07高齢・介護

2022年9月 3日 (土)

ちょびが逝った

昨日が最後の別れになると思っていたが、私と家内の見つめる中で、ちょびは静かに眠り続けていた。

朝起きてすぐに様子を見に行ったが、死んだように横たわっている。

体をさすっても動かないが、かすかに呼吸していた。

 

私は仕事で事務所に出ていたが、午前10時過ぎ、突然、「ウォーッ」という少し大きな鳴き声がして、それがちょびの最期だった。

捨てられて、餌を求めて私に近寄ってきたのが縁で飼うことになった猫だった。

餌をもらいたくて自分から私にすり寄ってきたのに、家に連れて帰って飼い始めたその日から、家内以外の者が近づくと逃げ回る猫だった。

懐かせようと私が餌やりの係をしたのだが、14年間一緒に暮らしてきて、餌やりの時以外は私が近づくだけで逃げ回る。

家内にだけは気を許しているみたいで、自分から膝に乗っていったりするが、家内から近づくとさっと逃げてしまうこともあった。

捨てられて、腹を減らして町を彷徨っている間に、人間にひどくいじめられたトラウマがあるのだろうということだ。

それにしても、いくらかわいがっても懐かないのだから、私とっては最後までかわいい存在ではなかった。

「おまえなー。同じ屋根の下に10年以上いるのだから、そんなにびくびくして暮らしていたら楽しくないだろう」

そう言う私に、家内は家内は「それが猫なのよ」と、それでもかわいいらしい。

 

 

そんな14年間。

死んでも涙が出ないだろうなと思っていたのだが、不覚にも涙がでた。

これも年のせい。

年を取ると涙腺がゆるむ。

 

我が家には、あと2匹の猫がいる。

私たち夫婦の年齢を考えると、この2匹が最後。

私は、命をいたずらに死期を伸ばすだけの延命治療はしないと決めている。

死期をのばすだけの延命治療は苦痛でしかないことを理解している。

だから、猫や犬たちにも延命治療は受けさせない。

幸い、今までに看取った猫や犬たちは大きな病気をすることなく天寿を全うした。

私もそうありたいと、今は思っている。

 

 

近づくと逃げていたから、おまえ単独の写真が少ない。

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2022年9月 2日 (金)

飼い猫の一番の古株のちょびが眠っている

私は大の「よだきんぼ(宮崎弁で怠け者)だ。

そんな私にとって1日(ついたち)は、怠惰につぶした日々のリセットの日だった。

リセットの一つがブログの更新だった。

昨日は、そのブログの更新もしなかった。

 

今日は、我が家に3匹いる猫の中で一番の古株の「ちょび」が去っていこうとしている。

ここ2カ月余り、その予兆はあった。

 

食が細くなり、ここ数日は「ちゅーる」しか口にしなくなって、今日は「ちゅーる」を一口なめただけ。

老衰。

苦しむこともなく、泣くこともなく、静かに一生を終えようとしている。

長尾和宏医師の著書「平穏死」について書いた本にあった、終末期の手本として猫や犬の姿。

10年後の自分への手本にしたいような姿である。

私と家内は、ただ黙ってその姿を目に焼き付けている。

 

 

 

元気なころの、ちょび

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2022年8月18日 (木)

