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2022年3月

2022年3月31日 (木)

言葉の暴力

俳優ウィル・スミスさんが米アカデミー賞授賞式でプレゼンテーターを平手打ちしたことに厳しい批判の声があがっている。

しかし、その原因はプレゼンターのコメディアンが、円形脱毛症で髪を剃ったスミスさんの奥さんを揶揄したことにある。

スミスさんの暴力は許されないことではあるが、そのおかげでコメディアンの言葉の暴力への批判の声がかき消されている。

言葉でスミスさんの奥さんを傷つけたコメディアンも批判を受けるべきだろう。

 

スミスさんはSNSにコメディアンさんへの謝罪文を掲載した。

これに対し、当のコメディアンは、27日の授賞式が日曜日だったことを踏まえ「みんなの週末はどうだった」とネタにして観客を笑わせた。

しかし、謝罪を受け入れるかは明らかにしていない。

 

暴力をふるったスミスさんは厳しい社会的制裁を受けている。

スミスさんの暴力の原因となったのはコメディアンの言葉の暴力にある。

コメディアンは被害者の立場に安住せず、「自分の方も悪かった」スミスさんの謝罪を受け入れ、事件を笑いに変えてスミスさんの社会的制裁を和らげてやるべきだろう。

それが真のコメディアンだ。

 

2022年3月30日 (水)

「すばらしい人体」で、私の長年のもやもやが解消した

日常、耳にしている抗生物質という言葉がある。

青かびの周りにブドウ球菌の育成が阻止されたということで発見されたペニシリンが最初の抗生物質で、感染症を防ぐための薬だと言うことは知っている。

その後、抗菌作用のある物質を作り出す微生物の研究が続けられ、多くの抗生物質が作られていることもなんとなく知っていた。

しかし、なぜ抗菌作用のあるそれらの物質を抗生物質と呼ぶのかずっと疑問に感じていた。

その疑問が解決した。

抗生物質というのは、「生物」に対して「抵抗」する物質ということ。

人に対してうまく説明できないが、私には腑に落ちた回答であった。

恥ずかしながら、私の長年のもやもやが解消した。

ちなみに、抗生物質は感染症での死者は劇的に減らし、平均寿命を急激に伸ばし、人類の歴史に大きな変化をもたらした画期的な発見だった。

抗生物質が開発されるまでは、死因の第1位は、長らく感染症であったのだそうだ。

 

 







こいつにはモヤモヤはない

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2022年3月29日 (火)

肛門の素晴らしい機能

今、新聞の書評で、売れている本と言うことで紹介されていた「すばらしい人体」という本を読んでいる。

表紙はこんな感じで

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表紙をめくると全身の骨格図

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理科の教科書みたいな本のように思えるが、中身は面白い(interesting)な読み物だ。

さらにページをめくって、「はじめに」で、たちまちこの本のとりこにさせられる。

「はじめに」はこう始まる。

医学生時代に経験した解剖実習で、大変驚いたことがある。

それは人体がいかに重いか」という事実だ。

脚は片方だけでも10キログラム以上あり、藻もち上げるのに意外なほど苦労する。

一見軽そうな腕でも、重さは4~5キログラムである。想像以上にずっしり重い。

私たちは、身の回りにあるものの重さを、実際にておしなくともある程度正確に推測できる。

だが不思議なことに、自分の体の「部品」だけは重さを感じない。

日常的に「持ち運んでいる」にもかかわらず、である。

その答えを求めると、楽しく精巧な伝隊の仕組みが見えてくる。

 

なるほどである。

歩いていて、10キログラム以上ある足を運んでいるなんて感じたことはない。

 

これに続けて、目の機能について触れている。

人は、走っている最中、頭が上下に激しく揺れていても視界は揺れない。

この話をきいて「うんうん」と頭を上下に振っても、視界が上下に揺れることは無い。

ところがスマートフォンのカメラを目の前に構え、走りながら動画を撮影すると、映像は大きく揺れ動き視聴に耐える画像にはならない。

私たちの視界と、カメラが収める映像の違いは何なのだろう。

それは、私たちの体には、視界が揺れないための精巧なシステムが備わっているのだというのである。

 

