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2024年12月12日 (木)

不思議な存在・ふるやつねひら=古谷経衡さん

先週の土曜日、すぐに書こうと思っていて忘れていたこと。

絶対に書かなくてはいけないと思って、ラジオを聞きながら、手元にあったチラシの紙にこの人の名前だけを書き留めていて、そのメモを紛失していた。

私、子供のころから人の名前を覚えるのが苦手で、最近は老化でさらに名前が覚えられない。

テレビを見ていても、顔はしっかり覚えているのだが名前が出てこないってことが日常になっている。

この人も、顔はテレビでもよく見かけるし、なかなかアクの強いコメントをする人で印象は強いのだけど名前を覚えられない。

名字は普通だが名前の方の漢字が難しくて、読めない名前で何度見ても覚えられない人だ。

今日、机に溜まっている書類を整理していたら、土曜日にメモしたチラシが出てきた。

その人は、「ふるや常平」さん。「古谷経衡」と書く。

この人だ。

古谷 経衡(フルヤ ツネヒラ)|オーディションサイトnarrow
写真は日本タレント名鑑より無断拝借しております

言い訳をさせてもらえば、ワープロで「つねひら」と打っても当然のように「経衡」は表示されない。

「つね」で変換しても「経」はなかなか出てこなくて、私のパソコンでは20番目くらいに「経」が表示された。

「ひら」で「衡」は表示されないままだ。

それで、均衡という単「衡」の字を拾い出した次第。

(このブログを書き始めて気づいたのだが、グーグルで「ふるやつねひら」さんは何者かということを検索したら、あっさり漢字表記が見つかっていたなあ)

古谷経衡さん

さんはWikipediaによると、「時事評論家で文筆家」となっている。

確かに私がテレビでお見かけした古谷経衡さんは、ワイドショーで時事評論化的な発言をしておられた。

髪を金髪のメッシュにして、ラフにくずした服装で、いかにも社会の先端をはしっているようなビジュアルで、ビジュアルの通り、ちょっと通常人とは違った視点で世の中を論評するというのを持ち味としているようにみえた。

 

先週の土曜日、古谷経衡さんが「田村淳のニュースクラブ」という番組のゲストコメンテーターとして出演されていた。

田村淳さんがなかなかの論客。出演するコメンテーターも一味違った評論を展開する人たちだ。

古谷さんは、この番組の準レギュラー的なコメンテーター。

この日の番組で古谷さんのコーナーで「日本流行語大賞」のことをとりあげていた。

「日本流行語大賞」には、いろいろな評価があって私も意見があるのだが、それはいずれとりあげることにして、その日の番組でも今年の流行語大賞について疑問を呈する場面があった。

今年の大賞には、TBS系大ヒットドラマ「不適切にもほどがある!」の略称「ふてほど」が選ばれたわけだが、私は「ふてほど」という言葉を耳にしたことが無い。

大賞受賞を聞いて、ミーハーじじーの私ではあるが、寄る年波で流行に乗り遅れているのかと思ってしまった。

しかし、私が知らなかったのは当然のことだった。

主演俳優の阿部サダヲさんが、「 自分たちで『ふてほど』といったことはないけど、周りで言っているのもきいていないけど・・・・」みたいなスピーチをしていた。

田村淳さんも当然このことを話題にし、今年は流行語大賞の不作の年だった。一番みんなが知っている言葉は大谷翔平選手の「50-50(ヒフティ ヒフティ」じゃないかな、と古谷さんに話しをふった。

それに対して古谷さんは「50-50」って何のことですかと聞いてきた。

あの大谷選手50-50を知らないんですか。いくら野球に興味がないと言っても、50-50の話題に接触しないことはありえないでしょうと突っ込んでいた。

田村淳さんは古谷さんと交流があるようで、古谷さんが野球には全く関心がないということを知っているようだった。

その突込みに対して、「いや。ほんとにまったくなんのことかわかりません」「僕はまったく野球に関心がないんです」存在自体に無関心だというような答えを続けた。

3往復くらいそんなやり取りをかわしても、平然と「まったく知らない」を突き通す古谷さんに対して田村淳さんが「日ごろはまったく野球に縁のない女の子でも、80代のおばーちゃんでも、幼稚園の子供でも大谷翔平の活躍は知っている。この話題に触れずに生きるってことがありえないですよ」と突っ込んでも、「ほんとに、わからない」を押し通していた。

ビジュアルどおり、風変りを売り物にしている時事評論家なので、風変りを強調し変人をキャラクターにする作戦なのかもしれない。

しかし時事評論家を生業にするのであったら、作戦失敗でしょう。

日本中、いや世界的にも大きな話題になっているこの状況をまったく知らないというのは、致命的な事態であることに気がつかないのだろうか。

古谷氏は、テレビや新聞・雑誌といった一マスコミ、メディアからの情報は一切取り入れないということなのだろうか。

直近の兵庫県知事選挙に際して、若い人を中心に、テレビ、新聞と言った大手メディアが、旧態然とした既存勢力として扱われる傾向があることに注目されていた。

ネットの世界では自分が肯定する意見ばかりを集約的にかきあつめて、自分と対立する意見や自分が興味のない出来事には接触しないという問題点が指摘されていたが、古谷さんはまさにその標本的な生き方をしているということなのかもしれない。

日本で普通に生活をしていて、太田選手の活躍に一切接触なしで生きていくことは至難の業だろう。

こんなに偏った情報収集をして世の中が見えない人が時事評論家として成り立つのかと疑問に思った土曜日の出来事だった。

 

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