高齢閑話 金持ちのおじいさんはかわいそう

本をながめていたら、面白い見出しが目に留まった。
「お金があるおじいさんはかわいそう」との見出し。
最近の雑誌は高齢者を相手にした記事が主流。
若者の本離れは、雑誌にも及んでいる。
400円もの金をだして週刊誌を買うのは中高年だけなのだろう。
したがって週刊誌は高齢者に向けての記事ばかりだ。
週刊誌記事の最近のトレンドは、子供に対しての相続対策の話から高齢者自身の生活対策に移行してきている。
曰く、老後の資金がないと悲惨。
老後世話になるからと思って、子供に住宅資金や孫の教育費をどれだけ援助していても、いざ面倒を見てもらおうと思ったときには子供たちにそんな余裕はない。
自分たちの生活でいっぱいで、迷惑がられるだけ。
お金を持っていてこそ、子供や周りは面倒見てくれる。
お金は自分のためにしっかり握っておきなさいという風潮だ。
「お金=老後の安心」のはずなのに、「お金持ちのおじいさんはかわいそう」ってどういうことだと記事に目を通してみた。
曰く、お金がある人が再婚しようとすると子供たちが絶対にダメと猛烈な反対を受ける。
これが金のない親が結婚するというと反対はされないというのだ。
だから、「金持ちのおじいさんはかわいそう」というわけだ。
なるほど。
財産を持っている親に再婚されると、その瞬間に親の財産の半分は再婚相手のものになり、子供たちの取り分は半分になってしまう。
しかし、金のない親だと、再婚相手に親の老後の面倒を見てもらえて、自分たちが老後の面倒を見ないで済むというわけだ。
だから、年を取ってきた親の結婚は、むしろ歓迎されるのだろう。
60歳を過ぎたくらいで連れ合いを亡くしたら、残された者の人生は20余年。
ドラマで、親に「まだ若いんだから再婚相手でもみつけなさいよ」というのは大きな財産をもたない家庭の場合の話。
20年も親の面倒見れないし、60歳と言えばまだ若い。
「まだまだ、これからの人生を楽しんだら」ということになる。
しかし、親に多大な財産がある場合は、すんなりこうはならない。
「お父さん、いい年をしてなによ。身の回りのことはお手伝いさんでも雇って自由に気ままに暮らせばいいじゃない。今さら、新しい人をお母さんなんて呼びたくないよ」などと猛反対されることになるだろう。
それもそのはず。
仮にこの親に2億円の財産があったとして、子供さんが2人だったら、親が再婚しないままだとそれぞれが1人億円ずつ相続できる。
親が再婚すると、2億円の半分の1億円は奥さんが相続。
残りの1億円を2人のこどもで半分ずつの5000万円となる。
親が若い嫁さんでももらって子供でも出来たら、その子供も入れて1億円を分けることになるので、さらに取り分が減ってしまう。
命がけでも再婚を阻止しようとするのもむべなるかなである。。
、「金持ちのおじいさんはかわいそう」となるのである。

2022年8月 1日 (月)

8月1日 いつになく楽しい月の始まり

8月1日。

何度も書いているが1日(ついたち)は、私にとって特別の日。

怠惰に過ごしてきた時間をリセットして、今日からやるぞとなる日。

この日だけは、義務的にでもブログを更新してきた。

しかし、今日の1日(ついたち)は、ここ数年にないちょっと気分のいい月の始まりだった。

1か月前から入っていた、工事の一つの山場の予定日。

工事現場の工程の都合で、近所の月極駐車場の契約車両約20台をこの一日いっせいに移動してもらわなければならなかった。

協力のお願いはしてきていたが、全員の方が忘れることなく約束を守ってもらえるか。

実は、先週の木曜日からまったく動いていないままの車が一台あった。

予定日前日の昨日、他の車は全部移動してくれているのだが、夕方になっても1台の車だけ停まったままになっている。

気になって夕方から1時間おきに見に行っていたのだが、夜9時になっても停まったまま。

明日の朝までに移動してもらえなかったら、レッカー車で移動させてもらってもいいのだろうか。

そんな不安に押しつぶられそうになっていたら、夜9時半、見に行くと車がいなくなっていた。

そこで、さっそく駐車場の入り口を閉鎖した。

 

そして今日、無事予定工事は終了した。

 

ここ数年にない良い気分を味わっているのは、このことだけが原因ではない。

この1,2週間ほど、去年の10月から悩まされていた脊柱管狭窄症の強い痛みが治まってきたのだ。

立っていると下肢がしびれ痛みが走る。

5分も歩くと太ももからふくらはぎやすねにかけてしびれや痛みが出て歩けなくなる。

少し休むと治まってまた歩けるようになるため(これを間欠跛行という)、歩いたり休んだりすることを繰り返さなければならない。

ここ数年、そんな痛みと共存しながら暮らしてきていた。

幸、私の仕事は不動産業。

重いものを持ったり、立ちっぱなしをしなくても仕事はできる。

長時間は歩けないが、ちょこちょこ腰かけながらでも仕事はできる。

不動産屋でよかったな、なんて、そんな深刻に考えこむことなく、やり過ごしてきた。

ところが去年の10月。(だったかな)