ここまで読んで、全面降伏。

次を読み進める。

次の話がもっと面白かった。

私たちが「おならができる」のは、肛門に近づいてきた物体が個体か液体かきたいかを瞬時に見分け、「気体であるときの排出する」という機能を持っているからである。

肛門が、おならと大便を識別できるという事実。

何にも考えず、当たり前のように使っていた機能。

おならなのか、うんこなのか、識別できないと大変なことになる。

おちおち、おならもできやしない。

いちいち全部、トイレに駆け込んでいたのではしごとにならない。

言われてみれば実に大切でありがたい機能である。

 

かくして一気に読み進めることになる。

 

 

著者は、医師として医学を学び、人体の構造・機能の美しさに心を奪われたと言い、その一坊で、この素晴らしい仕組みを損なわせる、「病気」という存在の憎らしさも実感してきた。

そして、病気の成り立ちを理解し、病気によって失われた能力を取り戻すのも、医学の役割であるとして、読む人を科学の世界に引き込んでいく。

なるほど、売れる本だなと思ってご紹介させていただいた次第。

 

ちなみに宣伝料はいただいておりません。

 

 

 

 

 

 

2022年3月28日 (月)

悪徳不動産屋日記 お客さんといっしょに消えてしまっていた悪徳不動産屋     物を言うことをやめてはいけない

「おーい。どうしたとけー?17日間もブログの更新が無いじゃないけ。『昼間のミステリー お客さんが消えた』という記事を最期に、あんたも消えてしまっているじゃねーけ」というラインが入った。

私の人生建前の師匠からのラインメッセージが入った。

自分のブログを見直してみたら、その通りだった。

 

自分なんぞが考えても詮無いことだが、どうしてもプーチン大統領の侵略戦争に思いが募る。

世界の列強の指導者たちが雁首揃えてもどうにもならない有様に、自分の頭の蠅も負えない私が意見を述べるのも意味がない。

おまけに腰痛は完治せず、なんとか耐えられる痛みと尽きないながらの毎日。

つい無力感に襲われて、今年に入って言葉を発することに無力感を感じ、たびたびブログを中断してしまいそうになりながら、なんとか気を取り直して更新を続けていた。

3月のある日、「、無力と微力は違うのだ」という言葉にはげまされた。

「無力を感じて何も手を尽くさないのではなく、微力でもやれることはある」

と教えられて、3月9日のブログで「物を言うことをやめてはいけない」と思った。

そう思って、次の日はウクライナから離れたブログを書いたのだが、頭が侵略戦争から離れられない。

 

きっかけを失ってしまい、このまましばらくはブログは休みにしようと思っていたところに師匠からのメッセージ。

戦争だけにとらわれないで、復帰してみることにした。

 


このところ、私でなければできない仕事の相談がいくつか入って来ている。

悪徳不動産屋の私を必要としてくれている人がいることを感じる幸せ。

しばらくは仕事に忙殺されることにする。

 

 

 

こいつらも、私を必要としている。

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2022年3月10日 (木)

悪徳不動産屋日記  昼間のミステリー お客さんが消えた

突然、すっと女性のお客さんが入ってきた。

当社の入り口は自動ドアではない。

全面透明ガラスの引き戸で、お客さんは入る前に一瞬立ち止まって中の様子をうかがいながら入ってくる。

さらに少々ドアが重いせいか、お客さんがドアを開けて入ってくるまでに一瞬立ち止まる瞬間がある。

今日のお客さんは、ドアをすっと引きながら、さっと入ってきた。

そして、こちらから声をかける前に「物件はありますか」と抑揚のない声で聞いてきた。

ここで普通なら私は、「物件ってどんな物件何だい。物件もいろいろあらーな」と思いながら、「どういった物件をお探しですか」と聞くことになる。物件と言っても、賃貸、売買、土地、新築住宅、中古住宅、戸建て、マンションといろいろある。

