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2025年8月

2025年8月31日 (日)

タイムスリップ

毎月、いくらぼんやりしていても、朔日(1日・ついたち)と晦日(30日・31日・月の最終日)だけは意識してきた。

今月は、お盆前から今日までの半月あまり、まるでタイムスリップしたみたいに時が過ぎた。

お盆前に、一人暮らしの弟から体調不調の電話があり、以来、弟を病院に送り迎えする日が続いている。

それに加えて、数件お盆明けに決着をつけなくてはいけない仕事があって、さらに新規の計画がお盆明けの18日から稼働することになっていた。

一番の心配は弟のことなのだが、締切をのばしていた仕事があってそれも外せない。

新規の計画も相手があることなので、これはこれで延期はできない。

お客様をなおざりにはできない。

あれよあれよの半月だった。

 

しばらくブログの更新をしていなかったなと思って開いてみたら、やっぱりお盆の前後からスッポリ抜け落ちている。

激減していた訪問者の数は、さらに少なくなっている。

これはなんともならないかも。

 

明日は、朔日。

さーて.......

 

 

 

 

 

 

2025年8月20日 (水)

悪徳不動産屋 能天気な生き方

暑い!

天気の話題がテレビのワイドショー&ニュース番組のトップを飾ることが実に多い。

人とコミュニケーションをとるのにも、会話をの始めるきっかけにも、よく使われるのが天気の話。

人間はそんなに天気のことが気になることなのだろうか。

ワイドショー&ニュース番組でトップニュースにならないときでも、お天気情報にさく時間は多い。

今年のワードは「暑い」

「暑い」「暑い」「異常気象」「温暖化」と言っておけば、しばらくは会話が続く。

それにしても暑い。

昔の暑さとは違う。

日本はすでに亜熱帯気候になってしまって、熱帯気候に突入しそうな気配もあるという。

拙が小学校の頃、夏休みの朝のラジオ体操に追い出されていたが、朝は涼しかったという記憶がある。

日中の気温が30℃を越すと、「今日は30℃を超えちょるもんねー。こーりゃあちーわ。」と騒いでいた。

記憶を確かめてみようと思って、インターネットの気象庁のホームページで、拙が小学生だった1960年代の当地(宮崎県の北端の町・延岡市)の8月の気温を調べてみた。

年ごとにばらつきはあるが、8月でも最高気温30℃を下回わる日は7~10日ある。

33℃を超える日は数えるほどしかないし、朝の最低気温は25℃から28℃。

34℃になった記録は無い。

やっぱり体で感じる「温暖化」は勘違いではないということを思い知らされる。

しかし思うのだが、連日暑い日が続いて、33度が当たり前になってしまって、まったく涼しい日が無い中で生活していて、「暑い」を素直に受け入れてしまうと、体が「暑い」に順応してきているなと感じる。

「暑い」「暑い」と嘆いていても涼しくはならない。

何も言わなくても体が「暑い」と感じることには変わりはない。

「暑い」「暑い」と発した言葉が脳を刺激して、さらなる「暑さ」を体の髄まで感じさせるのではないか。

拙は諦めがいいというのか能天気なのか、こんなに暑い日が続いてしまうと、この暑さからは逃げられないと、さっさとあきらめてしまった。

 

外に出ると空気も日差しも暑いが、「これが夏」と観念している。

せめてもの対策として、美?と健康のために日焼け止めをつけるようにした。

 

夏が暑いと嘆く言葉を聞くとき、拙はいつも宮沢賢治の『雨ニモマケズ』の「寒さの夏はおろおろ歩き」の一節を思い出す。

夏の冷害で稲が育たなかったり、農産物に大きな影響がでることを心配して「おろおろ歩くしかない」らまを表した言葉だ。

 

近年でも(もうずいぶん前になるかもしれないが)、夏が異常に涼しかった年があったが、農産物だけではなく、ファッション衣料、電化製品と、いろんな産業に悪影響があったことを思い出す。

あのとき、私の知人のブティックの店主が、「夏物が売れなくて困っている。やっぱり夏は暑く、秋は涼しく、冬は寒くないといけない」と言っていたことも思い出す。

 

暑い夏より寒い夏の方が、もっと大変なんだと、今日も炎天下をバイクで移動している悪徳不動産屋なのであります。

 

 

2025年8月14日 (木)

お盆の珍事 県民性?世代の違い?

