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2023年2月

2023年2月28日 (火)

確定申告 締め切りまであと15日

つい2、3日前に、確定申告が始まったぞってな記事を書いたと思っていたのだが、ブログを開いてみたら記事を書いてからもう4日経つ。

カレンダーを見ると2月も今日まで。

明日からは3月である。

確定申告の受付期間は2月16日から3月15日までとなっているが、これが大きな勘違い。

2月は28日までだもので、2月の25日の土曜日にはまだあと20日あるよと余裕をかませて日曜日を過ごした。

そして今日月曜日。カレンダーを見ると、なんと今月は今日まで。

2月が28日までしかないというのは実にやっかいなことである。

たった2日間のことだが、急に半月が消えてしまった気分になってしまう。

前に書いたことだが、最近私の時間は塊りとなって過ぎ去っていく。

光陰矢の如しと言うが、矢は目で追える。

私の時間は、大きな塊りとなってすっと抜け落ちてしまう感じなのだ。

タイムスリップしたみたいに、1週間、1カ月間の記憶があいまいになってしまう感覚がある。

今年も、はや2月も終わり。

2カ月間なにをしていたのかと手帳を見返すと、空白が多くて1月2月がひと塊で過ぎてしまったような、そんな感じである。

確定申告の締め切りまで、あと2週間余。

会社の決算は税理士さんに頼んでいるので、担当の職員さんにせかされながら期日に間に合わせているのだが、個人の申告は税理士さんに頼むほどのことではないので自分でやっている。

頼むほどのことではないくらい簡単なはずなのだが、締め切り間際にならないと取りかからないもので、深刻に必要な書類がみつからなくて大慌てするのが恒例行事となっている。

今年は2月中にとりかかろうと思っていたのだが、どうにもあやうい2月晦日である。

 

 

 

 

2023年2月23日 (木)

悪徳不動産屋日記  確定申告 

確定申告の受付が始まりました。

今年は、確定申告が必要な人は2月16日から3月15日までに確定申告の受付を終わらせなくてはいけません。

ところで確定申告が必要な人とはどんな人か。

どんな人が確定申告が必要かというと、国税庁のホームページをみるとその詳細が記されています。

難しい言葉でホームページ1ページまるまる、ずらずらずらっと必要な人の要件が記されています。

これを読むんずすんなり理解できる人は少ないと思います。

頭が混乱してなにがなんだかわからなくて、何度も何度も読み返し、私はついには発狂しそうになってしまいました。

だから私は、どんな人が必要ないかを調べてみました。

必要のない人は簡単明瞭でした。

・会社から年末調整を受けている給与取得者
・所得が48万円以下の人
・副収入が20万円未満の場合
・公的年金の受給額が400万円以下で、かつ源泉徴収を受けている場合 こちらから説明すると簡単です。

たった4項目。

これなら理解できます。

これに該当しない人が確定申告の必要な人です。

国税庁も、確定申告が必要な人の説明を正攻法で正面から正確に説明することは大切ですので、上級国家公務員の優れた知能を持つ人のための説明としては正規の難しい条文でいいのですが、次にこれを補足して、確定申告が必要でない人の4項目を列記して、「これ以外の人が確定申告が必要な人になるんですよ」なんて書いててくれるとわかりがいいと思います。

ともかく、今年も確定申告の時期になりまして、この時期になりますと去年不動産取引をしたお客様から税金の相談があります。

私は不動産の税金に関する知識は豊富な方だと思っていまして、不動産売買をはじめとする日常の不動産取引において、税金にまつわる質問にも私なりに簡単に答えております。

しかし、私の税金に対する考え方は儲けに対して税金がかかるのであって、税金をはらわなくてはいけないほど儲かったのであれば、それは喜ぶべきことで、かかる税金は支払わなくてはいけないという考え方です。

ただし、不動産売買にかかる税金については、さまざまな軽減措置が設けられていて、その軽減措置の仕組みをしっかり調べて払わなくていい税金は払わなくてすむように助言をしております。

税金と言うと一般の人はなぜか異常に恐怖心を抱かれるようです。

不動産売買となると、莫大な税金がかかると誤解している人も少なくありません。

先にも申し上げた通り、税金は儲けに対してかかるのであって、不動産売買にかかる税金も、売却した利益に対して一定の税率で税金を支払うわけで、利益がでない売買については税金は発停しません。

日本ではバブル崩壊後、土地価格は下がり続けている傾向です。

余談ですが、ここ1,2年土地価格が上昇に転じたなんて言ってますが、当地(宮崎県の北端の町・延岡市)をはじめとする地方都市の土地価格は値下がり傾向は下げ止まりつつあるものの、上昇に転じるなんて実感はまったくありません。

マスコミは、数字(視聴率や、発行部数)をあげるためと、金持ちがより金儲けを応援するために多少歪曲した記事を報じる傾向があるようです。

上昇しているのは東京都心や3大都市圏やそれに準ずる大都市の中心部の土地だけです。

坪単価1000万円以上の土地、中には坪単価1億円超という土地や、都心部のタワーマンションが数パーセント値上がりすると、上昇価格は数千万円から数億円と言うことになります。

