消えゆくブログ
9月25日の朝日新聞経済欄左記事の、「消えゆくブログサイト アクセス数3分の1に、運営撤退相次ぐ」という見出しが目に突き刺さってきた。
SNSの普及などに伴って、ブログサイトの閉鎖が相次いでいるのだそうだ。
この記事のきっかけは、現在NTTドコモを運営会社とするブログサイト「gooブログ」が、サイトを11月で終了させると発表したことによるものだ。
さらに10月3日の朝日新聞の『天声人語』でも「消えゆくブログ」について触れていた。
gooブログ は21年の歴史に幕を下ろすことになる。
運営が閉鎖されると、これまでユーザーが書き込んできた記事は、ユーザー自らが他のサービスなどにデータを移す「引っ越し」をしない限り、記事は消えてしまう。
NTTドコモはサービス終了に向けて段階的に機能を停止しており、2025年4月16日からは他のブログサービスへ引っ越すための「引っ越しデータ」が提供開始されている。
この記事を見るまで、私は知らなかったのだが、2019年に「Yahoo!ブログ」が、23年には「LINE BLOG」がサイトを閉じているのだそうだ。
いずれもブログでは大手サイトだった。
広告収入でサイトの運営費をまかなうというのがブログの仕組みだが、「アクセス数は最盛期から3分の1程度になり、広告単価も下がっていた」という。
「そもそも20代、30代はブログを新たに開設することはほとんどない」
悲しいかな、数年前にブログサイトを閉鎖した運営会社の元担当者が「ブログの時代は終わった」というのが実情のようだ。
私がブログを始めたのは2000年当初のこと。
最初はお遊び程度で落書き程度の話をかきこんでいた。
本格的にブログに取り組んだのは、小泉郵政選挙の時だった。
当時の小泉さんは、郵政民営化を旗頭に、規制緩和、経済活性化を全面的に打ち出して、「民意を問う」と言い、突然解散。そして総選挙を行った。
「自民党をぶっ壊す」という選挙演説に、民衆は小泉さんが、国民の政治に変えてくれると変わると、大いに盛り上がった。
私もその一人だった。
結果は、小泉政権の大勝。
自分の意見に反対する自民党古参議員たちを「反体制」として排除。
与党自民党は、現在のトランプ大統領なみに、完全に小泉さんの配下に成り下がってしまった。
そして行われた小泉改革。
竹中平蔵氏を改革の総大将に据え、うたい文句は「聖域なき構造改革」。
その政策は、私には金持ち遊具、格差社会の創出にしか見えなかった。
金持ち優遇の制度を確立するために、貧乏人から薄く巻き上げる。
金持はより金持ちに、貧乏人はずっと貧乏人のままという体制を作っているように見えた。
不動産業をやっていて強く感じたのだが、不動産売買の税制で、長期譲渡所得税25%を20%に下げた。
そのニュースは大きく報道された。
私も大きな減税をしてくれたものだと喜んだが、税制改正の案をよくよく見ると、それまであった長期譲渡所得の基礎控除額、「100万円」控除が無くなっていた。
地方の田舎町での庶民の不動産取引において、売買における譲渡益はせいぜい数百万円という事例が多い。
相続した土地を売却するときに、兄弟姉妹3人で相続して売却すれば、そのそれぞれが100万円控除を受けられるので、売却による譲渡所得税は大幅に削減される。
田舎で、庶民の持つ40坪50坪といった小さな土地で譲渡益が200万円とか、300万円という物件の場合、複数の相続人で共同相続して売却すると、相続人それぞれが100万円控除を受けるので譲渡所得0という取引があった。
そんな便亡庶民にとっては、100万円控除がなくなるということは大増税であった。
一方の大企業、大金持ちの不動産取引は、数億、数十億円。
そんな巨額の取引の中での100万円控除は、蚤の糞くらいの小さな控除額でしかない。
しかし、ここでの5%の減税は実に大きな減税となる。
もう一つの大きな改革が、派遣労働を自由化したこと。
現在の正規、非正規による労働格差は小泉政権から始まっている。
金持ち優遇、貧乏人から搾取という政策を次々に実現していく小泉さんを、貧乏庶民が勘違いして声援している。
私は、それをなんとか、少しでも阻止したくて始めたのが私のブログの始まりだった。
当時私は、それこそ蚤の糞くらいの影響力も持たなかったが、「みなさん、違いますよ」と声を上げることを使命感としてブログを始めた。
今、「消えゆくブログ」の時代となって振り返ると、当時はブログの隆盛期だったのかもしれない。
アンチ小泉を目指したブログを始めてみると、私よりはるかにデータをもった数多くの見識者が、アンチ小泉ブログを立ち上げていた。
それを知って私は、そんなブログの読者となり、自分のブログは自分の思いを、思うままに書き綴る場所になった。
数年続けていると、アクセスが徐々に増え、最高瞬間アクセス数4000というところまでいった。
当時は、1日に1万人のアクセスがあると月々20∼30万円の広告収入が得られるという状況だったもので、1万人アクセスを狙っていたのだが、それはかなわず、数は伸びなかった。
結局、1日のアクセス数400~500で安定した時期が続いていた。
この程度のアクセスでも、いろんな人から「よく見てますよ」と声をかけられたり、不動産の商談がすすんで契約が近づいたころに、「実はあなたのブログのファンでした」とお客さんから告白を受けることよくあった。
今は、1日のアクセスは20程度。
私の師匠の言葉に、「何もしなければじり貧」と言う言葉があった。
3~4年前から、仕事が忙しくなった関係もあってブログの更新の手を抜くようになった。
それにともなって読者は減り続けた。
それは、更新が少なくなったせいだけではなく、Facebookとか、Twitter、Instagramという新しいSNSが台頭してきたせいでもあった。
それを感じつつも、私はブログ以外に手を広げることはしなかった。というか、手が回らなかった。
これが師匠が言っていた「何もしなければじり貧」ということなのだ。
さまざまな新しいSNSに押されて、ブログがオワコン(終わりのコンテンツ)になりつつあるとは感じていた。
しかし、朝日新聞のこの記事をみて、「消えゆくブログ」の流れは、私が感じている以上に進んでいるのだと思い知らされた。
私がブログを書くことに意欲を失った原因の一つとして、私が利用しているブログサイト『ココログ』の機能がどんどん縮小されたことがあった。
それで数年前に他のブログサイトへの引越しを考えていたのだが、それも中途で終わった。
このところの世の中の流れは速い。
そして流れは止まらない。
私に残された時間はそんなに多くは無いが、まだ撤退してしまう気はない。
昨日、メジャーリーグのワイルドカードシリーズで負け投手となったダルビッシュ投手が「負けはピッチャーとしてもプロとしても悔しい。まだ成長できる。」と言っていた。
「まだ成長できる」。この年だが、私もそう思いたい。
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