当社は、昨日からお盆休みをとっている。

当地(宮崎県の北端の町・延岡市)の「お盆」は、8月13∼15日が主流。
主流というのは、地域によっては13日∼16日というところもある。

ただ、当地の大多数の不動産会社は13日∼15日を盆休みとしている。

そういうことで、昨夜、13日には、迎え火を焚いてご先祖様の霊を迎える。
迎え火は、お盆の始まりにご先祖様の魂が迷わずに自宅へ帰ってくるための目印になるといわれてる。

我が家のしきたりでは、13日に迎え火、15日に送り火を焚いている
送り火は、ご先祖様の魂があの世へまっすぐ戻れるよう、お見送りのために焚く。

これも、インターネットで調べてみたら16日に送り火を焚くところが多いようだ。

なぜ、こんなことをインターネットで調べてみたのかと言うと、我が家の「迎え火、送り火」のしきたりに、ふと疑問を抱いたからだ。


昨夜、うちの奥さんと、自宅の玄関口の前で迎え火を焚いていたら、歩道を歩いてきた人が私の後ろで歩を緩めた。
そして、一瞬だが視線を感じた。

振り返ると、20歳前後の若いカップルだった。
身なり風体で、地元の人間ではなさそうだった。

「あの。ちょっとお伺いしていいですか。」とたずねてきた。

唐突に声をかけられて、なにごとかと思ったが、丁寧な言葉遣いで、危険な人間ではないようだ。
こちらが不動産屋の看板をあげているから、道でも聞いてくるのかなと思いながら続く言葉を待った。

こちらから、「はい。なんでしょう?」と声をかける。

すると、「あのー、私たち県外から来ている者なんですけど、今、街を歩いていたら、あちこちで家の前で火を燃やしているんですけど、どういう風習なんでしょうか?気になって、気になって、聞きたかったけどなかなか聞けなかったもので、教えてもらえませんか」と聞いてきた。

この男女カップル、二人とも迎え火を知らないというのだ。

思わず私は、「えっ!お盆に迎え火を焚くのは当地(宮崎県の北端の町・延岡市)だけの風習なのかな」と、自信がゆらいだ。

「これはですね。迎え火と言って、今日からのお盆にご先祖様が帰ってくるのに、火を焚いて家をわかりやすくしているんですよ。これは当地で毛ではなくて全国的な風習じゃないのかな・・・」と答えてあげた。

すると二人とも、そんな風習があるとは知らなかったという。

「えーー。これって、全国的な風習じゃないの?」そう思って、私は、「迎え火、送り火は、お盆の全国的な行事ですよ」と説明すると、「え、そうなんですかー。私たち生まれて初めて見るものですから、この地だけの風習なんだと思っていました。」と平然と答える。

まるで奇習をみるかのような二人の態度に、私の確信が揺らいだ。

しかし、私が間違っているはずはない。「えー。僕は、これは全国的なしきたりだと思っているんだけど、違うのかなー。『秘密のケンミンSHOW』というテレビ番組のなかで、ある地方だけの独特の風習を地元の人は全国的な風習だと勘違いしているってことがあるけど、これもそういうことなのかもしれないという気もしてきたわ」と笑いながら話を続けた。

そして「でも、間違いなく日本全国のお盆のしきたりだと思いますよ」と私が言うと、「そうなんですかー。私たちはまったく知らかったことで、私たちの町では見たことなかったです。知らなかったなー。調べてみます。ありがとうございます。」と言って去っていった。

