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2024年8月

2024年8月31日 (土)

悪徳不動産屋日記 台風一過 川の水は澄んでました

今日は、売却依頼を受けている物件の状況確認に行ってきました。

昨日、当地(宮崎県の北端の町・延岡市)は台風の被害が少ないなどと、自分の周りだけを見ての感想を書いてしまったのですが、全国的な被害状況を見ると軽率な感想だったと反省しています。

当地、延岡市は、たしか、九州で2番目に広い面積だったはず。

広域で見ると当地にも被害を受けた方がいらっしゃるはず。

当社では、北方町にある中古住宅の売却を受けているが、北方町は広い山間の地域でたびたび洪水や山崩れの被害をうける地域。

その他にも、個々の条件で被害を受けられた方がいるかもしれない。

それで、今日は朝から売却の依頼を受けている物件を確認して廻った。

一番の心配は、北方町の物件。

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家は、台風の被害もなくそのまま存在していました。

築70年の古民家。

外観が古民家そのもので素敵な家です。

でも、住むとなると数百万円から、リノベーションとなると1千万円以上かかると思いますよ。

だから、価格は80万円。

この価格は、悪徳不動産屋の私の手数料をひねり出すための価格で、売主様の手元にはお金の残らないタダで売る感じなの価格です。

北方町は延岡市街地から高千穂町に向かう途中にある区域。

当社でお預かりしている中古住宅のあ所在地は、当社からだと、五ヶ瀬川の支流沿いの道を20㎞くらい上流に上った山間部にある。

国道の本線から支線に入る入り口に、大雨のために全面通行止めの看板が立っていて、ちょっと不安になったが、道路は一切堆積物もなくつう通行止めになっているという感じではない。

道路から見る限り、川の水位がいつもより少し高いかなと思う程度で水の濁りもない。

奥に入ると通行止めになっているのかもしれないが、行けるところまで行ってみようと思ってバイクを走らせた。

どこまで行っても道路はきれいで、泥が被ったような気配は無い。

結局、なにごともなく物件にたどり着いた。

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この住宅のすぐ近くを流れる川は、水も引いて流れもゆるやかになっていて、澄んできれいでしたよ。

思わず写真をパチリ。

いいところなんですけどねー。

 

他の物件も、すべて台風の影響はありませんでした。 

 

2024年8月30日 (金)

台風

台風10号は、またしても当地(宮崎県の北端の町・延岡市)では、想像していたよりは軽微な被害で通り過ぎてくれた。

とはいえ、被害が全くなかったわけではなく、警備ないうと被災された方からはお叱りを受けそうだが、風速50メートル以上九州では積算で1200mm以上の大雨をもたらし、酷い風水害におびえていた私にとっては軽微に感じられた。

雨戸がない窓のガラスにはテープベタベタと補強し、水害に備えてパソコンは4階の自室に持ち込んで待機していた。

昨夜から、テレビはつけっぱなしにして台風情報を常時確認していた。

まだ鹿児島にも近づいてない時間帯にも、こちらでも大雨が吹き荒れていた。

鹿児島では風速70mという経験したことない瞬間最大風速の予想が出ていた。

6年前の台風21号と似た進路を通るということで、そのときのトラックが転倒したり、建物が吹き飛んだりする場面が何度も報じられた。

その21号より強力な勢力の台風ということで、身の縮む思いで夜を過ごした。

朝、台風が鹿児島に上陸したということで、鹿児島、日南、宮崎市の洪水の様子も報じられる。

台風のスピードが遅く、強風と大雨が何時間も続くという。

鹿児島から熊本の方に進み、そこで進路を東に変えて大分を通って四国に抜けるという予想図になっていた。

そうなると当地は昼から台風の影響を最大に受けてしまうだろう。

そう覚悟していたのだが、午前中に風も雨も止んできた。

今、熊本で方向を変えているのだろうと、災害に備えて身構えていた。

なのに当地では風も雨も止んだまま。

テレビ報道では、台風は東かえて、その影響で大分市、佐伯市は大水害が起こっている。

どういうわけか、当地はなにごともなく夕方を迎えた。

またしても、九州でも当地だけ大きな被害を免れた。

この数年、史上最大級の台風が当地に向けて進行してくるという予想図が出て、こんどこそは当地も大きな被害が出るかと思いつつ、思ったほどではなく台風がそれてくれたという経験を何度かしている。