他方、地方都市の土地価格は坪当たり数万円。全国の地価の総額を占める大部分は地方都市の土地。地方都市の地価の総額を一部都市部の価格の総額が上回り全国の平均地価を押し上げて土地が値上がりに転じましたとアナウンスする、数字のマジックなのです。

横道にそれましたが本題にもどりまして、ここ30年土地は値上がりしていませんので、この30年間に購入した家や土地を売却しても売却利益は発生しません。

住宅を代表とする建物は年数の経過により減額していきます。

昔は土地が値上がりしていましたので、土地の値上がりが建物の減額を上回って、それが儲けとなって税金がかかりました。

しかし今は、土地が値上がりしないので建物の減額(償却)分と経年劣化分で、この30年間における不動産取引は、ほとんどの場合、買った価格よりずいぶん安い価格での売却になっています。

あきらかに利益がでないという取引がほとんどです。

したがって、税金の心配をする必要のない方が多いのです。

そんな中で、相続不動産の場合は税金がかかってくる取引が多いものです。

親が高度成長期の中で不動産を購入しているので、土地の利益が発生して税金がかかってくることが多いものです。

こんなとき私は、「みんな損をして不動産を処分する時代に、税金を払わなくてはいけないほど儲かったということは喜ぶべきことですよ。」などとと変な理屈を並べて税金を払う決断を促しています。

これが悪徳不動産屋と言われるゆえんです。

ただし親の住宅を相続したばあい、譲渡所得税(不動産を売却した時の税金)を大幅に軽減するという時限立法の税法律ありますので、その法律については助言をしてあげます。

このさまざまな軽減措置については、不動産屋は結構詳しく勉強しています。

とりわけ私は、愛想が悪くてお客さんに不快な思いをさせていることだと思いますので、その分なんか取り柄が無いと仕事にならないので、お不動産にまつわる税法の勉強に力を入れてきました。

不動産にまつわる税金は、政策的にしょっちゅう期間限定セールみたいに軽減策が頻繁に設けられています。

私たち不動産屋は年中不動産取引をしているわけで、不動産取引にまつわる税金についての情報は小まめに収集しています。

不動産の相続やそれにまつわる税金についても税理士に負けないほど勉強しています。

それで、お客さんに利益になる税法の取り扱いについては、知ってる限りお答えはします。

ただし、税金の申告については、税理士さんの仕事です。

厳密な規定では、申告書の作成はできませんし、申告の計算に関する相談についても税理士法違反となります。

他士業においては、その士業の業務を「業として」行ってはならないという規定があって、まったくの無報酬で行った場合それを「業として」はやっていないといういう言い分をする可能性を残しておりますが、税理士法においては「業として」という文言がありませんので、厳密にはまったくの無報酬でも税理士法違反を問われることもあるといえます。

私の経験では、税理士さんに申告を依頼して、明らかに税金を払いすぎという例を少なくなく見ております。

不動産売買の現場に立つ経験上から、計算方法を変えたらずいぶん税金が安くなっただろうなと思う申告内容もよくあります。

私は、私が不動産売買に携わったお客様には、税理士法違反にならない程度に、払う必要のない税金を間違って払わないような助言はしております。


先に、ぐだぐだと述べましたように、当地(宮崎県の北端の町・延岡市)のような地方の庶民が不動産を売却した場合、多くの場合税金がかからない取引が多いものです。

実際相談を受けたお客さんのほとんどが税金を払う必要はないことが多いものです。

申告の必用があるお客さんについては、確定申告になりますよということはお伝えしております。

また、税金がかかる場合でも、こんな軽減措置がありますよということは助言しています。

税理士さんに気付いてほしい点がある場合には、蛇足かもしれませんが、それもお伝えしています。

ただし、過度に期待されて、申告の手伝いをして下さいと望まれても、それはできません。

そんなときは、私の助言をもとに、早めに税務署に相談に行くことです。

一番理解していただきたいのは、税務署はやみくもに税金をむしり取るところではありません。

きちんと話をすれば減税措置についても教えてくれることもあると思います。

税務署は、善良なる納税者に対して味方してくれるところだと私は思っています。

確定申告期間は混雑していますが、申込み締切日直前になると非常に込み合います。

余裕をもって税務署に出かけましょう。

 

立派なことを言っていますが、今夜の白袴、私は毎年、締め切り間際になって、泣きだしそうになりながら申告書の作成に取りくんでいます。

そうならないように今日のブログを書いた次第です。

 

 

 

 

2023年2月16日 (木)

トルコ大地震 神はいるのか

発生から10日。
トルコ・シリア大地震での死者数が4万2千人を超えた。
240時間以上経過した中で、がれきの下から救出される人がいる。
救出された子供の親は、「神様に感謝します。神は偉大なり。」と喜びの声をあげていた。
その姿を見ていて私は、偉大な神がいるのであれば、なぜこんなに悲しい出来事から救ってはくれないのかと複雑な気持ちでいっぱいになる。

