子屋KNOWLEDGE店主の日記」の写真を無断使用させていただきました)
 

 家内の命令で、キツキツの帽子に頭をねじこんで、肉体帽子拡張機になって30分になる。

 拙の帽子のサイズはXL。

 機械と違って、生身の頭。

 頭の血管を激しく締め付けていたもので、ちょっと、頭がぼーっとしてきた今日の出来事でした。

 

 

 

 

2021年11月24日 (水)

一般人が暴漢を取り押さえるのは難しい

 先日、当地(宮崎県の北端の町・延岡市)JR延岡駅で、刃物を振り回ましてあばれる男を取り押さえる訓練が行われた。

 訓練では、電車内で暴れる男を、さすまたを持った駅員が距離をとってなだめながら乗客を非難させ、駆け付けた警察官が盾で追い込んで取り押さえた。

 今日のテレビのニュースで、埼玉県戸田市の駐車場で刃物を振り回す男を警察官が取り押さえようとする映像が流れていた。

 警察官4人くらいが、さすまたを持って取り囲んでいたが、刃物を振り回す犯人になかなか近づけない様子だった。

 テレビドラマや映画のようにはいかない。

 訓練を受けている警察官でも、刃物を振り回して向かってくる犯人に対峙すると、やはりひるんでしまうようだ。

 一般人が暴漢を取り押さえるのは、なかなか難しいだろう。

 取り押さえることより、暴漢から乗客等の身を遠ざけることが大事だなと思った、今日の出来事だった。

 

2021年11月23日 (火)

ヨーロッパでコロナ感染拡大

 ヨーロッパでは、コロナ感染が拡大している。

 ドイツでは新規感染者が1日に6万人を超え、過去最大の感染者数となっている。

 一時感染が縮小して、日常生活をコロナ以前に戻した結果かもしれない。

 なぜか欧米人はマスクを嫌う。

 日本では感染縮小後もマスク着用が定着している。

 当地(宮崎県の北端の町・延岡市)では、この1カ月半、新規感染者は出ていない。

 しかし、人通りのない街中でマスクスをしていない人を見かけることはない。

 日本の感染消滅は、そんな日本人の性格のせいではないのだろうか。

 決して、気を許してはいけないだろうなと思う今日の出来事。

 

2021年11月21日 (日)

ブラックマンデー なぜブラック?

11月の第4金曜日はブラックフライデーと呼ばれ、様々な店でセールが行われる。

拙には、それがなぜブラックなのかがなぞだった。

それが今年やっと解決した。

ブラックは、収支が黒字になるという意味のブラックなのだそうだ。

恥ずかしながら、知らんかった。

2021年11月20日 (土)

同窓生佐藤公英君叙勲で知った 池袋暴走 母子殺害の飯塚幸三受刑者不逮捕の事情

高齢者の車暴走事故が止まらない。

17日、阪狭山市のスーパーの敷地内で、89歳男性の乗用車が歩行者を次々とはね、87歳の男性が死亡、ほかに女性2人が重傷を負わせる事件があった。

大阪府警は、車を運転していた89歳男性を自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致傷)の疑いで現行犯逮捕した。

容疑者は調べに対し、「敷地そばの路上に車を止め、スーパーで買い物中の妻を待っていた。妻が店から出てきたのでトランクを開ける操作をしていたら、車が前に動いた。止めようとしてブレーキとアクセルを踏み間違え、一気に車が敷地内に入った」と説明。「あわててバックした後、ギアを切り替えてアクセルを踏んで前進し、壁にぶつかった」などと話したという。

この容疑者は、どうみても逃亡する恐れや証拠隠滅する恐れはまったくないと思われる。

しかし、府警は容疑者を現行犯逮捕。名前も職業も発表された。

これが通常の容疑者の取り扱いだ。

異例だったのが2年前の池袋暴走母子殺害事故の犯人飯塚幸三の処遇だ。

飯塚は、2人の人命を奪い、9人もの重軽傷者を出した大事故で、ブレーキとアクセルの踏み間違いが明らかに疑われる状況にも関わらず自分の罪を認めなかった。

17日の事故の容疑者は踏み間違いを認めていたから証拠隠滅の恐れはないが、飯塚は証拠隠滅の恐れはあり得ただろう。

それにもかかわらず、警察は「逃亡の恐れも証拠隠滅の恐れもないからということで逮捕されず、名前の公表もなかった。

マスコミも、逮捕前の容疑者の名前は報道しないということで、名前は報じなかった。

マスコミは飯塚の経歴が旧通産省工業技術院の院長だったということで「元院長」という肩書で読んテレビでは旧通産省工業技術院長という肩書で呼ばれ、国民から高級官僚だったことで逮捕されない特別待遇に非難の声が上がり、上級国民いう言葉が生まれた。

法を守るはずの警察も、正義を振りかざすマスコミも、国民の非難の声を無視して飯塚を特別扱いしてきた。

拙は、なぜこれほどまでに特別待遇をするのか、通産省工業技術院の院長というのがどれだけ権威のある地位なのか疑問だった。

 

話は変わるが、私の高校の同級生・佐藤公英君が秋の叙勲・瑞宝双光章を受章をした。

それで瑞宝双光章とはどのような勲章なのか、勲章についていろいろネットで検索してみた。

するとなんと、飯塚受刑者の叙勲歴についての記事が見つかった。

飯塚受刑者は15年に「瑞宝重光章」を受章していたのだ。

かつての勲二等瑞宝章と称される勲章で、二番目に重要な勲章だった。

拙は、警察やマスコミが飯塚受刑者を腫物を触れるように扱った理由はこれだったのだとおもった。

勲二等相当の叙勲者。これが特別扱いの原因だったのではないか。

警察も検察もマスコミも、正義は権力の前には公平ではないということをいまさらながら地再認識させられた今日のできごと。

 

2021年11月19日 (金)

仮定の質問には答えられない 個別の事案には答えられない

 拙が理解できない言葉。

 仮定の質問には答えられない。

 個別の案件には答えられない。

 

 自分が想定したこと以外に何かが起こりうることは一切想定しない。

 不測の事態に対処することは考えない。

 総論は論じるが、各論については一切考えない。

 ということか。

大谷翔平選手 満票でMVP

  大谷翔平選手が満票でアメリカン・リーグのMVPに選出された。

 快挙。

 すばらしい。

 うれしい。

 他人を手放しでほめることのできない嫌な性格の拙だが、大谷サンには敬服!感謝!祝福!