いいつまでも、幸運が続くわけではないのかもしれないが、私は我が町にあるお大師様のおかげではないかと感謝している。

 

2024年8月28日 (水)

台風が恐ろしい

現在、午前9時56分。

昨日から、台風の影響で、強い雨が降ったりやんだりの天気だった。

きょう未明、猛烈な雨が降っていた。

朝は、曇り空だったのだが、今、突然の豪雨。

事務所からガラス越しに外を見ると、雨は垂直に滝のように降っていて先が見通せないほどの豪雨。

車はすべてライトをつけて走っている。激しく動くワイパーも役に立たないだろう。

そういえば昨日、所用で宮崎市まで高速道路で向かっていた途中、ポツリポツリと小雨が降りだしたと思っていたら、数秒後に初めて計経験するような大雨になった。

適正な車間距離を取って走っていたのだが、前の車の姿がみったく見えない。

車線も左右の景色もかすんで見えない。車線も見えなくて道路がカーブしているのかどうかも判別できないほどだった。

バケツをひっくり返したような雨という表現があるが、そんなものではなかった。

まるで滝の中をくぐっているようで停車して様子をみたいところだったが、宮崎の高速道路は片側一車線の暫定開通の道路だものスピードを落とし過ぎると後続車に追突されるかもしれないという恐怖もあ。

すぐにライトをつけて、スピードを60㎞くらいに落として、よどんだ水中手探りで走るような感じだった。

そんなひどい状況は数分だったのだろうが、追突する不安と追突されるかもしれないという不安で生きた心地がしなたかった。

 

すべて台風の影響なのだろうが、今回の台風は史上最大級で瞬間最大風速70mとの予測も出ている。

雨も累積で1300mmという、今までに記録したことのない大雨の予想が出ている。

予想図を見ると、九州の中央部を東西に抜けていくようで、被害からは免れられそうにもない。

経験したことのない強風や、大雨がどんな被害をもたらすのか。

 

不動産業をやっていると、被災したお客さんからの相談や修理の依頼が殺到する。

台風でガラスが割れて雨が打ち込んでくるので、すぐにガラスを入れてくれとか。

雨漏りがひどいので、すぐにとめくれとか。

浸水しそうだがどうしたらいいかとか。

停電を経験したことのない人が、電気がつかないので修理してくれとか。

風速35mの台風の最中に、とにかくすぐに状況だけでも見に来いなんて電話をもらったことも何度もある。

 

自然の前には、大きな被害にならないことを祈るしかない。のです。

 

2024年8月26日 (月)

台風10号 あわてて買いだめはダメ

台風10号が、当初の予想進路図から大きく西に向きを変えた。

今日現在の進路図だと、当地(宮崎県の北端の町・延岡市)を台風の真ん中が通りそうだ。

私の家のお隣のディスカウントスーバー「ダイレックス」には、今日はまだ水があった。

昨日の夕方のニュースショーの取り上げ方次第では、明日には水が姿を消すかもしれない。

今月初めにあった日向灘地震の時には、南海トラフ地震に関連するかもしれないとの注意報が発表されたもので、スーパーコンビニから水が一切消えてしまった。

ウチはダイレックスさんのすぐ隣で、ダイレックスには毎日、深夜、早朝多くの商品が運び込まれている。

近くにコンビニもあるが、コンビニも深夜、早朝に商品の運び込みをしている。

スーパーもコンビニも余計なストックはせずに、その日、その日の売れる予測に合わせて商品が入荷している。

だから、テレビ報道で水が無くなったなんて報道されて、それに煽られていつも買わない人までが一斉に2日分でも買いだめをすると、賞品は枯渇してしまうのだ。

毎日買い物をしていない人までが3日分、4日分と買いだめをすると、配送システムはパンクしてしまう。

あわてて買いだめしないことだ。

普通の家庭なら、冷蔵庫や食品棚に3日分や4日分の食べ物はあるはずだ。

パニクッて買いだめ、買い占めをしないことだ。

落ち着いて食べ物をなかよく分け合うことだ。

 

台風、それてくれないかなーー。

 

 

 

2024年8月25日 (日)