私は、来世とかあの世とかはないと思っている。
それに私はキリスト教とかイスラム教をはじめとする宗教の「神」とか「主」と言う主体の存在を信じることができない。

だが、私は毎朝仏壇に線香をあげ手をあわせる。
1日と15日には家の近くの今山神社に参拝に行く。
その他ことあるごとにいろいろな神様に神頼みをする。

仏壇に手を合わせるのは、一番は私に生を与えてくれた親に感謝の意を伝えるため。
それに加えて、亡くなる寸前まで反発し続けて、親孝行の一つもしてやることのなかった父親と、なにもしてげられなかった母親に毎日詫びている。

神社で神に手を合わせるのは、まずは自分と家族が健康に区していることへの感謝。そしてこの幸せが続くことを祈る。次におこがましいが、世界平和。そして自分の仕事が大過なく全うできること。
そのほかにも、いろいろな局面で種々雑多で勝手放題な神頼みをしている。

しかし、私が神頼みをする神と、「主」「キリスト」「アラー」「ご本尊様」という対象は違う。
何がちがうのだろうかと、常々、もやもやする感情(観念)蛾あったのだが、佐藤愛子さんの「幸福とはなんぞや」というエッセイ集のなかに、そんな私のもやもやが、うっすらと晴らしてくれる話があった。
佐藤愛子さんは死後の世界はあると考えるのだそうだ。
あの世はあると考えるから、現世での幸福だけを考えなくなった。そして現世は「束の間」だが、あの世はいつまでもつづくから、あの世の安息こそ大切で、その支度をするのが老後になすことだと思って今を生きているそうだ。
ここは私とは違う。

しかし佐藤愛子さんの神についての考えが、わたしの
もやもやを払ってくれるものだった。
佐藤さんの思う神は、「偉大な力を持っていて、創造はするがそれ以上はなにもしない」。「神とは宇宙の意志、天地創造主としての存在で、そういう意味での神を私は信じる」というのだ。
そして、「神は人間を造ったが、造っただけであとは見ているだけ。助けることもせず、教えもせず、罰しもしない」と言う。
私の気持ちを一番納得させてくれたのは、「神とは人々の精神の波動を受け止めるだけの存在のように思う」という言葉だ。
さらに、「だから神に頼みごとをしたりご加護を祈ってもしょうがない。ただ感謝していればその気が神に届く。それでよいのではないか。今はそう思っている」という言葉だ。

これの言葉が、ふわっと私の腑に落ちた。

トルコ大地震の惨状を見ていて、こんなふうに感じてしまった。

ただ、ひたすら祈ることはします。

2023年2月14日 (火)

バレンタインデー

1枚もチョコレートが届かなかったバレンタインデー。

去年は生命保険会社からチロルチョコレート的なチョコレートが届いていたが、それもなかった。

ついに、すがすがしいバレンタインデーが訪れた。

義理チョコほど快くないもらいものはない。

2023年2月13日 (月)

恒産恒心

朝起きて立ち上がると、腰から脛、そして足首まで激痛が走る。

自己判断では脊柱管狭窄症による坐骨神経痛である。

かかっている整形外科医でも同じ診断を受けている。

脊柱管狭窄症とは、主に加齢により脊椎の神経が通るトンネルである脊柱管が狭くなって、神経が圧迫を受け下肢にしびれや痛みが発生する病気だ。

拙の場合、加齢によるもので完全な自然治癒はできないものと認識している。

医師の指導を受けながら自分でもいろいろ本を読んで、脊柱管をひろげるための姿勢やストレッチをして悪化を阻止しようとしているのだが、このところ症状がひどい。

強い鎮痛剤を処方してもらっているのだが、ここ数日、とくに寝起きから昼過ぎまでは歩くことが困難で、立っていても痛みがでる。

このままの状態だと手術を考えなくてはならないのだが、夕方前から痛みが和らいで就寝前までは症状が安定するので、なんとか手術をしない保存両方でなんとかやり過ごしたいと思っている。

しかし、これだけ痛いと一日中ほとんど痛みの方にばかり神経がいってしまう。

恒産恒心という言葉がある。「恒産なくして恒心なし」という言葉で、安定した財産や職業を持っていないと、安定した道徳心を保つことは難しい」という意味だ。

高校の漢文の時間に習った言葉だが、なぜか心に残っている言葉で、よく頭のなかに沸いてくるだ。

自分が痛みを伴う病気になって思ったのは、健全な心は健全な体に宿るという言葉。

自分が健康な体で不安のない生活をしているときでないと、人のことや、まわりのことに思いが及ばないということ。

始終頭をよぎる井上陽水の「傘がないの一節」自分にとって一番大事な「傘」は脚の痛みが消えること。

 

拙は、拙の尊敬する師匠から「あんたは鉄人じゃ」とまでいわれた丈夫な体が唯一の自慢。

快方に向かうのだという自信は捨てていない。

2023年2月12日 (日)

