日記・コラム・つぶやき

2018年1月18日 (木)

 「いきものがかり」に異変

「『いきものががり』に異変」

 ネットニュースの見出しに、思わず目がとまった。

 「いきものがかり」は、人気の音楽グループ。

 デビュー以来、次々とヒット曲を出し続けている人気グループだった。

 テレビドラマの主題曲や、CMソングで耳にする曲も多くて、年甲斐もなく私は、「いきものがかり」のファンであった。

 そんな彼らが、去年突然、「放牧宣言」と称し、活動を休止した。

 「『いきものががり』に異変」の見出しをみて、その「いきものがかり」に異変があったと思ったのだ。

 それで記事にしっかり目をやると、「『いきものががり』に異変」の見出しに続いて、「学校の動物飼育崩壊」とある。

 すぐに、このニュースの「いきものがかり」は、学校の動物の飼育係だということはわかった。

 しかし見出しに続く、「卵、食べれるんですか」教師が驚きの質問はどんな内容なのだろう。

 そんな興味で、記事を詳しく読んでみた。

 記事の内容は次の様なものだった。

 「子供の頃、学校で動物を飼育した経験がある方もいらっしゃるだろう。しかし、今、小学校や幼稚園など教育現場で飼育される動物に『異変』が起きていることをご存じだろうか。子供だけでなく教師も、動物の飼育に関する知識や経験がないため、ウサギは過剰繁殖し、けんかや餌不足で健康状態が悪化している」というのだ。

「増えすぎた結果、オス同士のけんかが多発したり、餌不足によって健康状態が悪化したりするなど、深刻な状態だった。」

 過剰繁殖しているウサギ小屋は、他にも多くの小学校でみられるそうで、「前に訪れた小学校で、狭い飼育小屋の中でウサギが約80匹にまで過剰繁殖している現場を目撃した」ともあった。

「ウサギは去勢手術をした後に別の小学校に譲るなどして徐々に数を減らした。」そうだ。

 面白かったのがニワトリの過剰繁殖のこと。

 「ニワトリも卵の放置から、ひながふ化しすぎることがあるという」

 ある小学校で、教師に「ニワトリの去勢手術をお願いできないか」と相談されたことがあったというのだ。

「卵を食べてしまえばいい」と答えたが、「食べられるんですか」と聞き返され、面食らったというから笑ってしまう。

 衛生面からの心配だったのだろうが、とれたての卵なんて、さっさと食っちまえば体に悪いわけが無い。

 なんとも、「いきものがかり」を育成する前に、教員の養成がカギになるのかもしれないというオチであった。

2018年1月16日 (火)

さよなら、田中さん

 昨日、中学生の小説家 鈴木るりかさんの「さよなら、田中さん」に触発されて、今年のブログを再開したと書いた。

 しかし、「さよなら、田中さん」を読み切ったわけではない。

 読み切るどころか、読んだのは、ほんの十数ページ。

 ほんの十数ページしか読んでないのだが、面白いと思ったのだ。

 昨日も言ったことだが、小説を読む習慣をもたない。

 新聞やテレビのワイドショーで話題になった本のみ、図書館で借りてくる。

 芥川賞や直木賞。

 最近で話題になる文学賞では、本屋大賞。

 ワイドショーで大騒ぎになっていたときのみ、どんなに面白いのかと、図書館に予約を入れる。

 そんな感じで、去年、十冊くらいの小説を借りただろうか。

 すべて、大ベストセラーになっている本なのに、読み始めてすぐに面白いと思う本は少ない。

 いやいや勉強をしていた学生時代のように、義務的に読んでいることが多い。

 こうやって書いていても、題名も思い出せなる本の方が少ない。

 この1年あまりで読んだ小説で、題名を思い出すもの筆頭は、お笑いタレントの又吉直樹さんの「火花」。

 200万部以上も売れ、映画化もされたようだが、読んでいて全然面白くなかった。

 最近テレビドラマ化された「陸王」も、なにが面白いのかわからなかった。

 大人気作家だという西加奈子さんの「サラバ」にいたっては、読み進めるだけの興味を維持できなかった。

 「羊と鋼の森」は、面白さがわからなくて、私は小説を読む力がないという嘆きをブログに書いたら、ピアノがわからない人には面白さがわからないですねという、やさしいコメントをいただいたことを記憶している。

