07高齢・介護

2020年2月17日 (月)

野村克也さん風呂場で急逝 当日まで元気だった

 野村克也さんが亡くなった。

 84歳というご高齢ではあったが、亡くなる当日まで元気にしておられたそうだ。

 亡くなった当日、元気に仕事をこなし、外食を済ませて深夜12時頃帰宅。

 1時くらいに一人でお風呂に入ったが、1時間以上経っても出て来ないことに不審を感じたお手伝いさんが浴室のドアを叩いて呼びかけるも応答がない。

 扉をあけると、浴槽でぐったりしている野村さんがいた。

 あわてて救急車を呼んだが、時にすでに遅し。午前3時半搬送先の病院で死亡が確認された。

 死因は、虚血性心不全。

 虚血性心不全とは、心臓に血液が行かなくなって、心臓が壊死して死亡にいたる状態の総称。

 その多くは、心筋梗塞や狭心症が原因だ。

 前にもとりあげたが、風呂場で亡くなる人は年間に16,000人にものぼる。

 去年の交通事故での死者3,200人の5倍の人が風呂場で亡くなっている。

 風呂場で亡くなる要因がヒートショックであることは、テレビ等でもたびたび報じられている。

 温かい部屋から急に寒い脱衣室に行って裸になると、血圧が30以上も上昇する。

   血管に負担がかかり、心筋梗塞や脳卒中を引き起こすというわけだ。

 これを防ぐためには脱衣室を温めておたり、風呂に入る前に風呂場をシャワーを出しっぱなしにして温めておくことが大事だ。

 また、温かい湯船につかっていると血管が拡張して急に血圧が下がり、低血圧により浴槽で意識を失って溺死する人も珍しくない。

 長湯も注意ということである。

 

 私はこの年まで(正確な年齢は言いたくない年齢)大病をしたことがない。
 
 健康には根拠のない自信があって、定期検診もしておらず、年に2回の献血の際の血液検査を健康診断代わりにしている。

 この30年、血液検査の数値がすべて正常値で変動しないもので、それが私の健康に対する自身を助長する結果になっている。

 そんな私だが寄る年波、しかも臆病な性格ゆえ、新聞雑誌の健康記事は気にしていて、体に良くないというと慎しみ、体に良いということはやっるようにしている。

 そして、体に変調がないかを結構気にしている。

 そんな中ただひとつ、数年前から少し血圧が高くなってきたことだけが気がかりだった。

 それで、薬に頼らずになんとか血圧を下げようと、ジョギングをしたりウォーキングをしていた。

 運動するとてきめんに血圧は正常化して、やはり自分は鉄人だと自己満足していた。

 ところが去年は、ウォーキングを欠かすことはなかったのに、高めの血圧がなかなか下がらなかった。

 寒くなってきて、160という数値になることが何度かあって、ついに昨年末から降圧剤を服用することにした。

 薬の効果はすばらしく、すぐに血圧は安定してきたが、用心深い私は急に寒いところに出たり、急激な寒暖差への対処は怠らないようにしている。
 
 もちろん、風呂に入るときもシャワーを出しっぱなしにして風呂場を温めることは忘れていない。

 これは今後も注意して続けていくことにしているが、野村さんの急逝の記事を見て、なおさらその意を強くした。

 記事では、「元気で一人で入浴できて、自分は丈夫だと思っている人こそ風呂場で亡くなる危険性が高い」と注意喚起が叫ばれていた。

 要介護状態で、風呂場で亡くなる人はほとんどいない。なぜなら入浴の際、ヘルパーや家族が付き添っているからだ。

 だから、元気だと思っている人こそ注意しなくてはいけないというわけだ。

 実に納得させられる説明である。

 元気なようでも、今から先はルシアンルーレット。

 誰の頭に銃弾が発射されるかわからない。

2020年1月26日 (日)