今日の雨 傘がない 拙の問題は 腰の痛み

問題は今日の雨 傘がない。拙のここ数日の一番の問題は腰痛。

正確には腰痛ではなく脊柱管狭窄症による坐骨神経痛。

拙の場合、現在、腰の痛みはなく臀部から太もも、そして膝、足首にいたって激痛が走る。

朝、目覚めると下肢にしびれと痛みがあり、立ち上がるとしびれと痛みが激痛に変わる。

太ももから脛に竹串を差し込まれているような激痛が走る。

必死の思いで痛みに耐えながら、痛みが治まりそうな姿勢を探す。

必死の思いで痛みに耐えながら痛みが治まる姿勢を探し続けると、鎮痛剤を飲んだ後痛いのをこらえて椅子に座り、少し前かがみの姿勢をとって安静にしていると傷みが治まってくれた。

この間の時間、約1時間。

強い鎮痛剤も飲んでいる。

傷みがおさまるのは鎮痛剤のおかげなのだろうが、この痛みがこのまま数時間治まらないのなら手術も検討しなければならないと悲観的な気持ちになっている。

申し訳ないが、痛みで転げまわっているときは、トルコもウクライナも頭の片隅にもひっかかってこない。

今、就寝前。椅子に座って机に向かっている。

しびれも痛みも、まったく無い。

現在のもっぱらの心配は、明日の朝の腰の調子。

 

 

 

2023年2月11日 (土)

忘れてはいけないもの

大雪

トルコ・シリア大地震

ロシアのウクライナ侵攻

特殊詐欺・広域強盗殺人事件グループ逮捕

大きな事件が重なり合って

でも忘れてはならない

統一教会問題

東京オリンピック大汚職問題

2023年2月10日 (金)

死者数が東日本大震災をはるかに超えるトルコ・シリアの大地震 

朝のテレビニュースワイドショーも、昼のニュースもトップニュースは東京都などの大雪の模様。

各局が競って雪の被害状況をかき集めている。

トルコの地震の状況はどうなっているのかと気になる。

さすがに雪のニュースの後にはトルコ地震の状況が報じられていた。

案じていたように、すでに死者数は2万人を超えたという。

東日本大震災での死者・行方不明者数を超えている。

それなのにテレビのニュースは雪の方が大事。

「だけども 問題は今日の雨 傘が無い」である。

つくづくあの頃の井上陽水は天才だったんだなと感じ入っている。

支援金の送付機関も立ち上がってきたようだ。

せめて、わずかではあるが支援金を送ろう。

2023年2月 9日 (木)

やっぱり明日の天気

今日の報道ステーションのトップニュースは、明日の大雪予想。

トルコの大地震より、ウクライナより、明日の天気。

2023年2月 8日 (水)

悪徳不動産屋日記 確定申告の季節

2月は確定申告の月です。

今年の確定申告の受付期間は2月16日から3月15日までです。

今日、1件確定申告についての相談がありました。

拙は不動産屋。しかも悪徳不動産屋だというのになにかと相談事をよく受ける。

確定申告にあたっての相談で多いのは、税金をなるべく払いたくない方からの相談。

大雑把な話をすると、ここ30年の間に不動産を購入した人が、購入した不動産を売却する場合税金(譲渡所得税)の心配をしなくてはならないケースはほとんどない。

というのは、この30年間土地価格があまり上昇していないからだ。

東京や福岡の中心部と言った大都会は最近浄書しているが、当地(宮崎県の北端の町・延岡市)のようなしがない地方都市では、この30年間は土地が値上がりしていない。

不動産を売却する場合の税金は譲渡所得税といって、給料や商売をして得た利益のようにさまざまな事業から得る利益にかかる税金とは別に計算するぜいきんで、不動産の譲渡価格(購入した価格)不動産を取得(購入)したときの価格を差し引いた利益(譲渡益9にかかる税金だ。

ここ30年ほど土地の値上がりが無いということは、この30年の間に購入した不動産を売っても利益が出ない。

つまりは譲渡益がないところに税金は発生しないのです。

例えば、3000万円で購入した住宅を売却する場合、建物の方は経過年数とともに値打ちが減少します。これは税法の耐用年数で定額で下がっていくことになります。

建物の価値が下がってしまって土地が値上がりしていないのだから、住宅を中古住宅として売却する場合には購入した価格を下回る価格でしか売れません。

したがって譲渡益はゼロ。

つまり、不動産を売却しても、譲渡益が出ていなければ確定申告の必要すらないわけです。

ということで、このところ不動産を売却た税金の相談は30年以上前からすると激減しています。

そんな中で、税金を払わなくてはいけないということ、すなわち不動産を売って儲かった人は自分はラッキーなんだと喜ばなくてはならない人なのです。

拙は、不動産を売却して税金がかかる人から、「こんなに税金を払わなくてはいけないのか。なんとか税金を少なくする方法はないか」と聞かれた場合、昔は一所懸命節税対策を工夫してあげていた。

しかし今は、「税金を払わなくてはならないような取引(売買)になったということは、喜ぶべきことですよ。今の時代、ほとんどの人が買った値段から損をして売っているんですよ」と答えることにしている。

さらに拙は、そもそも税金は利益の一部を社会に還元するための必要費なのだから、払うべきものと思っているので、最近は余り極端な節税対策には手をかさないことにしている。

