« 2025年9月 | トップページ | 2025年11月 »

2025年10月

2025年10月30日 (木)

ブログの長期間の更新停止は「老人性うつ」のせい?

毎度のことではあるが、このところ、なんともなしに日を過ごしてきて、気が付くと今日はもう10月30日。

明日は、私が特別扱いにしている晦日で、明後日は朔日。

我がブログを開いてみると、まるまる半月更新をしていない。

この数年、ブログの更新がなおざりになっていて読者が壊滅的に減ってしまっているが、私はいまだにブログにはこだわりを持っている。

このところ更新が途切れているのは、仕事に追われていたり身の回りにいろいろやっかいなことをかかえているせいでもあるが、一番は、「よだきー」(宮崎弁で、めんどくさい、の意)からだ。

なんにつけても「よだきー」くて、先延ばししてしまうのだ。

とはいうものの、なんにつけても面倒になったり、今まで興味があったことに興味が無くなったり、身の回りの片づけをしなくなったり、するのは「老人性うつ」のはじまりの症状だという話しをきく。

私の、このすべてが「よだきー」のは、老人性うつの症状ではないのかと気になるところだ。

それで、つい先日、個人的に親しくお付き合いさせていただいている精神科の先生にお会いした時に、「先生、私、このところなにをするのも「よだきくて」(面倒で)なにもする気になれないんですけど、これって老人性うつの始まりではないんですかね」と聞いてみた。

すると、その先生いわく「赤池さんのは、たんなる怠け者で、やらなくてはいけないことを先延ばしているだけですよ。あなたみたいな、うつ病患者はいません」と、一刀両断冷たく断言された。

温厚が白衣を着ているといわれるほどの、やさしく穏やかな先生からの厳しい診断だった。

お付き合いが長くて私のことをよく知っているだけに、余りにも的確な言葉だ。

私自身、なまけ心で仕事がたまっているのだという自覚があった。

ずきりと身に染みた言葉だったが、ある意味、病気ではないのだと安心して元気が出る言葉でもあった。

さすがに私が信頼する名医のなせる処方だったのかもしれない。

ということで、明日からまたブログを復活しようと思っている今日のできごとであった。

 

 

 

 

2025年10月14日 (火)

悪徳不動産屋日記 冷や汗と後悔と自己嫌悪の1週間

いやー。

冷や汗と後悔と自己嫌悪の1週間でした。

毎年、毎年のことで、言い訳でしかないのですけど、またしても8月決算の決算締めきりの今月になっても、会社の帳簿や資料の整理が終わってないかったのです。

繰り返し申し上げますが、毎度、毎度のことで、言い訳でしかありませんが、今年はちょっと筆舌に尽くし難い大変な事態が起こりまして、決済の処理にかかろうと思っていたお盆から1カ月、仕事が手に付きませんでした。

それでも、その気になれば9月中には終わらせることも可能だったのに、本格的に取り組んだのは、10月に入ってからのこと。

これも、本気になってかかれば10日もあればなんとかなるようなことだったのですが、結局本気でかかったのは連休前。

かいけい事務所の担当の方には、「連休明けには間違いなく仕上げておきます」なんて言ったものの、昨日は「もう、あかん」とギブアップしそうでした。

昨日はというか、日付が変わっての今日未明、3時にやっとなんとか終わりました。

記憶がある限りのこの60年余、なんとかできてきたのが良くないんですねー。

何となるものだから、何ともならない事態にならないと、何ともしない。

何ともならなくなって、本当に心臓をつかみあげられるような心の痛みと後悔の苦しみを全身で感じ、今度こそはもうだめだとおもいつつ、まさに目には涙をためて、助けてくださいもう二度とこういうことはしませんとあがいていると最期は何とかなる。

ようやっとのことで苦衷を乗り越えたときは、本気でもう2度と同じ轍は踏まないぞと強く誓う。

まさに今がそれなのだが、懲りずに同じことを続けて来て、もう同じことをいつまでも続けられないと年になってしまった。

大谷選手と同時代に生きていたら彼を手本として、今よりは少しはマシに生きたかもしれないが、このとしとなっては及びようもない。

ダルビッシュ選手が、大リーグのポストシーズン敗退となる試合での負け投手となったときのインタビューに対して、体の故障で登板の少なかったシーズンを振って「とにかく疲れましたね。毎球毎球いろんな不具合と向き合い、体も精神的にも疲れた年でした」と正直な思いの言葉に続けて「まだ成長はできる」と語っていた。

この年(実年齢を言いたくはないが)になってしまって、成長できるなんて言えはしないがないが、少しはましな方向に進路を変えることはできるのではないかと思っている。

悪徳不動産屋、世にはびこるぞー。

さあて、明日からガンバロっと。

 

 

2025年10月 6日 (月)

ワーク・ライフ・バランス    高市早苗新総裁の精神は欧米?