8月25日 夏休みが終わる

8月25日。

小・中学校だったら、夏休みの最終の週。

私の小・中学校時代は、このころになっても夏休みの宿題にはほとんど手を付けていなかった。

7月中は、まだ先は長いと、宿題なんて気にも留めていなかった。

8月に入ると、少し始めたほうがいいかななんて思いつつ8月半ば。

お盆が過ぎると、そろそろ始めないと、間に合わないぞ。最後に大慌てしなければならないと、心で思う。

毎年、夏休みの最終日、泣きたい気持ちで宿題に取り組んでいた。

親からは、毎日のように宿題はすんだのかと聞かれる。

しかし、それでも取りかからない。

さすがに夏休みも残り10日を切ると、気になって机に向かって宿題にとりかかる。

1カ月以上遊びほうけていて、ボケた頭に宿題の内容が入ってこない。

そこで、職場?放棄。

去年も3,4日でなっとかなった。

本気でかかれば1週間もあればなんとかなると、なぜか楽観してしまう。

1週間前になっても気持ちが入らないが、とりあえずはとりかかる。

とりかかってみると、これは大変なことをしてしまった。とても間に合わないぞと悲観的になる。

しかし、遊びほうけていてボケた頭にエンジンがかからない。

絶望。

絶望の淵に立ってやっと本気になる。

そこからは、泣きたい気持ちで夜遅くまで宿題に向かう。

とても間に合いそうにない宿題の山を抱えて、来年こそは少しづつやっていくぞと、後悔のどん底で誓う。

結局、全部を終わらせることはできなくて、処刑場に連行される囚人のような気持ちで新学期の学校に向かう。

教室に入ると、そんな生徒は私だけではない。

私よりひどいやつもいて、ほっとさせられる。

そんな生徒が多いから、先生も、今日持ってきてない者は〇〇日までにはちゃんと出しなさいと救いの言葉をかけてくれる。

本当の宿題を片付けるのは、新学期の登校日から2,3日間。

 

私も、巷で言われる終活世代。

やらなくてはいけないことが山ほどあるのだが、まだまだやってみたいこともたくさんあって、どちらも遅々として手つかず状態。

そんな、今年の8月25日。

2024年8月23日 (金)

原発事故処理はできるのか

昨日、22日。福島原発の燃料デブリの取り出しの試験的作業にかかるというニュースが報じられていた。

なんと、東日本大震災から13年もかかってやっとのことでデブリの取り出しが始まるのかと思っていたら、手順のミスで取り出しは中止になったとのこと。

導電の責任者が、安全が大事だから無理に進めるよりは、手順のミスを発見したことであったとも思える他人ごとのような発言をしていた。

 

今回の作業は、本格的なデブリ撤去の作業ではなく実験的な作業だ。

予定では、たった3グラムを取り出すだけ。これに1週間もかかるというのだ。

回収しなくてはならないデブリは880トン。

880トンというのは何gだ?。電卓をはじいてみたら8億8

最長で40年と言っていた。

予定では10年後にデブリ取り出しが始まるはずだった。

それが3年遅れて、やっと22日から取り出しを始めることになっていた。それも実験的な取り出し作業だ。

その予定は、あっさりくずれてしまった。

そもそも40年という期間は根拠があってのことだったのか。

5年10年でできる話ではない。

少なくとも責任の立場にある役職、政治屋たちはあと20年くらいはある。

30年もすればこの世にいない可能性が高い。

自分たちが生きている間の責任を先延ばしする期間として50年は長すぎるけど、40年も経てば死んでこの世にはいない。

死んだ後の責任までは追及されないだろう。

とにかく自分たちが生きている間の責任逃れの期間が40年という数字ではないのか。

処理しなくてはいけないデブリは約9億グラム。

現状の技術で今回取り出せる予定だったデブリは3グラム。

デブリから発生する放射線量は人を数分で命を失う線量。

取り出したデブリはどこに保管するのか。

 

なぜか、国も電力会社も、責任を40年50年先に先送りして、原発の稼働を急いでいる。

 

総理大臣交替、政権交代と騒いでいるが、裏金問題より派閥問題よりもっと重要な争点があるのではないか。

 

 

2024年8月18日 (日)

よっしゃ、今日はこのくらにしといたるわーー

「よっしゃ、今日はこれぐらいにしといたるわ――。負けているのに、まるで勝っているかのように平然として言い放つ姿は何とも、おかしい。あの有名なドタバタ漫才の決めゼリフが、どこからか聞こえてくるような気がした」