2021年11月18日 (木)

来年は真似よう 第一生命×ディズニーカレンダ

 今日、第一生命さんからカレンダーが届いた。

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 第一生命がディズニーのオフィシャルスポンサーということで、毎年ディズニーの壁掛けカレンダーをいただく。

 1ページ2カ月の6枚もの。

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  総天然色(古臭い言葉だけど、総天然色とよびたくなる鮮やかな色遣い)の、色鮮やかな、かわいいカレンダー。

 通常、企業のカレンダーは会社の宣伝のために配るものだから、カレンダーの下部に大きく社名やロゴが印刷されてている。

 第一生命さんのカレンダーは社名とロゴが目立たないように、つつましやかに印刷されている。

 パっと見ただけでは企業のカレンダーだとはわからない。

 いつもいただいていて、このほうがお洒落だなとは思っていたのだが、拙はせこい性格をしているもので、せっかくカレンダーを配るのだったら少しでも自社名が目立つように最大の大きさの文字で注文していた。

 弊社のカレンダーは実用的なジャンボカレンダー。

 さもしくも社名と行政書士事務所を併記している。

 社名を最大限大きな文字にしてもらっている。

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 ただ現実には、カレンダーの社名部分を切り取って使っている人も少なくない。

 弊社のカレンダーのように書き込みスペースの大きいカレンダーは実用的で、学校行事の多い家庭や事業所には好評で、官公庁の各部署にかかっているカレンダーはこのタイプのカレンダーばかりだ。

 官公庁に出入りする企業が、名刺代わりに各部署に複数配布しているのだろうが、NHKが放送で企業の宣伝にならないように企業名のある看板や商品名を出さないようにするのと同様、企業が贈呈したカレンダーからはすべて、見事に企業名が切り取られている。

 官公庁出入り業者はそれを承知で届けているのだろうが、弊社がカレンダーを届けている客さんのところに寄って、社名を切り取られたカレンダーを見ると、拙は残念な気持ちになる。

 拙は人間が小さいから、そんな相手が別にこちらがお世話になっているわけではない単なる知り合いの場合、次年度からのカレンダーお届けリストからは削除することにしている。

 しかし、今年は第一生命さんのカレンダーを見ていて気持ちが変わった。

 来年のカレンダーの社名ロゴは極小でいくことに決めた。

 邪魔にならないように。

2021年11月17日 (水)

ながら、ながら

 ながら、ながら。

 気が付けば、すべてがながらになっていく。

 ブログを書くのはテレビを見ながら。

 見直さなくてはな。

2021年11月16日 (火)

横田早紀江さんの人生 いたたまれない

 13歳で、突然されて、言葉もわからない異国の地に連れ去られた横田めぐみさん。

 どんなに怖くて悲しかっただろう。

 何年間、泣き暮らしたのだろう。

 めぐみさんの気持ちを思うと、本当に心が痛む。

 泣き暮らし、泣き暮らし、それでもあきらめて新しい人生を歩いたのだろう。

 でも、めぐみさんを失った、母・早紀江さんの人生は44年前から止まったままだ。

 早紀江さんの人生を思うと、なんとも、いたたまれない気持ちになる。

 早紀江さんの人生って、なんだったのだろう。

 こんな悲劇があるだろうか。

 

2021年11月15日 (月)

老後の資金がありません 面白かったけど、がっくり 

 昨日、天海祐希主演「老後の資金がありません」を見に行ってきた。

 この映画はTBS幹事会社としての制作で、テレビでバンバン番宣している話題作。

 封切2週間目の日曜日だし、派手な番宣のおかげで客席数の3分の1くらいのお客が入っているかと思っていたが、観客は6組12人。

 これはコロナのせいではなくて、コロナ以前もこんなものだった。

 よくぞ映画館を続けていてくれると、「延岡シネマ」さんに感謝。

 映画「老後の資金がありません」は、垣谷美雨著の小説を映画化したもの。

 小説の「老後の資金が・・」も、ちょっと話題になって、拙は図書館で借りて読んでいる。

 ユーモア小説だったけど、なんか感動した覚えがある。

 読んだことのある小説が映画化されると、キャストが自分が頭に思い描いていた人物と役者のイメージが違っていて、見たいと思うことが少ないのだけど、「老後の・・」については、拙が小説の内容を覚えていないことと、家内が天海祐希さんのファンで、拙も天海さん主演なら見てみたいと思い映画館に出かけた次第。

 いつものことではあるが、映画の内容については書かないが、すごく面白い映画だった。

 面白いというのは、喜劇としての面白さである。

 そして最後の方で、ちょっとジンとさせ、明るい気持ちにさせて終了。

 見終わって幸せな気分になって帰れるという、拙の一番好きなパターンの映画だった。

 しかし、まったく原作を思い出せなかった。

 原作をつい2年前くらいに読んだばかりなのだから、見ていたら少しは映画の筋がわかるだろうと思っていたのだが、最初から最後まで、一切思い出せなかった。

 映画は面白くて、見終わって幸せな気分だったのだが、原作を全然思い出せないことに、がっくりした今日の映画鑑賞であった。

 でも、面白い映画でしたよ。おすすめします。

 延岡シネマの駐車場が広くなって止めやすくなっています。

 