 おそらく私の分析は正しくて、私には小説を読む力が劣っているのだと思うのだが、そんな私にとって「さよなら、田中さん」は出だしから面白いなと感じた。

 面白いなら、すぐに読み切るはずだと思われるだろうが、それを阻止しているのがスマホのゲームだ。

 今年、新年を迎えても、なにか気持ちが改まらないのは、このゲームのせいだ。

 依存症的な状態になっているのかもしれない。

 今晩は、スマホを封印して、「さよなら、田中さん」を読み終わることにしよう。

 

 

 

 

 

 

2018年1月15日 (月)

瞬く間に月半ば

 正月も、瞬く間に15日を過ぎてしまった。

 あれよあれよである。

 我が敬愛する池田先生から、ブログ更新の無いことを指摘されてからも久しい。

 元旦、2日、3日と、ブログの更新はしていなかったが、ブログは書いていた。

 テキスト入力に特化した「ポメラ」に、思いつくままの文章を入力していた。

 4日が仕事ははじめで、それを、まとめて整理してアップしようと思っていたのだが、葬儀に参列することになったり、年末にやっていたお客さんとの商談を再開して、そうこうしているうちに、成人の日の連休が来て、お客さんがその連休の2日を利用して契約したいということになった。

 そんなこんなで新年の1週間が過ぎ、そうなると3が日のことをブログに書くのも間延びするように思えて、ブログを書くきっかけを失っていたら、私が所有しているビルで水漏れ事故。

 いつも頼んでいる水道会社が対応してくれなくて、途方に暮れたが、悲嘆しているヒマもなく、かかりきってなんとか協力してくれる水道会社が見つかり、3日目になんとか今日、水漏れは止まった。

 そういうわけで、今日もブログを書くのを先延ばししようと思っていた。

 そんな私が、ブログを書くことになったのは、「さよなら、田中さん」という小説を読んだこと。

 「さよなら、田中さん」というのは中学生の小説家、鈴木るりかさんのデュー作。

 新聞で話題になっているのを見て、図書館で借りてきていたのだが、読まないまま返済日が迫っていた。

 もともと私は、小説を読むことが少なくて、新聞やテレビで話題になった本を図書館で借りて読む程度である。

 話題に引かれて借りてきても、最初の数頁読んで、興味を持てないまま返却することも少なくない。

 「さよなら、田中さん」も、読まずに返すことになるかもしれないと思いつつ読むことになった。

 ところが、びっくり。

 想像していた、中学生の小説ではなかった。

 読み始めてすぐに、とりこになった。

 仕事が入ってきて、全部は読めなかったが、広告のコピーと同じく、「この中学生の才能に嫉妬してしまう」ほどの才能を感じさせられた。

 それに触発されて、事務所を閉める前に「エイヤ」とキーボードを叩いている。

2018年1月 1日 (月)

2018 元旦

 2018 元旦。

 早朝に臼杵港よりフェリーにて八幡浜へ。

 あいにくの曇り空で初日の出は拝めなかったが、船中にて新年の計を立てる。

 丸々一年平成であるのは今年が最後の年。

 ひときわ感慨深い新年の計。


 

2017年12月31日 (日)

大晦日

 大晦日。

 この時間になると、心が改まる。

2017年12月28日 (木)