今月14日に、総裁選不出馬と任期満了での総裁辞任を表明した岸田総理の対しての、16日天声人語の書き出しの言葉だ。

実にうまいことをいうなと感心してしまった。

ご承知の通り、冒頭の、「よっしゃ、今日はこれぐらいにしといたるわ―ー」は、吉本新喜劇の池乃めだかさんのとっておきの決めゼリフ。

池乃めだかさんは身長149cm。この小さい体がギャグネタ。

舞台の上でめだかさんがチンピラ相手に喧嘩になって、数人から取り囲まれてボコボコにされた後すっと立ち上がって、「よっしゃ、今日はこれぐらいにしといたるわ――」といって立ち去り、ボコボコにしていたチンピラたちが全員一斉にこけるというネタだ。

岸田総理は突然記者会見を開き、「総裁選では自民党が変わる姿を国民に示すことが必要。最も分かりやすい最初の一歩は、私が身を引くことだ」と語り、総裁選不出馬と任期満了での総裁辞任を表明した。

最もわかりやすい最初の一歩であるとわかっていただったら、もっと早くやめるべきだっただろう。

次の総裁選での再任を目指して、あれこれと散々生き残りの手を尽くしていた結果、総裁選で勝てる算段がたたず、どうにも立ちいかなくなったあげくに吐いて立ち去る姿がめだかさんのように見えるというのは実にうまい表現だ。

吉本新喜劇では、ここでみんながこけるわけだが、国のかじ取りに、こけられては困る。
進路を明確にしてくれる指導者を切望する。

2024年8月17日 (土)

サンショウウオの四十九日

昨日の、「俺たちの箱根駅伝」の読後感に引き続いて、今日は「サンショウウオの四十九日」の読後感。

昨日のブログに書いた通り、図書館に予約していた本が届きだすといっぺんに届くという本の一つだ。

「サンショウウオの四十九日」は直近の芥川賞受賞作。

7月17日に芥川賞と直木賞の発表があって、すぐに当地(宮崎県の北端の町・延岡市)の市立図書館で蔵書検索をかけてみたが、両人とも当地の図書館には登録が無かった。

まだ増刷されていなくて手に入っていないということだったのだろう。

芥川賞をとったあとに新聞にも広告が出て、再度検索をかけてみたら図書館に入庫していたので予約していた。

芥川賞は純文学。純文学だけどさすがに芥川賞受賞直後だけにすでに4人待ちになっていた。

何度か書いてきたことだが、私は読書力も貧弱で読書家ではない。

ただただ、話題作で騒がれているからミーハー精神で読んでみようと思うだけ。

超人気作という小説を借りてきても、面白さがわからず、読み切れなくて貸し出し期限(2週間)が到来して読まないまま返却ということの方が多い。

そんな中で、「俺たちの箱根駅伝」は面白かった。700ページ超の長編だったが一気に読んでしまった。

それを昨日のブログで書いた。

実際には、2,3日前に書いていてブログ公開の操作を忘れていて、昨日アップしたのだが・・・

「俺たちの・・・」の後に読んだ本(予約が廻ってきた本)は「サンショウウオの四十九日」

「サンショウウオの・・・」は140ページちょっと。

読み終えるのに4日かかった。

「俺たちの・・・」で読書の面白さを感じて、その勢いでよんだから読み切れたが、その勢いがなければ最初の10ページくらいで読むことを中断していただろう。

哲学書というか科学書というか、何がどうなっているのか難解で、筋書きも頭がこんがらがる内容で、「俺たちの・・・」を読み終えた勢いが無かったら読み通す気力はなかっただろう。

 

「サンショウウオの・・・」でいいたいことはこういうことなのだろうと、わからないでもないが、わかりやすく説く方がいい。

私は小説は面白いということがいちばん大事だと思っている。

井上ひさしさんの言葉に「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」というのがあるが、これが私の求める小説。

凡人でもわかりやすくないと読んでもらえないだろう。

とにかく私の読書力では、わからなかった。

 

読み終わって、芥川賞の選者たちの選評を読んでみたが、やっぱり難解な本のようだった。

選者の中にも難解だという意見があって、なぜかほっとした。

 

もう1作。同時受賞の「バリ山行」も図書館には蔵書されていなかった。この著者のペンネームは長山K三蔵。

この人は、ペンネームと受賞記事で掲載されていた見た目が気になっていた。

いま、図書館で蔵書検索をかけてみたら入庫していた。

早速予約したが、なんと、まだ1人待ちの状態だった。

 

ミーハーじじいの好奇心の旅は終わらない。

2024年8月16日 (金)

