10テレビの功罪

2023年10月 7日 (土)

男子バレー オリンピック出場を決める

面白いテレビ番組が無くて、だったらテレビを消せばいいのに、あちこちチャンネルをまわしていて、結局、男子バレーを見ることになった。

パリ五輪予選権ワールドカップ。

日本は現在、予選リーグの2位。

今日のスロベニアにストレートで勝つとパリ五輪出場が確定するのだという。


日本が世界ランク4位で、スロベニアは7位。

試合開始直後、スロベニアに連続得点されて5点差がついてしまった。

形勢不利。

スロベニアに1セットでもとられると五輪出場権は確定しない。

大した興味もなく見始めた試合だが、だめかと思うとつい応援に力が入る。

ここから日本は怒涛の猛反撃。

結局スロベニアにストレート勝ち。

最後は拍手をしてしまった。

 

良くも悪くも、まだまだテレビの力は強大。

テレビの功罪。

罪だけでなく功もある。

その力を人類の幸せのために使ってもらいたいもの。

2023年10月 6日 (金)

季節が無くなったのはテレビのせい

このところめっきり秋らしくなってきた。

朝、夕はちょっと肌寒く感じるが、日中は暖かくて心地よい。

私は、このころの季節が好きだ。

テレビでは、異常気象で猛暑の夏が終わらず、残暑残暑と、季節が無くなってしまったかのように騒いでいたが、しっかり季節はめぐって秋が来た。

最近、いい気候になりましたねという時期が無いように感じるが、それはテレビのせいではないのか。

何時までも暑い、暑いと大騒ぎして、異常気象だと煽り立てる。

そんな中でも、ちょっと涼しい日があっても、安心してはいけません、まだまだ暑い日は続きますと人を安心をさせることはしない。

そんな口の先が乾く間もなく、ちょっと肌寒い日が続くと、富士山や北の国の初冠雪の映像をかき集め、一気に冬が来るかのような予報に変わる。

季節の変わり目は、暑い日があったり涼しい日があったりするものなのに、暑くて大変と寒くて大変の間を引きずりまわす。

涼しくなりましたね。いい気候になりました。なんて、人がほっと安らぐ会話をすることを許さない。

私が小中学生の頃、10月10日は体育の日が運動会だった。

運動会の開会式では、偉い人が長々と祝辞をするのが恒例だったが、ある年はもう10月だというのに今日は夏のような暑さですと言い、ある年は、まだ10月だというのに冬を思わせるような寒さです言っていたという記憶がある。

テレビは、ことさらに異常を見せつけたがるが、それに踊らされてはいけない。

自然はゆっくり動き続けている。

2023年10月 5日 (木)

盛る 推し 引く

先日、文化庁が2022年度の「国語に関する世論調査」を公表した。

今年取り上げられていた新しい言葉として、よりよく見せようとする=「盛る」、お気に入りや、応援している人や物=「推し」、異様だと感じてきれる=「引く」などは、80%の人が気にならないと回答していた。

私も、「話を盛る」とか、異様な状況に対して「引く」とかいう言い方は使っている。

言葉は時代とともに誤用されることがあって、誤用されていた言葉がいつの間にか普通の使い方となっていくということを繰り返してきた。

テレビのバラエティー番組や、インターネットの世界で、誤用を無理やり流行らせようとして一時期的に使われて、結局誤用が定着しなかった言葉もある。

近年で、私が非常に不快に感じていたのが、「やばい」という言葉を、すばらしいとか、美味しいという賛辞の表現に使うことだった。

数年前に若者が使いだしたのをマスコミがとりあげ、それを芸人や若手タレントたちが若かぶって使っていた。

乗り遅れまいと若くない芸能人たちも使いだして、例えば木村拓哉くらいの年代のタレントたちが使いだしたときは、やめてくれと耳をふさぎたかった。

私の想像では、賛辞の表現に「やばい」を使うことは定着しないですたっていくと思っていた。

しかし残念ながら、「やばい」は生き残りそうである。

もう一つ、今、定着してもらいたくない言葉に、むずかしいことを「むずい」という言い方。

「むずかしい」というかわりに「むずい」と、5音の2音を省略することに、何の便利さを感じるのだろう。

これは言葉の破壊でしかない。

今日の最初に書いたが、言葉は時代とともに変化していくもの。

頑固に従来の使い方に固執するのは老人のこだわりなのだろうか。

私がテレビなどで感じる、言葉を壊す犯人は、人気お笑い芸人たちが多いような気がする。

言葉が時代とともに変遷してくのはしかたのないことだが、「やばい」や「むずい」のような無理くりの変化は勘弁願いたい。

 