いつもよりひどい、今年の年末

 今年も残すところあと、3日。

 例年のごとく、じたばたしている。

 もう、じたばたするにもあとが無い年代になってしまったが、懲りもせずじたばたを続けている。

 馬鹿は死ななきゃなおらないというのは森の石松だが、グズは馬鹿より質が悪いかもしれない。

 本当の馬鹿は、自分が馬鹿であることを気がつかないから、馬鹿を不幸とは思わないかもしれないが、グズはグズであることを反省し後悔する。

 後悔先に立たずで、グズから抜け出すのは至難の業で、失敗しては反省の繰り返しの半生である。

 半生が文字通り人生の半分であるのならば、私はとっくに半生は過ぎているわけで、人生の大半を反省と伴に生きてきた。

 しかし、今年は例年よりも反省の強度が落ちていて、じたばたもできず茫然自失と佇んでいるような体たらく。

 気がかりな重大な案件を2つ抱えて、どうしようかと思いあぐねている。

 

2017年12月26日 (火)

年末の恒例行事

 この時期になると、高浜虚子「去年今年(こぞことし)貫く棒の如きもの」の句が、私の脳味噌の中を駆け回る。

 この句については、毎年毎年、懲りもせず同じことを書いている。

 私には、句の意味する真理は未だに理解できず、私にとっては自戒の句としてって来る。

 今年は、早めに年末の仕事の片づけにかかった。

 11月の下旬にお歳暮の注文もすませ、見残しの仕事をチェックし、余裕をもって年の瀬を向かえることができる。

 と思っていた。

 順調すぎて、ほっとしたのがいけなかった。

 いつもの悪いクセがでた。

 ちゃっちゃと全部すませてしまえば良いものを、このくらいならすぐに終ると、気が緩んでしまった。

 気がつけば、12月20日。

 この10日間、なにをやっていたのかも思い出せないほど、ボーッとしていた。

 そして連休前から今日まで、例年のごとく仕事に追われていた。

 寂しい墓標が立ちかけている。

 

 

 

2017年12月23日 (土)

善良なる消費者様の悪意の無い相談

 今日は、忙しかった。

 
 忙しいといっても、実のある忙しさではなくて、さっさとやっておけばいい仕事を先延ばしにしていて、ぎりぎりになって追い込まれての忙しさ。
 
 先程から、年賀状の作成にとりかかっていた。

 そこへ、電話。
 
 電話の内容は、リフォームの費用の相場と、購入する物件の価格の妥当性の相談。

 なんと、他の不動産屋で購入することにしている物件の相談なのである。

 なんとも、はや。

 悪徳不動産屋日記に詳しく書きたい内容だったのだが、年賀状を仕上げなくてはいけないので時間がない。

2017年12月20日 (水)

スマートフォンを紛失 泣きたいくらいに困る

 今日は最悪だった。

 今日は朝10時に取引の予定があって、出かけようとしたらスマートフォンが見当たらない。

 出勤したときには持っていたという記憶があったのだが、探すけど見つからない。

 どこかに置き忘れているはずだから、事務所からは電話をしてみたが、「おかけになった電話番号は、電源が入っていないか電波の届かないところにあるのでつながりません」とのアナウンス。

 間の悪いときは間の悪いものだ。

 予定の時間が迫ったので、後で探せばいいと思い、取引場所の司法書士事務所に出かけた。

 取引はスムーズに終わり、会社に戻ってスマートフォンを探すが、見つからない。

 出勤して出かけるまでに自分が歩いたところをたどって探してみるのだが、見つからない。

 事務所に持ってきたと思っていたが、記憶違いで自宅に置き忘れてきたのかもしれないと思って自宅を探したけど見つからない。

 出勤して、取引先に出かける前に市役所に住民票を取りにいったので、市役所に置き忘れたのかもしれない。

 市役所に電話したが、落とし物の届はないとのこと。

 絶対に自宅か事務所のどちらかにあるはずなので、すみからすみまで探したのだが見つからない。

 私はスマホにあらゆるデータを入れてある。

 人に拾われたら大変なことになる。

 ドコモにはロックサービスがあったはずだ。

 携帯を紛失したときなどに、ドコモに電話するだけで、携帯に保存してある電話帳などの個人データや、スマホの画面、おさいふケータイ昨日にロックをかけることができる。

 見つかるまで、携帯にロックしてもらったほうがいい。

 初めてのことで、どうしていいかわからなかったが、ドコモに電話して事情を話すと、丁寧に説明してくれて即座にロックの手続きをしてくれた。

 これで、一安心。

 しかし、電話が使えないと困る。

 こちらから電話する分には固定電話を使えば済むことだが、携帯にかかってきた電話に対応ができない。

 そこで思いついたのが、使っていない予備のスマートフォンがあったので、SIMカードを再発行してもらえば、失くしたスマートフォンの番号がつかえるのではないかということ。