断食で行う、人の手をわずらわせない安楽死

 30歳代の終わりのころ、何かのダイエット本を読んで、1週間断食をしたことがある。
  
 それまでにも、ダイエットのために食事制限をしたことは何度もあった。

 当時、禁煙とダイエットが趣味みたいのもので、年に何度も挑戦した。

 三日坊主で終れればまだましなほうで、いつも一日坊主で終って、すぐに再度の挑戦をしては破れ去るということを繰り返していた。

 そんな私が、何の本だったか忘れたが、その本の影響で1週間の断食に成功したことがある。

 断食は、断食の準備期間と断食を終ってからの復食期間が大事なのだが、若さにまかせて、いきなり断食を始めた。

 過去に何度も断食に挑戦したが、断食の前日は、夜、腹がはち切れるくらい大食いすることにしていたので、午前中はその影響で食欲が無い。
 
 しかし、午後になると空腹感を感じるようになってくる。

 2時を過ぎるころから、空腹感が増してくる。

 夕方になると猛烈な空腹感に襲われる。

 ここが最初で最大の関門である。

 食べ物のことしか考えられなくなる。

 禁煙といっしょで、初日を乗り越えられずに挫折してしまうことが多い。

 ここを乗り越えると、次に第二の大関門。

 腹が減って、なかなか寝つけないのである。

 なんとか眠りにつくが、何度か空腹感で目が覚める。

 次の日の朝は空腹感とともに目覚める。

 この日は、朝から食べ物のことばかりを考えることになる。

 気がつくと、「腹減った」とつぶやいている。

 二日目も、大きな関門。

 一日目を乗り切っても、ここで挫折してしまう。

 しかし、このときはなぜか二日目も乗り切った。

 三日目。飢餓感がつのる。

 体がだるくなって、動くのも億劫になる。

 気力も失せる。

 無意識に「ああーー。腹減ったー。」と、つぶやく声にも力がない。

 激しい空腹感が周期的に襲いかかってくる。

 しかし、ここまできたらやめたくはない。

 そして4日目の朝、余り空腹感は感じなかった。

 それどころか、体が軽く気分がいい。

 歩くと、ちょっと体が浮くようで軽快感を覚える。。

 ときどき空腹感は感じるが、飢餓感はなくなんとも身も心も気持ちがいい。

 そのまま4日目が過ぎ、1週間の断食が終った。

 そのとき思ったのだが、1日目の空腹感と3日めの空腹感のつらさは同じだということだ。

 たとえば筋トレで10キロのダンベルをあげるより20キロのダンベルをあげる時の方が筋肉の疲労の度合いは違う。

 バーベルを10回あげるときの筋肉のつらさは、1回目あげるときのつらさの数倍になる。

 20回ともなると、筋肉が耐えられずに持ち上げることができなくなる。

 体に怪我をしたときを考えると、指に切り傷を負ったときの痛みより指を切り落としたときの方が痛みは大きい。

 竹刀で叩かれるより、木刀で叩かれる方が痛い。

 筋トレのきつさや、怪我をしたときの痛みには、これはあのときより2倍苦しいとか、2倍くらい痛いということはあるが、2日目の空腹間も3日目の空腹感も、1日目に感じたと同じ空腹が続くだけだ。

 1週間の断食をやってみて私が思ったことは、餓死は想像しているほど苦しくないのではないかということだった。

 テレビや映画で見る、貧しくて食べるものがなくて餓死していく難民の子どもたちは声もなく悲しそうな顔をしているが、泣き叫んではいなかった。

 そんな姿を見て、空腹で泣くこともできないのだろうと思っていた。

 しかし、自分が断食してみて、長期間の断食はさほど苦しくないということを知った。
 
 貧しくて食べ物を手に入れることができない状況におかれたとしたら、飢餓による死の恐怖に襲われるかもしれないが、断食して味わう苦しみは、最初の1食を抜いたときの空腹感が、ずーっと続くだけで、食事を抜く回数が増えても、空腹感が増すわけではない。