 

 

2023年10月 2日 (月)

それをお前が言うか

今日の夜のワイドショーニュースは、各局とも、ジャニーズの性加害問題についての記者会見について多くの時間を割いていた。

記者会見場では、質問の時間が回ってこない記者たちが、大声を上げて騒ぎ立てる一幕もあった。

今やマスコミは、深い傷をおったジャニーズに集団で襲い掛かり、皮を食いちぎり内臓をえぐり取るかのような、すざまじい攻撃を浴びせている。

今回の悪の根源はジャニー喜多川だということに間違いはないが、その悪行を知りながら口をつぐみ続けていたマスコミはジャニー喜多川と同等の責任を負うのだという反省はないのか。

お前らがどの口をもって人を糾弾できるのか。

多少両親のあるコメンテーターたちが、「私たちも反省しなければならない」と、さらりと定型句のように言い訳の言葉を発することはあるが、それは傷を負って死に体となった獲物をなぶり殺しにするための上等文句でしかない。

マスコミがやるべきは、罪をあらわにして同じ罪を繰り返させないこと。

それ以上にやるべきことは、自らのジャーナリストとしての反省だ。

芸能ネタだけでなく、他にも追求しなければいけないことが山ほどあるはずだ。

 

 

 

 

 

2023年8月13日 (日)

日航ジャンボ機墜落事故から37年

昨日で、日航ジャンボ機墜落事故発生から37年。

御巣鷹山に墜落し、乗客524名。志望者520名。生存者4名。という大事故。

毎年この時期になるとニュースで大きく取り上げれるが、年々取り上げられる時間は少なくなっている。

遺族たちも高齢化が進み、自宅からリモートで慰霊する遺族もみられるという。

今日の朝日新聞天声人語の筆者は、事故後5年目に、取材のために墜落現場で遺族を待ち構えていた、当時の記憶をこんな風に記していた。

【早朝の山に降る雨は、夏とは思えないほど冷く、寒さで体が震えた。諦めて帰るか。もう少しねばるか。山道にひとり、立ち続けた。

 入社半年の新人記者は、事故で家族を失った生存者の女性が人目を避け、ひそかに慰霊に来ると聞いて、待っていた。

 少し雨が弱まったかと思ったときだ。目の前に登山服姿の数人が現れた。

 近づこうとすると「やめろ」。日航社員の男性に阻止され、怒鳴られた。

 「この人はとても悲しい思いをした。なぜ、悲しみを増やすんだ」。怒りに血走った目だった。

 私も必死だった。航空会社こそ、不幸を生んだ元ではないか。悲劇を繰り返さないためにも取材させて欲しい。

 青臭い言葉が出かかったとき、ちらりと女性がこちらを見た。ドンッと、体ごと吹き飛ばされた気がした。何とも言えぬ、苦しみに満ちた目 がそこにあった。

 あれから幾度となく思い出し、いまも自問を続けている。

 お前の取材は、誰かを悲しませていないか、それでもするべき取材なのか、と。】

 

テレビ報道を見るにつけ、拙がいつも思うのはこのことだ。

子供を亡くした遺族にマイクを突きつける。

「今のお気持ちは」

商業ジャーナリズムに浸かってしまうと、子供を亡くした人の気持すらわからなくなるのか。

自分の取材は、「誰かをかなしませていないか、それでもするべき取材なのか」

強く自問を続けて欲しい。

 

 

2023年8月 6日 (日)

ビッグモーターだけ?

ビッグモーターのブラック営業が大炎上している。

しかし、これってビッグモーターだけのことではないでしょう。

大企業はタッグを組んで詐欺まがいの経済活動を繰り広げているのは周知のこと。

痩せない痩せ薬。

ケチャップのシミでも真っ白にする洗剤。

腰痛、ひざ痛、老眼。薬事法スレスレのサプリや特定保健用食品保険機能食品。

テレビの通販では、本日限り。30分以内に限り。限り、限りの、限り祭り。

テレビもそれが嘘とはわかっていても、CMは最大の収入源。

CMの内容の真偽のほどを確認していては話にならない。

ビッグモーターはちょっと行き過ぎた。

今まで最大級のスポンサーで、平身低頭ご機嫌伺をしていテレビを筆頭にしたマスコミが、手のひらを返して攻め立てている。

 

