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2018年6月18日 (月)

大阪北部地震

 今朝、8時前、ワイドショーの画面に地震速報の臨時ニュースのテロップが流れた。

 地震速報の臨時ニュースは珍しくもなく、またかという感じだった。

 常々、震度1とか2でも地震速報のテロップが流れることが多くて、震度2くらいだったら速報で流さなくてもいいと思っていて、またかと気にもとめなかった。

 しかし、今日の速報は違っていた。

 震度6弱となっている。

 熊本地震の際、当地(宮崎県の北端の街・延岡市)でも震度5弱を経験していた。

 私はそれまで、地震を実感として恐いと思ったことはなかったが、このときは恐かった。

 震度5弱程度の余震に何度か襲われ、もっとひどい地震になったらどうしようと恐怖を感じた。

 熊本地震は震度6。

 その惨状は今も記憶に新しい。

 震度5弱を経験して、震度6の恐さを身をもって知らされた。

 今日の地震は、朝のワイドショーの最中に起きたから、そのまま現地の状況に切り替わった。

 急なことで取材が追いつかないのか、震度6にしては大きな被害が出ているようには見えなかった。

 阪神大震災を経験して、地震対策がいきとどいているせいかと思っていた。

 その後、テレビ報道は地震報道一色となり、次々と報じられる被害の様子は頻度6の地震の強さを物語っていた。

 3人の方が亡くなられている。

 熊本地震で味わった恐怖がよみがえる。

 被災された方に、心からお見舞い申し上げます。



 直近の世論調査で、安倍政権の支持率が回復している。

 森友、加計問題に納得できない人が7割以上いるという結果は変わりないのに、支持率が不支持を上回るという意味がわからない。

 地震に対応するためにテレビに安倍さんが登場する場面が多くなると、また支持率が上がるのだろう。

 不寛容な世界になりつつあるといいながら、日本国民の寛容さにはあきれるしかない。

 

2018年6月13日 (水)

どうなる北朝鮮

 昨日、今日は、さすがにワイドショーも米朝首脳会談一色。

 あれこれチャンネルを回して、いろんな番組を見てみたが、どうにもどう解決したのかわからない。

 私が一つ感じたことは、この会談がトランプさんと金さんの個人的立場を優先したものであって、国家のため国民のためというのは二の次であるな、ということ。

 ともあれ、歴史が大きく動きそうだ。

 良く変わってくれるといいのだが。

2018年6月11日 (月)