どうにもこうにも、どんな姿勢をとっても、腰から足先まで痛みが走った。

歩くことも、立っていることもできない。

こんな時に限って、暦は連休。

連休明けに、なんとか痛みをこらえて病院に駆け込んだ。

すぐには治らなかったが、痛み止めの薬と適切な治療でなんとか1週間くらいで、少しは動けるようになった。

そこからは、また痛みと共存しながらの生活。

病院の先生の治療と生活指導。それに加えて、何冊かかった腰痛本の中で自分の症状にあった腰痛体操を続けてきた。

他の人たちの深刻な病気と比べたら自分はまだ幸せだと思いながら仕事を続けてきた。

気が付くと、この1週間くらい、間欠跛行が無くなっている。

ためしに軽くウォーキングをしてみたら、1時間くらい歩ける。

生来私は、健康には自信があったのだが、ここ1,2年は脊柱管狭窄症の痛みに悩まされ、健康の自信が揺らいできていた。

そこで、「70歳からの〇〇」とか「80歳を乗り切るための〇〇」的な健康本や、雑誌の生地を読み漁ってきた。

世は高齢者向けの健康本ブーム。

そんな中に、私より一回り以上年上の方が元気で暮らしている生活本を何冊か読んだ。

ベストセラーになった佐藤愛子さんの「90歳何がめでたい」「98歳戦いやまず」

樋口恵子さんの「老~いどん」「老いの福袋」も面白かったが、私が一番力をもらったのが「87歳 古い団地で愉しむひとりの暮らし」と「89歳 お金がなくても幸せな日々の作り方」の2冊。

普通の87歳の女性と普通の89歳の女性。

ご自分の生活をYouTubeやTwitterで綴りながら、新しい人生を歩いておられる。

一番私が影響を受けたのは、「89歳1人暮らし」の大崎博子さんが、なんでもいいから毎日1つはつぶやいてきたという言葉。

私は、どこかに、何かいいこと書こうというスケベ心があった。

だから、更新のためだけの意味のない文章を書くことが多くなってきて、それでは意味がないなと思って、書くことから遠ざかっていた。

今日はいい天気で気持ちがいい。今日はなんにもしなかった。

なんでもいいから一言書く。

それもいいなと思って、今、キーボードをたたいている。

 

なぜか脊柱管狭窄症の間欠跛行がなくなって、1時間でも歩けるようになった。

代わりに肩が痛くなったのだけど、ここ数年悩んできた脊柱管狭窄症に痛みがなくなったことのほうがうれしい。

仕事も順調。

頭も動き出して、アイデアも湧くようになって体も動く。

 

私は酒も飲めないし、趣味もない。

遊ばないから友達も少ない。

女性にも奥手だった。

仕事をやめたらすることがない。

だから死ぬまで現役で動けたら幸せ。

そうできたらいいなと願っている。

 

 

 

 

 

 

 

2022年3月 8日 (火)

幸せは健康が連れてくる うわっ!全部入っている!

昨日の楽天マガジン配信の「週刊現代」の表紙コピーに身につまされるものがあった。

「幸せは健康が連れてくる」

「さあ、死ぬまで元気に生き抜こう」

「脊柱管狭窄症・ヘルニア・膝痛、股関節痛、肩・首」

「薬に頼らずにつらい痛みを消す」

うわっ!やばい!全部私だ!

昨日、腰痛の原因を調べるためにMRI検査をしたのだけど、結果は脊柱管狭窄症と椎間板ヘルニアの併発だった。

これは私の自己診断と同じ検査結果。

私には腰の他に膝も股関節も痛みはある。

ここ数日は肩と首の痛みがちょっとひどい

これは自己診断によると頚椎ヘルニアに起因する痛みだ。

若いと思っているのだが、寄る年波。

着実に立派な高齢者の道を歩んでいる。

しかし私は悲観的にはならないことにしている。

だって、この程度ですんでいるのだから。

せいぜい見栄を張って、元気を演じていこうと思っている。

 

 

 

この子は14歳(我家の同居猫になって13年余)。
人間の年齢にすると私と同じくらいのはずなのだが、今年に入って急に食が細くなって、寝ている時間が長くなった。
老け込むには早い。もう少し元気でいろよ。
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2020年2月17日 (月)

