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2022年7月

2022年7月31日 (日)

今月4回目 久々の更新

先週、インターネットで来年の手帳の広告配信されてきた。

それで改めて思い知らされたが、7月も今日が最終日。

自分のブログを振り返ってみると、今月の更新は3回のみ。

以前は、ブログのトップページに「ほぼ毎日更新しています」と書いていたのだが、数年前に、言葉に偽りありと感じるような状態になったので「ほぼ毎日更新」を削除した。

それでも、内心「ほぼ毎日」を目指していた。

1週間くらい更新をさぼると、私の定期購読者I先生から「更新がない。どうなってるんだ」と督促のメールが入るので、督促のメールをもらう前に更新しなくてはという動機づけになっていた。

しかし、そのうちに督促を受けても更新する気力わかず、今月の履歴を見返すと今月の更新はたった3回。

さすがにI先生からの督促メールも無くなっていた。

生涯現役で仕事をやるぞとおもっていたのだが、このところなんにつけても意欲が落ちてきて、自分で設定した締切日は意識しているのだが、あっという間に時間が経過してしまっている。

医師や医療関係者が認知症の判定をするときに、「今日は何月何日ですか?」とか「今日は何曜日ですか?」という質問をする。

不動産業をやっていて、高齢の売主が高齢の場合、司法書士が売主様の認知確認をするのに立ち会ったこともある。

その時にも、日にちとか曜日の質問に加えて、「生年月日を教えてください」「生まれ年の干支は何ですか?」とかいう質問をしていた。

私はそのお客さんと話をしていてまったく認知に不安を感じることはなかった。

その方は体が不自由になって施設に入っておられて、経済上のことで、子供さんから相談があって私が家の売却の依頼を受けた。

90歳くらいの方だったので、依頼を受けた際に私が子供さんと施設に行って売却の意思を確認させてもらった。

足と半身が不自由で車いすでの生活になっていた。

「〇〇さん。家をお売りになりたいということですけど、よろしいのですか?」と尋ねてみた。

すると、「ほんとは子供にこの家を残してやりたかったのだけど、私に甲斐性ないから売らなくてはいけなくなった。子供に申し訳ない」と言っておられた。

子供さんも、「お母さんそんなこと気にしなくていい。家を売るのはさみしいだろうけど、僕が近くにいてやれないから、ここでゆっくり療養したほうがいい。僕こそすまない。」と言っておられた。

売却の依頼を受けたら媒介委任状をいただかなくてはならない。

手も不自由だと思って、息子さんに代筆を頼もうと思った。

すると、「まだ字くらいは自分で書けますよ」と言って、時間はかかったが、一文字一文字丁寧に住所も氏名も記入された。

私よりはるかなきれいな字だった。

依頼を受けた家の売却が決まり、所有権移転登記に際して司法書士の委任状に署名印鑑をいただくために、司法書士に施設に出張してもらった。

司法書士には、高齢で体は不自由だが頭はしっかりしているという説明はしていた。

しかし、司法書士は司法書士の職務として認知機能の確認の質問をした。

その時の質問は、前記のごとくのような質問だった。

私はいっしょにいて、いたたまれない気持ちになった。

医者や医療関係者、司法書士や弁護士といった士業の方。どうして決まりきった定型の質問をするのだろう。

私は手前味噌で言うのではない。

私は、ほんとうに所有者が不動産を売ることを納得されているかを確認する質問をすることしかしない。

「はじめまして。〇〇様でまちがいないですか。」

そして、保険証等で本人確認をして売却の意思を確認する。

そんな話をしながら、認知機能に異常はないかは確認できる。

 

101歳まで生きられた詩人柴田トヨさんの「くじけないで」という詩集に「先生に」という題のこんな詩がある。

先生に
         柴田 トヨ

私を おばあちゃんと呼ばないで

「今日は何曜日?」
「9+9は幾つ?」
そんな バカな質問もしないでほしい

「柴田さん
西条八十の詩は好きですか?

小泉内閣をどう思います?」

こんな質問なら
うれしいわ

 

私もそう思う。

 

久しぶりのブログ。

最近、高齢の方が書いた本を何冊か読んだ。

皆さん、ツイッターやブログをやっておられた。

そんな先達に触発されたせいか、久々のブログはちょっと長くなってしまった。

 

 

2022年7月18日 (月)