 おそらく、テレビ報道でとりあげられている餓死寸前の子どもたちは、「お腹が減ったなー」と無気力に思い続けているだけだろう。

 飢餓状態におかれた大人たちは、迫り来る死に恐怖を感じることはあるだろうが、拷問を受けて死を迎えるような苦しみは感じないだろう。

 私の断食は、やめようと思えばいつでもやめられるし、その瞬間に好きなものを食べられる。

 私はこの断食の経験から、死の恐怖がともなわないからそう思うのだろうが、餓死するということはそんなに苦しいことではないのではないかと思った。

 最近、テレビの番組や雑誌で安楽死の是非を問題にする特集を見かけることがある。

 耐えがたい苦しみに襲われている患者や助かる見込みのない末期患者が、医師等の助けを得つつ、自らの意思で死を選ぶ安楽死は「積極的安楽死」と呼ばれる。

 また、患者の意思により治療の中止を求めるる「消極的な安楽死」と呼ばれるものもある。

 しかし、そのいずれも、人に自分の命を奪う手伝いをさせての死である。

 人の命を奪ったことに、心を痛ませることのない人はいない。

 安楽死を求める人は、断食による安楽死を選択肢に加えてはどうだろう。

 私は、日本尊厳死協会の「尊厳死の宣言書」を自筆で書き、財布に入れて持ち歩いている。

 私はこのことを、自分のブログにも2度ほど書いているが、それに加えて断食による安らかな死もつけくわえることも検討している。

2018年12月19日 (水)

死んだら話

 私は、ドコモのdマガジンというサービスを利用している。

 dマガジンというのは、月々400円で人気雑誌200誌以上の最新号が読めるというサービス。

 雑誌によっては、抜粋だけを掲載しているだけて欲求不満になるようなものもあるが、不満無く記事を掲載している雑誌が多い。

 全部を見ていると、人生が破綻する。

 私が毎週見ている週刊誌は、週刊文春、新潮、現代、ポスト。

 本が売れない時代。週刊誌の購買層は中高年者。

 なかでも、50歳以上の高年者に限定されつつあるようだ。

 それで、週刊誌の記事は中高年の嗜好にあわせた内容になっている。

 ここ数年、週刊現代と週刊ポストが競い合ってきたのが、中高年のSEXに関する特集記事記事。

 「死ぬまでSEX」という特集で、両誌ともに過激なエロネタを展開してきた。

 いつまだ続けるのかと思いつつ、興味津々読んでいたのだが、そろそろエロ記事では読者の興味を引けなくなってきている感がある。

 引き続きSEX特集記事は続いているが、最近それに取って代わって主役の座についたのが終活特集記事だ。

 相続、遺言、高齢者の医療。週刊誌は終活記事が最近のトレンド。

 死ぬ前にやっておくこと。飲んでもいい薬。のまない方がいい薬。

 手術はやった方がいいのだの、やらないほうがいいだの。

 「死んだら、死ぬなら」という話のオンパレードだ。

 そんななかでも、今週配信の週刊現代12月29日号の表紙がすごい。

 親もあなたも、今から準備すれば困らない

 死んだら必用な書類36

 後から見つかった財産、税務署が追っかけてきた

 延滞税、どう対処する?

 貸し金庫が開けられない 株券・保険証券が見つからない・・・・みんな困っています

 印鑑のありか、暗証番号を教えないまま逝った老親

 あなたの人生「最後の総力戦」

 これから、団塊の世代がいっせいに後期高齢者に突入していく。

 しばらくは「死んだら、死ぬなら」といった特集記事の需要は続くだろう。

 しかしそれも、団塊の世代が元気でいれる、あと数年のこと。

 「死んだら、死ぬ前に」と平然としていられるのは、団塊の世代がまだ元気な人が多くて、死が未来であると思っていれるからのこと。

 死を目前にしたら、平然として「死んだら、死ぬ前に」という話題には触れられないだろうなあ。

 私のブログに、相続遺言、高齢介護というカテゴリーを設けていたが、すっかりこのカテゴリーでの記事を書くのを忘れていた。

 元気なうちに、このカテゴリーを見直すことにしよう。

 

 

  

2016年8月 2日 (火)

健康寿命は気持ちが大事

 「健康寿命」って知ってますか?