野村克也さん風呂場で急逝 当日まで元気だった

 野村克也さんが亡くなった。

 84歳というご高齢ではあったが、亡くなる当日まで元気にしておられたそうだ。

 亡くなった当日、元気に仕事をこなし、外食を済ませて深夜12時頃帰宅。

 1時くらいに一人でお風呂に入ったが、1時間以上経っても出て来ないことに不審を感じたお手伝いさんが浴室のドアを叩いて呼びかけるも応答がない。

 扉をあけると、浴槽でぐったりしている野村さんがいた。

 あわてて救急車を呼んだが、時にすでに遅し。午前3時半搬送先の病院で死亡が確認された。

 死因は、虚血性心不全。

 虚血性心不全とは、心臓に血液が行かなくなって、心臓が壊死して死亡にいたる状態の総称。

 その多くは、心筋梗塞や狭心症が原因だ。

 前にもとりあげたが、風呂場で亡くなる人は年間に16,000人にものぼる。

 去年の交通事故での死者3,200人の5倍の人が風呂場で亡くなっている。

 風呂場で亡くなる要因がヒートショックであることは、テレビ等でもたびたび報じられている。

 温かい部屋から急に寒い脱衣室に行って裸になると、血圧が30以上も上昇する。

   血管に負担がかかり、心筋梗塞や脳卒中を引き起こすというわけだ。

 これを防ぐためには脱衣室を温めておたり、風呂に入る前に風呂場をシャワーを出しっぱなしにして温めておくことが大事だ。

 また、温かい湯船につかっていると血管が拡張して急に血圧が下がり、低血圧により浴槽で意識を失って溺死する人も珍しくない。

 長湯も注意ということである。

 

 私はこの年まで(正確な年齢は言いたくない年齢)大病をしたことがない。
 
 健康には根拠のない自信があって、定期検診もしておらず、年に2回の献血の際の血液検査を健康診断代わりにしている。

 この30年、血液検査の数値がすべて正常値で変動しないもので、それが私の健康に対する自身を助長する結果になっている。

 そんな私だが寄る年波、しかも臆病な性格ゆえ、新聞雑誌の健康記事は気にしていて、体に良くないというと慎しみ、体に良いということはやっるようにしている。

 そして、体に変調がないかを結構気にしている。

 そんな中ただひとつ、数年前から少し血圧が高くなってきたことだけが気がかりだった。

 それで、薬に頼らずになんとか血圧を下げようと、ジョギングをしたりウォーキングをしていた。

 運動するとてきめんに血圧は正常化して、やはり自分は鉄人だと自己満足していた。

 ところが去年は、ウォーキングを欠かすことはなかったのに、高めの血圧がなかなか下がらなかった。

 寒くなってきて、160という数値になることが何度かあって、ついに昨年末から降圧剤を服用することにした。

 薬の効果はすばらしく、すぐに血圧は安定してきたが、用心深い私は急に寒いところに出たり、急激な寒暖差への対処は怠らないようにしている。
 
 もちろん、風呂に入るときもシャワーを出しっぱなしにして風呂場を温めることは忘れていない。

 これは今後も注意して続けていくことにしているが、野村さんの急逝の記事を見て、なおさらその意を強くした。

 記事では、「元気で一人で入浴できて、自分は丈夫だと思っている人こそ風呂場で亡くなる危険性が高い」と注意喚起が叫ばれていた。

 要介護状態で、風呂場で亡くなる人はほとんどいない。なぜなら入浴の際、ヘルパーや家族が付き添っているからだ。

 だから、元気だと思っている人こそ注意しなくてはいけないというわけだ。

 実に納得させられる説明である。

 元気なようでも、今から先はルシアンルーレット。

 誰の頭に銃弾が発射されるかわからない。

2020年1月26日 (日)