俺たちの箱根駅伝 池井戸潤

オリンピックで、深夜、明け方までテレビを見ることがあって、10日からはお盆休みもかさなって、もともと狂っていた私の睡眠時間のリズムがさらに狂ってしまった。

さる、連休初日の10日のこと。

午前2時になってもなかなか寝付けなくて、図書館から借りてきてそのまま机の上に置いていた「俺たちの箱根駅伝」を読み始めた。

著者は、かの人気話題ドラマ「半沢直樹」の原作者池井戸潤さん。

ベストセラーとして新聞の広告を見て図書館に予約していた。

ちなみに、予約したのは5月19日。すでに15人待ちの状態だった。

私は、新聞広告で気になった本があると、市立図書館のウェブサイトで検索して図書館に蔵書があれば予約する。

待つこと3カ月、ようやく順番が廻ってきた。

私は新聞子広告から種々雑多な本を予約しているのだが、「俺たちの箱根駅伝」のような人気作は15人待ち、ちょっと人気作だと3,4人待ち、そこそこだと1、2人待ちとなって、つねに5~10冊予約状態だ。

それぞれ待合日は違っているのだが、それが不思議なことに2,3冊同時日に順番が回ってくることが多い。

今回も、「俺たちの・・」は他の本3冊と同時に貸出し可能の通知が来た。

「俺たちの・・」は上巻376ページ・下巻336ページの超長編。

他の本と併せて5冊。返却期限は2週間。

老眼が進んで読書力の弱っている私には、手ごわそうなので読むのを後回しにしていた。

最近は、眠れないときに本を読み始めるとすぐに眠くなる。

この日もなかなか眠くならないので、睡眠薬代わりに「俺たちの・・」を読み始めた。

しかし、これが大失敗。

最初の数ページで、物語にしっかり釣り込まれてしまって眠れない。

あっという間に未明の3時半。

目が疲れて少し眠気も感じてきたような気がした。

本を閉じ、電気を消してベッドに横たわったのだが、話しの続きが気になってまったく眠気を感じない。

眠くなるまで本を読んでいようと、ベッドに寝そべったまま読書を続けた。

話しの展開が面白すぎて本を閉じることができない。

空が白み始め、気が付けば7時半。

上巻を読み終えてしまった。

完全徹夜は何十年ぶりのことだろう。

眠気はないし疲れも感じない。

ベッドから起き出して間に降りていくと、かみさんから「なんではやいの。今日は休みじゃろ」と言われる。

「『俺たちの箱根駅伝』という本を読んでいたら面白くて徹夜で読んでしまったよ。上巻を読み終わったから、あんたも読んでみる?」というと、かみさんは、「駅伝は興味ないから、いいわ」とのつれない返事。

カミサンガ見ているテレビをいっしょに見ていたが、面白くない。

「寝てないから、ちょっと寝てくるわ」と言って、自室に戻ってベッドに横になった。

眠気を感じないので、目を疲れさせれば眠くなるだろうと、下巻を読むことにした。

しかし、睡眠薬代わりの本が覚醒剤となってしまった。

駅伝のレース展開にわくわくさせられて、次から次へとページが進む。

結局、選手たちがゴールするまで一気に読んでしまった。

 

私は、小説を読む能力には劣っていて、話題作を借りてきても最初の読み始めで興味を持てないまま返却してしまう本も多い。

話題作だから、なんか面白い話になるのだろうと読み進めて読み終わった後に、なんでこれが本屋大賞なんだろうとか〇〇賞なんだろう。

良さのわからない自分が、読み取る能力に欠けているのだろうが、小説なんてのは哲学書ではない。

映画や美術と一緒で、私は、自分にとって面白い作品が自分にとっての名作だと思っている。

面白いとかキレイだとか、美味しいとかは人それぞれ。

私が小説に求めるのは、まずわかりやすいこと。

そして、悲劇よりは喜劇の方が良い。

かわいそうでもらい泣きする話より、嬉しい涙や感動の涙を流させられる話がいい。

読んだ後、ズーンと暗い気持ちになる話より、希望がわく話がいい。

評論家や世間の評判は参考にはするが、それはあくまでも参考意見。

いい年食っているのにミーハー(わかるかな?)で、話題作は読んでみるが、時間の浪費だったというものが多い。

小説は自分の好みだろう。

 

それにしても、「俺たちの箱根駅伝」は面白かった。

完全徹夜して、そのまま昼過ぎまでかけて上下巻とも呼んでしまった。

 