 ドコモショップに電話してみたら、できるとのこと。

 すぐにドコモショップに行き、事情を説明すると、その場でSIMカードの再発行をしてくれた。

 再発行してもらったSIMカードを代替のスマートフォンに差し込んだら、なんということでしょう、もともとの電話番号で電話ができる。

 電話が使えるようになったのが午後の2時。

 不在着信の相手に電話し、とりあえずは危機脱出。

 しかし、電話は使えるようになったが、のべつまくなしに放り込んであるデータは使えない。

 どんな支障が出てくるかは、これからのこと。

 使っていく内に、いろいろ支障がでてくるはずだ。

 それを思うと、とにかく鬱陶しい。

 万が一を考えて警察にも紛失届を出したが、絶対に社内か自宅のどこかにあるはず。

 仕事が手につかず、その後、何度も社内と自宅を探すことになった。

 事務所も自宅も、すみからすみまで、くまなく探し回ったのだが見つからない。

 失くし物をするときは、とんでもないところに、ぽっと置いてしまってわからなくなって、探しても探しても見つからなくて、あきらめたときに、ひょっかり見つかったりするもの。

 スマートフォン一つに膨大なデータが保存できるもので、なんでもかんでもスマートフォンに放り込んでいた。

 だから、いつも手元において失くさないように気をつけていた。

 しかし、失くしてみると、思っていた以上に大変。

 茫然自失。一瞬立ち直れないようなショックを感じた。

 すべては時が解決する。

 店を閉める時間には、、時間の経過でショックも少し薄らいできた。

 通勤着に着替えるためロッカーを開けた。

 このロッカーも、何度も調べたはずなのに、なんといつも開けない方のドアの方の棚の書類ケースの陰にスマートフォンのカバーが見えたではないか。

 びっくり仰天有頂天。

 もう、嬉しいったらない。

 ドコモと警察に見つかったことの連絡を取り。

 再発行してもらったSIMカードを、使っていたスマートフォンに差し込んでみた。

 念のために電話してみると、あたりまえだが、ちゃんとつながった。

 ということで、私の、最近でいちばん長い日、は終った。

 これを機会に、スマートフォン依存を見直さなければ。

 ところで、これを読んでもらった皆さまに質問があります。

 私は、手帳には「拾われた方にお願い。 この手帳は私にとって非常に大事な手帳です。 拾われた方は、誠にお手数ですがお知らせくださいますようお願いします。 感謝の気持ちとして5000円差し上げます。」という文章と同時に、私の連絡先を記載したシールを張っている。

 実際、2度、失くした手帳が戻ってきた。

 手帳よりはるかに大事なスマートフォンにも、このシールをつけようと思っているのだが、拾ってくれた人の立場として、謝礼はどのくらに設定するのが効果的か、ご意見をいただけたら幸いです。

 ブログの記事の下にある、「コメント」という文字をクリックするとコメントを記入する欄が開きます。

 名前やアドレスは記入しなくてもコメントできますので、〇〇〇〇円が妥当というふうに、ご意見をいただければ幸いに存じます。

 

2017年12月16日 (土)

知らない間に

 年収850万円以上のサラリーマンが増税になるらしい。

 企業については減税になるらしい。

 第3のビールといわれる、安いビールの酒税は大幅に増税されるらしい。

 貴乃花の自己中が大きくした日馬富士暴力事件とか、自己中の女王松井和代さんの離婚劇とか、心の広い太川陽介さんの記者会見を始めとした不倫報道だとかを騒ぎ立て、愚民の目をそちらのほうに向かわせている間に、平民が暮らしにくい国になっているのではないだろうなあ。

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