 

2021年11月13日 (土)

天国と極楽 寂聴さんは極楽でしょう

 堀江貴文氏が自身のユーチューブで「瀬戸内寂聴さん、ありがとうございました」と題する動画を流していた。

 拙の、その話の内容に関する感想は、また改めて書きたいが、その前に一つ言っておきたい。

 堀江氏が動画の最期に、「天国でやすらかにおねむりください」と言っていたが、寂聴さんがやすらかに眠る場所は「極楽」でしょう。

 拙は、年に何度か葬式に参列する。

 ほとんどが仏式の葬儀である。

 葬儀の中で、「天国でやすらかにおやすみください」と多くの人が弔辞を述べる。

 しかし、「仏教徒が行くところは極楽」「天国はキリスト教徒が行くところ」。

 拙は、小学校の時の先生にそう教えられて、それが頭に焼き付いているもので、「天国でやすからに」という弔辞にいつも少し違和感を感じる。

 ただ、言葉は時代で変遷するもの。

 今は、日本人が「天国」と狂言するのは「あの世」ということになっているのだろう。

 それで拙は、少し違和感を感じるけど、その違和感は飲み込める。

 でも、寂聴さんは天台宗の尼僧である。

 だから、寂聴さんがやすからにおやすみになる場所は「極楽」でしょう。

 きっと極楽をにぎわしておられることでしょう。

 

 

 

2021年11月12日 (金)

一度きりの人生

 一度きりの人生という言葉が身に凍みる、今日の日。

2021年11月11日 (木)

瀬戸内寂聴さん 八田武己さん 安らかにおやすみください

 瀬戸内寂聴さんが亡くなられた。

 99歳だった。

 瀬戸内さんは、つい最近まで執筆をしておられた。

 毎月第2木曜日、朝日新聞の土曜版「be」に「寂聴 残された日々」と題してエッセーをお書きになっていた。

 つい先月10月も配信されていて、筆の力はまったく衰えを感じさせないものだった。

 週刊朝日には、横尾忠則さんとの往復書簡「老親友のナイショ文」を連載されていた。

 半世紀のお付き合いのお二人の、自由奔放でユーモラスなやりとりを楽しく拝見させてもらっていた。

 10月15日号(10月5日配信)から、瀬戸内さんが風邪をひいて体調が悪いので用心のために療養しているということで、瀬戸内さんお気に入りの秘書の瀬尾まなほさんが瀬戸内さんのリリーフして筆をとっていた。

 すぐに復帰するということでのリリーフだということだったが、復活はかなわなかったようだ。

 ペンを握ったまま、机の上の原稿用紙にうつぶせになって死ぬことが理想だと言っておられた瀬戸内さんだったが、その理想に近い最期だった。

 

 そんなおり、今日、当地(宮崎県の北端の町・延岡市)限定ローカル紙夕刊デイリーに八田武己さんの訃報が報じられていた。

 81歳だった。

 当地の最長老と言える不動産屋さんだった。

 今年拙は、「倒れるまで現役」を宣言した。

 しかしここ数年、拙が目標にしていた師匠をはじめとする先輩の不動産会社の社長がつぎつぎと後進に道を譲っていかれる。

 そんな中八田さんは、現役で会社の最前線にたって仕事を続けておられた。

 拙は、八田さんといっしょに仕事をしたことはなかったが、今年に入って、80歳を越して現役でやられている八田さんに話を聞きに行こうと思っていた。

 つい先日、11月1日、八田さんの片腕のベテラン女性社員さんとばったり出会い、「八田さんは元気でやってるの?」と聞いた。

 「変わらず会社に出てますよ」ということだったので、「近いうちに八田さんにお話をききに会社に伺います」とやりとりをしたばかりだった。

 夕刊デイリーの訃報広告に、「故人は、亡くなる5日前まで出勤し当日まで電話で指示するなど、最期の最期まで現役を貫き通した仕事一筋の人生でした」とあった。

 人生をまっとうされたお二人にはただただ敬服するのみ。

 拙は、今死ねば、「まっとうした」と胸をはって言える人生ではない。

 瀬戸内さんの、「今からでも好きなことを全力でやればいいのよ」という言葉は心の支え。

2021年11月10日 (水)

これはおすすめ 「ホルサック」クリアホルダーファイル

 是非お勧めしたい文具を見つけた。

 メーカーはキングジム。

 以下、キングジムのホームページのセールスコピーをそのまま転記して、拙の感想を併記。

   (商品を宣伝するのだから著作権侵害にはならないですよね)

 書類を手軽に収納できるクリアーホルダーは、「書類に穴をあけずに済む」「透明で中身が見える」「かさばらない」といった利点から多くのシーンで使われているファイリングツールです

 ふむふむ。その通りだ!

 一方で、複数のクリアーホルダーを管理する際、まとめて持ち運びにくい・収納した書類が閲覧しにくいという不満点がありました。

 その通り!不満だった!

 今回発売する「ホルサック クリアーホルダーファイル」は、それらの不満点に着目し、複数のクリアーホルダーをファイルに差し込むだけで冊子状にまとめられ、すっきりと持ち運ぶことができるクリアーホルダー専用のクリアーファイルです。

 また、クリアーホルダーをセットした際、開口部を塞がないので、収納したままの状態でも中の書類が閲覧しやすく、出し入れもスムーズです。

 それは、非常に良い!買って試してみたい!