今日のお客様のご相談も、無理筋な相談だったので、かかる税金の概算のお話をさせていただいた。

今日の相談者は、売却益は出ないので税金の心配はしなくていいと思っていたら、思いがけずに利益が出てしまって相談にみえたのだが、購入の時の手続きの際にご自分がやっている事業の税金対策のために、ちょっとおかしな手続きをしていて(その詳細は話せないが)、そのせいで過分な消費税が出てしまったのだ。

いい条件で売れたのに、そのために税金がかかるとなることが不満でお見えになったのだが、いかんともしがたい。

このくらいは税金がかかりそうですねというと、それを納得されない。

税金を払っても買った値段より損はしないというのにだ。

かくして拙は、またしても悪徳不動産屋の道を歩まされるのである。

皆さん、税金は払わなければなりません。

ただし、払わなくてもいい税金を払っている場合があります。

「申告」税ですから、自分が申告した税金ははらわなければなりません。

だから、払わなくてもいい税金を、税金の法律を知らなくて払ってしまう申告をしても、税務署は払いすぎですよとは教えてくれません。

自分でしっかり税金の勉強をして、払わなくてはいけないもの、払わなくてもいいものを振り分けましょう。

今は、税金対策の本や税金対策についての記事を特集した週刊誌や雑誌が溢れかえってます。

インターネットは玉石混淆。正しい記事やインチキな記事が入り乱れています。

しっかりした新聞や雑誌、書籍を買って税金の勉強をすることをお勧めします。

インターネットの普及で印刷業界は青息吐息。つい最近は週刊朝日が休刊することを発表してます。

どうか活字文化が消えないように、信頼のおける新聞、書籍で勉強してください。

 

 

 

2023年2月 7日 (火)

悪徳不動産屋日記 こんな人もいる うれしい話

先月、朝、シャッターを開け事務所に入って窓を開けていると、老人(失礼)がこちらに手を振りながら歩いてくる。

マスクをしてニット帽を深々とかぶっているもので誰だかわからない。

誰だろうと思いながら窓から外を見ていると、どんどんこちらに近づいてくる。

3~4メートルまで近づいてきて、手を振るのだが誰だかわからない。

目の前まで近づいても誰だかわからない。

そんな拙の不安もおかまいなしに、かの老人が「おーーい」とだけ声を発して事務所のドアを開けて入ってきた。

ごく親しげであるが誰だかわからない。

目元は笑っているが、何も言わずに立ったまま。

「最近は、どうけ?」(最近、どう?」と言ってきたが、マスクと帽子では皆目誰だか検討もつかない。

「どちらさまでしたかね。マスクをして帽子までかぶっているので、どなたさまだかわかりません。マスクと帽子をとってもらえませんか」と戸惑いながら答えると、「なんだ俺がわからんのか!」と言って、帽子を脱ぎマスクをはずした。

正直、それでも顔だけでは誰だか分らなかった。

しかし、声を聞いて誰だかすぐに分かった。

40年前に親しく付き合っていた方で、年は私より10歳以上。80歳くらいになっているはずだ。

30年くらい前に郊外に引っ越して、それからは、4,5回くらいしか会っていない。

ここ7、8年はまったく会っていなかったが、すっかり立派なご老人になられていた。

一瞬では顔はわからなかったが、特徴のある声は昔そのままで、すぐに昔の顔を思い出した。

「なんだ、浅野さん(仮名)か。すっかりおじいちゃんになってわからんかったよ」と憎まれ口で返すと、「馬鹿言ってんじゃないよ。ぜんぜん変わっちょらんじゃろ。俺の顔を忘れるなんて、あんたのほうがもうろくしちょるよ」と、これまた昔のまま口が悪い。

「実は、ちょっとあんたに相談があってよ」

突然連絡もなくの来訪は、なにか相談事でもあるのだろと思っていたら、やはり相談事だった。

浅野さんは30年くらい前に、当地(宮崎県の北端の町・延岡市)の郊外に家を建てて引越しをしていた。

広い庭があるところで畑でも作りながらのんびり田舎暮らしをしたいということだった。

郊外で田舎暮らしと言っても、当地での住宅圏(人の暮らせる範囲)は狭いもの。

足は自動車。車は、一家に一台というよりも一人に1台である。

市の郊外といってもある程度インフラがととのっている地域であれば、市の中心部から遠くても車であれば20分から30分といったところである。

40代、50代から60歳代であれば車さえあれば、市街地での暮らしとなんら変わりない生活ができる。

問題は80歳も近くなって、体の調子が悪くなり病院通いをすることになったり、車の運転がおぼつかなくなった時だ。

浅野さんの相談は、ちょうどその年に差し掛かって、今はまだ運転に支障をきたすというほどではないが、奥さんが病気がちで毎日の病院の送り迎えが大変で、家の近くにちょっとした買い物をするところがないので、今まだ元気なうちに家を処分して、市街地に引越しをしたいということだった。

