昨日飛び込んできた久米宏さん死去のニュースは、私にとっては衝撃的なことだった。
久米さんがニュースステーションを去って以来、私はずっと久米さんのことが気になっていた。
久米さんはテレビに出演することが少なくなって、もともとラジオが好きだと言っていた久米さんは「ラジオなんですけど」というネットサイトを開いたが、思いのほか盛り上がらないまま、いつのまにか更新も途絶えていた。
つい4~5日前に気になって、「久米宏」で検索して、YouTubeで「衝撃の現状 久米宏」という動画を見たばかりだった。
その日私は、この種の動画をいくつか見たのだが、結局、久米さんの今までの業績をさらりとながすだけで、久米さんの現在の様子がわかるものはなかった。
そこに飛び込んできたのが久米さんの訃報だった。
久米宏さんは、「政権を批判することがマスメディアの役目だと常々言っておられた。
行政、立法、司法を監視し、批判することがジャなリズムの仕事だという信念も持っておられた。
民主主義を守るためには、いかなる政権からも距離を置き、政権に対してあえて批判的な役割を果たすことが報道の使命であるとしていた。
日本では長らく保守政権の政治が続いていたから、保守政治を批判する革新的な考えの人のように見えたが、革新が政権を担えば、革新を批判するという姿勢だったわけだ。
政権を担う立場の人たちは国を動かすことのできる最大の権力者だ。
その強大な力が間違った方向にいかないように、常に政権を監視し批判することがジャーナリズムの最大の仕事だと言っていた。
私は、久米さんの考え方が正しいと思っている。
政権を批判するメディアの考え方が間違っていたら、政権はそれを正す力を持っている。
すべてのメディアが、政権の政策を非難することを放棄してしまえば、弱者の声は一切政権に届かないものになる。
日本では、まだ自由に物が言えるが、世界には自由に物が言えない国がある。
そんな国では、権力者に都合の悪い意見はすべて葬り去られてしまって、国民が知るすべがない。
どこかの国では、政権を批判する内容や文言や書き込みのすべてが、インターネット世界から削除されている。
ロシアや中国。イスラエルをはじめとする中近東の諸国、南米アメリカ、東南アジア、アフリカの一部の諸国。
そうなってしまわないように、現政権を批判し、監視することがマスメディアの仕事なのだと言っているわけだ。
まだ物を言える国アメリカのトランプさんが、物を言えなくしてしまう強権者の見本を見せてくれている。
今、世界中でトランプさんが誕生し、それを支えていく潮流が巻きおりつつあるように思える。
政治家は国民を幸せにするために政治家になっているわけだから、政権が国民が幸せにする運営ができたときには、それをことさらに褒めることはしなくていい。
国民が不幸になりそうだと思ったら、声をあげて批判する。
くれぐれも、その役目マスメディアにお願いしたい。
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