日記・コラム・つぶやき

2026年1月17日 (土)

ブログを引っ越すか、他のSNSの解説も必要だな

明日から東京に出張だ。

土地買収絡みの仕事が東京都、神奈川に2件重なったからだ。

2件とも可能性の薄い仕事だが、久しぶりに都会の空気を吸って気分転換でもしてこようと思っている。

こんな時、はたと困るのがブログの更新が会社にあるデスクトップパソコンでしかできないこと。

IDとパスワードがわからなくなっているのだ。

会社にあるパソコンだと、IDもパスワードなしで行進できるのだが、他のパソコンやスマートフォンだとIDとパスワードが求められて、IDとパスワードがわからないのだ。

サポートセンターに問いあわせたが、パスワードは教えられないという。

私の使っているブログサービスの「ココログ」はもともと富士通だっただけど、運営会社が外国企業みたいで、それも2転3転しているみたいで、今の運営会社以前のことはわからないという。

とはいいつつ、有料会員の会費はとられているんだけどね。

このこともあって、ブログに力が入らなくなったというのは、言い訳かな。

出張の予定は2泊3日ということで、明日から3,4日更新ができない。

幸い、今回は私一人での出張で、家は家内と子供夫婦がいるので猫の心配はいらない。

 

ともあれ、本気で新規にブログか他のSNSの開設の必要性を感じているジジ―なのである。

 

2026年1月14日 (水)

久米宏さん死去 また政権に物言う人が一人去った

昨日飛び込んできた久米宏さん死去のニュースは、私にとっては衝撃的なことだった。
久米さんがニュースステーションを去って以来、私はずっと久米さんのことが気になっていた。
久米さんはテレビに出演することが少なくなって、もともとラジオが好きだと言っていた久米さんは「ラジオなんですけど」というネットサイトを開いたが、思いのほか盛り上がらないまま、いつのまにか更新も途絶えていた。
つい4~5日前に気になって、「久米宏」で検索して、YouTubeで「衝撃の現状 久米宏」という動画を見たばかりだった。
その日私は、この種の動画をいくつか見たのだが、結局、久米さんの今までの業績をさらりとながすだけで、久米さんの現在の様子がわかるものはなかった。
そこに飛び込んできたのが久米さんの訃報だった。
久米宏さんは、「政権を批判することがマスメディアの役目だと常々言っておられた。
行政、立法、司法を監視し、批判することがジャなリズムの仕事だという信念も持っておられた。
 
民主主義を守るためには、いかなる政権からも距離を置き、政権に対してあえて批判的な役割を果たすことが報道の使命であるとしていた。
 
日本では長らく保守政権の政治が続いていたから、保守政治を批判する革新的な考えの人のように見えたが、革新が政権を担えば、革新を批判するという姿勢だったわけだ。
 
政権を担う立場の人たちは国を動かすことのできる最大の権力者だ。
その強大な力が間違った方向にいかないように、常に政権を監視し批判することがジャーナリズムの最大の仕事だと言っていた。
 
私は、久米さんの考え方が正しいと思っている。
政権を批判するメディアの考え方が間違っていたら、政権はそれを正す力を持っている。
すべてのメディアが、政権の政策を非難することを放棄してしまえば、弱者の声は一切政権に届かないものになる。
 
日本では、まだ自由に物が言えるが、世界には自由に物が言えない国がある。
そんな国では、権力者に都合の悪い意見はすべて葬り去られてしまって、国民が知るすべがない。
どこかの国では、政権を批判する内容や文言や書き込みのすべてが、インターネット世界から削除されている。
 
ロシアや中国。イスラエルをはじめとする中近東の諸国、南米アメリカ、東南アジア、アフリカの一部の諸国。
そうなってしまわないように、現政権を批判し、監視することがマスメディアの仕事なのだと言っているわけだ。
 
まだ物を言える国アメリカのトランプさんが、物を言えなくしてしまう強権者の見本を見せてくれている。
 
今、世界中でトランプさんが誕生し、それを支えていく潮流が巻きおりつつあるように思える。
 
政治家は国民を幸せにするために政治家になっているわけだから、政権が国民が幸せにする運営ができたときには、それをことさらに褒めることはしなくていい。
国民が不幸になりそうだと思ったら、声をあげて批判する。
くれぐれも、その役目マスメディアにお願いしたい。

2026年1月12日 (月)

成人の日の記憶

今日は成人の日。

2022年4月1日から成人年齢が18歳に引き下げられたけど、成人の日の式典は満20歳が対象となっている。

ただし、式典は「成人の日の式典」ではなくて、「二十歳(はたち)のつどい」「二十歳を祝う式典」となっている。

成人の日の式典と言うと、北九州のド派手な衣装のがニュースの定番になっている。

衣装代に100万円、200万円もの大金をつぎ込んでいる若者もいる。

しかし気の弱い私は、1人で歩いていて、あのド派手衣装の若者にでくわしたら、恐怖を感じて踵を返して逃げ出してしまうことだろう。

そんなびっくりするような見かけによらず、インタビューを受けている若者の話を聞くと、この日のために何年間もアルバイトでお金をためて、その金をドカンとつぎ込んでいるのだそうだ。