ジャニーズの性加害問題だってそう。

過去に裁判で有罪判決まで出ているのに、マスコミはスルーしてきた。

イギリスのBBCが番組で取り上げて大きく報道しても、日本のマスコミはすぐには追及しなかった。

 

なんだかなあ、である。

 

 

 

2023年8月 3日 (木)

お暑うございます

特に話題がない相手との挨拶には、お天気の話をするのが無難。

今だったら、「暑いですねー!」で決まりだろう。

記録的な猛暑なんだから、「暑いですね」と言っておけばなんとかなる。

 

日本人はお天気好きな人種なんだろうか。

 

このところ、テレビのワイドショーニュースのトップを占めるのは、猛暑だった。

朝のワイドショーの始まりから30分くらい猛暑がらみの報道が延々と流されるということもある。

猛暑、猛暑だけでは視聴者が飽きてしまうから、エルニーニョだの北極の氷河がとけるだの。

世界の各地の大洪水を取り上げたかと思ったら、干ばつで干上がった湖を取り上げる。

異常気象のかき集め。

この数日の主役は台風6号。

ウクライナも、岸政権も、マイナカードも、株価も、円安も、近づく終戦記念日と、いろいろあるけどお天気様にはかなわない。

庶民のレベルで特に話題がない相手との挨拶には、お天気の話をするのが無難なように、テレビの世界も、特に話題がしぼれないときはお天気の話をしておけばなんとなるってことなんだろうなあ。

 

 

2023年1月 5日 (木)

いまさらの箱根駅伝

正月の2日、3日と感動でテレビに引き込まれてしまった箱根駅伝だったが、4日、5日とテレビに出まくっていたのは3位入賞の青山学院の原監督だった。

青学が最終10区で、8位から3位に順位をあげたのは流石だが、今年の箱根駅伝のレースを盛り上げたのは駒澤大学と中央大学。

拙が今年の箱根駅伝でスタート直後からテレビに釘付けになってしまったのは、オープン出場の学生連合、スタート直後からの育英大の新田選手の独走のせいだ。

スタートから飛び出して異常なスピードで独走する新田選手を2位集団の誰も追いかけない。

どうせすぐにつかまると思っているのか、テレビの映像も2位集団を映し出す時間の方が多かった。

しかし新田選手と2位集団の差は開くばかり。

このまま1区を1位で完走させたい、そんな判官びいきの目で応援してしまっていた。

残念ながら残り3㎞くらいで捕まってしまったが、見ている誰もが例年と違う異色の展開にいつもと違う箱根駅伝に目を引かれてしまったことだろう。

この新田選手も今年の箱根駅伝で注目に値する選手。

面白かったのは次の2区。

駒澤大学の田沢選手と中央大学の吉居選手の、ゴール直前からの抜きつ抜かれつの1位争い。

中央大学は拙の母校だとはいうものの、学生時代余り真面目な学生生活をしていなくて母校愛は薄い拙であるが、こんなときは中央大学を応援してしまう。

ゴール間際の2選手の意地の張り合い。

1位と2位が次々に入れ替わる。

そして、最後の100mの吉居選手の吃驚するスパートと、それに負けじと必死になって追いすがろうとする田沢選手の戦いは、箱根駅伝市場に残る名勝負になるに違いない戦いだった。

それから先のレース展開も主役は駒大と中大。

今年の箱根駅伝を盛り上げた立役者は駒大と中大。

さらに駒澤大学は大学3大駅伝3冠王者となった。

おまけに大八木監督は3冠達成を期に、後進に道を譲って監督を引退すると表明している。

それなのに箱根駅伝を取り上げるワイドショーでの主役は青学の原監督。

負けた原因と、来季の構想。さらにはこれから先の箱根駅伝の運営についてまでも持論を展開する。

優勝の駒大の選手と監督はどうなってるんだ。

テレビ局は原監督にしゃべらせた方が番組を作りやすいのだろうが、大学3大駅伝3冠を達成させた選手たちと、それを育てた大八木監督の扱いがあまりにも粗末に思える。

拙は、吉居選手や藤原監督の話ももっと聞きたかったし、中大が藤原監督のもと来年の箱根駅伝100回大会の優勝をめざして練習してきたこと。

その結果が今回の2位という成果をあげ、次回100回大会では優勝するのだという大きな目標をもっと取り上げて欲しかった。

何度も言っていることだが、テレビは視聴率を上げることだけを考えて番組を作っているから、人気のある者を引っ張り出すのは仕方がない。

例えば女子ゴルフなんかでは、やや人気にかける選手が予選1位通過した場合など、やっと予選通過した渋野日向子の動向に多くの時間を割いて、トップ通過は渋野の報道のつけたしのように名前だけ報じる。