高市早苗さんが自民党の新総裁となった。

総裁選出馬の際に発した高市さん言葉が「Japan is back」。

高市さんが継承すると言っている安倍元総理の「日本を取り戻す」という意味につうじる思いなのだろう。

今回、新自民党総裁となった高市さんは、勝利会見で「ワーク・ライフ・バランスを捨てる」と発した。

英語が苦手な私は、恥ずかしながら「ワーク・ライフ・バランス」の意味がわからなかった。

高市さんはこの言葉に続いて「働いて、働いて、働いて、働いて、働いてまいります」と言った。

それで、英語ダメの私も「ワーク・ライフ・バランス」の意味がおぼろげにわかった。

ワーク=仕事、ライフ=生活、バランス=均衡。

ワーク・ライフ・バランス」=「仕事と生活のバランスをとる」ということなのだろう。

 

またしてもである。

日本の保守を代表する政治家であるはずの高市さんが、自分の意思を強調する言葉として外来語を使われる。

私の高校の時の英語の先生が、英語を学ぶのは英語を使う人たちの精神を学ぶことだと言っていた。
この先生の授業の言葉が強く私の体に染みついている。

強国が弱国を支配するとき、弱国の言葉を自国の言葉に強制するのは、自国の精神を押し付けるためだ。
現実の例として、現在のロシアは占領したウクライナ人にロシア語を使うことを強制している。


高市さんが「偉大な祖先から受け継いだ精神文化と価値を守り抜く」と言うのなら、なぜ大事なことを日本語で語らないのか。

日本はアメリカ合衆国の日本州だと揶揄する人がいる。

しかしこれは、あながち真実を言い得ている言葉なのではないか。
日本を動かす権力を持つ人たちの頭は「アメリカナイズ」されてしまって、そのことに気がつかないで日本の伝統、日本文化を守っているのだと勘違いしているのではないか。

日本の精神文化と価値を守り抜くためには、日本語を第一公用語とするべきではないか。

 

これは英語が苦手なジージの負け惜しみかもしれないが・・・・・・・・・

2025年10月 4日 (土)

