日記・コラム・つぶやき

2017年11月17日 (金)

90歳なにがめでたい

 昨日のブログは、佐藤愛子さんの「90歳なにがめでたい」を読んだ感想を書き始めたはずだった。

 

 その前置きとして、図書館のことを書いていたのだが、結局図書館と出版不況についての戯れ話になってしまった。

  さてさて、「90歳なにがめでたい」に話題を戻そう。
 
  昨日かいたとおり、「90歳なにがめでたい」は、2017年上半期ベストセラーランキング総合第1位(トーハン・日販調べ)となった佐藤愛子さんのエッセイだ。

5月に新聞広告で見て、読んでみたいなと思ったが、買ってみたいなとは思わなかった。
 
  私は、確たる理由はないのだが、佐藤愛子さんは右翼の人であるという偏見を持っていた。
 
それに私は、もともと小説とかエッセイの類の本を読むことが少ない。
 
  だから、小説やエッセイがベストセラーで話題になっていても、買って読むことはあまりない。
 
  大ベストセラーで話題になっている本があると、買おうとは思わないが、どんな本か読んでみたいというミーハーな気持ちはある。
 
 と、ここまでが昨日のブログの出だし。

  読み直して、昨日のブログに加筆すると、佐藤さんをなんとなく右翼の人だという偏見を持っているのは、佐藤さんの著書を四でのことではなくて、週刊誌の対談なんかの佐藤さんの発言を見ていて、なんとなくそう思っていた。
 
  私は日教組の先生に教育を受けた世代で、右寄りの方が攻撃する「左」よりの人間で、ただし強硬な意見を発することはせずに、ぐずぐずと体制を批判する軟弱な左だもので、毅然とした意見を押し通す強硬な右派の人の話しはあまり聞きたくないと思っている。
 
  だから佐藤さんのエッセイが多少話題になったくらいだったら、読みたいとは思わなかっただろう。
 
  昨日もかいた通り、私は小説とかエッセイの類の本を読むことは少なくて、小説やエッセイがベストセラーで話題になっていても、買って読みたいと思うことは、ほとんど無い。
  とはいえ、100万部も売れるような大ベストセラーで、テレビでもとりあげられるくらい話題になっている本となると、どんな本か読んでみたいというミーハーな気持ちはある。

  そんなときに利用するのが図書館で、その流れで「90歳なにがめでたい」を借りることにしたのだ。
 
  予約して半年、そもそもそんなに読みたかったわけでもないし、一時の話題も落ち着いてきて、この本に対する私の興味も薄れていた。
 
  また前置きが長くなってしまったが、まったく期待をせずに読んでみたのだが、これが実に面白い。
 
  痛快極まりない。ベストセラーになったのも当然だ。
 
  著者は現在94歳。
 
  雑誌や週刊誌で使っている写真はいつのものなのか、ずっとお若く見える。
 
  文章も、実にお元気。
 
  軽妙洒脱、縦横無尽、言いたい放題といった感じだが、年齢を見つめ、来る死も自覚しておられる。
 
  そして、とにかく楽しくて、笑わせてくれるし、温かい。
 
  まだ、出だしの4話を読んだだけだが、なんだ元気づけられて明るい気持ちにさせられる。
 
  例えば、「老いの夢」と題しての話しの中で、自分の体の老化についてこんなことを言っている。
 
  お年だから、体にいろいろ不具合がでる。その度に医者に行く。
 
  そんなときの話。
 
  「一つの苦痛をなだめれば次が来る。一度なだめた苦痛が再びムックリ頭を擡(もた)げたりする。お医者さんはもはや、『老化ですな』どはいわない。いわなくてもわかってるだろうという心境なのだろう。それを察してこっちから(半分ヤケクソで)
  『老化ですね。だから治らないんですね』というと、
  『アハハハ』
  とお医者さんは笑う。私も笑う。
  『あなかはいつも気持ちが明るいひとだからいいですな』
  『アハハハ』とまた私は笑う。」と笑いとばす。
 