 

のほほんと過ごしてきた私としては、そんな彼ら彼女らに尊敬の念さえ抱いてしまう。

私はと言えば、成人式には出席していない。

当時私は大学生だった。

アルバイトをすることもなく東京の大学にいかせてもらっていて、実家の家計的にはめぐまれていた。

しかし、なぜか親も成人式にこだわりがなく、私もまったく成人式に関心が無かった。

成人式の1月15日。私が東京にいたのか地元にいたのかの記憶もない。

なにを考えることもなく生きていたのだろうか。

 

その後も今まで、自分の成人式についてはなんの関心もなかったのだが、なぜか今年は、なぜ自分は成人式に何の関心もなかったのかなと、つらつらと思いをめぐらしている。

 

成人の皆様、二十歳の皆様、おめでとうございます。

皆様の前途が明るいものでありますようにお祈りいたします。

2026年1月11日 (日)

またしても浦島太郎

久しぶりにツタヤにいった。

私が利用している岡富店は1階が本、2階ではレンタルビデオを扱っている。

本屋さんには余り行かなくなったが、ツタヤには月に1,2度は寄っている。

今日行ったのは、先日、新聞で取り上げられていた数十年前の映画のDVDを探すためで、2階に上がったのはずいぶん久しぶりのこと。

インターネットで動画が見られるようになって、DVDを借りることはめったにない。

ただ、久しぶりと言っても、1年ぶりくらいだろうか。

かつては一世を風靡したツタヤのDVDレンタルだが、インターネットの普及のせいで、たまに行くたびに店に勢いがなくなっている。

1年足らずのことだが、前回来た時と、またしても景色が大きく変わっていた。

店の4分の1くらいのスペースが、テーブル席になっていて、ほとんどのテーブルがふさがっている。

異様な雰囲気でもある。

なにがあっているのかと見ると、テーブルに若い人が向かい合って座っていて、机の上に何かひろげてパシパシ何かをやり取りしている。

高齢の私は、いかにも部外者。

遠目に、なにをやっているのか様子をうかがう。

どうやらこれがトレーディングカードのやりとりのようだ。

DVDを探しているお客さんは1人もいないが、ここだけは熱気にあふれた空気が流れている。

1階の本売り場もお客さんは少ない。

本屋さんも、DVDのレンタルも、広い店舗の運営費と在庫で膨大な経費がかかることだろう。

浦島太郎の私。

あらためて、インターネットの影響を痛烈に感じた今日の出来事だった。

2026年1月 7日 (水)

101歳の投稿

今日の朝日新聞『声』の欄に、101歳の方からの投稿があった。

『声』の通常は、題名があって、その次に職業・名前が入り、その次の行に都道府県名と年齢がはいる。

新聞は縦書で、通常、年齢は2桁ということが多くて、一文字分に数字が2つ並んで表示される。

ところが今日の投稿では、年齢の欄の数字が「1」「0」「1」と縦に3つ並んでいた。

いつもは年齢の数字の並びを意識することもなく見ていたようで、そこに突然建て並びで、1・0・1となっていることに違和感を感じた。

101歳だと気づくまでに一瞬時間がかかった。

内容を読んでみると、厳しい戦争中の回想だった。

ことさらに苦しかったことや辛かったことは書いておられなかったが、戦争の残酷さがじっくりと伝わってくる内容だった。

こんなにしっかりした文章の書ける頭脳明晰な101歳に、私もそうなりたいものだと力をいただいた投稿であった。

 

 

2026年1月 6日 (火)

正気に戻る

年末年始の正月休みを、ボーっと過ごしていたところに、突然のアメリカのベネズエラの武力侵攻で、これは大変な世の中になるのではと慌てまくっていた。

昨日から仕事に戻ってみると、年末年始に何もしてなくて、処理しなくてはいけない仕事の山を前にして正気に戻った。

まずは、自分の仕事にひとつひとつ取り組まなくてはいけない。

世界が危うくなる前に、自分の足元を見直さないと自分が崩壊してしまうぞー。

 

2026年1月 5日 (月)

アメリカのベネズエラ侵攻 やっぱり良くないと思うけどなー

アメリカの侵略とも見えるベネズエラ侵攻に対して、面と向かって非難の声を上げているのは、ウクライナに戦争をしかけているロシアと東南アジアで国境線を引きなおそうとしている中国のみだということが人類の先行きの危うさを予感させる。

2026年1月 4日 (日)