浅野さんは昔不動産屋にいたもので、不動産のことは多少わかっている。

家は建築後40年になるし、立地が不便なところにあるので、売るといってもなかなか売れないだろうし、売れても大した金額にならない。

だから、安くてもいいから売れるうちに処分して、いくばくかの金に換えて、市営住宅に入れないかというのが希望だった。

浅野さんの考えでは、家は売れないだろうから家を解体して土地として売ればちょっとは金になるだろうということだった。

浅野さん夫婦は非常に几帳面な方だったので、家は古いが充分使えるような手入れはしているはず。

場所は辺鄙なところにあるが、市街地まで車で20分くらい。

家は解体せずに浅野さんが考えているよりは高く売れると思える。

そう説明すると、すぐに売れないだろうから、売る話は別にして、売ることを前提にして先に市営住宅にはいれないだろうかというのが一番の相談の要点だった。

そんな相談ならたやすいこと、市営住宅の入居の手続きをしているのは拙も所属する延岡宅地建物協同組合の仕事。

すぐに調べておくよ、ということで担当の人に相談に行く。

最近、そんな相談が少なからずあって、可能だという。

手続きの段取りの詳細を教えてもらい、浅野さんに連絡し教えておいた。

ただし、家を売るにあたって家の登記簿を調査すると登記上の問題点がみつかり、その解決方法も教えてあげた。

浅野さんは、「まだ今すぐ売るわけではない」だとか、「すぐに市営住宅に入るわけではない」だとか拙に気を使って、やけに拙に手間をかけて申し訳ないと、言い訳めいたことを言っていたがそんなことはどうでもいい。

昔なじみの相談に答えてあげただけ。

やったことは、土地建物の登記簿をとったり、市営住宅のシステムを調べたり、その流れをあれこれ工夫するのにちょっと頭をひねった程度。

こんなことは不動産屋ならば、どうってことないこと。

拙は、「迷惑なんて全然掛かってないよ。その気になれば希望通りに進められるので、家族と話し合いをして、その気になったらまた拙が相談にのってあげるからいつでもまた相談にきたらいいですよ」ということで一件落着となった。

終わったことだと忘れていたのに、昨日、浅野さんがまた突然来訪した。

家族との話に進展があったのかと思い応対に出た。

すると開口一番、「赤池さん。いろいろ手間をかけてしまって申し訳ないのだけど、今回の話はなかったことにしてくれ」と言って封筒を差し出してきた。

封筒はお金が入っているのだろう。

そんなお金はいただけない。

こんなことで、見ず知らずの他人からだってもらわないが、ましてや昔なじみの友人みたいな関係の人。

びた一文だってもらえるわけがない。

「これはなに?こんなことはしなくていいよ」と言うと、「大変申し訳ない。こんなものでは済まないが、おさめてくんね」

「本当にこんなことしなくていいっちゃが。なんにも迷惑してないから」というと、「自分は不動産屋をやっていたのであんたが、どんだけ動いたかわかっているこんな金額じゃすまないが、気持ちとして受け取ってくれ」という。

封筒を受け取らない拙にたいして浅野さんが「2万円ぽっちじゃすまないんだけど、これが自分にできる今の気持ちだから受け取ってくれ」という。

お互いに封筒を押したり引いたりで話は堂々巡り。

浅野さんは引き下がりそうにない。

それで拙はこう決めた。

「浅野さん。それじゃ1万円だけいただくよ。それだけいただければ沢山すぎる。それで収めましょう」と言うと、「それでいいとけ?それならそうさせてもらう」とひきさがってくれた。

そして何度も何度も「本当にいろいろ助言をもらって感謝している。助かったよ。さきざき困ったときはまた相談にのってくんねよ」と言いながら、やっとのことで帰って行かれた。

 

なんともうれしい話。

拙は悪徳不動産屋となり果て、善良なる消費者様はその悪徳不動産屋をただでこき使う。

いくつもの不動産を調査させ、案内させ、交渉させてもタダ働きが当然と思っていらっしゃる善良なる消費者様が普通になった昨今。

今、案内看板の前にいるのだけど内見したいのですぐに来てもらえないかと案内しても、気に入らなければ、「お手数をかけました」というお客さんは多くはない。

不動産屋は使いこなすものと思っているお客さんも少なくない。

そんな中で、こんなお客さんに会うと無料で何でもしてあげたくなる。

こんなわがままな性格だから拙は悪徳不動産屋なのだ。

 

 

 

 

 

2023年2月 6日 (月)

勘違い いい年して、自分もやりそうだな

なぜか、ときどき頭をよぎるショート笑い話がある。

朝日新聞土曜「be」の「いわせてもらお」にあった話だったと思う。

 

チョコレートを買ってお金を払うと、レジの女性が私の顔をじっと見て「このままの私でいいですか」とおっしゃる。

「ありのままのあなたでいいですよ」と私が言うのも変だなと戸惑った。

もう一度聞いて「このままの渡しでいいですか」だったとわかった。

 

という話。

 

いい年していながら、拙もやってしまいそうな勘違い。

 

2023年2月 5日 (日)

