一昨日、当市(宮崎県の北端の町・延岡市)の立地適正化計画の説明会に行ってきた。
随分前から、「延岡市立地適正化計画」という言葉と下図のようなイラストを何度か目にした。
下図によると、当社事務所は都市機能誘導区域の中心拠点となっている。
空き店舗の商談をしているお客さんから、この中心拠点内の新規開業や改装に補助金が出るのではないかという質問を受けることがある。
また、新聞の記事等で、定められた区域によって、建築や土地開発の届け出が必要になる制度について報じていた記憶はある。
当地限定の夕刊デイリー新聞にも報じられていたのだか、こまごました説明文をじっくり読むのがめんどくて、内容をきちんとは読んでいない。
高齢化による勉強不足。
今回は、この制度の説明会を行うという公告が出ていたので、聞いたほうが早いと思って説明会に出向いた。
当社から市役所までは、愛用のバイクで2,3分。
説明会開始時間の1分前に到着。
住所と名前の記入を求められた。
すでに記入済みの名簿を見ると、知っている同業者の名は一人きり。
会場を見渡すと、参加者は20人程度。
知った顔は、一人のみ。
なんじゃ!他の同業者はみんな計画内容を周知しているのか。
自分一人情報に取り残されているのかと、遅れを恥じる。
定刻になり、すぐに説明会が始まった。
受付でパンフレットをもらったが、説明はそのパンフレットをそのまま読み上げる形式だった。
このパンフレットの内容の説明に入る前に、当市の人口動向の話から始まった。
現在、当市・延岡市の人口は12万人弱。
20年後には人口が8万数千人になるという。
市の面積は、たしか九州で2番目に広かったはず。
広すぎる行政エリアをかかえていて、人口は減少していく。
私は、その説明を聞きながらパンフレットの中身に目を通していた。


説明会開始後5分。私には「立地適正化計画」の全体像が見えた。
そして、私の仕事に役立つ内容ではないとわかった。
市を運営するためには、町をコンパクト化していかないといけないというのが計画の趣旨のようだ。
昭和43年、自然環境の保全と市街地開発との調和を目指し、都市の健全な発展と秩序ある整備を図ることを目的として都市計画法が施工された。
都市計画区域が設けて、都市計画区域の中には市街化区域と市街化調整区域だ定められた。
市街化区域や市街化調整区域と言う言葉は、家や土地探しをしていると見聞きする言葉で、市街化調整区域には原則家が建てられないということはご存じの方も多いと思う。
立地適正化計画というのは、「市街化区域」の中にさらに「居住誘導区域」を定めて人口を集約していこうという制度のようだ。
人口が減り、空き家が増えて、人の住む家が少なくなっていっても、水道電気ガス道路の整備維持には莫大な費用が掛かる。
現実問題として、市街化区域であっても済む人が少なくなると予想される区域の保守管理を減らしていきたいということなのだろう。
説明はパンフレットをそのまま読むだけで30分ほどで終わった。
参加者の多くが、中心拠点や地域性格拠点を定めてるのは、さらに市民が住みやすくするための計画だと思っただろう。
私も、ばくぜんとそう思っていた。
しかし実態は、少なくなる行政予算で運営してしていくために、市民の生活エリアを狭めていくための政策だ。
地震、津波で崩壊した能登半島の復興について、高齢と過疎の問題を抱えた地域に膨大な復興予算を賭けてインフラを整備するのはコスパが合わないという意見があって、それについて大きな非難の声があがる。
そのことを例にとるのは語弊があるが、実際には、高齢化と人口減少による過疎化地域に、市街地と同じインフラ予算を使い続けることが可能化のか。
それよりは、過疎地に残る少数の人に市街地に移動してもらって行政サービスを維持することのほうが現実的な解決方法ではないのか。
「住みやすい街づくり」というキレイな言葉で行われている「立地適正化計画」は、 まさにそういうことなのである。
過疎地の人が生まれた町で暮らしていきたいというのは当然の権利。
子供をかかえる家庭が子育て予算を増やせというのも当然の主張。
私立の学校まで含めて、高校無償化も、これまた当然の希望。
少子化対策で子育て支援の予算を増やせというのも当然。
高齢者のためには高齢者支援の予算をつけろというのも当然のこと。
経済的な理由で治療が受けられないのは不公平をなくすために、数百万円、数千万円という高額医療で助かる命があるならば、
それを公費負担でまかってくれというのも当然のこと。
道路を拡張しろ。高速道路を作れ。新幹線を通せ。それもわかる。
一方では、お金がない人が病院に行けないということがないように、公費負担を増やし自己負担を少なくしろというのも当然のこと。
景気をよくするためには税金を下げろと言う。
みんな、もらう金はたくさんもらいたいが、出す金は1円でも出したくはない。
自分のためにはドシドシ税金を投入してくれ。だが、税金は上げてはいけない。
それぞれの欲と都合のせめぎあい。
結局、力があって大きな声を出す人にとって都合の良い社会になっていく。
今日の説明会は、行政予算には限りがあるから街をコンパクト化していかなくてはなりません。
これから先は、郡部までは手が回らなくなることがあるので、街の中心部に移動していきましょうね。
という行政の都合の説明会。
そういうことなのだ。
ぼんやりしていると、自分にとっては都合の悪い社会になるかもしれない。
悪い人は善人の顔で近づいてくる。
力のある人は、「みんなのためだから」と言って、自分に都合のいい仕組みを作り出す。
悪徳不動産屋はこんな人たちには太刀打ちできない。
力がない人でも、しっかり見つめて考えて、せめて声は出し続けなくてはならない。
今は、まだ声を出せる日本だから。
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