断食で行う、人の手をわずらわせない安楽死

 30歳代の終わりのころ、何かのダイエット本を読んで、1週間断食をしたことがある。
  
 それまでにも、ダイエットのために食事制限をしたことは何度もあった。

 当時、禁煙とダイエットが趣味みたいのもので、年に何度も挑戦した。

 三日坊主で終れればまだましなほうで、いつも一日坊主で終って、すぐに再度の挑戦をしては破れ去るということを繰り返していた。

 そんな私が、何の本だったか忘れたが、その本の影響で1週間の断食に成功したことがある。

 断食は、断食の準備期間と断食を終ってからの復食期間が大事なのだが、若さにまかせて、いきなり断食を始めた。

 過去に何度も断食に挑戦したが、断食の前日は、夜、腹がはち切れるくらい大食いすることにしていたので、午前中はその影響で食欲が無い。
 
 しかし、午後になると空腹感を感じるようになってくる。

 2時を過ぎるころから、空腹感が増してくる。

 夕方になると猛烈な空腹感に襲われる。

 ここが最初で最大の関門である。

 食べ物のことしか考えられなくなる。

 禁煙といっしょで、初日を乗り越えられずに挫折してしまうことが多い。

 ここを乗り越えると、次に第二の大関門。

 腹が減って、なかなか寝つけないのである。

 なんとか眠りにつくが、何度か空腹感で目が覚める。

 次の日の朝は空腹感とともに目覚める。

 この日は、朝から食べ物のことばかりを考えることになる。

 気がつくと、「腹減った」とつぶやいている。

 二日目も、大きな関門。

 一日目を乗り切っても、ここで挫折してしまう。

 しかし、このときはなぜか二日目も乗り切った。

 三日目。飢餓感がつのる。

 体がだるくなって、動くのも億劫になる。

 気力も失せる。

 無意識に「ああーー。腹減ったー。」と、つぶやく声にも力がない。

 激しい空腹感が周期的に襲いかかってくる。

 しかし、ここまできたらやめたくはない。

 そして4日目の朝、余り空腹感は感じなかった。

 それどころか、体が軽く気分がいい。

 歩くと、ちょっと体が浮くようで軽快感を覚える。。

 ときどき空腹感は感じるが、飢餓感はなくなんとも身も心も気持ちがいい。

 そのまま4日目が過ぎ、1週間の断食が終った。

 そのとき思ったのだが、1日目の空腹感と3日めの空腹感のつらさは同じだということだ。

 たとえば筋トレで10キロのダンベルをあげるより20キロのダンベルをあげる時の方が筋肉の疲労の度合いは違う。

 バーベルを10回あげるときの筋肉のつらさは、1回目あげるときのつらさの数倍になる。

 20回ともなると、筋肉が耐えられずに持ち上げることができなくなる。

 体に怪我をしたときを考えると、指に切り傷を負ったときの痛みより指を切り落としたときの方が痛みは大きい。

 竹刀で叩かれるより、木刀で叩かれる方が痛い。

 筋トレのきつさや、怪我をしたときの痛みには、これはあのときより2倍苦しいとか、2倍くらい痛いということはあるが、2日目の空腹間も3日目の空腹感も、1日目に感じたと同じ空腹が続くだけだ。

 1週間の断食をやってみて私が思ったことは、餓死は想像しているほど苦しくないのではないかということだった。

 テレビや映画で見る、貧しくて食べるものがなくて餓死していく難民の子どもたちは声もなく悲しそうな顔をしているが、泣き叫んではいなかった。

 そんな姿を見て、空腹で泣くこともできないのだろうと思っていた。

 しかし、自分が断食してみて、長期間の断食はさほど苦しくないということを知った。
 
 貧しくて食べ物を手に入れることができない状況におかれたとしたら、飢餓による死の恐怖に襲われるかもしれないが、断食して味わう苦しみは、最初の1食を抜いたときの空腹感が、ずーっと続くだけで、食事を抜く回数が増えても、空腹感が増すわけではない。

 おそらく、テレビ報道でとりあげられている餓死寸前の子どもたちは、「お腹が減ったなー」と無気力に思い続けているだけだろう。

 飢餓状態におかれた大人たちは、迫り来る死に恐怖を感じることはあるだろうが、拷問を受けて死を迎えるような苦しみは感じないだろう。

 私の断食は、やめようと思えばいつでもやめられるし、その瞬間に好きなものを食べられる。

 私はこの断食の経験から、死の恐怖がともなわないからそう思うのだろうが、餓死するということはそんなに苦しいことではないのではないかと思った。

 最近、テレビの番組や雑誌で安楽死の是非を問題にする特集を見かけることがある。

 耐えがたい苦しみに襲われている患者や助かる見込みのない末期患者が、医師等の助けを得つつ、自らの意思で死を選ぶ安楽死は「積極的安楽死」と呼ばれる。

 また、患者の意思により治療の中止を求めるる「消極的な安楽死」と呼ばれるものもある。

 しかし、そのいずれも、人に自分の命を奪う手伝いをさせての死である。

 人の命を奪ったことに、心を痛ませることのない人はいない。

 安楽死を求める人は、断食による安楽死を選択肢に加えてはどうだろう。

 私は、日本尊厳死協会の「尊厳死の宣言書」を自筆で書き、財布に入れて持ち歩いている。

 私はこのことを、自分のブログにも2度ほど書いているが、それに加えて断食による安らかな死もつけくわえることも検討している。

2018年12月19日 (水)