ちょっとしたお盆の珍事という今日のできごとでした。

 

2025年8月12日 (火)

いつか我が身

一昨日、昨日のテレビのニュースは恐怖しかない。

河川が氾濫して市街地がすべて冠水してしまったところもあったようだ。

熊本市の一番の繁華街、上通り、下通りを歩く人が膝まで水につかっていた。
これは内水氾濫という現象だ。

コンクリートで覆いつくした地面に降った雨を排水しきれなくなって、低いところに流れ込んで浸水したり、下水管から排水が逆流して洪水を起こす。

8日のブログに書いたが、当地(宮崎県の北端の町・延岡市)の市外中心部には五ヶ瀬川、大瀬川、祝子川(ほうりがわ)の3つの川が流れている。

市街地を流れる川なので3河川とも堤防工事はしっかりできているのだが、昨今の大雨の災害を見ると、堤防を乗り越えてしまうような大雨も想像できる。
堤防を乗り越えるまでではなくても、内水氾濫による洪水は止めようがない。

そんなことを考えながらテレビのニュースを見ていると、「今までに経験したことの無いような大雨」の場合、私がお世話させてもらったお客様の何割かは被害を受けることになるのではないかと、気が気ではない。

未曽有の、地震、津波、大洪水の前には、せめて命を守ることを考えていただきたいと祈っている。

2025年8月10日 (日)

熱帯人

鹿児島県では大雨で大きな被害が出ていたが、当地(宮崎県の北端の町・延岡市)はこの数日降ったりやんだりといった天気。

私、1年をとおして、雨の日以外はバイク(ビッグスクータ)で動き回っているので、スマホのお天気アプリは必須のアイテム。

日ごろバイクで身軽に動いているもので、雨の日は気が重い。

昨日、今日のような天気の時には、空を見て、しばらくは大丈夫そうだなというタイミングを見て外に出る。

昨日、今日は日中でも、ワイシャツ一枚でバイクだと、肌寒く感じた。

バイクの気温計の温度表示は30℃。

この夏30度を切ったのは初めてじゃないか。

バイクを降りても涼しい。

29℃は涼しいという気温ではない。

これを涼しく感じてしまうとは。まさに日本の気候は亜熱帯へと移行してしまったのだろう。

そして私たちは熱帯人の体へと順応していっているのだろう。

 

 

 

2025年8月 8日 (金)

悪徳不動産屋日記 ただ祈るしかない

昨夜の、鹿児島・宮崎の大雨特別警報報道には恐怖を感じた。
 
鹿児島県霧島市全域に大雨の5段階の特別警報のうち最も危険性の高いレベル5の情報が発令された。
レベル5は、すでに土砂崩れなどによる重大な災害が発生している可能性が極めて高いという状況だ。
 
すでに外に出るのが危険な状況もあり、その場合建物の2階以上でがけや斜面と反対側の部屋に移動するなど、「少しでも命が助かる可能性が高い行動をとるよう」呼びかけている。
 
鹿児島県霧島市では、土砂崩れなどによる重大な災害がすでに発生している可能性が極めて高い状況です。
 
レベル4では、「命を守る行動をとってください」との呼びかけをしているわけだが、レベル5となると(逃げることが困難な状況だから)「少しでも、命が助かる可能性が高い」行動をとるようにとの呼びかけにかわる。
 