面白かったことのご報告と、徹夜で本を読み続けることのできた自分の体の丈夫さにも自信が持てた出来事だった。

 

 

 

 

 

 

2024年8月11日 (日)

申し訳ない

この、3,4年、当ブログのアクセス数は激減してきた。

原因は、更新の頻度が少なくなって、更新を途切れさせないためだけの薄い内容の更新を続けているからだ。

以前は、言いたいことを思いつくままに書きなぐっていたのだけど、ピーク時は1日に数千アクセスを受けるこもあって、一定の支持者がいるなという感触があって自己満足していた。

今も書きたいことが無いわけではないのだが、じっくり文字で書くという作業が億劫になっている。

それと、これは面白い話だとか、これは許せないことだとか、それをブログに書こうと思って書こうとして更新しないままになってしまう。

その結果、アクセス数が減少して、それでモチベーションが下って更新がいいかげんになり、さらにアクセス数が下がり続けるという悪循環。

このところのアクセス数は20前後。

アクセス数が下がりようのないところまで少なくなっているのだが、それでもブログを更ときにはアクセス状況を確認している。

 

今日、ブログを開いてアクセス解析をみたら、今月8日のアクセス数が400を超えていた。

そんなにアクセスが増えるような記事を書いた覚えがなくて、8日のブログを確認してみたら宮崎で震度6弱の地震が起きた時のことを書いていた。

地震があって、その時パソコンをいじっていたものでそのまま地震のことを書いただけ。

今、読み返してみたが、「地震があった。けっこう大きな揺れを感じた。テレビの速報で宮崎市、日南市方面が震度6弱。当地(宮崎県の北端の町・延岡市)は震度5だった(後で震度4に変更になっていた)」という、短くてごく簡単な内容だった。

情報としてはなんの役にもたたない内容だが、これでも地震情報を調べる人の検索にひっかったアクセスが増えたのだろう。

 

以前、きちんとブログを更新していた時期には、私のブログの記事がグーグルの検索結果の上位に表示されることがたびたびあって、その時には数千のアクセスを受けていたのだが、この数年はそういったことはなくて、検索結果上位になるようなことはないと思っていた。

検索の結果私のブログにアクセスした方には、無駄な時間を使わせてしまった。

しかし、まだ検索にひっかかることもあるということを知って少々うれしくもあった。

もう一度まともなブログを書こうかなとも思ったブログ解析結果であった。

 

大地震が起こらないことを祈っている。

2024年8月 9日 (金)

水が消えた 買うべきはポリタンク

今朝、子供からメールが入った。

近くのスーパーとコンビニで売っている水が品切れだから、買い置きがあったら分けてくれというのだ。

私はかみさんとの二人暮らし。

飲用水と調理で一人当たり1日3リットルの水が必要といわれていて、最低3日分は備蓄していた方がいいということだから、我が家では備蓄用に2ℓの水を9本常備している。

トイレ洗濯用の生活用水用には、風呂に入った後の水をすぐには抜かず、次の日の入浴前に入れ替えるようにしている。

ペットボトルの水に賞味期限が記載されていて、賞味期限が近付いた水は消費して、新しいものと入れ替える必要があるなんて言われているが、私の科学的知識では水は無機物であって、ペットボトルに密封されている水は腐らないと思っている。

それで私は賞味期限は気にしていなののだが、うちのかみさんも子供たちも賞味期限ととらわれていて、賞味期限が切れた水なんて飲めないなんて言っているが、それは知識のないアホな考え。

ペットボトルの水に賞味期限が記載されているのは、ペットボトルには通気性があって、時間の経過とともに少しずつ水分が蒸発して内容量が少なくなることがあり、ペットボトルに記載している内容量との差がでると計量法違反になる可能性があるので、その可能性を考慮してメーカーが賞味期限を設けているだけのことなのだ。

水はH2O。水素と酸素。ミネラルウォータにはカルシウム、ナトリウム、カリウム、マグネシウムなんてミネラル成分がはいっているが、全部無機物。腐りがないのだが、科学的無知なうちのかみさんだけでなく、国立大学の化学科を卒業したはずの娘まで賞味期限の呪縛にとらわれている。