手つかずの本

棚に、本屋さんで本をながめていて読みたいなと思って買ってきたり、新聞広告の本の題名だけで取り寄せたまま読まないままの本が、埃をかぶって積み上げられている。

その本棚のような人生。

やらなければいけないことが山積みになっている。

こりもせず新しい本を買い込むことは止まらないが、たまった本の整理もしなくては。

2023年2月 4日 (土)

3日坊主

2月4日。

あっという間に1日が過ぎてしまう。

何が忙しかったのかと振り返っても、すっかり記憶がないといった感じで、今日も残すはあと2時間。

すっかり忘れてしまっていたのだが、毎週見ているTBS「情報7days」が始まってしまってブログの更新をしていなかったことに気づいてしまった。

今日、やりとばしてしまうと3日坊主になる。

ま、現在見に来る人もずいぶん少なくなっているから、書こうが書くまいが大勢に影響のないことなのだが、そこは自分の気持ちの問題。

思い出したのが運のつき?

3日坊主逃れのために、ノートパソコンを膝の上にのせてキーボードをたたいている。

トップニュースは、フィリピンにいる連続強盗の主犯格の強制償還の問題。

これは、数年前からこうなることを訴えていた加害者の関係者がいたという。

ここは、日本の捜査機関の威信をかけても解決しなくてはならないもんだいだ。

という間に、岸田総理の秘書官の性的少数さ差別発言問題。

続いて自民党が野党時代に民主党の掲げた児童手当問題に対する、野党議員丸川珠代の「愚か者」とほざいた下品な発言の問題。

天に吐いた唾を一心に浴びている。

 

テレビニュースを賑わす面々を見ていて思ったのは、恥じる知るはものは強しという言葉があるが、今は、恥を知らざる者は強しであるなあということ。

 

 

 

 

2023年2月 3日 (金)

節分 感謝しつつ恵方巻を美味しくいただく

今日は節分。

節分とは、その言葉の通り(季)節の分かれ目のこと。

昔は立夏、立秋、立冬、それぞれの前日のことを節分と言ってた。

現在では立春の前日だけが節分と言われるようになった。

従来、節分と言えば豆まきだった。

季節の変わり目には邪気が生じるといわれ、それを追い払い幸福が舞い込むことを願って豆をまいた。

父親が追い払われる鬼になって子供たちからのたちから豆をぶつけられる役目を引き受けさせられたものだ。

それが何時の頃からか、恵方巻が節分の最大行事となってしまった感がある。

拙の記憶の限りでは、元来、当地(宮崎県の北端の町・延岡市)には恵方巻を食べる習慣はなかった。

20年以上前か30年前か記憶は定かではないが、拙が大変お世話になっている方から、「節分に恵方巻を食べるって知ってる?」と電話があり、「知らないです」と答えると、「拙の分の恵方巻を用意しているから取りに来ないか」ということでお伺いし、家族の分までの恵方巻をいただいた。

その時に教えてもらったのが恵方巻のいわれとその正しい食べ方。

その年の恵方を向いて、恵方巻は切らずに丸かじり。願いをかけながら言葉を発せずに一気に食べなければいけないのだそうだ。

それ以来数十年、毎年節分には恵方巻をいただいている。

その年その年いろんなお店に予約注文して取り寄せしたものだ。

せっかくのご厚意。拙は、教えられた通り、その年の恵方を向いて、一言も言葉を発せずに恵方巻を一気に丸かじりしてきた。

この恵方巻、拙にとってはなじみがなかったもので、そのいわれをちょっと調べてみたが、諸説さまざまにあるようだ。

調べる中に、岩崎竹彦さんが、スーパーなどのチラシに書かれた説と、彼の調査が行われた1990年当時、大阪海苔問屋協同組合の事務局長の職に就いていた藤森秀夫からの聞き取りで得られた由来とをまとめたものを見つけた。

それによると

幕末から明治時代初頭に、大阪・船場で商売繁盛、無病息災、家内円満を願ったのが始まりで、一説には若い女性の好きな人と一緒になりたいという願望から広く普及したとする説。(すし組合のチラシより)

船場の色街で女性が階段の中段に立って、丸かじりして願い事をしたらかなったという故事にちなむとする説。(スーパーU社のチラシより)

節分のころは新しい香の物が漬かる時期で、江戸時代中期、香の物入りの巻き寿司を切らずに丸のまま恵方を向いて食べ、縁起をかついだ。これが、やがて節分に恵方を向いて、巻きずしを丸かぶりすると、その年の福がさずかるという招福の習わしになったとする説。(スーパーD社のチラシより)

船場の旦那衆が節分の日に、遊女に巻きずしを丸かぶりさせて、お大尽遊びをしていたことに端を発するという説(当時の大阪海苔問屋協同組合事務局・藤森秀夫からの聞き取り)

戦国時代の武将が、節分の日に丸かぶりして出陣したら戦に勝ったので、以後瑞祥としたことに端を発するとする説。(藤森秀夫からの聞き取り)

宣伝集のぷんぷん匂う説や後付けの節も入り混じっているようで、大阪発祥の風習が徐々に広がっていく中、コンビニが販売戦略として大々的に宣伝を始めたことにより現在の爆発的流行となったというのが実態のようだ。