ところがこのお客さんは、私が言葉を発する間もなく、「駅に近いところで3万円のアパートを探してるんですけど、なにかいい物件はありますか」ときた。

駅に近くて3万円の予算と言うと、私の会社が家主となっている物件がある。

延岡駅まで徒歩2分。家賃3万円。ただし駐車場が無いので、しばらく空いたままになっている。

私の不動産屋としての感では、このお客さんは市外、おそらくは県外からのお客さんで、車は無いのではないか。

それなら、6畳に3畳のキッチンの1のアパートでちょっと狭いかもしれないが、条件と家賃は合っている。

「駅から2分くらいところに3万円の物件がありますよ」というと、「新しいですか?」ときた。

3万円の賃貸物件と言うと、当地(宮崎県の北端の町・延岡市)のような田舎町といえども低廉な部類の物件。

古い、狭いという物件となる。

田舎で賃貸家主間の競争が少ないせいか、私は、わが町の賃貸物件の家賃は所得に対して高いように感じている。

「3万円のお家賃だと、新しい物件というのは少ないですよ」と思ったがそれは口にせず、「古いです」と端的に答えた。

築30年を超しているが、中は3万円ならそこそこだと思っている。

このお客さんは、当地の状況もよくわかっていないようだし急ぎのような感じもする。

当社は現在あまり賃貸物件の斡旋はやっていないので、通常なら当社から歩いても3,4分のところにある私が元勤務していた会社を紹介するところなのだが、家主としてこの物件はぜひ見てもらいたい。

このお客さんの雰囲気では気に入らないだろうなと思いつつ、物件の写真等を見せてないようを説明。

気に入らなければ、そのままその不動産会社を紹介しようと思っていた。

するとお客さんは、「案内してください」と、無機質な声で言う。

場所を気に入ってもらえばめっけもの。

当社が家主だから、要望があれば極力それに合わせるつもりで案内した。

当社から車に乗ってもらって、1分程度で現地に到着。

物件は3階。エレベータは無い。

室内に入るなり、「古いですね」ぼそっと言われる。

「はい。古いことは古いです。」と答えるしかない。

だって築30年余なのだから。

お客さんは、さっさと部屋を出て行った。

私は、戸締りをしてお客さんのあとを追う形になった。

このお客さんは足が無いようだが、私の出身不動産会社までなら歩いても4,5分。

ついでのことに私の車に乗せてお連れしてあげようと思って車に戻ったら、お客さんの姿が無い。

窓を閉め、戸締りをしていたけど、お客さんがいなくなってしまうほどの時間はかかっていない。

車に乗っているのかと思ったが車の中にはいない。

車のまわりを見回すが、お客さんの姿が無い。

このアパートは1階が飲食店で、2階、3階がアパートの雑居ビル。

小さなアパートだから2階で迷子になっていることもないはずだ。

1階の飲食店でも見て回っているのかと思って1階をのぞいてみたが、ここにもいない。

一瞬狐につままれたような伏木な気分になった。

がてんがいかず、きょろきょろとまわりを見回すが姿が無い。ミステリーゾーンに入ったような錯覚に陥った。

ふっと駅の方をみると、100m先位に、この女性と思われる人の後ろ姿。

物件を案内して、言葉を交わすことなく置いてけぼりにされたのは初めての体験。

悪徳不動産屋としては、普通に案内したつもりだったのだか、なんか気に障ったことでもあったのか。

 

アパート前の道路は一方通行。

すぐ車を発車させるとこのお客さんに追いつく。

気の弱い私は、このお客さんに声をかけるのもためらわれて、女性が道路の角を曲がるのを待って車をスタートさせた。

車で角を曲がるとき、お客さんの歩いて行った方を見てみたら、その女性は公衆電話に入ろうとしていた。

携帯電話を持っていないのだろうか。

どこかいい部屋が見つかっているといいのだが。

 

 

 

 

 