 新聞だったか雑誌の広告で見て、良さそうなグッズだなと思ったのだが、広告の写真ではいまひとつ詳細な機能がわからなかった。

 キングジムのホームページで商品を確認してみたら、やはり良さそうなグッズなのだが、どういう仕組みでクリアファイルが固定されるのかがいまいちよくわからなかった。

 価格は660円+消費税。

 これくらいの価格なら、使い物にならなくても悔やむことはない。

 ということで、即座にネット購入。

 注文2日目に到着。

 大きな期待はしていなかったのだが、これは想像を超えたすぐれものだった。

 こんな文具を見つけると、うれしくてウキウキしてしまう。

 

 キングジムの写真をもとに説明してみよう。 

 「複数のクリアーホルダーをファイルに差し込むだけで冊子状にまとめられ、すっきりと持ち運ぶことができるクリアーホルダー専用のクリアーファイルです」とあるが、こんな感じでクリアホルダー差し込むようになっている。

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 実物は下の写真だ。

 わかりにくいかもしれないが、上から、ちょろっとクリアファイルをひっかける舌のようなものが飛び出ている。

 この舌のような部分にクリアファイルを差し込む。

 その下の方でクリアファイルを受けるようになっている。

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 やってみると簡単な仕組みだが、クリアファイルがうまく収まる。

 

 「クリアーホルダーをセットした際、開口部を塞がないので、収納したままの状態でも中の書類が閲覧しやすく、出し入れもスムーズです」

 と言っているが、これも便利のいい機能だ。

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 従来のクリアファイルは、ファイルを入れるポケットが筒状になっていて、書類は上から出し入れすることになる。

 A4のクリアファイルは、A4ぎりぎりのサイズになっているので、A4の書類を出し入れしにくい。

 この「ホルサック」だと、上の写真でわかるように、ファイルの右辺が開いているので書類の出し入れがし易い。

 拙は、書類の入っていないクリアホルダーを12枚全部取り付けて、書類を取り出しやすいクリアホルダーとして使うことにした。

 まず、フォルダーをとりつけて、ファイルする書類を差し込む方が簡単だ。

 

 現在、カラーは赤・水色・透明・黒の4色展開。

 黒は中身の見えない不透明素材を採用し、機密書類の収納や外出時の持ち運びにも適してる。

 サイズはA4サイズで、クリアーホルダー最大収納枚数は6枚収納と12枚収納の2種類となっている。

 拙は、さっそく12枚収用を2冊追加購入することにした。

 今後、20枚か24枚収用のものもできるといいのだがと期待している。

 もう一つは、クリアファイルの取り外しができなくて、この感じで書類を出し入れできるクリアフォルダーを作ってもらえないかなとも思っている。

 キングジムさん、他社に先駆けて試作してはいかがですか。

 

 ともあれ、この「ホルサック」おすすめですぞ。

2021年11月 9日 (火)

バイクで感じる季節の変わり目

 拙の日ごろの移動手段はバイク(大型スクーター )だ。

 拙は、1年を通して、夏の猛暑日も極寒の冬の日も、雨の日と人や物を運ぶとき以外の移動はもっぱらスクーターである。

 スクーターがいいのは、小回りが利くことと駐車場の心配をしなくていいところだ。

 (スクーターも駐車禁止の場所には駐車してはいけないのだそうだが、当地(宮崎県の北端の町・延岡市)ではバイクの駐車違反はお目こぼししてもらっているのではないかと思っている)

 拙は、性格が大雑把なせいか、暑さ寒さはあまり気にならない。

 それでも車に比べると、肌で季節を敏感に感じることになる。

 今年の秋は温暖な日が続いていて、10月は上着が必要に感じることは少なかった。

 さすがに11月になって、上着を着ることが多くなったけど、上着なしでも寒いと感がることはなかった。

 そんな今年の秋の今日、夕方4時過ぎにスクーターで出かけたときに寒いなと感じた。

 ジャケットは羽織って出たのだが、スピードを上げると寒くてコートの必要性を感じた。

 このところ秋が短くなったなと感じていたが、寒さに季節を感じて、なぜかちょっと気持ちが明るくなった今日のできごとだった。

 

 

 

2021年11月 8日 (月)

漢方がゼロからわかる  漢方が目指す「養生」

今日、楽天マガジンから配信の週刊現代最新号に「漢方がゼロかわかる」というカラー特集記事が掲載されていた。

この年齢になると、なんといっても、健康には不安があるものだ。

実際、今月に入って持病の腰痛が悪化して、数日は激痛にのたうちまわっていた。

めったに行くことに無いお医者さんにかけこんで、痛み止めの薬をもらって養生して、ここ数日、なんとか折り合いをつけて日常生活ができる痛みに治まっている。

今のところ腰痛の他には健康に不安はないのだが、年齢も年齢、漢方でなにか体にいいこと見つかるかなと特集ページを開いてみた。

「漢方がゼロからわかる」のどでかい見出しにつづいて、「その体調不良、治せます」の小見出し。

なにか体に良さそうだ。

次に進むと、「漢方がめざす養生とは何か」という特集記事だった。

記事の内容はこんなものだった。

漢方では、「気・血・水」のバランスが崩れることで、体調が悪くなると考えられている。
「気とは心と体を動かすエネルギーのことで、気が少ないとすぐ疲れたり(気虚)、めぐりが悪いとイライラする症状が表れたりします(気滞)。
血液やその成分を指す血が少なくなるとめまいが生じたり(血虚)、血のめぐりが滞ると肩こりになったりする(血お)。
水は血以外の水分のことで、水が少ないとせきが出て(陰虚)、めぐりが悪いと倦忠感が表れます(痰湿)」