消えゆくブログ

9月25日の朝日新聞経済欄左記事の、「消えゆくブログサイト  アクセス数3分の1に、運営撤退相次ぐ」という見出しが目に突き刺さってきた。
SNSの普及などに伴って、ブログサイトの閉鎖が相次いでいるのだそうだ。
この記事のきっかけは、現在NTTドコモを運営会社とするブログサイト「gooブログ」が、サイトを11月で終了させると発表したことによるものだ。
さらに10月3日の朝日新聞の『天声人語』でも「消えゆくブログ」について触れていた。
gooブログ は21年の歴史に幕を下ろすことになる。
運営が閉鎖されると、これまでユーザーが書き込んできた記事は、ユーザー自らが他のサービスなどにデータを移す「引っ越し」をしない限り、記事は消えてしまう。
NTTドコモはサービス終了に向けて段階的に機能を停止しており、2025年4月16日からは他のブログサービスへ引っ越すための「引っ越しデータ」が提供開始されている。
この記事を見るまで、私は知らなかったのだが、2019年に「Yahoo!ブログ」が、23年には「LINE BLOG」がサイトを閉じているのだそうだ。
いずれもブログでは大手サイトだった。
広告収入でサイトの運営費をまかなうというのがブログの仕組みだが、「アクセス数は最盛期から3分の1程度になり、広告単価も下がっていた」という。
「そもそも20代、30代はブログを新たに開設することはほとんどない」
悲しいかな、数年前にブログサイトを閉鎖した運営会社の元担当者が「ブログの時代は終わった」というのが実情のようだ。 
私がブログを始めたのは2000年当初のこと。
最初はお遊び程度で落書き程度の話をかきこんでいた。
本格的にブログに取り組んだのは、小泉郵政選挙の時だった。
当時の小泉さんは、郵政民営化を旗頭に、規制緩和、経済活性化を全面的に打ち出して、「民意を問う」と言い、突然解散。そして総選挙を行った。
「自民党をぶっ壊す」という選挙演説に、民衆は小泉さんが、国民の政治に変えてくれると変わると、大いに盛り上がった。
私もその一人だった。
結果は、小泉政権の大勝。
自分の意見に反対する自民党古参議員たちを「反体制」として排除。
与党自民党は、現在のトランプ大統領なみに、完全に小泉さんの配下に成り下がってしまった。
そして行われた小泉改革。
竹中平蔵氏を改革の総大将に据え、うたい文句は「聖域なき構造改革」。
その政策は、私には金持ち遊具、格差社会の創出にしか見えなかった。
金持ち優遇の制度を確立するために、貧乏人から薄く巻き上げる。
金持はより金持ちに、貧乏人はずっと貧乏人のままという体制を作っているように見えた。
不動産業をやっていて強く感じたのだが、不動産売買の税制で、長期譲渡所得税25%を20%に下げた。
そのニュースは大きく報道された。
私も大きな減税をしてくれたものだと喜んだが、税制改正の案をよくよく見ると、それまであった長期譲渡所得の基礎控除額、「100万円」控除が無くなっていた。
地方の田舎町での庶民の不動産取引において、売買における譲渡益はせいぜい数百万円という事例が多い。
相続した土地を売却するときに、兄弟姉妹3人で相続して売却すれば、そのそれぞれが100万円控除を受けられるので、売却による譲渡所得税は大幅に削減される。
田舎で、庶民の持つ40坪50坪といった小さな土地で譲渡益が200万円とか、300万円という物件の場合、複数の相続人で共同相続して売却すると、相続人それぞれが100万円控除を受けるので譲渡所得0という取引があった。
そんな便亡庶民にとっては、100万円控除がなくなるということは大増税であった。
一方の大企業、大金持ちの不動産取引は、数億、数十億円。
そんな巨額の取引の中での100万円控除は、蚤の糞くらいの小さな控除額でしかない。
しかし、ここでの5%の減税は実に大きな減税となる。
もう一つの大きな改革が、派遣労働を自由化したこと。
現在の正規、非正規による労働格差は小泉政権から始まっている。
金持ち優遇、貧乏人から搾取という政策を次々に実現していく小泉さんを、貧乏庶民が勘違いして声援している。
私は、それをなんとか、少しでも阻止したくて始めたのが私のブログの始まりだった。
当時私は、それこそ蚤の糞くらいの影響力も持たなかったが、「みなさん、違いますよ」と声を上げることを使命感としてブログを始めた。
今、「消えゆくブログ」の時代となって振り返ると、当時はブログの隆盛期だったのかもしれない。
アンチ小泉を目指したブログを始めてみると、私よりはるかにデータをもった数多くの見識者が、アンチ小泉ブログを立ち上げていた。
それを知って私は、そんなブログの読者となり、自分のブログは自分の思いを、思うままに書き綴る場所になった。
数年続けていると、アクセスが徐々に増え、最高瞬間アクセス数4000というところまでいった。
当時は、1日に1万人のアクセスがあると月々20∼30万円の広告収入が得られるという状況だったもので、1万人アクセスを狙っていたのだが、それはかなわず、数は伸びなかった。
結局、1日のアクセス数400~500で安定した時期が続いていた。
この程度のアクセスでも、いろんな人から「よく見てますよ」と声をかけられたり、不動産の商談がすすんで契約が近づいたころに、「実はあなたのブログのファンでした」とお客さんから告白を受けることよくあった。
今は、1日のアクセスは20程度。
私の師匠の言葉に、「何もしなければじり貧」と言う言葉があった。
3~4年前から、仕事が忙しくなった関係もあってブログの更新の手を抜くようになった。
それにともなって読者は減り続けた。
それは、更新が少なくなったせいだけではなく、Facebookとか、Twitter、Instagramという新しいSNSが台頭してきたせいでもあった。
それを感じつつも、私はブログ以外に手を広げることはしなかった。というか、手が回らなかった。
これが師匠が言っていた「何もしなければじり貧」ということなのだ。
さまざまな新しいSNSに押されて、ブログがオワコン(終わりのコンテンツ)になりつつあるとは感じていた。
しかし、朝日新聞のこの記事をみて、「消えゆくブログ」の流れは、私が感じている以上に進んでいるのだと思い知らされた。
私がブログを書くことに意欲を失った原因の一つとして、私が利用しているブログサイト『ココログ』の機能がどんどん縮小されたことがあった。
それで数年前に他のブログサイトへの引越しを考えていたのだが、それも中途で終わった。
このところの世の中の流れは速い。
そして流れは止まらない。
私に残された時間はそんなに多くは無いが、まだ撤退してしまう気はない。
昨日、メジャーリーグのワイルドカードシリーズで負け投手となったダルビッシュ投手が「負けはピッチャーとしてもプロとしても悔しい。まだ成長できる。」と言っていた。
「まだ成長できる」。この年だが、私もそう思いたい。

2025年10月 1日 (水)

10月朔日

10月朔日。

この2カ月、怒涛の2カ月だった。

プライベートも仕事も。

仕事は、2件、売ります、買いますの合意はできたのだが、1件は賃借人の問題の解決が難航している。

もう1件は、裁判所の許可をとるための手続きで難航している。

プライベートの問題で気持ちが弱っていて、消極的になっていたのだが、今日は朔日。

気持を新たにというか、崖っぷちに追い込まれて正気に戻ったというか、解決に向かって気持ちが高まっている。

田中将大投手も日米通算200勝達成したし、なにか元気のでる月の初となった。

 

 

« 2025年9月 | トップページ | 2025年11月 »

2025年12月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