アメリカがベネズエラを大規模攻撃  これはいかんだろう

正月は、報道番組や芸能ニュース番組が手薄になるのを狙って、芸能人がSNSを使って結婚発表するのが恒例になっている。

それと同じ手法なのか、3日未明、トランプ大統領がベネズエラに大規模な攻撃を実施し成功したとSNSで発表した

実際、正月は長時間の特別番組が多くてニュース報道を目にすることが少ない。

そんな中、正月特番の合間の夜のニュース報道で、アメリカがベネズエラに大規模な攻撃をしかたという報道があった。

アメリカがベネズエラ本土に軍事展開しマドゥロ大統領を拘束し国外不移送したという衝撃なニュースだったが、ごく短い時間の報道で、私には現実のこととして理解ができなかった。

その後も、あちこちチャンネルを変えてみたが、詳しい報道は見つけられなかった。

さすがに今朝の朝日新聞の1面トップには取り上げられていたが、もともと予定した正月用の記事と記者やスタッフも正月休みで手薄なせいもあ用にって、事件の重大性に比べると割いているスペースは小さかった。

去年から、アメリカはベネズエラから密輸される麻薬からアメリカ国民を守るためという名目のもとに麻薬運搬船とみなした船を30以上にもわたって爆撃し100人以上の人間を殺害したり、ベネズエラ沖で石油タンカーを拿捕したりしてきていた。

麻薬運搬船とみなこれる船をミサイルでこっぱみじんに攻撃する様子はテレビでも何度も見せつけられてきた。

これも法にのっとった逮捕や起訴をすることもなく、ましてや裁判手続きもなしに、問答無用に小型船をミサイルで直撃するという攻撃だった。

こんな無法な行為を誰も止めることはできないのかと疑問に思っていたら、今度は国に攻め入って攻撃を展開し、一国の大統領を拘束して連れ出した。

これを見過ごして世界平和は保たれるのか。

強国に従えば安泰だが、利害が対立すると制裁を受けるということを容認することでしか平和が保たれないのでは真の平和とは言えない。

この後、このアメリカの暴行に対して世界がどう対応するのか、そして日本はアメリカにどう追従していくのか。

なんだか、いやーな世の中になりそうな、いやーな感じの今日の出来事である。

2026年1月 3日 (土)

世界的な抹茶ブームへの不安

健康志向や日本食への関心の高まりとともに、海外で空前の抹茶ブームが広まっているそうだ。
海外では煎茶や番茶より抹茶の方が高く売れるとあって、国内の茶農家では抹茶への生産切り替えがすすんでいる。
JA鹿児島では、去年10月~11月に取引された「秋冬番茶」が1キロ平均2431円と、前年の6倍近くに急騰した。
3000円台をつけることもあって、これは高級緑茶玉露の価格を上回る水準だそうだ。

茶農家にとってはいいことばかりのようだが、JA鹿児島県経済連の担当者は「消費者も生産者も」望まない価格になってしまった」と肩を落としているという。

値上がりの影響はすでに出始めていて、昨年10月に値上げされたペットボトルのお茶が今年3月さらなる値上げが予定されているらしい 。
また、急須でいれるお茶を製造している大塚製茶は二番茶意向を原料にする商品の生産を断念し、さらに今年4月からは新茶の一部製品の発売も見合わせるのだそうだ。
相場が高くなりすぎ、品質相応の価格で商品を作れないと判断したのがその理由だというが、このまま抹茶のブームが続けば、緑茶が日本の庶民がなんの気兼ねもなく飲むことできる飲み物ではなくなるかもしれない。

この空前の抹茶ブームに、静岡市の茶農協では昨年、工場に合った煎茶用の生産ラインの1つを抹茶用の原料となる「てん茶」用に2億円かけて資材を切り替えた。その効果は驚くべきもので、1キロ300円ほどで煎茶を納めていたが、てん茶に切り替えて価格は10倍以上の3800円になった。

これをうけて農水省は、茶業などの政策の指針となる基本方針で「てん茶の生産への転換を推進すると決めた。さらには、抹茶シフトを「1  丁目1番地」の政策として、政府も必要な経費の半額ほどのしえんをするなどして生産の切り替えを支援してきている。
そのせいもあって、全国的にもてん茶工場の数が増えてきている。
緑茶全体の生産量が減ってきている中での政策なのだろうが、急激な価格高騰で緑茶離れが加速してしまうのではないだろうか。
抹茶ブームに便乗した目先だけを追う政策が一気に進んだ後に抹茶のブームが去ったとき、日本の庶民の日常の飲み物である「お茶」の文化が消えてしまうのではないか。

とはいうものの、個々人としては目先の金儲けが一番なんだよなーとつくづく身に染みる今日の出来事だった。

2026年1月 2日 (金)

箱根駅伝

お正月は箱根駅伝。

駅伝は、シナリオのないドラマだ。

ことに今年の駅伝は面白い。

昨日のニューイヤー駅伝も、今日の箱根駅伝も、いつも以上に面白い。

天候にもめぐまれたせいか、とんでもない記録が続出しているのも、見る者をわくわくさせる。

全身全霊をかけて、ただひたすらに走る姿に感動させられる。

走るのは、自分と仲間のため。

「見ている人に感動を与えたい」なんて言わないところが、またいいんだなー。

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