  そして、「この笑いに籠もるいうにいえぬ悲哀を誰が知る。今は死への序曲なのである。」としめる。
 
  さらには、「若者は未来に向って前進する。
        老人の前身は死に向う。」という。
 
  この話しに限らず、深刻なはずの話しを、笑い話に変えて話している。
 
  またしても、まいったと思わされた出来事。
 
  これに比べて、私の文章のなんと面白くないこと。
 
  私のブログも、ちょっと面白くしてみようかな、なんて思ったりした。
 
  読み終わったら、佐藤さんの他の本も読んでみようかと思っている。
 
  「90歳なにがめでたい」は、本屋で買って手元に置いておく本になりそうな気がする。
 
 これまでにも、図書館で借りて読んだ本を、本屋で買ったことが何度かある。

 昨日の話しとは逆に、 図書館が本を買うために一役買うことだってあるんだよ。

 

2017年11月16日 (木)

図書館は出版不況の一因?

  佐藤愛子さんの「90歳なにがめでたい」を読んだ。
 
  2017年上半期ベストセラーランキング総合第1位(トーハン・日販調べ)。
 
  5月に新聞広告で見て、読んでみたいなと思ったが、買ってみたいなとは思わなかった。
 
  私は、確たる理由はないのだが、佐藤愛子さんは右翼の人であるという偏見を持っていた。
 
  それに私は、もともと小説とかエッセイの類の本を読むことが少ない。
 
  だから、小説やエッセイがベストセラーで話題になっていても、買って読むことはあまりない。
 
  大ベストセラーで話題になっている本があると、買おうとは思わないが、どんな本か読んでみたいというミーハーな気持ちはある。
 
  幸い、最近の公立図書館は、話題になった新刊がすぐに入荷?する。
 
  気になる新刊が図書館にあるかどうか、わざわざ図書館に足を運ばなくても、インターネットで蔵書検索ができる。
 
  話題になっている本は、たいてい所蔵されている。
 
  ただし、ほとんどの場合、貸出中になっている。
 
  話題の本は、20人待ち30人待ちということも、ざら。
 
  そんな場合は、予約ボタンをクリックしておくと、順番がまわってきたらメールで連絡をしてくれる。
 
  「90歳なにがめでたい」は、5月26日に検索した時点で予約数が30人。
 
  申し訳ないが、買って余みたいとまでは思わなかったので、予約。
 
  ようやく昨日、予約の順番がまわってきた。
 
  いつだったか、文藝春秋の社長が、文庫本については図書館は貸し出さないでという要請をしたという報道があった。
 
 以前から、図書館が無料貸本屋化していることが出版不況に拍車をかけているという話がある。

 出版社が、新刊本を1年間貸し出さないように図書館に求めたこともある。

 この問題は1970年代から始まっていたそうで、海外では、著者に国が一定額を補償するという方式も採用されているとのことだ。

 自分をを省みれば、図書館を利用することで本の購入は減った。

 図書館で新刊が借りられることを知る前は、新聞広告なんかで気になる本があると、まずはアマゾンで検索していた。

 一番いいのは、本屋さんで立ち読みしてみて、納得して購入することなのだが、当地(宮崎県の北端の街・延岡市)の本屋さんには、なかなか本が入って来ない。

 それで、アマゾンの読者の書評を参考にして、良いなと思った本を購入することが多かった。

 中を見ずに買うわけで、買わなければよかったという本もたくさんあった。

 ネットで図書館の在庫状態が調べられることを知ってからは、アマゾンで検索する前に図書館を検索している。
 
 私の経験則でいくと、自分が検索した本が図書館にある確立は1割前後。

 私の場合、私の年間購入図書費が1割削減されていると言える。

 出版社側の申し出に対して、図書館側は、出版不況と図書館の貸出の因果関係はわからないと答えているらしいが、どう見ても図書館が出版不況の一因であることは否めないだろう。