新幹線殺人事件 防ぐ方法は無いだろう

 新幹線内での殺人事件。

 ワイドショーで、

 手荷物検査を厳しくしろ。

 安全のためなら不便はがまんする。

 すべての新幹線に警察を配備せよ。

 なんて、思いつきでもっともらしい意見をほざいている芸人がいた。

 そもそもワイドショーに使われている芸人は、勝手気ままに無責任な言葉を恥じることなくばらまくことができる才能のあるヤツ。

 そんなヤツらが、日本の良識みたいなツラしてのさばっているのを有り難がってみている視聴者もなさけない。

 私も、なさけない視聴者の一人だともいえる。

 しかし、一方でそんな芸人の意見に日は的な意見をだきつつワイドショーを見ている部類の人がいるのではないかと思っていて、私は、そちら側の視聴者だと思っている。

 新幹線殺人の問題についての、手に持つ検査を厳しくしろという意見がその典型だ。

 新幹線は5分おきに800人の乗客を乗せて発車している。

 飛行機と時間を競い合っているのだが、発車ぎりぎりにでも飛び乗れるというのが新幹線の利点。

 飛行機同様の手荷物検査をするとなると、お客は乗車の数時間前に手荷物検査場で検査を受けることが必要になるだろう。

 羽田の飛行機だって5分ごとに出発しているが、飛行機の定員は100人から200人。

 新幹線の定員800人として単純計算すると、飛行機の手荷物検査時間は飛行機の4倍はかかることになる。

 4倍の人員と検査場を用意すれば飛行場なみの時間で処理できるかもしれないが、それは無理だろう。

 検査に手間がかかると出発が遅れ、自慢の正確なダイヤの維持はできない。

 テロを考えると不安だが、テロリストがねらうなら、新幹線だけでなく東京の通勤電車の方が効果的ってもの。

 それを本気で防ぐためには、イギリス(だったと思うが)、どこかの国みたいに町中に監視カメラをつけまくることだ。

 監視カメラで捉えた画像から不審な行動をする者を見つけ出すというソフトも開発されているようだ。

 とはいえ、それでも完全にテロを阻止することはできないだろう。

 私の意見もワイドショーの馬鹿タレと大差は無いが、私の結論は、狂人に遭遇してしまったら、運の悪さをなげくしかないということだ。

 狂人をとりおさえようとして、被害者となられた男性には、心から冥福をお祈りする。

 

 

 

 

2018年6月 7日 (木)

批判するだけでなく、マスコミが本気になれば児童虐待は無くせる

 想像したとおり、今日のワイドショーでは5歳児虐待死が大きくとれあげられていた。

 子供を殺した非道のを厳しく非難。

 そして児童を助けることができなかった児童相談所の対応を批判。

 さらには、法整備の不備を放置している国会の怠慢を追求する声もあった。

 しかしそれは、結愛ちゃんのメモを、悲劇の台本として格好のワイドショーネタとして利用していただけのこと。

 マスコミが、劇場型の話題として一過的に取り上げるだけでなく、本気で児童虐待を無くそうと思っているのなら、児童虐待事件をすべて拾い上げて報道をずっと展開することだ。

 マスコミは世論を動かせる。

 世論を動かして、政治家に法律を作ることを請求し、行政には法律の行使を命じることだ。

 刑事事件では、疑わしきは被疑者の利益。疑わしきは罰せず。という言葉があるが、こと児童虐待については、疑わしきは児童の利益と定めるべき。

 虐待が疑われる治安については、まずは子供を保護し、安全が確認できたら親のもとに戻すということにすればいい。

 子供の幸せのために親がいやな思いをさせてもやむを得ない。

 法律でそう決めてしまえばいい。 

 私は日頃、安倍総理の強権政治を非難しているが、こんな強権であれば、私は許す。 

2018年6月 6日 (水)

また起こった幼児虐待。   おねがい。ゆるしてください。子供のひらがなの書き取りが悲しい

 両親から十分な食事を与えられず、虐待を受けた上で死亡したとされる船戸結愛ちゃんの書き取りがかわいそうすぎる。

 どういう理由か理解しがたいが、結愛ちゃんは毎朝4時に起き、ひらがなの書き取り練習をさせられていたらしい。

 そのノートに、毎日のように良心に対する謝罪の言葉が書かれてあった。

 「パパとママにいわれなくても、きょうよりあしたはもっともっとできるようにするから、もうおねがいゆるしてください。」

 「きょうよりあしたはもっともっとできるようにするから。ゆるしてください。」

 結愛ちゃんの苦しみと悲しさが、痛切に伝わって来て、涙を禁じ得ない。

 こんな事件が起こるたびに感じることは、児童相談所の対応の悪さ。

 近所の人や、保育園から、虐待の恐れがあるという通報があっていたのに、結愛ちゃんを救ってやることができなかった。

 臨時的に保護したことがあり、家と施設とどちらがいいかとたずねたら、施設の方がいいと答えたとも言っていたらしい。

 暴力的な親に強く出ることができず、手をこまねいているうちに最悪の結果をまねいてしまったという事件が、度々起こっている。

 虐待をするような親は、人間的に粗暴で、安定を求めて職についた公務員に処理できるような相手ではない。

 私が児童相談所に就職していたら、やはり同じような対応しかできなかったことだろう。

 ここは、虐待の恐れがあると通報があったら、その真偽を確認する前に、まずは子供を保護しなければならないという法律を定めるべきだろう。

 経済も外交も安保も重要だし、海外の難民対策も大事だが、まずは自国の子供の救済を早急に手がける法律を作ることだ。

2018年5月30日 (水)