話が本題からそれっぱなしになったが、今回の地震のような、ちょっとした異常があったときにいつも巻き起こる品切れ騒動。

東日本大震災の時には、日本中でペットボトルの水が消えた。

古くは、オイルショックの時のトイレットペーパーが無くなった問題。

最近では、コロナでマスクが消えた。消毒用のアルコールも医療用の手袋も無くなった。

現在、すべての品物は消費される予定の量に合わせて生産されている。

だから、人が通常のある特定の品物を一斉に買いに走れば、半日で日本中の品物が枯渇してしまうのだ。

品物が無くなってしまう不安に駆られた人々が、通常の2倍、3倍の量の買い物をしてしまうと、品切れの影響は数日間続いてしまう。

その状態が加速すると、品切れ状態が収まらなくなる。

今回の日向灘沖地震では、初めて南海トラフ地震と関連が「ない」と断定できないので注意が必要というような発表があった。

なんともはっきりしない、「ある」とも「ない」とも言わない発表だったが、現実には町から水が消えた。

 

うちのかみさんにも、娘にも、まだ水道の水は正常にでているじゃないか。あわててペットボトルの水を買いに走るから水が無くなってしまうんだと言うのだけど、水道が使えなくなってからじゃ遅いと不安にかられているようだ。

もし、地震で水道が使えなくなるのが心配なのであれば、今やるべきは、まだ購入できそうなポリタンクの準備や家具の転倒防止措置ををすることだ。

 

 

うーーーん。私はホームセンターに行っていないが、ホームセンターのポリタンクや家具の転倒防止器具も無くなっているかもしれない。

 

私の予知能力では、近々の巨大地震はおこらない。そう思っている。

今回の地震騒動が落ち着いたら、転倒防止器具の設置をしようとは考えている。

 

 

2024年8月 8日 (木)

緊急地震速報

スマートフォンから「ギュー ギュー ギュー 地震です」という、緊急地震速報のブザー音が響いた。

この音を聞くと、反射的に心臓が縮む。

パソコンで、結構な大音量で音楽を聴いていたもので、すぐには状況が理解できなかった。

パソコンの音を消して、スマートフォンを見ると緊急地震速報の表示がでている。

同時に地震の揺れがきた。

すぐには、さほど大きいとは感じなかったが、揺れが大きくなって立ち上がると船の中で立ち上がったような感覚があった。

これは、大地震になるのかと事務所の中で安全な位置に移動して待機した。

幸い、今のところこれ以上の揺れはないようだ。

テレビをつけると、地震関連の緊急番組に切り替わっていた。

当地(宮崎県の北端の町・延岡市)は震度5弱。

宮崎市、日南市方面は震度6とのこと。

熊本地震の時に、当地で震度5弱の経験をしているが、あのときは一瞬立ち上がれなかった。

当地でも古い建物が壊れたりした。

震度6は私にとっては未経験だが、熊本地震の時の震度5弱の恐怖はまだ私の記憶に残っていて、震度6は恐怖である。

 

ちょうど今、テレビは夕方のニュースの時間帯だったが、地震関連の特別編成に切り替わっている。

津波情報も出ている。

今回の地震と南海トラフの関連性について調査を開始したとも報じている。

 

これ以上の被害が出ないといいのだけど。

 

 

 

 

2024年8月 7日 (水)

ワープ

ここ数日ブログを更新していないという意識はあった。

久しぶりにブログの管理画面を開いて、びっくりした。

前回の更新から一週間が過ぎている。

8月1日に更新したことはしっかり記憶している。

私にとって1日は特別の日。

ここ数年、更新が途切れがちだが、1日だけは更新をとぎらせないようにという意識はある。

8月1日も、1日の終わり間際に更新をとぎらせないためだけの更新をした覚えがある。

しかし、それからの1週間、まったく更新していなかったことは意識に無いできごとである。

ブログの中で、何度か、時間が塊となって抜け落ちていくと書いたことがあるが、今回のような時間がワープしてしまったような感覚は初めてのことだ。

オリンピック。

世界のあちらこちらで続いている戦争。

株の大暴落と高騰。

原爆の日。

そして迎える敗戦の日。

お盆休みもひかえている。

 

書くことが無くなったわけではない。

書くことがめんどうになってきているのが事実。

 

書きとめることをしないと、夢遊病者のように毎日が過ぎてしまう。

 

 

2024年8月 1日 (木)

8月1日

8月1日。

今年、8回目の新しい月の始まり。

今日から。そして明日から。

 

ふと、

吉田拓郎の「今日までそして明日から」の歌が頭をよぎる。

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