 健康寿命とは、ウィキペディアによると、日常的・継続的な医療・介護に依存しないで、自分の心身で生命維持し、自立した生活ができる生存期間のこと大きな支障がなく日常生活を遅れる期間のこと。

 対する平均寿命というのは、日常的・継続的に医療介護に依存して、自立した生活ができない状態で生きることも含まれるということだ。

 厚生労働省の発表によると、2013年の健康寿命は、男性71.2歳、女性74.2歳。

 平均寿命との差は男性は約9年、女性は約12年。

 多くの人が、結構な長期間、不調を抱えて過ごしているというわけだ。

 認知症で自分がわからなくなって彷徨ったり、寝たっきりになったり、植物人間状態になって生き続けているひとも含んでの平均寿命だ。

 病気で寝込むことなく、亡くなる直前まで元気でいたい。

 ピンピンと元気でいて、コロリと死ぬ。

 「ピンピンコロリ」が理想の最後だと誰もが思っている。

 全国に「ピンピンコロリ」の御利益のあるパワースポットがあって、多くの参拝者で賑わっているそうだ。

 元気で過ごすには、規則正しい食事と適度な運動が欠かせないというのは良く言われること。

 寝たっきりになる、一番の原因は運動機能の障害だそうで、とりわけ運動が欠かせない。

 私も、そろそろ、そんなことを考えなくてはならない年齢に近づいている。

 今のところは健康に不安は無くて、食事は不規則だが、好き嫌いなくなんでも食べる。
 運動は、青島太平洋マラソンを目指して週に2回10㎞のジョギングをしている。

 しかし、朝起きるとき体のあちこちが痛い。

 匂いは無くなり、老眼は進み、物忘れが多くなり、根気が無くなっている。

 ただ、病は気から。

 年をとれば、誰だって、どこかここかに小さな不調はある。

 神経質に不調にばかり目をやると、不調はますます増加する。

 東京都健康長寿医療センター 高齢者健康増進事業支援室の大渕修一研究部長らの研究によると、「(自分は健康ではない」と思っている高齢者は「とても健康だ」とする高齢者と比べて要介護の発生確率が約70倍も高くなるそうだ。

 「同程度の衰えであってもそれをどうとらえるか、個人の主観が心身の健康を左右する。地域や家庭で役割を持ち、日々に張り合いを持って過ごすこともピンピンコロリにつながる」と大渕氏は助言している。

 年をとれば、こんなもんさ、と鈍感に生きるのことも大切だろう。

 こればかりは、いい加減に生きている私のとり得かもしれないなあ。

2015年11月17日 (火)

がんで死ぬのは悪くない

 俳優の阿藤快さんが亡くなった。
 
 69歳。突然の死だった。

 所属事務所が、14日の誕生日に祝福メールを送っても返信がないため、15日午後、阿藤さんの妹さんと自宅マンションへ様子を見に行ったところ、ベッドにあおむけで眠るように亡くなっていた。