関東学連の裁定にを安倍政権にも

 日大の危険タックルに関しての関東学生アメリカンフットボール連盟の処分会見は、鬱積していた不快感を一掃してくれた。

 日本中の誰も(調査では1パーセントの支持者がいたようだが)納得させることのできない言い訳をしていた監督等を、一刀両断で切り捨てていた。

 内田前監督と井上前コーチは最も重い「除名」処分。事実上の永久追放処分だ。

 クオーターバックをつぶせという指示について、選手と前監督、前コーチの間の認識の乖離だという言い訳については、「アメリカンフットボールで思い切りぶつかるのは当然で、それを3年生のレギュラー格にわざわざ指示したのは不自然だ。思い切りいけと指示するだけなら『相手と友達か』と確認する必要がない。こう考えると、『つぶせ』は、友達にはできないようなことをしてこい、けがをさせろ、というニュアンスの指示であったのであり、認識の乖離などそこには存在しないと」断定した。

 内田前監督が会見で「ボールを追っていて見ていなかった」と話した最初の重大な反則行為について「内田前監督と井上前コーチはボールの方向ではなく反則の様子をサイドラインからしっかり見ていたことが映像から確認できると、見事に反証している。

 また反則のあと、日大側は不自然なほど淡々としていた。当該選手に対して声をかける様子も見受けられなかった」と指摘していた。

 稚拙な言い訳をしていた監督しては、ぐーの音もでない事だろう。

 日大の内田前監督が反則行為の指示を否定していることについては、「一連の会話について、内田前監督や井上前コーチより、当該選手の説明のほうが具体的で合理的だ。どちらを信頼すべきかは明らかで、内田前監督の『やらなきゃ意味ないよ』ということばは立派な指示だ。内田前監督が自身の関与について話していることはおよそすべてに信ぴょう性がないと考えている」と指摘。

 もう、なんとも、鬱々としていた気持ちを晴らしてくれるすっきりした答えだ。

 「どちらを信頼すべきかは明らか」だとか、「内田監督の話しは、すべてに信憑性がない」と断定する言葉が実に小気味よい。

 どなたかにも、この言葉を進呈したい。



 調査にあたっては、およそ20人の関係者から話を聞いたそうだ。

 早く解決したい気持ちはあったが、やったとか、やっていないという話をしているなかで、予想や推測では結論を出すことはできなかった。

 時間がかかって申し訳ないと思っているが、必要な時間だったと思っている。

 断片的に見たとか、聞いたとかいう方々からの話が当該選手の会見での説明とほぼ一致した」と結論を下した。

 なんのなんの、こんなに早く、ここまでの結論を下したものだと敬服させられた。

 野党議員さんたちよ、週刊誌新聞の記事だけを頼りにするのではなく、独自調査をして追い詰めることをしてはどうか。

 安倍総理を頭領とする、政界、行政官僚たちの嘘を暴いてくれる人はいないものかなー。

2018年5月25日 (金)

内田前監督の答弁って安倍総理と同じような

 昨日の内田前監督の記者会見は最悪だった。

 加害者学生の記者会見に対応して、自己弁護のために緊急記者会見をしたのだが、加害者学生と前監督と同席していた井上コーチのどちらが本当のことを言っているのかは、誰の目にも明らかだった。

 学生の話しや、質問に対する回答が、具体的で矛盾の無い内容なのにたいして、前監督とコーチの回答は矛盾だらけ。

 聞いている誰一人として納得できるものではなかった。

 前監督においては、質問をはぐらかすように、質問とは関係の無い話しを長々と喋ることも何度もあった。

 このやり方って、安倍総理の国会質疑の答弁に似ていると感じた。

 最高権力の座に座っていると、自分の言動が一般の人にどう受け取られているのかわからなくなるのかなあ。

2018年5月23日 (水)