まずは左表で自分がどのタイプかチェックしよう。
思い当たる症状か2~3つあるのが当たり前。
症状のバランスを見極めて、次々ページ以降に紹介する「漢方ごはん」や「漢方薬」を生活に取り入れてほしい。ということであった。

次のページには、人の体質を6つのパターンに分けられたものが表になっていた。

各タイプに見かけられる症状が6項目から7項目あって、それにチェックを入れるようになっている。

各項目に思い当たる項目が2~3あるのが当たり前、とある。

まず一番目の「気虚タイプ」をチェックしてみる。

胃腸の機能低下や過労、睡眠不足が原因で、体を流れる「気」が不足している状態で、常に疲れやだるさを感じるタイプ。

症状として、朝起きられない。すぐに疲れる。食欲がない。胃腸が弱い。息切れしやすい。かぜをひきやすい。

ということらしいが、いずれも該当しない。

次に「気滞タイプ」

ストレスや生活習慣の乱れで、「気」の流れが停滞している状態。

頭痛や肩こりも感じる。

症状。げっぷおならが出る。のでにつかえ感がある。お腹が張りやすい。食欲にムラがある。イライラしやすい。情緒不安定である。寝つきが悪い。

しっかり該当するという項目は無いが、敢えて言えば、おならがよく出るかもしれない。

もう一つ、イライラしやすいといえばイライラしやすいかもしれない。しかし、それは今の閉そく状態の中でさえ自分のことしか考えない政治家の態度を見たり、巨万の富を得ながら合法的に税金逃れをする奴らを見ていると誰でも感じることではないのか。

こんなイライラは病気ではない。

「血虚タイプ」疲労や慢性疾患が原因で、体内に栄養を行き渡らせる「血」が不足している状態。貧血やメマイ、抑うつ症状などを生じるす。

顔色が悪い。肌が乾燥してカサカサ。髪がバサバサ。疲れ目、かすみめになりやすい。重だるい頭痛がある。立ちくらみする。不安感が強い。

これは、いずれも、まったく該当しない。

その他、「痰湿タイプ」「陰虚タイプ」「血おタイプ」と6タイプ、41項目の症状をチェックしてみた。

全41項目のなかで、あえて拙に該当するものとしては「おならがよく出る」と「イライラしやすい」だけ。

ただ、「あえて」該当するという程度で、症状として該当するという程度ではない。

後の項目はまったくかすりもしない。

体にいいことがあるのなら漢方を取り入れようと思っていたのだが、どうやら拙には無用の特集記事であった。

腰は、いまだ、痛いが、こんなの、どうってことないなと自信を回復できたことがありがたい。

つくづく丈夫な体をもらったことを、ご先祖様に強く感謝した今日のできごとだった。

2021年11月 7日 (日)

『認知症の人が見ている世界』  「何度も同じことを聞く」

「認知症の人が見ている世界」にあった一番目の症例は、拙にとって身につまされる内容だった。

 認知症で最も多いのはアルツハイマー型認知症なのだそうだ。

 アルツハイマー型認知症は、まず、脳の海馬という領域の萎縮から始まる。

 海馬というのは、脳に入ってきた情報を一時的に保持して、必要な情報を取捨選択する部位である。

 この海馬が萎縮すると短期記憶が苦手になって、物忘れが増えたりもの覚えが悪くなったりする。

 短期記憶に障害が起きると、同じことを繰り返し言ったり聞いたりする事が多くなる。

 それで、例えば、「自分のデイサービスの日がいつだったかしら?」と聞いてきて、「明日ですよ」と答えるたその5分後にまた、「デイサービスの日はいつ?」と聞いてくる。

 「明日ですよ。さっき言ったばっかりじゃないですか」と答えると、その5分後にはまた、「デイサービスの日はいつ・・・」と聞いてくる。
 
 家族は、何度も何度も同じことを聞かれて、ついには怒りが爆発してしまい返事もせずに無視してしまうこともある。

 認知症の人は、なかなか覚えられなかったり、すぐに忘れてしまうので「あのことを聞かなければ」「あの話はしただろうか」と不安な気持ちになる。
 そのため、家族や周りの人に確認せずにいられなくて、何度も聞いてしまう。

 何度も言ったり聞いたりするのは、「ちゃんと覚えていたい」「周囲に迷惑をかけたくない」という気持ちの表れなのだそうだ。
 
 認知症の人は、私たち以上に記憶することを努力しているし、忘れることが不安で、常に「記憶しなければ」と意識しているのだそうだ。

 筆者は、認知症の世界では、短期記憶の障害で本人が常に不安を抱えているから、その不安に寄り添うことを忘れないで下さい。同じ話をされた場合には、ていねいに聞いて上げて「私が覚えているから大丈夫ですよ」と言えば本人の安心につながると解説していた。

 なるほどそういうことかと思い知らされる話だった。

 だけど、24時間365日、同じ屋根の下で暮らしていたら、わかっちゃいるけどなかなかできる話ではないなと思った。

 と思うと同時に、この話は、拙にとっては日常の生活の中で反省させられるものだった。
 拙は、日頃の仕事や人とのつきないの中で、同じことを何度も言わせる相手にいらいらする。

 「仏の顔も三度」という言葉があるが、拙は人から仕事上で相談を受けて教えてやった相手が同じことを何度も聞いてこられたり、依頼していた仕事を何度も請求することになったりすると、2度目までは我慢できるが3度目には肝を切らして、「何度もおなじことを言わせるな」と怒り散らしてしまう。

 こんなときは腹を立てずに、優しい気持ちで答えてあげないといけない。

 認知症の人とつきあうよりは、ずっと簡単なこと4にんなのだから。 

2021年11月 6日 (土)