 苦しんだ様子もなく、布団をかぶって横になっていた。

 声をかけたら起きそうな安らかなをしていたそうだ。

 「ピンピンコロリ」運動というのがある。

 元気に年をとって、病気で寝込むことなくコロリと死にたいというものだ。

 寝たっきりになって何年も生きたくない。

 自分が苦しむのはいやだし、家族に迷惑をかけることなく、コロリと逝きたいということだ。

 69歳は早すぎるが、阿藤さんのように、寝ている最中に苦しむことなく逝くなは理想の死に方だという人もいる。

 しかし、「ピンピンコロリ」が目指すのは、阿藤さんのような死に方ではない。

 80歳くらいまで元気に長生きして、長期間寝込むことはなく大往生をとげるのを理想としているのだ。

 だが、そうはうまくはいかない。

 食事に気をつけたり、適度な運動をして、80歳前までは元気で暮らすことはできるかもしれないが、永遠に元気でいることはできない。

 病気や老化で病の床につくことは防ぎようがない。

 治すことが難しい、積極的な治療法がない病ならば、延命治療を拒否して意味のない延命を避けることはできる。

 そのために私は、「尊厳死の宣言書」を書き、延命治療を望まないことを書面にして常に携帯している。

 だからといって、生きるのがいやだから死期を早めてもらうことはできない。

 病気によっては、延命治療にいたらずとも、長期間ベッドの上で生きていかなくてはいけないこともあるだろう。

 げに、人の死に方は難しい。

 とういう意味で、阿藤さんの死にかたを理想的だと言う人もいるわけだが、私は、知らぬ間に死んでいたという死にかたはしたくない。

 きれいごとを言えば、死ぬ前に心から感謝の言葉を伝えたい人がいる。

 お詫びをしたい人もいる。

 もうひとつ、急に死にたくない大きな理由は、死ぬ前に、誰にも知られることなく処分したいものが山ほどあるからだ。

 パソコンやスマートフォンの仕事のデータ以外のものは全部処分したいくらいだ。

 机や本棚の中にも捨ててしまいたいものがたくさんある。

 処分しようと思いつつ処分してない、人に見られたくないものがある。

 まだしばらくは死にたくはないけれど、死ぬとしたら、死期を知ることができたほうがいい。

 3カ月や半年は短すぎるが、2年か3年前、せめて1年前に死期を知るのがいい。

 こんなことを言っているが、死期を告げられた瞬間はパニックに陥るだろう。

 しばらくは落ち込んでしまって立ち直れないかもしれない。

 その時期は70歳過ぎにしてほしいが、その時を受け入れる心の準備をしておこうと思っている。

 こんなことを考えていたら、ガンという病気は悪くはないと思うようになった。

 むしろガンでしぬというのは理想的な死に方かもしれない。

 ただし、ガン宣告を受ける際、できれば余命は1年はほしい。

 勝手を言えば余命3年くらいにしてもらいたいが、がんで余命3年の診断はあまり聞かない。

 余命1年を宣告されたら、まずは身辺整理をし、思う人にお別れと感謝の挨拶をする。

 手術や抗ガン剤は、十分に検討してから受けるか受けないかを決める。

 さてさて、できるものやら。

2015年9月 5日 (土)

致死率100%

 「致死率100%」

 「どうやっても死からは逃れられない」

 400万分を超えるベストセラー「バカの壁」の著者養老孟子さんの口から、さらっと出た言葉である。

 「致死率100%」

 なるほど、その通りである。

 養老さんは、5歳で父親と死別。

 そして解剖学者として3000体の遺体を見てきた養老さんにとって、死は考えても仕方がないものだとおっしゃるのだ。

 そのとおりなのだが、なぜか衝撃をうけた言葉であった。

 

2014年9月30日 (火)