「少しでも」「命が助かる可能性が高い」という言葉は、置き換えると「命を失う可能性が高いのですよ」と聞こえてくる。
 
 
異常気象、異常気象と言われてきたが、この数年は異常が当たり前の時代になってしまった。
 
 
テレビで映し出される霧島市の河川の情況をみると、堤防が決壊して川の水が押し寄せているのではなく、堤防を乗り越えた水が市街地に流れ込んでいる。
 
 
当地(宮崎県の北端の町・延岡市)も、五ヶ瀬川、大瀬川、祝子川の三つの河川が市街地の真ん中を横切っている。
 
堤防が決壊することは無いと思っているのだが、堤防を越えて川の水が市街地に流れ込むようなことがあったら、市街地の大半が水に浸かってしまうだろう。
 
平成9年(だったと思う)に、堤防すれすれまで増水した川の水が、波打つと堤防を乗り越えて、市内の市街地の一部が冠水したことがある。
 
ここ最近の雨は、「過去に経験したことの無い」という言葉を冠した大雨になる。
 
 
長年、不動産業界で暮らしてきて、お世話した土地、お世話した家は数知れない。
 
災害報道を見ていて、せめて自分がお世話した家が、このような災害に巻き込まれないよう祈る今日この頃である。

2025年8月 6日 (水)

危険な暑さが心地よい

今日は「原爆の日」。
「広島平和記念日」ともいうが、記念日という語感は、誕生日とか結婚記念日とか、なんだかいい日を表す言葉のように私は感じてしまって、「平和祈念日」とするとしっくりくる。

「忌年日」とすると、苦しく感じる。

当然のごとく、今朝のワイドショーは、報道各局広島の記念式典を生中継で報じていた。

そんな中で、嬉しいニュースは美夢有選手の全英オープン優勝。
視聴者をはらはらさせることなく、さらりと優勝してしまった。

5年前、渋野選手が優勝した時に比べて、マスコミの取り上げ方は静かに感じたが、これは今年の記録的な酷暑のせいもあるのだろう。

 

それにしても、トランプ関税も、自民大敗で政権運営瞑想も、ロシア・ウクライナ戦争もと、イスラエルのパレスチナ大量殺戮、餓死問題も、記録的猛暑のニュースの前には太刀打ちできない。

群馬県伊勢崎市で市場最高の41.8℃を記録したかと思えば、負けじとばかりに各地で41℃こえがあいついでいる。

日本中、命に危険を及ぼす暑さを記録するところばかりで、当地(宮崎県の北端の町・延岡市)でも今日は「危険を及ぼす暑さ」の羅層が出ていた。

元来の怠け者の私は、その言葉をまもるべく危険を回避するために、今日は一日事務所に引きこもりを決め込んだ。

それでも、一日の内には2度3度、外出しなくてはいけない用事が出た。

私は、危険を覚悟して事務所のドアから出た。

するとどうでしょう。

灼熱の太陽の光と乾いた熱風が、冷え切った体に心地よい。

テレビで、「熱中症を防ぐために、1日中クーラーをつけなさい」「不用ふゅうの外出はひかえなさい」と言っているから、言葉に甘えて、極力、冷房の効いた事務所でじっとしているから体が冷え切っていたことに気づく。

 

まるで、真冬の寒い日にバイクで外回りをしていて、暖房で温められた部屋に入ったときのような心地よさ。

灼熱の太陽が、冷えた体を暖かく包んでくれる暖炉の炎のように思えた。

 

 

 

冬に、室内では薄着して過ごせるくらいに暖房をがんがん焚いて、夏には上着が必要なくらいギンギンに冷やして、それが地球温暖化を加速させているのだと、罪悪感も感じる。

 

 

ひとつには、老化して、温度の感じ方が鈍くなっているせいか?

そんな不安も抱きつつ、寒い夏を心配するよりは、暑い夏の方が、まだ自然なのではないかと、ふと感じた今日の出来事だった。

 

2025年8月 4日 (月)

悪徳不動産屋日記 相続の戸籍集め

相続登記により名義を変更するためには、被相続人の生まれてから亡くなるまでの戸籍謄本が必要です。
私は不動産登記の勉強を始めたときに、この「生まれてから亡くなるまでの戸籍謄本」という意味が良く理解できてなかった。
 
生まれたときに、親が出生届を出すと、父と母の戸籍に「父だれそれと母だれそれとの間に子だれそれ」が誕生したことが記載される。
結婚したら、親の戸籍から抜けて新しい戸籍ができる。
その戸籍謄本には、自分の父親と母親の記載がある。
そして、自分に子供ができたら、子どもの誕生が記載される。
 