生まれて初めて年齢を感じたこの数日

私は、地球上で一番いい時代の一番いい国に生まれ、これまで生きてきたと思っている。

戦争に敗れ、日本中が着るものも食べるものも住むところもなくした。

そんな中からやっと、なんとか平穏な生活が送れるようになったときに私は誕生した。

父親は、無から商売を立ち上げ、私は何不自由ない生活をさせてもらった。

そして、高度成長。

バブル。

戦争もなく、飢餓もない。

世界で一番いい国の、いちばんいい時代を生きてきた。

おまけに、この年まで大きなケガも病気もしたことはない。

しかし、自分の子供には私が親にしてもらったことの10分の1ほどのこともしてやっていない。

ましてや、人のために役に立つようなこともしてきていない。

地球温暖化で50年後、100年後の地球はどうなるのかと不安な声もあがるが、私はそこまでは生きていない。

一番いい時代の一番いい国で生きてきた幸運の中で逃げ切れると思っていた。

そこにきてのパンデミックと戦争。

コロナとウクライナ侵攻は、これまで感じたことのないいやーな気分である。

それに輪をかけて、いままで体に不安を感じたことがなかったのだが、ここ10日余り得体のしれない痛みに襲われて、人生で初めての不安を感じている。

体はいたって丈夫だといっても、何度かは寝込むような病気はした。

しかし、いつも深刻な事態にはならなかった。

人は私を鉄人と言い、自分でもどこかに健康な体に戻れるという確信じみた自信があった。

ただ、今度の痛みにはちょっと参っている。

寝違いのちょっとひどいものだと思って、時間が治してくれると思っていたのだが痛みは激しくなるばかり。

耐えられずに、病院に行って薬をもらっても全く痛みが治まらない。

それでもなお、今は、あと数日したら自然治癒するさと欄干的にも思っているのだが、なにか悪い病気であったらという不安も覚えている。

人生で初めて年齢を気にしたこの数日である。

 

 

 

2022年7月10日 (日)

失って感じた安部元首相への思い

一昨日、珍しく朝から忙しくて、パソコンを開いたのは午後3時過ぎだった。

パソコンを開くと安部元総理が銃撃されたという速報が表示されていた。

いつもなら昼のテレビのニュースを見るのが日課なのだが、その時間もなかった。

テレビをつけると安倍さん襲撃の報道一色。

テレビ報道とネットニュースを見まわしたが、安倍さんは危機的状況の様子だった。

なんとか一命を保って欲しいと思ったが、それは叶わないことだと感じた。

私はアンチ安倍であった。

安倍さんの政策には賛同できない部分が多かったし、安倍さんの言動には批判的な感情を抱いていた。

しかし、安倍さんが銃撃され生命の危機に瀕しているというニュースを見て、私には自分でも理解のできない感情が湧いてきた。

「安倍さんは日本にとってかけがえのない必要な人だ。この人を死なせてはいけない。」という感情だった。

安倍さんの政策、政治運営は強引で、時に横暴と感じる彼の言動は私には受け入れがたかった。

そんな人だったが、国という大きな船の舵取りの一人としていてもらわなくてはいけない存在だったと感じた。

残念だが安倍さんは亡くなられた。

失ってみて、実に惜しい人を亡くしたものだと痛切に思い知った。


それにしても、言いたくはないが、日本の警備体制の甘さを感じる。

日本の安全神話。

日本は平和ボケしているいわれるが、警備体制も平和ボケ。

強大な影響力をもつ元首相の警護が、まるで無警戒だった。

SPは常に非常事態を想定しいなくてはならない。

そして非常事態に遭遇したら、自分が身代わりになって覆いかぶさってでもVIPを護るという行動を反射的にとるという訓練をすべきだろう。

実に、悔やんでも悔やみきれない。



倍さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

2022年7月 2日 (土)

頭も年をとる

7月2日。

今年も残りあと半分を切ってしまった。

このところ、世の中のもっぱらの話題は「暑い」。

朝からテレビは、どこにチャンネルを回しても「暑い」の大特集。

「暑い」には、「ウクライナ」も「コロナ」も太刀打ちできない。

暑いなんてことは大騒ぎして言われなくても肌身に感じることで、「今日も暑くなります。暑さ対策と水分補給を怠りなく」で済んでしまうことだと思うのだが、どのワイドショーもトップニュースで30分くらい「暑い」問題を取り上げる。

猛暑での電力不足での不安をあおり、記録的な短い梅雨での水不足でさらに不安を掻き立てる。

天候も不安だが、世界の政情ももっと不安だ。

ロシアはウクライナ侵攻の手を緩めず、各国の経済制裁を逆手に石油天然ガス供給を人質にして対抗している。

かたや、国際エネルギー機関というところが、各国政府が輸入化石燃料への依存度を減らそうとする中、実質排出ゼロ目標を達成し、エネルギー安全保障を確保するためには、今世紀半ばまでに世界の原子力発電設備容量を2倍にする必要があるとの報告書を公表している。

中国も不気味に動き続けている。

「暑い」だけが心配事ではない。

 

かくいう私の今一番の問題は、腰痛。

激痛ではないが、先行きが心配なじわっとした痛みにまとわりつかれている。

私は戸籍上の年齢は高齢者の域に入っているものの、60歳を過ぎてからの年齢は個人差があって、人それぞれ。

私は、あと10年は元気でいられると勝手な自信をもっていた。

しかし、今回の腰痛にはちょっと不安を感じている。

今は日常の生活に大きな支障はないが、このままズルズルと高齢者の階段を下っていくのではないか。

それでも頭がしっかりしていたらなんとかなると、脳みその老化に不安を感じてはいなかったのだが、これもどうにも危うい。

今日、パソコンの整理をしていて、10年前のブログの原稿が出てきたのだが、頭もずいぶん老化していた。

今の自分の姿と1か月前の写真に大きな違いはない。

1,2年前の写真でも、そんなに大きな違いはない。

それでも、3、4年前の写真だと少し違いが出てくる。

ところが、10年前の写真を見ると、10年前は若かったなと10年の歳月を感じる。

見かけはそうだが、頭はそんなに年をとったとは感じていなかった。

10年前の自分の文章に若さを感じて、齢を実感させられた7月2日。

 

 

 

 

 なんの苦もない、いい身分

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