介護職員賃上げへ

 政府は2015年度から介護職員の賃金を引き上げると発表した。

 介護サービス事業者が受け取る介護報酬に職員の賃金を増やす原資を加算するという。

 これによって月額1万円程度の増額を目指しているそうだ。

 賃上げよって、深刻な人手不足の介護の人材確保につなげるためだ。

 高齢者の増加に伴い、介護従事者不足の深刻化が迫っているからだ。

 今年7月の介護関係の有効求人倍率は2.1倍。

 全産業の0.95倍の2倍以上だ。

 賃金以外に払う介護報酬は抑え、介護を支えるための保険料や税の負担急増を避ける方向だ。

 一方、厚労省の調査では介護職員の平均月給は23万8千円。

 在宅向けの訪問介護を手がけるホームヘルパーに限ると21万8千円。

 産業界の平均月給32万4千円を10万円前後も下回っている。

 学校で、自由競争市場では、需要と供給で市場価格と取引数量が決定されると習った。

 それにならうと、介護職の給与はあがらなくてはならないはずだ。

 それなのに、介護職の給料は下値安定している。

 これは、格差の固定化の象徴であるような気がする。

 政府が発表した内容を見ると、「賃上げで人材を確保につなげるために、事業者が受け取る介護報酬に職員の賃金を増やす『原資を加算する』」とある。

 。賃金以外に払う介護報酬は抑え、介護を支えるための保険料や税の負担急増を避ける方向だ。

 事業者が受け取る介護報酬の中の「賃金を増やす原資を加算する」というわけで、賃金以外に払う介護報酬は抑え、介護を支えるための保険料や税の負担急増を避ける方向だ。

 増やした原資をそっくり賃金を増やすことにのみ使わなくてはならないというわけではないようにも見える。

 政府は、実際に事業者が加算部分を基本給に反映させたかなどを点検することも検討するらしいが、ぜひ介護職の待遇改善につながるように目を行き届かせてもらいたいものだ。

 当地(宮崎県の北端の街・延岡市)でも、介護関係施設は雨後の竹の子のように開設が相次いでいる。

 多くの病院や診療所が介護施設を併設している。

 複数の介護施設を運営している医療機関もある。

 
 それは、介護が、なんだかんだといっても儲かる事業だからだろう。

 儲かる介護事業が、介護を担う末端の従事者の低賃金の上に成り立っているのでは、高齢化時代の介護の先行きは危うい。

 

2014年8月 5日 (火)

使い込んだ人生

 去年、65歳以上の人口が25%を占めた。

 テレビでも新聞でも「高齢者」という言葉が飛び交う。

 一般的、65歳以上を高齢者ということが多いようだ。

 まだまだ時間はあると思っていたが、そんなに遠くもない年齢になってしまった。

 数年前までは自分とは無縁の単語だと思っていたのだが、無視できない年齢になってしまった。

 日本の男性の平均寿命が80歳を越えたことが話題になっていたが、日常生活を支障なく送れる「健康寿命」は男性で「70歳」。

 それからすると、私に残っている時間は余り多くはない。

 田辺聖子さんが、自分の老いに向かって、「良く使い込んだ人生が自分の身にしっくり合ってきた」と、いうことを言っておられたそうだ。

 そんな話を聞くと、あせってしまう。

 私は、「使い込んだ人生と言い切る」には、ほど遠い生き方をしてきた。

 しっくりくるどころか、サイズの合わないちんちくりんの服をひっかけて、今日も右往左往している。

2014年7月21日 (月)