不動産登記の勉強を始めて、不動産の相続登記に「生まれてから亡くなるまでの戸籍」が必要だという説明を聞いたとき、たとえば被相続人が父親の場合を例にすると、父親の戸籍謄本を取ると、父親の両親の名前と生まれた日付がわかるし、自分と兄弟がいれば兄弟の出生の記載もあるからは、父親の戸籍を1通とれば済むものと思っていた。
 
不動産登記の勉強をして、はじめて戸籍というものは複数存在していることを知り、なぜその複数の戸籍を集めなければならないのかという理由を知った。
 
なぜ戸籍が複数存在するのかと言うと、結婚や転籍、戸籍の改正、戦前の戸籍だと家督相続などにより、戸籍がその都度新しい戸籍が作成されているのです。
 
結婚すると親の戸籍を抜けて新しい戸籍が作成されますし、戸籍法の改正等により新しい戸籍が作成され、それ以前の戸籍(改正原戸籍)を取得しなければなりません。
また、本籍地を変更すると、そこでまた新しい戸籍が作成されるといった具合に、複数の戸籍が存在します。
 
それらの戸籍を集めるのが、相続の手続きの中で一番大変な仕事だと言えます。
 
今年、亡くなる数日前までテレビ、ラジオに出演していた話題を集めた森永卓郎さんが、かねがね自分の親が亡くなったときに、親の相続で戸籍を集めるのに半年以上かかって、他の仕事に支障があったという苦労話をしておられました。
親が報道関係の仕事で、点々と転勤を繰り返していて、その都度本籍地を変えていて、特に満州にも籍があって、やっとのことで戸籍収拾を終えたということを、週刊誌や雑誌のインタビュー等で、たびたび話したり書いたりしておられました。
 
また、私の印象に残っている話として、俳優の梅宮辰夫さんの娘さんのアンナさんが、やはり相続の時の戸籍集めで苦労した話しをしておられました。
 
タレントの松本明子さんは、父親が残した家の処分に多大な費用と時間、そして労力を費やした体験談をテレビや週刊誌で発表していました。(松本明子さんの父親の家の処分については、また別に取り上げたい話題です)
 
タレントや著名人さんたちの相続の苦労話として、みなさん戸籍集めの大変さを取り上げていますが、それは本当の話ではありますが、その報道のありかたは正しいとはいえないと私は思っています。
 
ごく簡単な解決方法があります。
それは、戸籍の収集を行政書士や司法書士に依頼することです。
 
行政書士、司法書士は、人の依頼を受けて戸籍取得をすることができるのです。
 
通常の場合(通常というのは、相続財産が親の住んでいた土地と家という体殿相続)、相続登記を司法書士に頼んだ時の司法書士の手数料は5万円から10万円程度です。
相続登記に数十万円から数百万円かかるとも思っている人が多いようですが、相続登記にあたって、相続財産の評価額による登録免許税の税金が大部分なのです。
 
戸籍を収集する費用は、特別複雑ではないときは数万円で収まります。
森永卓郎さんの父親のように、本籍を何度も変えていると、それらの行政機関から郵便で取り寄せなくてはいけないので、郵便料金を含む手数料が発生しますが、1件が数万円ということはありません。
 
行政書士や司法書士に、親の本籍地と生年月日と自分の本籍地、住所等を教えて、いついつまでに必要ですからそれまでに揃えてくださいと依頼すれば、あとはなにもせずに、待っていればいいのです。
 
梅宮アンナさんや松本明子さんには、たくさんの取り巻きの人がいるはずなのに、こんな簡単なことを教えてくれなかったのか私は疑問です。
 
森永卓郎さんにいたっては、経済アナリストでもあり、有識者と言われる人なのになぜ自分だけで、苦労をして戸籍収拾をしたのか、理解できません。
 
森永さんは、知識があって自分で簡単にできると思って始めたのかもしれませんが、猜疑心の強い悪徳不動産屋の私の想像では、人地は知られたくない隠しておきたい財産があったからではないのかと、疑ってしまいます。
 