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2022年3月 9日 (水)

無力と微力

プーチンのウクライナ侵略戦争に対して、いろんな人がさまざまな予測や感想や意見を発しているが、これはプーチンという世界最大級の武力をもった人間の暴走。

錯乱した独裁者に正常な理論は通じないし、予測をすることは無意味。

そんな無力感に打ちのめされて、言葉を発することもできなかった。

しかし、無力と微力は違うのだという言葉に気を取りなさせられた。

無力を感じて何も手を尽くさないのではなく、微力でもやれることはある。

 

物を言うことをやめてはいけない。

2022年3月 8日 (火)

幸せは健康が連れてくる うわっ!全部入っている!

昨日の楽天マガジン配信の「週刊現代」の表紙コピーに身につまされるものがあった。

「幸せは健康が連れてくる」

「さあ、死ぬまで元気に生き抜こう」

「脊柱管狭窄症・ヘルニア・膝痛、股関節痛、肩・首」

「薬に頼らずにつらい痛みを消す」

うわっ!やばい!全部私だ!

昨日、腰痛の原因を調べるためにMRI検査をしたのだけど、結果は脊柱管狭窄症と椎間板ヘルニアの併発だった。

これは私の自己診断と同じ検査結果。

私には腰の他に膝も股関節も痛みはある。

ここ数日は肩と首の痛みがちょっとひどい

これは自己診断によると頚椎ヘルニアに起因する痛みだ。

若いと思っているのだが、寄る年波。

着実に立派な高齢者の道を歩んでいる。

しかし私は悲観的にはならないことにしている。

だって、この程度ですんでいるのだから。

せいぜい見栄を張って、元気を演じていこうと思っている。

 

 

 

この子は14歳(我家の同居猫になって13年余)。
人間の年齢にすると私と同じくらいのはずなのだが、今年に入って急に食が細くなって、寝ている時間が長くなった。
老け込むには早い。もう少し元気でいろよ。
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2022年3月 7日 (月)

御侍史(おんじし、ごじし)

 今日、MRI の検査に行ってきた。

MRIの器械は1台1億円以上も(今は少し安くなっているかもしれないが)する。

だから、大きな総合病院にしか置いていない。

今日私が行った病院には、私が診てもらっているお医者さんからの診断依頼状を持参して行った。

その依頼状の宛名には、「〇〇病院〇〇〇〇先生御侍史」とあった。

「御侍史」という単語は私とって未知の言葉。

なんだろうと思ったが、会社や組織に当てた手紙の宛名に付ける「御中」みたいなものかなと軽く受け流していた。

検査が終わり、検査した病院から、私の主治医あてのMRI検査のデータメディアの入った封筒を渡された。

なんと、その封筒にも「△△医院△△先生御侍史」とのあて名書きがある。

ん!またしても「御侍史」

こうなるとググるしかない。

ググってみると、日経メディカルの若手医師や医学生をターゲットにしているサイトにこんな解説があった。

御侍史=おんじし、ごじし」

医師の仕事では、紹介状を出すなど文書でのやりとりが、案外多い。そうしたときに知っておきたい、医師ならではの宛名の作法がある。

それは、「机下(きか)」「侍史(じし)」といった言葉を、宛名の脇付として付けることだ。「御侍史(おんじし、ごじし)」「御机下(おんきか、ごきか)」と書かれることも多い。

脇付とは、宛名の脇に添えて敬意を表するもの。「侍史」は、秘書やお付きの人のことであり、「身分の高い人に直接手紙を出すのは失礼なので、秘書やお付きの方にお渡しする」という意味合いがある。

また、「机下」は「直接お渡しするのは畏れ多いので、机の下に置いておきます」という意味だという。どちらもほとんど同じような意味合いで使われ、使い分けはなさそうだが、意味合いからすると秘書がいる場合には「侍史」を使うというのが理にかなっているかもしれない。