 図書館に恩恵にあずかっている私が言うのはおこがましいが、図書館がベストセラー本を5冊も6冊も購入するのは遠慮すべきではないか。

 今回私は、「90歳なにがめでたい」を6カ月待っても借りることを選んだのだが、6カ月待ちになるなら買ってでも早く読みたいという本もある。

 公共の図書館は、市民の要望だけに耳を傾けるのではなく、出版事業の存続のためにも心を配ることが必用なのではないだろうか。

 小説家になれば何千万円もの年収を得ることができるという希望がなければ小説家を目指す者がいなくなる。

 分筆業が食えない職業になってしまえば、出版文化の火は消えてしまう。

 自己の利益と公共の利益。共存の難しさ。

2017年11月15日 (水)

架空請求が来た♪♪

 一昨日のこと、発信者Amazonで、SMSのショートメールが来た。

  開いてみると、「有料サービスの未納が発生しております。本日ご連絡なき場合、法的手続きに移行します。」とあって、電話番号が記載してある。

 そして最後に「アマゾンサポートサービス」とある。

 私は、アマゾンの有料サービスを利用している。

 だから、一瞬どきっとした。

 しかし、すぐに、Amazonからショートメールが来るなんてあり得ない。これは架空請求と察知した。

 毎日、十数件の架空請求や迷惑メールが入ってくる。

 迷惑な話しだが、毎日それられのメールを迷惑メールとして処理している。

 だが、今日のようなショートメールでの架空請求は初めての経験だった。

 一瞬、「あれっ?」となったが、すぐに気がついた。

 迷惑メールは、無視して何にもしないのが一番の対策なのだが、ショートメールでの架空請求は今まで余り話題になったことはない。

 Amazonのホームページを確認してみたが、このことの注意喚起の表示はなかった。

 それで私は、 Amazonのホームページで注意を呼びかけた方がいいのではないかと思い、余計なお世話だとは思いつつ、Amazonのカスタマーサービスに電話を入れた。

 「これこれこんな架空請求のショートメールが入っているけど、架空請求ですよね」と告げた。

 私は、「今、そんなメールが出回っているようですけど、当社からそんなメールをすることはありません」という答えを想像していたのだが、私から電話を受けた人は、まだそんなことが起こっていることを知らないようだった。

 おせっかいおじさんは、「こんなメールが出回っているようだから、御社のホームページで周知させたほうがいいと思って電話したんですよ。社内で検討してください。」と言って電話を切った。

 昨日の夕方のニュースで、このAmazonからの架空請求のことを報じていた。

 アマゾンに多くの問い合わせがあって、Amazonのホームページでも注意喚起をしているとのことであった。

 私が電話したせいではないだろうが、私が電話したせいかなとも思った、という、つまらない話。

 それにつけても、架空請求的詐欺は止むことはないのだろうなあ。

 迷惑な話しだ。

 

 

  

2017年11月14日 (火)

日馬富士の休場は遅きに失する

 日馬富士の暴行事件について、なぜかマスコミの報道が手ぬるい。

 傷害名は、左前頭部裂傷、右中頭蓋底骨折、右外耳道炎、髄液漏の疑い。そして脳とう。

 ビール瓶で殴打したことによって、頭部裂傷、さらには頭蓋底を骨折している。

 頭蓋骨というのはわかるが、頭蓋底骨というのがわからないから調べてみた。

 頭蓋底は、文字通り頭蓋骨の底面のようだ。

 そこに傷害を受けると脳脊髄液が漏れ出てくる。

 中頭蓋骨折の場合、髄液が耳から流れ出るのだそうだ。

 それで、右外耳道炎、髄液漏が起こる。

 日馬富士は謝罪し休場することになったが、休場は当然。

 これは、まぎれもない傷害事件なのだ。

 逮捕されても当たり前。

 一般人が飲み屋でケンカになって、ビール瓶で殴り倒して大怪我をさせたら、即逮捕となるはずだ。

 大相撲が失いたくはない横綱だが、刑事犯罪を犯した人間であることは、しっかり認めなければならないだろう。

2017年11月11日 (土)

おしっこ 立って派? 座って派?