スポーツの報道の場合、勝って涙した選手、負けて涙した選手に、そして優勝チームには最大の敬意をもった報道をしてほしいものだ。

2022年1月20日 (木)

芸(能)人・著名人のコロナ感染報道に意味があるのか

終息したかに思えていた新型コロナ。

デルタ株に代わって登場したオミクロン株のコロナは、感染力は大きいが重症化しないということで安心していた。

ところが想像をはるかに超えた感染拡大に日本中が大騒ぎになっている。

ここにきて、専門家と称される人たちの意見に統一性が無いことが露見している。

従来からの私の持論であるが、医療の専門家、感染症の専門家、薬学・化学の専門家というのはいるのだろうけど、新型コロナは今までに誰も経験したことのない未知のウィルスであって、経験のないウィルスがどう作用するのかウィルスにどう対処すればいいのか正確な回答はないのであって、新型コロナウィルスの専門家というのはなくて、それは今までに経験したことのある既知のウィルスのデータをもとにした予想や創造の世界でしかない。

だから専門家と称される人たちは、今までの経験から類推するととか、推測して、あーではないのかこーではないのかと「思います」という言い訳付きの意見を述べるというのが正直な専門家の態度ではないのか。

ところが、テレビに頻繁に登場する専門家と称される人たちは、推測で申し述べるべき意見を、さも究極の結論のように断じている。

しかしコロナは一向に終息には向かわない。

これは、誰の目にも見えない霊的なものを見えると称して、過去や未来に対して予言めいたことをいうインチキ霊能師やペテン占い師と同じ家業と言えるのではないだろうか。

テレビ的には人心を不安と恐怖に陥れることによって視聴率という飯の種を得ているわけで、感染者数が増えていることだけを競い合って報道することに熱狂している。

そのひとつが芸(能)人・著名人のコロナ感染報道。

芸(能)人・著名人が感染すると、トップニュース並みに大きく報道するが、それにどういう意味があるのか。

太平洋単独横断に挑戦していた人がコロナにかかったといえば大ニュースだろうが、人との接触が多い人気芸(能)人が感染するあたりまえのことで珍しい話ではない。

と前々から思っている、今日の私の出来事でした。

 

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2021年12月17日 (金)

インフルエンザはどうなった

 昨日、マスコミは国民の不安を煽ってメシの種にしているという話しをしたが、インフルエンザ情報がそれだ。

 オリンピックを契機に爆発的な流行があるかもしれないと騒いでいたが、あにはからんや9月10月とコロナの終息の気配。

 コロナで大衆を怖がらせることができなくなりそうになって久しぶりに表舞台に引っ張り出されたのがインフルエンザ。

 コロナ感染対策でインフルエンザが2年間流行していなかった。

 この2年間で日本人が手にしていた集団免疫の効果がなくなっているから、インフルエンザが大流行するという理屈だった。

 10月に拙はぎっくり腰をやって整形外科に通院していたのだが、その病院は整形外科専門であったのにインフルエンザの予防接種の予約電話がひっきりなしに入っているようだった。

 拙の身の回りでも、今までインフルエンザの予防接種をしたことが無かったのに早々にインフルエンザの予防接種をすませた人が何人かいた。

 幸か不幸か、いまだインフルエンザ流行の兆しは無い。

 気が付くと、インフルエンザについての話題なんて一切耳にしない。

 「インフルエンザの流行を心配していましたが、幸いなことにインフルエンザ大流行の心配は無いようです」と、大衆を安心させる報道をしたメディアはいない。

 インフルエンザの話題にほっかむりをきめこんでいたところに登場したのがオミクロン。

 オミクロンの感染者は、まだ、アメリカやヨーロッパでも、デルタ株の感染者数に比べるとはるかに少ない。

 しかも、オミクロン株は重症者が少ないのではないかというデータも発表されていて、デルタ株の感染の方が怖いという状況が本当の話のようなのだが、世界中に行き渡って知られてしまったデルタ株では民衆が怖がらないので、未知のオミクロンでおどかして恐怖を煽っているのだ。

 オミクロンを騒ぐのも結構だが、ネタにしていたインフルエンザがどうなっているのかきちんと報道しろよ!

 

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