ひと昔前までは、目上の人に対して「机下」「侍史」といった脇付は礼儀だったが、現在、これらの脇付が使われるのは、医師や教師宛ての手紙くらいのようだ。「より丁寧な雰囲気になるから」と、誰彼かまわず使うと、少し恥ずかしいことになる。場面をわきまえた使い方を心得ておこう。

ということであった。

私は、雑学にはちょっと自信をもっているのだが、これは知らなかった。

いくつになっても知らないことは山ほどある。

医療関係では常識の言葉のようだ。

しかし、ある意味これはネット社会になってネット関連コンサルタントが流行らせた言葉ではないかとも私は感じている。

過去にも医者に紹介状を書いてもらったことはあるが、数年前までは「〇〇先生」「〇〇院長様」という「脇付け」(これ今回知った言葉で恥ずかしながら私は知らなかった単語だ)だったように記憶する。

そういえば今、若い人とのメールのやり取りでは、急に「かしこまりました」という返答が多くなってきた。

これはネット世界で、「了解しました」は同格以下の者に対する返答であって、目上の人に対しては「かしこまりました」と返すべきだといわれているようで、そのせいだろうと思って若い人に聞いてみたところ、私の想像通りのことであった。

その若者によると、ネットでそれを知ったちょっと年上の相手から、「おまえ、了解なんてのは失礼なんだぞ」とウンチクをひけらかせれて叱責を受けたそうだ。

流行り出すと一斉に蔓延するのがネット世界。

十数年前に、患者の名を呼ぶのに「〇〇さん」だったのが急にどの病院でも「〇〇様」と呼ぶようになった。

余りにも一斉に急激な変化だったから、突然「様」付で名前を呼ばれたときにはかえって気持ちが悪かった。

ネットはしごく便利な道具だが、強制的に一方向に流れを変えられないように、自分なりの見識を高めることも必要だと私は考えている。

 

 

 

 

2022年3月 6日 (日)

菜の花と桜がはなざかり コノハナロード

今日は家内と、コノハナロードに行ってきた。

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当地(宮崎県の北端の町・延岡市)野地町の五ヶ瀬川河畔の堤防沿2㎞以上にわたって、100万本の菜の花と300本の桜が満開の花を咲かせていた。

コノハナロードは市民ボランティアの力で、10年ちょっと前から整備されてきた市民憩いの場所。今も継続整備中。

私は、毎年シーズン前の数日間だけだが草刈りのお手伝いをさせていただいた。

なんにもなかった堤防だったが、できあがってみたら、こんなに素晴らしい花街道になった。

今は「延岡花物語」という延岡市の春のイベントを担っている。

私が草刈りにかりだされたのは、谷平興二・現延岡市観光協会会長からの電話。

私は故あって、この人からの依頼は断れない。

何のことかわからなかったが、堤防の草刈りに人出が足りないので協力してくれとのことで、毎年シーズン前の日曜日の数日、草刈り隊の一員となって草刈りをした。

この間に谷平会長から断片的にはコノハナロードを誕生させる趣旨は聞かされていたのだが、その流れをブログにまとめさせていただこうとネットで検索したところ、地元限定ローカル紙・夕刊デイリーの2019年3月9日の記事に詳細が紹介されていた。

夕刊デイリーには許可を取っていないが、以下に私が勝手に編集して記事にさせていただいた。

延岡市野地町の五ケ瀬川堤防に河津桜が植樹されたのは平成21年3月15日。

以来、「コノハナロード」の愛称で親しまれる堤防の景観づくりに尽力した一人、松田庄司さん(76)=同市夏田町=は毎日のように足を運び、花々の手入れを続ける。

松さん胸にはある一人の友人の思いが引き継がれていた。

その男性とは同市出身で横浜市在住だった高倉雄三さん。
松田さんと高倉さんは同じ昭和17年生まれで、延岡高校の13回生。
当時の2人はそれほどの交流はなかった。

定年後は延岡でゆっくり過ごすつもりだった松田さんだが、平成20年2月にあった1本の電話が慌ただしい日々へと戻した。
相手は交流が復活した高倉さん。
「ふるさとに恩返しがしたい。河津桜を植えて花の名所をつくりたい」。
その思いを電話やメール、時には帰郷して直接伝えてきた。