みなさん。
相続が発生したら、専門家に相談するといいですよ。
 
ちなみに、私は行政書士の仕事をしています。
みなさんが思っているより、格安で戸籍集めをいたしますよ。
ご相談ください。
だだし、私は不動産業がメインですので、お急ぎの際にはご迷惑をおかけすることになる場合がありますので、その時は信頼できる方を紹介します。
その際、紹介料もマージンも取りませんのでご安心ください。

 

2025年8月 3日 (日)

悪徳不動産屋日記 もう一つの間違い

昨日も、また話が空中分解して終わっていた。
もう一つの問題テーマの、貸主さんの相続登記の手落ちについての説明が抜けていた。
 
お母さんが亡くなられて、相続人は長男さんと弟さんの2人だけ。
遺産のわけかたについては弟さんたちと話し合いが終わって、自宅と土地は自分(長男)が相続することになったということであった。
相続登記について私が説明しようと思ったのだが、すでに相続登記は終わらせたということで、登記事項証明書を持参されていた。
 
確かに、名義は長男に移転していた。
しかし、登記のやりかたがまずい。
税法と不動産登記に詳しいものがこの登記事項証明書を見れば、一目でまずい登記手続きをしていることに気づくはずだ。
 
 
登記のやり方次第では、不動産売買に関する税金【(不動産)譲渡所得税)】をゼロにすることも可能だったのだが、この登記では税金を300万円程度払わなければならないことになるだろう。
 
私は相談者の家族構成、生活状況、所有不動産の内容等の状況を詳しく承知している。
そして、重要な問題は、相続した家と土地を近い将来に売却したいという意向があること。
 
それを承知していれば、今回のような登記内容にはならないはずなのだ。
 
なにがまずいのか。登記の内容の概略は以下のとおりだ。(個人情報にかかわるので、期日等は実際のものと違う)
  令和6年〇月に所有権移転されている。
  この日は「所有権移転登記」の申請をした日で、法務局が登記を受け付けた日だ。
  この登記の内容を見ると、登記の原因が「平成12年〇月〇日 相続」となっている。
  お母さんが亡くなったのは、去年(令和6年)だ。
  この登記を見ると、お父さんが亡くなられたのが平成12年。そのときに相続登記をしていなくて、去年お母さんが亡くなられたあとに、弟さんとの間で話し合って長男さん名義になったことがわかる。
  
 これがまずいのだ。最大にまずいのは現在の所有者が長男の名義であること。
 長男さんが売主となって売却するにあたっての譲渡税の軽減措置はなにもない。
 おそらく、購入時の契約書等も無いだろうから、売買額のほぼ全額について約20%の税金がかかる。
 この土地の売却価格は1500万円前後だろうから、約300万円の税金が発生する。
 
 従来から、自分が住居として住んでいる家を売る場合には3,000万円の控除という規定があった。
 親が亡くなって相続した家を売っても3,000万円の控除は適用されなかったのだが、現在時限立法で、相続した家が一定の要件をみたす空き家であれば3,000万円の控除を受けられるようになっています。
 
 今回の相談の家は、実際にはお父さんが亡くなった後は、お母さんが一人で住まわれていた。
 だから、本来ならこの時点でお母さんの名義にして、お母さんが亡くなった後に長男さんが相続して売却して売却するのであれば3,000万円の控除の対象となった物件でした。
 
 今回の登記の内容では、お父さんが亡くなられたときに長男に所有権が移転しています。
 この時の遺産分割協議で長男が相続して、長男の家にお母さんが住んでいたということになります。
 従って、長男が売主となって売却する場合3,000万円の控除は受けられません。
 