潔い死にざま

 家内の友人が亡くなった。

 まだ60歳になったばっかりだった。

 家内とは中学校時代の同級生なのだが、若いころはやんちゃしていて、年をとってもその頃を感じさせる雰囲気をもっていた。

 2度の離婚を経験していて、親とも余りうまくいってなかった。

 体をこわして、十年くらい前から生活保護を受けていた。

 私は余り好ましくは思っていなかったのだが、家内は「人間性はいい子なのよ」と言って、仲良くつきあいを続けていた。

 つきあいと言っても、月に1度か2度電話があるくらいで、会うのは年に1回くらいのものだった。

 ビールが好きで、電話をかけてくるのは、家で独りで飲んでいて寂しくなったときのようだった。

 その彼女に、去年、がんが見つかった。

 心配する家内に対して、「生活保護だから、手術代も治療代も自己負担がないし、治療に専念できるよ」と冗談めかして話をしていたらしい。

 がんは結構進行してたようで、地元の病院では対処できず、熊本の病院に入院し、その後、大分の病院に転院していた。

 入院してからは、電話連絡もとりにくくなっていたが、それでもときどき連絡を取り合っていた。

 先月は、「ちょっと用事があって延岡に帰って来たから会いに来たよ」と手土産をもって家内に会いに来ていた。

 そのとき、病状は余り良くないようだったが、こんなに早く逝ってしまうようには見えなかったらしい。

 本人も、「難しい病気のようだけど、負けないで頑張る」と言っていたそうだ。

 それから1カ月も経たない3日前の夜、彼女からメールが入った。

 また病院が変わったという連絡だったが、メールの中に「遊びにきてね」とあった。

 それを見て家内は、「見舞いに来てね」なんて言ったことないのに、どうしたんだろうと気にしていた。

 次の日の夜、彼女の子供から電話が入った。

 彼女の様態が悪いらしい。

 話がしたいから電話してくれと言われて電話してきたのだ。

 電話での彼女の声は、か細く、聞き取るのがやっとだった。

 「もう会えないかもしれない」という言葉に、「そんなことないよ」と、はげますのが精一杯だったらしい。

 さすがに、気がかりになって、次の日、大分の病院にかけつけたら、意識不明になり家族が見守っているところだった。

 緩和病棟で、一切の延命治療は施されてはいなかった。

 できることは手を握って、声をかけることだけ。

 家内が到着して1時間後、彼女は静かに息を引き取った。

 年齢的に、ここ数年、何人かの最期に立ち会った。

 みんな病院で、いくつもの管やコードをを体に装着されていた。

 彼女の最期は、ベッドの周りには、一切の治療道具はなく、ただ静かに看取られていたそうだ。

 周りの人に心配をかけないために、彼女は何も言わなかったようだが、彼女には余命が告げられていたのだろう。

 それとも、なにも言われなくても、自分の余命を感じ取っていたのかもしれない。

 彼女は、この1カ月、ずっと会っていなかった親にも連絡をして話をしていた。

 「ずっと会っていなかったけど、嫌いになったわけじゃない」ときちんと話をしたそうだ。

 他にも、気持ちが行き違いになって疎遠になっていた友人たちにも連絡をとっていたらしい。

 いい加減に生きてきて生活保護を受けるようになった、好ましくない家内の友人と思っていた人だったが、なんと潔い死にざま。

 自分は死に直面して、彼女のように潔くふるまえるだろうか。

 考えてみると、私も相当いい加減に生きてきた。

 せめて、人生の仕舞い方だけは、彼女のように潔く納めたいものだ。

 がんは怖いけど、がんも悪くはないかもしれない。

 

2014年6月21日 (土)

野垂れ死ぬはずのない二人が「野垂れ死にが普通になる」と言っている。

 「これからは野垂れ死にが普通になる」

 今日の朝刊に掲載されていた、曽野綾子さんと近藤誠さんの対談集の広告の題名だ。
 曽野綾子さんは、大ベストセラーとなった「老いの才覚」を始めとして、このところ人生のしまい方に関する本を次々と出版されている。
 近藤誠さんは、いしゃでありながら「がんは放置した方がいい」と主張しておられる。
 十数年前に「患者よ、がんと闘うな」という本が大ベストセラーとなり、最近は「医者に殺されない47の心得」がベストセラーとなっている。
 近藤さんは、がん放置療法を説くにとどまらず、現在の医療のありかたにも異論を唱えておられる医療従事者である。
 このお二人の対談本で、題名が「これからは野垂れ死にが普通になる」とくれば、内容はおおよそこんなものだろうと推察される。
 しかし、功成り名を遂げておられる二人が何とおっしゃろうと、野垂れ死にすることはできない。
 野垂れ死にしたくとも、野垂れ死にさせてはもらえない。
 そんな境遇のお二人が、「これからは野垂れ死にが普通になる」と説くのは、ひねくれ者のおじさんとしては、下々の者は野垂れ死にを覚悟しろと言っているように感じてしまうのだなあ。
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