もう息切れ

 今月は5日で息切れ。

 ブログをなかなか書きだせない。

 ここで、書き出せないからと放棄すると、そのまま放置してしまうから、とりあえず「書き出せない」と書き出した。

 まとまった文字を書き連ねる根気が続かないのだ。

 根気が続かないのは老化。

 今日の昼、家内と買い物につきあった。

 出かけた車の中で、ちょっと面白い話をがあって、「今日はこれをブログに書こう」と言ったことは覚えていて、さてどんな話だったのかを思い出そうとするのだが、まったく思い出せない。

 短期の記憶の低下は老化。

 家内に、「今日車の中でどんな話をしていたかね」と聞いてみたけど、家内はどんな話をしたのかも思い出せない。

 これも老化。

 認知症と老化による物忘れの違いとして、今日の昼ごはんに何を食べたか思い出せないというのが短期の記憶の低下によるもの。

 これは老化による物忘れ。

 食べたこと自体を忘れるのが認知症であるということに照らし合わせると、拙より家内の方がまずい。

 冗談で家内をちょっとからかってやろうかと思ったが、そんなこと言うと激怒するに決まっている。

 ささいなことで激怒するのも認知症の初期症状。

 これも、まずい。

 日々の暮らしの中で、ときどき、これって認知症の始まり?なんて不安にかられることがある。

 早見優の「そんな年ごろよ」という歌詞が頭に浮かぶ。

 「夏色のナンシー」って唄だったか。

 古い記憶は取り出せる。

 

 今日買い物に出たついでに、ネット予約していた本が戻ってきているという連絡が入っていたのでついでに図書館にもよった。

 拙も返却しなくてはいけない本があったので、それもかえさなくてらならなかったからだ。

 予約していた本が戻ってきて借りれる状態になっているという通知が来ている場合は、本の返却の手続きの際に窓口の人には予約の本が届いているのがわかるようなシステムになっている。

 だから、返却手続きと同時に「予約の本が入っています」と言って、返却の受付と同時に予約の本の貸し出し手続きをしてくれる。

 しかし、今日の窓口の人は新人のせいか、拙の返却の手続きのみで予約のことには気づかないままだった。

 それで拙の方から、「予約の本が戻ってきているはずですが」というと、「あっ、そうですか」と言ってパソコンのキーボードをガチャガチャと叩いて調べている。

 拙は、図書館の会員カードを持参していなかったのだが会員番号を覚えていので会員番号は伝えていた。

 それでも、受付の女性は拙の予約状況を見つけらなくてモタモタとパソコンを操作している。

 このモタモタに拙の怒りが沸き上がる。

 「なにやってるんだ。予約の本が戻っているから1週間以内に取りに来い」と図書館からメールが届いているのだぞ。

 しかも、「1週間以内に取りに来ないときは、予約を取り消すこともあるぞ」と脅しもかけられているのだ。

 怒鳴りたくなる気持ちをぐっと抑える。

 怒りっぽくなっているのも老化のせい。

 予約していた本の名は「認知症の人の見えている世界」

 そんなに頻繁に使うこともない会員番号も覚えているし、予約していた本の名も覚えているのだから拙はまだ認知症とまではいっていようだと怒りを飲み込む。

 

 家に帰って「認知症の人の見えている世界」を読んでみたら、認知症になって怒りっぽくなる人への対処法も書いてあった。

 この本は家内にも読んでもらって、もし拙が認知症になったときに、拙にやさしく接してくれるように頼むつもりだ。

 家内が先に認知症になったら、いらいらしないで怒ることなく面倒をみる心の準備運動の役に立ちそうな内容だった。

 この本を読んで一番に感じたことは、まだ拙ら夫婦には認知症の不安はないという幸せ。

 何年か先、どちらかが認知症になってきたらもう一度読み直す価値ありの本であった。゛

 

 現在11月6日午後11時16分。

 滑り込みセーフ。

 とにかく、11月6日目を切り抜けた。

 

2021年11月 5日 (金)

秋篠宮妃紀子さまの父・川島辰彦さん死去の報道 

 秋篠宮妃紀子さまの父・川島辰彦さん死去の報道。

 これが正当な報道の見出しだろう。

 ワイドショーの初期報道では真子さまの祖父の死去の見出しが飛び交っていた。

 なぜ、真子さまを主体とする?

 人の死までメシの種とするゲス報道には辟易である。

2021年11月 4日 (木)

二つの殺人関連裁判を拙は絶対に認めない

 今日、神戸地方裁判所で、3人を殺害し2人に重傷を負わせた被告に無罪判決がくだされた。

 そして、大阪地方裁判所には、死刑執行を当日に通知するのは違法として、死刑確定者が国に慰謝料など計2200万円の支払いと、告知日中の執行をしないよう求め提訴した。

 3人殺害と2人に重傷を負わせた事件は、2017年7月。事件は、神戸市北区の山あいにある静かな住宅街で起きた。


 「誰か来てくれ」と助けを求める通報を受けて警察が駆けつけた住宅では、住人の南部達夫さん(当時83歳)と妻の観雪さん(当時83歳)が刃物で刺されるなどし、近くに住む辻やゑ子さん(当時79歳)も血を流して倒れていた。

