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2024年3月 3日 (日)

豪雨の中の大イベント②

一昨日、谷平興二先師の長女さんとばったり出会った。

長女さんと、立ち話の中で2月25日のブログに書いた谷平先師の台風の中での快気祝いの話をした。

立ち話のついでに、もうひとつ豪雨の中でやった大ゴルフコンペの話もしてやった。

もともと、豪雨の中のゴルフコンペの話は2月25日のブログの「台風の中での快気祝い」の話といっしょに書くつもりだったのだが、話が長くなりすぎるので次の日に書くつもりだった。

 

谷平先師は何事においても、はでにやることを良しとしていた。

その傾向は若いころからのもので、「俺は風呂敷を拡げるだけ広げないと満足しないんだ」なんて公言していた。

ちなみに、2月25日のブログでとりあげた「台風の中での快気祝い」は40年くらい前の話。

先師は、まだ30代半ば過ぎだった。

 

この話と同等に私の記憶に衝撃的な出来事として残っているのが、豪雨の中でのゴルフコンペのエピソードがある。

この話をする前に、先師とゴルフとの歴史をちょっとだけお話したい。

先師は20歳そこそこで不動産会社を興していて、30代では、当地(宮崎県の北端の町・延岡市)の不動産業界ではそれなりの評価を受けていた。

それで仕事のからみで、銀行や団体、市内企業のコンペに誘われることも多かった。

先師は、人づきあいを人生で最重要視していた人で、何か人に誘われたとき絶対に断ることはしなかった。

それどころか、意識的に人づきあいを自ら作り出すのを生きがいとしているような人で、誘われもしないのに自分から押しかけお手伝いをするような人だった。

そんな先師が、ゴルフだけは苦手ですと、ゴルフに誘われてもことごとく断っていた。

その理由が「下手」だから。

下手も下手で、信じられないほどの下手で、無様な姿を見られたくないということだった。

そんなことで、どうしても断れなくてゴルフコンペに参加しなくてはいけないときには、コンペの日が近づくと「いやだ。いやだ。行きたくないなあ。」なんて泣き言も言っていた。

コンペの日の数日前に、ずっとクラブを握っていないからといって、車で練習場に運転手としてついていったことがあるのだが、練習をする先師を見ていると、先師がゴルフに行きたくないという気持ちがよくわかった。

ゴルフの経験のない私が見ても、下手なのだ。

まず、フォームが変。短身・短足・手も短い、と自称する通りの体型だもので、とにかく見ていて笑っちゃいそうになるくらいみっともないのだ。

おまけにボールは飛ばない。

ドライバーで、テンプラで50ヤードだったり、ダフッてコロコロだったり、見るも無残なのだ。

それがあるとき、気のおけないお客さんとプライベートのゴルフに行ったとき、そのお客さんが使っていた当時流行り始めたデカヘッドのドライバーを借りて売ってみたら、今までに経験したことのないナイスショットをしたのだそうだ。

ゴルフをやっている人ならわかるだろうけど、ゴルフの初心者の頃、なかなか思い通りにはボールを飛ばせないのだが、たまにまぐれでクラブのスイートスポットにボールが当たったときのあのスッキリした感触。

18ホール廻って1度か2度しかないナイスショットだか、この感覚があるからゴルフから抜けられなくなってしまうのだ。

先師は、ゴルフを始めてから1度もこの感触を味わっていなかったのだろう。だから、ゴルフはただただ自分のプライドを傷つけるスポーツでしかなかったのだろう。

普通の初心者が味わう、ナイスショットしたときの爽快感を、先師はこのときはじめて味わったのだ。

 

先師は、すぐに最新の、飛ぶと定評のあるゴルフセットを買い込んで、ゴルフの練習を始めた。

練習場でも味わえたナイスショットの爽快感。

たちまちゴルフの虜となり、ひまを見つけてはゴルフ場に行くようになった。

それまで、ゴルフで接待するということはまっくたなかったのだが、この時以来、仕事上の接待はゴルフになった。

誘いのあったゴルフコンペには、どんどん参加するようになった。

誘われるのを待っているのももどかしく、3,4組のプライベートのゴルフコンペを自分から開催することもあった。

そうこうしているうちに大風呂敷を拡げたくなった。

「社をあげての大コンペをやるぞ」と言い出した。

何事も中途半端はない。やるときは何事もけたたましい先師。

数月もかけての計画に入った。

まずは招待客の人選。

あの人も、この人も、あの人の連れも、この人の連れの方も、とにかくなにごとも、この人が動き出すと大騒動になる。

歯止めなく招待客を数えていたら100人は軽く超えてしまう。

まずはゴルフ場を抑えなくてはいけない。ゴルフ場には、いっそのこと貸し切りにしてくれと交渉したが、ゴルフ場も常連のお得意様を無視するわけには行けない。

先師は、なにかやり始めると自分の都合以外のことは目に入らなくなる。

すったもんだの結果、私の記憶では、なんとか40組ちょっとの枠が取れた。

そこから、社長室にこもりっきりで招待客の選択。

コンペの賞品選び。

とにかく、中途半端は嫌いで大風呂敷の人。

コンペの予算は数十万だったか、百万円オーバーだったか。(私の記憶だけで書いているから、細かい内容は違いがあるかもしれません)