 ではどうすればよかったか。
 まず、今回の相続人になる兄弟間で、お父さんが亡くなった時点では、亡くなったお母さんが不動産を取得したという内容の遺産分割協議を長男と次男で行い、次にお母さんの相続人である長男と次男で、亡くなったお母さんの取得した不動産を長男が取得するという内容の遺産分割協議書を作成して相続登記申請をすればよかったのです。
 この場合、登記は 
    原因  平成12年〇月〇日 延岡花子(仮名お母さんの名前)
        令和6年〇月〇日 相続  
    所有者 住所延岡市○○町○○番地 
          延岡 一郎(仮名 長男さんの名前)  
 という、ちょっと特殊な記載になります。
 
      
 通常、相続登記は司法書士に依頼してやってもらうことになります。
 司法書士は、不動産登記・商業登記についての業務独占資格者で、登記の専門家ですが税務の専門家ではありません。
 たたし司法書士の一番大きな仕事は不動産登記ですから、不動産にかかわる税については理解している司法書士の方が多いと思いますが、税金対策に考えがおよばない司法書士がいないともかぎりません。
 また、登記の依頼を受けたときに、それぞれの顧客の相続後の情況まで気にしないで登記をしてしまうこともありえます。
 
 今回の場合は、ご自分で登記をされたのかもしれません。
 最近、インターネット等の影響で、不動産登記を自分でやるかたがおられます。
 
 今回の場合、司法書士の相続登記の手数料は5万円程度だと思います。
 5万円を惜しんで300万円を損することにるかもしれません。
 
 ちなみに私は行政書士の看板もあげておりますが、私が相談されていたら、無料・即答で、ご助言さしあげたところです。
 私、これは言わない方が得だとか、知ってることを黙っておこうなんてことができない、悪く言えば空気が読めなくて余計なことを言ってしまうASDの性向もあるもので。
 今回の事例は、この状態になってしまって司法書士さんや税理士さんに相談に行ったら、3,000万円控除は受けられないと言われると思います。
 私は、私に相談があれば、3,000万円控除を受ける方法はないか時間をかけてやってみたいと思っています。
 
 私は昔から、金にならないわりに膨大に時間はかかる特殊な事例に出会うと、つい血道をあげてしまう悪癖がありました。
 このお客さんから懇願されれば、全力をあげてやってみようかということになるのだと思います。
 ただ、このお客さんは懇願はしないだろうなあ。
 懇願されたとき以外は助力はしない。だって私は悪徳不動産屋なのだから。
 

 

2025年8月 2日 (土)

悪徳不動産屋日記 高額査定の落とし穴

7月24日のブログに、当社で管理している駐車場の貸主さんの話を書いた。
私、ADHDの特性をもっているもので、話しがあちこち飛ぶ。

7月24日のブログでは、この貸主さんを例にとって書きたかった重要なテーマが2つあった。
一つは、よくある「高額査定の落とし穴」の話、もうひとつは今回の貸主さんの相続登記の過ちについての話だ。

7月24日のブログでは、「高額査定の落とし穴」についての説明にをしたかったのだが、読み返してみると、思いつくままにキーボードを叩いているもので、ポイントが少しはずれた話になっている。