死んだら話

 私は、ドコモのdマガジンというサービスを利用している。

 dマガジンというのは、月々400円で人気雑誌200誌以上の最新号が読めるというサービス。

 雑誌によっては、抜粋だけを掲載しているだけて欲求不満になるようなものもあるが、不満無く記事を掲載している雑誌が多い。

 全部を見ていると、人生が破綻する。

 私が毎週見ている週刊誌は、週刊文春、新潮、現代、ポスト。

 本が売れない時代。週刊誌の購買層は中高年者。

 なかでも、50歳以上の高年者に限定されつつあるようだ。

 それで、週刊誌の記事は中高年の嗜好にあわせた内容になっている。

 ここ数年、週刊現代と週刊ポストが競い合ってきたのが、中高年のSEXに関する特集記事記事。

 「死ぬまでSEX」という特集で、両誌ともに過激なエロネタを展開してきた。

 いつまだ続けるのかと思いつつ、興味津々読んでいたのだが、そろそろエロ記事では読者の興味を引けなくなってきている感がある。

 引き続きSEX特集記事は続いているが、最近それに取って代わって主役の座についたのが終活特集記事だ。

 相続、遺言、高齢者の医療。週刊誌は終活記事が最近のトレンド。

 死ぬ前にやっておくこと。飲んでもいい薬。のまない方がいい薬。

 手術はやった方がいいのだの、やらないほうがいいだの。

 「死んだら、死ぬなら」という話のオンパレードだ。

 そんななかでも、今週配信の週刊現代12月29日号の表紙がすごい。

 親もあなたも、今から準備すれば困らない

 死んだら必用な書類36

 後から見つかった財産、税務署が追っかけてきた

 延滞税、どう対処する?

 貸し金庫が開けられない 株券・保険証券が見つからない・・・・みんな困っています

 印鑑のありか、暗証番号を教えないまま逝った老親

 あなたの人生「最後の総力戦」

 これから、団塊の世代がいっせいに後期高齢者に突入していく。

 しばらくは「死んだら、死ぬなら」といった特集記事の需要は続くだろう。

 しかしそれも、団塊の世代が元気でいれる、あと数年のこと。

 「死んだら、死ぬ前に」と平然としていられるのは、団塊の世代がまだ元気な人が多くて、死が未来であると思っていれるからのこと。

 死を目前にしたら、平然として「死んだら、死ぬ前に」という話題には触れられないだろうなあ。

 私のブログに、相続遺言、高齢介護というカテゴリーを設けていたが、すっかりこのカテゴリーでの記事を書くのを忘れていた。

 元気なうちに、このカテゴリーを見直すことにしよう。

 

 

  

2016年8月 2日 (火)

健康寿命は気持ちが大事

 「健康寿命」って知ってますか?

 健康寿命とは、ウィキペディアによると、日常的・継続的な医療・介護に依存しないで、自分の心身で生命維持し、自立した生活ができる生存期間のこと大きな支障がなく日常生活を遅れる期間のこと。

 対する平均寿命というのは、日常的・継続的に医療介護に依存して、自立した生活ができない状態で生きることも含まれるということだ。

 厚生労働省の発表によると、2013年の健康寿命は、男性71.2歳、女性74.2歳。

 平均寿命との差は男性は約9年、女性は約12年。

 多くの人が、結構な長期間、不調を抱えて過ごしているというわけだ。

 認知症で自分がわからなくなって彷徨ったり、寝たっきりになったり、植物人間状態になって生き続けているひとも含んでの平均寿命だ。

 病気で寝込むことなく、亡くなる直前まで元気でいたい。

 ピンピンと元気でいて、コロリと死ぬ。

 「ピンピンコロリ」が理想の最後だと誰もが思っている。

 全国に「ピンピンコロリ」の御利益のあるパワースポットがあって、多くの参拝者で賑わっているそうだ。

 元気で過ごすには、規則正しい食事と適度な運動が欠かせないというのは良く言われること。

 寝たっきりになる、一番の原因は運動機能の障害だそうで、とりわけ運動が欠かせない。

 私も、そろそろ、そんなことを考えなくてはならない年齢に近づいている。

 今のところは健康に不安は無くて、食事は不規則だが、好き嫌いなくなんでも食べる。
 運動は、青島太平洋マラソンを目指して週に2回10㎞のジョギングをしている。

 しかし、朝起きるとき体のあちこちが痛い。

 匂いは無くなり、老眼は進み、物忘れが多くなり、根気が無くなっている。

 ただ、病は気から。

 年をとれば、誰だって、どこかここかに小さな不調はある。

 神経質に不調にばかり目をやると、不調はますます増加する。

 東京都健康長寿医療センター 高齢者健康増進事業支援室の大渕修一研究部長らの研究によると、「(自分は健康ではない」と思っている高齢者は「とても健康だ」とする高齢者と比べて要介護の発生確率が約70倍も高くなるそうだ。