 男性のおしっこ。

 私たち世代?は、立ってするのが当たり前だった。

 洋式便器の普及につれて、男性も座ってする人が増えているそうである。

 NPO法人日本トイレ研究所なるところが昨日行った、アンケート調査の結果を発表していた。

 ちなみに、日本トイレ研究所なるNPO法人があるというのも驚きだが、昨日11月10日がごろあわせで「いいトイレの日」というのも初耳だった。

 調査結果にもびっくり。

 自分の意志で立ってする派が54.4%。

 自分の意志で座ってする派が35.3%。

 家族に言われて座ってする派が8.3。

 なんと、座ってする派の合計は43.3%。

 立ってする派と座ってする派の比率は55対45。

 トイレ掃除をする奥様方から、立ってすると尿が飛び散るので座ってするようにという要請があるということは耳にしていた。

 奥さんから厳しく言われて、しかたなしに座ってすることになっている家庭が2~3割はあるのだろうと思っていた。

 それが、あにはからんや、自分の意志で座ってする人が35%。

 家族に言われて座ってする人は、その4分の1という結果。

 私は、家内から座ってするようにという要請を受けたことはない。

 (「こぼしたときくらいは拭き取っておいてよ」と怒られることはあるが)

 今朝の新聞にのっていた小さな記事に、小さな幸せを感じた今日の出来事だった。

 ここまで書いてきて、ひょっこり思ったのだが、自発的に座ってする派がこんなに多いってことは、ひょっとしてトイレ掃除をやっているご主人が少なくないのでは?

 そう思いいたると、幸せ感が倍増。家内に感謝である。

 感謝の言葉を捧げたいが、「それなら、あなたもトイレの掃除を手伝ってよ」といわれそうだから、心の中で感謝の言葉を捧げることにする。

2017年11月 6日 (月)

ほのめかしているんじゃなくて、強要されているのだよ。

 ワイドショーニュースのもう一つの話題は、座間の連続殺人死体遺棄事件。

 今朝のワイドショーで、白石容疑者が「本当に死にたい人はいなかった」と供述しているという報道に対して、「なんで自分に不利になる供述をしているのだろう」という疑問を呈するコメンテーターがいた。

 この事件に限らず、「容疑者が犯行をほのめかしている」という言葉をよく耳にする。

 この言葉からは、容疑者が自発的に犯行を認めたかのように思えるから、今朝のコメンテーターのような発言になるのだろう。

 おそらく、朝から番まで捜査官から「お前が殺したんだろう。素直に白状しろ」と厳しく追求され続けて、「はい。やりました。」と答えて、犯行を認めたままなら、「犯行を認めた」という発表になるのだろう。

 「犯行をほのめかしている」というのは、一旦「はい。やりました。」と認めながら、その後「やっぱり、やっていない」と犯行を否定する状態なのではないだろうか。

 これに関連して、最近、「自分がやったことに間違いありません」だとか、「自分が殺したことに間違いありません」と犯行を認める供述をしているという報道もよく耳にする。

 この言葉は、まるで犯人が自発的に「自分がやったことに間違いありません」と犯行を自白したように聞こえるが、そんなことはあり得ない。

 捜査官が「お前がやったんだろう。素直に白状せんか」という厳しい追求に対して、容疑者は「はい、やりました」という言葉しか発してはいないはずだ。

 最近のニュースを聞いていると、ほとんど全部の容疑者が「自分がやったことに間違いありません」というセリフを言っているみたいで、これもマスメディアの横並び体質なのだろうと、違和感を感じている。

 