松田さんは「送ってくれた写真もきれいだった。素晴らしい話だし、できるならやってみよう」と受諾。

旧知の市職員から、延岡アースデイの創設者でまちづくりに熱心な谷平興二さんを紹介され、思いを伝えると賛同し、協力を約束してくれた。

とはいえ、適した場所はなかなか見つからなかった。半ば諦めていた9月下旬、谷平さんから電話があった。「最高の場所が見つかりました」。
そこは野地町の五ケ瀬川堤防。東九州自動車道延岡ICから延びる県道沿いにあり、まさに〃玄関口〃で、市民も観光客も目にする場所だった。

心配していた苗木の購入資金も、昭和17年生まれの延岡出身者有志が集う「延岡はげらし会」が、関東在住の同期生に呼び掛けて100万円以上が集まった。
そして、平成21年3月15日、約250人のボランティアの手で河津桜135本が植えられた。コノハナロードが誕生した瞬間だった。

それからさらに2年かけて堤防2・3キロに300本を植栽。春にはピンクの桜と相性のいい菜の花も約100万本植え、花の名所として知られるようになっていった。26年から始まった観光イベント「延岡花物語」ではメイン会場の一つとなり、県内外から多くの観光客が訪れるようになった。


21年3月の植樹後からコノハナロードの維持管理をしてきたのは、松田さんら地元同期生が中心となって結成した「天下一ひむか桜の会」。
2・3キロの堤防を限られた人数で手入れするには多くの困難があった。

28年2月には市民有志が集い「コノハナロード市民応援隊」が結成され、約85人が所属。
桜と菜の花だけでなく、彼岸花やコットン、アサギマダラが好むフジバカマ、モーツァルトのバラ、東広場の花壇など新しいプロジェクトも立ち上がり、活動が活発化している。
当初から代表として引っ張っている松田さんは一年の多くの日は堤防に足を運ぶ。
「同期生も毎年資金援助してくれる。谷平さんの情熱でイベントもここまで大きくなった。
膨大な数のボランティアが関わっていて、そうした思いの結実したものが花物語だろう。国土交通省や県、市の後押しも強くなってきた。
いろんな人に恵まれたおかげ。10年でここまで大きくなるとは思ってなかった」と感慨深い。

高倉さんの夢は今、花々が咲き誇る堤防の景色という目に見えるものになった。
「桃源郷にはだいぶ近づいてきたかな。
あともう少し、10年ぐらいはかかる。体の動く限り自分も続けたいし、若い人も育ってきている」。松田さんはきょうもコノハナロードへ向かう。

 

松田さんの言葉のように、若い人が松田さんたちの意思を引き継いでいるのがすごい。

多くのボランティアの方々のおかげで、年を追うごとにコノハナロードはグレードアップしている。

ここ数年は市民の憩いの場所としてだけではなく、「花物語 このはなウォーク」といったイベントを目的に市外県外からの観光客もたくさん来てくれるようになっていた。

そんなやさきにコロナで3年もイベントが中止になってしまった。

松田さんたちの意思を継いだ若い人たちがたくさん活躍してくれている。

来年からは、今まで以上ににぎやかな「花物語」にしてくれることだろう。

 

桜の花は散り始めています。

早めに、一度散策して見られてはいかがですか。

インスタントコーヒーが1.8倍美味くなる淹れ方

「インスタントコーヒーが10倍美味しくなる淹れ方」

インターネットの見出しが目にとまった。

どんな方法なんだろうと記事に目を通してみた。

やり方は簡単。

まずはコーヒーカップにインスタントコーヒーの粉とティースプーン1杯くらいの水を入れて、スプーンでかき混ぜる。

この時点で、アーラ不思議。コーヒーの香りが漂ってくる。

コーヒーの粉のダマがなくなるまでかき混ぜたところでお湯を注ぐ。

それだけのことである。

「こんなことで味が変わるわけないじゃん」と思いつつコーヒーカップを口にもっていく。

思わず「ほんまや!」

10倍は言い過ぎかもしれないけど、香りも味も全然違う。

私のひかえめな採点でも1.8倍は美味く感じられる。

何の手間もいらないので、ぜひお試しあれ。

 