調べる中に、大阪の旦那衆が遊女が太巻きを口にほおばる姿を見て楽しんでいたという、ちょっと卑猥な姿を連想させる説を見るに至っては、恵方巻の開運招福のありがたみは薄れるばかりである。

それに、せっかく贅沢な太巻き寿司頂戴しながら、味わうこともできず一気に丸かじりなんてのは、いかにももったいない。

頂戴している相手様の意向に背くようで申し訳ないが、拙はずいぶん前から、いただいている相手様に感謝の気持ちと、その方とご家族の幸せと拙たち家族の幸せを祈って手を合わせ、その後に食べやすいサイズに切り分けて、お茶をのみながら美味しく味わいながらいただいている。

今日は、本当に幸せな節分でした。美味しい恵方巻、どうもありがとうございました。

2023年2月 2日 (木)

許しがたい回転寿司事件

月から、若者の乱暴狼藉が問題になっている。

成人式で騒ぎ立てて式をめちゃくちゃにするバカ者たち。

交差点で車を爆走させて喜んでいるバカ者たち。

最近では、高校生が回転寿司屋さんで、湯呑をなめまくったり、唾を付けた指で回転する寿司をつつく動画が大問題になっている。

信じられない気分の悪い動画があふれかえっていて、日本の行く末はどうなるのかと不安になってしまう。

しかしこんな馬鹿者はほんの一部の者なのだ。

 

拙は去年の12月に名古屋にいる孫に会いに行ったときの、笑い話のような嬉しい出来事を思い出した。

拙とかみさんで、少し込み合い始めた電車に乗った。

3人掛けの席に2人の若い男性が座っていた。

1席空いていたので、空いた席の隣の人に軽く頭を下げてかみさんを座らせようとした。

すると、座っていた男性が2人とも立ち上がって席を空けてくれた。

恐縮して、「いや私はいいですから座っていてください」と、ご好意を断ったのだが2人とも座ろうとしない。

何度か、「私はいいんですよ」と座っているように促すのだが、2人とも頑なに座ろうとはしない。

無駄に譲り合うのも拙の性には合わない。

せっかくの好意を素直に受けて座席に座って、前の席の方を見て気が付いた。

そこは高齢者、障害者のための優先席だった。

拙はガツンと大きな衝撃を受けた。

老人が立っているのに気づかずに座っていた男性たちは、老人が立っていたことに気付きあわてて席を譲ってくれたのだ。

拙はすこぶる健康で、自分では年齢のことをまったく意識しないで生きている。

まだまだ足腰もしっかりしていて若いつもりでいたのだが、若い人から見ると立派な老人だったのだ。

喜ぶべきか悲しむべきか、初めての経験であった。

隣に座ったかみさんに、「高齢者としての優遇を受けたようだよ」と耳打ちして、二人で苦笑い。

テレビやインターネットでは、若者の乱暴狼藉のふるまいの動画ばかりがとりあげられるが、それは一部のできそこない。

大多数の若者は礼節を備えたりっばな人間だ。

やはり日本は世界に誇れる素晴らしい国なのだと感じさせられものだ。

 

動画のアクセス数を競い合って、羽目を外しすぎるバカ者たちには大きなお灸をすえることも必要だ。

それにしても、しばらくは回転寿司には行きたくない。

回転寿司店にとってこの影響は計り知れない。

こんなことが起こり得ることを知らしめた今回の事件の影響は莫大だろう。

数億円の損害賠償訴訟も成立する大問題だ。

1被害店舗のみの問題ではない。

これを、単なる若者の行き過ぎたいたずらと見過ごしてはいけない。

こんな事件が二度と起こらないように、厳しい民事訴訟を提訴することを提起する。

 

 

 

2023年2月 1日 (水)

2月1日 早や2月

早や2月。

あれよあれよという間にもう2月である。

あれよあれよという間に12月となり、今年も、もう12月かということになるのだろう。

人生もあれよあれよでこの年(実年齢は伏せさせていただきますが)を迎えている。

今年は、ともあれブログを欠かさず更新してみようと新年をスタートした。

にもかかわらず、中途から息切れ。

月半ばからは、またしても、すっかり更新を途切れさせてしまった。

どのくらい途切れさせてしまったのか、1月のブログを確認してみたら、連続して書いていたのは最初の1週間のみ。

次の週には1日置きになり、2日置きとなり、次の週には1週間空いてしまい、その次の週も1週間空きとなっている。

最初にブログを途切れさせた原因は何だったのかとカレンダーを眺めてみたら、どうやら原因は成人の日の2連休にあるように感じた。

3が日に正月気分に浸り、4日からは正月気分のまま仕事始めとなり、松が取れて正月気分から抜け出していこうという頃に成人式の連休が入ってしまうのだ。

元来、よだきんぼ(宮崎弁で、怠け者)の拙は、連休の中だるみの中に埋没してしまったようだ。

それから抜け出せないままずるずると、1月を過ごしてしまった。

拙の、今までのならい通り、毎月の1日の日は特別の日。

あれあれよのままに頭の上に墓標が立ってしまわぬよう、さあて今日から2月です。

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