 3人は死亡。

 警察は、近くの神社で、血のついた包丁と金属バットを持っていた南部さん夫婦の孫である被告を現行犯逮捕した。

 事件では、被告の母親ら2人も重傷を負いました。

 被告はその後、殺人容疑などで再逮捕。

 警察の調べに、犯人は5人を襲ったことを認め、自身の境遇への不満を話していた。

 神戸地検は事件から2ヵ月後の2017年9月、鑑定留置を決定。

 8ヵ月にも及ぶ鑑定留置を経て、神戸地検は「責任能力を問える」と判断し、翌年の5月に被告を殺人などの罪で起訴しました。

 そして事件から4年、10月13日に神戸地裁で裁判員裁判が開始。

 起訴内容について被告は、「間違いない」と認めていた。

 被告が起訴内容を認めた上で、弁護側は、「被告は統合失調症による重度の妄想や幻聴で心神喪失状態だった」とし、刑事責任能力は無かったとして無罪を主張した。

 一方検察は、「心神耗弱状態だったが、自分の行為が悪いことだと認識していた」と、責任能力はあるとして、無期懲役を求刑しました。

 裁判にあたって、殺害された辻やゑ子さんの遺族は、「事件から4年以上が経ったが、今なお、信じられない。母を失った悲しみは深まりはしても、薄れはしない。無差別殺人を行い、『誰でもいいから刺してやろうと思っていた』などと言っていた人が無罪になるような社会を、私達は信じることができません」と言っていた。

 4日、神戸地裁は被告に無罪判決を言い渡した。

 判決では「妄想の影響が圧倒的だった」と心神喪失状態を認め、善悪を判断する能力が完全に失われていたとしました。

 被害者の遺族は、「人が3人殺されてる。法律を変えてほしい」とやりどころのない怒りの言葉を発していた。

 殺人事件が起きると、常に責任能力が争点となる。

 起訴事実に争いようがない局面で、弁護士は常に心神喪失、心神耗弱を持ち出し、責任能力はないと主張する。

 刑法39条では、「①心神喪失者の行為は、罰しない。②心身耗弱者の行為は、その刑を減軽する。」と定められている。

 弁護士たちは、法の下に、法律に照らし合わせて責任能力の有無を問う。

 そもそも、人が人を殺すというのは、人が正常な精神を失っている状態ではないのか。

 正常な精神状態で冷静に人を殺すことができる人が異常である。

 拙は、刑法39条の適用を見直すことが必要だと思っている。

 

 一方で、死刑確定者が大阪地方裁判所に「死刑執行を当日に通知するのは違法」として提訴した。

 原告側によると、執行の通知時期を定めた法律はなく、現行では執行の1~2時間前に死刑囚の収容されている部屋で知らされる。

 従って、「死刑確定者は、毎朝死ぬかもしれないとおびえている。告知当日の執行は極めて非人間的だ」と主張している。

 人権弁護士という輩だろうが、人の命を奪った奴の人権と殺された人の命の重さをどうはかっているのだろう。

 「毎朝死ぬかもしれない」とおびえているというが、殺された人の苦痛や恐怖と無念はいかばかりだったのか。

 毎日おびえて過ごすことが亡くなった人に対する罪の償いだと、拙は思う。

 人権弁護士の主張に一歩譲って、刑の執行日を早めに告げることを認めろという訴訟ならまだ理解もいくが、国に慰謝料2200万円の損害賠償を求めるという根性はまったく理解できない。

 慰謝料2200万円は、人権弁護士さんが報酬を得るためのものではないのか。

 この訴訟で原告の訴えが認められれば、日本の裁判制度は世も末だ。

2021年11月 3日 (水)

腰痛で弱気のムシが

 このところ、腰痛に悩んでいる。

 もともと腰痛は持病で、何十年にもわたってずっと折り合いをつけながら生きてきた。

 しかし、数年に一度耐えられないほどの腰痛を引き起こす。

 いわゆるぎっくり腰のひどいやつだ。

 先々週の土曜日の朝、ちょっと腰にピシッと痛みが走った。

 まずいなと思ってその日1日、腰に負担をかけないように気を付けて過ごしていたのだが、夜になって激痛に変わった。

 痛みで立つこともできず、座っていてもいたい、横になっても痛い。

 座ると立ち上がることもできず、横になろうとしたのだがそれも痛くて寝ることもできない。

 なんとか横になったものの、寝返りをうつこともできない。

 身体を起こそうとすると激痛。

 一度、痛みの少ない態勢を見つけたら、そのままじーっとしているしかない。

 安静にして痛みが治まるのを待つしかないとあきらめて、なるべく痛まない姿勢で眠くなるのを待った。

 なんとか眠りについたと思ったら、寝返りをした時に痛みでが目が覚めてしまう。

 朝、体を起こそうとすると激痛。

 なんとか這うようにしてトイレを済ませて、日曜日はずっと寝たまま、安静にしていた。

 月曜日、痛みは少し収まったが、満足には歩けない。

 よって臨時休業。

 火曜日は、歩くのは痛いし、姿勢をかえるときに激痛が走るが、なんとか動けるようになったので病院に駆け込む。

 最近評判の井上整形外科。

 うわさ通りの繁盛ぶりで、待合室は患者であふれている。

 座ってしまうと立ち上がるのが大変なので、立ったまままつことにする。

 ようやく順番が来て診察してもらった。

 いつも混雑をさばいているだけあって、スピーディーでてきぱきとした診察。

 今回の拙のぎっくり腰の症状については、筋膜性腰痛との診断。

 拙にとっては初めての納得のいく診断だった。

 納得のいく説明だったもので、すぐに痛みが止まったわけではないが精神的に落ち着いたせいか、激痛が耐えられる痛みに変わった。

 すぐには治らないかもしれないが、痛みと折り合いをつけていけば回復すると納得。

 腰痛以外に大きな病気やケガに縁がないことが拙の自信で、年のことは気にしたことがなかったのだが、今回の腰痛はその自信がゆらぐ出来事だった。

 まだ痛い。

 なんとか折り合いをつけられる痛みに治まって、もとの生活に戻れることを願っている。

2021年11月 2日 (火)