大盤振る舞い トランプ大統領訪日

 昨日から、ワイドショーニュースの最大報道ネタはトランプ大統領の訪日。

 最高首脳の外交は、こんなものでいいのだろうけど、すべての行事が安倍さんの宣伝工作にしか見えないのは、私の心が屈折しているからなのだろう。

2017年11月 1日 (水)

悪徳不動産屋日記 座間市大量殺人事件 もう一人の被害者

 11月1日。

 月の初めにふさわしい話題ではないが、なんといっても今最大の話題は、座間市の大量殺人事件。

 2カ月間で9人もの人を殺し、遺体は解体して肉と内蔵は生ゴミとして捨てたというのだから、ニュースワイドショーはこれ一色。

 なぜか、どのテレビ局でも殺人現場となったアパートがはっきりと放映されていた。

 こんな事件が起こるたびに、殺された人は誠にお気の毒だが、不動産屋としては、家主さんも大変お気の毒だなーとつくづく思う。

 しかも、ここまで猟奇的な殺人事件の現場だとなると、今後永遠に、新たな入居者はいないだろうし、現在の入居者からも何人か退去者がでることだろう。

 自殺、殺人は心理的な瑕疵として告知義務がある。

 いつまで告知義務があるかというと、10年程度だとか、別な人が一回住めば以後は告知義務がないという説もあるが、少なくもと当地(宮崎県の北端の街・延岡市)のような小さな町では、ほぼ永遠に告知しておくほうが無難だ。

 善良なる一般消費者が凶悪なクレーマーと化し、消費者契約法を盾に、「この事実を知っていたら買わなかった。借りなかった。」と迫ってくると、不動産業者は無傷ではいられない。

 従って、悪徳不動産屋の私としては、永遠に告知することに決めている。

 私個人としては、お化け系統が苦手で、50年前に殺人事件があった家には住めない。

 自分がそうだから、告知しなかったことにクレームがついたら、損害賠償責任を負わなければならないと思う。

 目先の利益を得ても、将来、それの数倍の損害賠償訴訟が起こり得ると思っている。

 だから、事故物件(自殺、殺人)については、絶対に告知すると決めている。

 それにつけても、借家やアパートで殺人や自殺はしないでもらいたいものだ。

 テレビ局も、殺人現場はモザイクをかけるくらいの配慮をすべきだ。

 事件現場となったアパートの家主様に、重ねてお見舞い申し上げます。

 

 

 

 

 

2017年10月28日 (土)

橋下さんは、まるでトランプ。

 橋下さんといえば、自分の言いたいことをツイッターで言い放し。

 その手法はトランプさんと、まったくいっしょ。

 自分だけが正しくて、自分を批判する者は、徹底的に攻撃する。

 有名人だから、彼らを支持するフォローアーも多い。



 橋下さんにしても、小池さんにしても、安倍さんにしても、みんな傲慢。

 自分が正しいから、人の意見には一切耳を貸さない。

 社会的に強者の立場の人が彼らを応援するのは当たり前のことだが、一般庶民までが彼らに声援を送ることが、私は理解できない。

 江戸時代の「生かさず殺さず」の制度の中に生きてきた、日本人のDNAなのだろうか。

2017年10月26日 (木)

保険金を手にして、喜べるのかなー?

 オリックス生命の新聞広告の 「85歳まで申込みOK」のコピーが目に留まった。

 医療保険と死亡保険を紹介していた。

 死亡保険の売り文句に、「85歳まで申し込めます」「持病があっても一生涯の保障が備えられた」とある。

 「一生涯の保障が備えられた」って、「死んでからお金が出たって意味ないじゃん」

 続いて、この保険の「納得ポイント」ってのがあった。

 「納得ポイント」の一つに、「余命6カ月以内と判断されたら、生存中に保険金が受け取れるのね」というのがあった。

   「受け取れるのね」って言葉には、喜びの感情が入っているように感じるのだけど、余命6カ月と言われて、いそいそと保険金の請求手続きできるものなのかなー。

 

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