だから今日は、「高額査定の落とし穴」のポイントの話をしてみたい。

パソコンやスマートフォンで、インターネットWebサイトやSNSを見てると、自分が関心の高いジャンルの広告がベタベタと張り付いてくると感じることでしょう。
これは、ターゲティング広告と呼ばれる仕組みによるもので、過去の検索履歴や閲覧履歴に基づいて、興味がありそうな広告が表示されているのです。
私の場合不動産屋だから、不動産の売買情報や、空き室の情況をはじめとして不動産に関連することを検索している。
それで私のパソコンやスマートフォンには、不動産に関連する広告がたくさん表示される。
試しに今、スマートフォンでGoogleのサイトにつないでみると、「あなたの家、今いくら?」「空き家・土地を一括査定」 「AI使って不動産が早く売れちゃった」「住所を入れると家の価値がわかる」と査定サイトのオンパレードである。
典型的な広告が、とにかく高く売りたいなら最大6社の査定額を比較」という表示。
これは、査定サイトを運営する会社の広告なのです。
不動産屋は査定サイトに登録して、金を払って、売却予定者を紹介してもらっているわけです。
売却価格を知りたいお客さんは、複数の不動産会社に査定を依頼するわけで、不動産屋は依頼を受けるための競争をすることになります。
だから、依頼を受けるために、とんでもない高い査定をする不動産屋も出てくるわけです。
しかし、査定は想定であって、それが定価となって売れるわけではありません。
購入者も適正な価格の査定をするわけですから、購入者からみて適正な価格をはるかに上回る売却価格の設定をするといつまでたっても売れません。
そうなると、高額査定した会社は価格の見直しを提案してきます。
高すぎる価格設定をすると、いつまでたっても売れずに徐々に値下げしていき、いつまでたっても売れない棚ざらしの物件になってしまいます。
長期間売れなかった魅力の無い物件として、当初の適正な査定価格より安くなってしまうという結果になることがあるのです。
私は、これが一番まずいやり方だと思っています。
一方、不動産屋によっては、安く買い取ろうと思って法外に安い価格査定をする会社もあります。
お客さんはその見分けがつかないのでしょうが、数社の不動産会社に相談してみると、だいたい似たような中央値があると思います。
売主さんは、みなさん少しでも高く売りたいと思われるでしょうが、買主さんは少しでも安く買いたいと思っているのです。
不動産屋は、売主さんと買主さんを同時にとりあつかう仕事です。
「矛盾」という言葉の由来となった、「いかなる盾(たて)をも突き通す矛(ほこ)と、いかなる矛をも防ぐことができる盾が同時に存在することはありえない」という中国の故事があります。
 このように、同時に成り立つことができない二つの命題は互いに矛盾しているといわれるわけですが、不動産屋は相反する利益の双方の代理人となる仕事をしているのです。
売主さんには「高く売ってあげます」と言い、買主さんには「安く買ってあげます」と言うことになるわけです。

それゆえ、数社に査定してもらって、査定価格の中央値よりかけ離れた高額査定にはご注意いただきたいというのが悪徳不動産屋の心からの助言です。

2025年8月 1日 (金)

8月1日 ちょっと違う朔日(ついたち)

毎月1日と15日の朝は、自宅から200mくらいにある今山八幡宮に参拝している。

今日は、いつもより少しだけ早い時間に参拝に行った。

テレビでは、朝から猛暑、酷暑の映像をこれでもかというくらい流している。

当地(宮崎県の北端の町・延岡市)も、昼には35℃を超えるかもしれないという予報が出ている。

起床時に今朝はちょっと涼しいかなと感じていたのだが、テレビでは、「今日も暑いぞ、朝から30℃になっている。昼からはもっと暑くなるぞ。熱中症に気をつけろ。」という声や映像ばかり。

こんな報道を見せつけられると、ん?今朝はちょっと涼しいかなと感じている自分が間違っていて、やっぱり今日も暑いんだと思いつつ神社に向かった。

20250801

だけど、神社の参道にかかると気温は明らかに違っていた。

 

参道は、樹齢100年を超えているんじゃないかなと思える大きな樹木にすっぽり包まれていて、体感として24,5℃ではないかなと思うくらい涼しい。

夜明けからの太陽の光をさえぎっているからだろうか。

 

この2,3カ月、いくつもの仕事が重なり、なんだかんだと仕事に追われていて、成果もそれに伴っていると思ってた。

それぞれに問題をかかえていて、時間がかかりすぎる仕事が多くて、実際以上の仕事をした感覚になっていた。

手がけていた仕事がなんとか収まってきて、振返ってみると思っていた成果の半分くらいしかない。

それに気が付いて、今日はいつもよりあらたまった気持ちで朔日のお参りをしてきた。

神だのみではなく、心身をリセットするために。

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