悪徳不動産屋日記 買わないお客に不快な顔をしてはだめだよ

 午前中、お客様様への報告書を作成していたところに、来客があった。

 電気工事の関係の仕事のようなユニフォーム姿で、首からは名札ホルダーをぶら下げている。

 来客というより、おそらくこちらをお客さんしたいという来訪者だった。

 来訪者は、名刺代わりに名札ホルダーを指し示しながら、「以前に光回線のことでアンケートをお願いにお伺いしたことがある、〇〇〇〇〇(英語名で、英語が苦手な私には聞きなおしてみたが会社名が聞き取れない)何たらかんたら(名前もぱぱっと名乗るので聞き取れない)と申しますが」と切り出してきた。

 ここで拙は、すったり話を聞く気を失っている。

 敵は満面の笑み、いかにも作ったような柔和な物言いでにじり寄ってくる。

 やはり、拙の方がお客さんになる話のようだ。

 以前の拙なら一切話を聞くこともなくお帰りいただいていたこところだが、寄る年波でこのところ少し人間が柔らかくなっている。

 「はい、どういったことでしょう」と応対する。

 すると、「電話代のことでセールスの電話がたくさんかかってくると思うのですが、電話回線についてちょっとアンケート調査協力とお話を聞いていただきたく・・・・・・・・・」と話を始めようとした。

 やっぱりセールスだ。

 拙は、昼までに発送しなくてはいけない報告書の作成中で、セールスのお相手をしている暇はない。

 それに拙は、親しい友人に電話するときでも、「今、話しできる?」と断って話を始めることにしている。

 自分の仕事で人の時間をつぶそうとしていながら、相手の都合も聞かずに、いきなり自分のセールスを始めるような営業は許せない。

 自己紹介もそこそこに、いきなり「代表者様いらっしゃいますか」とか、「電話代の管理をする責任者の方はいらっしゃいますか」といったセール電話は相手をしないことにしている。

 「今お時間よろしいでしょうか」と切り出したセールストークの場合には、心を広く持ってセールスの相手をしてあげるようにしているのだが、だいたいにおいて途中で頭にきて怒り声に変ってしまうことが多い。

 今日の営業マンがそうだ。

 いきなり自分の営業に持ち込もうとしてきた。

 「電話代に不満は無いよ。今忙しいから、電話代を安くする方法を聞く時間は無い」と言っているのに引き下がらない。

 「今、NTTの電話を使っているけど、それよりずいぶん安くできる話があるんですよ」などと言う。

 「多少安くなろうが電話会社を変えるつもりは無い」と答えると、「NTTになにか義理でもあるのか」と言う。

 「義理などないが、とにかくNTTでいいのだ」と言うと、「NTTから乗り換える気は一切ないということですか」と聞いてきた。

 その声は、いままでの猫なで声から一変、機嫌の悪いだみ声になった。

 拙が、「そういうことだ」と答えると、営業マンの顔は、愛想笑いの表情筋から不愉快な表情筋に変わった。

 営業マンさんよ、そういうことじゃいけない。

 買ってもらえないとわかって、がっかりするのはいいが、お客さんに腹を立ててはいけない。

 拙は悪徳不動産屋だけど、お客さんが買わなくてもそれに怒りを感じたことは無い。

 不動産という人生で何度も経験することはない高額な買い物だから、心から満足できないものは買えないだろう。

 拙は、お客さんの希望条件になるべく近い物件があったときのみ商談を進めていくことにしている。

 こういうと不遜に思われるかもしれないが、希望条件に近い物件を探し出す努力をしている自負があるから、もみ手をしながら猫なで声で商談することもないし、にこやかにすがすがしい笑顔の接客はできない。

 だけど、買ってもらえなかったことに腹を立てたことは無い。

 それは、拙の勧めた物件がお客さんの希望にそぐわなかっただけのこと。

 また、気に入るものを探してあげて、縁があれば買ってくれるだろう。

 今日の営業マンさんは、お客さんの気持ちには関係なく売りつけようと思ってお客さんと接しているから、買ってもらえない時に敗北感を感じるのだろう。

 それが表情に出てしまっている。それではダメだ。

 「また、お伺いさせてもらうこともあるかと思いますが、よろしくお願いします」と、笑顔で撤退することだ。

 こんなこと言っていて、買わないお客さんに嫌な顔したことがあるかもしれないなと不安になった。

 こう見えて(どう見えているかはわからないが)、反省は猿にも負けない悪徳不動産屋の今日の感想である。

 

2021年11月 1日 (月)

11月1日

 拙(せつ)にとって、1日は特別な日。

 年の初めのお正月。

 そして、毎月毎月の初日の1日。

 一週間の初めの月曜日。

 やり残しばっかっりで、リセット、リセットを繰り返してきた。

 気が付けば、今年も残りあと2カ月。

 もう、リセットするにはあとがない年になってしまったが、性懲りもせずリセット。

 そのひとつで今日からブログ再開をはかっていたのだが、こんな時に限って仕事が飛び込んでくる。

 さきほどまで、やり残した仕事に時間をとられていて、気が付けば今日の残り時間30分を切ってしまった。

 昨日はコロナの中でのあわただしい総選挙。

 政治家さんたちも今日が初日。

 ともあれ、今年、残り1回しかない月の初めのリセット&スタート。

 

 ちなみに、拙(せつ)は、私が使うことにした第一人称名詞。

 先日、私の数少なくなった読者さんと会ったときに「『拙』って何?どう読むの?」と聞かれたもので、読み仮名をつけておいた次第。

 読者さんも、なじみのない言葉だったけど、第一人称名詞とだということはわかったみたいだが念のため。

 

 おっと、今日に間に合わなくなる。

 更新ボタンを押すことにしよう。

 滑り込みセーフで生き延びてきた人生。

 死ぬまでこうなんだろうなあ。

 

 

 

 

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