 

 

 

2022年3月 5日 (土)

久米宏さんがどこかに去っていた

ふと、久米宏さんのことを思い出した。

私が久米さんを初めて知ったのはTBSラジオのアナウンサー時代。

そのときはまだ新人アナウンサーとして人気深夜番組のパックインミュージックの2部のパーソナリティに抜擢された。

しかし、すぐに病気で降板。

レギュラーを失っていたところに、永六輔さんの勧めで、永さんのラジオ番組の中継レポーターとなり人気アナウンサーとなっていった。

TBSテレビの「ぴったしカンカン」でその人気は全国版となった。

「ほにゃらら」という言葉は、この番組で久米さんが作った言葉だ。

TBSのもう一つの人気音楽番組「ザ・ベストテン」でTBSの看板アナウンサーの座を獲得した。

その後、TBSを退社。

テレビ朝日の「ニュースステーション」のキャスターとして、今までにない大型報道番組に作成から加わり民放の報道番組に大きな変化をもらたらせた。

60歳を目前にして18年余りのキャスター生活にピリオドをうった。

それ以後は、大きな番組を担当することはなかったが、私はTBSラジオで「久米宏のラジオなんですけど」という番組をやっているのを見つけて、その番組を聴くためにラジコの有料アプリを登録した。

2年前に「久米宏のラジオなんですけど」も突然終了。

ラジオ終了と同時に「久米ネット」というインターネット番組を開設してユーチューブで流していた。

私はチャンネル登録をしていのだが、ゆーちゅぶの久米さんは「ラジオなんですけど」のときのような覇気がなくなっているように感じていた。

更新数も少なく、いつの間にか見ることを忘れていたのだが、ふっと気になって「久米チャンネル」を探してみたけど、新しい更新が見つからない。

いろいろ探していたら、去年の5月の「ヨットに乗って少し旅に出ます」という更新が見つかって、それを最後に更新が止まっていた。

私には久米さんがなにか居場所を失ってしまったことによる結果のように思えて寂しかった。

手ごたえが少ない中で発信することの空虚感ではないのか。

それは私が更新をとぎらせることになる感覚である。

そう感じて、逆に私は、意気込まずに自己確認のつもりでもうしばらくは続けていこうかと思いなおしたところである。

2022年3月 2日 (水)

工場爆発

昨日、当地(宮崎県の北端の町・延岡市)水尻町のカヤク・ジャパン東海工場で大きな爆発事故があった。

東海工場では建設業や砕石場での発破作業に使われる産業用爆薬を製造している。

その爆薬を貯蔵する建屋が爆発し完全に消失するという大きな事故だった。

作業していた社員さんが1人安否不明となっている。

今日の当地限定ローカル新聞・夕刊デイリー新聞は3面を割いて、この事故を大きく報道していた。

作業場は山に囲まれるような形状の位置にあったが、爆風で近隣の建物にも被害が出ている。

直線距離で5㎞くらい離れている私の事務所でも爆発音が聞こえ窓ガラスに衝撃を受けて、なにごとかと不安を感じた。

5㎞離れていてもこの衝撃。

ウクライナの人々の恐怖と苦しみが身につまされる事故のニュースであった。

2022年3月 1日 (火)

気がつけば3月

気がつけば3月 という感じである。

コロナに世界中が翻弄されまくっている中で、突然戦争が勃発した。

夢幻のような時間の経過である。

プーチンが精神に異常をきたしていて最悪の行動に移そうとしたとき、それを阻止する手段はあるのだろうか。

核の抑止力は、それを扱う人間が正常であり続けているときのみ機能する。

 

 

 

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