 「同程度の衰えであってもそれをどうとらえるか、個人の主観が心身の健康を左右する。地域や家庭で役割を持ち、日々に張り合いを持って過ごすこともピンピンコロリにつながる」と大渕氏は助言している。

 年をとれば、こんなもんさ、と鈍感に生きるのことも大切だろう。

 こればかりは、いい加減に生きている私のとり得かもしれないなあ。

2015年11月17日 (火)

がんで死ぬのは悪くない

 俳優の阿藤快さんが亡くなった。
 
 69歳。突然の死だった。

 所属事務所が、14日の誕生日に祝福メールを送っても返信がないため、15日午後、阿藤さんの妹さんと自宅マンションへ様子を見に行ったところ、ベッドにあおむけで眠るように亡くなっていた。

 苦しんだ様子もなく、布団をかぶって横になっていた。

 声をかけたら起きそうな安らかなをしていたそうだ。

 「ピンピンコロリ」運動というのがある。

 元気に年をとって、病気で寝込むことなくコロリと死にたいというものだ。

 寝たっきりになって何年も生きたくない。

 自分が苦しむのはいやだし、家族に迷惑をかけることなく、コロリと逝きたいということだ。

 69歳は早すぎるが、阿藤さんのように、寝ている最中に苦しむことなく逝くなは理想の死に方だという人もいる。

 しかし、「ピンピンコロリ」が目指すのは、阿藤さんのような死に方ではない。

 80歳くらいまで元気に長生きして、長期間寝込むことはなく大往生をとげるのを理想としているのだ。

 だが、そうはうまくはいかない。

 食事に気をつけたり、適度な運動をして、80歳前までは元気で暮らすことはできるかもしれないが、永遠に元気でいることはできない。

 病気や老化で病の床につくことは防ぎようがない。

 治すことが難しい、積極的な治療法がない病ならば、延命治療を拒否して意味のない延命を避けることはできる。

 そのために私は、「尊厳死の宣言書」を書き、延命治療を望まないことを書面にして常に携帯している。

 だからといって、生きるのがいやだから死期を早めてもらうことはできない。

 病気によっては、延命治療にいたらずとも、長期間ベッドの上で生きていかなくてはいけないこともあるだろう。

 げに、人の死に方は難しい。

 とういう意味で、阿藤さんの死にかたを理想的だと言う人もいるわけだが、私は、知らぬ間に死んでいたという死にかたはしたくない。

 きれいごとを言えば、死ぬ前に心から感謝の言葉を伝えたい人がいる。

 お詫びをしたい人もいる。

 もうひとつ、急に死にたくない大きな理由は、死ぬ前に、誰にも知られることなく処分したいものが山ほどあるからだ。

 パソコンやスマートフォンの仕事のデータ以外のものは全部処分したいくらいだ。

 机や本棚の中にも捨ててしまいたいものがたくさんある。

 処分しようと思いつつ処分してない、人に見られたくないものがある。

 まだしばらくは死にたくはないけれど、死ぬとしたら、死期を知ることができたほうがいい。

 3カ月や半年は短すぎるが、2年か3年前、せめて1年前に死期を知るのがいい。

 こんなことを言っているが、死期を告げられた瞬間はパニックに陥るだろう。

 しばらくは落ち込んでしまって立ち直れないかもしれない。

 その時期は70歳過ぎにしてほしいが、その時を受け入れる心の準備をしておこうと思っている。

 こんなことを考えていたら、ガンという病気は悪くはないと思うようになった。

 むしろガンでしぬというのは理想的な死に方かもしれない。

 ただし、ガン宣告を受ける際、できれば余命は1年はほしい。

 勝手を言えば余命3年くらいにしてもらいたいが、がんで余命3年の診断はあまり聞かない。

 余命1年を宣告されたら、まずは身辺整理をし、思う人にお別れと感謝の挨拶をする。

 手術や抗ガン剤は、十分に検討してから受けるか受けないかを決める。

 さてさて、できるものやら。

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