当時の私はぺーペーの平社員で、もちろん計画に関与していないかったが、とにかくゴルフ場でもこんなコンペは初めてですと言っていた。

1等商品は、当時30万円だか50万円もしていた大型液晶テレビ。2等、3等、も数十万円の大型冷蔵庫や全自動洗濯機だったと記憶している。これも私の記憶だけで書いているから、細かい内容は違いがあるかもしれません。

10位、20位の景品も、通常なら4等、5等の景品に相当するような豪華な品。

先師の行うイベントは、ここからが違う。ブ

ブービー賞から最下位のブービーメーカ賞、数多くの飛び賞も豪華。他のコンペとの一番の違いは参加賞が、見ただけで参加費以上の価格で朗とわかる景品を用意した。

通常のゴルフコンペは、出席者から参加費を徴収して、参加費に主催者が提供する予算金を加えて賞品を出している。だから上位は豪華でも、賞外の人がもらう参加賞はつまらい、もらっても嬉しくないものということが多い。

主催者がケチだと、上位入賞者の賞品は豪華でも、参加賞は安物で、賞にからまなかった人からは参加費は豪華景品を買うために使われているようなものだと不満が出るのが常だった。

このときのコンペの豪華景品は伝説的な話題となり、それ以後、先師が催すゴルフコンペは参加賞まで豪華だということで、毎回参加を希望する人から招待要請の依頼があったものだった。

 

その時のコンペの話に戻そう。

計画が整うと、招待状送付。もちろん豪華景品をくどいまでにアピールしている招待状だった。

例によって、いつものごとく、数回にわたる電話にての出欠確認。ここでも豪華景品の念押しをしているから欠席をする人はいない。

満を持しての大一回大ゴルフコンペの日。

天気予報は数日前から大雨の予報。(これが台風だったか、梅雨時期の大雨だったかの記憶はない)

快気祝いの時同様、コンペ開催日の前々日から、やるかやらないかの問い合わせの電話が入り始める。

ゴルフ場も、台風や大雨の場合クローズするとのこと。

ゴルフ場との打ち合わせで、大雨でもコンペは決行するつもりなのでクローズしないように要請して、招待客には大雨でも決行しますという連絡をしていた。

果たして当日。これは無理ではないかというような、記録的な豪雨。

ゴルフ場からも、グリーンに水が溜まってパットができないようだったらクローズにするしかないとの見解だった。

しかし先師は、それを認めるような柔なタマではない。

自分がやる行事は絶対に中止になるような雨にはならないから、なにがあってもオープンするようにと強く要請していた。

このときばかりは先師の神通力も通じず、雨あしが収まることはなかった。

早朝から、さすがに、この天気では中止でしょうという電話が入ってきた。

その電話に、開催しますのでよろしくと応対するのが私たちの仕事だった

こんな天気でやれるのかと、半信半疑のお客だったが、この雨の中でのプレーには難色を示しつつも、豪華景品を前に欠席する人はいなかった。(いたかもしれないが、少なかった)

雨の中での開幕式。

グリーン上まで水がたまりまったくボールは転がらない。

ロングバットとはパターをドライバーを振るかのような強いパッティングをしないとボールは進まない。

どんなに強打してもカップをオーバーする心配はないが、5,6メートルのパットがスリーパットになってしまう。

カップからは水が溢れている状態なので、カップインしたときの「カラン」という音はしない。

カップに届いたボールはボコボコと沈んでいく様が今でも目に浮かぶ。

こんな劇的な大ゴルフコンペだったが、プレーの後は楽しい表彰式が待っている。

ただ、40組のコンペともなると表彰式までの待ち時間も長い。

それを見越して、ビールや酒、焼酎が飲み放題。そしてふんだんな豪華なつまみ。

ロビーに並んでいる山のような豪華景品。

終わってしまえば和気あいあいだった。

 

谷平先師は、大雨でこんな大騒動があったことは、きれいに忘れてしまう偉大な人だった。

あの人の下で働いていた時、一言多い私は、先師が「自分がやる行事は必ず晴れる」と豪語するとき、台風の中での快気祝いの話と、大雨の中のゴルフコンペの話を持ち出していた。

先師は、「あんたは、そんなことだけはよく覚えているんだなー」と苦い顔。

しかし、そんな思い出も今は楽しい思い出。

先師は、すべてが規格外だから、数多くの大きなイベントを残しくれたんんだなあと、つくづく感謝してます。

 

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