日大アメリカンフットボール騒動と籠池さん保釈

 昨日から今日にかけて、ワイドショーニュースは、日大アメリカンフットボール騒動一色。

 私も昨日、加害者学生の覚悟のみごとさをブログの話題にした。

 20歳の学生の潔さと、内田監督と学校側の醜悪な対応が際立った対比を見せるからだろう。

 それにしても、テレビでのこの話題の取り上げ方は異常だ。

 朝のワイドショーでは、この問題だけで各局(といっても当地 [宮崎県の北端の街・延岡市]には民放は2局しかないのだけど)とも1時間くらいの時間を割いていた。

 昼のワイドショーでも、1時間以上この話題のみ。

 この報道の偏り方は、安倍政権の要請があったのではないかと勘繰ってしまう。

 少なくとも安倍政権を忖度しての動きではないのだろうか。

 今月21日に、愛媛県から安倍総理が加計学園の加計孝太郎理事長と2015年2月25日に面談し、獣医学部新設の話しをしているという文書が提出された。

 これは、昨年の1月20日、国家戦略特区として認定した時に初めて知ったと言う安倍総理答弁が虚偽であることを証明するものだ。

 アメフトでの問題がなければ、安倍総理の虚偽答弁が非難の的になっていたことだろう。

 今までも、安倍総理が窮地に陥ると、大衆の目をひきつける大きな問題が勃発してきた。

 今日、籠池さんが保釈されるという報道もあったが、大衆の注意を獣医学部問題から引き離すための成犬皮の作戦ではないのかと疑ってしまう。

 悲しいかな、自民党以外に政権をまかせられる政党はいない。

 私は、安倍総理の暴走に不安を感じているわけで、安倍総理に物言えない状態になっている自民党を憂えている。

 問答無用はいけないと言いたいのだ。

 

2018年5月22日 (火)

加害者学生の覚悟

 今日午後3時からの、日大アメリカンフットボール部の加害者学生のテレビ会見を見た。

 まずは、被害者学生にお詫びし、それから自分がやったことについて真実を述べていた。

 やはり監督、コーチからの指示があったと名言していた。

 その内容は具体的で真実を語っていると信じられるものであった。

 しかし彼から、監督、コーチを責める言葉は出なかった。

 指示されたけど、やったのは自分だからと自分の責任だと深く反省していた。

 心から反省し自分を責めていたが、他に責任転嫁するような発言は一切なかった。

 その潔さに、感動すら覚えるような発言だった。

 私なら、監督に言われてしかたなくやったと言い訳することだろう

 まだ20歳になったばかりの青年とは思えないような、落ち着いた態度。

 他人のせいにすることなく、ただただ率直に自分の非をわび、心から反省の弁を述べる。

 朝のワイドショーで、彼の顧問弁護士が、「覚悟をもって、すべてをお話しすることになるだろう」という言っていたが、文字通り彼の「覚悟」を感じた。

 やったことは許されることではないが、過ちを心から反省していることは痛切に伝わってきて、その勇気には敬意を表したいと思ったほどだ。

 それに対して、内田監督のなんと卑劣で醜いことか。

 権力者は、弱者を踏みにじることによってその地位に上り詰めるのだとつくづく感じた。

 そして長いこと最高権力として過ごす内に裸の王様状態になり、傍から見ると裸に見えていることに気がつかない人間になってしまうのだろう。

 安倍総理がその代表格。

 加計さんとずぶずぶの関係であった事を示す内部文書が出ても、今までの発言を変えようとはしない。

 加害者学生の潔い対応を見習うとよかったのだが、ここにいたっては、しらを切り続けるしかないのだろうけど、見苦しいこと限りない。

 総理、総監督、事務次官。権力者が陥る道なのか。

 願わくは、加害者学生が幸せな人生を歩いて行けることを祈っている。

2018年5月16日 (水)

刑法39条 危害を及ぼす異常者を生かす意味はあるのか

 今朝のワイドショーで、千葉の居酒屋での4人殺傷事件が報じられたいた。

 警察から検察へ送検される容疑者は、群がる報道カメラに向って、薄ら笑いを浮かべていた。

 その様は明らかに異様で、責任能力が問われる事案になりそうだ。

 またしても、刑法第39条。


 心神喪失者の行為は、罰しない。
 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。

 こんな輩を無罪にして野に放たれたのでは、善良なる市民は安心して暮らせない。

 国家が、新進喪失者や心身耗弱者の人権を擁護するのなら、国家の責任をもって奴らを管理する責任を負うべきではないか。

 

 

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